説明

車両用灯具

【課題】 アルミ蒸着反射面では得られない高反射率を長期にわたり維持できる銀蒸着反射面をもつ反射部材を備えた車両用灯具の提供。
【解決手段】 灯室S内に、合成樹脂製基材61表面に形成された銀蒸着膜62の上に保護膜であるトップコート層64が形成された反射部材60を備えた車両用灯具であって、ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂でトップコート層64を構成した。同トップコート層64は、銀蒸着膜62に密着し、銀蒸着膜62を構成するAg原子の凝集を抑制する。銀蒸着膜62中のAg原子は凝集することなく均等に分散された形態に保持されて、銀蒸着膜62に微細な凹凸が発生しないため、銀蒸着膜62は黄変せず、光線反射率95%で、灯具の光度がアップする。銀蒸着反射面62aは、アルミ蒸着反射面とは異なる落ち着いた淡い黄味を帯びた銀調色で見栄えもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射部材を灯室内に備えた車両用灯具に係わり、特に、合成樹脂製基材の表面に形成された銀蒸着膜の上に保護膜であるトップコート層が形成された反射部材を灯室内に備えた車両用灯具に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘッドランプなどの高光度を必要とする車両用灯具に用いられるリフレクターや、リフレクタを取り囲むように灯室内に配置された化粧部材であるエクステンションリフレクター等の反射部材としては、合成樹脂製基材の表面にアルミ蒸着処理を施して、反射面がアルミ蒸着膜で構成されているものが一般に知られている。また、アルミ蒸着反射面では、全波長域において約90%という高い一定の正反射率が得られることから、ヘッドランプのみならず、その他の車両用灯具にも広く利用されている。
【0003】
しかし、アルミ蒸着反射面では、まだ正反射率10%程度のロスがあり、更なる正反射率の向上が希求されていた。
【0004】
そして、屋内照明器具の反射面として高い正反射率(99%)をもつ銀蒸着膜が開発されたことを受けて、灯具の反射部材の反射面への適用が検討された。しかし、銀蒸着膜は、大気中の水分や酸素(熱酸素)や亜硫酸ガス(汗、排気ガス)等と接触することで反応(酸化銀や硫化銀を生成)し、容易に変色(黄変)したり腐食したりして、正反射率の低下が著しい。
【0005】
そこで、下記特許文献1(図9参照)に示すように、合成樹脂製基材1の表面に形成した銀蒸着膜2に対して、高温下でのガスバリア性に優れた変性シリコン樹脂で構成したトップコート層3やアンダーコート層4を積層形成することで、トップコート層3やアンダーコート層4が大気中の水分や酸素(熱酸素)や亜硫酸ガス(汗、排気ガス)等に対するガスバリアとして機能し、銀蒸着膜2の変色や腐食が抑制されて、高い正反射率が維持されるという提案がされた。
【特許文献1】特開2000−106017号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、変性シリコン樹脂で構成したトップコート層やアンダーコート層のガスバリア性を利用するという前記特許文献1では、銀蒸着反射面(銀蒸着膜)の変色(黄変)を抑制する上である程度の効果があるものの、長時間経過した場合(400時間の耐熱試験)では、変色や腐食が発生して正反射率が低下してしまう、という問題が生じた。
【0007】
発明者が検討したところ、変色(黄変)の原因としては、前記した大気中のガス(湿気や酸素や亜硫酸ガス)がAg原子と接触することが一因ではあるが、その他に、「銀蒸着膜を構成するAg原子が熱エネルギーにより振動(移動)して凝集する」ことにも起因することがわかった。
【0008】
すなわち、基材表面に形成されている銀蒸着膜を構成するAg原子(Agの結晶粒)は、図10示すように、整然と並んだ当初の状態から、熱エネルギーを受けると相互に振動し、所々で凝集して銀蒸着膜表面に微細な凹凸が形成される。そして、この微細な凹凸の形成された領域では、短波長域の光(青)を吸収し長波長域の光(黄色〜赤)を反射するため、銀蒸着膜全体が黄色く見えるのである。
【0009】
そして、発明者が実験と考察を重ねた結果、銀蒸着膜を覆うトップコート層として、60℃以上のガラス転移温度をもつモノマーを合成したアクリル系樹脂を使用したり、銀蒸着膜を純AgではなくNd,Bi,Auのうちの少なくともNdを含む銀合金で構成した場合には、Ag原子が熱エネルギーを受けたとしても凝集せず(銀蒸着膜表面に微細な凹凸が形成されず)、したがって銀蒸着膜が変色(黄変)することもなく、銀蒸着膜の変色(黄変)による正反射率の低下もないことが確認されたので、この度、本発明を提案するに至ったものである。
