説明

農産物の栽培履歴管理方法

【課題】農作物の栽培地域、栽培時期、栽培方法を判定して栽培履歴を管理する方法の提供を課題としている。
【解決手段】農作物の品種内に存在する、あるいは人為的に誘発した微小な塩基配列の変異に基づく特定の遺伝子型を特定の栽培地域、栽培時期、栽培方法で栽培し、得られた農産物の塩基配列、もしくは遺伝子産物を検定することによってその栽培地域、栽培時期、栽培方法を識別して認証できることを明らかにした。これによって、これまで困難であった農産物のトレーサビリティーの確保が可能となった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作物の品種あるいは系統を品種あるいは系統内に存在する微小な塩基配列の差異(遺伝子型多型)によって分類し、特定の遺伝子型を特定の栽培地、栽培時期または栽培方法で栽培し、得られた農産物の塩基配列、もしくは遺伝子産物を検定することによってその栽培地、栽培時期、または栽培方法を識別して認証する農産物の栽培履歴管理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食料品店で販売する生鮮食品は原産地の表示が義務付けられており、外食産業についても料理に使う食材の原産地をメニューなどに表示する際のガイドライン(指針)が示されている。しかし、原産地を厳密に証明する方法はなく、包装や容器の表示に頼らざるをえない。
【0003】
遺伝子診断法によって作物の品種の識別が可能になり、コメ(大坪ら 日本農芸化学会誌76:388−397,2002)では広く利用されている。品種検定業務を行っている企業もいくつか存在する。品種検定の方法としては、マイクロサテライトとよばれるゲノム上の繰り返し配列の長さの違い(赤木ら 育雑別1:129,1995)や一塩基多型をPCR法で検出する方法やレトロトランスポゾンとよばれる、かつてゲノム上を転移していた配列の挿入位置の違いをPCR法で検出する方法(大江ら 育種学研究6:169−177,2004)などがある。
【0004】
しかし、これらの検定方法では産地を特定することは出来ない。作物は、産地が異なれば同一品種であっても味、形、大きさ、成分などの形質が異なり商品価値に影響する。例えば、コメであれば新潟県魚沼郡産のコシヒカリは良食味米として有名であり、同地産のコシヒカリは高値で取引される。そのため、偽の「魚沼産コシヒカリ」が販売されることがしばしばあり、社会的な問題になっている。しかし、一般に収穫物からその産地を特定する方法は知られておらず、「魚沼産コシヒカリ」と「他産地コシヒカリ」を識別することは出来ない。
【0005】
また、農産物の品質は同一産地であっても栽培年度や時期によって変化し、価格に影響する。コメなどほとんどの農産物は、新しい生産物の方が価格が高い。コメについては、脂肪酸の酸化度を測定することで新旧の判別がある程度可能であるが、酸化度は保存条件によっても異なるので栽培時期を判定するうえで万能な方法とはいえない。さらに、有機栽培などの栽培方法を判定する方法は知られていない。
【0006】
また、未認可農薬の使用事件や牛海綿状脳症(BSE)問題等を通して、食品の安全性に対する関心が高まり、農産物のトレーサビリティーの確保を求める消費者の声が高まってきているが、これまでのDNA鑑定技術では品種の鑑定は可能であるが、産地の特定は不可能であった(小笠原、高橋 化学と生物41:702−704,2003)。
【0007】
野菜などでは、農産物の包装にICタグを取り付けて履歴を管理する方法の実用化が進行しているが、この方法は出荷段階で個別包装を行わないコメなどの作物には適用が困難である。また、包装の変更を行った場合や悪意を持つ者がタグのすり替え等を行った場合には、履歴の証明が困難であることから農産物そのものを判別できる仕組みが望まれている。
【0008】
一方で農作物は、同一品種であっても地域によって異なるタイプが栽培されていることがしばしばある。遺伝的に固定しているとされる品種であっても、塩基配列がわずかに異なる遺伝子型が原種に混在している場合があり、自家採種が繰り返された結果として、ある地域で特定の遺伝子型が選抜されることがある。それにもかかわらず、これらは同一の品種として利用されている。この現象は、農産物一般に広く認められ、微小な遺伝子型の異なる系統は同一品種として認められる。
