説明

超短パルスレーザによるレーザ改質方法

【課題】所望の性質を持つ表面状態を材料表面に容易に作り出すこと。
【解決手段】被加工物5表面に溶液6を介在させて超短パルスレーザ装置1より超短パルスレーザを照射することで、上記被加工物5表面に所望の組成を創生させる改質である表面組成の改質と、上記照射を行うスポット内における超微細構造の形成及び加工ステージ7によって上記スポットをスキャンするスポットスキャンによる微細パターンの形成を行うことによる改質である表面構造の改質と、を略同時に行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超短パルスレーザによるレーザ改質方法に関し、特に撥水、親水等の表面改質を行うレーザ改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面改質の技術とは、材料表面において、例えば電気的な帯電状態を局所的に作り出したり、色反射を制御したり、音波や電磁波等を吸収する構造を作り出したり、親油性を持たせたり、撥水化または親水化したり等の、各種特徴を強調する微細構造を形成する技術である。
【0003】
また、近年、撥水した液滴を保持する機能を有するデバイス、つまり親水性を示す表面組成と撥水性を示す表面構造とを有するデバイスが、バイオチップや微小分析チップ等の分野において、例えば微量溶液保持や微量分注への応用として期待されている。
【0004】
なお、撥水性を有する材料を親水化する技術として、特許文献1に、『フッ素樹脂の表面改質方法及びその装置』として、以下のような技術が開示されている。
【0005】
特許文献1に開示されている技術は、C−H結合又はN−H結合を持つ水溶性の化合物の水溶液にフッ素樹脂を接触させ、該フッ素樹脂と上記水溶液との接触面における所望部分に、紫外線レーザを照射しすることで、該接触面を親水化する方法である。
【0006】
具体的には、以下に示す原理を用いた方法である。まず、フッ素樹脂はフッ素と炭素とから構成されている。ここで、フッ素樹脂と上記水溶液との接触面に、紫外線レーザを照射することで、紫外線による光分解によって、フッ素樹脂からフッ素が解離する(フッ素樹脂のフッ素―炭素間の共有結合が切断される)。また、このとき、上記溶液中におけるC−H結合又はN−H結合(或いは水酸基)も切断される。
【0007】
ここで、解離した水素原子は、炭素よりもフッ素と結合しやすいことから、解離したフッ素原子と結合する(フッ素樹脂からフッ素原子を引き抜く)。すると、その後のフッ素樹脂における炭素には、上記化合物の光分解で生じた水酸基又は上記水溶液中の水酸基が結合する。これにより、フッ素樹脂が親水化すると考えられる。
【特許文献1】特許第2612404号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1に開示された『フッ素樹脂の表面改質方法及びその装置』による表面改質では、以下の問題点が生じる。
【0009】
まず、上記特許文献1に開示された技術では、表面改質を行う材料表面に対して、表面構造の加工形成を行うことが出来ない。このため、材料表面に、該材料表面の持つ本来の性質と異なる性質を持たせることが容易にできない。
【0010】
したがって、材料表面に、該材料表面の持つ本来の性質と異なる性質を持たせた上に、親水化を行うためには、予め撥水構造または親水構造を表面に形成した材料を、上記特許文献1に開示された技術を用いて親水化する必要がある。しかしながら、この方法では、材料表面に施された表面構造によっては、均一にレーザ照射を行うことが困難となり得る。つまり、材料表面に対して、均一に親水化処理を行うことが困難になり得るといえる。
【0011】
したがって、上記特許文献1に開示された技術では、撥水した液滴を保持する機能を有するデバイス、つまり親水性を示す表面組成と撥水性を示す表面構造とを有するデバイスの作成は、非常に困難となる。
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、所望の性質を持つ表面状態を材料表面に容易に作り出すことができる、超短パルスレーザによる表面改質方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的を達成するために、本発明の第1の態様による超短パルスレーザによるレーザ改質方法は、レーザ改質を施す材料表面に媒質を介在させて超短パルスレーザを照射することで、上記材料表面に所望の組成を創生させる改質である表面組成の改質と、上記照射を行うスポット内における超微細構造の形成及び上記スポットをスキャンするスポットスキャンによる微細パターンの形成を行うことによる改質である表面構造の改質と、を略同時に行うことを特徴とする。
【0014】
