超分子ポリマー及びその合成方法
【課題】 異種環状分子を含有し、例えば環状分子の移動を刺激によって区別することが可能な全く新規な超分子ポリマー及びその合成方法を提供する
【解決手段】 環状分子の中を線状分子が貫通した(ポリ)ロタキサン構造を有する超分子ポリマーである。環状分子として複数種類の環状分子を含有することを特徴とする。例えば、環状分子として2,6−ジメチル−β−シクロデキストリン及びククルビット[7]ウリルを含有し、これらをホスト分子として、ポリプロピレングリコールビスアジドとN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンを線状モノマーとする線状分子をゲスト分子として、包接体が構成される。この包接体(超分子ポリマー)は、例えば環状分子が外部刺激に応じて移動する分子スイッチにおいて、環状分子の移動を刺激によって区別することが可能である。
【解決手段】 環状分子の中を線状分子が貫通した(ポリ)ロタキサン構造を有する超分子ポリマーである。環状分子として複数種類の環状分子を含有することを特徴とする。例えば、環状分子として2,6−ジメチル−β−シクロデキストリン及びククルビット[7]ウリルを含有し、これらをホスト分子として、ポリプロピレングリコールビスアジドとN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンを線状モノマーとする線状分子をゲスト分子として、包接体が構成される。この包接体(超分子ポリマー)は、例えば環状分子が外部刺激に応じて移動する分子スイッチにおいて、環状分子の移動を刺激によって区別することが可能である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロタキサン構造を有し異種環状分子を1分子中に含有する新規な超分子ポリマーに関するものであり、さらにはその合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリロタキサンは、環状分子であるシクロデキストリン(CD)やククルビットウリル(CB)を線状分子でそれぞれ串刺し状にしたロタキサンもしくはポリロタキサン構造を有し、いわゆる超分子ポリマーとして知られている。ポリロタキサンでは、環状分子と線状分子は化学結合で結ばれているのではなく、環状分子をホスト分子とし線状分子をゲスト分子として包接体が形成されている。
【0003】
近年、ポリロタキサンの機械的結合に起因した環状分子の動的挙動による効果が明らかとなり、例えば分子スイッチ等の新しい動的機能が見出されている。今後、さらなる機能性ポリロタキサンの発展が期待され、そのためには、(ポリ)ロタキサン構造を保持したまま新たな機能化が必要とされている。
【0004】
ポリロタキサンについては、各方面で研究が進められており、種々の合成方法が知られている(例えば、非特許文献1や非特許文献2等を参照)。非特許文献1では、水中にて環状分子を高分子と混合し、沈殿物として得る方法が提案されている。非特許文献2では、環状分子を低分子モノマーと包接させ、それを銅イオンと配位させて分子鎖長を延長する方法が提案されている。また、ポリロタキサンの応用技術として、前記串刺し状構造を利用して、溶媒置換や外部刺激(温度、pH等)によって環状分子を移動させる「分子シャトル」の概念が提案されている(非特許文献3を参照)。
【非特許文献1】Macromolecules 1990, 23, 2821
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc, 1996, 118(45),11333
【非特許文献3】Acc. Chem. Res, 2001, 34(6), 456
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、前記ポリロタキサンは、前述のように環状分子が外部刺激に応じて移動する分子スイッチとして提唱されているが、環状分子が1分子中に1種類のみしか含有されていないため、一つの外部刺激に対する動きが単一的なものとなる。外部刺激を認識して、その情報をいくつかに振り分けるためには、環状分子の移動を刺激によって区別する必要がある。
【0006】
本発明は、前述のような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、異種環状分子を含有し、例えば環状分子の移動を刺激によって区別することが可能な、全く新規な超分子ポリマー及びその合成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前述の目的を達成するために、長期に亘り種々の研究を重ねてきた。その結果、異種環状分子をポリロタキサン一分子中に含有した超分子ポリマーの合成法を確立するとともに、外部刺激応答を異種環状分子によって区別することに成功した。
【0008】
本発明は、このような研究結果に基づいて完成されたものであり、本発明の超分子ポリマーは、環状分子の中を線状分子が貫通したロタキサンもしくはポリロタキサン構造を有する超分子ポリマーであって、前記環状分子として複数種類の環状分子を含有することを特徴とする。また、本発明の超分子ポリマーの合成方法は、種類の異なる環状分子をホスト分子とし種類の異なる線状モノマーをゲスト分子とする複数種類の包接体を形成し、前記線状モノマーを付加反応させることにより複数種類の包接体を結合することを特徴とする。
【0009】
本発明の超分子ポリマーは、前記の通り、異種環状分子を含有するものである。ここで、前記異種環状分子においては、環状分子毎に動的挙動が異なることから、例えば外部刺激応答が環状分子毎に区別される。すなわち、本発明の超分子ポリマーにおいては、(ポリ)ロタキサン構造を保持したまま、新たな機能が付加される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、異種環状分子を含有する新規な超分子ポリマーを提供することが可能である。前記超分子ポリマーでは、例えば環状分子の移動を刺激によって区別することが可能である等、環状分子の移動様式を独立に制御でき、新たな分子スイッチへの応用等、用途の拡大や新機能の追加等が実現可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を適用した超分子ポリマー及びその合成方法について詳細に説明する。なお、以下においては、異種環状分子(ゲスト分子)としてシクロデキストリンの誘導体(2,6−ジメチル−β−シクロデキストリン:DM−β−CD)及びククルビットウリル系化合物(ククルビット[7]ウリル:Cucurbit [7] uril:CB[7])を用い、線状モノマー(ホスト分子)として両末端にアジド基を有する線状モノマー(ポリプロピレングリコールビスアジド:PPG−N3)及び両末端にアルキニル基を有する線状モノマー(N,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミン:PMPA)を用いた場合を例にして説明する。これら化合物の化学式を化1〜化4に示す。
【0012】
【化1】
【0013】
【化2】
【0014】
【化3】
【0015】
【化4】
【0016】
ホスト分子として用いる環状分子やゲスト分子として用いる線状分子(線状モノマー)はこれらに限らず、包接体を構成し得る組み合わせであれば任意の環状分子、線状分子(線状モノマー)を用いることが可能である。また、複数種類の環状分子は、互いに分子構造が異なる環状分子の組み合わせであれば任意の環状分子の組み合わせを採用することができる。組み合わせる環状分子の種類の数も、例えば2種類であってもよいし、あるいは3種類以上とすることも可能である。
【0017】
図1は、本発明を適用した超分子ポリマー(異種環状分子含有擬ポリロタキサン)の合成スキームを示すものである。なお、図1においては、環状分子や線状モノマーを模式的に示してある。
【0018】
2,6−ジメチル−β−シクロデキストリン(DM−β−CD)とβ−シクロデキストリン(β−CD)とは、水への溶解度の温度依存性が逆であり、室温では高い水溶性を示すが、40℃〜50℃では析出する。DM−β−CDは、ポリプロピレングリコールビスアジド(PPG−N3)と疎水性相互作用を主な駆動力として包接体を形成し、DM−β−CD間の水素結合がジメチル基によって消失するため、擬ロタキサンを形成しても擬ロタキサン分子の凝集はない。一方、ククルビット[7]ウリル(CB[7])は、カチオン部分とのイオン双極子相互作用と疎水性相互作用によって包接体を形成し、それぞれ異なったメカニズムにより包接体を形成する。
【0019】
そこで、このメカニズムを利用して、それぞれのゲスト分子と包接体を形成する。すなわち、図1中の反応aにより、DM−β−CDをホスト分子、PPG−N3をゲスト分子とする包接体(IC−DM−β−CD/PPG−N3)を形成し、図1中の反応bにより、CB[7]をホスト分子、N,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミン(PMPA)をゲスト分子とする包接体(IC−CB[7]/PMPA)を形成する。前記反応a,bは、例えば水中で行うことができ、必要に応じてpH調整を行ってもよい。
【0020】
前記のように、それぞれのゲスト分子と包接体を形成させた後、クリックケミストリーの1つである1,3−双極子付加反応(図1中、反応c)を行い、前記2種類の包接体の線状モノマーを結合させて異種環状分子含有擬ポリロタキサンを合成する。前記反応cは、例えば水中で触媒を添加し、これを加熱することで行う。加熱手段としては、例えばマイクロ波加熱等を採用することができる。
【0021】
クリックケミストリーとは、「その反応は交換可能な構成であり、対象範囲が大きく高収率で無害な副生成物が生成しても容易に分離できるものでなくてはならない。また、反応は酸素や溶媒に影響がないものが理想的である。」と定義されている。その中でも1,3−双極子付加反応と呼ばれる方法が広く利用されている。この反応はアルキニル基とアジド基との反応であり、新たな結合点として熱やpH等の外部刺激に対して安定なトリアゾール基が生成する。前記反応は選択的な反応であるため、他の置換基が存在する環境でも利用できることが大きな特徴であり、それ故、この反応は生体材料や新規化合物等の合成に頻繁に用いられている。図2に、1,3−双極子付加反応を模式的に示す。また、この反応は多くの場合に触媒として一価の銅イオンCu(I)を添加して行われるが、その反応機構(1,3−双極子付加反応のCu(I)による触媒メカニズム)を図3に示す。
【0022】
以上により、2種類の環状分子(DM−β−CDとCB[7])を含有し、これら環状分子の中を線状分子が貫通した(ポリ)ロタキサン構造を有する超分子ポリマー(異種環状分子含有擬ポリロタキサン)が合成される。合成された超分子ポリマーは、例えばpH変化によって異種環状分子がそれぞれのpH応答性に応じて移動する等、外部刺激応答を異種環状分子によって区別することが可能である。
【0023】
図4は、2種類の環状分子(DM−β−CDとCB[7])を含有する超分子ポリマーにおける各環状分子の移動の様子を示すものである。pH2では、図4(a)に示すように、DM−β−CDはPPG上に存在し、CB[7]はPMPAのフェニル基上に存在する。これに対して、pH11では、DM−β−CDはPPG上に存在しているものの、結合点のトリアゾール基の近傍に移動する。CB[7]は、PMPA上のフェニル基上からアミノ基上に移動する。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を適用した実施例について、具体的な実験結果を基に説明する。
【0025】
[実験1:異種環状分子含有擬ポリロタキサンの合成]
試薬
以下の実験においては、下記の試薬を用いた。試薬や溶媒については、購入したものをそのまま用いたが、特に精製が必要な場合は、精製処理、蒸留等の処理を行った。
(1)プロパギルアミン:シグマアルドリッチジャパン
(2)1,3−ビス(クロロメチル)ベンゼン(BCMB):アクロス
(3)N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc):関東化学
(4)テトラヒドロフラン(THF):関東化学
(5)トリエチルアミン(Et3N):シグマアルドリッチジャパン