【非特許文献1】大坪ら 日本農芸化学会誌76:388−397,2002
【非特許文献2】赤木ら 育種学雑誌 別1:129,1995
【非特許文献3】大江ら 育種学研究6:169−177,2004
【非特許文献4】小笠原、高橋 化学と生物41:702−704,2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、農作物の栽培地、栽培時期、栽培方法を特定して認証するための栽培履歴管理方法の提供を目的とした。すなわち本発明は、従来は不可能であったDNA鑑定、あるいはDNAに由来するタンパク質の鑑定に元づく農産物のトレーサビリティーの提供を目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の目的を達成するためになされたものであって、同一の品種内に微小な塩基配列の異なる多数の系統を用意して、これらの中から特定の遺伝子型を特定の地域や時期に、あるいは栽培方法を限定して栽培することで、それらの農産物を遺伝子型に基づいて他の同一品種と識別することを可能とし、産地や栽培時期、栽培方法を認証できることを見出した。すなわち、本発明は、塩基配列の微小な差異に基づいて実質的に同一品種である農作物の栽培履歴を管理する方法に関するものである。
【0011】
農作物の品種は、自殖植物であれば交配種子の後代植物を何世代にもわたって自殖させた中から各遺伝子座がホモ接合になり安定的な形質発現をする系統を選抜して固定品種とする。ハイブリッド(F1)品種の場合は、2種の親品種を交配して得られる雑種第1代の種子であり、それらの親品種が固定品種あるいは固定系統である。
【0012】
しかし、固定された品種といえどもゲノム上には微小な塩基配列の差異や、その品種に固有の表現形質に大きく影響しない遺伝子の構造の差異がしばしば存在する。たとえば、同じイネの品種「コシヒカリ」であっても、育成地から配布された「コシヒカリ」が微小な遺伝子型の多型を含んでいたために、各配布地で何世代にも渡って自家採種さる過程で特定の遺伝子型が選抜されて、地域によって遺伝子型に差のある「コシヒカリ」が栽培されていることがある。
【0013】
また、変異原処理や組織培養などの処理によって植物の遺伝子の構造に変異を誘発することが可能であり、それらの変異体から元の品種と実質的に同一な表現型を示す系統を選抜することが可能である。
【0014】
本発明は、このような塩基配列の微小な差異を有する実質的に同一な品種内の特定の遺伝子型を特定の地域や時期に栽培し、その微小な塩基配列の差異を検定することによってその特定の栽培地域、栽培時期、栽培方法を判別することを特徴とする植物の栽培履歴管理方法に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、実質的に表現型に差異がない農作物の品種内に微小な遺伝子型の差異を有する多数の系統を用意できること、およびそれらの系統を栽培中の作物、収穫物、加工物のいずれの段階においても識別可能であることを見出し、これに基づいて栽培履歴の認証を与えることが可能であることを見出した。
【0016】
日本各地で栽培・販売されているコシヒカリを微小な塩基配列の差異を検出できるDNAマーカーを使って比較したところ、いくつかの多型を見出した。これらの遺伝子型を同一条件で別々に栽培して各種形質と生産物であるコメの遺伝子型を調べ、主要な形質には差異がないこととそれぞれの微小な塩基配列の差異が安定的に検出されることを確認した。従って、各遺伝子型は栽培地、栽培時期、栽培方法によらず安定していることが確認された。
【0017】
これらの遺伝子型の異なるコシヒカリを混合した集団からは、両遺伝子型の混合型として識別できた。このようなコシヒカリの特定の遺伝子型を特定の地域、例えば新潟県魚沼郡だけで栽培することによって、魚沼郡で生産されたコシヒカリを他の生産地のコシヒカリと区別することが可能である。
【0018】
