説明

軟骨欠損モデル

【課題】本発明は、サイトカインやMSCの評価を行うのに適した動物軟骨小片および、それを用いた必要細胞数がより少なくよりハイスループットな軟骨欠損修復評価系を提供することを課題とする。
【解決手段】上述の課題を解決すべく鋭意検討した結果、本発明を完成させたものである。即ち、本発明は少なくとも、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいてできる動物軟骨小片およびこれを用いた軟骨欠損修復評価系に関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【産業上の利用分野】
本発明は、動物軟骨小片およびそれを用いた軟骨欠損修復評価系に係わる。
【背景技術】
軟骨は骨格系の結合組織の一種であり、体積比にして約70%の水分と約30%の細胞外マトリックス(ECM:Extracellular matrix)及び、ECM中に点在する約2%程度の軟骨細胞から構成されている(軟骨と骨のバイオロジー,金原出版,85−97(2002))。ECMの主成分はアグリカン(コンドロイチン硫酸プロテオグリカン)及びII型コラーゲンであり、アグリカンの負電荷が大量の水和水を引きつけることで軟骨組織は豊富な水分を保持し、II型コラーゲンが負に帯電するアグリカンと非共有結合的に結合することで三次元ネットワークを構築し軟骨組織は弾力性を有する(関節マーカー,メディカルレビュー社,96−97(1997))。このように、アグリカンやII型コラーゲンを主成分とする豊富なECMの存在によって軟骨組織は優れた荷重緩衝機構を有する。一方で、軟骨組織は血管、神経、リンパ管などが存在しないため炎症作用が働かないことや、豊富なECMのため軟骨細胞が欠損部に遊走できないことなどから自己修復能力の非常に乏しい組織でもある(関節マーカー,メディカルレビュー社,96−97(1997))。すなわち、一度損傷された軟骨組織は自然治癒によって完全には再生できず、本来の機能を失ってしまう。
そこで、患者自身の軟骨細胞を利用して軟骨欠損部を再生させる自家軟骨移植法が試みられてきた。例えば、患者自身の複数の部位から少量の骨軟骨を採取し一ヶ所の患部に移植するモザイク移植法が臨床的に行われているが、採取量に限界があり大きな軟骨欠損には適用できないという欠点がある(整形外科における組織再生−2;関節軟骨の再生,生体材料,15(6),314−316(1997))。さらに、患者自身の軟骨小片から分離した自家軟骨細胞を増殖させてから移植するCarticelTMと呼ばれる方法の臨床例もある(整形外科における組織再生−2;関節軟骨の再生,生体材料,15(6),314−316(1997))。しかしこの方法も、生体外における増殖培養により軟骨細胞が脱分化し線維芽細胞が大半を占めるようになることや、二度に渡る外科手術も必要となり患者への負担が大きいなどという問題点がある。したがって、自家軟骨細胞を用いて軟骨組織を再生させるためには、軟骨細胞を脱分化しないように増殖させ移植に十分な量を確保する技術の開発が必要である。しかし、現在までに軟骨細胞を脱分化させずに増殖できたという報告はない。
ところで、1997年に骨髄液中に骨芽細胞や軟骨細胞、脂肪細胞など様々な間葉系組織の細胞への多分化能を持つ一方で、それらの分化能を保ったまま高い増殖能を持つ細胞の存在が報告され、間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal stem cells)と名付けられた(Science,4(276),71−74(1997))。このMSCは高い自己複製能を有することから十分に増殖させた後移植に用いることにより、上述の自家軟骨細胞を用いた治療法の量的制限の問題点を解決できると考えられた。また、組織が元々有している細胞を活性化させる作用を有するサイトカインなどの化合物を患部に注入することも治療効果が期待されている。
