説明

超伝導積層薄膜

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は高い臨界温度(Tc)を有するY系超伝導酸化物層により非超伝導酸化物中間層を挟んだ構造を持つ超伝導積層薄膜およびその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】高いTcを持つY系酸化物超伝導体の発見以来、その高いTcをもたらす超伝導機構の解明のための基礎研究や電子素子等への応用研究が活発に行われている。Y系超伝導体は90Kという高いTcを持つため、その使用に際しては、77Kの沸点を持つ安価な液体窒素を冷媒として使用でき、またその低温の維持のための設備も簡単なものですむという長所を持っている。このため、従来の低いTcを持つ物質を用いて実現した超伝導磁石や超伝導電子素子等を、高いTcを持つY系超伝導体を用いて実現することは産業上大きな貢献となる。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】このY系超伝導体を用いて超伝導電子素子を作製する際、この素子の重要な構成部分であるジョセフソントンネル接合やジョセフソン弱接合を制御性良く作製する必要がある。このための方法として、非超伝導体中間層を超伝導体で挟んだ積層構造を作製する技術が一般的である。この中間層を構成する非超伝導物質としては、Y系超伝導体と結晶構造が似ていること、Y系超伝導体との相互拡散が小さいこと、低温で比抵抗が充分高いことなどの条件を満足する必要がある。したがって、Y系超伝導積層薄膜の中間層として、従来の低Tc超伝導積層構造で用いられていたAl酸化物等の非超伝導物質をそのまま用いると、相互拡散やY系超伝導薄膜の結晶配向性の乱れ等の問題が発生し、超伝導積層薄膜の作製が不可能となる。本発明の目的は、Y系超伝導積層薄膜で用いられる中間層としてY系超伝導体に良く適した物質を選択することによって、相互拡散やY系超伝導薄膜の結晶配向性の乱れ等のないY系超伝導積層薄膜およびその製造方法を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明は 、YaBabCucx なる式で表され、aは0.5≦a≦1.5,bは1.5≦b≦2.5,cは2.5≦c≦3.5,xは6.5≦x≦7.0である組成の超伝導酸化物層により、NddCuey なる式で表され、dは1.5≦d≦2.5,eは0.5≦e≦1.5,yは3.5≦y≦4.5である組成の非超伝導酸化物、またはNdf(Cu1-RR)gZなる式(MはAl,Fe,Zn,Ni,Ptの中の少なくとも1種)で表され、Rは0<R≦0.1,fは1.9≦f≦2.2,gは0.8≦g≦1.1,zは3.5≦z≦4.5である組成の非超伝導酸化物、または(Nd1-sshCuiwなる式(LはEu,Gd,Dy,Ho,Er,Yの中の少なくとも1種)で表され、Sは0<S≦0.2,hは1.8≦h≦2.4,iは0.6≦i≦1.2,wは3.5≦w≦4.5である組成の非超伝導酸化物よりなる中間層の両側を挟んだ構造を持つことを特徴とする超伝導積層薄膜である。
【0005】また、超伝導積層薄膜の製造にあたり、基板にオゾンを含む酸素を吹き付けながら、Y系超伝導酸化膜を各成分元素を蒸発させ YaBabCucxなる式で表され組成の超伝導酸化物層を真空蒸着により製造する事を特徴とする。
【0006】
【作用】Y系超伝導体において、aの範囲を0.5≦a≦1.5、bの範囲を1.5≦b≦2.5、cの範囲を2.5≦c≦3.5、xの範囲を6.5≦x≦7.0と限定したのは、この範囲をはずれると、作製された薄膜中に超伝導相以外の第2相が高い割合で生成してしまい、Tcの値の著しい低下や、表面平坦性の悪化等の問題が生じるためである。