(6)ポリプロピレングリコール(Mn:400)(PPG):関東化学
(7)メタンスルホニルクロリド(MS):東京化成
(8)エタノール:ナカライテスク
(9)アジ化ナトリウム:和光純薬
(10)ジエチルエーテル(Et2O):ナカライテスク
(11)クロロホルム(CHCl3):ナカライテスク
(12)重水(D2O):シグマアルドリッチジャパン
(13)重水酸化ナトリウム(NaOD):日本酸素株式会社
(14)重塩酸:(DCl):シグマアルドリッチジャパン
(15)2,6-ジメチル-b-シクロデキストリン(DM-b-CD):和光純薬
(16)Cucurbit[7]uril (CB[7]):シグマアルドリッチジャパン、Pohang University of Science and Technology, Kimoon Kim. Laboratory
(17)硫酸銅五水和物:関東化学
(18)アスコルビン酸ナトリウム:シグマアルドリッチジャパン
(19)蒸留水
【0026】
N,N’−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミン(PMPA)の合成
1,3−ビス(クロロメチル)ベンゼン(BCMB)1g(5.7mmol)をDMAc10mlに溶解させ、その溶液を室温でプロパギルアミン3.9ml(57mmol)中に約1時間かけてゆっくりと滴下し、一晩撹拌した。反応溶液からエバポレーションによって過剰のプロパギルアミンと溶媒を取り除き、淡黄色のジェル状の粗生成物を得た。そこに1M塩酸水溶液を加えてpH7に調整し、その水溶液にCHCl3を加え3回分液抽出し水層を回収した。回収した水層をエバポレーションによって濃縮した後、1M水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH11に調整した。再びその水溶液にCHCl3を加え3回分液抽出しCHCl3層を回収し、エバポレーションによって溶媒を留去した。次いで、1M塩酸水溶液を加えてpH2に調整した後、エバポレーションによって溶媒を留去した。さらに、メタノールを加えて溶解させ、過剰のジエチルエーテル(Et2O)に注ぎ再沈殿した。沈殿物を回収し減圧乾燥させ白色粉末を得た(収量450mg、収率34%)。合成の確認を1H及び13C−NMR測定により行った[Varian社製Gemini-300C(300MHz)または、同社UNITY plus750MB (750MHz)]。以後の測定についても同様の装置を使用した。
1H NMR (D2O): δ=7.52-7.42(m, 4H, aromatic), 4.27(s, 4H, -CH2-), 3.80(s, 4H, -CH2-), 2.92(t, 2H,≡CH)
13C NMR (DMSO-d6): δ=132-129(aromatic), 79.7( -CH2-), 74.9(-CH2-)48.6(-C≡), 35.0(≡CH)
【0027】
前記合成における反応式を化5に示す。また、合成されたPMMAの1H−NMRチャートを図5に示し、13C−NMRチャートを図6に示す。前記合成により、不純物も含まず、1H−NMRから算出した導入率が100%のものを得ることができた。また13C−NMRからもアルキニル基の導入の確認ができた
【0028】
【化5】
【0029】
両末端アジド化ポリプロピレングリコール(PPG−N3)の合成
テトラヒドロフラン(THF)100mlにポリプロピレングリコール(PPG)(分子量Mn:400)10g(25mmol)を溶解させ、そこにトリエチルアミン(Et3N)34.7ml(0.25mol)を加え氷浴で十分に冷却した。これにテトラヒドロフラン(THF)50mlに溶解させたメタンスルホニルクロリド(MS)を約1時間かけて滴下した。滴下終了後に氷浴をはずし、室温で一晩撹拌すると白色沈殿が生成した。反応終了後、エバポレーションによって溶媒を留去し、残った沈殿物にジエチルエーテル(Et2O)を加えよく撹拌した。その溶液をろ過し、ろ液を回収して再び溶媒を留去することにより薄い赤茶色のPPG−MSを得た。PPG−MSを90%エタノール水溶液に溶解させ、アジ化ナトリウムを加え90℃で一晩還流した。反応溶液をエバポレーションによって溶媒を留去し、残った沈殿物にジエチルエーテル(Et2O)を加えよく撹拌した。得られた溶液をろ過し、ろ液を回収してエバポレーションによって溶媒を留去することにより黄色の油状物を得た。そこに少量の水を加えCHCl3で3回分液抽出し、CHCl3層を回収した。エバポレーションによって溶媒を留去することによりは黄色の油状のPPG−N3を得た(収量:10g、収率:90%)。合成の確認を1H及び13C−NMRによって行った。
1H NMR (D2O):δ=3.73-3.15(br, 21H, -OCHCH2-),1.14-0.93(br, 21H, -CH3)
13C NMR (DMSO-d6):δ=76.2-72.6(-OCHCH2-),57.2-56.6(N3CH-, -CH2N3), 33.6-22.7(-CH3)
【0030】
前記合成における反応式を化6に示す。また、合成されたPPG−N3の1H−NMRチャートを図7に示し、13C−NMRチャートを図8に示す。さらに、PPG−MSの1H−NMRチャートを図9に示し、PPGの13C−NMRチャートを図10に示す。
【0031】
【化6】
【0032】
1H−NMRの結果、両末端活性化状態であるPPG−MSは1H−NMR(図9)から導入率93%と算出され高い導入率であった。PPG−MSからの両末端のアジド化では、PPG−MSのMSのメチル基が完全に消失したことからほぼ完全に反応が進行したと考えられる(図7)。PPG−N3の導入率を算出するため同様に1H−NMRスペクトルの解析を行ったが、特徴的なピークがなく、また原料であるPPGとスペクトルが似ているため直接算出することはできなかった。従ってMS化によって活性化された部分は 全てアジド基に置換されたものと判断した。これは、PPG−MSからPPG−N3の反応の際MSのメチル基が完全に消失したことによって裏付けられる。また13C−NMRからも原料であるPPGの末端水酸基に隣接する炭素原子由来のピークが消失し、新たなピークが現れたことからも、アジド基が導入されたものと考えられる
【0033】
CB[7]とPMPAとの包接体(IC−CB[7]/PMPA)の調製
重水(D2O)3mlにPMPA18mg(65μmol)を溶解させ、pH5に調製した。その水溶液を重水(D2O)3mlにCB[7]100mg(86μmol)を溶解させた水溶液に撹拌しながら徐々に加え、包接体を調製した。包接体形成の確認を1H−NMR及び、MALDI−TOF−MS(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization Time of Flight Mass Spectrometry:マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-飛行時間型質量分析計)によって行った(装置:Applied Biosystems社製 Voyager-DE RP、マトリックス:α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸)。以後の測定についても同様の装置とマトリックスを使用した。
【0034】
図11に得られた包接体(IC−CB[7]/PMPA)の1H−NMRチャートを示す。なお、図11には、CB[7]及びPMPAの1H−NMRチャートも併せて示す。また、図12には、得られた包接体(IC−CB[7]/PMPA)のMALDI−TOF−MSチャートを示す。
【0035】
PMPAは芳香環を挟むように二級アミンが配置されており、pH5付近では二級アミンはプロトン化していると考えられる。そして、プロトン化しているPMPAとCB[7]を混合することにより、CB[7]は空洞部内の中心付近でPMPAの芳香環を疎水性相互作用によって認識し、さらに両側の開口部に存在するカルボニル基によってプロトン化した二級アミンを認識し安定な包接体を形成すると考えられる。本実験では、全てのPMPAを包接させるため、ホスト分子であるCB[7]をやや多く加えた。1H−NMRの結果、重水(D2O)中、pH5で混合したサンプルは、図11に示すように、芳香環由来のピークが3箇所に分裂し、それぞれ高磁場シフトした。これまでの報告では、CB[7]の空洞部内に存在するゲスト分子のピークは高磁場シフトすることが報告されている。したがって、PMPAの芳香環がCB[7]空洞部内に包接されていると考えられる。さらに、図12に示すMALDI−TOF−MSにおいても、CB[7]とPMPAの1対1の包接体を示すピークが確認できたことから、pH5の水溶液中ではCB[7]とPMPAは包接体と形成していると言える。また、1H−NMRスペクトルでは2.0ppm付近に新たなピークが現れたが、積分値の比較や後のクリック反応後に消失することから、アルキニル基由来のピークがシフトしたものであると推測される。したがって、PMPA末端のアルキニル基とCB[7]との間で何らかの相互作用を有するものと思われる。
【0036】
DM−β−CDとPPG−N3との包接体(IC−β−CD/PPG−N3)の調製
DM−β−CD115mg(86μmol)を重水(D2O)1mlに溶解させ、そこにPPG−N329mg(65μmol)を加え、室温で約30分撹拌し包接体を調製した。また対照としてDM−β−CD30mg(2.2μmol)、あるいは89mg(6.7μmol)を重水(D2O)1mlに溶解させ、そこにPPG−N310mg(2.2μmol)を加え室温で約1時間撹拌した。仕込み量の異なる包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1及びPPG−N3:DM−β−CD=1:3)の形成の確認を1H−NMR及び、2D−ROESY−NMRによって行った。
【0037】
PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の1H−NMRチャートを図13に、PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の1H−NMRチャートを図14に、PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の2D−ROESY−NMRチャートを図15に、PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の2D−ROESY−NMRチャートを図16にそれぞれ示す。
【0038】
前述の通り、PPG−N3とDM−β−CDの包接体を、それぞれを混合し水中で撹拌することによって調製した。DM−β−CDとPPG−N3は、疎水性相互作用によって包接体を形成すると考えられ、PPG−N3はその分子量から最大3つのDM−β−CDを取り込むことが可能である。そこで先ず、PPG−N3とDM−β−CDを1:1または1:3で調製し、1H−NMR及び2D−ROESY−NMRによって確認した。図13及び図14に示す1H NMRの結果から、1:1、1:3のいずれのサンプルでも明らかなピークシフトは確認できなかったが、PPG−N3のメチル基由来のピークが分裂しており、1:3ではそのピークがブロード化している。これが包接に起因するものであるとは断言できないが、何らかの影響を受けているものと思われる。
【0039】
図15及び図16に示す2D−ROESY−NMRでは、1:1、1:3のいずれのサンプルでもDM−β−CDの空洞部内部に存在するC(3)Hプロトン由来のピークとPPG−N3のメチル基由来のピークとのクロスピークが確認できた。したがって、1H −NMRの結果によるPPG−N3のメチル基由来のピークが分裂したことも包接に起因するものと推測される。また、1:3の場合よりも1:1の場合の方がより鮮明にクロスピークが確認されたことから、1:3の仕込みではPPG−N3を包接していないDM−β−CDが多く存在しているのではないかと考えられる。これらの結果を参考として、CB[7]とPMPAとの包接体の調製の場合と同様、実際に反応に使用するサンプルをややホスト分子を多くし、PPG−N31分子当たり最低でもDM−β−CD1分子を含むようにして調製した。
【0040】
