説明

軟磁性材料および圧粉磁心

【課題】 渦電流損を低減することのできる軟磁性材料および圧粉磁心を提供する。
【解決手段】 軟磁性材料は、金属磁性粒子10と、金属磁性粒子10を被覆する絶縁被膜20とを有する複数の複合磁性粒子30を備えた軟磁性材料であって、複数の複合磁性粒子30の各々は、円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下であり、かつ比表面積が0.10m2/g以上である。また好ましくは、複数の複合磁性粒子30の各々は、平均粒径が10μm以上500μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性材料および圧粉磁心に関し、より特定的には、金属磁性粒子と、金属磁性粒子を被覆する絶縁被膜とを有する複数の複合磁性粒子を備えた軟磁性材料および圧粉磁心に関する。
【背景技術】
【0002】
電磁弁、モータ、または電源回路などを有する電気機器には、軟磁性材料を加圧成形した圧粉磁心が使用されている。この軟磁性材料は、複数の複合磁性粒子よりなっており、複合磁性粒子は金属磁性粒子と、その表面を被覆するガラス状の絶縁被膜とを有している。軟磁性材料には、小さな磁場の印加で大きな磁束密度を得ることができ、外部からの磁界変化に対して敏感に反応できる磁気的特性が求められる。
【0003】
この軟磁性材料を交流磁場で使用した場合、鉄損と呼ばれるエネルギー損失が生じる。この鉄損は、ヒステリシス損と渦電流損との和で表わされる。ヒステリシス損とは、軟磁性材料の磁束密度を変化させるために必要なエネルギーによって生じるエネルギー損失をいう。ヒステリシス損は作動周波数に比例するので、主に低周波領域において支配的になる。また、ここで言う渦電流損とは、主として軟磁性材料を構成する金属磁性粒子間を流れる渦電流によって生じるエネルギー損失をいう。渦電流損は作動周波数の2乗に比例するので、主に高周波領域において支配的になる。近年、電気機器の小型化、効率化、および大出力化が要求されており、これらの要求を満たすためには、電気機器を高周波領域で使用することが必要である。このため、圧粉磁心には特に渦電流損の低下が求められている。
【0004】
軟磁性材料の鉄損のうち、ヒステリシス損を低下させるためには、金属磁性粒子内の歪や転位を除去して磁壁の移動を容易にすることで、軟磁性材料の保磁力Hcを小さくすればよい。一方、軟磁性材料の鉄損のうち、渦電流損を低下させるためには、金属磁性粒子を絶縁被膜で確実に被覆し、金属磁性粒子間の絶縁性を確保することで、軟磁性材料の電気抵抗率ρを大きくすればよい。
【0005】
なお、軟磁性材料に関する技術が、たとえば特開2003−272911号公報(特許文献1)に開示されている。上記特許文献1には、鉄を主成分とする粉末の表面に耐熱性の高いリン酸アルミニウム系の絶縁被膜が形成された鉄基粉末(軟磁性材料)が開示されている。上記特許文献1では、以下の方法により圧粉磁心が製造されている。まず、アルミニウムを含むリン酸塩と、たとえばカリウム等を含む重クロム塩とを含む絶縁被覆水溶液が鉄粉に噴射される。次に、絶縁被覆水溶液が噴射された鉄粉が300℃で30分間保持され、100℃で60分間保持される。これにより、鉄粉に形成された絶縁被膜が乾燥され、鉄基粉末が得られる。次に、鉄基粉末が加圧成形され、加圧成形後に熱処理され、圧粉磁心が完成する。
【特許文献1】特開2003−272911号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、圧粉磁心は軟磁性材料を加圧成形することによって製造されるため、軟磁性材料には高い成形性が要求される。しかし、軟磁性材料の加圧成形の際には、絶縁被膜が圧力によって破壊されやすい。その結果、鉄粉の粒子同士が電気的に短絡しやすくなり、渦電流損自体が増大する問題や、成形後の歪み取り熱処理工程において絶縁被膜の劣化進行が早くなり渦電流損が増大しやすいという問題があった。対して、絶縁被膜の破壊を防止するために加圧成形の圧力を低くすれば、得られる圧粉磁心の密度が低くなり、十分な磁気特性を得ることができなくなる。このため、加圧成形の圧力を低くすることはできなかった。加圧成形時の絶縁被膜破壊を抑制する別の手段として、真球状のガスアトマイズ粉末を利用することが挙げられるが、一般に成形体の高密度化に向いておらず、また成形体強度が低いという問題がある。
