説明

質量分析装置

【課題】手動のパラメータ設定による装置の調整や校正の作業を、容易且つ迅速に行えるようにする。
【解決手段】標準試料の質量分析を行ってマススペクトルを取得している際に、分析担当者が所定の操作を行うと、そのときの各種パラメータ(印加電圧など)とマススペクトルのピーク波形とが対応付けられて記憶部に格納される。異なるパラメータの条件の下で記憶させた同一質量に対するピーク波形は同一グラフ内に異なる線種や表示色で重ね描きされ、ピーク形状の比較が容易になる。分析担当者が好ましいピーク波形を選択すると、該ピーク波形に対応付けられたパラメータが読み出され、自動的に分析条件として設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、質量分析装置の調整や校正をユーザが手動で行うための調整機能に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置では、質量(厳密には質量電荷比m/z)の校正や分解能・感度の調整などを行うために多くのパラメータが存在する。例えば、前段に液体クロマトグラフを接続した液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)では、ESI(エレクトロスプレイイオン源)やAPCI(大気圧化学イオン源)等の大気圧イオン化インタフェイス部への印加電圧や温度、ネブライズガス流量、イオン源で発生したイオンを後段へ送るための加熱パイプ(ヒーテッド・キャピラリ)の温度、イオンを収束・輸送するためのレンズ電極への印加電圧、検出器への印加電圧、などが上記パラメータである。一般的に、こうしたパラメータを調整することによる質量校正や装置調整は、既知の成分を含む標準試料(例えばPFTBA:perfluorotributylamine)を質量分析することによりマススペクトルを取得しながら、そのスペクトルに現れているピークが適切な位置に来るように、そして、ピークの強度ができるだけ高く且つ半値幅が狭くなるように、自動的に行われるようになっている(例えば特許文献1など参照)。
【0003】
こうした自動調整では、マススペクトル全体でみたときに平均的に良好な校正や調整が行われるものの、例えば特定の質量付近など局所的には最良の状態が達成されているとは限らない。そのため、例えば特定の成分についての質量分析を高精度、高分解能で行いたいような用途においては、自動調整ではなくユーザが手動で調整を行うことも多い。ユーザが手動で調整を行う場合、標準試料の質量分析により得られるマススペクトルをモニタの表示画面上に表示させ、分析担当者がそれをリアルタイムで観察しながら各種のパラメータの変更を試みる。パラメータの変更によってマススペクトルの形状は変化するから、このマススペクトルに現れている目的とする特定のピークの強度ができるだけ大きく且つその半値幅ができるだけ狭くなるようにパラメータを調整するようにしている。
【0004】
しかしながら、装置の複雑化、高機能化に伴い、調整すべきパラメータの数はますます多くなっており、パラメータを変更した際のピーク形状を分析担当者が覚えておき、ピーク形状が最良になるようにパラメータを設定するのは面倒な作業で、分析担当者の負担が大きかった。また、作業ミスも起こりがちであり、必ずしも分析担当者が所望するような最適な調整、校正が行えない場合もあった。
【0005】
【特許文献1】特開2005−11652号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、装置の調整や校正などのための各種パラメータの設定に関してユーザの負担を軽減しつつ、迅速且つ確実に所望の結果を得られるように適切な調整や校正を行うことができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明は、装置の調整や校正のための各種パラメータをユーザが手動で設定可能な質量分析装置において、
a)設定されたパラメータと該パラメータの条件の下で取得されたマススペクトルの少なくとも一部のピーク形状とを対応付けて複数記憶する記憶手段と、
b)前記記憶手段に記憶された複数の同一質量についてのピークの形状を比較が可能であるように表示手段の画面上に表示する表示制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0008】
ここで、上記表示制御手段は、例えば、相違するパラメータの条件の下で取得された同一質量についての複数のピークを同一の横軸、縦軸を持つグラフ内に線種や表示色などを変えて重ね描きすることで、ピークの形状を比較可能とすることができる。
【0009】