また、年度ごとに異なる遺伝子型を栽培することによって、生産年を特定することが可能である。例えば、栽培する遺伝子型を毎年変える事によって、悪意をもった者が、ある年の魚沼産コシヒカリを入手して翌年に種子として利用して別の場所で栽培した場合も、新年度産の魚沼産のコシヒカリとは区別することが出来る。このように、生産者団体が元となる種子と遺伝子型情報を厳密に管理し、生産物をその遺伝子型情報に基づいて検査することで、同一品種であってもその地域の特産物として認証することが可能である。
【0019】
また、このように育成済み品種から遺伝子型多型を選抜する他に、育成途中の品種において、ほぼ遺伝子型が固定する段階において、同一の表現型を示す複数の遺伝子型を同一品種として選抜してそれぞれ独立して増殖することで、本発明に利用可能な複数の遺伝子型を育成することが出来る。
【0020】
また、変異原処理、組織培養、遺伝子組換えなどの処理によって植物の遺伝子の構造に人為的に変異を誘発することが可能であり、それらの変異体から元の品種と実質的に同一な表現型を示す系統を選抜することで、本発明に利用可能な複数の遺伝子型を育成することが出来る。
【0021】
このように、本発明によって、微小な塩基配列が異なり実質的に同一な品種である複数の遺伝子型を地域あるいは時期を変えて栽培することで生産物の栽培地と栽培時期の判別に利用できることを明らかにした。遺伝子型の検定は、特定の系統に特異的な塩基配列を検出することやその遺伝子型に特異的に生産されるタンパク質を検出することによって可能である。これによって、これまで困難であった生産物のトレーサビリティーの確保が可能となった。
【0022】
また、本発明によれば未加工の農産物にとどまらず、加工後でも遺伝子型の検定が可能である。たとえば、コメでは炊飯後の飯米の状態でも遺伝子型の検定が可能である。
【0023】
従来の品種改良では交雑法、選抜法、突然変異法、遺伝子組換え法のいずれにおいても元の品種と異なる形質を示す系統を選抜することが目標であり、元の品種と実質的に同一の系統を選抜して栽培場所、栽培時期、栽培方法を変えることによって栽培履歴を管理する方法は本発明によって初めて明らかにされた。
【0024】
すなわち、本発明は、
(1)農作物の同一品種内に存在する微小な塩基配列の差異を有する遺伝子型を選抜し、該DNA配列を同定し、該遺伝子型を特定の場所、特定の時期または特定の栽培方法で栽培し、得られた農産物について該DNA配列、もしくはそれに由来する遺伝子産物を検出することによってそれらの栽培地、栽培時期、または栽培条件を識別して認証する農産物の栽培履歴管理方法、
(2)農作物の品種に対して該品種の特性を変化させない微小な塩基配列の変異を人為的に生じさせて、該DNA配列を同定し、該遺伝子型を特定の場所、特定の時期または特定の栽培方法で栽培し、得られた農産物について該DNA配列、もしくはそれに由来する遺伝子産物を検出することによってそれらの栽培地、栽培時期、または栽培条件を識別して認証する農産物の栽培履歴管理方法、
(3)農作物がイネである(1)または(2)記載の農産物の栽培履歴管理方法、
に関する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明は、植物の実質的に同一品種内に存在する塩基配列の微小な差異を検出して栽培地域や栽培時期の判定に利用する方法に関する。
【0026】
本発明で利用される遺伝子型多型は、育成済み品種の多数の個体の全塩基配列を解読することによって検出が可能であるが、より現実的にはRFLP法、AFLP法、RAPID法など塩基配列の差異を検出する常法によって比較することによって、変異した塩基配列を特定することが可能である。また、育成中の品種であれば、ほぼ遺伝子型が固定する段階において、同一品種として扱うことができる複数の育成中の系統について同様にして塩基配列の微小な差異を検出することで、本発明に利用可能な複数の遺伝子型系統を選抜することが出来る。
【0027】
また、本発明では人為的な微小突然変異も利用可能であり、そのような変異の誘発方法としては特に制限はない。物理的な変異原としてガンマ線、エックス線、イオンビームなどの放射線や紫外線が、化学的な変異原としては、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(MNNG)やエチルメタンスルホン酸(EMS)など当業者によって通常用いられる方法があげられる。
【0028】
