説明

逆行性輸送能を有するウィルスベクター系

【課題】霊長類を含む哺乳動物の脳内において高頻度な逆行性輸送能を持つレンチウィルスベクター系、特にHIV-1ウィルスベクター系を提供すること。
【解決手段】(1)HIV-1のgag 及びpol遺伝子を含むパッケージングプラスミド;
(2)HIV-1のアクセサリー遺伝子を含むパッケージングプラスミド;
(3)目的遺伝子を含むトランスファープラスミド;及び
(4)エンベロープ遺伝子として狂犬病ウィルスの糖タンパク質(RV-G)をコードする遺伝子を含むエンベローププラスミド、を含むウィルスベクター調製用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に脳内において高度の逆行性輸送能を有するウィルスベクター系、特に、狂犬病ウィルスの糖タンパク質によって、シュードタイプ化されたレンチウィルスベクター系、該ウィルスベクター系を使用する遺伝子導入方法及び遺伝子治療方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
非増殖(非複製)型組換え体レンチウィルスベクターは、目的遺伝子を中枢神経系(CNS)における非分裂細胞に輸送して長期間に亘る発現を維持する系等のさまざまな疾患に対する遺伝子治療用ベクターとして多くの研究に利用されている(非特許文献1〜4)。特に、HIV-1 (human immunodeficiency virus type 1) に由来する霊長類のレンチウィルスベクターは遺伝子治療用のベクターとして最も実績のあるものである(非特許文献5〜8)。
【0003】
一方、ある種の脳神経疾患に対する遺伝子治療のためには、神経終末部位より感染し、軸索を逆行性に輸送され、かかる感染部位より離れた場所に位置する標的部位にある細胞体に目的とする遺伝子を導入することのできるウィルスベクターが有益である。
【0004】
これまでに、エンベロープ糖タンパク質(エンベロープ遺伝子タンパク質)として、水泡性口内炎ウィルス(vesicular stomatitis virus:VSV)のG遺伝子(VSV-G)を利用(シュードタイプ化:pseudotyped)した組換え体HIV-1ウィルスを用いて、カニクイサル脳内における逆行性輸送システムが開発されてきたが、このベクターの逆行性輸送は効率的なものではなかった(非特許文献9)。この文献に記載された方法では、免疫染色により確認された結果、サルの線条体に注入された組換え体HIV-1ウィルスにより逆行性に感染された中枢神経系の細胞はごく僅かであった。
【0005】
一方で、狂犬病ウィルス(rabies virus: RV)は、シナプス終末より感染し、軸索を逆行性に輸送される活性を持つことが知られている。実際に、RV-Gによってウマ貧血ウィルスに基づく非霊長類レンチウィルスベクターの逆行性輸送能が亢進されることが報告されている(非特許文献10、11及び特許文献1)。
【0006】
更に、RV-Gでシュードタイプ化したHIV-1レンチウィルスが報告されているが(非特許文献3)、この報告では実際にこのウィルスベクターを使用した動物実験(インビボ)はなされていない。又、狂犬病の原因となる神経向性ウィルスである、モコラリッサウィルス(Mokola lyssavirus)の糖蛋白質又はVSV-Gでシュードタイプ化したHIV-1ベクターのCNSにおける遺伝子移入が研究されている。モコラリッサウィルスの糖蛋白質又はVSV-Gでシュードタイプ化したHIV-1ベクターをラットの鼻孔に注射した結果、嗅神経系までの逆行性輸送に関して、これらのベクターは互いに同程度であった(非特許文献12)。又、この文献には線条体経由でウィルスベクターを投与した例は記載されていない。
【特許文献1】特表2004−517057号公報
【非特許文献1】NALDINI, L., BLÖMER, U., GAGE, F.H., TRONO, D., and VERMA, I.M. (1996). Efficient transfer, integration, and sustained long-term expression of the transgene in adult rat brains injected with a lentiviral vector. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 11382-11388.
【非特許文献2】REISER, J., HARMISON, G., KLUEPFEL-STAHL, S., BRADY, R.O., KARLSSON, S., and SCHUBERT, M. (1996). Transduction of nondividing cells using pseudotyped defective high-titer HIV type 1 particles. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 15266-15271.
【非特許文献3】MOCHIZUKI, H., SCHWARTZ, J.P., TANAKA, K., BRADY, R.O., and REISER, J. (1998). High-titer human immunodeficiency virus type 1-based vector systems for gene delivery into nondividing cells. J. Virol. 72, 8873-8883.
