説明

転がり軸受の診断方法及び診断用録音媒体

【課題】小規模工場、研究所、学校等、コストが嵩む診断装置の設置が難しい環境下で、熟練者でなくても、転がり軸受1aの振動を、容易且つ十分な信頼性で行える手段を提供する。
【解決手段】転がり軸受1aの運転時に発生する音を耳11で聞くと共に、この耳11で聞いた音と、診断用録音媒体8に録音された、異常箇所乃至は異常発生の理由に応じて異なる異常音と比較する。そして、上記転がり軸受1aの異常の有無を判断し、異常がある場合には、上記診断用録音媒体8に記録されている異常音に基づいて、上記転がり軸受1aに発生した異常の箇所乃至は異常発生の理由を特定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明の対象である転がり軸受の診断方法及び診断用録音媒体は、各種機械装置の回転支持部に組み込まれている、玉軸受、ころ軸受等の、各種転がり軸受に異常があるか否か、異常が存在する場合には、異常の箇所及びその異常が発生した理由を診断する為に利用する。特に、本発明の転がり軸受の診断方法及び診断用録音媒体は、コストが嵩む複雑な装置を使用せずに、上記診断を精度良く行える様にする事で、小規模事業所等でも、転がり軸受を組み込んだ各種機械装置を安定した状態で運転できる様にする事を目的としている。
【背景技術】
【0002】
各種機械装置の回転支持部分に組み込まれる転がり軸受ユニットとして、例えば図2〜3に示す様な転がり軸受1a、1bが広く使用されている。これら各転がり軸受1a、1bは、内周面に外輪軌道2a、2bを設けた外輪3a、3bと、外周面に内輪軌道4a、4bを設けた内輪5a、5bとを同心に配置し、この内輪軌道4a、4bと上記外輪軌道2a、2bとの間に複数個の転動体6a、6bを、それぞれ保持器7a、7bにより保持した状態で転動自在に設けている。この様な転がり軸受1a、1bは、例えば上記外輪3a、3bを固定のハウジングに内嵌固定すると共に、上記内輪5a、5bを回転軸に外嵌固定する事で、このハウジングの内側にこの回転軸を回転自在に支持する。或いは、上記外輪3a、3bを回転するハウジングに内嵌固定すると共に、上記内輪5a、5bを固定軸に外嵌固定する事で、この固定軸の周囲に上記ハウジングを回転自在に支持する。
【0003】
上述の様な転がり軸受1a、1bの使用時には、非特許文献1に記載される等により従来から知られている様に、次の表1、2に示す様な、各種の音或いは振動が発生する。
【表1】

