説明

車両の発熱部位異常検出システム、車両の発熱部位異常検出方法、プログラム

【課題】鉄道車両など軌道上を走行する車両に搭載され、車両の走行時などに発熱する部位に異常が発生していることを、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、精度よく検出する。
【解決手段】測定された軸箱の表面温度値から、互いに同一条件下におかれていたと判断される軸箱の表面温度値を選択し、その選択されたすべての表面温度値からその温度傾向が同一である表面温度値をさらに選択する。続いて、その選択されたすべての表面温度値の中央値を算出し(列車基準値)、その選択されたすべての表面温度値と列車基準値との差異をそれぞれ算出する(測定温度差)。続いて、すべての測定温度差の中央値を算出する(基準補正値)。さらに、列車基準値と基準補正値とを加算する(推定温度値)。そして、測定されたすべての表面温度値と推定温度値とを順に比較し、その比較結果に基づきその表面温度値に対応する軸箱に異常が発生しているか否かを判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両など軌道上を走行する車両に搭載され、車両の走行時などに発熱する部位に異常が発生していることを、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、精度よく検出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両など軌道上を走行する車両では、車輪を支持する軸の両端に、その軸を回転可能に支持する車軸軸受けがそれぞれ取り付けられている。この車軸軸受けとしては、潤滑油等の液体潤滑に依存する滑り軸受けや固体潤滑を利用した転がり軸受けがある。なお、このような車軸軸受けはそれを支持する構造を含めて一般的に軸箱とも呼ばれるため、以下の説明では軸箱と適宜表記する。
【0003】
ところで、このような軸箱においては、走行時に高速で回転する軸を回転可能に支持するために多量の熱を発生させる。そして、発生した熱により車両走行時に軸箱の温度が異常上昇し、過熱および焼損等の事故が発生し得る。このため、このような軸箱の過熱および焼損等の発生を未然に防ぐために、様々な試みがなされている。
【0004】
例えば、機器温度センサを用いて軸箱の温度を検出し、検出した温度が閾値を超えた場合に軸箱に異常が発生していると判定する手法があり、広く採用されている。
【0005】
なお、このような手法において、軸箱の温度を検出する方法としては、車両に搭載されるすべての発熱部位の近傍にそれぞれ取り付ける方法や、センサを、線路(軌道)が敷設された地上側に、列車の両側方それぞれに対応して配置し、列車の側方に臨む発熱部位としての軸箱の放射熱を検知して軸箱の温度値を測定する方法がある(例えば特許文献1参照)。
【0006】
しかし、上述のような手法では、軸箱の発熱量を正確には測定できないという問題がある。これは、たとえ軸箱の温度が高くても、必ずしも軸箱の発熱量が大きいとは限らないからである。つまり、実際には軸箱の発熱量が小さくても、外気温などの外的要因によって軸箱の温度が高くなっていれば、軸箱に異常が発生していなくても誤って軸箱に異常が発生していると判定してしまう場合があるからである。
【0007】
そこで、物体の発熱量が物体の温度と周囲温度(外気温)との差を温度上昇として評価できることを利用して、軸箱の温度および外気温を測定し、軸箱の温度と外気温との差異(温度上昇)を評価する手法が行われている。この手法では、例えば、外気温20℃のときの機器温度40℃と、外気温30℃のときの機器温度50℃とは同等の機器発熱とみなせることを利用するのである。この手法の一例を挙げると、特許文献2に記載の技術では、機器温度センサと外気温センサから得られた温度データから計算した「温度上昇」を評価して、軸箱の温度異常を検出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−283298号公報(第9頁、図2)
【特許文献2】特開平10−062271号公報(第3頁、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上述のような手法では、軸箱の温度と外気温との差異(温度上昇)にばらつきが大きいため、精度よく軸箱の異常を診断することができないという問題がある。図4は外気温に対する正常な軸箱温度の測定例である。例えば外気温10℃のときに測定された軸箱温度は12〜45℃程度と幅30℃以上の広い領域に分布してしまっている。なお、個別の部位の軸箱に限定したとしても、測定された軸箱温度が、幅20℃程度の領域にばらつくため、この温度差よりも精度よく異常検出を行うことは困難であった。つまり、軸箱の温度と外気温との差異(温度上昇)を評価するだけでは、軸箱温度の異常を精度よく検出することができなかった。また、このような温度上昇のばらつきが、様々な走行パターン(速度変化、走行時間)や気象条件(降雨、風)の影響を受けて発生していることも明らかになった。