例えばMSCを用いた軟骨再生治療の臨床試験においては、移植7−8週間後に施行した関節鏡観察で軟骨欠損の修復が認められたが、臨床試験においては細胞を移植しないコントロール群の設定が困難であるために本当にMSCの移植が有効であったのかを判断できていない(Yakugaku Zasshi,127(5),857−863(2007))。つまり、実験動物を用いて軟骨細胞やMSC移植あるいはサイトカイン注入による軟骨再生を正確に評価する必要があると考えられている。
MSCを用いた関節軟骨の再生治療の動物実験はこれまでに多数報告されている。ここで、一般的な実験動物であるマウスやラットなどの小動物は関節軟骨部が小さく均一な欠損モデルの作製や細胞の移植などが困難であることから(Biomaterials,31(31),8004−8011(2010))、軟骨再生の評価用としては好ましくなく、ウサギのような中型動物やブタやヒツジなどの大型動物が主として用いられている(The American Journal of Sports Medicine,38(9),1857−1869(2010))。例えば、蛍光標識したMSCをウサギの軟骨欠損モデルに移植することでMSCが欠損部に7割以上の確率で生着することや、組み換えアデノウイルスを用いてTGF−β遺伝子を導入したMSCをヤギの軟骨欠損に移植すると遺伝子導入未処理のMSCより有意な組織の回復を認めたという報告がある(Gene Therapy,17(6),779−789(2010))。蛍光標識やウイルスの使用などは安全性の点でヒトへの臨床試験には使用できない方法であるため、これらの動物実験は臨床試験では得られない知見が得られた有用例といえる。しかし一方で、多数のサイトカイン候補や導入遺伝子候補のスクリーニングを行う系を想定すると大量の実験動物が必要であり、ブタやヒツジのような高価な大型動物の利用は経済的に問題であることに加え、大量の実験動物を犠牲にすることは国際的な実験動物保護・福祉の理念、すなわち、代替(Replacement)、削減(Reduction)、改善(Refinement)の3Rの理念からも好ましくないと考えられる(Laboratory Animals,19(1),19−26(1985))。また、遺伝子導入MSCの試験を行う場合に関しては、導入遺伝子産物による副作用の可能性があるため、遺伝子産物の経時的な発現プロファイルを正確に定量する必要があるが、動物実験では外科的処置を行う必要があり困難であるとも考えられる。
近年、動物実験の代替法としてのin vitro評価系の開発が様々な臓器をターゲットとして行われている(Cellular and Molecular Neurobiology,25(1),59−127(2005))。このような培養細胞を用いた系の利点は実験動物を用いないことに加え、様々な分析を定量的かつ経時的に行える点であり、これまでに肝臓の薬物代謝や毒物に対する反応のスクリーニング試験として肝細胞の3次元培養系がよく研究されている(Chemico−Biological Interactions,168(1),30−50(2007))。ここで、MSCを用いた軟骨再生のin vitro的評価系としては2.5×10cellsからなるMSCの凝集体(ペレット)を用いたペレット培養系が報告されている(Molecular Therapy,12(2),219−228(2005))。この系はMSCを遠心管に入れ遠心操作を行うだけの簡易かつ小スケールな方法であるため、MSCの分化に有効なサイトカインやMSCのスクリーニングにおいて適した方法と考えられている。ところで、MSCなどの細胞は移植環境下においてペレット培養系では再現できない軟骨欠損内に特有な環境に曝されることが予想される。例えば、軟骨欠損内においては、欠損の表面と底とで移植した細胞に対する栄養分、酸素やサイトカインの供給量が異なることが予想され、細胞の分化に影響を及ぼす可能性がある(Cytotherapy,11(3),261−267(2009))。さらに、移植した細胞は、軟骨組織で全般的に産生されるTGF−βやIGF−Iのような軟骨マトリクス合成を刺激するサイトカインに加え、軟骨損傷部において産生されるインターロイキン−1のような炎症性サイトカインやマトリクスメタロプロテイナーゼのようなマトリクス分解酵素の作用も受ける可能性があると考えられる(Gene Therapy,12(2),177−186(2005))。また一方で、細胞の産生したサイトカインも細胞自身だけではなく軟骨組織にも作用することも予想される。すなわち、ペレット培養系だけでは実際の移植環境下における細胞と軟骨組織との相互作用を評価することはできないことから、軟骨組織を含めた組織培養(ex vivo)を採用することによって、より移植環境に近い環境で細胞の移植効果を評価する方法を開発する必要があると考えられた。