また、培養によって誘発される突然変異、各種トランスポゾンの転移、挿入による変異、遺伝子組換えにより生じる外来DNAの挿入や置換などによる塩基配列の改変などの方法も利用可能である。これらの変異処理によって、重要な遺伝子に変異が生じた場合は品種としての特性を変化させるが、表現型に影響しない遺伝子、イントロン、機能を持たない領域などに変異が生じた場合には品種としての特性に変化がなく、本発明ではこうした変異を利用する。
【0029】
生じた微小な変異を同定するための方法としては、対象植物の全塩基配列を解読することによって可能であるが、より現実的にはRFLP法、AFLP法、RAPID法などによって元の品種と変異系統を比較することによって、変異した塩基配列を特定することが可能である。
【0030】
また、トランスポゾンが転移して生じる挿入変異の場合は、該トランスポゾンを目印にして常法により挿入位置近傍の配列を調べることが可能であり、利用しやすい変異誘発方法のひとつである。トランスポゾンとしては、例えばトウモロコシのAc/Ds(Federoff et al., Cell 35:235−242, 1983)などが利用できる。これらのトランスポゾンを遺伝子導入によってさまざまな植物に導入して転移させることも可能である。
【0031】
さらに、培養中に転移して挿入変異を生じるトランスポゾンとしては、例えばイネのTos17(Hirochika et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 93:7783−7788,1996)とmPING/PING(Nakazaki et al. Nature 421:170−172, 2003; Jiang et al. Nature 421:163−167; Kikuchi et al. Nature 421:167−170)やタバコのTto1(Grandbastein,Trends Plant Sci 3:181−187,1998)、サツマイモのRtsp−1(Tahara et al., Mol. Genet. Genomics 272:116−127, 2004)などがあげられるがこれらに限定しない。
【0032】
また、遺伝子組換えによる外来遺伝子の挿入や置換によって生じた変異は、外来遺伝子を足がかりにして挿入位置の近傍配列を調べることが出来る。また、遺伝子組換えの中でも、キメラRNA/DNAオリゴヌクレオチドを利用してゲノム中の特定の1塩基だけを置換して一塩基多型を生じさせることが出来るため、(Beetham et al. Proc Natl Acad Sci USA 96: 8774−8778, 1999;Zhu et al. Proc Natl Acad Sci USA 96: 8768−8773, 1999)この方法によって本発明に利用できる変異系統を任意に作出することが可能である。
【0033】
それぞれの変異系統は、特定の塩基配列を検出するための常法や抗原抗体反応などの特定のタンパク質の構造を認識するための常法によって容易に同定することが可能である。
【0034】
本発明で利用される遺伝子多型の検出方法は特に制限はなく、PCR法(Saiki et al. Science 239:487(1988))、LAMP法(Notomiet al. Nucleic Acids Research 28: e63 (2000))、ICAN法(嶌田ら臨床病理50:528−532)、サザンブロット法、DNAチップ(馬場 バイオニクス 5:20−24, 2005)の利用などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0035】
特異的遺伝子産物の検出法としては、変異系統に特異的な遺伝子産物に対する抗体を利用した抗原抗体反応などが利用でき、抗体の種類としては、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれも利用できる。また、特異的な遺伝子産物の一部に対する抗ペプチド抗体も利用できる。
【0036】
DNAの抽出は、例えば、文献(Rogers and Bendich, Plant Mol. Biol. 5:69 ,1985)記載の方法に従って調製できる。DNAの塩基配列は、例えば「シークエンサーABI Prism 3100」(ABI社製)を利用することにより容易に決定することが可能である。