【0010】
なお、このようなことは上述の軸箱に限られず、鉄道車両など軌道上を走行する車両に搭載され、走行時に発熱する部位にも同様の問題が生じ得る。なお、このように走行時に発熱する部位としては、例えば、パンタグラフや、主変圧器、抵抗器、車輪、主電動機、歯車箱、ブレーキディスクなどが挙げられる。
【0011】
本発明は、このような課題に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、鉄道車両などの軌道上を走行する車両に搭載され、車両の走行時などに発熱する部位に異常が発生していることを、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、精度よく検出する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するためになされた請求項1に係る車両の発熱部位異常検出システム(100:この欄においては、発明に対する理解を容易にするため、必要に応じて「発明を実施するための形態」欄で用いた符号を付すが、この符号によって請求の範囲を限定することを意味するものではない。)は、軌道上を走行する車両に搭載され、車両の走行時に発熱する部位(発熱部位)に異常が発生していることを検出するシステムである。
【0013】
具体的には、温度測定手段(1)が、上述の発熱部位の表面温度値を測定する。また、列車基準値算出手段(6)が、温度測定手段によって測定された表面温度値から、互いに同一条件下におかれていたと判断される発熱部位の表面温度値を選択し、その選択されたすべての表面温度値からその温度傾向が同一である表面温度値をさらに選択し、その選択されたすべての表面温度値を代表する代表値を算出し、算出された値を列車基準値とする。また、測定温度差算出手段(7)が、列車基準値算出手段によって列車基準値を算出する際に選択されたすべての表面温度値と列車基準値算出手段によって算出された列車基準値との差異をそれぞれ算出し、算出された値を測定温度差とする。さらに、基準補正値算出手段(9)が、測定温度差算出手段によって算出されたすべての測定温度差のうち特定種別の発熱部位に対応する測定温度差を選択する。なお、特定種別の具体例としては、車種や号車、軸位、搭載される側(海側、山側)が挙げられ、これらから一つまたは複数の種別に該当する発熱部位に対応する測定温度差を選択する。なお、車種とは車両の構造の種類を言う。そして、基準補正値算出手段が、その選択されたすべての測定温度差を代表する代表値を算出し、算出された値を基準補正値とする。また、推定温度値算出手段(10)が、列車基準値算出手段によって算出された列車基準値と基準補正値算出手段によって算出された基準補正値とを加算し、算出された値を推定温度値とする。そして、異常判定手段(11,12)が、温度測定手段によって測定されたすべての表面温度値と推定温度値算出手段によって算出された推定温度値とを順に比較し、その比較結果に基づきその表面温度値に対応する発熱部位に異常が発生しているか否かを判定する。
【0014】
このように構成された本発明の車両の発熱部位異常検出システムによれば、鉄道車両などの軌道上を走行する車両に搭載され、車両の走行時などに発熱する部位に異常が発生していることを、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、精度よく検出することができる。
【0015】
なお、上述のような発熱部位が互いに同一条件下におかれていたとの判断については、発熱部位が搭載される列車が同一、つまり車両が連結されて同じ気象条件で同じ走行軌跡をたどった場合に、発熱部位が互いに同一条件下におかれていたと判断することが考えられる(請求項2)。さらに、発熱部位が互いに車両の同一の側(海側、山側)に設置されていることを加えたもので発熱部位が互いに同一条件下におかれていたと判断することによってさらに精度が向上する(請求項3)。
【0016】
このように構成すれば、上述の発熱部位の異常を、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、さらに精度よく検出することができる。
【0017】
また、上述のような温度傾向が同一であることの判断については、搭載される車両が同一である発熱部位同士を温度傾向が同一であると判断することが考えられる(請求項4)。また、上述のような温度傾向が同一であることの判断については、軸位が同一である発熱部位同士を温度傾向が同一であると判断することが考えられる(請求項5)。
【0018】
このように構成すれば、上述の発熱部位の異常を、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、さらに精度よく検出することができる。
【0019】