現在までに、軟骨組織を用いたex vivoモデルがいくつか報告されている。例えば、ウシ関節軟骨から採取したディスク状の軟骨組織(軟骨ディスク)の平面上に軟骨細胞を播種する方法が報告されている(Gene Therapy,8(19),1443−1449(2001))。この方法によって、軟骨細胞が生軟骨組織表面で新生軟骨組織を形成するが、凍結処理によって得た死軟骨組織上では新生組織が形成しないことが確かめられた。ところで、この方法では1試験あたりペレット培養系(約2.5×10cells)の3倍以上の大量の細胞(8.0×10cells以上)が必要であり、多数のサイトカインや細胞のスクリーニングを行う場合には大量の軟骨組織と細胞が必要となるという問題点が考えられる。一方で、軟骨ディスク上に欠損モデルを作製してからMSCや軟骨細胞を播種する方法も試みられている(The Journal of Biomedical Materials Research A,94(2),509−514(2010))。これらでは、生体組織を円形にくり抜くバイオプシーパンチと呼ばれる器具を用いて、軟骨ディスクあたり一つの欠損が作製されたが、その欠損の体積は15μl以上であり、2.5×10cellsからなるMSCペレットの平均的な体積(約4μl)の4倍程度と大きい。つまり、15μlの体積の欠損を完全に覆う新生組織を得るにはペレット培養系の約4倍の1.0×10cells程度の細胞が必要と予想されることから、上述の欠損モデルをスクリーニング系に用いるのは効率的ではないと考えられる。また、MSC移植による軟骨組織の形成がex vivo培養において確認されたという報告もこれまでにない。
すなわち、サイトカインやMSCの評価を行うのに適した、必要細胞数がより少なくよりハイスループットな軟骨欠損モデルの作製と培養系を構築する必要があると考えられた。
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、サイトカインやMSCの評価を行うのに適した動物軟骨小片および、それを用いた必要細胞数がより少なくよりハイスループットな軟骨欠損修復評価系を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
上述の課題を解決すべく鋭意検討した結果、本発明を完成させたものである。即ち、本発明は少なくとも、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいてできる動物軟骨小片およびこれを用いた軟骨欠損修復評価系に関する。
本発明で用いる軟骨小片を採取する動物の種類としては、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、哺乳類などを挙げることができる。哺乳類動物としては、たとえばヒト、サル、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ネズミなどを例としてあげることができる。ただし、ある程度の大きさを有する軟骨小片を採取するためには、比較的大型の動物、たとえばウシ、ブタなどが好ましい。
本発明で用いる軟骨の種類としては、できれば関節軟骨が好ましい。
本発明において、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいて動物軟骨小片を採取する方法としては、管状ノミ、モザイクプラスティ用器具、メス、カッター、コルクボーラーなどを用いる方法が考えられる。具体的には、たとえば、骨軟骨移植法に用いられる管状ノミ(SMITH&NEPHEW,Tubularchisel−8.5mm)を用いて採取するという方法を挙げることができる。