【0010】
本発明は前記従来技術の問題点および発明者の知見に基づいてなされたもので、その目的は、アルミ蒸着反射面では得られない高反射率を長期にわたり維持できる銀蒸着反射面をもつ反射部材を備えた車両用灯具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成するために、請求項1に係わる車両用灯具においては、灯室内に、合成樹脂製基材表面に形成された銀蒸着膜上に保護膜であるトップコート層が形成された反射部材を備えた車両用灯具であって、ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂で前記トップコート層を構成するようにした。
【0012】
なお、ガラス転移温度とは、高温では液状の物質が温度の降下によりある温度で急激に粘度を増し、流動性を失って非晶質固体となる変化を示す温度(熱を加えることにより、ガラス状から流動性が生じる直前の温度ともいえる。)で、一般に、同一樹脂系では、ガラス転移温度が高いほど耐熱性に優れている。
(作用)トップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂)で覆われた銀蒸着膜(スパッタリングにより合成樹脂製基材表面に形成された銀蒸着膜)からなる反射面(以下、銀蒸着反射面という)の正反射率は、約95%である。また、非点灯時の銀蒸着反射面は、銀白色が強いアルミ蒸着反射面とは異なる落ち着いた淡い黄味がかった色を呈する。
【0013】
また、図7に示すように、銀蒸着膜の耐熱試験後の色差が一般に望ましいとされる3.0以下であることから、銀蒸着膜上の保護膜であるトップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂)は、銀蒸着膜の黄変による正反射率の低下を抑制する上で有効であり、トップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂)による銀蒸着膜の黄変の抑制作用は、次のように説明できる。
【0014】
すなわち、基材表面に形成されている銀蒸着膜が高温にさらされると、図10に示すように、銀蒸着膜を構成するAg原子(Agの結晶粒)が熱エネルギーを受けて相互に振動し、Ag原子(Agの結晶粒)が所々で凝集しようとするが、図6(b)に示すように、トップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂)と銀蒸着膜との界面では、アクリル系樹脂を構成するアクリル分子の一部がAg原子(Agの結晶粒)間の隙間に入り込んで強固に密着一体化されているため、熱エネルギーを受けたAg原子の振動が抑制されることで、Ag原子の凝集が抑制されて、銀蒸着膜表面には微細な凹凸が形成されない。
【0015】
つまり、銀蒸着膜を構成するAg原子は、たとえ熱エネルギーを受けたとしても、凝集することなく均等に分散された形態のまま保持(Ag原子の結晶格子が当初の整然とした形態のまま保持)されるので、銀蒸着膜が黄色く見えることがなく、黄変による正反射率の低下がない。
【0016】
また、銀蒸着膜上に形成されたトップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成したアクリル系樹脂層)は、高温下での大気中のガス(水分や酸素や亜硫酸ガス)に対するガスバリアーとしても作用し、大気中のガス(水分や酸素や亜硫酸ガス)の銀蒸着膜との接触が抑制されて、銀蒸着膜の変色(黄変)や腐食が阻止される。
【0017】
請求項2においては、請求項1記載の車両用灯具において、前記銀蒸着膜を、Nd,Bi,Au(Pd)のうちの少なくともNdを含む銀合金で構成するようにした。
【0018】
(作用)Ndは、図3に示すように、銀蒸着膜の熱応力による正反射率の低下を抑制する上で有効で、特に、Ndを0.2原子%以上含むことで、約95%の正反射率を維持できる。また、Ndの含有量が1.0原子%を超えると、銀蒸着膜の初期反射率が低下するとともに、銀蒸着膜自体が黄色味を帯びてくるため、Ndの含有量は0.2〜1.0原子%も範囲が望ましい。なお、Ndの含有量が0.2原子%とは、銀蒸着膜を構成する金属原子の総数に対するNd原子の数の比(割合)である。