また、選択されたすべての表面温度値を代表する代表値として、選択されたすべての表面温度値の中央値を算出することが考えられる(請求項6)。このように前記代表値として中央値を算出すれば、選択される表面温度値に含まれる、異常が発生している発熱部位の表面温度値の影響を代表値の算出時に受けにくくすることができる。
【0020】
また、選択されたすべての表面温度値を代表する代表値として、同一列車内から所定の第一条件に基づき選択した発熱部位の表面温度値の中央値と、同一列車内から所定の第二条件に基づき選択した発熱部位の表面温度値の中央値との差をパラメータとし、そのパラメータと表面温度値との相関関数を算出することが考えられる(請求項7)。このように前記代表値として関数を算出すれば、選択される表面温度値に含まれる、異常が発生している発熱部位の表面温度値の影響を代表値の算出時に受けにくくすることができる。
【0021】
また、選択されたすべての測定温度差を代表する代表値として、選択されたすべての測定温度差の中央値を算出することが考えられる(請求項8)。このように前記代表値として中央値を算出すれば、選択される測定温度差に含まれる、異常が発生している発熱部位の測定温度差の影響を代表値の算出時に受けにくくすることができる。
【0022】
また、選択されたすべての表面温度値を代表する代表値として、同一列車内から所定の第一条件に基づき選択した測定温度差の中央値と、同一列車内から所定の第二条件に基づき選択した測定温度差の中央値との差をパラメータとし、そのパラメータと測定温度差との相関関数を算出することが考えられる(請求項9)。このように前記代表値として関数を算出すれば、選択される測定温度差に含まれる、異常が発生している発熱部位の測定温度差の影響を代表値の算出時に受けにくくすることができる。
【0023】
ところで、上述の温度測定手段については、車両が走行する軌道が敷設された地上側に設置することも考えられる。具体的には、請求項10ように、温度測定手段が、車両が走行する軌道が敷設された地上側に、車両の両側方それぞれに対応して配置され、車両の側方に臨む前記発熱部位の放射熱を検知することにより前記発熱部位の表面温度値を測定することが考えられる。このように構成された本発明の車両の発熱部位異常検出システムによれば、軌道近くに設置された温度測定手段の前を通過する車両に搭載されるすべての発熱部位の表面温度を測定することができ、したがって、発熱部位の表面温度を効率よく測定することができる。
【0024】
なお、本発明は、請求項11に記載の車両の発熱部位異常検出方法としても実現することができる。
【0025】
なお、請求項12に示すように、請求項1〜9の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおける列車基準値算出手段、測定温度差算出手段、基準補正値算出手段、推定温度値算出手段および異常判定手段は、コンピュータを機能させるプログラムとして実現できる。したがって、本発明は、プログラムの発明として実現できる。また、このようなプログラムの場合、例えば、FD、MO、DVD−ROM、CD−ROM、ハードディスク等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録し、必要に応じてコンピュータにロードして起動することにより用いることができる。この他、ROMやバックアップRAMをコンピュータ読み取り可能な記録媒体として本プログラムを記録しておき、ROMあるいはバックアップRAMをコンピュータに組み込んで用いても良い。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】軸箱温度異常検出システムの構成を示すブロック図である。
【図2】軸箱温度異常検出処理を示すフローチャートである。
【図3】軸箱温度異常検出システムが同一列車内の軸箱温度を相対比較したデータの一例を示す説明図である。
【図4】従来の軸箱温度異常検出システムが同一列車内の軸箱温度を相対比較したデータの一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に本発明の実施形態を図面とともに説明する。
【0028】
[1.軸箱温度異常検出システム100の構成の説明]
図1に示す軸箱温度異常検出システム100は、軌道上を走行する車両に搭載され、車両の走行時に軸箱に異常が発生していることを検出するシステムである。
【0029】
具体的には、図1に示すように、本実施形態の軸箱温度異常検出システム100は、機器温度センサ1と、列車検出部2と、機器部位検出部3と、データ処理部4と、データ一時記憶部5と、列車基準値計算部6と、乖離計算部7と、データ蓄積部8と、基準補正値計算部9と、推定温度値計算部10と、比較部11と、温度異常検出部12と、表示部13と、を備えている。なお、軸箱温度異常検出システム100は車両の発熱部位異常検出システムに該当する。
【0030】