【0037】
本発明では、上記方法などによって作出した農作物の変異系統を特定の地域や年に限定して栽培する。そこから得られる農産物は該遺伝子型を検出することによって他の地域や年に栽培した農産物と識別して産地や産年を認証することが可能である。さらに、特定の変異系統を有機栽培などの特定の方法で栽培した場合には、該遺伝子型を検出することによって栽培方法を認証することが可能である。
【0038】
たとえばイネのコシヒカリであれば、微小な塩基配列が異なるコシヒカリを多系統作出する。これらの種子を用意し、ある年のA地区にはコシヒカリA1系統を栽培し、B地区ではコシヒカリB1系統を栽培する。また、次の年にはA地区にはコシヒカリA2系統を栽培し、B地区ではコシヒカリB2系統を栽培する。このように産地と産年によって系統を変えて該遺伝子変異を検出することで生産物の産地と産年を特定することができる。
【0039】
この場合、種子の管理は適切な管理機関が行い、必要に応じて種子、苗、生育中の圃場、収穫物、商品(コメ)などの段階においてサンプリングと系統の検定を行い、生産物の栽培地または栽培時期を確認して認証することが可能である。
【0040】
また、コシヒカリC1系統をC地区において有機栽培によって生産した場合には該遺伝子変異を検出することでC地区産の有機栽培米であることを認証することができる。
【0041】
微小な塩基配列が異なる系統は、理論上はすべての品種において無限の数の作出が可能であるため、本方法を農家、農業法人、農協などの単位で全国のコメ生産に適用すること、すなわち、すべてのコメの生産履歴を管理することも可能である。また、原理的には他の農作物に適用することも可能である。本発明の栽培履歴管理方法はイネ、タバコやダイズなどの純系の種子を生じる農作物はもちろんのこと、トウモロコシなどのF1品種の親品種に適用することで他殖性の種子作物にも適用可能である。また、サツマイモなどの栄養繁殖作物やキノコなどすべての繁殖様式の農作物に適用することが可能である。
【0042】
認証の表示方法は、産地、産年、栽培方法などの生産履歴がDNA鑑定により証明されている旨や証明が可能な旨の表示を農産物に添付する方法、農産物の包装へ表示する方法、農産物に認証シールを貼り付ける方法などが挙げられるが特にこれらに限定されない。
認証機関は、生産者、農業法人、農協、それ以外の第3者機関などが挙げられるが特に限定されない。
【0043】
なお、本発明の微小な塩基配列の差異、あるいは微小な遺伝子型多型とは、種苗法上または実質的に同一品種と判断される程度の差異または多型をいう。
【0044】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。遺伝子操作の手順は特に記述しない限りCurrent Protocols in Molecular Biology(F.M.Ausubelら編集、John Wiley & Sons,Inc.,1987)に記載されている方法にしたがった。
【実施例1】
千葉、新潟、佐賀、宮崎、神奈川、茨城、岐阜の各県で購入、または、採種したコシヒカリと農林水産省のジーンバンクから取り寄せたコシヒカリの芽生えから定法により全DNAを抽出した。このDNAを鋳型とし、78種のマイクロサテライトマーカーの多型をPCR法によって検定して染色体全体にわたって繰り返し配列(マイクロサテライト)の長さの多型を検出した。その結果、神奈川県で入手したコシヒカリは、マイクロサテライトマーカーRM349、RM257、OSR28、RM3856を用いた場合に他のコシヒカリと異なるサイズのDNA断片が増幅された。したがって、このコシヒカリは、第4染色体のRM349の近傍、第9染色体のRM257とOSR28の近傍、第3染色体のRM3856の近傍の塩基配列が他のコシヒカリと異なることが示された。