【0019】
また、Ndを含む銀合金中のNdが銀蒸着膜の正反射率の低下を抑制する作用は、次のように説明できる。
【0020】
即ち、基材表面に形成されている銀蒸着膜が高温にさらされると、図10に示すように、銀蒸着膜を構成するAg原子(Agの結晶粒)が熱エネルギーを受けて相互に振動し、Ag原子(Agの結晶粒)が所々で凝集しようとするが、図6(a)に示すように、Ag原子(Agの結晶粒)の結晶格子中にNd原子が分散して存在することで、Ag原子(Agの結晶粒)の結晶格子中には、Ag原子(Agの結晶粒)が振動で移動できるほどの大きな空孔が形成されず、したがってAg原子(Agの結晶粒)が凝集しにくい。
【0021】
つまり、Ag原子(1.44Å)の結晶格子中に大きなNd原子(1.82Å)が存在すると、図6(a)に示すように、Ag原子(1.44Å)の結晶格子が歪んで所々に小さな空孔が形成されるが、Nd原子の内部応力場(Nd原子の周り)に空孔がトラップされるため、Ag原子(Agの結晶粒)の結晶格子中には、Ag原子と位置交換可能なほどの大きな空孔が形成されない。このため、熱エネルギーを受けたAg原子(Agの結晶粒)は十分に振動(移動)できず、Ag原子の凝集が抑制されて、銀蒸着膜表面には微細な凹凸が形成されず、黄変による正反射率の低下がない。
【0022】
さらに、前記したように、トップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂)と銀蒸着膜との界面では、アクリル系樹脂を構成するアクリル分子の一部がAg原子(Agの結晶粒)間の隙間に入り込んで強固に密着一体化されていることから、Ag原子の凝集が一層抑制されることになって、黄変による正反射率の低下が全くない。
【0023】
また、Nd以外の添加剤としては、図4,5に示すように、Bi,Cu,Au(Pd)があり、BiおよびCuについても、Ag原子(Agの結晶粒)の凝集を抑制するというNdと同様の作用がある。
【0024】
請求項3においては、請求項1または2に記載の車両用灯具において、前記トップコート層の上にDLC層(ダイヤモンドライクカーボン層:ダイヤモンドのような性質をもつカーボン層)を形成するようにした。
(作用)トップコート層を覆うDLC層は、耐久性,耐熱性及びガスバリア性に優れ、しかもトップコート層であるアクリル系樹脂と優れた密着性をもつことから、銀蒸着膜の変色や腐食が一層阻止される。
【0025】
請求項4においては、請求項1〜3のいずれかに記載の車両用灯具において、前記反射部材でエクステンションリフレクターを構成するようにした。
(作用)ヘッドランプ用リフレクターとエクステンションリフレクターは、いずれも灯室内に配置される反射部材として共通するものの、光源であるバルブの直射光にさらされるヘッドランプ用リフレクターは、十分な耐熱性(180℃)が要求されるのに対し、リフレクターを取り囲むように配置されて、リフレクターほど高温とならないエクステンションリフレクターは、リフレクターに要求される耐熱性よりも緩和された耐熱性(160℃)で足りることから、エクステンションリフレクターにおける反射面を構成する銀蒸着膜では変色や腐食が確実に阻止される。
【0026】
したがって、例えばヘッドランプでは、光源を装着したリフレクターの周りに、リフレクターとランプボディの前面開口部間の隙間を隠すエクステンションリフレクターが配設されており、ランプボディ(灯室)内全体を鏡面色に見せて見栄えを向上するべく作用するが、リフレクターのアルミ蒸着膜反射面を取り囲むエクステンションリフレクターの銀蒸着反射面全体が落ち着いた淡い黄味がかった銀調の色に見える。
【発明の効果】
【0027】
以上の説明から明らかなように、請求項1に係る車両用灯具によれば、反射部材の銀蒸着反射面は変色(黄変)や腐食がなく高正反射率が長期にわたり維持されるとともに、非点灯時の反射部材が僅かに黄味を帯びた温かみのある鏡面色に見える車両用灯具が得られる。
【0028】
請求項2によれば、反射部材の銀蒸着反射面の変色(黄変)が阻止されて、銀蒸着反射面における高正反射率が長期にわたり確実に維持される。
【0029】
請求項3によれば、反射部材の銀蒸着反射面の変色や腐食がより阻止されて、銀蒸着反射面における高反射率がより長期にわたり維持される。
【0030】