なお、軸箱温度異常検出システム100は、周知のCPU、ROM、RAM、入出力回路であるI/Oおよびこれらの構成を接続するバスラインなどで構成されるコンピュータを搭載しており、このうちのCPUが、上述のデータ処理部4、列車基準値計算部6、乖離計算部7、基準補正値計算部9、推定温度値計算部10、比較部11および温度異常検出部12として機能し、またRAMが上述のデータ一時記憶部5およびデータ蓄積部8として機能する。
【0031】
なお、CPUは、ROMおよびRAMに記憶された制御プログラムおよびデータにより制御を行なう。ROMは、プログラム格納領域とデータ記憶領域とを有している。プログラム格納領域には制御プログラムが格納され、データ記憶領域には制御プログラムの動作に必要なデータが格納されている。また、制御プログラムは、RAM上にてワークメモリを作業領域とする形で動作する。
【0032】
次に、軸箱温度異常検出システム100が備える各構成について順に説明する。
【0033】
機器温度センサ1は、線路(軌道)が敷設された地上側に、線路を走行する列車の両側方それぞれに対応して配置され、列車の側方に臨む発熱部位としての軸箱の放射熱を検知して軸箱の温度値を測定する。より具体的には、機器温度センサ1は、筐体の内部に赤外線放射温度計を内蔵する構成を有しており、赤外線放射温度計が、温度を有する物体が放射する赤外線の強さ(エネルギー量)を検知することにより、線路を通過する列車の各車両の床下の温度を、非接触で計測する。なお、この機器温度センサ1は、CPUからの指示に従って、予め設定された測定開始時刻となったら上述の測定を開始し(図2のS105)、予め設定された測定終了時刻となったら測定を終了する(図2のS155)。なお、機器温度センサ1は温度測定手段に該当する。
【0034】
列車検出部2は、線路を通過する列車の編成番号を検出する。具体的には、編成の車体に貼り付けたICカードに編成名が登録されていて、列車通過時に地上に設けられた図示しないアンテナによって情報を受信し、編成名を当該列車検出部2に読み込むようになっている。
【0035】
機器部位検出部3は、車輪のフランジ部が近接すると信号を出力し、非接触で車輪の通過タイミングを精度良く検知可能である。なお、このような非接触での検出手法としては、例えば高周波誘導方式や光電方式が挙げられる。
【0036】
データ処理部4は、機器温度センサ1からの出力信号、列車検出部2からの出力信号、機器部位検出部3からの出力信号に基づき各種演算を実行して、通過する列車の車種、軸箱が設置される号車番号、軸箱の軸位、および軸箱が設置される側が海側か山側の区別を判断し、その判断結果を列車基準値計算部6、乖離計算部7および比較部11に出力する。また、データ処理部4は、データ一時記憶部5との間でデータのやり取りが可能であり、上述の判断結果をデータ一時記憶部5に出力して記憶させたり、データ一時記憶部5が記憶する各種データを読み出して列車基準値計算部6、乖離計算部7および比較部11に出力したりする。
【0037】
データ一時記憶部5は、データ処理部4による演算結果などの各種データを一時的に記憶するのに利用される。
【0038】
列車基準値計算部6は、機器温度センサ1によって測定された軸箱の表面温度値を所定条件で一つ以上のグループに分類し、各グループに属するすべての軸箱の表面温度値の代表値としての中央値をグループごとに算出する。具体的には、まず、列車基準値計算部6は、機器温度センサ1によって測定された軸箱の表面温度値から、互いに同一条件下におかれていたと判断される軸箱の表面温度値を選択する。本実施形態では、互いに同一条件下におかれていたとの判断を、列車が同一、つまり車両が連結されて同じ気象条件で同じ走行軌跡をたどったものとする。さらに同一条件下であることの精度をあげるために、発熱部位が互いに車両の同一の側(海側、山側)に設置されていることを判断に加えてもよい。次に、列車基準値計算部6は、その選択されたすべての表面温度値からその温度傾向が同一である表面温度値をさらに選択して一つ以上のグループに分類する(グルーピング)。なお、本実施形態では、同じ号車に搭載される軸箱同士をそれぞれ温度傾向が同一であると判断して分類したグループとしている。これは、電気(発電)ブレーキと機械(摩擦)ブレーキの制御の違いによって軸箱の周辺温度に差が出てくるためである。または、軸位(各号車内で軸を前から数えた番号)が同じ軸箱同士をそれぞれ温度傾向が同一であるとして判断して分類してもよい。これは、例えば雨天の場合に各号車の1番前の軸が特に温度が下がりやすい傾向にあるためである。そして、列車基準値計算部6は、各グループに属するすべての表面温度値の中央値をそれぞれ計算し、計算した値を列車基準値とする。なお、上述の列車基準値計算部6が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS110に該当する。また、列車基準値計算部6は、列車基準値算出手段に該当する。
【0039】
乖離計算部7は、上述のグループごとに、グループに属するすべての表面温度値それぞれと列車基準値計算部6によって計算されたそのグループの列車基準値との乖離(差異)を計算し、計算した値を測定温度差とする。なお、この乖離計算部7が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS115に該当する。また、乖離計算部7は、測定温度差算出手段に該当する。