本発明に係る質量分析装置において、分析担当者(ユーザ)が手動で装置の調整や校正を行う際には、例えば標準試料を連続的に装置に導入して質量分析を行い、それにより得られたマススペクトルを表示手段の画面上に表示させる。例えばイオン源やレンズ電極への印加電圧などのパラメータを変更するとイオンの生成効率や輸送効率などが変化するから、表示されるマススペクトルの形状もリアルタイムで変動する。そこで、分析担当者が適当なタイミングで指示を与えると、記憶手段は、その時点で設定されているパラメータとマススペクトルの少なくとも一部のピークとを対応付けて記憶する。もちろん、マススペクトル全体を記憶するようにしてもよいが、着目しているのは標準試料に含まれる既知の成分に対応するピークであるから、そのピークの形状のみを記憶すれば十分であることが多く、そのほうが記憶容量も少なくて済む。
【0010】
分析担当者がパラメータを適宜変更しながら上記のように記憶の指示を行うと、異なるパラメータとそれに対応して得られるマススペクトル(又は一部のピーク形状)とを1組として、複数組が記憶手段に記憶される。その後、表示制御手段は記憶手段に格納されている複数の同一質量についてのピークを例えば上述したように重ね描き表示する。これを見れば、ピークの強度や半値幅が容易に比較できるから、分析担当者は迅速且つ的確に最良なピーク形状を判断し、このピークを与えるようなパラメータを選択することができる。
【0011】
また本発明に係る質量分析装置では、好ましくは、前記表示制御手段により表示手段の画面上に表示された複数のピークのうちの1つをユーザが指定するための操作手段と、該操作手段により指定されたピークに対応したパラメータを分析条件として決定するパラメータ設定手段と、をさらに備える構成とするとよい。
【0012】
この構成では、分析担当者は表示手段の画面上に例えば重ね描き表示された複数のピーク形状を見比べて最良のピークを見い出したならば、操作手段によりそのピークを指定する。すると、パラメータ設定手段は、指定されたピークに対応付けられているパラメータを読み出してきて、それを最終的に決定された分析条件として決定する。従って、分析担当者は最良のピーク形状を与えるパラメータの数値を全く意識することなく、単にピークを選択するというごく簡単な操作で以て、所望の装置調整や校正がなされた状態を実現するための分析条件の決定を行うことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る質量分析装置によれば、マススペクトルを観察しながら装置の調整や校正が所望の状態になるように手動調整する際の分析担当者の作業が簡単になり、分析担当者の負担が軽減できて作業効率が向上する。また、ピーク波形形状の覚え違いや勘違い、或いはパラメータの設定間違いといったミスを防止することができ、確実に所望の調整や校正を行うことができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施例である質量分析装置について図面を参照して説明する。図1は本実施例によるエレクトロスプレイイオン化質量分析装置の分析部の概略構成図である。
【0015】
この質量分析装置は、図示しない液体クロマトグラフのカラム出口端に接続されるノズル12が配設されて成るイオン化室11と、四重極質量フィルタ22及び検出器23が内設された分析室21との間に、それぞれ隔壁で隔てられた第1中間真空室14及び第2中間真空室18を備える。イオン化室11と第1中間真空室14との間は細径の加熱パイプ(ヒーテッド・キャピラリ)13を介して、第1中間真空室14と第2中間真空室18との間は頂部に極小径の通過孔(オリフィス)17を有するスキマー16を介してのみ連通している。
【0016】
イオン源であるイオン化室11の内部は、ノズル12から連続的に供給される液体試料の気化分子によりほぼ大気圧雰囲気(約105[Pa])になっており、次段の第1中間真空室14の内部はロータリポンプ24により約102[Pa]の低真空状態まで真空排気される。また、その次段の第2中間真空室18の内部はターボ分子ポンプ25により約10-1〜10-2[Pa]の中真空状態まで真空排気され、最終段の分析室21内は別のターボ分子ポンプ26により約10-3〜10-4[Pa]の高真空状態まで真空排気される。即ち、イオン化室11から分析室21に向かって各室毎に真空度を段階的に高くした多段差動排気系の構成とすることによって、最終段の分析室21内を高真空状態に維持している。
【0017】
この質量分析装置の動作を概略的に説明する。液体試料はノズル12の先端から電荷を付与されながらイオン化室11内に噴霧(エレクトロスプレイ)され、液滴中の溶媒が蒸発する過程で試料分子はイオン化される。イオンが入り混じった液滴はイオン化室11と第1中間真空室14との差圧により加熱パイプ13中に引き込まれ、加熱パイプ13を通過する過程で更に溶媒の気化が促進されてイオン化が進む。第1中間真空室14内には第1レンズ電極15が設けられており、それによって発生する電場により加熱パイプ13を介してのイオンの引き込みを助けるとともに、イオンをスキマー16のオリフィス17近傍に収束させる。