本発明において、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいて採取する動物軟骨小片の形状としては、円柱状、四角柱状、台形状、逆三角錐状などを例としてあげることができる。動物軟骨小片の大きさとしては、多くの欠損を作成するという効率を考えるとある程度は大きい方が良いと考えられ、軟骨組織全体から切り出せる大きさの範囲内であれば大きさの上限は特にない。例として、直径:6.5mm,高さ:1cmの円柱状を挙げることができる。
本発明において、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいて採取した動物軟骨小片から下骨部分を除去する際に用いる器具としては、メス、ナイフなどを例として挙げることができる。
本発明において、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいて採取した動物軟骨小片から下骨部分を除去する際に軟骨部分もある程度除去するが、その際に除去する軟骨層の厚さとしては、0.05mm〜2mmが考えられるが、0.1mm〜1mmが好ましい。
本発明において、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいて採取した動物軟骨小片の軟骨表層に穴をあける際に用いる器具としては、グラインダー、きり、メスなどを用いることができる。具体的な方法の例として、球形のカッター(半径:0.8mm)を装着したグラインダー(東洋アソシエイツ,ペンタイプツールPT−α)を用いて骨軟骨ディスクの軟骨表面に欠損を作成する方法を挙げることができる。
本発明において、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいて採取した動物軟骨小片の軟骨表層にあける穴の大きさとしてはとしては、0.5〜20μlを例として挙げることができるが、できれば1〜14μlが好ましい。
本発明で軟骨小片を培養する際に用いる培養容器の材質としては、例としてポリスチレン、ポリプロピレン、ステンレス、ガラスなどを挙げることができる。培養容器の形状としては、例としてディッシュ、マルチウェル、Tフラスコなどを挙げることができるが、軟骨表層を上に向けて軟骨小片を入れることができる大きさの物が望ましい。
本発明で軟骨小片を培養する際に用いる培地としては、細胞の増殖及び維持を支援すべく使用される成長因子及び栄養素を含む標準培地や標準培地に動物血清をはじめとする種々の添加物を加えた培地を例として挙げることができる。用いる標準培地は培養を所望する細胞種によって異なり、通常動物細胞の培養で用いられるイスコフ培地、RPMI培地、ダルベッコMEM培地など培地を用いうるが、公知文献等により、細胞の増殖及び維持に有効であることが知られている血清以外の因子、たとえば血清アルブミン、トランスフェリン、脂質及び脂肪酸源、コレステロール、ピルビン酸塩、グルココルチコイド、DNA及びRNA合成用ヌクレオシド、増殖因子(例えば表皮成長因子、線維芽細胞成長因子、血小板由来成長因子及びインシュリン)、並びに細胞外マトリックス細胞(例えばコラーゲン、フィブロネクチン及びラミニン)等を添加してもよい。
本発明で軟骨小片を培養する際に用いる培養期間としては、1〜6000hのいずれでもよいが、24〜504hが好ましい。
本発明で、動物軟骨小片を培養し、穴の修復への培養条件の影響を調べる際に調べる測定項目としては、軟骨細胞に特有の発現遺伝子であるアグリカンや2型コラーゲンの発現定量、および軟骨片切片の各種染色(アルシアンブルー染色、I型コラーゲン免疫染色、II型コラーゲン免疫染色)を例として挙げることができる。
本発明で、穴に入れて培養する化合物としては、軟骨に多く含まれるアグリカンの構成要素であるコンドロイチン硫酸やガラクトースなどの糖類、コラーゲン生合成に有効と言われているプロリンなどのアミノ酸類、アスコルビン酸などのビタミン類、細胞の活性化や分化に有効と言われている塩基性繊維芽細胞増殖因子などのサイトカイン類などを例として挙げることができる。