異種環状分子含有擬ポリロタキサンの合成
先に調製したIC−CB[7]/PMPA(21.7mM)とIC−DM−β−CD/PPG−N3(21.7mM)水溶液を混ぜ、さらに硫酸銅五水和物8.1mg(32μmol)/0.5ml水溶液、アスコルビン酸ナトリウム13mg(65μmol)/0.5ml水溶液を順に加え、電子レンジ(80W)で30分間加熱した。その際、途中でアスコルビン酸ナトリウムを始めに加えた量と同量を追加した。前記のクリック反応の終了後、pH5に調製した蒸留水で二日間透析し(Spectrum Laboratories社製、スペクトラ/ポア6 MW3500)、減圧乾燥することで茶色の粉末を得た(収量:128mg、収率:49%)。合成の確認を1H−NMR及び2D−ROESY−NMR、MALDI−TOF−MSで行った。また、反応の確認のための一つの指標として、PMPAとPPG−N3のみを用いてほぼ同様の条件にて反応を行った。
【0041】
図17は、PMPAとPPG−N3のみを用いたクリック反応後の1H−NMRチャートである。図18は合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート、図19は合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンのMALDI−TOF−MSチャート、図20は合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャートである。
【0042】
前述の通り、異種環状分子含有擬ポリロタキサンを合成するにあたって、先ずCB[7]とPMPAをpH5の水溶液中で反応させ、またDM−β−CDとPPG−N3をpH7の水溶液中で反応させ、それぞれ包接体を形成させた。そしてこれらを混合し、およそpH5付近にした。この状態では、それぞれの包接体の状態を維持している。そして、そこに触媒として硫酸銅五水和物とアスコルビン酸を加えるが、アスコルビン酸を加えることにより銅イオンは二価から一価へと還元され、反応溶液は黄色へと変化し、アルキニル基とアジド基の反応を活性化する。さらに、反応溶液を電子レンジで急速に加熱することにより短時間で反応が進行した。
【0043】
合成の確認は、先ず、1H−NMR測定によって、反応によるアルキニル基由来のピークの消失の確認、新たに生成するトリアゾール基由来のピークとPMPAの芳香環由来のピークとを比較することによって行った(図17参照)。対照実験としてPMPAとPPG−N3のみでの反応を行い、図18に示すように、新たに生成するトリアゾール基由来のピークがpH2では8.0ppm付近に現れること、トリアゾール基に隣接するプロトンが低磁場シフトすること、PPG部位のメチル基由来のピークが分裂し、主なピークと低磁場シフトしたピークがおよそ1対2.8となることが確認された。PPGの分子量から、シフトしたピークはトリアゾール基に隣接する両末端のメチル基であると推測される。その結果、トリアゾール基由来のピークは確認できたが、PMPAの芳香環由来のピークの積分値に比べ非常に小さく、比較対象とならなかった。しかしながら、PMPAのアルキニル基由来のピークはほぼ完全に消失していたことや、PPG部位のメチル基由来のピークが1対2.4に分裂していることから、反応は進行しているものと考えられる。
【0044】
そして、透析精製後に仕込み量の半分程度回収できたことからも反応が進行して分子量が大きくなっていると考えられ、図19に示すように、MALDI−TOF−MSによってその分子量が一定の分子量1100から1200程度の間隔をもっており、約2000から20000程度まで幅広い分子量で存在することが確認された。この分子量間隔が何を意味しているかを明らかとすることはできなかったが、図18に示す1H−NMRから二種の環状分子及び二種の主鎖構成要素を含むことが確認されており、ピーク幅が広いことから平均化されてしまったと考えられる。また、図18に示す1H−NMR測定から、PMPAとCB[7]は約1:1、PPG−N3とDM−β−CDは1:1.7と算出された。PPG−N3はその分子量から、三つのDM−β−CDが貫通するスペースをもっているので、仕込み量に比べDM−β−CDがやや多くなったが可能な値であると考えられる。算出にはPMPAは芳香環部位(6.0〜7.0ppm)、PPG−N3はメチル基(0.7〜1.7ppm)、DM−β−CD はC(1)Hプロトン(5.1〜5.2ppm)の積分値を基準にした。CB[7]については反応後にピークの形状が変化したため、影響が小さいと思われる4.0から4.2ppmのピークを基準とした。
【0045】
一方、反応後の包接体形成状態を確認するために、PMPAの二級アミン部位が完全にプロトン化していると考えられるpH2に調製し、2D−ROESY−NMRによる検証を行った。その結果、図20に示すように、PPG−N3のメチル基由来のピークとDM−β−CDのC(3)Hプロトン由来のピークとのクロスピークが確認できたことから、DM−β−CDはPPG−N3上に存在していると考えられる。CB[7]とPMPAとはCB[7]内部にプロトンが存在しないため確認できないが、1H−NMRの結果、芳香環由来のピークが3箇所に分裂しているので、先の結果よりCB[7]はPMPA上に存在していると考えられる。従って、合成された異種環状分子含有擬ポリロタキサンはpH2の状態では、反応の仕込み段階と同様の包接形態をとっていることが示された。
【0046】
[実験2:異種環状分子含有擬ポリロタキサンのpH変化によるスイッチング]
本実験では、合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンの環状分子認識サイトであるPMPA部位での、CB[7]とDM−β−CDのpH変化によるスイッチングについて検討した。このスイッチングのメカニズムは、CB[7]とDM−β−CDの包接体形成駆動力の違いを利用して行う。CB[7]は疎水的な空洞部と両側の開口部に複数のカルボニル基を有しており、ゲスト分子を空洞部内との疎水性相互作用とカルボニル基による正電荷とのイオン−双極子相互作用によって認識し包接体を形成する。またCB[7]の空洞部内の疎水性は、両側の開口部に複数のカルボニル基が存在しているため、中心から外側にかけて徐々に弱くなっていく。DM−β−CDは疎水的な空洞部を有しており、ゲスト分子と主な駆動力である疎水性相互作用によって包接体を形成する。したがって、PMPAの二級アミンがプロトン化している状態では、CB[7]がPMPAを包接し、脱プロトン化している状態ではDM−β−CDがPMPAを包接することが推測される。これらのpH変化によるスイッチングの解析を1H−NMR及び2D−ROESY−NMRによって行った。
【0047】
CB[7]とPMPAの包接体形成
CB[7]5.0mg(4.3μmol)とPMPA0.91mg(3.2μmol) をD2O1mlに溶解させてpH2に調整し、pHを2から10まで変化させて1H−NMRによって解析した。pH調整には、以後の実験においても全てDClとNaODを用いて行った。また、これらの実験ではゲスト分子を完全に包接させるためホスト分子をやや過剰に加えて行った。
【0048】
DM−β−CDとPMPAの包接体形成
DM−β−CD62mg(47μmol)とPMPA10mg(35μmol)をD2O1mlに溶解させてpH2に調整し、pHを2から8まで変化させて溶液状態を1H 及び2D−ROESY−NMR、MALDI−TOF−MSによって解析した。
【0049】
PMPAでのCB[7]とDM−β−CDのスイッチング
CB[7]5.0mg(4.3μmol)、DM−β−CD5.7mg(4.3μmol)、PMPA0.90mg(3.2μmol)をD2O1mlに溶解させてpH2に調整し、pHを2から10まで変化させて1H−NMRによって解析した。
【0050】
PPG−N3を含むPMPAでのCB[7]とDM−β−CDのスイッチング
CB[7]5.0mg(4.3μmol)、DM−β−CD5.7mg(4.3μmol)、PMPA0.90mg(3.2μmol)、PPG−N31.4mg(3.2μmol)をD2O1mlに溶解させてpH2に調製し、pHを2から10まで変化させて1H−NMRによって解析した。
【0051】
異種環状分子含有擬ポリロタキサンのスイッチング
先に合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサン5mgをD2O1mlに溶解させて、pH2、10、11で1H−NMR及び2D−ROESY−NMRによって解析した。
【0052】
pH変化によるPMPAとの包接体形成の検討
CB[7]とPMPAの包接体形成はpH2から5までは1H−NMR測定の結果により、PMPAの芳香環由来の7.5ppmのピークが6.9、6.7、6.0ppm付近の三つに分裂した(図21A及び図21B参照)。この状態では、PMPAの二級アミンはプロトン化しており、実験1の包接体の調製でMALDI−TOF−MSによって包接体の形成が確認されていることから、このpH間では包接体を形成しているものと考えられる。pH6から7では徐々に分裂したピークがブロードになっていき、pH8では6.7ppm、6.0ppm付近のピークはほぼ消失した。そしてpH10では7.0ppm付近のピークのみであり、pH8の状態と大きな差はなかった。これは、pHを高くしていくことによりPMPAの二級アミンが徐々に脱プロトン化し、CB[7]と安定な包接体を形成できなくなったことによるものと考えられる。
【0053】
対照として、pH8でのPMPAのみの1H−NMR測定では、7.1から7.3ppmの間に分裂した芳香環由来のピークが確認され(図22参照)、この結果から推測すると、pH8ではCB[7]とPMPAは完全に解離しているとは考え難い。したがって、この状態について、CB[7]は両側の開口部に存在するカルボニル基によって正電荷と相互作用するが、この場合は正電荷を持っていないためその相互作用はないものの、CB[7]の空洞部内は疎水性なので、その駆動力によって安定な状態で包接体を形成するのではなく、解離に近い状態で相互作用しているのではないかと推測される。また、pH10から再度pHを2に戻すと芳香環由来のピークは三つに分離したので、再びカルボニル基と正電荷の相互作用を含めた安定な包接体を形成したと考えられる。これらの結果より、pH2から5まではPMPAの芳香環をCB[7]の空洞部内に含む安定な包接体を形成し、pH8以上では解離に近い状態であり、その可逆性も示された。
【0054】
DM−β−CDとPMPAの包接体の形成は、前述のCB[7]とPMPAの包接体形成の実験において、概ねpH8でPMPAの脱プロトン化が起きることが示されたので、ここではpH2から8まで行った(図23参照)。1H−NMR測定の結果から、pH2からpH6まではPMPAの芳香環由来のピークに大きな変化はなく、包接体を形成していないものと思われる。これは、PMPAがプロトン化しており親水性であるため、DM−β−CDの疎水的な空洞部内と相互作用しないためと考えられる。これに対して、pH8ではPMPA芳香環由来のピークが7.1ppmから7.3ppmの間に高磁場シフトした。この状態ではPMPAは脱プロトン化しており疎水性へと変化したため、DM−β−CDの疎水的な空洞部内と相互作用することによって包接体を形成したものと考えられる。
【0055】
そして、2D−ROESY−NMR測定では、DM−β−CDの空洞部内に存在するC(3)Hプロトン由来のピークとPMPAの芳香環由来のピークとのクロスピークが観測された(図24参照)。さらに、このサンプルをMALDI−TOF−MSで確認したところ、DM−β−CDとPMPAの1対1の包接体を示すピークを確認した(図25参照)。これらの結果より、pH2からpH6までは包接体を形成せず、pH8ではPMPAの芳香環部をDM−β−CDの空洞部に含む包接体を形成していることが示された。
【0056】
pH変化による2種類のホスト分子によるPMPAでのスイッチングの検討
