説明

赤痢菌を検出するための固形培地および培養方法

【課題】 赤痢菌を他の細菌と識別し検出することのできる技術を提供する。
【解決手段】 グルコース、マンニトール、トレハロース、およびL−アラビノースから選択する少なくとも1種の糖、リシン、pH指示薬、ならびにβ−グルコシダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含む固形培地、または、スクロース、リビドール、およびラフィノースから選択される少なくとも1種の糖、キシロース、pH指示薬、ならびにβ−グルクロニダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含む固形培地。前者は各種の赤痢菌を、後者はソンネ赤痢菌を、それぞれ、他の菌と異なる色調の集落として出現させ、それぞれの赤痢菌の高感度検出に用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床細菌学や食品微生物学などにおける研究およびそれらに基づく防疫のための検査業務などにおいて有用な赤痢菌の検出技術に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、赤痢菌の検出には、サルモネラ−シゲラ寒天培地(SS寒天培地)あるいはデオキシコール酸−硫化水素−乳糖寒天培地(DHL寒天培地)などの固形培地が用いられているが、これらの固形培地は赤痢菌が乳糖およびスクロースから酸を産生しないことを指標として赤痢菌を分離し検出するものである(非特許文献1)。このように従来技術は、用いる指標が必ずしも赤痢菌特有の性状に因るものでは無いため、乳糖およびスクロースから酸を産生しない他の多くの細菌と赤痢菌を区別することが困難であり、その結果、これらの固形培地上で赤痢菌と視認される集落を分離しても赤痢菌である確率は高いものではなかった。
【非特許文献1】新培地学講座 下II<第二版>、坂崎利一監修、田村和満他著、近代出版(東京)1990年発行:SS寒天培地については374〜376頁、DHL寒天培地については125〜127頁。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、確実に赤痢菌を他の細菌と識別し検出することのできる新しい技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、赤痢菌の検出に際して、従来は全く想到されていなかった赤痢菌の特性を利用することによって本発明を導き出したものである。
すなわち、本発明においては、赤痢菌の検出過程において、従来のように赤痢菌が乳糖およびスクロースから酸を産生しないことを指標として赤痢菌を分離するのではなく、多くの赤痢菌がグルコース、マンニトール、トレハロースおよび/またはL−アラビノースを分解し、β−グルコシダーゼを有さず、リシンを脱炭酸しないことを指標として、赤痢菌を他の腸内細菌科の細菌と区別する。
【0005】
かくして、本発明に従えば、赤痢菌を識別し検出するための固形培地であって、グルコース、マンニトール、トレハロースおよびL−アラビノースから選択される少なくとも1種の糖、リシン、pH指示薬、ならびにβ−グルコシダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含み、赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として出現させることができることを特徴とする固形培地が提供される(以下、この固形培地を本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地ということがある)。また、本発明は、赤痢菌を検出する方法であって、赤痢菌を含有している可能性のある被分析試料を本発明に従う第一の赤痢菌検出用の固形培地を用いて培養し、赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として検出することを特徴とする方法も提供する(以下、この検出方法を本発明に従う第一の赤痢菌検出方法ということがある)。
【0006】
さらに、本発明においては、赤痢菌の検出過程において、従来のように赤痢菌が乳糖およびスクロースから酸を産生しないことを指標として赤痢菌を分離するのではなく、赤痢菌のうちソンネ赤痢菌が、β−グルクロニダーゼを有すること、キシロースおよびスクロースまたはリビドールまたはラフィノースから酸を産生しないことを指標として、ソンネ赤痢菌を他の腸内細菌科の細菌と区別する。
【0007】