【0007】
したがって、本発明の目的は、渦電流損を低減でき、かつ高強度の圧粉磁心の製造に適した軟磁性材料、および低渦電流損と高強度とを両立した圧粉磁心を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の軟磁性材料は、金属磁性粒子と、金属磁性粒子を被覆する絶縁被膜とを有する複数の複合磁性粒子を備えた軟磁性材料であって、複数の複合磁性粒子の各々は、円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下であり、かつ比表面積が0.10m2/g以上である。
【0009】
本願発明者らは、軟磁性材料の加圧成形時における絶縁被膜の破壊の原因が、金属磁性粒子の突起部(曲率半径の小さな部分)にあることを見出した。すなわち、加圧成形時には、特に金属磁性粒子の突起部に応力集中が生じ、突起部が大きく変形する。このとき絶縁被膜は、金属磁性粒子とともに大きく変形することができずに破壊されたり、突起部先端によって突き破られたりする。したがって、加圧成形時における絶縁被膜の破壊を防ぐためには、金属磁性粒子の突起部を減らすことが効果的である。
【0010】
ここで、金属磁性粒子には、水アトマイズ法により生成された原料粉末(以下、水アトマイズ粉と記す)と、ガスアトマイズ法により生成された原料粉末(以下、ガスアトマイズ粉と記す)とがある。水アトマイズ粉の粒子には多数の突起部があるので、加圧成形時において絶縁被膜が破壊されやすい。一方、ガスアトマイズにより生成された原料粉末(以下、ガスアトマイズ粉と記す)はほぼ真球に近く、突起部が少ない形状である。そこで、金属磁性粒子として水アトマイズ粉ではなくガスアトマイズ粉を用いることで、加圧成形時の絶縁被膜の破壊を防止することも考えられる。ところが、金属磁性粒子はその表面にある凹凸の噛み合わせによって互いに接合されているので、真球に近い形状であるガスアトマイズ粉の金属磁性粒子では粒子同士が接合されにくく、成形体強度が著しく低下する。その結果、ガスアトマイズ粉の金属磁性粒子では圧粉磁心を実用上使用することができない。つまり、水アトマイズ粉またはガスアトマイズ粉を用いても、渦電流損を低減しつつ成形体強度を向上することはできない。
【0011】
そこで、複数の複合磁性粒子の各々が、円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下であり、かつ比表面積が0.10m2/g以上である本発明の軟磁性材料により、渦電流損を低減しつつ成形体強度を向上できることを本願発明者らは見出した。本発明の軟磁性材料における複合磁性粒子は、粒子径の100分の1程度のオーダーの微細な凹凸が形成されている形状となる。この複合磁性粒子は従来の水アトマイズ粉の粒子に比べて突起部が小さいので、応力集中が生じにくく、絶縁被膜が破壊されにくい。その結果、渦電流損を向上することができる。また、従来のガスアトマイズ粉に比べて凹凸が多数存在するので、この凹凸により複合磁性粒子同士が接合し、複合磁性粒子同士の摩擦が大きくなる。その結果、成形体強度を向上することができる。
【0012】
本発明の軟磁性材料において好ましくは、複数の複合磁性粒子の各々は、平均粒径が10μm以上500μm以下である。
【0013】
複数の複合磁性粒子の各々の平均粒径が5μm以上である場合、金属が酸化されにくくなるため、軟磁性材料の磁気的特性の低下を抑止できる。また、複数の複合磁性粒子の各々の平均粒径が300μm以下である場合、加圧成形時において混合粉末の圧縮性が低下することを抑止できる。これにより、加圧成形によって得られた成形体の密度が低下せず、取り扱いが困難になることを防ぐことができる。また磁気特性の観点からも、平均粒径が5μm以上である場合、ギャップの反磁界効果によるヒステリシス損の増大を抑制できる効果と、平均粒径が300μm以下である場合、粒子内渦電流損の発生による渦電流損の増大を抑制できる効果がある。