【0004】
【表2】

【0005】
これら表1、2に示した音の種類、大きさ、発生する原因は種々異なり、正常状態でも発生し、放置しても構わない音及び振動もあれば、長期間に亙る使用に伴って徐々に発生し、程度により対策を講じる必要があるものもあれば、取り扱い不良や組み付け不良等により初期段階から発生し、直ちに対策を講じる必要があるものもある。何れにしても、転がり軸受に精通した熟練者であれば、転がり軸受の運転に伴って発生する音を聞いただけで、当該転がり軸受に関して、不具合の有無、不具合が発生している場合にはその発生箇所及び発生の理由、対策等が直ちに分かる。但し、上記転がり軸受が発生する音や振動は、前記表1の音色の欄に記載した様な違いがあるとは言え、熟練者以外、これを総て覚えている事は稀であり、しかも、文字で表している程明瞭ではない。従って、熟練者以外、音だけで転がり軸受の診断を行う事は難しい。
【0006】
この為従来から、例えば特許文献1〜3に記載されている様に、転がり軸受の運転時に発生してマイクロフォンで取り込んだ音を周波数分析し、この転がり軸受を診断する事が行われている。この様な方法により転がり軸受の診断を行えば、熟練者でなくても、転がり軸受の診断を確実に行える。但し、大規模工場等で、しかも診断設備を充実させられる場所であればともかく、大規模工場等であってもラインから外れる機械設備や、小規模工場、研究所、学校等で採用する事は難しい。
【0007】
【特許文献1】特許第3951092号公報
【特許文献2】特開2001−255241号公報
【特許文献3】特開2004−279322号公報
【非特許文献1】桃野達信、野田万朶著、「転がり軸受の振動・騒音」、NSK Technical Journal No.661(1996)、p.13−22
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、小規模工場、研究所、学校、大規模工場であってもラインから外れる機械設備等、コストが嵩む診断装置の設置が難しい環境下で、熟練者でなくても、転がり軸受の診断を、容易且つ十分な信頼性で行える手段を提供する事を意図して発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の転がり軸受の診断方法及び診断用録音媒体のうち、請求項1に記載した転がり軸受の診断方法に関する発明は、転がり軸受の運転時に発生する音を耳で聞くと共に、この耳で聞いた音と、録音媒体に録音された異常音乃至は正常音とを比較する。そして、上記転がり軸受の異常の有無を判断し、異常がある場合には、上記録音媒体に録音した上記異常音が何であるかを表した解説に基づいて、上記転がり軸受に発生した異常の箇所乃至は異常発生の理由を特定する。尚、上記録音媒体に録音した上記異常音が何であるかを表した解説の提供手段は、特に問わない。例えば、上記診断用録音媒体に付属させた解説書(紙媒体)であっても、或いは、この診断用録音媒体に上記運転音と共に録音された異常の箇所乃至は異常発生の理由を表した音声(録音媒体)であっても良い。
又、請求項2に記載した転がり軸受の診断用録音媒体に関する発明は、転がり軸受の運転に伴って発生する異常音乃至は正常音を、異常の種類乃至は発生理由毎に分けて記録している。更に、必要に応じて、当該異常音に結び付く異常発生の箇所と異常発生の理由とのうちの少なくとも一方を表す音声を録音しておいても良い。
【発明の効果】
【0010】
上述の様な本発明の転がり軸受の診断方法及び診断用録音媒体によれば、特に周波数分析器等の、コストが嵩み、しかも取り扱いが面倒な機器を使用しなくても、転がり軸受の異常の有無、異常がある場合にはその発生箇所及び発生理由、更にはその対処法等を、容易、且つ、正確に知る事ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の実施の形態の1例に就いて、図1を参照しつつ説明する。本発明を実施する場合に使用する機器は、コンパクトディスク(CD)の如き光ディスク、マイクロディスク(MD)の如き磁気ディスク、SDカードの如き各種半導体メモリ、カセットテープの如き磁気テープ等の診断用録音媒体8と、この診断用録音媒体8を再生する為の再生機9とのみで良い。この再生機9が再生する、この診断用録音媒体8に録音された音、即ち、転がり軸受の運転に伴って発生する運転音(この運転音に関する解説を録音している場合には、この運転音及びこの解説)は、イヤホン10により、或いは図示しないスピーカにより、作業者の耳11で聞き取れる様にしている。
【0012】
上記診断用録音媒体8の録音方法に就いては、特に問わないが、任意の運転音(正常音及び異常音)を随時聞き取れる様に、容易に頭出しをできる(ランダムアクセス可能な)録音方式とする事が好ましい。この面から、カセットテープの如きアナログ録音方式よりも、CD、MD、SDカードの如き、光ディスク、磁気ディスク、半導体メモリ等のディジタル録音方式の方が有利である。何れにしても、上記診断用録音媒体8には、前述した表1に記載した様な、転がり軸受の運転に伴って発生する運転音を録音している。更に、必要に応じて、当該運転音に関する解説(異常の有無、異常がある場合には当該異常に結び付く異常発生の箇所及び異常発生の理由に加えて、前述の表2に記載した様な、異常を解消する為の方法を述べた音声)も、合わせて録音しておく。解説も録音する場合、上記運転音と当該運転音に就いての解説とは、前後して録音(例えば同一のトラック等、隣り合う部分で、運転音の直後に当該運転音に関する解説を録音)する事が好ましい。但し、運転音と解説とを関連付けて再生する事が可能であれば(例えば、運転音を聞いている状態から、解説を選択するボタンを押す事により、自動的に当該運転音を記録しているトラックを選択できる様にしておけば)、運転音と解説とを、互いに離れた部分(別のトラック)に、それぞれを集中して録音しておく事もできる。
【0013】
