説明

走査型トンネル顕微鏡およびこれを用いたナノスケール表面観察法

【課題】広いダイナミックレンジにわたって高感度かつ定量性の良いトンネル抵抗の測定を可能とするトンネル抵抗を利用した走査型トンネル顕微鏡を提供する。トンネル抵抗を利用した走査型トンネル顕微鏡における安定なフィードバック制御を可能とする。
【解決手段】試料5を載置可能とする試料載置台2と、試料5と試料5に離間して対向配置される探針3との間のトンネル抵抗R、トンネル抵抗Rに並列接続されたマッチング抵抗Rmを含む共振回路10と、共振回路10に接続される方向性結合器12と、方向性結合器12を介して共振回路10に高周波信号を送信する高周波入出力装置14と、共振回路10から方向性結合器12を介して反射信号を受信する反射測定装置16とを有する走査型トンネル顕微鏡1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型トンネル顕微鏡およびこれを用いたナノスケール表面観察法に関する。
【背景技術】
【0002】
走査型トンネル顕微鏡(以下「STM」ともいう。)は、ナノサイエンスにおいて最も有用な手段の1つとして注目されている。しかしながら、この手法においては、時間分解能に改善の余地が残されていた。即ち時間分解能がトンネル電流読み出し回路の応答速度特性により制限されていた。
【0003】
この問題を解決する手段として、ケミタラック(Kemiktarak)らにより、高周波測定回路を用いる高周波走査型トンネル顕微鏡(以下「RF-STM」ともいう。)が提案されている(非特許文献1参照)。高周波走査型トンネル顕微鏡によれば、LCR共振回路における高周波のインピーダンスマッチングと反射波の振幅の関係を利用することにより、時間分解能を最先端のSTMに比べて100倍改善できることが期待されている。
【0004】
図1は、参考例としてケミタラックらにより提案された走査型トンネル顕微鏡101を示す。参考例にかかる走査型トンネル顕微鏡101は、試料5を載置可能とする試料載置台2と、試料5と試料5に離間して対向配置される探針3との間のトンネル抵抗R、探針3に接続されるコイルL、コンデンサCを備える共振回路100と、共振回路100に接続される方向性結合器12と、共振回路100に方向性結合器12を介して高周波信号を送信する高周波入出力装置14と、共振回路100から方向性結合器12を介して反射信号を受信する反射測定装置16とを有する。ここでは、試料5と探針3の距離をnで表わす。試料載置台2にはバイアス電圧を印加してもよい。なお、図示を省略してあるが、探針3側もしくは試料載置台5側のいずれか一方にアクチュエータが配置されている。コントローラ161からの電気信号を用いてこのアクチュエータを稼働させて探針3と試料5間の相対的距離を制御することができる。
【0005】
走査型トンネル顕微鏡101は、反射測定装置16に情報を入力する入力装置18と、反射測定装置16で得られた情報及びその情報に基づいて試料の表面を表示する出力表示装置20とをさらに有する。反射測定装置16は、試料5と探針3の距離を一定に保つコントローラー161と、コントローラー161に制御信号を送るフィードバック回路163を備える。
【0006】
図1を参照しながらインピーダンスマッチングによるトンネル抵抗測定法の原理について説明する。
【0007】
図1の系において共振周波数における反射係数(振幅比:Γ)は式1で与えられる。
【0008】
Γ=|(ZRLC-Zs)| / |(ZRLC+Zs)| (式1)
(式中、ZRLCは共振回路のインピーダンス、Zsは信号源インピーダンスを示す。)
反射係数を一般的に用いられるパワー比の対数(dB単位):S11で表わせば以下のようになる。
【0009】
S11=20log10Γ=20log10(|(ZRLC-Zs)| / |(ZRLC+Zs)|) (式2)
共振回路100のインピーダンスは式3で与えられる。
【0010】
ZRLC = (ZLC)2/R (式3)、ただしZLC=(L/C)1/2 (式4)
ここでLおよびCの値を固定すれば、共振回路100のインピーダンスはRに依存することになる。図1における共振回路の反射係数もまたRに依存することになる。
【0011】
次にRを走査型トンネル顕微鏡における探針と試料間のトンネル抵抗Rtとして扱う。
【0012】
そしてRtが一定値をとするようにする。具体的には、反射係数が常に一定になるように、探針3と試料5間の距離nをフィードバック制御する。
【0013】