本発明で、穴に入れて培養する細胞としては、動物由来の細胞であり、動物の種類としては鳥類、爬虫類、両生類、魚類、哺乳類などを挙げることができる。哺乳類動物としては、たとえばヒト、サル、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ネズミなどを例としてあげることができる。また、動物から採取してから一般的に50回程度までの限られた回数のみ分裂、増殖できる初代細胞および動物から採取された後一般に50回以上の多数回分裂、増殖できる細胞株の両方とも用いることができる。初代細胞の例として、ヒト関節軟骨細胞、ラット初代肝細胞、マウス初代骨髄細胞、ブタ初代肝細胞、ヒト初代臍帯血細胞などを挙げることができる。軟骨欠損の修復には、特に、関節軟骨細胞や間葉系幹細胞などが望ましいと考えられる。細胞株の例としては、チャイニーズハムスター卵巣細胞株CHO細胞、ヒト子宮癌細胞株HeLa、アフリカミドリザル腎細胞株Vero細胞、ヒト肝ガン細胞株Huh7細胞などを挙げることができる。また、以上にあげた細胞に対して、プラスミドの導入、ウイルス感染などの手段により遺伝子操作を施して得られた細胞も本発明で用いることができる。
【実施例】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例1】
ブタ大腿骨顆部の軟骨組織から骨軟骨片(骨軟骨ディスク,直径:6.5mm,高さ:1cm)を骨軟骨移植法に用いられる管状ノミ(SMITH&NEPHEW,Tubularchisel−8.5mm)を用いて採取し、球形のカッター(半径:0.8mm)を装着したグラインダー(東洋アソシエイツ,ペンタイプツールPT−α)を用いて(図1)骨軟骨ディスクの軟骨表面に約2μlの体積の欠損を作製した。この時、同じブタの大腿骨顆部の軟骨組織から軟骨小片をメスを用いて採取し、0.25%コラゲナーゼ溶液(DMEM+10%FBSに溶かす)に懸濁し、37℃で4時間インキュベートして、軟骨細胞懸濁液を得た。また、ブタ大腿骨を覆う筋肉組織から注射針を用いて末梢血を採取した。一方で、ヒト腸骨から注射針を用いて吸引採取した骨髄液をDMEM+10%FBSの入った55cmディッシュに播種し、37℃で3週間培養して、ディッシュに接着した細胞を間葉系幹細胞(MSC)として得た。
500μlのDMEM+10%FBSが入った15ml容遠心管に骨軟骨ディスクを、200μlのDMEM+10%FBSが入った24穴マルチウェルに骨部分をメスで分離した軟骨ディスクを入れ、それぞれの欠損内に1.0×10cells/mlの軟骨細胞またはMSCの懸濁液(PBS(−))を2μl注入し37℃、5%CO下で6時間静置培養した。6時間後、全量が1.5mlになるようにDMEM+10%FBSを加え37℃、5%CO下で3週間培養した。いずれも3日ごとに半量の培地を交換した。また、それぞれの培養液を培養開始後1、2、3、4日目に50μlずつ採取し血球計算盤を用いて細胞数を計数した後、これをギムザ染色することで培養液中の浮遊細胞の同定を行った。
培養終了後、骨軟骨ディスクと軟骨ディスクを固定(ホルムアルデヒド)、パラフィン包埋後、欠損部の中心を通る切片(厚さ4μm)を作製し、軟骨マトリクス染色(アルシアンブルー染色)や分解核染色(TUNEL染色)し欠損内に形成した組織を分析した(図2)
その結果、軟骨細胞を播種した場合、骨軟骨ディスクと軟骨ディスクの両方の欠損内でアルシアンブルー陽性の軟骨様組織が認められたが、MSC播種の場合には骨軟骨ディスク欠損内ではTUNEL陽性のアポトーシスしたMSCが認められ、軟骨様組織は軟骨ディスク欠損内でのみ見られた(図2)。この結果から、骨を分離した軟骨ディスクを用いることで欠損内でMSCを良好に培養できることが分かった。
ここで、培養液中に漏れ出した浮遊細胞を分析すると、軟骨ディスクの培養液中にはブタ末梢血に見られる赤血球やリンパ球はほとんど認められなかったが、骨軟骨ディスクの培養液中には赤血球やリンパ球を含む2.0×10cells以上の浮遊細胞の拡散が認められたことから(図3A,B)、ブタ骨軟骨ディスクの欠損内に播種したヒトMSCは、骨軟骨ディスクから漏れ出てくる浮遊性細胞の異種細胞に対する免疫反応によって分解されたと推測された。