【0007】さらに、Nd−Cu系酸化物において、dの範囲を1.5≦d≦2.5、eの範囲を0.5≦e≦1.5、fの範囲を1.9≦f≦2.2、gの範囲を0.8≦g≦1.1、hの範囲を1.8≦h≦2.4、iの範囲を0.6≦i≦1.2、yの範囲を3.5≦y≦4.5、Rの範囲を0<R≦0.1、Sの範囲を0<S≦0.2と限定したのは、この範囲をはずれると、作製された薄膜中にNd−Cu系酸化物以外の第2相が高い割合で生成してしまい、表面平坦性が悪化するためである。
【0008】また、Nd−Cu系酸化物を中間層として用いたのは、Y系超伝導体と同様にペロブスカイト構造を基本とする結晶構造を持っており、Y系超伝導体層の上にNd−Cu系酸化物層をエピタキシャル成長させ得ること、および逆にNd−Cu系酸化物層の上にY系超伝導体層をエピタキシャル成長させることが可能であること、Y系超伝導体層との間の相互拡散が小さいこと、低温で充分高い比抵抗を持つことが理由である。さらに、Nd−Cu系酸化物の構成元素のうち、Al等でCuを、またはEu等でNdを一部置換すれば、Nd−Cu系酸化物の比抵抗をさらに高めることができ、ジョセフソントンネル接合への応用を考えるとより好ましい。
【0009】Y系超伝導積層薄膜の作製に際しては、Y系酸化物に比べ、Nd−Cu系酸化物は最適作製温度が高いので、Y系超伝導積層薄膜作製の際、Nd−Cu系酸化物層作製時にY系超伝導体層作製時より作製温度を高くすると比抵抗がより高くなり、さらにNd−Cu系酸化物の結晶性が向上し、Y系超伝導体との相互拡散が小さい良質の積層薄膜が作製できる。また、真空蒸着法により500〜750℃の温度でY系超伝導積層薄膜を作製すれば、作製後の約900℃での高温熱処理をしなくてもY系酸化物の超伝導性が得られ、平坦な表面を持つ超伝導積層薄膜が得られる。
【0010】
【実施例】次に、本発明の実施例について説明する。図1R>1は本発明によるY系超伝導積層薄膜の概略断面図である。基板1には(001)SrTiO3単結晶基板を用いた。基板としてはSrTiO3基板の他の方位の結晶や、LaAlO3、MgO等、他の材質を用いてもさしつかえない。基板の大きさは15mm角で、厚さは0.5mmである。基板1上に、まずY系超伝導体層2を堆積させ、その上にNd−Cu系酸化物層3を、最後にその上にY系超伝導体層4を堆積させて作製する。
【0011】図2は図1に示したY系超伝導積層薄膜を作製するために本実施例で用いた多元蒸着装置の概略構成図である。真空槽11には電子線加熱装置13,14,15,16,17,18が備え付けられており、6種類の蒸着材料Y19,Nd20,Ba21,Cu22,Al等23、Eu等24をそれぞれ独立に加熱し、各成分原子を独立に蒸発させる。この際、加熱装置としては抵抗加熱装置等、他の加熱装置を用いてもさしつかえない。さらに蒸着材料として、例えばBaの代わりにBaCO3、Yの代わりにY23を用いる等、他の組み合わせを採用してもさしつかえない。積層薄膜作製中、基板42はヒ−タ37によって900℃まで加熱することができる。また積層薄膜の均一性を高めるため、積層薄膜作製中に基板を基板回転機構38によって回転させることができる。酸素ガスをオゾン発生装置39に導入してオゾンを含む酸素ガスを作製し、これをテフロン製チュ−ブ40および石英管41を通して積層薄膜作製中の基板42に向けて吹き付けることができる。
【0012】薄膜作製に際しては、まず真空槽11を真空排気系12により10-7Torr台まで排気する。この後、真空槽11内の真空度が4×10-4Torr程度になるように、酸素ガスをオゾン発生装置39、テフロン製チュ−ブ40および石英管41を通して真空槽11内に導入する。この際、真空槽11内の真空度は10-5Torr台〜10-3Torr台の範囲内であれば、他の真空度でもさしつかえない。オゾン発生装置39でオゾンを発生させると、オゾンを含む酸素ガスを基板42に向けて吹き付ける。オゾン発生装置39を稼動させず、酸素ガスのみを基板に向けて吹き付けた場合は、良質のY系超伝導体が得られず、目的の超伝導積層薄膜を作製することはできない。基板42はヒ−タ37によって加熱され、その温度は約600℃に保持されている。なおこの基板温度は500〜750℃の範囲であれば他の温度でもさしつかえない。また積層薄膜作製中、基板42は基板回転機構38で約10rpmの速度で回転している。