そして、試料5と探針3の間の距離を一定に保ちつつ試料5上を走査しフィードバック制御の出力を画像化する。
【0014】
以上により、トンネル電流ではなくトンネル抵抗を利用した走査型トンネル顕微鏡による試料表面の観察が可能となる。
【0015】
しかしながら、ケミタラックらによるトンネル抵抗測定法には以下のような問題があり、この原理を用いた高周波走査型トンネル顕微鏡の実用化は困難であった。
【0016】
(1)トンネル抵抗の測定については数十kΩ〜数百kΩの比較的狭い領域においてのみ充分な感度をもっていた。そのため、STMによる観察に適した数MΩ〜数百MΩの領域におけるトンネル抵抗の測定については反射波の変化量が小さく充分な感度が得られなかった。仮にSTMへ適用したとしても、STMとしての観察が成立するのは探針と試料の間の距離が小さいごく限られた領域(0.1nm前後、トンネル抵抗が数十kΩ〜数百kΩの領域)に限られていた。
【0017】
(2)(1)に関連して、トンネル抵抗測定における有効ダイナミックレンジがおよそ1桁であり、STM測定において本来必要とされるダイナミックレンジ(3桁〜4桁)に比べて非常に狭かった。トンネル抵抗は探針と試料間の距離に対し指数関数的に変化するのでSTMに適用する場合、広いダイナミックレンジが必要であった。
【0018】
(3)トンネル抵抗と高周波の反射量の関係が単調増加(減少)ではなかった。トンネル抵抗を無限大から減少させていったときの、共振周波数における反射量は共振回路のインピーダンスが信号源インピーダンスに対し完全マッチングするまで減少する。そして、完全マッチング点(=反射が最小になる点)を境に増加に転ずる。したがってSTM観察に適用した場合、トンネル抵抗(=探針と試料間の距離)のセットポイントが完全マッチング点付近に近い場合、フィードバック制御の動作が非常に不安定になるという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】「ケミタラックら(Kemiktarak et al)、ネイチャー(Nature)」、第450巻(2007年11月)、pp85-89
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明の第1の目的は、広いダイナミックレンジにわたって高感度かつ定量性の良いトンネル抵抗の測定を可能とする、トンネル抵抗を利用した走査型トンネル顕微鏡を提供することを要旨とする。
【0021】
本発明の第2の目的はトンネル抵抗を利用した走査型トンネル顕微鏡における安定なフィードバック制御を可能にすることを要旨とする。
【0022】
本発明の第3の目的は、上述の走査型トンネル顕微鏡を用いたナノスケール表面観察法を提供することを要旨とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明の第1の態様は、試料と試料に離間して対向配置される探針との間のトンネル抵抗、トンネル抵抗に並列接続されたマッチング抵抗を含む共振回路と、共振回路に接続される方向性結合器と、方向性結合器を介して共振回路に高周波信号を送信する高周波入出力装置と、共振回路から方向性結合器を介して反射信号を受信する反射測定装置とを有し、試料と探針の間の距離を一定に保ちつつ試料上を走査し、トンネル電圧に基づいて試料の表面を観察することを特徴とする走査型トンネル顕微鏡を要旨とする。ここで、走査型トンネル顕微鏡は、共振回路に接続される微小電流計及び高インピーダンス電圧計のいずれか一方をさらに有してもよい。
【0024】
本発明の第2の態様は、走査型トンネル顕微鏡を用意し試料載置台に試料を配置する工程と、高周波入出力装置から方向性結合器を介して共振回路に高周波信号を送信する工程と、反射測定装置において共振回路のインピーダンスと信号源インピーダンスとが一致しているか否か確認し、両者が一致していない場合は、両者が一致するようにマッチング抵抗を調整する工程と、反射測定装置において探針の先端の軌跡から換算して試料の表面の凹凸状況を把握する工程とを有するナノスケール表面観察法を要旨とする。
【0025】