1H−NMR測定より、pH2ではPMPAの芳香環由来のピークが三つに分裂したのでPMPA上にはCB[7]が存在していると考えられる(図26参照)。一方、pH10では7.0ppm付近のブロードなピークのみであった。先の実験から考えると、pH10の条件ではPMPAの二級アミンは完全に脱プロトン化していると考えられ、この状態ではDM−β−CDがPMPA上に存在すると思われたが、結果からその状態をとっているとは考えにくい。むしろこの傾向はCB[7]とPMPAのみをpH8やpH10で測定したものと同様であると考えられる。したがって、この状態ではCB[7]及びDM−β−CDともにPMPAと安定な包接体を形成していないものと考えられる。さらに、pH11で測定した結果、DM−β−CDとPMPAのみをpH8で測定した際と同様のPMPAの芳香環由来のピークの分裂が確認された。このピークの出現はDM−β−CDがPMPA上に存在していることを示し、pH変化によるPMPA上でのCB[7]とDM−β−CDのスイッチングが起こったものと考えられる。また、ここで再度pHを2に戻すと、PMPAの芳香環由来のピークが再び三つに分裂しCB[7]がPMPA上へと移動したことから、図27にモデルを示すようなスイッチングの可逆性が示された。
【0057】
PMPAと二つの環状分子にさらにPPG−N3を加えた実験についても、ほぼ同様の結果が1H−NMRから得られた(図28参照)。pH2では、CB[7]はPMPA上に存在し、一方DM−β−CDとPPG−N3はpH変化に対して包接体形成に影響が無いと考えられので、DM−β−CDはPPG−N3上に存在しているものと思われる。pH10ではDM−β−CDはPPG−N3上に存在しており、CB[7]とPMPAは解離に近い状態で存在していると考えられる。pH11ではDM−β−CDが移動しPMPA上にスイッチングした。PMPAとの包接体から脱離したCB[7]については、一般的にCB[7]に包接されたゲスト分子は、1H−NMR上で高磁場シフトすることが報告されていることから考えると、PPG−N3のメチル基由来のピークに変化がないことから、PPG−N3とは包接体を形成しておらず、単独で存在しているものと考えられる。これらの結果から、PPG−N3の有無にかかわらず、二つの環状分子を含むスイッチングの検討において、DM−β−CDとPMPAのみではpH8で包接体を形成したが、二つのホスト分子を含む場合ではpH11でなければDM−β−CDとPMPAが包接体を形成しなかった。この現象については、初期状態(pH2の状態)ではCB[7]はイオン−双極子相互作用と疎水性相互作用によってPMPA上に存在している。そこでpH10に変化させると、CB[7]とPMPA間は疎水性相互作用のみとなり、流動的にPMPA上に存在しているものと推測される。この時はCB[7]とDM−β−CDがPMPAとの包接体形成の中間状態であり、その駆動力も均衡していると考えられる。ここでpH11に変化させるとDM−β−CDの修飾されていない水酸基が脱プロトン化し負電荷を有し、DM−β−CDがPMPA上に移動するための何らかの駆動力を得てスイッチングしたのではないかと推測される。いずれにせよ、PPG−N3を含むPMPAでの二つの環状分子間でのpH変化によるスイッチングが可能であることが示された。
【0058】
pH変化による異種環状分子含有擬ポリロタキサンのPMPA部位でのスイッチングの検討
前述の通り、1H−NMR及び2D−ROESY−NMR測定から、pH2ではCB[7]はPMPA部位に、DM−β−CDはPPG部位に存在することが明らかとなっている(図18、図20)。また、1H−NMRの結果から、 pH10ではPMPAの芳香環由来のピークはpH2と同様の傾向を示し、三つに分裂したがブロードなピークとなった。pH11では7.0ppmから7.3ppmの間のブロードなピークであった(図図29及び図30参照)。さらに、pH2、10、11ではPPG部位のメチル基由来のピークが大きく異なっている。先ず、主なピークである0.6から1.1ppmのピークは、pH2では鋭く狭い範囲で分裂しているが、pH10、11では広くブロードしている。次にトリアゾール基に隣接していると考えられるピークでは、pH2では1.5pmmに鋭いピークが見られるが、pH10では1.4ppmと1.5ppmにややブロードに分裂し、pH11では1.4ppmにブロードなピークとなり、pHが高くなるに連れて高磁場へシフトした。
【0059】
一方、トリアゾール基由来のピークはpH2では8.1ppmであったが、pH10、11では低磁場シフトし8.3ppmに現れた。さらに、2D−ROESY−NMRの結果、pH2では確認されたDM−β−CDのC(3)HプロトンとPPGの主なメチル基(0.6〜1.1ppm)とのクロスピークがpH10、11についても確認された(図31及び図32参照)。これらの結果から、pH10ではCB[7]はPMPAの芳香環由来のピークがブロードに三つに分裂しており、PMPAの芳香環部位に安定に存在していないものと考えられる。そして、PPG部位のメチル基由来のピークが高磁場方向へブロードし、トリアゾール基に隣接しているメチル基由来のピークの高磁場への分裂、及びトリアゾール基由来のピークが高磁場シフトしたことから、前述したようにCB[7]空洞部内に存在するゲスト分子は高磁場シフトし、空洞部の外側近辺に存在するものは低磁場シフトすることから考えると、CB[7]はある部位で留まっているのではなく、PPG上及びPMPA上を移動しているものと考えられる。DM−β−CDは、2D−ROESY−NMRの結果からPPG上に存在しているものと考えられる。pH11ではPMPAの芳香環由来のピークが7.0ppmから7.3ppmの間でブロードになっているため、CB[7]はPMPAの芳香環部位とほぼ相互作用していないものと考えられ、PPG部位のメチル基由来のピークの高磁場方向へのブロード、トリアゾール基に隣接しているメチル基由来のピークが全て高磁場へシフト、トリアゾール基由来のピークの高磁場シフト等を総合して考えると、CB[7]はPPG部位上のトリアゾール基付近に存在するものと考えられる。またDM−β−CDは、2D−ROESY−NMRから、PPG上に存在していると考えられるので、PPG部位の空間的にもCB[7]はPPG部位の末端付近に存在すると考えられる。
【0060】
以上のことから、実験1において合成された異種環状分子含有擬ポリロタキサンは、pH2ではCB[7]はPMPA部位に存在し、pH10あるいは11ではPMPA部位に留まることなく主鎖上を移動しており、図33にモデルを示すようなPMPA部位でのCB[7]のスイッチングが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの合成スキームを示す模式図である。
【図2】1,3−双極子付加反応の模式図である。
【図3】1,3−双極子付加反応におけるCu(I)による触媒メカニズムを示す図である。
【図4】異種環状分子含有擬ポリロタキサンにおけるスイッチングの様子を示す図である。
【図5】PMPAの1H−NMRチャートである。
【図6】PMPAの13C−NMRチャートである。
【図7】PPG−N3の1H−NMRチャートである。
【図8】PPG−N3の13C−NMRチャートである。
【図9】PPG−MSの1H−NMRチャートである。
【図10】PPGの13C−NMRチャートである。
【図11】CB[7]及びPMPA、さらにはこれらの包接体の1H−NMRチャートである。
【図12】CB[7]とPMPAの包接体のMALDI−TOF−MSチャートである。
【図13】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の1H−NMRチャートである。
【図14】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の1H−NMRチャートである。
【図15】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の2D−ROESY−NMRチャートである。
【図16】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の2D−ROESY−NMRチャートである。
【図17】PMPAとPPG−N3のクリック反応後の1H−NMRチャートである。
【図18】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート(pH2)である。
【図19】異種環状分子含有擬ポリロタキサンのMALDI−TOF−MSチャートである。
【図20】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャート(pH2)である。
【図21A】CB[7]とPMPAの混合物の1H−NMRチャート(pH2〜7)である。
【図21B】CB[7]とPMPAの混合物の1H−NMRチャート(pH8〜10及びpH2)である。
【図22】PMPAのpH8での1H−NMRチャートである。
【図23】DM−β−CD、PMPA、及びこれらの混合物(pH2〜8)の1H−NMRチャートである。
【図24】DM−β−CDとPMPAの包接体の2D−ROESY−NMRチャートである。
【図25】DM−β−CDとPMPAの包接体のMALDI−TOF−MSチャートである。
【図26】CB[7]、DM−β−CD、及びPMPAの混合物の1H−NMRチャート(pH2〜11)である。
【図27】PMPAでのCB[7]とDM−β―CDのスイッチングモデルを示す図である。
【図28】CB[7]、DM−β−CD、PMPA、及びPPG−N3の混合物の1H−NMRチャート(pH2〜11)である。
【図29】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート(pH10)である。
【図30】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート(pH11)である。
【図31】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャート(pH10)である。
【図32】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャート(pH11)である。
【図33】異種環状分子含有擬ポリロタキサンのスイッチングの様子を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロタキサン構造を有し異種環状分子を1分子中に含有する新規な超分子ポリマーに関するものであり、さらにはその合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリロタキサンは、環状分子であるシクロデキストリン(CD)やククルビットウリル(CB)を線状分子でそれぞれ串刺し状にしたロタキサンもしくはポリロタキサン構造を有し、いわゆる超分子ポリマーとして知られている。ポリロタキサンでは、環状分子と線状分子は化学結合で結ばれているのではなく、環状分子をホスト分子とし線状分子をゲスト分子として包接体が形成されている。
【0003】
近年、ポリロタキサンの機械的結合に起因した環状分子の動的挙動による効果が明らかとなり、例えば分子スイッチ等の新しい動的機能が見出されている。今後、さらなる機能性ポリロタキサンの発展が期待され、そのためには、(ポリ)ロタキサン構造を保持したまま新たな機能化が必要とされている。
【0004】
ポリロタキサンについては、各方面で研究が進められており、種々の合成方法が知られている(例えば、非特許文献1や非特許文献2等を参照)。非特許文献1では、水中にて環状分子を高分子と混合し、沈殿物として得る方法が提案されている。非特許文献2では、環状分子を低分子モノマーと包接させ、それを銅イオンと配位させて分子鎖長を延長する方法が提案されている。また、ポリロタキサンの応用技術として、前記串刺し状構造を利用して、溶媒置換や外部刺激(温度、pH等)によって環状分子を移動させる「分子シャトル」の概念が提案されている(非特許文献3を参照)。
【非特許文献1】Macromolecules 1990, 23, 2821
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc, 1996, 118(45),11333
【非特許文献3】Acc. Chem. Res, 2001, 34(6), 456
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、前記ポリロタキサンは、前述のように環状分子が外部刺激に応じて移動する分子スイッチとして提唱されているが、環状分子が1分子中に1種類のみしか含有されていないため、一つの外部刺激に対する動きが単一的なものとなる。外部刺激を認識して、その情報をいくつかに振り分けるためには、環状分子の移動を刺激によって区別する必要がある。