請求項4によれば、エクステンションリフレクターの反射面は変色(黄変)や腐食がなく高正反射率が長期にわたり維持されるので、僅かに黄味を帯びた温かみのある鏡面色に見える状態が長期にわたり保証されるエクステンションリフレクターを備えた車両用灯具が提供される。
【0031】
特に、本発明をヘッドランプに適用した場合には、リフレクターのアルミ蒸着反射面の周り全体がエクステンションリフレクターの銀蒸着面の落ち着いた淡い銀調の色に見えて、リフレクターとエクステンションリフレクターのアルミ蒸着反射面によって灯室内全体が銀白色に輝く煌びやかなイメージをもつ従来のヘッドランプに対し差別化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
次に、本発明の実施の形態を、実施例に基づいて説明する。
【0033】
図1〜図7は、本発明の一実施例を示すもので、図1は本発明の一実施例である自動車用ヘッドランプの縦断面図、図2は同ヘッドランプに設けられているエクステンションリフレクターの反射面の拡大断面図、図3はAg・Nd合金におけるNdの添加量と銀合金蒸着反射面の反射率との相関関係を示す図、図4は銀合金中の添加元素の特性を示す図、図5はAg・Bi合金,Ag・Nd・Cu合金および純Agの熱伝導率,反射率,耐熱性および耐NaCl性を示す図、図6(a)は銀蒸着膜中のNd原子がAg原子(Agの結晶粒)の凝集を抑制する作用を説明する図、図6(b)はトップコート層中のアクリル分子がAg原子(Agの結晶粒)の凝集を抑制する作用を説明する図、図7は本発明の実験例1〜4をガラス転移温度と耐熱試験結果(色差)とにおいて比較して示す図である。
【0034】
図1において、符号10は、合成樹脂製容器状のランプボディで、ランプボディ10の前面開口部には、前面レンズ13が組付けられて灯室Sが画成されている。灯室S内には、光源である放電バルブ14を挿着した放物面形状の合成樹脂製リフレクター16が設けられている。符号12は、リフレクター16の後頂部に形成されたバルブ挿着孔で、ここに放電バルブ14が挿着されている。
【0035】
バルブ14の前方には、グレア光の発生を防ぐとともに、すれ違いビームのクリアカットラインを形成するためのシェード22が配置されている。符号22aは、リフレクター16にネジ固定されたシェード22の脚である。そしてバルブ14の発光はリフレクター16の有効反射面で反射され、前面レンズ13裏面に形成されている配光制御ステップ13aによって前方所定方向に配光されて、すれ違いビームの配光パターンが形成される。
【0036】
符号40は、放電バルブ(のアークチューブ)14に高電圧を印加してアークチューブの電極間に放電を開始させるためのスタータ回路と、アークチューブの電極間に安定した放電を継続して行わしめるためのバラスト回路を収容一体化した重量のあるスタータ・バラスト回路ユニットで、ランプボディ10の下面壁外側に固定されており、ユニット40の点灯回路から延びる出力ケーブル42がコネクター44を介して放電バルブ14に接続されている。
【0037】
バルブ14を挿着一体化したリフレクター16は、玉継手構造の一個の固定支点と一対の前後移動支点とから構成されたエイミング機構(図示せず)によって、固定傾動支点と前後移動支点とを結ぶ傾動軸の周りに傾動可能に支持されている。灯室S内におけるランプボディ10の前面開口部前縁には、リフレクター16の前縁に沿って枠状に延在して、リフレクター16とランプボディ10間の隙間を隠すエクステンションリフレクター60が配設されている。
【0038】
リフレクター16は、FRP製のリフレクター基材18の表面にアルミ蒸着膜19からなる正反射率90%の反射面19aが設けられ、その上に透明なアクリル樹脂製の保護膜であるトップコート層20が形成された従来公知の構造となっている。
【0039】
一方、エクステンションリフレクター60は、図2に示すように、PBT/PET製のリフレクター基材61の表面に正反射率約95%の銀蒸着膜62からなる反射面62aが設けられるとともに、その上に透明なアクリル樹脂系のトップコート層64が形成された構造となっている。
【0040】
したがって、本実施例では、リフレクター16のアルミ蒸着反射面19aを取り囲むエクステンションリフレクター60の銀蒸着反射面62a特有の色合いによって、非点灯時の灯室S内外周囲が従来のヘッドランプにはない落ち着いた淡い銀調の色(僅かに黄色味を帯びた銀色)に見える。
【0041】