【実施例2】
ブタ大腿骨顆部の軟骨組織から骨軟骨片(骨軟骨ディスク,直径:6.5mm,高さ:1cm)を骨軟骨移植法に用いられる管状ノミ(SMITH&NEPHEW,Tubularchisel−8.5mm)を用いて採取し、球形のカッター(半径:0.8mm)を装着したグラインダー(東洋アソシエイツ,ペンタイプツールPT−α)を用いて骨軟骨ディスクの軟骨表面に約2μlの体積の欠損を作製した後、骨部分をメスで分離し軟骨ディスクを得た。一方で、ヒト腸骨から注射針を用いて吸引採取した骨髄液をDMEM+10%FBSの入った55cmディッシュにに播種し、37℃で3週間培養して、ディッシュに接着した細胞を間葉系幹細胞(MSC)として得た。
200μlのDMEM+10%FBSが入った24穴マルチウェルに軟骨ディスクを入れ、欠損内に1.0×10cells/mlのMSCの懸濁液(PBS(−))を2μl注入し37℃、5%CO下で6時間静置培養した。6時間後、培地を1.5mlの軟骨分化用培地(DMEM+dexamethasone(39ng/ml)、ITSTM−Premix(1%)、IGF−I(100ng/ml)、TGF−β3(10ng/ml))に交換し37℃、5%CO下で3週間培養した。いずれも3日ごとに半量の培地を交換した。
培養終了後、軟骨ディスクを固定(ホルムアルデヒド)、パラフィン包埋後、欠損部の中心を通る切片(厚さ4μm)を作製し、ヘマトキシリン・エオシン染色し欠損内の細胞の形態を分析した(図4)。
その結果、欠損の表層で繊維芽状、欠損の深部で球状の2種類の細胞形態が欠損内に播種したMSCに観察され、この2種類の細胞形態は天然の軟骨組織の表層(繊維芽状)と中間層(球状)に見られる軟骨細胞の形態それぞれ類似していた。すなわち、本軟骨欠損モデルはin vivoの軟骨欠損内の微小環境を良く反映する優れたex vivoモデルであると考えられた。
【実施例3】
ブタ大腿骨顆部の軟骨組織から骨軟骨片(骨軟骨ディスク,直径:6.5mm,高さ:1cm)を骨軟骨移植法に用いられる管状ノミ(SMITH&NEPHEW,Tubularchisel−8.5mm)を用いて採取し、球形のカッター(半径:0.8mm)を装着したグラインダー(東洋アソシエイツ,ペンタイプツールPT−α)を用いて骨軟骨ディスクの軟骨表面に約2μlの体積の欠損を作製した後、骨部分をメスで分離し軟骨ディスクを得た。一方で、ヒト腸骨から注射針を用いて吸引採取した骨髄液をDMEM+10%FBSの入った55cmディッシュに播種し、37℃で3週間培養して、ディッシュに接着した細胞を間葉系幹細胞(MSC)として得た。
200μlの増殖培地(DMEM+10%FBS)が入った24穴マルチウェルに軟骨ディスクを入れ、欠損内に1.0×10cells/mlのMSCの懸濁液(PBS(−))を2μl注入し37℃、5%CO下で6時間静置培養した。6時間後、培地を1.5mlの増殖培地、軟骨分化用培地(DMEM+dexamethasone(39ng/ml)、ITSTM−Premix(1%)、IGF−I(100ng/ml)、TGF−β3(10ng/ml))または、軟骨分化培地に10ng/mlのFGF−2を添加したFGF−2培地に交換し37℃、5%CO下で3週間培養した。3日ごとに半量の培地を交換した。
培養終了後、軟骨ディスクを固定(ホルムアルデヒド)、パラフィン包埋後、欠損部の中心を通る切片(厚さ4μm)を作製し、アルシアンブルー染色、I型コラーゲン免疫染色、II型コラーゲン免疫染色、および核染色(PI染色)し欠損内に形成した組織の分析を行った(図5)。