【0014】
本発明の圧粉磁心は、上記軟磁性材料を用いて製造されたものである。これにより、渦電流損を低減しつつ成形体強度を向上することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の軟磁性材料および圧粉磁心によれば、渦電流損を低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態について、図に基づいて説明する。
【0017】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1における軟磁性材料を用いて作製された圧粉磁心を拡大して示した模式図である。図1に示すように、本実施の形態における軟磁性材料を用いて作製された圧粉磁心は、金属磁性粒子10と、金属磁性粒子10の表面を被覆する絶縁被膜20とを有する複数の複合磁性粒子30を含んでいる。複数の複合磁性粒子30の各々は、たとえば複合磁性粒子30の各々の間に介在している有機物40や、複合磁性粒子30が有する凹凸の噛み合わせなどによって接合されている。なお、複合磁性粒子30の各々は、絶縁被膜20を覆うようにに形成された保護被膜(図示なし)をさらに有していてもよく、有機物40はなくてもよい。
【0018】
図2は、本発明の実施の形態1における軟磁性材料を構成する1個の複合磁性粒子を模式的に示す平面図である。図2を参照して、本発明の軟磁性材料における複合磁性粒子30は、円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下であり、かつ比表面積が0.10m2/g以上である。複合磁性粒子30の最大径、円相当径、および比表面積の各々は、以下の方法によって規定される。
【0019】
複合磁性粒子30の最大径は、光学的手法(たとえば光学顕微鏡による観察)によって複合磁性粒子30の形状を特定し、最大の粒子径となる部分の長さで規定される。また、複合磁性粒子30の円相当径は、光学的手法(たとえば光学顕微鏡による観察)によって複合磁性粒子30の形状を特定し、平面的に見た場合の複合磁性粒子30の表面積Sを測定し、以下の式(1)を用いて算出される。
【0020】
円相当径=2×{表面積S/π}1/2 ・・・(1)
すなわち、円相当径に対する最大径の比は、図3に示すように複合磁性粒子が真球である場合には1となる。また、図4に示すように複合磁性粒子に大きな突起部が存在する程大きくなる。複合磁性粒子30の比表面積はBET法により測定される。具体的には、吸着占有面積の判った不活性気体を複合磁性粒子の表面に液体窒素の温度で吸着させ、その吸着量から複合磁性粒子の比表面積が測定される。
【0021】
図5は、図2のIII部拡大図である。図5を参照して、複合磁性粒子30の円相当径に対する最大径の比が上記範囲にある場合、複合磁性粒子30には粒径の100分の1程度のオーダーの微細な凹凸31が多数形成されている。これらの凹凸31の噛み合わせによって複合磁性粒子30の各々は互いに接合されている。
【0022】
図1および図2を参照して、複合磁性粒子30の平均粒径は、5μm以上300μm以下であることが好ましい。複合磁性粒子30の平均粒径が5μm以上である場合、金属が酸化されにくくなるため、軟磁性材料の磁気的特性の低下を抑止できる。また、複合磁性粒子30の平均粒径が300μm以下である場合、加圧成形時において混合粉末の圧縮性が低下することを抑止できる。これにより、加圧成形によって得られた成形体の密度が低下せず、取り扱いが困難になることを防ぐことができる。
【0023】
なお、平均粒径とは、ふるい法によって測定した粒径のヒストグラム中、粒径の小さいほうからの質量の和が総質量の50%に達する粒子の粒径、つまり50%粒径Dをいう。
【0024】