【0006】
本発明は、前述のような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、異種環状分子を含有し、例えば環状分子の移動を刺激によって区別することが可能な、全く新規な超分子ポリマー及びその合成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前述の目的を達成するために、長期に亘り種々の研究を重ねてきた。その結果、異種環状分子をポリロタキサン一分子中に含有した超分子ポリマーの合成法を確立するとともに、外部刺激応答を異種環状分子によって区別することに成功した。
【0008】
本発明は、このような研究結果に基づいて完成されたものであり、本発明の超分子ポリマーは、環状分子の中を線状分子が貫通したロタキサンもしくはポリロタキサン構造を有する超分子ポリマーであって、前記環状分子として複数種類の環状分子を含有することを特徴とする。また、本発明の超分子ポリマーの合成方法は、種類の異なる環状分子をホスト分子とし種類の異なる線状モノマーをゲスト分子とする複数種類の包接体を形成し、前記線状モノマーを付加反応させることにより複数種類の包接体を結合することを特徴とする。
【0009】
本発明の超分子ポリマーは、前記の通り、異種環状分子を含有するものである。ここで、前記異種環状分子においては、環状分子毎に動的挙動が異なることから、例えば外部刺激応答が環状分子毎に区別される。すなわち、本発明の超分子ポリマーにおいては、(ポリ)ロタキサン構造を保持したまま、新たな機能が付加される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、異種環状分子を含有する新規な超分子ポリマーを提供することが可能である。前記超分子ポリマーでは、例えば環状分子の移動を刺激によって区別することが可能である等、環状分子の移動様式を独立に制御でき、新たな分子スイッチへの応用等、用途の拡大や新機能の追加等が実現可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を適用した超分子ポリマー及びその合成方法について詳細に説明する。なお、以下においては、異種環状分子(ゲスト分子)としてシクロデキストリンの誘導体(2,6−ジメチル−β−シクロデキストリン:DM−β−CD)及びククルビットウリル系化合物(ククルビット[7]ウリル:Cucurbit [7] uril:CB[7])を用い、線状モノマー(ホスト分子)として両末端にアジド基を有する線状モノマー(ポリプロピレングリコールビスアジド:PPG−N3)及び両末端にアルキニル基を有する線状モノマー(N,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミン:PMPA)を用いた場合を例にして説明する。これら化合物の化学式を化1〜化4に示す。
【0012】
【化1】
【0013】
【化2】
【0014】
【化3】
【0015】
【化4】
【0016】
ホスト分子として用いる環状分子やゲスト分子として用いる線状分子(線状モノマー)はこれらに限らず、包接体を構成し得る組み合わせであれば任意の環状分子、線状分子(線状モノマー)を用いることが可能である。また、複数種類の環状分子は、互いに分子構造が異なる環状分子の組み合わせであれば任意の環状分子の組み合わせを採用することができる。組み合わせる環状分子の種類の数も、例えば2種類であってもよいし、あるいは3種類以上とすることも可能である。
【0017】
図1は、本発明を適用した超分子ポリマー(異種環状分子含有擬ポリロタキサン)の合成スキームを示すものである。なお、図1においては、環状分子や線状モノマーを模式的に示してある。
【0018】
2,6−ジメチル−β−シクロデキストリン(DM−β−CD)とβ−シクロデキストリン(β−CD)とは、水への溶解度の温度依存性が逆であり、室温では高い水溶性を示すが、40℃〜50℃では析出する。DM−β−CDは、ポリプロピレングリコールビスアジド(PPG−N3)と疎水性相互作用を主な駆動力として包接体を形成し、DM−β−CD間の水素結合がジメチル基によって消失するため、擬ロタキサンを形成しても擬ロタキサン分子の凝集はない。一方、ククルビット[7]ウリル(CB[7])は、カチオン部分とのイオン双極子相互作用と疎水性相互作用によって包接体を形成し、それぞれ異なったメカニズムにより包接体を形成する。
【0019】
そこで、このメカニズムを利用して、それぞれのゲスト分子と包接体を形成する。すなわち、図1中の反応aにより、DM−β−CDをホスト分子、PPG−N3をゲスト分子とする包接体(IC−DM−β−CD/PPG−N3)を形成し、図1中の反応bにより、CB[7]をホスト分子、N,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミン(PMPA)をゲスト分子とする包接体(IC−CB[7]/PMPA)を形成する。前記反応a,bは、例えば水中で行うことができ、必要に応じてpH調整を行ってもよい。
【0020】
前記のように、それぞれのゲスト分子と包接体を形成させた後、クリックケミストリーの1つである1,3−双極子付加反応(図1中、反応c)を行い、前記2種類の包接体の線状モノマーを結合させて異種環状分子含有擬ポリロタキサンを合成する。前記反応cは、例えば水中で触媒を添加し、これを加熱することで行う。加熱手段としては、例えばマイクロ波加熱等を採用することができる。
【0021】
クリックケミストリーとは、「その反応は交換可能な構成であり、対象範囲が大きく高収率で無害な副生成物が生成しても容易に分離できるものでなくてはならない。また、反応は酸素や溶媒に影響がないものが理想的である。」と定義されている。その中でも1,3−双極子付加反応と呼ばれる方法が広く利用されている。この反応はアルキニル基とアジド基との反応であり、新たな結合点として熱やpH等の外部刺激に対して安定なトリアゾール基が生成する。前記反応は選択的な反応であるため、他の置換基が存在する環境でも利用できることが大きな特徴であり、それ故、この反応は生体材料や新規化合物等の合成に頻繁に用いられている。図2に、1,3−双極子付加反応を模式的に示す。また、この反応は多くの場合に触媒として一価の銅イオンCu(I)を添加して行われるが、その反応機構(1,3−双極子付加反応のCu(I)による触媒メカニズム)を図3に示す。
【0022】
以上により、2種類の環状分子(DM−β−CDとCB[7])を含有し、これら環状分子の中を線状分子が貫通した(ポリ)ロタキサン構造を有する超分子ポリマー(異種環状分子含有擬ポリロタキサン)が合成される。合成された超分子ポリマーは、例えばpH変化によって異種環状分子がそれぞれのpH応答性に応じて移動する等、外部刺激応答を異種環状分子によって区別することが可能である。
【0023】
図4は、2種類の環状分子(DM−β−CDとCB[7])を含有する超分子ポリマーにおける各環状分子の移動の様子を示すものである。pH2では、図4(a)に示すように、DM−β−CDはPPG上に存在し、CB[7]はPMPAのフェニル基上に存在する。これに対して、pH11では、DM−β−CDはPPG上に存在しているものの、結合点のトリアゾール基の近傍に移動する。CB[7]は、PMPA上のフェニル基上からアミノ基上に移動する。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を適用した実施例について、具体的な実験結果を基に説明する。
【0025】
[実験1:異種環状分子含有擬ポリロタキサンの合成]
試薬
以下の実験においては、下記の試薬を用いた。試薬や溶媒については、購入したものをそのまま用いたが、特に精製が必要な場合は、精製処理、蒸留等の処理を行った。
(1)プロパギルアミン:シグマアルドリッチジャパン
(2)1,3−ビス(クロロメチル)ベンゼン(BCMB):アクロス
(3)N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc):関東化学
(4)テトラヒドロフラン(THF):関東化学
(5)トリエチルアミン(Et3N):シグマアルドリッチジャパン
(6)ポリプロピレングリコール(Mn:400)(PPG):関東化学
(7)メタンスルホニルクロリド(MS):東京化成
(8)エタノール:ナカライテスク
(9)アジ化ナトリウム:和光純薬
(10)ジエチルエーテル(Et2O):ナカライテスク
(11)クロロホルム(CHCl3):ナカライテスク
(12)重水(D2O):シグマアルドリッチジャパン
(13)重水酸化ナトリウム(NaOD):日本酸素株式会社
(14)重塩酸:(DCl):シグマアルドリッチジャパン
(15)2,6-ジメチル-b-シクロデキストリン(DM-b-CD):和光純薬
(16)Cucurbit[7]uril (CB[7]):シグマアルドリッチジャパン、Pohang University of Science and Technology, Kimoon Kim. Laboratory
(17)硫酸銅五水和物:関東化学
(18)アスコルビン酸ナトリウム:シグマアルドリッチジャパン
(19)蒸留水
【0026】
N,N’−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミン(PMPA)の合成
1,3−ビス(クロロメチル)ベンゼン(BCMB)1g(5.7mmol)をDMAc10mlに溶解させ、その溶液を室温でプロパギルアミン3.9ml(57mmol)中に約1時間かけてゆっくりと滴下し、一晩撹拌した。反応溶液からエバポレーションによって過剰のプロパギルアミンと溶媒を取り除き、淡黄色のジェル状の粗生成物を得た。そこに1M塩酸水溶液を加えてpH7に調整し、その水溶液にCHCl3を加え3回分液抽出し水層を回収した。回収した水層をエバポレーションによって濃縮した後、1M水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH11に調整した。再びその水溶液にCHCl3を加え3回分液抽出しCHCl3層を回収し、エバポレーションによって溶媒を留去した。次いで、1M塩酸水溶液を加えてpH2に調整した後、エバポレーションによって溶媒を留去した。さらに、メタノールを加えて溶解させ、過剰のジエチルエーテル(Et2O)に注ぎ再沈殿した。沈殿物を回収し減圧乾燥させ白色粉末を得た(収量450mg、収率34%)。合成の確認を1H及び13C−NMR測定により行った[Varian社製Gemini-300C(300MHz)または、同社UNITY plus750MB (750MHz)]。以後の測定についても同様の装置を使用した。
1H NMR (D2O): δ=7.52-7.42(m, 4H, aromatic), 4.27(s, 4H, -CH2-), 3.80(s, 4H, -CH2-), 2.92(t, 2H,≡CH)
13C NMR (DMSO-d6): δ=132-129(aromatic), 79.7( -CH2-), 74.9(-CH2-)48.6(-C≡), 35.0(≡CH)
【0027】
前記合成における反応式を化5に示す。また、合成されたPMMAの1H−NMRチャートを図5に示し、13C−NMRチャートを図6に示す。前記合成により、不純物も含まず、1H−NMRから算出した導入率が100%のものを得ることができた。また13C−NMRからもアルキニル基の導入の確認ができた
【0028】
【化5】
【0029】
両末端アジド化ポリプロピレングリコール(PPG−N3)の合成