【0040】
データ蓄積部8は、乖離計算部7による計算結果を順次蓄積する。なお、このデータ蓄積部8が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS120に該当する。
【0041】
基準補正値計算部9は、乖離計算部7によって計算された測定温度差のうち一定期間中に機器温度センサ1によって測定された表面温度値から計算された測定温度差を選択してデータ蓄積部8から読み出し、その読み出したすべての測定温度差の代表値として中央値を計算し、計算した値を基準補正値とする。なお、この一定期間とは、一日以上の測定日を包含する期間に設定してもよいし、特定の測定日の測定開始から測定終了までの期間すべてまたは一部に設定してもよい。また、この一定期間をユーザの操作に基づき設定または変更するようにしてもよい。なお、上述の基準補正値計算部9が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS125に該当する。また、基準補正値計算部9は、基準補正値算出手段に該当する。
【0042】
推定温度値計算部10は、列車基準値計算部6が計算した列車基準値と基準補正値計算部9が計算した基準補正値とを加算し、算出された値を推定温度値とする。なお、この推定温度値計算部10が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS130に該当する。また、推定温度値計算部10は、推定温度値算出手段に該当する。
【0043】
比較部11は、一定期間中に機器温度センサ1によって測定されたすべての表面温度値と推定温度値とを順に比較する。なお、この比較部11が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS135に該当する。
【0044】
温度異常検出部12は、比較部11による表面温度値と推定温度値との比較結果に基づき、表面温度値と推定温度値との差が閾値よりも大きい場合に、その表面温度値に対応する軸箱が異常であると判定する。なお、上述の閾値については予め実験等により設定されることが考えられる。また、上述の閾値をユーザの操作に基づき設定または変更するようにしてもよい。また、温度異常検出部12は、正常判定を行った場合にはその旨を示す情報を表示部13に出力し、一方、異常判定を行った場合にはその旨を示す情報を表示部13に出力する。なお、この温度異常検出部12が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS140に該当する。なお、比較部11および温度異常検出部12は、異常判定手段に該当する。
【0045】
表示部13は、温度異常検出部12からの情報(出力データ)を表示する。具体的には、表示部13は、温度異常検出部12から正常判定を行った旨の情報を受けたときにはその情報を表示し、一方、温度異常検出部12から異常判定を行った旨の情報を受けたときにはその情報を表示する。なお、この表示部13が実行する処理内容は、図2の軸箱温度異常検出処理のS145に該当する。
【0046】
[2.軸箱温度異常検出処理による異常検出結果の評価結果について]
次に、軸箱温度異常検出システム100が実行する軸箱温度異常検出処理による異常検出結果を評価した結果について説明する。図3は同一列車内の軸箱温度を相対比較したデータの一例である。相対比較によって、通常であれば当該の軸箱の温度はこの程度であるという推定値を求め、その値を横軸にとり、縦軸には実際に測定した温度をプロットした。なお、このデータの母体は、「発明が解決しようとする課題」欄で示した図4のデータと同じものである。三角印で示されるのはC編成16号車の第4番軸を山側で支持する軸箱の表面温度であり、丸印で示されるのはC編成3号車の第4番軸を山側で支持する軸箱の表面温度である。図3に示すように、外気温からの温度上昇値で生じていたばらつきが大変よく収束していることが示されている。したがって、この方法によって、軸箱の異常な温度上昇を精度良く検出することが可能となる。
【0047】
[3.実施形態の効果]
(1)このように本実施形態の軸箱温度異常検出システム100によれば、互いに同一条件下におかれていたと判断される軸箱同士であれば、車両の走行条件(速度変化、走行時間など)や気象条件(天候や降雨量、風速、風向など)が同一であったと判断しても差し支えないことを着目し、同一列車に搭載される複数個の軸箱の温度を相対的に比較することにより、複数個の軸箱温度の中から異常に温度の高い軸箱を検出する。このことにより、鉄道車両など軌道上を走行する車両に搭載され、車両の走行時などに軸箱に異常が発生していることを、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、精度よく検出することができる。