金属磁性粒子10は、たとえばFe、Fe−Si系合金、Fe−N(窒素)系合金、Fe−Ni(ニッケル)系合金、Fe−C(炭素)系合金、Fe−B(ホウ素)系合金、Fe−Co(コバルト)系合金、Fe−P系合金、Fe−Ni−Co系合金、Fe−Cr(クロム)系合金あるいはFe−Al−Si系合金などから形成されている。金属磁性粒子10はFeを主成分としていればよく、金属単体でも合金でもよい。
【0025】
絶縁被膜20は、金属磁性粒子10間の絶縁層として機能する。金属磁性粒子10を絶縁被膜20で覆うことによって、この軟磁性材料を加圧成形して得られる圧粉磁心の電気抵抗率ρを大きくすることができる。これにより、金属磁性粒子10間に渦電流が流れるのを抑制して、圧粉磁心の渦電流損を低減させることができる。絶縁被膜20は、たとえば金属としてFe、Al、Ca、Mn、Zn、Mg、V、Cr、Y、Ba、Sr、希土類元素を用いた金属酸化物、金属窒化物、または金属炭化物や、リン酸金属塩化合物、ホウ酸金属塩化合物、または珪酸金属塩化合物などの絶縁性物質よりなっている。
【0026】
絶縁被膜20の厚みは、0.005μm以上20μm以下であることが好ましい。絶縁被膜20の厚みを0.005μm以上とすることによって、トンネル電流の発生を防止でき、渦電流によるエネルギー損失を効果的に抑制することができる。また、絶縁被膜20の厚みを20μm以下とすることによって、軟磁性材料に占める絶縁被膜20の割合が大きくなりすぎない。このため、この軟磁性材料を加圧成形して得られる圧粉磁心の磁束密度が著しく低下することを防止できる。
【0027】
続いて、図1に示す圧粉磁心を製造する方法について説明する。図6は、本発明の実施の形態1における圧粉磁心の製造方法を工程順に示す図である。
【0028】
図6を参照して、始めに、Feを主成分としており、たとえば純度99.8%以上の純鉄や、Fe、Fe−Si系合金、またはFe−Co系合金などよりなる金属磁性粒子10の原料粉末を準備する(ステップS1)。このとき、準備する金属磁性粒子10の平均粒径を5μm以上300μm以下とすることにより、製造された軟磁性材料における複合磁性材料30の各々の平均粒径を5μm以上300μm以下とすることができる。これは、絶縁被膜20の膜厚が金属磁性粒子10の粒径に比べて無視できる程度に薄く、複合磁性粒子30の粒径と金属磁性粒子10の粒径はほぼ同一になるためである。
【0029】
金属磁性粒子10は、たとえばガスアトマイズ粉であってもよいし、水アトマイズ粉であってもよい。ここで、ガスアトマイズ粉とは、金属磁性粒子となる材料の溶湯を高圧のガスにより噴霧し、気体で急冷することで得られる粉体であり、水アトマイズ粉とは、金属磁性粒子となる材料の溶湯を高圧の水流により水中へ噴霧することで得られる粉体である。
【0030】
金属磁性粒子10が水アトマイズ粉である場合には、金属磁性粒子10の表面には多数の突起部が存在する。そこで、これらの突起部を除去するために、次に金属磁性材料10の表層を平滑化する(ステップS1a)。具体的には、ボールミルを用いて軟磁性材料の表面を摩耗させ、金属磁性粒子10の表面の突起部を除去する。ボールミル加工時間を長くする程、突起部は除去されるので、金属磁性粒子10の形状は真球に近くなる。ボールミル加工時間をたとえば30分〜60分とすることで、円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下である金属磁性粒子10が得られる。
【0031】
なお、金属磁性粒子10がガスアトマイズ粉である場合には、金属磁性粒子10は元々真球に近い形状であり、円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下であるので、この球状化処理は省略されてもよい。
【0032】
次に、金属磁性粒子10を400℃以上融点未満の温度で熱処理する(ステップS2)。熱処理前の金属磁性粒子10の内部には、多数の歪み(転位、欠陥)が存在している。そこで、金属磁性粒子10に熱処理を実施することによって、この歪みを低減させることができる。熱処理の温度は、700℃以上900℃未満であることがさらに好ましい。この温度域で処理することによって、歪み取りの効果を十分に得ることができ、かつ、粉末同士が焼結してしまうことを回避できる。なお、この熱処理は省略されてもよい。