テトラヒドロフラン(THF)100mlにポリプロピレングリコール(PPG)(分子量Mn:400)10g(25mmol)を溶解させ、そこにトリエチルアミン(Et3N)34.7ml(0.25mol)を加え氷浴で十分に冷却した。これにテトラヒドロフラン(THF)50mlに溶解させたメタンスルホニルクロリド(MS)を約1時間かけて滴下した。滴下終了後に氷浴をはずし、室温で一晩撹拌すると白色沈殿が生成した。反応終了後、エバポレーションによって溶媒を留去し、残った沈殿物にジエチルエーテル(Et2O)を加えよく撹拌した。その溶液をろ過し、ろ液を回収して再び溶媒を留去することにより薄い赤茶色のPPG−MSを得た。PPG−MSを90%エタノール水溶液に溶解させ、アジ化ナトリウムを加え90℃で一晩還流した。反応溶液をエバポレーションによって溶媒を留去し、残った沈殿物にジエチルエーテル(Et2O)を加えよく撹拌した。得られた溶液をろ過し、ろ液を回収してエバポレーションによって溶媒を留去することにより黄色の油状物を得た。そこに少量の水を加えCHCl3で3回分液抽出し、CHCl3層を回収した。エバポレーションによって溶媒を留去することによりは黄色の油状のPPG−N3を得た(収量:10g、収率:90%)。合成の確認を1H及び13C−NMRによって行った。
1H NMR (D2O):δ=3.73-3.15(br, 21H, -OCHCH2-),1.14-0.93(br, 21H, -CH3)
13C NMR (DMSO-d6):δ=76.2-72.6(-OCHCH2-),57.2-56.6(N3CH-, -CH2N3), 33.6-22.7(-CH3)
【0030】
前記合成における反応式を化6に示す。また、合成されたPPG−N3の1H−NMRチャートを図7に示し、13C−NMRチャートを図8に示す。さらに、PPG−MSの1H−NMRチャートを図9に示し、PPGの13C−NMRチャートを図10に示す。
【0031】
【化6】
【0032】
1H−NMRの結果、両末端活性化状態であるPPG−MSは1H−NMR(図9)から導入率93%と算出され高い導入率であった。PPG−MSからの両末端のアジド化では、PPG−MSのMSのメチル基が完全に消失したことからほぼ完全に反応が進行したと考えられる(図7)。PPG−N3の導入率を算出するため同様に1H−NMRスペクトルの解析を行ったが、特徴的なピークがなく、また原料であるPPGとスペクトルが似ているため直接算出することはできなかった。従ってMS化によって活性化された部分は 全てアジド基に置換されたものと判断した。これは、PPG−MSからPPG−N3の反応の際MSのメチル基が完全に消失したことによって裏付けられる。また13C−NMRからも原料であるPPGの末端水酸基に隣接する炭素原子由来のピークが消失し、新たなピークが現れたことからも、アジド基が導入されたものと考えられる
【0033】
CB[7]とPMPAとの包接体(IC−CB[7]/PMPA)の調製
重水(D2O)3mlにPMPA18mg(65μmol)を溶解させ、pH5に調製した。その水溶液を重水(D2O)3mlにCB[7]100mg(86μmol)を溶解させた水溶液に撹拌しながら徐々に加え、包接体を調製した。包接体形成の確認を1H−NMR及び、MALDI−TOF−MS(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization Time of Flight Mass Spectrometry:マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-飛行時間型質量分析計)によって行った(装置:Applied Biosystems社製 Voyager-DE RP、マトリックス:α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸)。以後の測定についても同様の装置とマトリックスを使用した。
【0034】
図11に得られた包接体(IC−CB[7]/PMPA)の1H−NMRチャートを示す。なお、図11には、CB[7]及びPMPAの1H−NMRチャートも併せて示す。また、図12には、得られた包接体(IC−CB[7]/PMPA)のMALDI−TOF−MSチャートを示す。
【0035】
PMPAは芳香環を挟むように二級アミンが配置されており、pH5付近では二級アミンはプロトン化していると考えられる。そして、プロトン化しているPMPAとCB[7]を混合することにより、CB[7]は空洞部内の中心付近でPMPAの芳香環を疎水性相互作用によって認識し、さらに両側の開口部に存在するカルボニル基によってプロトン化した二級アミンを認識し安定な包接体を形成すると考えられる。本実験では、全てのPMPAを包接させるため、ホスト分子であるCB[7]をやや多く加えた。1H−NMRの結果、重水(D2O)中、pH5で混合したサンプルは、図11に示すように、芳香環由来のピークが3箇所に分裂し、それぞれ高磁場シフトした。これまでの報告では、CB[7]の空洞部内に存在するゲスト分子のピークは高磁場シフトすることが報告されている。したがって、PMPAの芳香環がCB[7]空洞部内に包接されていると考えられる。さらに、図12に示すMALDI−TOF−MSにおいても、CB[7]とPMPAの1対1の包接体を示すピークが確認できたことから、pH5の水溶液中ではCB[7]とPMPAは包接体と形成していると言える。また、1H−NMRスペクトルでは2.0ppm付近に新たなピークが現れたが、積分値の比較や後のクリック反応後に消失することから、アルキニル基由来のピークがシフトしたものであると推測される。したがって、PMPA末端のアルキニル基とCB[7]との間で何らかの相互作用を有するものと思われる。
【0036】
DM−β−CDとPPG−N3との包接体(IC−β−CD/PPG−N3)の調製
DM−β−CD115mg(86μmol)を重水(D2O)1mlに溶解させ、そこにPPG−N329mg(65μmol)を加え、室温で約30分撹拌し包接体を調製した。また対照としてDM−β−CD30mg(2.2μmol)、あるいは89mg(6.7μmol)を重水(D2O)1mlに溶解させ、そこにPPG−N310mg(2.2μmol)を加え室温で約1時間撹拌した。仕込み量の異なる包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1及びPPG−N3:DM−β−CD=1:3)の形成の確認を1H−NMR及び、2D−ROESY−NMRによって行った。
【0037】
PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の1H−NMRチャートを図13に、PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の1H−NMRチャートを図14に、PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の2D−ROESY−NMRチャートを図15に、PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の2D−ROESY−NMRチャートを図16にそれぞれ示す。
【0038】
前述の通り、PPG−N3とDM−β−CDの包接体を、それぞれを混合し水中で撹拌することによって調製した。DM−β−CDとPPG−N3は、疎水性相互作用によって包接体を形成すると考えられ、PPG−N3はその分子量から最大3つのDM−β−CDを取り込むことが可能である。そこで先ず、PPG−N3とDM−β−CDを1:1または1:3で調製し、1H−NMR及び2D−ROESY−NMRによって確認した。図13及び図14に示す1H NMRの結果から、1:1、1:3のいずれのサンプルでも明らかなピークシフトは確認できなかったが、PPG−N3のメチル基由来のピークが分裂しており、1:3ではそのピークがブロード化している。これが包接に起因するものであるとは断言できないが、何らかの影響を受けているものと思われる。
【0039】
図15及び図16に示す2D−ROESY−NMRでは、1:1、1:3のいずれのサンプルでもDM−β−CDの空洞部内部に存在するC(3)Hプロトン由来のピークとPPG−N3のメチル基由来のピークとのクロスピークが確認できた。したがって、1H −NMRの結果によるPPG−N3のメチル基由来のピークが分裂したことも包接に起因するものと推測される。また、1:3の場合よりも1:1の場合の方がより鮮明にクロスピークが確認されたことから、1:3の仕込みではPPG−N3を包接していないDM−β−CDが多く存在しているのではないかと考えられる。これらの結果を参考として、CB[7]とPMPAとの包接体の調製の場合と同様、実際に反応に使用するサンプルをややホスト分子を多くし、PPG−N31分子当たり最低でもDM−β−CD1分子を含むようにして調製した。
【0040】
異種環状分子含有擬ポリロタキサンの合成
先に調製したIC−CB[7]/PMPA(21.7mM)とIC−DM−β−CD/PPG−N3(21.7mM)水溶液を混ぜ、さらに硫酸銅五水和物8.1mg(32μmol)/0.5ml水溶液、アスコルビン酸ナトリウム13mg(65μmol)/0.5ml水溶液を順に加え、電子レンジ(80W)で30分間加熱した。その際、途中でアスコルビン酸ナトリウムを始めに加えた量と同量を追加した。前記のクリック反応の終了後、pH5に調製した蒸留水で二日間透析し(Spectrum Laboratories社製、スペクトラ/ポア6 MW3500)、減圧乾燥することで茶色の粉末を得た(収量:128mg、収率:49%)。合成の確認を1H−NMR及び2D−ROESY−NMR、MALDI−TOF−MSで行った。また、反応の確認のための一つの指標として、PMPAとPPG−N3のみを用いてほぼ同様の条件にて反応を行った。
【0041】
図17は、PMPAとPPG−N3のみを用いたクリック反応後の1H−NMRチャートである。図18は合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート、図19は合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンのMALDI−TOF−MSチャート、図20は合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャートである。
【0042】
前述の通り、異種環状分子含有擬ポリロタキサンを合成するにあたって、先ずCB[7]とPMPAをpH5の水溶液中で反応させ、またDM−β−CDとPPG−N3をpH7の水溶液中で反応させ、それぞれ包接体を形成させた。そしてこれらを混合し、およそpH5付近にした。この状態では、それぞれの包接体の状態を維持している。そして、そこに触媒として硫酸銅五水和物とアスコルビン酸を加えるが、アスコルビン酸を加えることにより銅イオンは二価から一価へと還元され、反応溶液は黄色へと変化し、アルキニル基とアジド基の反応を活性化する。さらに、反応溶液を電子レンジで急速に加熱することにより短時間で反応が進行した。
【0043】
合成の確認は、先ず、1H−NMR測定によって、反応によるアルキニル基由来のピークの消失の確認、新たに生成するトリアゾール基由来のピークとPMPAの芳香環由来のピークとを比較することによって行った(図17参照)。対照実験としてPMPAとPPG−N3のみでの反応を行い、図18に示すように、新たに生成するトリアゾール基由来のピークがpH2では8.0ppm付近に現れること、トリアゾール基に隣接するプロトンが低磁場シフトすること、PPG部位のメチル基由来のピークが分裂し、主なピークと低磁場シフトしたピークがおよそ1対2.8となることが確認された。PPGの分子量から、シフトしたピークはトリアゾール基に隣接する両末端のメチル基であると推測される。その結果、トリアゾール基由来のピークは確認できたが、PMPAの芳香環由来のピークの積分値に比べ非常に小さく、比較対象とならなかった。しかしながら、PMPAのアルキニル基由来のピークはほぼ完全に消失していたことや、PPG部位のメチル基由来のピークが1対2.4に分裂していることから、反応は進行しているものと考えられる。
【0044】
そして、透析精製後に仕込み量の半分程度回収できたことからも反応が進行して分子量が大きくなっていると考えられ、図19に示すように、MALDI−TOF−MSによってその分子量が一定の分子量1100から1200程度の間隔をもっており、約2000から20000程度まで幅広い分子量で存在することが確認された。この分子量間隔が何を意味しているかを明らかとすることはできなかったが、図18に示す1H−NMRから二種の環状分子及び二種の主鎖構成要素を含むことが確認されており、ピーク幅が広いことから平均化されてしまったと考えられる。また、図18に示す1H−NMR測定から、PMPAとCB[7]は約1:1、PPG−N3とDM−β−CDは1:1.7と算出された。PPG−N3はその分子量から、三つのDM−β−CDが貫通するスペースをもっているので、仕込み量に比べDM−β−CDがやや多くなったが可能な値であると考えられる。算出にはPMPAは芳香環部位(6.0〜7.0ppm)、PPG−N3はメチル基(0.7〜1.7ppm)、DM−β−CD はC(1)Hプロトン(5.1〜5.2ppm)の積分値を基準にした。CB[7]については反応後にピークの形状が変化したため、影響が小さいと思われる4.0から4.2ppmのピークを基準とした。