何れにしても、運転音の録音時間は、それぞれの異常に対応して、20秒〜2分程度ずつが適当である。これよりも短い(20秒未満である)場合、実際の転がり軸受の運転音と比較してその異同を判断する(異常の有無を判断し、異常がある場合にはその場所を特定する)以前に当該運転音の再生が終了してしまい、正確な診断を行いにくくなる。これに対して、長過ぎる(2分を越えた)場合には、上記診断用録音媒体8に録音されているデータ量が徒に多くなるだけで、診断の精度向上に殆ど役立たない。即ち、運転音の録音(再生)時間が長過ぎても、漫然と聞いて集中力がなくなり、診断の精度向上の面からは有害になる可能性がある。又、運転音の種類は、5〜20種類が適当である。この種類が少な過ぎる(4種類以下である)と、転がり軸受以外の部分で発生している音と聞き分けられず、診断の精度を実用上有効な程度確保する事が難しくなる。これに対して、多過ぎる(21種類以上になる)と、音の違いが少なくなり、現場での選択に困る事になる。これらの事を考慮すれば、上記診断用記録媒体8に録音する運転音の録音時間の合計は、5〜30分、好ましくは10〜20分、更に好ましくは12〜15分程度にする。尚、後述する様に、上記診断用録音媒体8を、工場作業者等の教育用に使用する場合には、上記診断用録音媒体8に録音する運転音の種類を21種類以上とし、録音時間を30分よりも長くしても良い。又、この診断用録音媒体8に、運転音に加えて解説も録音する場合には、録音時間の合計は、より長くなる。
【0014】
上述の様な診断用記録媒体8と前記再生機9とを使用して転がり軸受1aの診断を行う場合、先ず、作業者が耳11でこの転がり軸受1aの運転音を聞き取る。次いで、上記再生機9のイヤホン10を耳11に差し込んで、上記診断用記録媒体8に録音してある運転音を順次再生し、先に聞き取った、上記転がり軸受1aの実際の運転音と聞き比べる(同定する)。そして、実際の運転音と同じ音を特定できた(同定した)ならば、当該音に関する解説に基づいて、上記転がり軸受に異常が発生しているか否か、発生している場合には異常の箇所乃至は異常発生の理由を特定する。
【0015】
この様にして行う、上記転がり軸受1aに関する異常診断は、上記診断用記録媒体8をセットした、ポータブル型の再生機9を利用する事により、熟練者でなくても、容易に、且つ、正確に行える。この為、例えば、転がり軸受メーカーの社員(軸受技術者に限らず、営業職員)であっても、転がり軸受のユーザーからの問い合わせに応じて(上記診断用記録媒体8をセットした再生機9を持ってユーザーの所に出向く事により)、上記異常診断を行える。又、ユーザー側に、上記診断用記録媒体8をセットした再生機9を備えておけば、専門知識を持たないユーザーであっても、上記転がり軸受1aの診断を精度良く行える。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明を実施する場合には、診断用録音媒体8に録音されている運転音が、転がり軸受1aの運転時に発生する運転音を(正常音、異常音に拘らず)正確に表している事が必要である。例えば、上記診断用録音媒体8をユーザーに譲渡若しくは貸与した後、上記診断用録音媒体8をダビングした場合、運転音が劣化し、精度の良い診断を行えなくなる可能性がある。この様な場合には、より重大な故障に結び付く、上記転がり軸受1aの故障を見逃す可能性がある。そこで、この様な不都合の発生を防止する為に、上記診断用録音媒体8に、ライセンスキー等の認証機能やコピーガード機能を設ける事で、当該診断用録音媒体8の内容がダビングされる事を防止する事が好ましい。この様な品質保証機能をより完全にする為には、診断用記録媒体と再生機とを分離不能にする専用プレーヤ方式にする事もできる。例えばi−Pod(商品名)の如き携帯型の再生機にソフトをインストールしたり、或いは再生機能を有する携帯電話にインストールする事も考えられる。
【0017】
又、診断用録音媒体として、CD、カセットテープ等の、録音機能のみを備えたものに代えて、DVD、ビデオテープ等の、録音機能に加えて録画機能を備えたものを使用する事もできる。この場合に、録画する内容としては、標準的な転がり軸受の運転状態の他、運転に伴って発生する運転音及び振動の波形や、これらの高速フーリエ変換(FFT)の結果を表す表示(線図)等が考えられる。
【0018】
更に、転がり軸受の運転音を記録した録音媒体は、工場作業者等の教育用に使用する事もできる。即ち、比較的大規模な工場等では、前述した特許文献1〜3に記載された異常診断システムの採用等により、異常診断の効率が大幅に向上して、トラブルも大幅に減っている。この異常診断システムは、転がり軸受の運転音が、実際に人間の耳で分かる程変化する以前に、この異常の予兆を検出し、異常が発生した旨の警報を発する。この為、比較的大規模な工場等でも、作業者が異常発生時に於ける転がり軸受の運転音を聞く機会が減っている。この為、以前は、前述した非特許文献1の記載内容に基づいて、転がり軸受の異常に関して判断できる作業者が多く居たのに対して、近年、この判断を行える作業者が減ってきている。この様な現状は、万一の場合にトラブルによる被害を最小限に止める面からは好ましくない。この様な事情に対応すべく、上記録音媒体を工場作業者の教育用に使用する事は、工場の運転を安定して行う面から好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態の1例を示す斜視図。
【図2】本発明による診断の対象となる転がり軸受の第1例を示す部分切断斜視図。
【図3】同第2例を示す部分切断斜視図。
【符号の説明】
【0020】
1a、1b 転がり軸受
2a、2b 外輪軌道
3a、3b 外輪
4a、4b 内輪軌道
5a、5b 内輪
6a、6b 転動体
7a、7b 保持器
8 診断用録音媒体
9 再生機
10 イヤホン
11 耳

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の運転時に発生する音を耳で聞くと共に、この耳で聞いた音と、録音媒体に録音された、異常箇所乃至は異常発生の理由に応じて異なる異常音乃至は正常音とを比較して、上記転がり軸受の異常の有無を判断し、異常がある場合には、上記録音媒体に記録されている異常音に基づいて、上記転がり軸受に発生した異常の箇所乃至は異常発生の理由を特定する、転がり軸受の診断方法。
【請求項2】
転がり軸受の運転に伴って発生する異常音乃至は正常音を、異常の種類乃至は発生理由毎に分けて記録した転がり軸受の診断用録音媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−168552(P2009−168552A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−5463(P2008−5463)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】