上記の目的を達成するために、本発明の第2の態様による超短パルスレーザによるレーザ改質方法は、撥水性または親水性を有する材料表面に、親水基を有する液体を介在させて超短パルスレーザを照射することで、上記材料表面に親水性を示す組成を創生させる改質である表面組成の改質と、上記照射を行うスポット内における超微細構造の形成及び上記スポットをスキャンするスポットスキャンによる微細パターンの形成を行うことによる改質である表面構造の改質と、を略同時に行うことを特徴とする超短パルスレーザによるレーザ改質方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、レーザ改質を施す材料表面に媒質を介在させて超短パルスレーザを照射することで、表面組成の改質と表面構造の改質とを略同時に行うことにより、所望の性質を持つ表面状態を材料表面に容易に作り出すことができる、超短パルスレーザによる表面改質方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
まず、以下に述べる実施形態の理解を容易にするために、表面構造の改質及び表面組成の改質の2種類の表面改質の概略について説明する。
【0017】
以下に記す実施形態においては、表面改質を行う材料表面に溶液を介在させて超短パルスレーザを照射し、該照射のスポットをスキャンするスポットスキャンをする。これにより、超短パルスレーザ照射部スポット内で発生する超微細構造と、スポットスキャンによる微細パターンを兼備えた微細表面構造とを材料表面に形成する。
【0018】
このとき得られる表面構造の改質は、元来材料が持つ特性を強める働きがある。さらに、材料表面には光解離により介在させた溶液のイオンが結合するため、表面構造が持つ特性とは異なった特性を持つ表面組成を創生することができる。このようにして、表面構造と表面組成の改質を同時に行うことにより、以下に記す実施形態では、容易に2種の表面改質を行うことができる。
【0019】
[第1実施形態]
図1は、本実施形態に係る超短パルスレーザによるレーザ改質方法を実施可能な加工システムのシステム構成図を示している。また、図2は、本実施形態に係る超短パルスレーザによるレーザ改質方法により形成した、レーザ改質後の表面構造の顕微鏡写真である。以下、図1を参照して、本実施形態に係る超短パルスレーザによるレーザ改質方法の加工システムについて説明する。
【0020】
まず、図1に示すように、超短パルスレーザを発生させる装置として、超短パルスレーザ装置1を用いる。本実施形態においては、上記超短パルスレーザ装置1で発生したレーザパルスを用いてレーザ改質を行う。
【0021】
なお、本実施形態で使用する超短パルスレーザの波長は、特にある範囲内に限定されることはないが、100nm〜2000nm程度の波長を利用することが好ましい。本実施形態においては、超短パルスレーザ装置1は、パルスの繰り返し周波数を1kHz、レーザ波長80nm、パルス幅は150fs〜3psまで変更可能である装置を用いた。
【0022】
上記超短パルスレーザ装置1で発生したレーザパルスは、続いて、同図に示す偏光制御素子2において偏光制御がなされる。超短パルスレーザによるレーザ改質においては、該レーザ改質を行う加工スポット内に、レーザ波長程度の大きさであるリップルと呼ばれる超微細構造を形成する。そして、上記超微細構造は、上記偏光制御素子2における偏光制御によって、コントロールすることができる。例えば、上記偏光制御素子2において、直線偏光や円偏光等を行うことにより、上記加工スポット内に様々な超微細構造を形成することができる。なお、例えば、スキャン方向に対して垂直な偏光は、直線偏光である。
【0023】
つまり、上記偏光制御素子2においては、レーザ改質を施す材料表面の性能を決定することができると言える。なお、上記偏光制御素子2としては、例えば、偏光版、λ板、及びグラントムソンプリズム等が挙げられる。
【0024】
続いて、エネルギ制御素子3において、上記レーザパルスのエネルギ制御が行われる。
【0025】
ここでは、例えば、上記エネルギ制御素子3において上記レーザパルスの透過率を制御することにより、エネルギ制御を行う。したがって、上記エネルギ制御素子3としては、例えば、NDフィルタ(Neutral Density filter)やアッテネータを用いる。
【0026】
上記エネルギ制御素子3においてエネルギ制御がなされた上記レーザパルスは、次に集光光学系4により、被加工物5と溶液6との接触界面近傍に集光される。この被加工物5は、レーザ改質を施す材料であり、例えば、金属、ウエハ、ガラス、結晶材料、生体材料、及び樹脂材料等が挙げられる。なお、被加工物5としては、本実施形態においては、樹脂材料を用いた。
【0027】