【0045】
一方、反応後の包接体形成状態を確認するために、PMPAの二級アミン部位が完全にプロトン化していると考えられるpH2に調製し、2D−ROESY−NMRによる検証を行った。その結果、図20に示すように、PPG−N3のメチル基由来のピークとDM−β−CDのC(3)Hプロトン由来のピークとのクロスピークが確認できたことから、DM−β−CDはPPG−N3上に存在していると考えられる。CB[7]とPMPAとはCB[7]内部にプロトンが存在しないため確認できないが、1H−NMRの結果、芳香環由来のピークが3箇所に分裂しているので、先の結果よりCB[7]はPMPA上に存在していると考えられる。従って、合成された異種環状分子含有擬ポリロタキサンはpH2の状態では、反応の仕込み段階と同様の包接形態をとっていることが示された。
【0046】
[実験2:異種環状分子含有擬ポリロタキサンのpH変化によるスイッチング]
本実験では、合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサンの環状分子認識サイトであるPMPA部位での、CB[7]とDM−β−CDのpH変化によるスイッチングについて検討した。このスイッチングのメカニズムは、CB[7]とDM−β−CDの包接体形成駆動力の違いを利用して行う。CB[7]は疎水的な空洞部と両側の開口部に複数のカルボニル基を有しており、ゲスト分子を空洞部内との疎水性相互作用とカルボニル基による正電荷とのイオン−双極子相互作用によって認識し包接体を形成する。またCB[7]の空洞部内の疎水性は、両側の開口部に複数のカルボニル基が存在しているため、中心から外側にかけて徐々に弱くなっていく。DM−β−CDは疎水的な空洞部を有しており、ゲスト分子と主な駆動力である疎水性相互作用によって包接体を形成する。したがって、PMPAの二級アミンがプロトン化している状態では、CB[7]がPMPAを包接し、脱プロトン化している状態ではDM−β−CDがPMPAを包接することが推測される。これらのpH変化によるスイッチングの解析を1H−NMR及び2D−ROESY−NMRによって行った。
【0047】
CB[7]とPMPAの包接体形成
CB[7]5.0mg(4.3μmol)とPMPA0.91mg(3.2μmol) をD2O1mlに溶解させてpH2に調整し、pHを2から10まで変化させて1H−NMRによって解析した。pH調整には、以後の実験においても全てDClとNaODを用いて行った。また、これらの実験ではゲスト分子を完全に包接させるためホスト分子をやや過剰に加えて行った。
【0048】
DM−β−CDとPMPAの包接体形成
DM−β−CD62mg(47μmol)とPMPA10mg(35μmol)をD2O1mlに溶解させてpH2に調整し、pHを2から8まで変化させて溶液状態を1H 及び2D−ROESY−NMR、MALDI−TOF−MSによって解析した。
【0049】
PMPAでのCB[7]とDM−β−CDのスイッチング
CB[7]5.0mg(4.3μmol)、DM−β−CD5.7mg(4.3μmol)、PMPA0.90mg(3.2μmol)をD2O1mlに溶解させてpH2に調整し、pHを2から10まで変化させて1H−NMRによって解析した。
【0050】
PPG−N3を含むPMPAでのCB[7]とDM−β−CDのスイッチング
CB[7]5.0mg(4.3μmol)、DM−β−CD5.7mg(4.3μmol)、PMPA0.90mg(3.2μmol)、PPG−N31.4mg(3.2μmol)をD2O1mlに溶解させてpH2に調製し、pHを2から10まで変化させて1H−NMRによって解析した。
【0051】
異種環状分子含有擬ポリロタキサンのスイッチング
先に合成した異種環状分子含有擬ポリロタキサン5mgをD2O1mlに溶解させて、pH2、10、11で1H−NMR及び2D−ROESY−NMRによって解析した。
【0052】
pH変化によるPMPAとの包接体形成の検討
CB[7]とPMPAの包接体形成はpH2から5までは1H−NMR測定の結果により、PMPAの芳香環由来の7.5ppmのピークが6.9、6.7、6.0ppm付近の三つに分裂した(図21A及び図21B参照)。この状態では、PMPAの二級アミンはプロトン化しており、実験1の包接体の調製でMALDI−TOF−MSによって包接体の形成が確認されていることから、このpH間では包接体を形成しているものと考えられる。pH6から7では徐々に分裂したピークがブロードになっていき、pH8では6.7ppm、6.0ppm付近のピークはほぼ消失した。そしてpH10では7.0ppm付近のピークのみであり、pH8の状態と大きな差はなかった。これは、pHを高くしていくことによりPMPAの二級アミンが徐々に脱プロトン化し、CB[7]と安定な包接体を形成できなくなったことによるものと考えられる。
【0053】
対照として、pH8でのPMPAのみの1H−NMR測定では、7.1から7.3ppmの間に分裂した芳香環由来のピークが確認され(図22参照)、この結果から推測すると、pH8ではCB[7]とPMPAは完全に解離しているとは考え難い。したがって、この状態について、CB[7]は両側の開口部に存在するカルボニル基によって正電荷と相互作用するが、この場合は正電荷を持っていないためその相互作用はないものの、CB[7]の空洞部内は疎水性なので、その駆動力によって安定な状態で包接体を形成するのではなく、解離に近い状態で相互作用しているのではないかと推測される。また、pH10から再度pHを2に戻すと芳香環由来のピークは三つに分離したので、再びカルボニル基と正電荷の相互作用を含めた安定な包接体を形成したと考えられる。これらの結果より、pH2から5まではPMPAの芳香環をCB[7]の空洞部内に含む安定な包接体を形成し、pH8以上では解離に近い状態であり、その可逆性も示された。
【0054】
DM−β−CDとPMPAの包接体の形成は、前述のCB[7]とPMPAの包接体形成の実験において、概ねpH8でPMPAの脱プロトン化が起きることが示されたので、ここではpH2から8まで行った(図23参照)。1H−NMR測定の結果から、pH2からpH6まではPMPAの芳香環由来のピークに大きな変化はなく、包接体を形成していないものと思われる。これは、PMPAがプロトン化しており親水性であるため、DM−β−CDの疎水的な空洞部内と相互作用しないためと考えられる。これに対して、pH8ではPMPA芳香環由来のピークが7.1ppmから7.3ppmの間に高磁場シフトした。この状態ではPMPAは脱プロトン化しており疎水性へと変化したため、DM−β−CDの疎水的な空洞部内と相互作用することによって包接体を形成したものと考えられる。
【0055】
そして、2D−ROESY−NMR測定では、DM−β−CDの空洞部内に存在するC(3)Hプロトン由来のピークとPMPAの芳香環由来のピークとのクロスピークが観測された(図24参照)。さらに、このサンプルをMALDI−TOF−MSで確認したところ、DM−β−CDとPMPAの1対1の包接体を示すピークを確認した(図25参照)。これらの結果より、pH2からpH6までは包接体を形成せず、pH8ではPMPAの芳香環部をDM−β−CDの空洞部に含む包接体を形成していることが示された。
【0056】
pH変化による2種類のホスト分子によるPMPAでのスイッチングの検討
1H−NMR測定より、pH2ではPMPAの芳香環由来のピークが三つに分裂したのでPMPA上にはCB[7]が存在していると考えられる(図26参照)。一方、pH10では7.0ppm付近のブロードなピークのみであった。先の実験から考えると、pH10の条件ではPMPAの二級アミンは完全に脱プロトン化していると考えられ、この状態ではDM−β−CDがPMPA上に存在すると思われたが、結果からその状態をとっているとは考えにくい。むしろこの傾向はCB[7]とPMPAのみをpH8やpH10で測定したものと同様であると考えられる。したがって、この状態ではCB[7]及びDM−β−CDともにPMPAと安定な包接体を形成していないものと考えられる。さらに、pH11で測定した結果、DM−β−CDとPMPAのみをpH8で測定した際と同様のPMPAの芳香環由来のピークの分裂が確認された。このピークの出現はDM−β−CDがPMPA上に存在していることを示し、pH変化によるPMPA上でのCB[7]とDM−β−CDのスイッチングが起こったものと考えられる。また、ここで再度pHを2に戻すと、PMPAの芳香環由来のピークが再び三つに分裂しCB[7]がPMPA上へと移動したことから、図27にモデルを示すようなスイッチングの可逆性が示された。
【0057】
PMPAと二つの環状分子にさらにPPG−N3を加えた実験についても、ほぼ同様の結果が1H−NMRから得られた(図28参照)。pH2では、CB[7]はPMPA上に存在し、一方DM−β−CDとPPG−N3はpH変化に対して包接体形成に影響が無いと考えられので、DM−β−CDはPPG−N3上に存在しているものと思われる。pH10ではDM−β−CDはPPG−N3上に存在しており、CB[7]とPMPAは解離に近い状態で存在していると考えられる。pH11ではDM−β−CDが移動しPMPA上にスイッチングした。PMPAとの包接体から脱離したCB[7]については、一般的にCB[7]に包接されたゲスト分子は、1H−NMR上で高磁場シフトすることが報告されていることから考えると、PPG−N3のメチル基由来のピークに変化がないことから、PPG−N3とは包接体を形成しておらず、単独で存在しているものと考えられる。これらの結果から、PPG−N3の有無にかかわらず、二つの環状分子を含むスイッチングの検討において、DM−β−CDとPMPAのみではpH8で包接体を形成したが、二つのホスト分子を含む場合ではpH11でなければDM−β−CDとPMPAが包接体を形成しなかった。この現象については、初期状態(pH2の状態)ではCB[7]はイオン−双極子相互作用と疎水性相互作用によってPMPA上に存在している。そこでpH10に変化させると、CB[7]とPMPA間は疎水性相互作用のみとなり、流動的にPMPA上に存在しているものと推測される。この時はCB[7]とDM−β−CDがPMPAとの包接体形成の中間状態であり、その駆動力も均衡していると考えられる。ここでpH11に変化させるとDM−β−CDの修飾されていない水酸基が脱プロトン化し負電荷を有し、DM−β−CDがPMPA上に移動するための何らかの駆動力を得てスイッチングしたのではないかと推測される。いずれにせよ、PPG−N3を含むPMPAでの二つの環状分子間でのpH変化によるスイッチングが可能であることが示された。
【0058】
pH変化による異種環状分子含有擬ポリロタキサンのPMPA部位でのスイッチングの検討
前述の通り、1H−NMR及び2D−ROESY−NMR測定から、pH2ではCB[7]はPMPA部位に、DM−β−CDはPPG部位に存在することが明らかとなっている(図18、図20)。また、1H−NMRの結果から、 pH10ではPMPAの芳香環由来のピークはpH2と同様の傾向を示し、三つに分裂したがブロードなピークとなった。pH11では7.0ppmから7.3ppmの間のブロードなピークであった(図図29及び図30参照)。さらに、pH2、10、11ではPPG部位のメチル基由来のピークが大きく異なっている。先ず、主なピークである0.6から1.1ppmのピークは、pH2では鋭く狭い範囲で分裂しているが、pH10、11では広くブロードしている。次にトリアゾール基に隣接していると考えられるピークでは、pH2では1.5pmmに鋭いピークが見られるが、pH10では1.4ppmと1.5ppmにややブロードに分裂し、pH11では1.4ppmにブロードなピークとなり、pHが高くなるに連れて高磁場へシフトした。
【0059】