この神奈川県産コシヒカリと新潟県産コシヒカリを50粒ずつ混合し、1粒ずつをサンプルチューブに移した。この中にDNA抽出液(200mM Tris−HCl:pH7.5,250mM NaCl, 25mM EDTA, 0.5%SDS)を加えて100℃で20分処理して上澄みに等量のイソプロパノールを加えて混合した後に遠心処理をして粗抽出DNAを回収した。それぞれを100μlのTEバッファーに溶かした。これらの100サンプルのDNAについてマイクロサテライトマーカーRM257とExTaq(タカラバイオ)を用いて常法に従ってPCR反応を行い、増幅産物を電気泳動した。これらのうち50サンプルは通常のコシヒカリと同じ大きさの増幅産物が認められ、他の50サンプルは前記の神奈川県産コシヒカリに特異的な大きさの増幅産物が認められた。このように既存の品種内に存在する微小な遺伝子型の差異を利用して農産物の産地を識別することが可能であった。
【実施例2】
交雑による新品種育成過程において微小な塩基配列の異なる系統群を作成するために、イネの日本型品種キヌヒカリに香り米であるインド型品種Surjamkhiを交配した。さらに、この後代にキヌヒカリを3回戻し交配し、第8染色体上に位置するマイクロサテライトマーカーRM42、RM350、RM223がSurjamkhi型で他のマイクロサテライトマーカーではキヌヒカリ型を示す4系統を得た。マイクロサテライトマーカーによる検定は、ExTaq(タカラバイオ社)を用いて添付のプロトコールに従ってPCR反応を行い、増幅産物をアガロースゲル電気泳動で分離して行った。得られた4系統は、いずれも香り米であり、出穂期、稈長、穂長、穂数、玄米の外観品質などは区別できなかった。これらの系統は、単一品種として品種登録することが可能である。これらのうちの特定の系統を特定の地域だけで栽培し、上記のマイクロサテライトマーカーで検定することで他の地域で栽培される系統と容易に識別が可能であった。
【実施例3】
イネの品種の日本晴の種子からHirochikaら(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 93:7783−7788,1996)の方法に従ってカルスを誘導して培養細胞を得てそれらから植物体を再分化させた。再分化個体についてサザンプロット解析をおこなってトランスポゾンTos17が1コピー転移している個体(R0世代)を選んだ。これらの個体のTos17の転移した近傍の配列をInvers PCR法によって解読した。その中で日本晴と形態が類似している個体(NT1)について解読したTos17の一部とそれに隣接するゲノムの塩基配列を配列表の配列番号:1に示す。この塩基配列の1番目から26番目までがTos17の配列であり、それに続く27番目からの配列がイネのゲノム配列である。相同性検索から、このイネゲノム配列は、第11番染色体の耐病性遺伝子の類似遺伝子の一部であることが明らかとなった。耐病性遺伝子の類似遺伝子は特別な機能が知られていないため、破壊されてもイネの表現型に影響がないと考えられる。この配列をPCR法によって特異的に検出するために、Tos17の配列に相当する1番目から26番目までの配列をプライマーTOS−F(配列番号:2)、隣接するイネゲノム配列に対応する358番目から377番目までの配列をプライマーNT1−R(配列番号:3)として合成し、これらのプライマーを用いてNT1のDNAを鋳型としてPCR反応をおこなった。その結果、予想される377bpの増幅産物が増幅された。次にNT1の次世代の10個体の植物(R1世代)からDNAを抽出した。これらのDNAを鋳型として、プライマーFとプライマーRを用いたPCR反応をおこなったところ、377bpの増幅産物を生じる個体と生じない個体に分かれた。これは、Tos17の転移が2本の染色体の片方にだけ起きるため、メンデルの法則にしたがって次世代で分離したものと考えられる。さらに、これらの個体から得られた次世代(R2世代)で転移したTos17がホモに固定していて、かつ日本晴と形態や農業特性(出穂期、稈長、穂長、穂数、玄米の外観品質)が同じ系統(NT1−1)を選抜した。NT1−1、日本晴と他のTos17転移系統であるNT2−1、NT3−1を同じ条件で栽培し、苗、出穂期の葉、種子についてNT1−1に特異的なプラーマーを用いたPCR反応をおこなったところ、いずれにおいてもNT1からのみ予想されるサイズの増幅産物が得られ、増幅産物が得られない日本晴や他のTos17転移系統と区別することが出来た。したがって、種子、苗、栽培中の作物、収穫物などのいろいろな段階でこの系統をDNA鑑定によって認証することができた。