本発明の第3の態様は、微小電流計又は高インピーダンス電圧計を有する走査型トンネル顕微鏡を用意し試料載置台に試料を配置する工程と、高周波入出力装置から方向性結合器を介して共振回路に高周波信号を送信する工程と、反射測定装置において共振回路のインピーダンスと信号源インピーダンスとが一致しているか否か確認し、両者が一致していない場合は、両者が一致するようにマッチング抵抗を調整する工程と、反射測定装置において探針の先端の軌跡から換算して試料の表面の凹凸状況を把握する工程と、探針と試料間のトンネルギャップで形成される疑似的な点接触ダイオードの整流作用により生じる微少電流を低域通過フィルタを介して微小電流計に入力する工程と、整流作用により生じたDC電流の値および極性をマッピングする工程と、入力する高周波信号の振幅をDC電流が生じるのに充分な振幅に設定する工程とを有するナノスケール表面観察法を要旨とする。
【0026】
本発明の第4の態様は、微小電流計又は高インピーダンス電圧計を有する走査型トンネル顕微鏡を用意し試料載置台に試料を配置する工程と、試料の全体が電解質溶液に浸漬されるように試料載置台に電解質溶液を注入する工程と、高周波入出力装置から方向性結合器を介して共振回路に高周波信号を送信する工程と、反射測定装置において共振回路のインピーダンスと信号源インピーダンスとが一致しているか否か確認し、両者が一致していない場合は、両者が一致するようにマッチング抵抗を調整する工程と、反射測定装置において探針の先端の軌跡から換算して試料の表面の凹凸状況を把握する工程と、電解質溶液中において探針と試料間に形成される電池の起電力を低域通過フィルタを介して高インピーダンス電圧計に入力する工程と、電池の起電力により生じたDC電圧の値および極性をマッピングする工程を有するナノスケール表面観察法を要旨とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、広いダイナミックレンジにわたって高感度かつ定量性の良いトンネル抵抗の測定を可能とする、トンネル抵抗を利用した走査型トンネル顕微鏡が提供される。
【0028】
本発明によれば、トンネル抵抗を利用した走査型トンネル顕微鏡における安定なフィードバック制御が可能となる。
【0029】
本発明によれば、上述の走査型トンネル顕微鏡を用いたナノスケール表面観察法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】参考例にかかる高周波走査型トンネル顕微鏡の概略図である。
【図2】実施形態にかかる高周波走査型トンネル顕微鏡の概略図である。
【図3】マッチング抵抗が有るときの共振カーブのシミュレーション結果である。
【図4】マッチング抵抗がないときの共振カーブのシミュレーション結果である。
【図5】共振周波数におけるトンネル抵抗の対数と反射係数(パワー比の対数)の関係(シミュレーション)である。
【図6】実施形態にかかる高周波走査型トンネル顕微鏡を用いて撮影したグラファイトの表面観察写真である。
【図7】実施形態の変形例1にかかる高周波走査型トンネル顕微鏡の概略図である。
【図8】実施形態の変形例2にかかる高周波走査型トンネル顕微鏡の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に、実施形態を挙げて本発明の説明を行うが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。尚、図中同一の機能又は類似の機能を有するものについては、同一又は類似の符号を付して説明を省略する。
【0032】
[走査型トンネル顕微鏡]
図2は、実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1の概略図である。実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1は、試料5を載置可能とする試料載置台2と、試料5と試料5に離間して対向配置される探針3との間のトンネル抵抗R、トンネル抵抗Rに並列接続されたマッチング抵抗Rmを含む共振回路10と、共振回路10に接続される方向性結合器12と、方向性結合器12を介して共振回路10に高周波信号を送信する高周波入出力装置14と、共振回路10から方向性結合器12を介して反射信号を受信する反射測定装置16とを有する。共振回路10において、探針3にはコイルL、コンデンサCがさらに接続されている。また、試料5と探針3の距離はnで表わされる。マッチング抵抗Rmとしては、例えば可変抵抗器もしくは半固定抵抗器を用いることができる。試料載置台2にはバイアス電圧を印加してもよい。なお、図示を省略してあるが、探針3側もしくは試料載置台5側のいずれか一方にアクチュエータが配置されている。コントローラ161からの電気信号を用いてこのアクチュエータを稼働させることで探針3と試料5間の相対的距離を制御することができる。アクチュエータとしては例えば圧電素子を備えるものを用いることができる。