【0048】
(2)また、本実施形態の軸箱温度異常検出システム100によれば、列車基準値計算部6が、互いに同一条件下におかれていたとの判断を、列車が同一、つまり車両が連結されて同じ気象条件で同じ走行軌跡をたどったものとして行うので、軸箱の異常を、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、さらに精度よく検出することができる。
【0049】
(3)また、本実施形態の軸箱温度異常検出システム100によれば、同じ号車に搭載される軸箱同士を温度傾向が同一であると判断して分類するので、軸箱の異常を、車両の走行条件や気象条件の影響を受けずに、さらに精度よく検出することができる。
【0050】
(4)また、本実施形態の軸箱温度異常検出システム100によれば、列車基準値計算部6が選択されたすべての表面温度値の代表値として中央値を計算するので、選択されたすべての表面温度値に含まれる、異常が発生している軸箱の表面温度値の影響を算出時に受けにくくすることができる。
【0051】
(5)また、本実施形態の軸箱温度異常検出システム100によれば、基準補正値計算部9が測定温度差の代表値として中央値を計算するので、選択される測定温度差に含まれる、異常が発生している軸箱の測定温度差の影響を算出時に受けにくくすることができる。
【0052】
(6)また、本実施形態の軸箱温度異常検出システム100によれば、機器温度センサ1が、線路(軌道)が敷設された地上側に、列車の両側方それぞれに対応して配置され、列車の各車両の側方に臨む発熱部位としての軸箱の放射熱を検知して軸箱の温度値を測定する。このことにより、線路近くに設置された機器温度センサ1の前を通過する列車の各車両に搭載されるすべての軸箱の表面温度を測定することができ、したがって、軸箱の表面温度を効率よく測定することができる。
【0053】
[4.他の実施形態]
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、以下のような様々な態様にて実施することが可能である。
【0054】
(1)上記実施形態では、列車基準値計算部6が、選択されたすべての軸箱の表面温度値の代表値として中央値を計算するが、これには限られず、列車基準値計算部6が、選択されたすべての軸箱の表面温度値の代表値として平均値や最頻値を算出するようにしてもよい。
【0055】
(2)上記実施形態では、基準補正値計算部9が、測定温度差の代表値として中央値を計算するが、これには限られず、基準補正値計算部9が、測定温度差の代表値として平均値や最頻値を算出するようにしてもよい。
【0056】
(3)上記実施形態では、機器温度センサ1が、線路(軌道)が敷設された地上側に、列車の両側方それぞれに対応して配置され、列車の側方に臨む発熱部位としての軸箱の放射熱を検知して軸箱の温度値を測定するが、これには限られず、列車の各車両に搭載されるすべての軸箱の近傍にそれぞれ取り付けるようにしてもよい。このように構成しても、列車に搭載されるすべての軸箱の表面温度値を測定することができる。
【0057】
(4)上記実施形態では、本発明を軸箱に適用した例を挙げたが、これには限られず、鉄道車両など軌道上を走行する車両に搭載されて走行時に発熱する部位に本発明を適用することが可能である。なお、このように走行時に発熱する部位としては、例えば、パンタグラフや、主変圧器、抵抗器、車輪、主電動機、歯車箱、ブレーキディスクなどが挙げられる。そして、機器温度センサ1が、これらすべての種別の発熱部位の表面温度値を測定するようにしてもよいし、これらの内の特定の種別の発熱部位の表面温度値を測定するようにしてもよい。
【0058】
(5)上記実施形態では、温度異常検出部12が、比較部11による表面温度値と推定温度値との比較結果に基づき、表面温度値と推定温度値との差が閾値よりも大きい場合に、その表面温度値に対応する軸箱が異常であると判定するが、これには限られず、温度異常検出部12が、比較部11による表面温度値と推定温度値との比較結果に基づき、すべての表面温度値と推定温度値との差異を順に計算し、その計算結果を示す情報を出力し、出力された計算結果を表示部13が表示するようにしてもよい。つまり、即刻異常として表示部13に表示するほどでは無いにしても、少しばかり良くない(「差異」がある程度大きい)状態が続いた場合や頻発した場合には異常の予兆として表示するとしてもよい。また、出力された計算結果を記憶手段に記憶しておいて後日分析に用いてもよい。このように、表面温度値と推定温度値との差異を異常の度合いとしてアナログ的な評価値とすることもメンテナンスにとって効果的である。
【0059】
(6)なお、上記(1)および(2)で挙げた代表値は中央値、平均値または最頻値といった定数としてもよいし、一つ以上のパラメータに依存する関数としてもよい。
【0060】