その結果、10%のFBSを含む増殖培地で軟骨ディスクを培養した場合、欠損内のMSCはアルシアンブルー染色とI型コラーゲン染色が弱陽性でII型コラーゲン染色が陰性の組織を形成した(図5A,D,G)。一方、TGF−β3(10ng/ml)やIGF−I(100ng/ml)を含む軟骨分化培地を用いて軟骨ディスクを培養すると、欠損内のMSCはアルシアンブルー染色とII型コラーゲン染色が陽性でI型コラーゲン染色が弱陽性の軟骨様組織を形成した(図5−1B,E,H)。この結果から、増殖培地で培養したMSCは欠損内で軟骨マトリクスの乏しい繊維性の組織しか形成できないが、TGF−β3やIGF−Iを含む軟骨分化培地を用いることで豊富な軟骨マトリクスを有する軟骨様組織が形成されることが分かった。また、FGF−2培地で軟骨ディスクを培養すると、欠損内のMSCは弱陽性のアルシアンブルー染色やII型コラーゲン染色に対して強陽性のI型コラーゲン染色を認める繊維性軟骨様組織を形成した(図5C,F,I)。さらに、PIによる細胞核の染色画像から赤色蛍光に染まった細胞核の数を計数し細胞核の密度を求めた結果、FGF−2培地で培養すると欠損内における細胞核の密度が、増殖培地や軟骨分化培地で培養したときや天然の軟骨組織よりも2倍以上高いことが分かった。すなわち、MSCをFGF−2とともに移植すると本来の軟骨組織が再生できない可能性が示唆された。(図5J−M,図6)。
以上の結果から、本軟骨欠損モデルは添加するサイトカイン種の作用を反映した組織を欠損内に形成できる優れたex vivoモデルであること考えられた。
【実施例4】
ブタ大腿骨顆部の軟骨組織から骨軟骨片(骨軟骨ディスク,直径:6.5mm,高さ:1cm)を骨軟骨移植法に用いられる管状ノミ(SMITH&NEPHEW,Tubularchisel−8.5mm)を用いて採取し、球形のカッター(半径:0.8mm)を装着したグラインダー(東洋アソシエイツ,ペンタイプツールPT−α)を用いて骨軟骨ディスクの軟骨表面に約2μlの体積の欠損を作製した後、骨部分をメスで分離し軟骨ディスクを得た。一方で、ヒト腸骨から注射針を用いて吸引採取した骨髄液をDMEM+10%FBSの入った55cmディッシュに播種し、37℃で3週間培養して、ディッシュに接着した細胞を間葉系幹細胞(MSC)として得た。
TGF−β3の遺伝子を高発現するpCMVE−Col1A2p/TGF−β3プラスミドベクター(1.0pmol)(Journal of Bioscience and Bioengineering,110(5),593−596(2010))をNucleofector装置(LONZA,

TGF−β3の遺伝子を発現しないネガティブコントロールとして、pcDNA3.1(+)ベクター(INVITROGEN、430018)を同様の方法でMSCに導入した。遺伝子導入24時間後、MSCの6穴マルチウェルから剥離し、PBS(−)で1.0×10cells/μlの濃度に再懸濁した後、軟骨欠損内への播種に用いた。
200μlの増殖培地(DMEM+10%FBS)が入った24穴マルチウェル(SUMILON,MS−80240)に軟骨ディスクを入れ、欠損内に1.0×10cells/mlの遺伝子導入したMSCの懸濁液(PBS(−))を2μl注入し37℃、5%CO下で6時間静置培養した。6時間後、pCMVE−Col1A2p/TGF−β3ベクターを導入したMSCはTGF−β3を含まない軟骨分化培地(−)(DMEM+dexamethasone(39ng/ml)、ITSTM−Premix(1%)、IGF−I(100ng/ml))を、pcDNA3.1(+)ベクターを導入したMSCは軟骨分化培地(−)と軟骨分化培地(−)に10ng/mlのTGF−β3を添加した軟骨分化培地(+)をそれぞれ用いて、5%CO、37℃のインキュベーター内で3週間静置培養した。いずれも3日ごとに半量の培地を交換した。培養開始後、3、7、14、21日目に培養液の一部を採取し、TGF−β3濃度をELISA法を用いて測定した(図7)。
培養終了後、軟骨ディスクを固定(ホルムアルデヒド)、パラフィン包埋後、欠損部の中心を通る切片(厚さ4μm)を作製し、ヘマトキシリン・エオシン染色、アルシアンブルー染色、I型コラーゲン免疫染色、およびII型コラーゲン免疫染色し欠損内に形成した組織の分析を行った(図8)。