【0033】
走査型トンネル顕微鏡1は、反射測定装置16に情報を入力する入力装置18と、反射測定装置16で得られた情報及びその情報に基づいて試料の表面
を表示する出力表示装置20とをさらに有する。反射測定装置16は、試料5と探針3の距離を一定に保つコントローラー161と、コントローラー161に制御信号を送るフィードバック回路163を備える。コントローラー161としては、CPU等の通常のコンピュータシステムで用いられる演算装置やPLC(プログラマブルコントローラ)等で構成すればよい。
【0034】
入力装置18としては、例えばキーボード、マウス等のポインティングデバイス又はTP(タッチパネル)が挙げられる。出力表示装置20としては、例えば液晶ディスプレイ、モニタ等の画像表示装置等や、例えばプリンタ等が挙げられる。出力表示装置20には、例えばROM、RAM、磁気ディスクなどの記憶装置が組み込まれていてもよい。
【0035】
まず実施形態の原理について以下に説明する。
【0036】
図2の系において共振周波数における反射係数(振幅比:Γ)は式1で与えられる。
【0037】
Γ=|(ZRLC-Zs)| / |(ZRLC+Zs)| (式1)
(式中、ZRLCは共振回路10のインピーダンス、Zsは信号源(高周波入出力装置14)のインピーダンスを示す。)
共振回路10のインピーダンスZRLCの値が信号源インピーダンスZsの値に非常に近いマッチング状態では、反射係数は共振回路10のインピーダンスに対し非常に敏感に影響される。特に反射係数の対数に注目すればその効果は非常に明瞭である。よって共振回路10をマッチング状態にすれば、非常にわずかなインピーダンス変化を検出することが可能となる。
【0038】
次に、図2の共振回路10におけるRを、トンネル抵抗Rtとマッチング抵抗Rmが並列接続された際の合成値として扱う。するとRの値は式5のように表わされる。
【0039】
R=1 / (1/Rt+1/Rm) (式5)
(式中、LおよびCの値を固定し、Rtの値を無限大とする。)
このときRmの値を、共振回路10のインピーダンスZRLCと信号源インピーダンスZsとが完全に一致する値とする。例えばL=5μH、C=10pF、Zs=50ΩとしたときにRmの値を10kΩとする。
【0040】
トンネル抵抗Rtが無限大(Rt=∞)の状態において、マッチング抵抗Rmの抵抗値を、マッチング状態、即ち共振周波数における反射係数が最小になるように調整する。具体的にはネットワークアナライザ等を用いて共振回路10の共振カーブが一番深くなるようにマッチング抵抗Rmの値を調整する。なお、図2中、方向性結合器12として、方向性結合器12の機能を備えるネットワークアナライザを用いてもよい。
【0041】
マッチング状態においては、Rmに対して非常に大きなトンネル抵抗Rtが並列に接続されてRの値がわずかに変化するだけでも共振回路10からの反射係数は敏感に変化する。そのためマッチング状態に持ち込むことで、反射係数の変化によるトンネル抵抗の変化のきわめて高い感度での検出が可能となる。一方、図1に示すように非マッチング状態で反射係数の変化を測定した場合、Rの変化による反射係数の変化は、図2のマッチング状態に比べ格段に小さい。
【0042】
[試料(半導体)の表面観察方法]
図2の走査型トンネル顕微鏡1の使用例として、試料(半導体)の表面観察方法について説明する。
【0043】
(イ)図2に示すような構成を備える走査型トンネル顕微鏡1を用意する。そして試料載置台2に試料5として半導体を配置する。なお、ここで試料載置台2にバイアス電圧を加えてもよい。
【0044】
(ロ)高周波入出力装置14から方向性結合器12を介して共振回路10に高周波信号を送信する。
【0045】
(ハ)共振回路10で反射した反射信号を、方向性結合器12を介して反射測定装置16で受信する。そして反射測定装置16において共振回路のインピーダンスZRLCと信号源インピーダンスZsとが一致しているか否か確認する。
【0046】
(ニ)共振回路のインピーダンスZRLCと信号源インピーダンスZsとが一致していない場合は、両者が一致するようにマッチング抵抗Rmを調整する。
【0047】
(ホ)コントローラー161およびフィードバック回路163を作動させ試料5と探針3の間の距離を一定に保ちつつ試料5上を走査する。その際にフィードバック回路163のゲインは探針3の軌跡が試料5の表面形状を正確に再現しつつ、発振を生じない値に設定する。