具体的には、上記(1)で挙げた代表値については、選択されたすべての表面温度値を代表する代表値として、同一列車内から所定の第一条件に基づき選択した発熱部位の表面温度値の中央値と、同一列車内から所定の第二条件に基づき選択した発熱部位の表面温度値の中央値との差をパラメータとし、そのパラメータと表面温度値との相関関数を算出してもよい。なお、第一条件および第二条件としては、列車内のすべての軸のうち号車、軸位または側をパラメータに選択することが挙げられる。このように前記代表値として関数を算出すれば、選択される表面温度値に含まれる、異常が発生している発熱部位の表面温度値の影響を代表値の算出時に受けにくくすることができる。
【0061】
また、上記(2)で挙げた代表値については、選択されたすべての表面温度値を代表する代表値として、同一列車内から所定の第一条件に基づき選択した測定温度差の中央値と、同一列車内から所定の第二条件に基づき選択した測定温度差の中央値との差をパラメータとし、そのパラメータと測定温度差との相関関数を算出してもよい。なお、第一条件および第二条件としては、上述のように、列車内のすべての軸のうち号車、軸位または側をパラメータに選択することが挙げられる。このように前記代表値として関数を算出すれば、選択される測定温度差に含まれる、異常が発生している発熱部位の測定温度差の影響を代表値の算出時に受けにくくすることができる。
【0062】
一例を挙げると、単に測定温度差の中央値を求めるのではなく、「列車内の軸全体の中央値」と「列車内の各号車の一番前の軸全体の中央値」との差をパラメータとし、このパラメータと測定温度差の相関関数を求めて代表値(代表関数)として使用するといった具合である。なお、相関関数については1次関数に限らず多次関数としてもよいし、パラメータも一つとは限らず複数としてもよい。このように代表値を関数とすれば、軸箱異常をより精度よく検出することができる。
【符号の説明】
【0063】
1…機器温度センサ、2…列車検出部、3…機器部位検出部、4…データ処理部、5…データ一時記憶部、6…列車基準値計算部、7…乖離計算部、8…データ蓄積部、9…基準補正値計算部、10…推定温度値計算部、11…比較部、12…温度異常検出部、13…表示部、100…軸箱温度異常検出システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道上を走行する車両に搭載され、前記車両の走行時に発熱する部位である発熱部位に異常が発生していることを検出する車両の発熱部位異常検出システムであって、
前記発熱部位の表面温度値を測定する温度測定手段と、
前記温度測定手段によって測定された表面温度値から、互いに同一条件下におかれていたと判断される発熱部位の表面温度値を選択し、その選択されたすべての表面温度値からその温度傾向が同一である表面温度値をさらに選択し、その選択されたすべての表面温度値を代表する代表値を算出し、算出された値を列車基準値とする列車基準値算出手段と、
前記列車基準値算出手段によって前記列車基準値を算出する際に選択されたすべての表面温度値と前記列車基準値算出手段によって算出された列車基準値との差異をそれぞれ算出し、算出された値を測定温度差とする測定温度差算出手段と、
前記測定温度差算出手段によって算出されたすべての測定温度差のうち特定種別の発熱部位に対応する測定温度差を選択し、その選択されたすべての測定温度差を代表する代表値を算出し、算出された値を基準補正値とする基準補正値算出手段と、
前記列車基準値算出手段によって算出された列車基準値と前記基準補正値算出手段によって算出された基準補正値とを加算し、算出された値を推定温度値とする推定温度値算出手段と、
前記温度測定手段によって測定されたすべての表面温度値と前記推定温度値算出手段によって算出された推定温度値とを順に比較し、その比較結果に基づきその表面温度値に対応する発熱部位に異常が発生しているか否かを判定する異常判定手段と、
を備えることを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
前記発熱部位が搭載される列車が同一である場合に、前記発熱部位が互いに同一条件下におかれていたと判断することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項3】
請求項2に記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
前記発熱部位が搭載される列車が同一であり且つ同一の側に設置される場合に、前記発熱部位が互いに同一条件下におかれていたと判断することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項4】
請求項1〜請求項3の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
搭載される車両が同一である発熱部位同士を温度傾向が同一であると判断することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項5】