また、上記溶液6とは、上記集光光学系4と上記被加工物5との間に、媒質として、上記被加工物5に接するように配置した溶液である。該溶液6は無機化合物や有機化合物等であって、本実施形態においてはアルコール類であるエタノールを用いた。なお、該溶液6の配置方法としては、上記被加工物5と上記溶液6とが直接接するように配置されていれば良い。この条件が満たされるのならば、上記溶液6をタンク状の容器に入れたり、上記溶液6の上面をカバーガラスで覆ったり等の構成を採っても勿論よい。
【0028】
なお、上記被加工物5は、加工ステージ7上に配置する。これにより、上記被加工物5の加工位置制御を、加工ステージ7の制御により行うことができる。
【0029】
また、上記偏光制御素子2、上記エネルギ制御素子3、及び上記加工ステージ7の制御は、PC(パーソナルコンピュータ)8にて行う。
【0030】
上述のような装置構成を用いて、本実施形態では、超短パルスレーザによって、超微細構造と、周期構造である微細パターンとを兼ね備えた微細表面構造を形成し、任意の改質領域を作り出すレーザ改質を行う。以下、上述の加工システムにおける各構成部材における作用、及び加工手順を説明する。
【0031】
まず、上記超短パルスレーザ装置1において発生させた超短パルスレーザは、上記偏光制御素子2において、種々の偏光制御が行われる。これにより、レーザ改質を行う被加工物5上の加工スポット内に、様々な超微細構造を形成することができる。つまり、上記偏光制御素子2を、上記PC8で制御することで、上記被加工物5の表面機能の性能コントロールが可能となる。
【0032】
続いて、上記エネルギ制御素子3において、上記レーザパルスのエネルギ制御が行われる。ここでは、例えば、上記エネルギ制御素子3において上記レーザパルスの透過率を制御することにより、上記レーザパルスのエネルギ制御を行う。なお、上記エネルギ制御素子3も、上記偏光制御素子2と同様に、上記PC8で制御する。
【0033】
上記レーザパルスは、上述のような制御過程を経て、上記集光光学系4により、被加工物5と溶液6との接触界面近傍に、加工スポットとして集光される。つまり、超短パルスレーザの加工スポットを形成し、該加工スポット内の上記被加工物5表面に、リップルと呼ばれる、偏光方向に応じたレーザ波長程度の超微細構造を形成する。
【0034】
また本実施形態では、図1に示すように、超短パルスレーザのレーザ光を、溶液6側から照射したが、被加工物5が超短パルスレーザのレーザ波長に対して実質透明であれば(被加工物5が超短パルスレーザのレーザ波長に影響を与えないのであれば)、被加工物5側から照射する方が好ましい。これは、溶液6によるレーザ光の散乱や、レーザ加工により発生するデブリ(残骸)等の影響を受けにくくするためである。
【0035】
なお、本実施形態におけるレーザ改質方法では、加工ステージ7により被加工物5を移動させることにより、上記加工スポットが移動されるスポット領域加工(スポットスキャン)を行うため、加工スポットのスキャン領域を制御することによってミクロンオーダーの微小領域、複雑領域から、ミリオーダーの領域までマスクレスで任意の改質領域を容易に作り出すことができる。
【0036】
さらに、スポットスキャンにより、図2に示すように、上記材料表面に周期構造である微細パターンを形成することができる。ここで、本実施形態においては、同図に示すように、数10ミクロンピッチでスキャンを行って表面改質を行う。しかしながら、スキャンのピッチ(スキャンパターン)は数10ミクロンピッチに限らないことは勿論である。
【0037】
このスポットスキャンのスキャンパターンを制御することによって、様々な微細パターンを形成することができ、上記偏光制御と同様に、表面機能の性能コントロールができる。
【0038】
上述のようにして、ミクロンオーダーの微細パターン作成が可能であり、微細なパターン内に超微細構造を作製することが可能となる。このように、被加工物5の表面に具備させたい表面機能に対応した複雑形状を作り出すことによって、被加工物5の表面機能を改質することができる。
【0039】
さらに、本実施形態においては、レーザ改質を施す被加工物5の表面に溶液6を介在させて超短パルスレーザを照射することにより、上述したような表面構造の改質の他に、上記被加工物5における表面の組成の改質も行われる。具体的には、上記被加工物5表面には、上記被加工物5と上記溶液6との界面で誘起される、溶液6の光解離によって発生したイオンが、上記被加工物5の表面に結合する。
【0040】
以上説明したように、本実施形態によれば、レーザ改質を施す被加工物5表面に溶液6を介在させて超短パルスレーザを照射することで、上記被加工物5の表面組成の改質と表面構造の改質と、を略同時に行って、所望の性質を持つ表面状態を被加工物5表面に容易に作り出すことができる、超短パルスレーザによる表面改質方法を提供することができる。