培養液中のTGF−β3濃度を測定した結果、pCMVE−Col1A2p/TGF−β3ベクターを導入したMSCを軟骨欠損内で軟骨分化培地(−)を用いて3日間培養した培養液中には、10ng/ml以上のTGF−β3が検出され、その後、6日目に培地交換を行った後も7日目まで10ng/ml以上のTGF−β3が維持された(図−7丸印)。一方で、pcDNA3.1(+)ベクターを導入したMSCを軟骨分化培地(−)で培養した培養液中には、21日間の培養期間を通してTGF−β3は検出されなかった(図7四角印)。したがって、pCMVE−Col1A2p/TGF−β3ベクターを導入したMSCは軟骨欠損内においてTGF−β3遺伝子を発現していることが確かめられた。また、pcDNA3.1(+)ベクターを導入したMSCを10ng/mlのTGF−β3タンパクを含む軟骨分化培地(+)を用いて軟骨欠損内で培養した場合は、21日間の培養期間を通して約5ng/ml程度のTGF−β3が培養液中に検出された(図7三角印)。
欠損内に形成された組織を分析した結果、pCMVE−Col1A2p/TGF−β3ベクターを導入したMSC(図8C,F,I,L)は、pcDNA3.1(+)を導入し軟骨分化培地(−)で培養したMSC(図8B,E,H,K)や、軟骨分化培地(+)で培養したMSC(図8A,D,G,J)よりも顕著に濃いアルシアンブルー染色、I型コラーゲン染色、およびII型コラーゲン染色を呈する軟骨様組織を欠損内で形成した。すなわち本結果は、pCMVE−Col1A2p/TGF−β3ベクターを導入したMSCを軟骨欠損に移植することで、豊富な軟骨マトリクスを蓄積伴う良好な軟骨再生が得られる可能性を示唆した。
【発明の効果】
以上示したように、本発明によれば、少なくとも、本発明は少なくとも、軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいてできる動物軟骨小片およびこれを用いた軟骨欠損修復評価系に関する。すなわち、サイトカインやMSCの評価を行うのに適した、必要細胞数がより少なくよりハイスループットな軟骨欠損モデルを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 軟骨欠損モデルの作製に用いたグラインダー
【図2】 骨軟骨ディスクと軟骨ディスクの欠損内に播種した軟骨細胞とMSCによる組織形成
【図3】 骨軟骨ディスクと軟骨ディスクの培養液中に拡散した浮遊性細胞数
【図4】 軟骨分化培地を用いて培養した軟骨ディスクの欠損内におけるMSCの形態
【図5】 軟骨ディスクの欠損内に形成した組織の染色
【図6】 軟骨ディスクの欠損内におけるMSCの細胞核密度
【図7】 培養液中のTGF−β3濃度の経時的変化の比較
【図8】 遺伝子導入したMSCを培養した組織

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟骨表層から軟骨下骨までをくりぬいてできる動物軟骨小片。
【請求項2】
軟骨表層に微小な穴があることを特徴とする請求項1に記載の動物軟骨小片。
【請求項3】
動物がブタ乃至ウシであることを特徴とする請求項1乃至2に記載の動物軟骨小片。
【請求項4】
軟骨が関節軟骨であることを特徴とする請求項1乃至3に記載の動物軟骨小片。
【請求項5】
下骨部分が除去されていることを特徴とする請求項1乃至4に記載の動物軟骨小片。
【請求項6】
軟骨表層面の形状が円で、直径5〜10mmの円柱状であること特徴とする請求項1乃至5に記載の動物軟骨小片。
【請求項7】
微小な穴の体積が1〜10μLであること特徴とする請求項2乃至6に記載の動物軟骨小片。
【請求項8】
請求項2乃至7の動物軟骨小片を培養し、穴の修復への培養条件の影響を調べることによる、軟骨欠損修復評価系。
【請求項9】
穴に化合物を入れて培養し、穴の修復への該化合物の影響を調べることを特徴とする請求項8に記載の軟骨欠損修復評価系。
【請求項10】
穴に細胞を入れて培養し、穴の修復への該細胞の影響を調べることを特徴とする請求項8に記載の軟骨欠損修復評価系。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−152206(P2012−152206A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29150(P2011−29150)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【出願人】(502304312)
【Fターム(参考)】