【0033】
次に、金属磁性粒子10の表面に凹凸を形成する(ステップS3)。具体的には、金属磁性材料10を所定濃度の硫酸水溶液中に浸積する。これにより、金属磁性粒子10表面が硫酸によりエッチングされ、金属磁性粒子10の表面に凹凸が形成される。硫酸水溶液中への浸積時間によって、金属磁性粒子10の表面に形成される凹凸の量および形状が調節可能である。硫酸水溶液への浸漬時間をたとえば20分以上とすることで、金属磁性粒子10の比表面積が0.10m2/g以上となる。
【0034】
次に、金属磁性粒子10をたとえばリン酸アルミニウム水溶液中に浸漬することにより、金属磁性粒子10の表面に絶縁被膜20を形成する(ステップS4)。
【0035】
次に、たとえばシリコ−ン樹脂よりなる保護被膜を形成する(ステップS5)。具体的には、絶縁被膜20で被覆された金属磁性粒子10に、有機溶媒に溶かしたシリコーン樹脂を混合あるいは噴霧する。その後、乾燥させ溶媒を除去する。なお、この保護被膜の形成は省略されてもよい。
【0036】
以上の工程により、本実施の形態の軟磁性材料が完成する。さらに、以下の製造工程を経ることによって本実施の形態の圧粉磁心が製造される。
【0037】
次に、複合磁性粒子30と、バインダである有機物40とを混合する(ステップS6)。なお、混合方法に特に制限はなく、たとえばV型混合機を用いた乾式混合でもよいし、ミキサー型混合機を用いた湿式混合でもよい。これにより、複数の複合磁性粒子30の各々が有機物40で互いに接合された形態となる。なお、このバインダの混合は省略されてもよい。
【0038】
有機物40としては、熱可塑性ポリイミド、熱可塑性ポリアミド、熱可塑性ポリアミドイミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリアミドイミド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルイミドまたはポリエーテルエーテルケトンなどの熱可塑性樹脂や、高分子量ポリエチレン、全芳香族ポリエステルまたは全芳香族ポリイミドなどの非熱可塑性樹脂や、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム、パルミチン酸リチウム、パルミチン酸カルシウム、オレイン酸リチウムおよびオレイン酸カルシウムなどの高級脂肪酸系を用いることができる。また、これらを互いに混合して用いることもできる。
【0039】
次に、得られた軟磁性材料の粉末を金型に入れ、たとえば390(MPa)から1500(MPa)までの圧力で加圧成形する(ステップS7)。これにより、金属磁性粒子10の粉末が圧縮された圧粉成形体が得られる。なお、加圧成形する雰囲気は、不活性ガス雰囲気または減圧雰囲気とすることが好ましい。この場合、大気中の酸素によって混合粉末が酸化されるのを抑制することができる。
【0040】
次に、加圧成形によって得られた圧粉成形体を200℃以上900℃以下の温度で熱処理する(ステップS8)。加圧成形を経た圧粉成形体の内部には歪や転位が多数発生しているので、熱処理によりこのような歪や転位を取り除くことができる。以上に説明した工程により、図1に示す圧粉磁心が完成する。
【0041】
本実施の形態の軟磁性材料および圧粉磁心によれば、渦電流損を低減しつつ成形体強度を向上することができる。これについて以下に説明する。
【0042】
図7は、水アトマイズ粉よりなる複合磁性粒子の結合状態を示す模式図である。図7を参照して、水アトマイズ粉から得られた複合磁性粒子130aには多数の突起部131がある。このため、複合磁性粒子130aによれば、突起部によって複合磁性粒子130a同士が噛み合うので、複合磁性粒子130a同士の接合を強化することができ、成形体強度を向上することができる。一方、複合磁性粒子130aでは、加圧成形時において突起部に応力集中が生じることにより、絶縁被膜が破壊される。その結果、渦電流損の増大を招く。
【0043】