【0048】
(ヘ)反射測定装置16において探針3の先端の軌跡から換算して試料5の表面の凹凸状況を把握する。そして、その結果を出力表示装置20に出力する。
【0049】
以上、実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1によれば、試料5と探針3の間の距離を一定に保ちつつ試料5上を走査することで、トンネル抵抗に基づいて試料5の表面形状を観察することができる。
【0050】
図1の走査型トンネル顕微鏡101のように、マッチング抵抗がない場合、フィードバックの向き(正負の符号)は完全マッチング点を境界に反転する。仮にトンネル抵抗のセットポイントをマッチング点よりいくらか大きい点に設定し、高周波の反射量が少なくなったときに探針と試料間の距離を遠ざける方向に働くよう、フィードバックの極性を設定する必要がある。このとき振動ノイズ等により探針と試料間の距離、すなわちトンネル抵抗が完全マッチング点を越えてさらに小さい領域に入ってしまった場合を考える。その場合、図1の走査型トンネル顕微鏡101では、フィードバックの向きが想定の逆向きになり、探針と試料間の距離が縮まるとさらにこれを縮める方向にフィードバックがかかり、結果として探針を試料に衝突させることになる。一方、実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1によればそのような問題は解消される。
【0051】
以上の記述における(ホ)から(へ)の手順はトンネル抵抗一定モードの観察手順である。(ホ)から(へ)の手順のかわりに、以下に示す(ト)から(チ)の手順により高さ一定モードの観察を行うことも可能である。
【0052】
(ト)コントローラー161およびフィードバック回路163を作動させ試料5と探針3の間の距離を一定に保ちつつ試料5上を走査する。ただしフィードバック回路163のゲインは0よりわずかに大きい値に設定する。高さ一定モードにおけるフィードバックのゲインはトンネル抵抗Rt一定モードにおけるフィードバックのゲインに比較して格段に小さい値に設定する。すなわち高さ一定モードにおいては走査中における試料5と探針3の間の平均的な距離をほぼ一定に保つように小さなゲインでフィードバック回路163を動作させる。よって高さ一定モードにおいては探針3の軌跡が試料表面の形状を正確に再現する必要はない。
【0053】
(チ)反射測定装置16において、共振回路10からの反射係数を出力表示装置20に出力し、トンネル抵抗Rtとしてマッピングする。
【0054】
以上、実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1によれば、試料5と探針3の間の平均的な距離を一定に保ちつつ試料5上を走査することで、トンネル抵抗Rtに基づいて試料5の表面を観察することができる。実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1によれば、広いダイナミックレンジにわたって高感度かつ定量性の良いトンネル抵抗Rtの測定が可能となる。
【0055】
[実施例]
実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1の作用効果を示すべく、マッチング抵抗Rmがあるもしくはなしの条件下で以下のようなシミュレーションを行った。図3はマッチング抵抗Rmが有るときにトンネル抵抗Rtを変化させた際の共振回路10の共振カーブのシミュレーション結果である。図4はマッチング抵抗Rmが無いときにトンネル抵抗Rtを変化させた際の共振回路10の共振カーブのシミュレーション結果である。いずれもL=5μH、C=10pFとし、マッチング状態を与えるRmの値を10kΩとした。
【0056】
図3に示すように、マッチング抵抗Rmがある場合、トンネル抵抗Rtが数MΩ〜数百MΩの領域において共振周波数における反射係数が大きく変化する。図4に示すように、マッチング抵抗Rmがない場合、トンネル抵抗Rtの変化による反射係数の変化は、マッチング抵抗がある場合に比べて非常に小さかった。
【0057】
以上よりマッチング抵抗を挿入することで、100kΩから100MΩ以上の広い領域においてトンネル抵抗の値によって共振点における反射量が大きく変化し、トンネル抵抗の検出感度が著しく向上することが分かった。
【0058】