【実施例4】
NT1を無農薬で栽培し、日本晴を殺虫剤トレボン、除草剤、殺菌剤をそれぞれ各1回ずつ使用して栽培した。それぞれから収穫したコメから実施例1と同様にしてDNAを抽出し、実施例3と同様にしてNT1に特異的なプライマーを用いてPCR反応を行ったところ、有機栽培を行ったNT1からのみ377bpの増幅産物が得られた。従って、特定の系統に限って特定の栽培方法を適用した場合に、DNA鑑定によって栽培条件の認証が可能であった。
【実施例5】
精米したNT1−1と日本晴について実験1と同様にしてDNAを抽出して、NT1−1に特異的なプラーマーを用いたPCR反応をおこなったところ、NT1−1からのみ予想されるサイズの増幅産物が得られた。このことから、NT1−1の種子あるいは苗を農協や農家単位で管理して特定の地域のみで栽培することで、DNA鑑定によって産地の識別が可能であり、産地について「DNA鑑定済み」などの表示をすることができた。また、この産地の日本晴と表示して販売しているコメについてDNA鑑定によって真偽を判定することが出来た。さらに、NT1−1と日本晴を1ヶ月ずらして栽培して得られたコメについても同様にして識別が可能であった。従って、栽培時期を変えて異なる系統を栽培することで産地に加えて産年の検定と認証も可能であった。
【実施例6】
精米したNT1−1と日本晴について、1.5倍量の水とチューブに入れて100℃で30分処理して炊飯米とした。これらの炊飯米を押しつぶした後に実験1と同様の抽出液を加えてよく撹拌した。これらを1300rpm、1分間の遠心にかけて得た上澄みに等量のイソプロパノールを加えて混合した。これらを1300rpm、5分間の遠心にかけてDNAを抽出沈殿させた。このようにして得られたDNAを鋳型として、NT1−1に特異的なプラーマーを用いたPCR反応をおこなったところ、NT1−1からのみ予想されるサイズの増幅産物が得られた。したがって、コメの加工品についてもDNA鑑定が可能であった。
【産業上の利用可能性】
本発明により、これまで困難であった農産物の生産地や生産時期を特定することが可能となった。産地ごとに本発明の履歴管理方法を導入することで生産物の生産履歴をDNA鑑定等により認証することが可能となり、農産物のブランド化や特産化、差別化に有利である。また、本発明の履歴管理方法を取り入れた農産物では、産地、産年、栽培条件等に関する偽の表示や意図しない異種混入などが疑われた場合にもDNA鑑定等により真偽を判定できることから消費者に対して安心という付加価値をつけて販売することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の一実施形態の流れを示す流れ図である。
【符号の説明】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
農作物の同一品種内に存在する微小な塩基配列の差異を有する遺伝子型を選抜し、該DNA配列を同定し、該遺伝子型を特定の場所、特定の時期または特定の栽培方法で栽培し、得られた農産物について該DNA配列、もしくはそれに由来する遺伝子産物を検出することによってそれらの栽培地、栽培時期、または栽培条件を識別して認証する農産物の栽培履歴管理方法
【請求項2】
農作物の品種に対して該品種の特性を変化させない微小な塩基配列の変異を人為的に生じさせて、該DNA配列を同定し、該遺伝子型を特定の場所、特定の時期または特定の栽培方法で栽培し、得られた農産物について該DNA配列、もしくはそれに由来する遺伝子産物を検出することによってそれらの栽培地、栽培時期、または栽培条件を識別して認証する農産物の栽培履歴管理方法
【請求項3】
農作物がイネである請求項1または請求項2記載の農産物の栽培履歴管理方法

【図1】
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【公開番号】特開2007−130007(P2007−130007A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−356910(P2005−356910)
【出願日】平成17年11月11日(2005.11.11)
【出願人】(505456702)
【Fターム(参考)】