【非特許文献4】MITROPHANOUS, K.A., YOON, S., ROHLL, J.B., PATIL, D., WILKES, F.J., KIM, V.N., KINGSMAN, S.M., KINGSMAN, A.J., and MAZARAKIS, N.D. (1999). Stable gene transfer to the nervous system using a non-primate lentiviral vector. Gene Ther. 6, 1808-1818.
【非特許文献5】KORDOWER, J.H., EMBORG, M.E., BLOCH, J., MA, S.Y., CHU, Y., LEVENTHAL, L., MCBRIDE, J., CHEN, E.-Y., PALFI, S., ROITBERG, B.Z., BROWN, W.D., HOLDEN, J.E., PYZALSKI, R., TAYLOR, M.D., CARVEY, P., LING, Z., TRONO, D., HANTRAYE, P., DÉGLON, N., and AEBISCHER, P. (2000). Neurodegeneration prevented by lentiviral vector delivery of GDNF in primate models of Parkinson’s disease. Science 290, 767-773.
【非特許文献6】MARR, R.A., ROCKENSTEIN, E., MUKHERJEE, A., KINDY, M.S., HERSH, L.B., GAGE, F.H., VERMA, I.M., and MASLIAH, E. (2003). Neprilysin gene transfer reduces human amyloid pathology in transgenic mice. J. Neurosci. 23, 1992-1996.
【非特許文献7】ROSENBLAD, C., GEORGIEVSKA, B., and KIRIK, D. (2003). Long-term striatal overexpression of GDNF selectively downregulates tyrosine hydroxylase in the intact nigrostriatal dopamine system. Eur. J. Neurosci. 17, 260-270.
【非特許文献8】LO BIANCO, C., SCHNEIDER, B.L., BAUER, M., SAJADI, A., BRICE, A., IWATSUBO, T., and AEBISCHER, P. (2004). Lentiviral vector delivery of parkin prevents dopaminergic degeneration in an α-synuclein rat model of Parkinson’s disease. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 17510-17515.
【非特許文献9】KITAGAWA, R., MIYACHI, S., HANAWA, H., TAKADA, M., and SHIMADA, T. (2007). Differential characteristics of HIV-based versus SIV-based lentiviral vector systems: gene delivery to neurons and axonal transport of expressed gene. Neurosci. Res. 57, 550-558.
【非特許文献10】MAZARAKIS, N. D., AZZOUZ, M., ROHLL, J.B., ELLARD, F.M., WILKES, F.J., OLSEN, A.L., CARTER, E.E., BARBER, R.D., BABAN, D.F., KINGSMAN, S.M., KINGSMAN, A.J., O’MALLEY, K., and MITROPHANOUS, K.A. (2001). Rabies virus glycoprotein pseudotyping of lentiviral vectors enables retrograde axonal transport and access to the nervous system after peripheral delivery. Human Mol. Genet. 10, 2109-2121.
【非特許文献11】AZZOUZ, M., RALPH, G.S., STORKEBAUM, E., WALMSLEY, L.E., MITROPHANOUS, K.A., KINGSMAN, S.M., CARMELIET, P., and MAZARAKIS, N.D. (2004). VEGF delivery with retrogradely transported lentivector prolongs survival in a mouse ALS model. Nature 429, 413-417.