かくして、本発明に従えば、ソンネ赤痢菌を識別し検出するための固形培地であって、スクロース、リビドールおよびラフィノースから選択される少なくとも1種の糖、キシロース、pH指示薬、ならびにβ−グルクロニダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含み、ソンネ赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として出現させることができることを特徴とする固形培地が提供される(以下、この固形培地を本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地ということがある)。また、本発明は、ソンネ赤痢菌を検出する方法であって、ソンネ赤痢菌を含有している可能性のある被分析試料を本発明に従う第二の赤痢菌検出用の固形培地を用いて培養し、ソンネ赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として検出することを特徴とする方法も提供する(以下、この検出方法を本発明に従う第二の赤痢菌検出方法ということがある)。
【発明の効果】
【0008】
本発明に拠れば、赤痢菌を含有する被分析試料から赤痢菌を確実且つ高感度に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地は、必須の構成成分として、グルコース、マンニトール、トレハロース、およびL−アラビノースから選択される少なくとも1種の糖、リシン、pH指示薬、およびβ−グルコシダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含む。
このうち、第一の赤痢菌検出用固形培地において、β−グルコシダーゼ陽性菌によって発色する発色物質として好ましいのは、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシドであるが、その関連物質、すなわち、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシドシクロヘキシアンモニウム塩、5−ブロモ−6−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシド、5−ブロモ−6−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシドシクロヘキシアンモニウム塩、4−メチルウンベリフェリル−β−D−グルコピラノシドなどを用いることもできる。これらの発色基質は、β−グルコシダーゼ陽性菌の存在により(赤痢菌はβ−グルコシダーゼ陽性菌ではない)、下記の表1に示すような色に発色し、総てのβ−グルコシダーゼ陽性菌を検出するよう機能する。
【0010】
【表1】

【0011】
また、本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地において用いられるpH指示薬として好ましいのは、ニュートラルレッド、ブロモクレゾールパープルまたはブロモチモールブルーから選択されるものである。この他に、フェノールレッド、アゾリトミン、チモールブルー、クレゾールレッド、ウォーターブルー、チャイナブルー、クロルフェノールレッド、リトマス液、Andradeの試液などを用いることも可能である。これらのpH指示薬は所定のpH域に従い適宜選択して使用し、また、必要に応じて複数のpH指示薬を組み合わせて使用することもできる。
【0012】
本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地におけるリシンは、一般に、L(+)−リシン一塩酸塩として用いられるが、L(+)−リシン二塩酸塩またはリシンを使用することも可能である。
【0013】
本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地は、好ましい態様として、如上の構成成分に加えて、グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質をさらに含む。この阻害物質を含むことによりグラム陰性菌である赤痢菌の検出がより効果的になる。グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質として好ましいのは、胆汁酸塩またはアニオン性界面活性剤(例えば、Tergitol 4あるいはTergitol 7など)である。阻害物質としては、このほかに、ティポール、フェニルエチルアルコール、エーテル、窒化ナトリウム、亜テルル酸塩、抱水クロラール、ブリリアントグリーン、マラカイトグリーン、クリスタルバイオレットなども使用可能である。
【0014】
次に、本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地、すなわち、ソンネ赤痢菌検出用固形培地は、必須の構成成分として、スクロース、リビドール、およびラフィノースから選択される少なくとも1種の糖、キシロース、pH指示薬、ならびにβ−グルクロニダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含む。