請求項1〜請求項3の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
軸位が同一である発熱部位同士を温度傾向が同一であると判断することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項6】
請求項1〜請求項5の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
前記列車基準値算出手段は、当該列車基準値算出手段が選択したすべての表面温度値を代表する代表値として、当該列車基準値算出手段が選択したすべての表面温度値の中央値を算出することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項7】
請求項1〜請求項5の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
前記列車基準値算出手段は、当該列車基準値算出手段が選択したすべての表面温度値を代表する代表値として、当該列車基準値算出手段が同一列車内から所定の第一条件に基づき選択した発熱部位の表面温度値の中央値と、当該列車基準値算出手段が同一列車内から所定の第二条件に基づき選択した発熱部位の表面温度値の中央値との差をパラメータとし、そのパラメータと表面温度値との相関関数を算出することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項8】
請求項1〜請求項7の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
前記基準補正値算出手段は、当該基準補正値算出手段が選択したすべての測定温度差を代表する代表値として、当該基準補正値算出手段が選択したすべての測定温度差の中央値を算出することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項9】
請求項1〜請求項7の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
前記基準補正値算出手段は、当該基準補正値算出手段が選択したすべての測定温度差を代表する代表値として、当該基準補正値算出手段が同一列車内から所定の第一条件に基づき選択した測定温度差の中央値と、当該基準補正値算出手段が同一列車内から所定の第二条件に基づき選択した測定温度差の中央値との差をパラメータとし、そのパラメータと測定温度差との相関関数を算出することを特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項10】
請求項1〜請求項9の何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおいて、
前記温度測定手段は、前記車両が走行する軌道が敷設された地上側に、前記車両の両側方それぞれに対応して配置され、前記車両の側方に臨む前記発熱部位の放射熱を検知することにより前記発熱部位の表面温度値を測定すること
を特徴とする車両の発熱部位異常検出システム。
【請求項11】
軌道上を走行する車両に搭載され、前記車両の走行時に発熱する部位に異常が発生していることを検出する車両の発熱部位異常検出方法であって、
測定された前記発熱部位の表面温度値から、互いに同一条件下におかれていたと判断される発熱部位の表面温度値を選択し、その選択されたすべての表面温度値からその温度傾向が同一である表面温度値をさらに選択し、その選択されたすべての表面温度値を代表する代表値を算出し、算出された値を列車基準値とし、
前記列車基準値を算出する際に選択されたすべての表面温度値と算出された列車基準値との差異をそれぞれ算出し、算出された値を測定温度差とし、
算出されたすべての測定温度差のうち特定種別の発熱部位に対応する測定温度差を選択し、その選択されたすべての測定温度差を代表する代表値を算出し、算出された値を基準補正値とし、
算出された列車基準値と算出された基準補正値とを加算し、算出された値を推定温度値とし、
測定されたすべての表面温度値と算出された推定温度値とを順に比較し、その比較結果に基づきその表面温度値に対応する発熱部位に異常が発生しているか否かを判定すること
を特徴とする車両の発熱部位異常検出方法。
【請求項12】
請求項1〜9何れかに記載の車両の発熱部位異常検出システムにおける列車基準値算出手段、測定温度差算出手段、基準補正値算出手段、推定温度値算出手段および異常判定手段としてコンピュータを機能させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−179706(P2010−179706A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22817(P2009−22817)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(390021577)東海旅客鉄道株式会社 (413)
【Fターム(参考)】