【0041】
具体的には、超短パルスレーザによるレーザ加工によって、その加工のスポット内にレーザ波長程度の超微細構造を形成することができ、その加工のスポットを走査(スキャン)することによって、ミクロンオーダーの微細パターン作成が可能である。さらに、レーザ改質を施す被加工物5の表面に溶液6を介在させて超短パルスレーザを照射することにより、上記被加工物5表面には、上記被加工物5と上記溶液6との界面で誘起される溶液6の光解離によって発生したイオンが、上記被加工物5の表面に結合する。これにより、被加工物5の表面組成の改質を行うことができる。本実施形態では、このような表面改質を行うことで、表面構造による特性と表面組成による特性との2つの機能的性質を持つデバイス作製が可能となる。
【0042】
なお、上述のように本実施形態においては、溶液6を介在させて超短パルスレーザの照射を行ったが、図2に示す本実施形態により得られた被加工物5の表面構造の顕微鏡写真からも分かるように、全く問題無く表面構造の改質及び表面組成の改質を行うことができた。
【0043】
また、超短パルスレーザは、いかなる材料に対しても表面改質加工を施すことができる。したがって、基材そのものの表面改質を行うことが可能である。
【0044】
さらに、上記スポットスキャンの領域をプログラマブルにコントロールすることにより、任意の改質領域を、例えばミクロンオーダーの微小領域からミリオーダーまで、或いは複雑な形状の領域を、材料表面にマスクレスで形成できる。
【0045】
なお、上記超短パルスレーザとして、被加工物5の加工閾値を超えるエネルギを持つ超短パルスレーザを用いることで、上記被加工物5表面の形状を任意に形成しながら、上述のレーザ改質を行っても勿論よい。これにより、超短パルスレーザによるアブレーションを利用して表面三次元構造を創生しながら、表面の改質を制御することができるので、複雑形状の撥水及び親水制御が可能となる。
【0046】
[第2実施形態]
以下、本発明の第2実施形態について、図面を用いて説明する。
【0047】
本実施形態では、上記第1実施形態で示した加工システムにおいて、上記被加工物5としてフッ素系樹脂を用い、親水性を有する表面組成と撥水性を有する表面構造とを形成する処理を行った場合の事例を示す。したがって、加工システム、加工手順、及び作用効果は、上記第1実施形態と同様である。よって、以下、本実施形態に特有の構成及び作用のみを説明する。
【0048】
なお、図3は、本実施形態により表面改質の処理を施されたフッ素系樹脂である被加工物5の表面において、撥水された液滴が親水面の降下により傾斜面で保持されている様子を示す。
【0049】
まず、本実施形態においては、上記偏光制御素子2における偏光制御として円偏光を行う。これにより、数10ミクロンピッチでの格子構造を、フッ素系樹脂である上記被加工物5に形成して超撥水表面構造をとらせることができる。したがって、数10ミクロン程度の柔突起構造を示す微細パターンと、該柔突起構造表面に形成された超微細構造とが、それら表面に空気層を含み、水滴との接触面積を軽減するために、超撥水性を示すようになる。
【0050】
また、溶液6としては純水を使用し、該純水と被加工物5との接触界面にて、上述のスポットスキャンを行う。本実施形態においては、超短パルスレーザのパルスエネルギは100uJ、パルス幅は500fs、繰返し周波数は1kHz、スキャン速度は1mm/secとして、表面改質加工を行った。なお、上記各加工条件は、被加工物5や溶液6の種類等によって決定されるものであり、この条件に限ったものではないことは言うまでも無い。
【0051】
以上説明したように、本実施形態によれば、超短パルスレーザによる改質加工によって表面構造として超撥水構造を形成し、また水酸基を持つ溶液6の超短パルスレーザ照射による光解離によって、被加工物5の表面に水酸基が結合されて親水性を示す表面組成を得ることができる。
【0052】
具体的には、超短パルスレーザによるスポット加工及びスポットスキャンによって、被加工物5の表面に、超微細構造と周期構造である微細パターンとを兼ね備えた微細表面構造を形成し、任意の改質領域を作り出す。これにより、被加工物5表面の特性改質、該改質性能の制御、及び該改質領域のマスクレス制御を実現する。
【0053】
また、純水(水酸基をもつ溶液)を介在させてフッ素系樹脂に超短パルスレーザを照射することで、超撥水性を示す表面構造を形成するだけではなく、以下に示す原理により、表面組成の親水化が可能になる。まず、フッ素系樹脂はフッ素と炭素とから構成されている。ここで、フッ素系樹脂と純水との接触面に、紫外線レーザを照射することで、紫外線による光解離によって、フッ素樹脂からフッ素が解離する(フッ素樹脂のフッ素―炭素間の共有結合が切断される)。また、このとき、上記純水中における水酸基も解離する。