このうち、第二の赤痢菌検出用固形培地において、β−グルクロニダーゼ陽性菌によって発色する発色物質として好ましいのは5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドであるが、その関連物質、すなわち、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドシクロヘキシアンモニウム塩、5−ブロモ−6−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニド、5−ブロモ−6−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドシクロヘキシアンモニウム塩、4−メチルウンベリフェリル−β−D−グルクロニドなどを用いることもできる。これらの発色基質は、β−グルクロニダーゼ陽性菌の存在により(ソンネ赤痢菌はβ−グルクロニダーゼ陽性菌である)、下記の表2に示すような色に発色し、全てのβ−グルクロニダーゼ陽性菌を検出するよう機能する。
【0015】
【表2】

【0016】
また、本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地において用いられるpH指示薬として好ましいのは、ニュートラルレッドであるが、この他に、フェノールレッド、ブロモクレゾールパープル、ブロモチモールブルー、チモールブルー、ウォーターブルー、チャイナブルー、クレゾールレッド、クロルフェノールレッド、リトマス液、Andradeの試液などを用いることも可能である。これらのpH指示薬は所定のpH域に従い適宜選択して使用し、また、必要に応じて複数のpH指示薬を組み合わせて使用することもできる。
【0017】
本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地は、第一の赤痢菌検出用固形培地と同様に、好ましい態様として、如上の構成成分に加えて、グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質をさらに含む。この阻害物質を含むことによりグラム陰性菌であるソンネ赤痢菌の検出がより効果的になる。グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質として好ましいのは、胆汁酸塩またはアニオン性界面活性剤(例えば、Tergitol 4あるいはTergitol 7など)である。阻害物質としては、この他に、ティポール、フェニルエチルアルコール、エーテル、窒化ナトリウム、亜テルル酸塩、抱水クロラール、ブリリアントグリーン、マラカイトグリーン、クリスタルバイオレットなども使用可能である。
【0018】
本発明に従う第一の赤痢菌検出用培地および第二の赤痢菌検出用培地は、いずれも、微生物を培養する培地の支持物質および栄養成分として、さらには、培地を効率的に調製するための成分として、従来から知られた各種の成分を含む:培地の支持物質は寒天が一般的であるが、この他に、ゲランガムなども使用可能である。培地の窒素源としては、一般に、ペプトンや酵母エキスなどが用いられ、また、無機成分源として、例えば、塩化ナトリウムなどが使用される。さらに、培地の調製に際して、発色基質が水に対する溶解性が低いことを補うために少量の適当な有機溶媒(例えば、N,N−ジメチルホルムアミドなど)を用いるとともに、非イオン性界面活性剤(例えば、ポリオキシエチレン(20)セチルエーテル、Tween
20、Tween 80など)を使用することにより発色基質の水中分散性を高める。
【0019】
後述の実施例1の表3には、如上の各成分を含む本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地の好ましい組成の1例が示されているが、組成はこれに限定されるものではなく、蒸留水1リットルに対して、L(+)−リシン一塩酸塩は3〜20g、D−グルコースは、1〜10g、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシドは、0.05〜2g、ポリオキシエチレン(20)セチルエーテルは0.01〜2g、N,N−ジメチルホルムアミドは0.1〜2gの範囲で使用可能である。pHの範囲は5.8〜9.0の範囲であれば使用可能である。
【0020】
後述の実施例8の表5には、如上の各成分を含む本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地の好ましい組成の1例が示されているが、組成はこれに限定されるものではなく、蒸留水1リットルに対して、D−キシロースは1〜15g、スクロースは、1〜15g、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドは、0.05〜2g、ポリオキシエチレン(20)セチルエーテルは0.01〜2g、N,N−ジメチルホルムアミドは0.1〜2gの範囲で使用可能である。pHの範囲は5.8〜9.0の範囲であれば使用可能である。
【0021】