【0013】この状態で電子線加熱装置13,14,15,16,17,18で各蒸着材料19,20,21,22,23,24を加熱し、各原子を蒸発させる。ただしY系超伝導体層を堆積させる際は、Nd用シャッタ26、Al等用シャッタ29およびEu等用シャッタ30を閉じて不要な原子が基板に到達しないようにし、Nd−Cu系酸化物層を堆積させる際にはY用シャッタ25およびBa用シャッタ27、Al等用シャッタ29およびEu等用シャッタ30を閉じて不要な原子が基板に到達しないようにする。また例えば、Nd−Cu系酸化物層のCuをAlで一部置換したい場合は、蒸着材料23としてAlを置き、Nd−Cu系酸化物層堆積時にシャッタ29もあわせて開ければよい。
【0014】なお、各材料の蒸発速度は蒸発速度計31,32,33,34,35,36で常に測定し、その測定値をもとに電子線加熱装置を制御し、蒸発速度を制御している。各材料の蒸発速度が目的組成の酸化物層を堆積するのに適した値になったことを確認してから基板シャッタ43を開け、薄膜の堆積を開始する。なお各蒸着材料の蒸発速度、すなわち各酸化物層の組成は、Y系酸化物およびNd−Cu系酸化物の各単層薄膜をあらかじめ作製し、その組成をもとに決定した。単層薄膜の組成は電子線励起X線微小分析装置(EPMA)で決定した。各蒸発原子は酸素分子またはオゾン分子と反応し、加熱された基板上で酸化物層として堆積する。堆積速度は約0.5オングストロ―ム/sである。作製した積層薄膜の各層の厚さは、いずれも約300オングストロ―ムである。
【0015】積層薄膜作製後は、各シャッタ25,26,27,28,29,30および基板シャッタ43を閉じて堆積を終了させる。次にヒ−タ37での加熱をやめ、基板42およびその上に作製された積層薄膜を自然冷却する。この冷却の際も、オゾンを含む酸素ガスは基板に向けて吹き付け続ける。約1時間の冷却で基板温度は約100℃にまで下がる。ここで基板42を大気中に取り出す。
【0016】こうして作製したY系超伝導積層薄膜を2次イオン質量分析装置(SIMS)で分析すると、各層は相互拡散せず堆積されており、良質の積層薄膜が作製されていることが確認された。また、この積層薄膜をX線回折法および電子線回折法で調べると、各層ともc軸が基板表面に垂直で、基板の[100]方向と各酸化物の[100]方向とが平行なエピタキシャル成長していることが確認された。なおX線回折法で調べた結果、Y系酸化物相およびNd−Cu系酸化物相以外の相は薄膜中に存在していないことが確認された。積層薄膜の表面および同条件で作製した各単層薄膜の表面を2次電子顕微鏡で観察したところ、表面は50オングストロ―ム以下の精度で平坦であることが確認された。4端子法でY系超伝導体層2,4の抵抗の温度変化を測定したところ、いずれの層ともに85K以上のTcを持つことが確認され、良質のY系超伝導体層が作製されていることがわかった。また、室温でのY系酸化物層間の抵抗値は充分に高く、Nd−Cu系酸化物層3がY系酸化物層間に均一に存在していることが確認された。また、Nd−Cu系酸化物の比抵抗は、Al等によるCuの一部置換およびEu等によるNdの一部置換により、置換無しの場合に比べて2倍以上高くすることができた。
【0017】以上のように良質なY系超伝導積層薄膜が多元蒸着法で作製できたが、Nd−Cu系酸化物層3を堆積中に限って基板温度を約700℃に高めると、Nd−Cu系酸化物の結晶性が向上し、また比抵抗も高くなり、より良質な積層薄膜を作製することができた。なおこのNd−Cu系酸化物層を堆積する際の基板温度は500〜750℃の範囲内であれば他の温度でも差し支えない。なお、本実施例ではオゾン発生装置を用いてオゾンを含んだ酸素ガスを基板に吹き付け、薄膜を酸化したが、酸素ガスを高周波(RF)やマイクロ波で活性化させ、薄膜の酸化を行っても同じように良質の超伝導積層薄膜を作製することができる。