図5は、マッチング抵抗Rmが有るときもしくはないときの各々の共振周波数における反射係数(パワー比の対数)とトンネル抵抗の対数をプロットした図である。マッチング抵抗の挿入により実際のSTM観察において重要である数十kΩ〜数百MΩのトンネル抵抗を3ないし4桁以上の広いダイナミックレンジにおいて感度良く測定可能になることが分かった。またトンネル抵抗に対する反射係数の依存性についてもピークをもたない単調減少の関係になることが分かった。
【0059】
実施形態によれば、走査型トンネル顕微鏡1に適用した際のフィードバックの向きの反転による衝突の可能性の問題が解消される。また制御の安定性が格段に向上する。
【0060】
さらにマッチング抵抗Rmを挿入することにより、トンネル抵抗と反射量の関係において広い範囲で非常に良好な定量性が得られる。(反射パワー/入射パワー)を対数(dB)単位で表わしたものをS11とすれば、S11は以下のように表わされる。
【0061】
S11 =-20log10(Rt/Rm) − 20log10(Rm/Rt+2) (式6)
ここでRtがRmより充分に大きい場合、式6は式7の形になる。
【0062】
S11=-20log10(Rt/Rm)-6 (式7)
(式7において20log102=6.02≒6として扱かった)
RtがRmより充分に大きい場合、共振周波数における反射係数(対数)とトンネル抵抗の対数の関係式の傾きはL、C、Zsの値に関わらず常に一定であり、マッチング抵抗の値と反射係数の値が分かればトンネル抵抗の値も自動的に決まるということが分かる。すなわちマッチング抵抗を挿入した共振回路10は、そのまま高ダイナミックレンジの精度良いトンネル抵抗計として使用可能となる。
【0063】
図2の走査型トンネル顕微鏡1を用いて、グラファイトの原子表面を観察した結果を図5に示す。図5によれば、グラファイトの1原子単位で観察できることが示された。
【0064】
以上の通り、図1の共振回路100にインピーダンスマッチング用のマッチング抵抗Rmを追加することで、走査型トンネル顕微鏡(STM)への応用において問題となる感度、ダイナミックレンジ、トンネル抵抗―反射係数の依存特性がすべて解決されることが示された。トンネル抵抗Rと共振回路10における高周波の反射係数の関係を利用したRF-STMの実用化において、図1の走査型トンネル顕微鏡101の実用化はかなり困難であったが、図2の走査型トンネル顕微鏡1によればその実用化が大いに期待される。
【0065】
RF−STMにおいては探針-試料間の距離検出に高周波信号を用いるため、従来のトンネル電流を測定する走査型トンネル顕微鏡(以下「DC−STM」ともいう。)に比べて格段に高速なスキャンが可能となる。DC-STMにおいては微小電流増幅器に非常に大きな帰還抵抗を使用するために周波数帯域が制限されるため高速スキャンは困難であった。またDC−STMでは静止画像しか観察できなかった。ところが、RF−STMを用いれば、ビデオレートまたはそれ以上のスピードで画像取得が可能となる。またRF―STMにおいては、従来のDC−STMで必須であった直流バイアスを必要としない。したがって直流バイアスによって破壊、変質、劣化する試料の観察にも使用可能である。
【0066】
RF-STMにおいては観察環境は大気中、ガス雰囲気中、真空中に限定されず、液中であっても構わない。従って、(大気中や真空中における)半導体や金属の表面観察の他に、例えば電解質溶液中における電池の電極材料の分析、金属の腐食過程の解析、電気メッキ過程の解析に用いることができる。
【0067】
高周波の反射信号を用いて探針-試料間の制御を行いつつ、探針-試料間に直流バイアスを印加することが可能である。直流バイアスの極性、電圧を制御することで表面形状の観察を行ないながら、原子レベルでの試料表面操作(マニピュレーション)が可能となる。
【0068】
[実施形態の変形例1]
実施形態にかかる走査型トンネル顕微鏡1は、高周波の反射信号を用いて探針3-試料5間の制御を行いつつ、探針3より直流電圧もしくは直流電流の信号を取り出すことが可能である。したがって高インピーダンス直流電圧計と組み合わせることでシンプルかつ原子レベルで観察可能なナノスケール表面電位計測が期待できる。
【0069】
図7は、実施形態の変形例(応用例)1として、共振回路10aに、高周波成分を遮断するための低域通過フィルタ(以下「LPF」ともいう。)32を介在して接続された高インピーダンス直流電圧計または微小電流計30をさらに備える走査型トンネル顕微鏡1aを示す。
【0070】
走査型トンネル顕微鏡1aを用いた半導体のドーパント分布評価について説明する。
【0071】