また、図8は、ガスアトマイズ粉よりなる複合磁性粒子の結合状態を示す模式図である。図8を参照して、ガスアトマイズ粉から得られた複合磁性粒子130bには突起部がほとんどない。このため、複合磁性粒子130bによれば、加圧成形時に絶縁被膜が破壊されることを防止でき、渦電流損を低減することができる。一方、複合磁性粒子130aにおいては、突起部がないために複合磁性粒子130b同士の接合が弱まり、成形体強度の低下を招く。
【0044】
図7および図8に示すように、従来の水アトマイズ粉およびガスアトマイズ粉から得られた複合磁性粒子では、渦電流損を低減しつつ成形体強度を向上することはできない。これに対して、図9に示すように、本発明の軟磁性材料を構成する複合磁性粒子30は、粒子径の100分の1程度のオーダーの微細な凹凸31が多数形成されている形状となる。このため、多数の凹凸31によって複合磁性粒子30同士の接合を強化することができ、成形体強度を向上することができる。また、複合磁性粒子30の凹凸31は水アトマイズ粉よりなる複合磁性粒子130aの突起部131に比べて突起が小さい。このため、加圧成形時に絶縁被膜が破壊されることを抑止でき、渦電流損を低減することができる。
【0045】
また、従来の水アトマイズ粉およびガスアトマイズ粉から得られた複合磁性粒子に比べて、加圧成形時に絶縁被膜が破壊されにくいので、加圧成形後の熱処理温度を高温(たとえば500℃を超える温度)にしても熱による絶縁被膜が破壊されにくくなる。これにより、渦電流損の増大を抑えながら金属磁性粒子内の歪みを効率的に除去することができ、軟磁性材料のヒステリシス損および渦電流損の両方を低減することができる。
【実施例1】
【0046】
本実施例では、実施の形態1の製造方法とほぼ同様の方法を用いて、試料A1〜A13およびB1〜B13の各々の軟磁性材料を作製し、複合磁性粒子における最大径の比(最大径/円相当径)と、比表面積(m2/g)とを検討した。
【0047】
始めに、金属磁性粒子として、粒径が50〜150μmであり、純度が99.8%以上である水アトマイズ粉(試料A1〜A12および試料B1〜B12)およびガスアトマイズ粉(試料A13および試料B13)を準備した。続いて、ボールミルを用いて、水アトマイズ粉の金属磁性粒子を球状化した。ボールミル処理には、フリッチュ社製の「遊星型ボールミルP−5」を用いた。ボールミル加工時間を1分間から60分間の範囲で変化させ、ボールミルによる加工条件の異なる複数の金属磁性粒子を作製した。また、比較のため、ボールミル処理を実施しない金属磁性粒子も準備した。なお、ガスアトマイズ粉の金属磁性粒子は球状化しなかった。そして、金属磁性粒子を水素気流中において600℃の温度で熱処理した。
【0048】
次に、試料B1〜B13となる金属磁性粒子10を硫酸水溶液中に20分間浸積し、金属磁性粒子の表面に凹凸を形成した。硫酸水溶液としては、金属磁性粒子1kgに対して、1l(リットル)の水に0.75gのH2SO4を溶解し、pH=2.0程度に調整した硫酸水溶液を使用した。一方、試料A1〜A13については、上記の硫酸水溶液処理を行なわなかった。
【0049】
続いて、金属磁性粒子をリン酸塩水溶液中に浸漬し、絶縁被膜を形成した。そして、絶縁被膜で被覆された金属磁性粒子と、シリコーン樹脂(東芝シリコーン社製の商品名「TSR116」)とを混合し、大気中にて150℃の温度で1時間熱処理してこのシリコーン樹脂を熱硬化し、保護被膜を形成した。これにより軟磁性材料を得た。
【0050】
こうして得られた軟磁性材料について、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比(最大径/円相当径)と、比表面積(m2/g)とを測定した。その結果を表1に示す。
【0051】
【表1】

【0052】