【0018】
オリフィス17を通過して第2中間真空室18に導入されたイオンは、8本のロッド電極により構成されるオクタポール型の第2レンズ電極19により収束されて分析室21へと送られる。分析室21では、特定の質量(厳密には質量電荷比)を有するイオンのみが四重極質量フィルタ22の長軸方向の空間を通り抜け、それ以外の質量を持つイオンは途中で発散する。そして、四重極質量フィルタ22を通り抜けたイオンは検出器23に到達し、検出器23ではそのイオン量に応じたイオン強度信号を出力する。
【0019】
上記質量分析装置の校正を行ったり調整したりする際には、ノズル12の前段に図示しない試料導入装置を接続し、例えばPFTBA等の、既知成分を既知量で含む標準試料をノズル12に直接的に導入して、所定の質量範囲のスキャン測定を繰り返し行う。
【0020】
図2は本実施例の質量分析装置の制御/処理系の要部のブロック構成図である。図2において、データ処理部41は検出器23から出力された検出信号を受けて所定のデータ処理を行ってマススペクトルを作成する機能を有する。制御部30は質量分析動作を実行するために、上述した各部に電圧を印加したり加熱のための電流を供給したりする等の制御を統括的に行う。通常、この制御部30やデータ処理部41はパーソナルコンピュータであって、パーソナルコンピュータに搭載された専用の制御/処理ソフトウエアを実行することによりそれぞれの機能が達成される。また操作部42は、パーソナルコンピュータに付設されるキーボードやマウスなどのポインティングデバイスであり、表示部43はモニタである。操作部42が本発明における操作手段に相当し、表示部43が表示手段に相当する。
【0021】
本実施例の質量分析装置に特徴的な構成として、制御部30は記憶指示部31、選択処理部32、表示制御部33を機能ブロックとして備える。また、記憶部40はピーク波形データとパラメータ(通常、各種のパラメータをデータとして含むファイル)とを対応付けて記憶する領域を持つ。この記憶部40が本発明における記憶手段、表示制御部33は表示制御手段、選択処理部32がパラメータ設定手段に相当する。
【0022】
次に、本実施例の質量分析装置における手動による装置調整の一例を図3〜図5を参照して説明する。分析担当者は操作部42により所定の操作を行い、図5に示すようなパラメータ設定用ウインドウ51を表示部43の画面上に表示させ、各パラメータの数値を適宜入力する。制御部30はパラメータが入力されると、その設定値に応じて分析部の制御を行い、設定されたパラメータの条件の下での標準試料に対する質量分析(所定の質量範囲でのスキャン測定)を実行する。この質量分析の結果、得られた検出信号がデータ処理部41に入力され、データ処理部41は例えば図3(a)に示すようなマススペクトルを作成する。このスペクトルデータを受けた表示制御部33は、マススペクトル上の特定の質量範囲のピークを拡大して図3(b)に示すように表示部43の画面上に表示する。このときに表示される質量範囲(図3(a)中のA、B、C、D)は分析担当者が任意に設定することができ、着目する成分のピークが表示されるように質量範囲の位置を決めればよい。
【0023】
質量分析は所定の時間間隔(例えば1秒間隔)で繰り返し行われ、その質量分析の度に、表示されるマススペクトルは更新される。分析担当者はこのように表示されるマススペクトル(ピーク波形)を見ながら、パラメータ設定用ウインドウ51においてパラメータの設定値を適宜変更・修正する。この変更・修正は次のサイクルの質量分析に速やかに反映されるから、パラメータを変更・修正すると、その変更・修正後の条件の下で得られたマススペクトルがほぼリアルタイムで表示される。好ましいと思われるピーク形状になったときに分析担当者が操作部42で所定の操作を行う(例えば記憶指示ボタンをクリック操作する)と、記憶指示部31がその時点でのパラメータとピーク波形データ(ここでは例えば図3(b)に示されている4個のピーク波形データ)とを取得して、記憶部40に両者を対応付けて記憶する。このとき、マススペクトル全体のデータを記憶するようにしてもよい。
【0024】
上記のような記憶の指示を行った後にも分析担当者によるパラメータの変更・修正は可能であり、分析担当者はさらにパラメータを別の値に変更・修正して異なる形状のマススペクトルを得たあと、上記と同様に記憶の指示を行う。すると、その時点でのパラメータとピーク波形とが記憶部40の別の領域に記憶される。記憶部40には、最大、パラメータとピーク波形データとの組を最大N組記憶することが可能である。記憶部40の記憶容量を増やすことでNの値を大きくすることができるが、多くの場合、実用上、Nは3乃至5程度で十分である。もちろん、一旦、記憶させたデータをクリアして新たなデータを記憶させることも可能である。