本発明の固形培地は、各固体成分を蒸留水に懸濁後、蒸気滅菌し、ペトリ皿、浸漬スライドまたはフィルムなどの上で固化され、乾燥されることにより調製されて、使用に供される。図1には好ましい態様として、ペトリ皿1中で固化させた場合の本発明の固形培地2の形態を示しているが、本発明の固形培地はペトリ皿中で固化させたものに限られるものではない。
【0022】
かくして、本発明に従う第一の赤痢菌検出方法においては、上記のようにして調製された本発明に従う第一の固形培地に被分析試料をつけ、培養することにより、各種の赤痢菌が他の菌と異なる色調の集落(コロニー)として検出される:赤痢菌の集落の色調は用いるpH指示薬に依り、一方、赤痢菌以外の菌の集落は、用いた発色基質に応じて既述の表1に示すような色を呈する(後述の実施例1参照)。
【0023】
また、本発明に従う第二の赤痢菌検出方法においては、上記のようにして調製された本発明に従う第二の固形培地に被分析試料をつけ、培養することにより、赤痢菌のうち特にソンネ赤痢菌が、用いた発色基質に応じて既述の表2に示すような色の集落(コロニー)として検出され、一方、ソンネ赤痢菌以外の菌の集落の色調は用いるpH指示薬に依る(後述の実施例8参照)。
以下、実施例に沿って本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
【実施例1】
【0024】
第一の赤痢菌検出用固形培地の調製
本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地の1例として表3の組成の培地を調製した。
【0025】
【表3】

【0026】
蒸留水1リットルに上記成分を添加し、懸濁した。pHは6.4に調整した。蒸気滅菌後、ペトリ皿に移して固化させた。
この表3に示す培地は、リシンおよび5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシドを含む培地であり、赤痢菌以外の多くの腸内細菌科の細菌は、リシンを脱炭酸し、アルカリ性を示す集落を形成するが、赤痢菌はリシンを脱炭酸せず、グルコースを分解し酸性の集落を形成することに基づくものであり、この場合は、黄色集落を示す。赤痢菌以外でリシンを脱炭酸しない菌の多くは5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシドを分解するので、青色、紺色または水色集落を形成する。なお、表3ではpH指示薬にブロモクレゾールパープルあるいはブロモチモールブルーを組み合わせて用いているが、ニュートラルレッド単独に変更可能であり、その場合のpHは7.1が適当であり、また、赤痢菌は赤色の集落を示す。
【実施例2】
【0027】
ボイド赤痢菌の検出試験(その1)
被分析試料は次のように作製した:牡蠣25gに9容の生理食塩水を加え、これを1試料とし、5試料作成し、混和後、このうち25gをシゲラブロス(Shigella broth, OXOID社)にて42℃、20時間培養後、この培養物10mlにボイド赤痢菌ATCC 12028株、ATCC 12029株、およびATCC 12030株のそれぞれ110CFUの菌液を加えよく混和した。実施例1で調製した本発明の固形培地に1試料につき5枚塗布し、37℃にて20時間培養し、赤痢菌と視認される菌を50集落ずつ分離した場合、真に赤痢菌であった割合を比較した。
その結果、本発明の固形培地上で黄色集落を形成し、赤痢菌を疑い分離した菌株計50集落の内、14集落、つまり28%が赤痢菌であった。それに対して、SS寒天培地では、分離した菌株50集落の内、1集落、つまり2%、DHL寒天培地では、分離した菌株50集落の内、8集落、つまり16%が赤痢菌にすぎなかった。このように本発明に従う固形培地は、試料が牡蠣の場合従来の赤痢用固形培地の少なくとも1.7倍以上の検出感度を有する。
【実施例3】
【0028】
ボイド赤痢菌の検出試験(その2)
被分析試料は次のように作製した:パセリ25gに9容の生理食塩水を加え、これを1試料とし、5試料作製し、混和後、このうち25gをシゲラブロスにて42℃、20時間培養後、この培養物10mlにボイド赤痢菌ATCC 12028株、ATCC 12029株、およびATCC 12030株のそれぞれ160CFUの菌液を加えよく混和した。実施例1で調製した本発明の固形培地に1試料につき5枚塗布し、37℃にて20時間培養し、赤痢菌と視認される菌を50集落ずつ分離した場合、真に赤痢菌であった割合を比較した。
その結果、本発明の固形培地上で黄色集落を形成し、赤痢菌を疑い分離した菌株計50集落の内、13集落、つまり26%が赤痢菌であった。それに対して、SS寒天培地では、分離した菌株50集落の内で赤痢菌は分離されず、DHL寒天培地では、分離した菌株50集落の内、7集落、つまり14%が赤痢菌にすぎなかった。このように本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地は、試料がパセリの場合、従来の赤痢用固形培地の少なくとも1.8倍以上の検出感度を有した。
【実施例4】
【0029】
ボイド赤痢菌の検出試験(その3)
被分析試料は、次のように作製した:ヒト糞便10gにEnterobacter cloacae