表1を参照して、試料B1〜B13の各々を比較して、ボールミル加工時間が長くなる程、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比が1に近づいている。試料A1〜A13の各々についても同様のことが言える。特に試料A9〜A13および試料B9〜B13では、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下となっている。このことから、ボールミル加工時間を長くする程、突起部が除去され、複合磁性粒子が真球に近くなることが分かる。また、ガスアトマイズ粉を用いた場合には、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比が1.08となり、複合磁性粒子が最も真球に近いことが分かる。
【0053】
また、試料A1〜A13の各々と、試料B1〜B13の各々とについて、ボールミル加工時間が同じ試料同士をそれぞれ比較すると、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比に違いは見られない。このことから、硫酸水溶液処理の有無は、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比に影響を与えないことが分かる。
【0054】
また、試料A1〜A13の各々と、試料B1〜B13の各々とについて、ボールミル加工時間が同じ試料同士を比較すると、試料B1〜B13の各々の比表面積は、試料A1〜A13の各々の比表面積よりも大きくなっている。特にB1〜B13では、複合磁性粒子の比表面積が0.10m2/g以上となっている。このことから、硫酸水溶液処理を行なうことにより金属磁性粒子の表面に凹凸が形成され、複合磁性粒子の比表面積が増加することが分かる。
【0055】
ここで、試料A1〜A13および試料B1〜B13の各々について、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下であり、かつ比表面積が0.10m2/g以上となっているのは、試料B9〜B13のみである。したがって、試料B9〜B13が本発明品である。
【実施例2】
【0056】
本実施例では、実施例1で作製した試料A1〜A13および試料B1〜B13の各々を用いて圧粉磁心を作製し、その磁気特性を評価した。
【0057】
実施例1で得られた軟磁性材料を10〜13ton/cmの面圧で加圧成形し、7.60g/cm3の密度のリング状(外径34mm、内径20mm、厚み5mm)の成形体を作製した。その後、窒素気流雰囲気にて500℃の温度で1時間、成形体を熱処理した。また、試料A6〜A13および試料B8〜B13については、500℃を超える温度で成形体を熱処理しても絶縁被膜が破壊されなかったので、それぞれ500℃を超える最適な温度でも熱処理を行なった。これにより圧粉磁心を得た。
【0058】
こうして得られた圧粉磁心について、BHカーブトレーサを用いてヒステリシス損、渦電流損、および鉄損を測定した。これらの測定の際には、励起磁束密度を10kG(=1T(テスラ))とし、測定周波数を50〜1kHzとした。ここで、ヒステリシス損および渦電流損の分離については、鉄損の周波数曲線を次の3つの式で最小2乗法によりフィッティングし、ヒステリシス損係数および渦電流損係数を算出することで行なった。この結果を表2に示す。
【0059】
(鉄損)=(ヒステリシス損係数)×(周波数)+(渦電流損係数)×(周波数)2
(ヒステリシス損)=(ヒステリシス損係数)×(周波数)
(渦電流損)=(渦電流損係数)×(周波数)2
【0060】
【表2】

【0061】
表2を参照して、試料B1〜B13の各々を比較して、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比が1に近づく程、ヒステリシス損、渦電流損、および鉄損のいずれもがおおむね減少していることがわかる。試料A1〜A13についても同様のことが言える。特に試料B9〜B12では、渦電流損が11以下と非常に低い値となっている。このことから、本発明の軟磁性材料によれば、圧粉成形の際の絶縁被膜の破壊を抑止することができ、渦電流損などの磁気特性を向上できることが分かる。
【0062】