即ち、本実施例では、非点灯時の灯室S内は、リフレクター16のアルミ蒸着反射面19aの周り全体が、エクステンションリフレクター60の銀蒸着反射面62aによって落ち着いた淡い銀調の色に見えて、リフレクターおよびこれを取り囲むエクステンションリフレクターそれぞれのアルミ蒸着反射面によって灯室内全体が銀白色に輝く煌びやかなイメージの従来のヘッドランプとは明らかに異なる斬新なイメージが得られる。
【0042】
次に、エクステンションリフレクター60の銀蒸着反射面62aの構造について詳細に説明する。
【0043】
銀蒸着反射面62aは、前記したように、PBT/PET製リフレクター基材61の表面に銀蒸着膜62およびトップコート層64が積層一体化された構造であるが、以下の構成を採用することで、銀蒸着膜反射面62aの変色(黄変)および腐食が防止されて、銀蒸着反射面62aは形成当初の高い正反射率が長期にわたり保持されるようになっている。
【0044】
第1には、PBT/PET製リフレクター基材61の表面に形成された銀蒸着膜62の上に形成する保護膜であるトップコート層64が、ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂で構成されて、銀蒸着反射面62aの黄変の要因の一つと考えられている「熱エネルギー作用時におけるAg原子の凝集」が抑制されている。
【0045】
即ち、基材61の表面に形成されている銀蒸着膜62が高温にさらされると、図10に示すように、銀蒸着膜を構成するAg原子(Agの結晶粒)が熱エネルギーを受けて相互に振動し、Ag原子(Agの結晶粒)が所々で凝集しようとするが、図6(b)に示すように、トップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂)64と銀蒸着膜62との界面では、アクリル系樹脂を構成するアクリル分子の一部がAg原子(Agの結晶粒)間の隙間に入り込んで強固に密着一体化されているため、熱エネルギーを受けたAg原子の振動が抑制されることで、Ag原子の凝集が抑制されて、銀蒸着膜62の表面には微細な凹凸が形成されない。
【0046】
つまり、銀蒸着膜62を構成するAg原子は、たとえ熱エネルギーを受けたとしても、凝集することなく均等に分散された形態のまま保持(Ag原子の結晶格子が当初の整然とした形態のまま保持)されるので、銀蒸着膜62が黄色く見えることがなく、黄変による正反射率の低下がない。
【0047】
第2に、銀蒸着膜62は、PBT/PET製リフレクター基材61の表面に、純銀ではなく、AgにNd,BiおよびAuを所定量添加した銀合金をスパッタリング蒸着することで形成されたものであり、例えば、Ag(98原子%)、Nd(0.2原子%)、Bi(1.0原子%)およびAu(0.6原子%)の銀合金で構成されたもので、「熱エネルギー作用時におけるAg原子の凝集」が抑制されている。
【0048】
即ち、図3はAg・Nd合金におけるNdの添加量と銀合金蒸着反射面の反射率との相関関係を示す図で、この図からわかるように、Ndが添加されていない純銀では、初期状態における反射率に対し環境試験後の反射率の低下が著しいため、相対反射率(環境試験後の反射率−初期反射率)は低い値(−4)を示す。そして、Ndの添加量が増加すると相対反射率が減少することから、Ndは銀蒸着膜の正反射率の低下を抑制する上で有効である。特に、Ndを0.2原子%以上含む場合は、相対反射率が2%以内となり、正反射率約95%を維持できる。そして、このNdの「熱エネルギー作用時におけるAg原子の凝集」の抑制作用は、次のように説明できる。
【0049】
即ち、基材表面に形成されている銀蒸着膜が高温にさらされると、図10に示すように、銀蒸着膜を構成するAg原子(Agの結晶粒)が熱エネルギーを受けて相互に振動し、Ag原子(Agの結晶粒)が所々で凝集しようとするが、図6(a)に示すように、Ag原子(Agの結晶粒)の結晶格子中にNd原子が分散して存在することで、Ag原子(Agの結晶粒)の結晶格子中には、Ag原子(Agの結晶粒)が振動で移動できるほどの大きな空孔が形成されず、したがってAg原子(Agの結晶粒)が凝集しにくい。
【0050】
つまり、Ag原子(1.44Å)の結晶格子中に大きなNd原子(1.82Å)が存在すると、図6(a)に示すように、Ag原子(1.44Å)の結晶格子が歪んで所々に小さな空孔が形成されるが、Nd原子の内部応力場(Nd原子の周り)に空孔がトラップされるため、Ag原子(Agの結晶粒)の結晶格子中には、Ag原子と位置交換可能なほどの大きな空孔が形成されない。このため、熱エネルギーを受けたAg原子(Agの結晶粒)は十分に振動(移動)できず、Ag原子の凝集が抑制されて、銀蒸着膜表面には微細な凹凸が形成されず、黄変による正反射率の低下がない。