ATCC 13047株、Proteus mirabilis ATCC
7002株、 Morganella morganii ATCC 25830株、Citrobacter freundii ATTCC 8090株、Klebsiella oxytoca
ATCC 8724株、Klebsiella pneumoniae ATCC 4352株、 Enterobacter aerogenes ATCC 13048株、Staphylococcus epidermidis IFO 12993株を各200CFUおよびボイド赤痢菌ATCC
12028株、ATCC 12029株、およびATCC 12030株のそれぞれ160CFUの菌液を加えよく混和した。実施例1で調製した本発明の固形培地に1試料につき5枚塗布し、37℃にて20時間培養し、赤痢菌と視認される菌を50集落ずつ分離した場合、真に赤痢菌であった割合を比較した。
その結果、本発明の固形培地上で黄色集落を形成し、赤痢菌を疑い分離した菌株計50集落の内、30集落、つまり60%が赤痢菌であった。それに対して、SS寒天培地では、分離した菌株50集落の内19集落、つまり38%が赤痢菌であり、DHL寒天培地では、分離した菌株50集落の内、21集落、つまり42%が赤痢菌にすぎなかった。このように本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地は、試料がヒト糞便の場合、従来の赤痢用固形培地の少なくとも1.4倍以上の検出感度を有した。
【実施例5】
【0030】
発育支持性確認試験
本発明に従う固形培地の赤痢菌に対する発育支持性をMilesとMisraの方法にて確認した。すなわち、赤痢菌株としてボイド赤痢菌ATCC 12027株ATCC 12028株、ATCC 12029株、ATCC 12030株およびATCC 12032株を用い、この液体培養物をペプトン水にて10倍階段希釈し、各菌株が発育する最高希釈濃度を確認した。対照としてSS寒天培地およびDHL寒天培地を同様に処理した。
その結果、次の表4に示す最高希釈倍率まで菌が発育した。
【0031】
【表4】

【0032】
表4に示すように、本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地はSS寒天培地およびDHL寒天培地と同等以上の発育支持性を示した。
【実施例6】
【0033】
ソンネ赤痢菌の検出試験
被分析試料は、次のように作製した:ヒト糞便10gにEnterobacter cloacae
ATCC 13047株、Proteus mirabilis ATCC
7002株、 Morganella morganii ATCC 25830株、Citrobacter freundii ATTCC 8090株、Klebsiella oxytoca
ATCC 8724株、Klebsiella pneumoniae ATCC 4352株、 Enterobacter aerogenes ATCC 13048株、Staphylococcus epidermidis IFO
12993株を各200CFUおよびソンネ赤痢菌 ATCC9290株、ATCC29031株、ATCC29030株、ATCC29029株、およびATCC11060株のそれぞれ160CFUの菌液を加えよく混和した。実施例1で調製した本発明の固形培地に1試料につき5枚塗布し、37℃にて20時間培養し、赤痢菌と視認される菌を50集落ずつ分離した場合、真に赤痢菌であった割合を比較した。
その結果、本発明の固形培地上で黄色集落を形成し、赤痢菌を疑い分離した菌株計50集落の内、29集落、つまり58%が赤痢菌であった。それに対して、SS寒天培地では、分離した菌株50集落の内18集落、つまり36%が赤痢菌であり、DHL寒天培地では、分離した菌株50集落の内、20集落、つまり40%が赤痢菌にすぎなかった。このように本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地は、試料がヒト糞便の場合、ソンネ赤痢菌においても、従来の赤痢用固形培地の少なくとも1.4倍以上の検出感度を有した。
【実施例7】
【0034】
フレキシネル赤痢菌の検出試験
被分析試料は、次のように作製した:ヒト糞便10gにEnterobacter cloacae
ATCC 13047株、Proteus mirabilis ATCC
7002株、 Morganella morganii ATCC 25830株、Citrobacter freundii ATTCC 8090株、Klebsiella oxytoca
ATCC 8724株、Klebsiella pneumoniae ATCC 4352株、 Enterobacter aerogenes ATCC 13048株、Staphylococcus epidermidis IFO
12993株を各200CFUおよびフレキシネル赤痢菌野生株160CFUの菌液を加えよく混和した。実施例1で調製した本発明の固形培地に1試料につき5枚塗布し、37℃にて20時間培養し、赤痢菌と視認される菌を50集落ずつ分離した場合、真に赤痢菌であった割合を比較した。