また、試料A6〜A13および試料B8〜B13は、500℃を超える温度で成形体の熱処理を行なうことが可能であり、その結果、ヒステリシス損が大きく低下している。たとえば試料B10において、500℃で熱処理した場合のヒステリシス損は98W/kgであるのに対し、560℃で熱処理した場合のヒステリシス損は64W/kgと大きく低下している。これは以下の理由によるものであると考えられる。すなわち、試料A6〜A13および試料B8〜B13では金属磁性粒子の形状が真球に近くなっているために、500℃を超える温度で成形体を熱処理しても絶縁被膜が破壊されない。このため、加圧成形後の熱処理温度を高温にしても絶縁被膜が破壊されず、渦電流損の増大を抑えながら金属磁性粒子内の歪みを効率的に除去することができる。その結果、軟磁性材料のヒステリシス損を大きく低減することができる。
【0063】
また、試料A9〜A13の各々と、試料B9〜B13とについて、複合磁性粒子における円相当径に対する最大径の比が同じ試料(試料に付いている数字が同じ試料)同士の成形体強度を比較すると、たとえば試料A9の成形体強度は53MPaであるのに対して、試料B9の成形体強度は96MPaである。また、試料A10の成形体強度は43MPaであるのに対して、試料B10の成形体強度は92MPaである。また、試料A11の成形体強度は44MPaであるのに対して、試料B11の成形体強度は93MPaである。また、試料A12の成形体強度は38MPaであるのに対して、試料B12の成形体強度は89MPaである。さらに、試料A13の成形体強度は26MPaであるのに対して、試料B13の成形体強度は72MPaである。このことから、本発明の軟磁性材料によれば、成形体強度を向上できることが分かる。
【0064】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の軟磁性材料および圧粉磁心は、たとえば、モーターコア、電磁弁、リアクトルもしくは電磁部品一般に利用される。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の実施の形態1における軟磁性材料を用いて作製された圧粉磁心を拡大して示した模式図である。
【図2】本発明の実施の形態1における軟磁性材料を構成する1個の複合磁性粒子を模式的に示す図である。
【図3】球形状を有する複合磁性粒子を示す投影図である。
【図4】歪な形状を有する複合磁性粒子を示す投影図である。
【図5】図2のIII部拡大図である。
【図6】本発明の実施の形態1における圧粉磁心の製造方法を工程順に示す図である。
【図7】水アトマイズ粉よりなる複合磁性粒子の結合状態を示す模式図である。
【図8】ガスアトマイズ粉よりなる複合磁性粒子の結合状態を示す模式図である。
【図9】本発明の複合磁性粒子の結合状態を示す模式図である。
【符号の説明】
【0067】
10 金属磁性粒子、20 絶縁被膜、30,130a,130b 複合磁性粒子、31 凹凸、40 有機物、131 突起部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属磁性粒子と、前記金属磁性粒子を被覆する絶縁被膜とを有する複数の複合磁性粒子を備えた軟磁性材料であって、
前記複数の複合磁性粒子の各々は、円相当径に対する最大径の比が1.0を超えて1.3以下であり、かつ比表面積が0.10m2/g以上であることを特徴とする、軟磁性材料。
【請求項2】
前記複数の複合磁性粒子の各々は、平均粒径が10μm以上500μm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の軟磁性材料。
【請求項3】
請求項1または2に記載の軟磁性材料を用いて製造された圧粉磁心。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−302958(P2006−302958A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−118581(P2005−118581)
【出願日】平成17年4月15日(2005.4.15)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】