【非特許文献12】DESMARIS, N., BOSCH, A., SALAÜN, C., PETIT, C., PRÉVOST, M.-C., TORDO, N., PERRIN, P., SCHWARTZ, O., DE ROCQUIGNY, H., and HEARD, J.M. (2001). Production and neurotropism of lentivirus vectors pseudotyped with lyssavirus envelope glycoproteins. Mol. Ther. 4, 149-156.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、霊長類を含む哺乳動物の脳内において高頻度な逆行性輸送能を持つ(逆行輸送性)レンチウィルスベクター系、特にHIV-1ウィルスベクター系、該ウィルスベクター系を使用する遺伝子導入方法及び遺伝子治療方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、シナプス終末より感染して軸索を逆行性に輸送される感染特性を有する狂犬病ウィルスの糖タンパク質(RV-G)を利用して、非増殖型組換え体レンチウィルスベクター系をシュードタイプ化することによって、マウス及びサルの脳内において、実際に、線条体に投与したウィルスベクターが線条体に投射する神経の軸索を逆行性に輸送されることにより、該投与部位から離れた標的領域に高頻度に運搬され、標的領域における該神経細胞体に目的の遺伝子を導入し、発現させることが可能となることをインビボで実証し、本発明を完成させた。
【0009】
即ち、本発明は以下の態様に係るものである。
[態様1]
(1)HIV-1のgag 及びpol遺伝子を含むパッケージングプラスミド;
(2)HIV-1のアクセサリー遺伝子を含むパッケージングプラスミド;
(3)目的遺伝子(導入遺伝子)を含むトランスファープラスミド;及び
(4)エンベロープ遺伝子として狂犬病ウィルスの糖タンパク質(RV-G)をコードする遺伝子を含むエンベローププラスミド、
を含む逆行輸送性ウィルスベクター調製用キット。
[態様2]
本発明のウィルスベクター調製用キット、及び、宿主細胞を含む、プロデューサー細胞作成用キット。
[態様3]
本発明のウィルスベクター調製用キットに含まれる、パッケージングプラスミド、トランスファープラスミド、及び、エンベローププラスミドを感染細胞にコトランスフェクションさせることから成る、プロデューサー細胞の作製方法。
[態様4]
本発明の作製方法で得られたプロデューサー細胞。
[態様5]
本発明のプロデューサー細胞を培養し、培養上清からウィルス粒子を回収することからなる、ウィルスベクターの製造方法。
[態様6]
本発明のウィルスベクター製造の方法によって製造された、逆行性輸送能を有するウィルスベクター。
[態様7]
本発明のウィルスベクターを動物の神経終末部に感染させ、該ウィルスベクターが該神経の軸索を逆行性に輸送されることにより脳内の標的領域にある該神経の細胞体に導入し、目的とする遺伝子を該細胞体内で発現させることから成る、遺伝子導入方法。
[態様8]
本発明のウィルスベクターを活性成分として含有する、遺伝子治療剤。
[態様9]
本発明の方法で導入された目的遺伝子が標的領域における細胞の染色体に組み込まれ発現することを含む、脳疾患の遺伝子治療方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、サル及びマウス等の哺乳動物において、神経終末(シナプス終末)の存在する脳領域に導入目的の特定の遺伝子を持つ組換え体ウィルスベクターを注入し、このウィルスベクターが軸索を逆行性に輸送されることによって、ウィルスベクターの感染(注入)部位から遠く離れた位置にある中枢神経系の細胞体の領域に該目的遺伝子(導入遺伝子)を効率良く導入して発現させられることが初めてインビボで実証された。本発明において、特に、特定のパッケージングプラスミド、トランスファープラスミド及びエンベロープ遺伝子を使用することによって、ウィルスベクター調製用キットを使用して産生されるウィルスベクターは非常に高いウィルス力価が得られ、脳内において高頻度な逆行性輸送能を発揮する組換え体ウィルスベクターの作製が臨床的に可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を実施する形態について、詳細に説明する。本発明のウィルスベクター調製用キットにおいて、「gag」はレトロウィルスのコア蛋白質をコードする遺伝子であり、「pol」は逆転写酵素等をコードする遺伝子である。又、「エンベロープ遺伝子」は、脂質二重膜からなるレトロウィルスの外皮膜であるエンベロープに存在するウィルス特異的な蛋白質であるエンベロープをコードする遺伝子である。エンベロープはウィルスが細胞に吸着し侵入するための重要な役割を担っている。更に、「アクセサリー遺伝子」とは、例えば、構造遺伝子の発現を調節するrev遺伝子等を意味する。
【0012】