(イ)図7に示すような構成を備える走査型トンネル顕微鏡1aを用意する。そして試料載置台2に試料5として半導体を配置する。
【0072】
(ロ)上述の実施形態の(ロ)〜(ヘ)工程と同様に、探針3と試料5の間のトンネル抵抗が一定になるように探針3と試料5の間の距離を一定に制御しつつ、試料5の表面を走査する。
【0073】
(ハ)探針3と試料5間のトンネル抵抗Rtで形成される疑似的な点接触ダイオードの整流作用により生じる微少(DC)電流を低域通過フィルタ(LPF)32を介して微小電流計30に入力する。
【0074】
(ニ)そして整流作用により生じたDC電流の値および極性をマッピングする。
【0075】
(ホ)入力する高周波信号の振幅をDC電流が生じるのに充分な振幅に設定する。
【0076】
以上、走査型トンネル顕微鏡1aによれば非接触かつ高分解能のドーパント分布評価が可能となる。なお、半導体表面のナノスケールのドーパント分布の評価おいては基本的にDCバイアスをゼロの状態に設定する。ただし必要に応じて微小なバイアス電圧を与えてもよい。
【0077】
これまで半導体表面のナノスケールのドーパント分布の評価法として走査型広がり抵抗顕微鏡(SSRM)、走査型容量顕微鏡(SCaM)、走査型ケルビンフォース顕微鏡(KFM)等の手法が使用されてきた。しかしながら、従来の手法には種々の問題があった。例えばSSRMにおいては導電性カンチレバーを試料に対し強く押し当てるために試料の塑性変形や表面破壊の問題があった。またKFMについては測定系が非常に複雑といった問題があった。
【0078】
ところが、実施形態の変形例によれば、非常にシンプルな測定系で半導体表面のナノスケールのドーパント分布の評価が可能となる。
【0079】
図7では微小電流計30に代えて高インピーダンス電圧計を用いても構わない。微小電流計30に代えて高インピーダンス電圧計を用いる場合は、電圧を高インピーダンス電圧計に入力する。そして、電圧の値および極性を計測およびマッピングすることで、ドーパントの濃度および種類の分布を可視化することができる。
【0080】
[実施形態の変形例2]
図8は、実施形態の変形例(応用例)2として、走査型トンネル顕微鏡1bを示す。
【0081】
走査型トンネル顕微鏡1bは、試料載置台2を液だめを備える試料載置台2bに置き換え、探針3をその先端以外の面を絶縁コートし先端のみが露出した形態の探針3bに置き換えたことを除いて、図7の走査型トンネル顕微鏡1aと同様の構成を備える。
【0082】
走査型トンネル顕微鏡1bを用いたナノスケール電池電極材料評価について説明する。
【0083】
(イ)まず図8に示すような構成を備える走査型トンネル顕微鏡1bを用意する。そして試料載置台2bに試料5bとして電池電極材料を配置する。試料5bの全体が電解質溶液35に浸漬されるように試料載置台2bに電解質溶液35を注入する。さらに探針3bの先端部分を電解質溶液35に浸漬させる。電解質溶液35中においては探針3bと試料5bの間に電池が形成される。
【0084】
(ロ)電解質溶液35中において探針3bと試料5bの間のトンネル抵抗が一定になるように探針3bと試料5bの間の距離を一定に制御しつつ、試料5bの表面を走査する。
【0085】
(ハ)探針3bと試料5b間の間に形成される電池の起電力により生じるDC電圧を低域通過フィルタ(LPF)32bを介して高インピーダンス電圧計30bに入力する。
【0086】
(ニ)そして電池の起電力により生じたDC電圧の値および極性をマッピングする。
【0087】
以上、走査型トンネル顕微鏡1bによれば電池電極材料のナノスケールの起電力と表面形状の同時評価が可能となる。
【0088】
(その他の実施形態)
上記のように、本発明は実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0089】
例えば、実施形態において説明した走査型トンネル顕微鏡1、1aを一部に含む試料の表面観察システムを提供することができる。また、実施形態において説明した走査型トンネル顕微鏡1、1aを用いた試料の表面観察方法の工程を含む半導体の製造方法を提供することができる。
【0090】
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施の形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0091】
1、1a、1b、101 走査型トンネル顕微鏡
2、2b 試料載置台