【0051】
また、図4に示すように、銀蒸着膜62を構成する銀合金におけるNd以外の添加剤としては、Bi,Cu,Au(Pd)があり、BiおよびCuについても、Ag原子の凝集を抑制するというNdと同様の作用がある。
【0052】
また、Ndの添加量は、多すぎると銀蒸着反射面の正反射率や熱伝導率の低下につながるので、0.2〜1.0原子%が望ましい。
【0053】
そして、銀蒸着膜62は、図5に示すように、耐熱性以外に耐NaCl性等の化学的要因を考慮して、Nd以外の添加剤としてBiおよびAuを含有する銀合金、すなわち、Ag(98原子%)、Nd(0.2原子%)、Bi(1.0原子%)およびAu(0.6原子%)の銀合金で構成されている。
【0054】
第3に、銀蒸着膜62上に形成された保護膜であるトップコート層(ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂)64は、高温下での大気中のガス(水分や酸素や亜硫酸ガス)に対するガスバリアーとして作用し、大気中のガス(水分や酸素や亜硫酸ガス)の銀蒸着反射面62aとの接触が抑制されて、銀蒸着反射面62aの変色(黄変)や腐食が阻止されている。
【0055】
図7は、本発明の実施例(実験例)1〜3および比較例のガラス転移温度と耐熱試験結果(色差)を示す図である。
【0056】
本発明の実施例(試作品)1〜3の反射部材は、いずれも基材61の表面にAg(98原子%),Nd(0.2原子%),Bi(1.0原子%)およびAu(0.6原子%)で構成された銀蒸着膜62を形成し、銀蒸着膜62の上に、ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成したアクリル樹脂製トップコート層64を形成したものである。具体的には、実施例(試作品)1のトップコート層64は、ガラス転移温度60℃のモノマーを合成したアクリル樹脂で構成され、実施例(試作品)2のトップコート層64は、ガラス転移温度64℃のモノマーを合成したアクリル樹脂で構成され、実施例(試作品)3のトップコート層64は、ガラス転移温度69℃のモノマーを合成したアクリル樹脂で構成されている。
【0057】
一方、比較例は、基材61の表面に純銀の銀蒸着膜を形成し、銀蒸着膜の上に、ガラス転移温度27℃のモノマーを合成したアクリル樹脂製トップコート層を形成したものである。
【0058】
こられの実施例(試作品)1〜3および比較例について、160℃の高温炉の中に980時間入れて銀蒸着反射面の色差(熱による色の変化の度合い)を調べたところ、比較例では色差14.8と非常に高い(黄変の度合いが大きい)のに対し、実施例(試作品)1および実施例(試作品)2では色差2.9、実施例(試作品)3では色差2.5と、いずれの実施例(試作品)も色差の基準値である3.0以下で、ほとんど黄変が気にならなかった。
【0059】
図8(a),(b)は、本発明の第2,第3の実施例であるエクステンションリフレクターの拡大断面図である。
【0060】
前記した第1の実施例では、PBT/PET製リフレクター基材61の表面にスパッタリング蒸着により銀蒸着膜62が形成され、その上にトップコート層としてガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成したアクリル系樹脂層64が形成されていたが、図8(a)に示す第2の実施例では、耐久性,耐熱性及びガスバリア性に優れ、しかもトップコート層(アクリル系樹脂層)64と優れた密着性をもつDLC層66が、トップコート層64を覆うように積層形成されている。
【0061】
また、図8(b)に示す第3の実施例では、第2の実施例と同様、DLC層66がトップコート層64を覆うように積層形成されるとともに、耐久性,耐熱性及びガスバリア性に優れ、しかもPBT/PET製基材61と優れた密着性をもつDLC層67が基材61の裏面側に積層形成されている。
【0062】
これらの実施例では、ガスバリア性に特に優れたDLC層66は、大気中の水分や酸素(熱酸素)や亜硫酸ガス(汗、排気ガス)等の通過を抑制するので、銀蒸着膜62中のAg原子が大気中の水分や酸素(熱酸素)と反応して酸化銀を生成したり、亜硫酸ガス(汗、排気ガス)と反応して硫化銀を生成することがより一層なくなる。この結果、銀蒸着反射面62aの変色や腐食がより一層妨げられて、銀蒸着反射面62aの高正反射率がさらに一層長期にわたり維持されることになる。特に、第3の実施例では、大気中のガスの基材61裏面側からの侵入も確実に阻止されるので、銀蒸着反射面62aの変色や腐食の防止、銀蒸着反射面62aにおける高正反射率の維持がさらに確実となる。