その結果、本発明の固形培地上で黄色集落を形成し、赤痢菌を疑い分離した菌株計50集落の内、31集落、つまり62%が赤痢菌であった。それに対して、SS寒天培地では、分離した菌株50集落の内20集落、つまり40%が赤痢菌であり、DHL寒天培地では、分離した菌株50集落の内、19集落、つまり38%が赤痢菌にすぎなかった。このように本発明に従う第一の赤痢菌検出用固形培地は、試料がヒト糞便の場合、フレキシネル赤痢においても、従来の赤痢用固形培地の少なくとも1.5倍以上の検出感度を有した。
【実施例8】
【0035】
第二の赤痢菌検出用固形培地の調製
本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地の1例として表5の組成の培地を調製した。
【0036】
【表5】

【0037】
蒸留水1リットルに上記成分を添加し、懸濁した。pHは7.1に調製した。蒸気滅菌後、ペトリ皿に移して固化させた。
この表5に示す培地は、D−キシロースおよびスクロースを含む培地であり、赤痢菌以外の多くの腸内細菌科の細菌はこれから酸を産生し、赤色を呈する集落を形成するのに対して、ソンネ赤痢菌はこれらから酸を産生せず変色しないが、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドを分解して、青色、紺色または水色集落を形成する。なお、表5では発色基質として、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドを用いているが、これはβ−グルクロニダーゼ陽性菌によって発色する任意の発色物質に変更可能であり、例えば表2に示す、5−ブロモ−6−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドを用いれば、赤痢菌は赤色あるいはサーモンピンクの集落を形成する。この場合、pH指示薬は、ブロモクレゾールパープルあるいはブロモチモールブルーなどを用いることにより、赤痢菌以外の菌は、黄色(培地上で酸性を示す赤痢菌以外の菌)、青色あるいは紫色集落(培地上でアルカリ性を示す赤痢菌以外の菌)を呈する。
【実施例9】
【0038】
ソンネ赤痢菌の検出試験(その1)
被分析試料は、次のように作製した:健常者の便5名分に等量の生理食塩水を加え、これら5件をともに混和し、この9容に1容のソンネ赤痢菌液を加えた。加えたソンネ赤痢菌の菌数を5段階(1.4×101から1.4×105)に設定し、ソンネ赤痢菌の菌株を2種類(ATCC29030およびATCC29029)とし、計10通りについて、実施例8で調製した本発明の固形培地、SS寒天培地およびDHL寒天培地に1枚ずつ塗布後、37℃にて20時間培養し、ソンネ赤痢菌と視認される菌を分離した場合、真にソンネ赤痢菌であった割合を比較した。
その結果、本発明の固形培地上で青色あるいは紺色もしくは水色集落を形成し、ソンネ赤痢菌を疑い分離した菌株80集落の内、70集落、つまり87.5%がソンネ赤痢菌であった。それに対して、SS寒天培地では、分離した菌株163集落の内、3集落、つまり1.8%、DHL寒天培地では、分離した菌株138集落の内、30集落、つまり21.7%がソンネ赤痢菌にすぎなかった。このように本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地は、試料がヒトの便である場合、ソンネ赤痢菌の検出に際して従来の赤痢用固形培地の少なくとも4倍以上の検出感度を有した。
【実施例10】
【0039】
ソンネ赤痢菌の検出試験(その2)
被分析試料は、次のように作製した:牡蠣25gに9容の生理食塩水を加え、これを1試料とし、5試料作成し、これにソンネ赤痢菌(ATCC29030)10CFU/mlの菌液を加えよく混和し、シゲラブロスにて42℃、20時間培養後、この培養物を、実施例8で調製した本発明の固形培地、SS寒天培地およびDHL寒天培地に1試料につき5枚塗布し、37℃にて20時間培養し、ソンネ赤痢菌と視認される菌を100集落ずつ分離した場合、真にソンネ赤痢菌であった割合を比較した。
その結果、本発明の固形培地上で青色あるいは紺色もしくは水色集落を形成し、ソンネ赤痢菌を疑い分離した菌株計100集落の内、77集落、つまり77%がソンネ赤痢菌であった。それに対して、SS寒天培地では、分離した菌株49集落の内、8集落、つまり16.3%、DHL寒天培地では、分離した菌株100集落の内、29集落、つまり29%がソンネ赤痢菌にすぎなかった。このように本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地は、試料が牡蠣の場合、従来の赤痢用固形培地の少なくとも2.6倍以上の検出感度を有した。
【実施例11】
【0040】
発育支持性確認試験