3、3b 探針
5、5b 試料
L コイル
C コンデンサ
トンネル抵抗
マッチング抵抗
10、10a,10b 共振回路
12 方向性結合器
14 高周波入出力装置
16 反射測定装置
30 高インピーダンス電圧計または微小電流計
32 低域通過フィルタ(LPF)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料と前記試料に離間して対向配置される探針との間のトンネル抵抗、前記トンネル抵抗に並列接続されたマッチング抵抗を含む共振回路と、
前記共振回路に接続される方向性結合器と、
前記方向性結合器を介して前記共振回路に高周波信号を送信する高周波入出力装置と、
前記共振回路から前記方向性結合器を介して反射信号を受信する反射測定装置とを有し、
前記試料と前記探針の間の距離を一定に保ちつつ前記試料上を走査し、トンネル抵抗に基づいて前記試料の表面を観察することを特徴とする走査型トンネル顕微鏡。
【請求項2】
前記共振回路に接続される高インピーダンス電圧計及び微小電流計のいずれか一方をさらに有することを特徴とする請求項1記載の走査型トンネル顕微鏡。
【請求項3】
前記走査型トンネル顕微鏡は、前記試料表面のナノスケール観察に用いられることを特徴とする請求項1または2に記載の走査型トンネル顕微鏡。
【請求項4】
前記走査型トンネル顕微鏡は、電解質溶液中の電池材料のナノスケール起電力測定の評価に用いられることを特徴とする請求項1または2に記載の走査型トンネル顕微鏡。
【請求項5】
走査型トンネル顕微鏡は、半導体表面のドーパント分布の観察に用いられることを特徴とする請求項1または2に記載の走査型トンネル顕微鏡。
【請求項6】
請求項1に記載の走査型トンネル顕微鏡を用意し試料載置台に試料を配置する工程と、
高周波入出力装置から方向性結合器を介して共振回路に高周波信号を送信する工程と、
反射測定装置において共振回路のインピーダンスと信号源インピーダンスとが一致しているか否か確認し、両者が一致していない場合は、両者が一致するようにマッチング抵抗を調整する工程と、
反射測定装置において探針の先端の軌跡から換算して試料の表面の凹凸状況を把握する工程
とを有することを特徴とするナノスケール表面観察法。
【請求項7】
請求項2に記載の走査型トンネル顕微鏡を用意し試料載置台に試料を配置する工程と、
高周波入出力装置から方向性結合器を介して共振回路に高周波信号を送信する工程と、
反射測定装置において共振回路のインピーダンスと信号源インピーダンスとが一致しているか否か確認し、両者が一致していない場合は、両者が一致するようにマッチング抵抗を調整する工程と、
反射測定装置において探針の先端の軌跡から換算して試料の表面の凹凸状況を把握する工程と、
探針と試料間のトンネルギャップで形成される疑似的な点接触ダイオードの整流作用により生じる微少電流を低域通過フィルタを介して微小電流計に入力する工程と、
整流作用により生じたDC電流の値および極性をマッピングする工程と、
入力する高周波信号の振幅をDC電流が生じるのに充分な振幅に設定する工程
とを有することを特徴とするナノスケール表面観察法。
【請求項8】
請求項2に記載の走査型トンネル顕微鏡を用意し試料載置台に試料を配置する工程と、
試料の全体が電解質溶液に浸漬されるように前記試料載置台に電解質溶液を注入する工程と、
高周波入出力装置から方向性結合器を介して共振回路に高周波信号を送信する工程と、
反射測定装置において共振回路のインピーダンスと信号源インピーダンスとが一致しているか否か確認し、両者が一致していない場合は、両者が一致するようにマッチング抵抗を調整する工程と、
反射測定装置において探針の先端の軌跡から換算して試料の表面の凹凸状況を把握する工程と、
電解質溶液中において探針と試料間に形成される電池の起電力を低域通過フィルタを介して高インピーダンス電圧計に入力する工程と、
電池の起電力により生じたDC電圧の値および極性をマッピングする工程を特徴とするナノスケール表面観察法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−181015(P2012−181015A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41978(P2011−41978)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(501131302)株式会社生体分子計測研究所 (15)