【0063】
なお、前記第1〜第3の実施例では、エクステンションリフレクター基材61の表面に銀蒸着膜62が直接形成されているが、基材61の表面にアンダーコート層を形成し、その上に銀蒸着膜62を形成した構造であってもよい。
【0064】
また、前記した第1〜第3の実施例では、エクステンションリフレクター60について説明したが、ヘッドランプのリフレクターであっても、最近開発されているLEDを光源とするヘッドランプにおけるリフレクターの場合は、放電バルブ,ハロゲンバルブ,白熱バルブを光源とするヘッドランプにおけるリフレクターにおいて要求されるほどの耐熱性(180℃)は要求されないので、LEDを光源とするヘッドランプ用のリフレクターのように、耐熱性160℃程度のヘッドランプ用リフレクターにも十分に適用できる。
【0065】
また、前記した実施例では、エクステンションリフレクター基材61がPBT/PET樹脂で構成されていたが、エクステンションリフレクター基材61は、ABS樹脂,AAS樹脂,PP樹脂,PC樹脂等の160℃耐熱性をクリアできる程度の樹脂であればよい。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の第1の実施例である自動車用ヘッドランプの縦断面図である。
【図2】同ヘッドランプに設けられているエクステンションリフレクターの反射面の拡大断面図である。
【図3】Ag・Nd合金におけるNdの添加量と銀合金蒸着反射面の反射率との相関関係を示す図である。
【図4】銀合金中の添加元素の特性を示す図である。
【図5】Ag・Bi合金,Ag・Nd・Cu合金および純Agの熱伝導率,反射率,耐熱性および耐NaCl性を示す図である。
【図6】(a)は銀蒸着膜中のNd原子がAg原子(Agの結晶粒)の凝集を抑制する作用を説明する図、(b)はトップコート層中のアクリル分子がAg原子(Agの結晶粒)の凝集を抑制する作用を説明する図である。
【図7】本発明の実施例(試作品)1〜3および比較例のガラス転移温度と耐熱試験結果(色差)を示す図である。
【図8】(a)は本発明の第2の実施例である自動車用ヘッドランプの要部であるエクステンションリフレクターの反射面の拡大断面図、(b)は本発明の第3の実施例である自動車用ヘッドランプの要部であるエクステンションリフレクターの反射面の拡大断面図である。
【図9】従来技術であるリフレクターやエクステンションリフレクター等の反射部材の反射面の拡大断面図である。
【図10】基材表面に形成されている銀蒸着膜を構成するAg原子が熱エネルギーを受けて振動して凝集する作用を説明する説明図である。
【符号の説明】
【0067】
S 灯室
10 ランプボディ
13 前面レンズ
14 光源である放電バルブ
16 反射部材であるリフレクター
18 リフレクター基材
19 アルミ蒸着膜
19a アルミ蒸着反射面
20 トップコート層
60 反射部材であるエクステンションリフレクター
61 エクステンションリフレクター基材
62 銀蒸着膜
62a 銀蒸着反射面
64 保護膜であるトップコート層
66 DLC層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
灯室内に、合成樹脂製基材表面に形成された銀蒸着膜上に保護膜であるトップコート層が形成された反射部材を備えた車両用灯具であって、前記トップコート層は、ガラス転移温度60℃以上のモノマーを合成した透明アクリル系樹脂で構成されたことを特徴とする車両用灯具。
【請求項2】
前記銀蒸着膜は、Nd,Bi,Au(Pd)のうちの少なくともNdを含む銀合金で構成されたことを特徴とする請求項1記載の車両用灯具。
【請求項3】
前記トップコート層上には、DLC層が形成されたことを特徴とする請求項1または2に記載の車両用灯具。
【請求項4】
前記反射部材は、エクステンションリフレクターであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の車両用灯具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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