【0054】
ここで、光解離により生じた水素原子は、炭素よりもフッ素と結合しやすいことから、解離したフッ素原子と結合する(フッ素樹脂からフッ素原子を引き抜く)。すると、その後のフッ素樹脂における炭素には、上記化合物の光分解で生じた水酸基又は上記水溶液中の水酸基が結合する。これにより、フッ素樹脂が親水化する。
【0055】
このようにして、表面構造は超撥水性を示す性質、かつ表面組成は親水性を示す性質を持たせるような表面改質を行うことができる。本実施形態により作成された、このような性質を持つデバイスでは、図3に示すように、撥水性を示す表面構造によって撥水された液滴が、親水性を示す表面組成のために、その表面を滑り落ちることなく保持される。
【0056】
図4は、このような性質を模式的に示した図である。液滴の接触角が大きい状態(撥水性が大きい状態)を保ちながら、表面組成の親水性による結合力によって液滴9が表面をすべることなく保持される。つまり、同図に示すように、液滴9が接触している部分(接触部)では、表面組成の親水性により液滴9が保持されるが、その境界面(界面)では、表面構造の撥水性により接触角の大きい液滴形状を保つ(撥水する)ことができる。
【0057】
以下、上記接触角について説明する。
【0058】
接触角とは、基材と水との接触角度のことである。一般に、接触角の値が大きい程、撥水性が強くなる。したがって、接触角の値が小さい程、親水性が強くなるとも言える。
【0059】
また、疎水性を示す基材においては、表面に凹凸を形成し、その表面の粗さを大きくすればするほど、水の接触角は大きくなる。接触角が150度を超えると、水滴がその表面に留まることが困難になるほどの超撥水性を示すようになる。このような超撥水性を発現させるためには、表面凹凸と水滴との間に空気を多く保持できる形状が必要である、と言われている。逆に言えば、接触角の値が小さいほど、親水性が優れていることを示している。
【0060】
つまり、接触角が150度を超える場合は、一般に超撥水性の状態と言える。逆に、接触角の測定が困難な程、接触角の値が小さい場合は、超親水性の状態と言える。このように、撥水性及び親水性を水の接触角で評価することができる。
【0061】
なお、本実施形態においても上記第1実施形態と同様に、上記超短パルスレーザとして、被加工物5の加工閾値を超えるエネルギを持つ超短パルスレーザを用いることで、上記被加工物5表面の形状を任意に形成しながら、上述のレーザ改質を行っても勿論よい。これにより、超短パルスレーザによるアブレーションを利用して表面三次元構造を創生しながら、表面の改質を制御することができるので、複雑形状の撥水及び親水制御が可能となる。
【0062】
[第3実施形態]
前記加工システムにおいて、フッ素系樹脂の親水化のみ改質を行った場合の事例を示す。第5図に親水化された液滴の顕微鏡写真を示す。
【0063】
以下、本発明の第3実施形態について、図面を用いて説明する。
【0064】
上記第2実施形態と本実施形態との相違点は、本実施形態においては、超短パルスレーザの照射パラメータを制御することで、材料表面における表面組成の親水化のみの表面改質を行うという点である。
【0065】
以下、本実施形態における加工システム、加工手順、及び作用効果については、上記第2実施形態と同様である部分は一部説明を省略し、本実施形態に特有の構成、制御及び作用を中心に説明する。
【0066】
まず、加工システムとしては、図1に示した第1実施形態で用いた加工システムを用いる。被加工物5としては、フッ素系樹脂を用い、表面組成の親水化のみの改質を行った。
【0067】
また、溶液6としては純水を使用し、純水と被加工物5との接触界面においてスポットスキャンを行う。このスポットスキャンとしては、数10ミクロンピッチで格子状にスキャンする。
【0068】
また、本実施形態においては、超短パルスレーザの照射パラメータであるパルスエネルギ、パルス幅、及び繰り返し周波数を以下のように制御することによって、表面組成の親水化のみの表面改質を行う。なお、この照射パラメータの制御は、PC8の制御により、上記超短パルスレーザ装置1、上記偏光制御素子2及び上記エネルギ制御素子3が行う。
【0069】
ここで、パルスエネルギとしては10uJ、パルス幅としては500fs、繰返し周波数としては1kHz、スキャン速度としては1mm/secと設定にて改質加工を行った。なお、これら加工条件は被加工物5、溶液6等の種類によって決定されるものであり、上記の条件に限ったものではないことは言うまでも無い。
【0070】