一方、トリアゾール基由来のピークはpH2では8.1ppmであったが、pH10、11では低磁場シフトし8.3ppmに現れた。さらに、2D−ROESY−NMRの結果、pH2では確認されたDM−β−CDのC(3)HプロトンとPPGの主なメチル基(0.6〜1.1ppm)とのクロスピークがpH10、11についても確認された(図31及び図32参照)。これらの結果から、pH10ではCB[7]はPMPAの芳香環由来のピークがブロードに三つに分裂しており、PMPAの芳香環部位に安定に存在していないものと考えられる。そして、PPG部位のメチル基由来のピークが高磁場方向へブロードし、トリアゾール基に隣接しているメチル基由来のピークの高磁場への分裂、及びトリアゾール基由来のピークが高磁場シフトしたことから、前述したようにCB[7]空洞部内に存在するゲスト分子は高磁場シフトし、空洞部の外側近辺に存在するものは低磁場シフトすることから考えると、CB[7]はある部位で留まっているのではなく、PPG上及びPMPA上を移動しているものと考えられる。DM−β−CDは、2D−ROESY−NMRの結果からPPG上に存在しているものと考えられる。pH11ではPMPAの芳香環由来のピークが7.0ppmから7.3ppmの間でブロードになっているため、CB[7]はPMPAの芳香環部位とほぼ相互作用していないものと考えられ、PPG部位のメチル基由来のピークの高磁場方向へのブロード、トリアゾール基に隣接しているメチル基由来のピークが全て高磁場へシフト、トリアゾール基由来のピークの高磁場シフト等を総合して考えると、CB[7]はPPG部位上のトリアゾール基付近に存在するものと考えられる。またDM−β−CDは、2D−ROESY−NMRから、PPG上に存在していると考えられるので、PPG部位の空間的にもCB[7]はPPG部位の末端付近に存在すると考えられる。
【0060】
以上のことから、実験1において合成された異種環状分子含有擬ポリロタキサンは、pH2ではCB[7]はPMPA部位に存在し、pH10あるいは11ではPMPA部位に留まることなく主鎖上を移動しており、図33にモデルを示すようなPMPA部位でのCB[7]のスイッチングが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの合成スキームを示す模式図である。
【図2】1,3−双極子付加反応の模式図である。
【図3】1,3−双極子付加反応におけるCu(I)による触媒メカニズムを示す図である。
【図4】異種環状分子含有擬ポリロタキサンにおけるスイッチングの様子を示す図である。
【図5】PMPAの1H−NMRチャートである。
【図6】PMPAの13C−NMRチャートである。
【図7】PPG−N3の1H−NMRチャートである。
【図8】PPG−N3の13C−NMRチャートである。
【図9】PPG−MSの1H−NMRチャートである。
【図10】PPGの13C−NMRチャートである。
【図11】CB[7]及びPMPA、さらにはこれらの包接体の1H−NMRチャートである。
【図12】CB[7]とPMPAの包接体のMALDI−TOF−MSチャートである。
【図13】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の1H−NMRチャートである。
【図14】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の1H−NMRチャートである。
【図15】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:1)の2D−ROESY−NMRチャートである。
【図16】PPG−N3とDM−β−CDの包接体(PPG−N3:DM−β−CD=1:3)の2D−ROESY−NMRチャートである。
【図17】PMPAとPPG−N3のクリック反応後の1H−NMRチャートである。
【図18】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート(pH2)である。
【図19】異種環状分子含有擬ポリロタキサンのMALDI−TOF−MSチャートである。
【図20】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャート(pH2)である。
【図21A】CB[7]とPMPAの混合物の1H−NMRチャート(pH2〜7)である。
【図21B】CB[7]とPMPAの混合物の1H−NMRチャート(pH8〜10及びpH2)である。
【図22】PMPAのpH8での1H−NMRチャートである。
【図23】DM−β−CD、PMPA、及びこれらの混合物(pH2〜8)の1H−NMRチャートである。
【図24】DM−β−CDとPMPAの包接体の2D−ROESY−NMRチャートである。
【図25】DM−β−CDとPMPAの包接体のMALDI−TOF−MSチャートである。
【図26】CB[7]、DM−β−CD、及びPMPAの混合物の1H−NMRチャート(pH2〜11)である。
【図27】PMPAでのCB[7]とDM−β―CDのスイッチングモデルを示す図である。
【図28】CB[7]、DM−β−CD、PMPA、及びPPG−N3の混合物の1H−NMRチャート(pH2〜11)である。
【図29】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート(pH10)である。
【図30】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの1H−NMRチャート(pH11)である。
【図31】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャート(pH10)である。
【図32】異種環状分子含有擬ポリロタキサンの2D−ROESY−NMRチャート(pH11)である。
【図33】異種環状分子含有擬ポリロタキサンのスイッチングの様子を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状分子の中を線状分子が貫通したロタキサンもしくはポリロタキサン構造を有する超分子ポリマーであって、前記環状分子として複数種類の環状分子を含有することを特徴とする超分子ポリマー。
【請求項2】
前記環状分子として、シクロデキストリンまたはその誘導体、及びククルビットウリル系化合物を含有することを特徴とする請求項1記載の超分子ポリマー。
【請求項3】
前記シクロデキストリンまたはその誘導体が2,6−ジメチル−β−シクロデキストリンであり、前記ククルビットウリル系化合物がククルビット[7]ウリルであることを特徴とする請求項2記載の超分子ポリマー。
【請求項4】
前記線状分子は、両末端にアジド基を有する線状モノマーと両末端にアルキニル基を有する線状モノマーとが1,3−双極子付加反応により結合されてなり、結合点にトリアゾール基を有することを特徴とする請求項2または3記載の超分子ポリマー。
【請求項5】
前記両末端にアジド基を有する線状モノマーがポリプロピレングリコールビスアジドであり、前記両末端にアルキニル基を有する線状モノマーがN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンであることを特徴とする請求項4記載の超分子ポリマー。
【請求項6】
種類の異なる環状分子をホスト分子とし種類の異なる線状モノマーをゲスト分子とする複数種類の包接体を形成し、前記線状モノマーを付加反応させることにより前記複数種類の包接体を結合することを特徴とする超分子ポリマーの合成方法。
【請求項7】
シクロデキストリンまたはその誘導体をホスト分子とし両末端にアジド基を有する線状モノマーをゲスト分子とする第1の包接体と、ククルビットウリル系化合物をホスト分子とし両末端にアルキニル基を有する線状モノマーをゲスト分子とする第2の包接体とを作製し、
これら第1の包接体の線状モノマーと第2の包接体の線状モノマーとを1,3−双極子付加反応させることを特徴とする請求項6記載の超分子ポリマーの合成方法。
【請求項8】
2,6−ジメチル−β−シクロデキストリンをホスト分子としポリプロピレングリコールビスアジドをゲスト分子とする第1の包接体と、ククルビット[7]ウリルをホスト分子としN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンをゲスト分子とする第2の包接体を形成し、
前記ポリプロピレングリコールビスアジドとN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンとを1,3−双極子付加反応させることを特徴とする請求項7記載の超分子ポリマーの合成方法。
【請求項1】
環状分子の中を線状分子が貫通したロタキサンもしくはポリロタキサン構造を有する超分子ポリマーであって、前記環状分子として複数種類の環状分子を含有することを特徴とする超分子ポリマー。
【請求項2】
前記環状分子として、シクロデキストリンまたはその誘導体、及びククルビットウリル系化合物を含有することを特徴とする請求項1記載の超分子ポリマー。
【請求項3】
前記シクロデキストリンまたはその誘導体が2,6−ジメチル−β−シクロデキストリンであり、前記ククルビットウリル系化合物がククルビット[7]ウリルであることを特徴とする請求項2記載の超分子ポリマー。
【請求項4】
前記線状分子は、両末端にアジド基を有する線状モノマーと両末端にアルキニル基を有する線状モノマーとが1,3−双極子付加反応により結合されてなり、結合点にトリアゾール基を有することを特徴とする請求項2または3記載の超分子ポリマー。
【請求項5】
前記両末端にアジド基を有する線状モノマーがポリプロピレングリコールビスアジドであり、前記両末端にアルキニル基を有する線状モノマーがN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンであることを特徴とする請求項4記載の超分子ポリマー。
【請求項6】
種類の異なる環状分子をホスト分子とし種類の異なる線状モノマーをゲスト分子とする複数種類の包接体を形成し、前記線状モノマーを付加反応させることにより前記複数種類の包接体を結合することを特徴とする超分子ポリマーの合成方法。
【請求項7】
シクロデキストリンまたはその誘導体をホスト分子とし両末端にアジド基を有する線状モノマーをゲスト分子とする第1の包接体と、ククルビットウリル系化合物をホスト分子とし両末端にアルキニル基を有する線状モノマーをゲスト分子とする第2の包接体とを作製し、
これら第1の包接体の線状モノマーと第2の包接体の線状モノマーとを1,3−双極子付加反応させることを特徴とする請求項6記載の超分子ポリマーの合成方法。
【請求項8】
2,6−ジメチル−β−シクロデキストリンをホスト分子としポリプロピレングリコールビスアジドをゲスト分子とする第1の包接体と、ククルビット[7]ウリルをホスト分子としN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンをゲスト分子とする第2の包接体を形成し、
前記ポリプロピレングリコールビスアジドとN,N′−(1,3−フェニレンビス(メチレン))ジプロプ−2−エン−1−アミンとを1,3−双極子付加反応させることを特徴とする請求項7記載の超分子ポリマーの合成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21A】
【図21B】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21A】
【図21B】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【公開番号】特開2007−211060(P2007−211060A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−30303(P2006−30303)
【出願日】平成18年2月7日(2006.2.7)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年2月7日(2006.2.7)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【Fターム(参考)】
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