【0025】
上述のようにして記憶部40に記憶された同一質量範囲に対応するピーク波形は、図4に示すように同じグラフ50内に重ね描き表示される。この図4の例では、互いに異なる3つのピーク波形を線種を変えて(実線、点線、一点鎖線)記述しているが、カラー表示可能である場合には表示色を変えると分かり易い。また、視覚上判別が可能である他の形態で表示してもよい。なお、このようなピーク形状の比較表示は、標準試料の質量分析実行中に行えるようにしてもよいし、質量分析を終了した後に行えるようにしてもよい。前者の場合、新たに記憶の指示が為されると、それに応じて記憶部40にデータが格納されるとともに、グラフ50内の重ね描き表示上に新たにピーク波形が加わるようにすることができる。
【0026】
図4に示すように複数のピーク波形が重ね描き表示されると、互いのピーク強度や半値幅を一目で比較することができる。そこで、分析担当者は目視でこれを比較し、最も適切であると思われるピーク波形を見い出す。分析担当者の判断により、ピーク強度が高いものを選ぶ、半値幅の狭いものを選ぶ、強度/半値幅のバランスを考えて選ぶ等、いずれを選ぶのかは分析担当者の判断による。分析担当者は最も好ましいピーク波形を操作部42により、例えばマウスによるクリック操作等により選択する。この選択を受けたピーク波形は、輝度が上がる等、選択されたことが視覚上容易に識別できるようにするとよい。
【0027】
選択処理部32は上記選択操作を受けて、選択されたピーク波形に対応したパラメータ(ファイル)を記憶部40から読み出し、その値を分析条件として設定する。この設定により、図5に示したパラメータ設定ウインドウ51中の数値は自動的に変更される。即ち、分析担当者が選択した形状のピーク波形が現れるマススペクトルが得られるような分析条件が自動的に設定されることになる。もちろん、パラメータ設定ウインドウ中の数値をさらに変更することは分析担当者の自由である。また、ピーク波形の選択を間違えたり変更したりする場合のために、選択をクリアしてピーク波形を選び直すことができるようにしておくとよい。
【0028】
以上のように、本実施例の質量分析装置では、分析担当者に大きな負担を強いることなく、簡単で且つミスの少ない操作で以て、目的成分のピーク波形が所望の形状になるようなパラメータを設定した調整、校正が可能となる。
【0029】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行ったも本願請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の一実施例による質量分析装置の分析部の概略構成図。
【図2】本実施例の質量分析装置の制御/処理系の要部のブロック構成図。
【図3】マススペクトルとマススペクトル上の特定の質量範囲のピークの拡大表示の一例を示す図。
【図4】ピーク波形形状比較のための表示の一例を示す図。
【図5】パラメータ設定用ウインドウの表示の一例を示す図。
【符号の説明】
【0031】
11…イオン化室
12…ノズル
13…加熱パイプ
14…第1中間真空室
15…第1レンズ電極
16…スキマー
17…オリフィス
18…第2中間真空室
19…第2レンズ電極
21…分析室
22…四重極質量フィルタ
23…検出器
24…ロータリポンプ
25、26…ターボ分子ポンプ
30…制御部
31…記憶指示部
32…選択処理部
33…表示制御部
40…記憶部
41…データ処理部
42…操作部
43…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
装置の調整や校正のための各種パラメータをユーザが手動で設定可能な質量分析装置において、
a)設定されたパラメータと該パラメータの条件の下で取得されたマススペクトルの少なくとも一部のピーク形状とを対応付けて複数記憶する記憶手段と、
b)前記記憶手段に記憶された複数の同一質量についてのピークの形状を比較が可能であるように表示手段の画面上に表示する表示制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記表示制御手段により表示手段の画面上に表示された複数のピークのうちの1つをユーザが指定するための操作手段と、該操作手段により指定されたピークに対応したパラメータを分析条件として決定するパラメータ設定手段と、をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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