実施例8で調製した本発明のソンネ赤痢菌に対する発育支持性をMiles とMisraの方法にて確認した。すなわち、ソンネ赤痢菌株としてATCC9290、ATCC29031、ATCC29030、ATCC29029、およびATCC11060を用い、この液体培養物をペプトン水にて10倍階段希釈し、各菌株が発育する最高希釈濃度を確認した。対照としてSS寒天培地およびDHL寒天培地を同様に処理した。
その結果、次の表6に示す最高希釈倍率まで菌が発育した。
【0041】
【表6】

【0042】
表6に示すように、本発明に従う第二の赤痢菌検出用固形培地はSS寒天培地およびDHL寒天培地と同等以上の発育支持性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、赤痢菌を高感度に検出することができる有用な技術として、赤痢菌による感染者の発見や汚染食品の発見などの目的で多くの分野において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の固形培地を市販のペトリ皿で固化させたときの形態を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤痢菌を識別し検出するための固形培地であって、グルコース、マンニトール、トレハロースおよびL−アラビノースから選択される少なくとも1種の糖、リシン、pH指示薬、ならびにβ−グルコシダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含み、赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として出現させることができることを特徴とする固形培地。
【請求項2】
グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質をさらに含む、請求項1に記載の固形培地。
【請求項3】
発色基質が5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシドまたはその関連化合物である、請求項1または請求項2に記載の固形培地。
【請求項4】
pH指示薬が、ニュートラルレッド、ブロモクレゾールパープルまたはブロモチモールブルーから選択される、請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の固形培地。
【請求項5】
グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質が、胆汁酸塩またはアニオン性界面活性剤から選択される、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の固形培地。
【請求項6】
赤痢菌を検出する方法であって、赤痢菌を含有している可能性のある被分析試料を請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の固形培地を用いて培養し、赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として検出することを特徴とする方法。
【請求項7】
ソンネ赤痢菌を識別し検出するための固形培地であって、スクロース、リビドールおよびラフィノースから選択される少なくとも1種の糖、キシロース、pH指示薬、ならびにβ−グルクロニダーゼ陽性菌によって発色する発色基質を含み、ソンネ赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として出現させることができることを特徴とする固形培地。
【請求項8】
グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質をさらに含む、請求項7に記載の固形培地。
【請求項9】
発色基質が、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−グルクロニドまたはその関連化合物である、請求項7または請求項8に記載の固形培地。
【請求項10】
pH指示薬が、ニュートラルレッドである請求項7乃至請求項9のいずれかに記載の固形培地。
【請求項11】
グラム陽性菌の発育を阻害する阻害物質が、胆汁酸塩またはアニオン性界面活性剤から選択される、請求項7乃至請求項10のいずれかに記載の固形培地。
【請求項12】
ソンネ赤痢菌を検出する方法であって、ソンネ赤痢菌を含有している可能性のある被分析試料を請求項7乃至請求項11のいずれかに記載の固形培地を用いて培養し、ソンネ赤痢菌を他の菌と異なる色調の集落として検出することを特徴とする方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−271282(P2006−271282A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−96737(P2005−96737)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【Fターム(参考)】