【0018】
【発明の効果】以上、詳細に説明したように、本発明によるY系超伝導積層薄膜は、相互拡散やY系超伝導薄膜の結晶配向性の乱れ等のない良質なもので、Y系超伝導体の超伝導電子素子への応用上効果が大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明によるY系超伝導積層薄膜の概略断面図である。
【図2】本発明による実施例で使用した多元蒸着装置の一例の概略構成図である。
【符号の説明】
1,42 基板 2,4 Y系超伝導体層
3 Nd−Cu系酸化物層 11 真空槽
12 真空排気系
13,14,15,16,17,18 電子線加熱装置
19,20,21,22,23,24 蒸着材料
25,26,27,28,29,30 シャッタ
31,32,33,34,35,36 蒸発速度計
37 ヒ−タ 38 基板回転機構
39 オゾン発生装置 40 テフロン製チュ−ブ
41 石英管 43 基板シャッタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】 YBaCuなる式で表され、aは0.5≦a≦1.5、bは1.5≦b≦2.5、cは2.5≦c≦3.5、xは6.5≦x≦7.0である組成の超伝導酸化物層により、NdCuなる式で表され、dは1.5≦d≦2.5,eは0.5≦e≦1.5,yは3.5≦y≦4.5である組成の非超伝導酸化物よりなる中間層の両側を挟んだ構造を持つことを特徴とする超伝導積層薄膜。
【請求項2】 BaCuなる式で表され、aは0.5≦a≦1.5、bは1.5≦b≦2.5、cは2.5≦c≦3.5、xは6.5≦x≦7.0である組成の超伝導酸化物層により、Nd(Cul−R)Oなる式(MはAl、Fe、Zn、Ni、Ptの中の少なくとも一種)で表され、Rは0<R≦0.1、fは1.9≦f≦2.2,gは0.8≦g≦1.1、zは3.5≦z≦4.5である組成の非超伝導酸化物よりなる中間層の両側を挟んだ構造を持つことを特徴とする超伝導積層薄膜。
【請求項3】 BaCuなる式で表され、aは0.5≦a≦1.5、bは1.5≦b≦2.5、cは2.5≦c≦3.5、xは6.5≦x≦7.0である組成の超伝導酸化物層により、(Nd1−SCuなる式(LはEu、Gd、Dy、Ho、Er、Yの中の少なくとも一種)で表され、Sは0<S≦0.2、hは1.8≦h≦2.4,iは0.6≦i≦1.2、wは3.5≦w≦4.5である組成の非超伝導酸化物よりなる中間層の両側を挟んだ構造を持つことを特徴とする超伝導積層薄膜。

【図1】
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【図2】
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【特許番号】特許第3001273号(P3001273)
【登録日】平成11年11月12日(1999.11.12)
【発行日】平成12年1月24日(2000.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−29027
【出願日】平成3年1月31日(1991.1.31)
【公開番号】特開平4−243916
【公開日】平成4年9月1日(1992.9.1)
【審査請求日】平成7年10月9日(1995.10.9)
【審判番号】平11−914
【審判請求日】平成11年1月14日(1999.1.14)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【合議体】
【参考文献】
【文献】特開 昭63−310796(JP,A)