以上説明したように、本実施形態によれば、超短パルスレーザの照射パラメータを制御することによって、材料表面に対して、表面構造の改質を行わずに、表面組成の改質である表面組成の親水化のみを行うことができる。つまり、本実施形態で行ったように、超短パルスレーザの照射パラメータを制御することにより、表面構造の改質及び表面組成の改質を選択的に行うことができる。図5に示すように、超短パルスレーザ照射部全面に渡って、表面組成が親水化される。
【0071】
したがって、上記第1実施形態乃至上記第2実施形態に、本実施形態で行った照射パラメータの制御を適用することにより、上記第1実施形態乃至上記第2実施形態における表面改質を、より精度の高い表面改質とすることができる。
【0072】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上述した実施形態には種々の段階の発明が含まれており、開示される複数の構成要件の適当な組み合わせにより種々の発明が抽出され得る。例えば、実施形態に示される全構成要件からいくつかの構成要件が削除されても、発明が解決しようとする課題の欄で述べた課題が解決でき、発明の効果の欄で述べられている効果が得られる場合には、この構成要件が削除された構成も発明として抽出され得る。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】第1実施形態に係る超短パルスレーザによるレーザ改質方法を実施可能な加工システムのシステム構成図。
【図2】第1実施形態に係る超短パルスレーザによるレーザ改質方法により形成した、レーザ改質後の表面構造の顕微鏡写真。
【図3】第2実施形態により表面改質の処理を施されたフッ素系樹脂である被加工物の表面において、撥水された液滴が親水面の降下により傾斜面で保持されている様子を示す顕微鏡写真。
【図4】撥水性を示す表面構造によって撥水された液滴が、親水性を示す表面組成のためにその表面を滑り落ちることなく保持される性質を、概略的に示した図。
【図5】第3実施形態により親水化処理を行った面の親水性を示す顕微鏡写真。
【符号の説明】
【0074】
1…超短パルスレーザ装置、 2…偏光制御素子、 3…エネルギ制御素子、 4…集光光学系、 5…被加工物、 6…溶液、 7…加工ステージ、 8…PC、 9…液滴。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ改質を施す材料表面に媒質を介在させて超短パルスレーザを照射することで、上記材料表面に所望の組成を創生させる改質である表面組成の改質と、上記照射を行うスポット内における超微細構造の形成及び上記スポットをスキャンするスポットスキャンによる微細パターンの形成を行うことによる改質である表面構造の改質と、を略同時に行うことを特徴とする超短パルスレーザによるレーザ改質方法。
【請求項2】
撥水性または親水性を有する材料表面に、親水基を有する液体を介在させて超短パルスレーザを照射することで、上記材料表面に親水性を示す組成を創生させる改質である表面組成の改質と、上記照射を行うスポット内における超微細構造の形成及び上記スポットをスキャンするスポットスキャンによる微細パターンの形成を行うことによる改質である表面構造の改質と、を略同時に行うことを特徴とする超短パルスレーザによるレーザ改質方法。
【請求項3】
上記超短パルスレーザとして、上記材料表面の加工閾値を超えるエネルギを有する超短パルスレーザを用いることで、上記材料表面の形状を形成しながら、上記表面組成の改質及び上記表面構造の改質を行うことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の超短パルスレーザによるレーザ改質方法。
【請求項4】
上記超短パルスレーザにおけるパルスエネルギ、パルス幅、及び照射パルス数のうち少なくとも1つを制御することにより、上記表面組成の改質及び上記表面構造の改質のうち一方の改質のみを選択的に行えることを特徴とする請求項1に記載の超短パルスレーザによるレーザ改質方法。
【請求項5】
上記超短パルスレーザにおけるパルスエネルギ、パルス幅、及び照射パルス数のうち少なくとも1つを制御することにより、上記表面組成の改質のみの改質と、上記表面組成の改質及び上記表面構造の改質の双方を行う改質と、のうちいずれの改質を行うかを制御することができることを特徴とする請求項2に記載の超短パルスレーザによるレーザ改質方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−290918(P2006−290918A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−109014(P2005−109014)
【出願日】平成17年4月5日(2005.4.5)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】