本発明のウィルスベクター調製用キットの好適代表例においては、(1)HIV-1のgag 及びpol遺伝子を含むパッケージングプラスミド及び(2)HIV-1のアクセサリー遺伝子を含むパッケージングプラスミドとして、夫々、「pCAGkGP1.1R」及び「pCAG4-RTR2」を使用し、更に、トランスファープラスミドとして、「pCL20c-MSCV-X(ここで、「X」は目的遺伝子を示す)」を使用することを特徴とする。該トランスファープラスミドはマウス幹細胞ウィルスプロモーターの下流に導入の対象である目的遺伝子「X」がコードされている。
【0013】
上記のウィルスベクター調製用キットに含まれる各プラスミドは、St. Jude Children’s Research Hospital のArthur Nienhuis博士によって開発されたHIV-1ベクター系「SJ1」(HANAWA, H., et al., (2002) Mol. Ther. 5, 242-251; (2004). Blood 103, 4062-4069: St. Jude Children’s Research Hospitalから供与)に基づき構成されている。このベクター系は、HeLa細胞における力価が他のベクター系の約10倍あることが知られている。従って、当業者であれば、本願明細書及び上記文献を参照することによって、これら各プラスミドを容易に作製することができる。尚、上記の(1)及び(2)のパッケージングプラスミドは、一つのプラスミドとして構築されていても良い。
【0014】
本発明ウィルスベクター調製用キットのエンベローププラスミドに含まれるエンベロープ遺伝子の例として、例えば、狂犬病ウィルス株の糖タンパク質(RV-G)、特に、配列番号2に示されたアミノ酸配列から成る特定の狂犬病ウィルス株のRV-Gをコードするエンベロープ遺伝子、好ましくは、配列番号1に示された塩基配列を有する核酸を挙げることが出来る。当該塩基配列は、コドン縮重を考慮して、エンベローププラスミド内の他の要素に合わせて適宜最適コドンと成るように塩基を変更することが可能である。このエンベローププラスミドにおいて、エンベロープ遺伝子は、当業者に公知の任意の発現調節配列の発現制御下に結合されている。
【0015】
「発現制御下」とは、所定のアミノ酸配列をコードしたDNAが、所定の条件下で、そのアミノ酸配列を有するタンパク質を発現させる能力を有するという意味である。所定のアミノ酸配列をコードしたDNAが発現調節配列の発現制御下に結合されていると、そのDNAは、所定の条件下で、所定のタンパク質を発現するということになる。ここで、「発現調節配列」とは、他の核酸配列の発現を調節する核酸配列のことを意味しており、他の核酸配列の転写、及び、好ましくは翻訳をも制御及び調節する。発現調節配列には、適当なプロモーター、エンハンサー、転写ターミネーター、タンパク質をコードする遺伝子における開始コドン(すなわちATG)、イントロンのためのスプライシングシグナル、ポリアデニル化部位、及びストップコドンが含まれる。
【0016】
「プロモーター」とは、転写を行うために必要最小限な配列のことを意味している。プロモーターには、細胞タイプ特異的、組織特異的、又は外部からの信号や調節剤によってプロモーター依存的に遺伝子の発現を制御するプロモーター要素も含まれる。プロモーター要素は、発現されるDNAの5'領域、又は3'領域のいずれかに結合される。また、プロモーターには、構成的なもの、又は誘導的なもののいずれも含まれる。例えば、バクテリアにおいて発現ベクターを作製する場合には、誘導的なプロモーターとして、T7RNAポリメラーゼプロモーター、バクテリオファージγのpL、plac、ptrp、ptac(ptrp−lacのハイブリッドプロモーター)などのプロモーターが使用できる。プロモーターは、使用する目的遺伝子及びウィルスベクターの種類、治療対象となる動物及び脳疾患の種類、及び、患者の病態等に応じて、当業者に公知のものを適宜、選択することが出来る。
【0017】
本発明におけるエンベローププラスミドにおいては、エンベロープ遺伝子はサイトメガロウィルスエンハンサー及びトリβアクチンプロモーターの制御下で発現するように結合されていることが好ましい。このようなエンベローププラスミドの好適例として、上記のベクター系「SJ1」に含まれるエンベローププラスミド「pCAGGS-VSV-G」における「VSV-G」をコードする核酸を、配列番号1記載の塩基配列を有する乳飲みマウスの脳にて感染継代された狂犬病ウィルスCVS株の糖タンパク質(RV-G)(国立感染症研究所の森本金次郎先生から供与)をコードする核酸(cDNA)(Morimoto, K. et al., (1998) Proc Natl. Acad. Sci., USA 95, 3152-3156)と常法に従い置換して得られた、「pCAGGS-RV-G」を挙げることが出来る。従って、当業者であれば、本願明細書及び上記文献を参照することによって、これら上記プラスミドを容易に作製することができる。
【0018】
トランスファープラスミドに含まれる目的遺伝子は、ウィルスベクターの使用目的、治療対象となる動物及び脳疾患の種類、及び、患者の病態等に応じて、当業者に公知のものを適宜、選択することが出来る。従って、マウス、サル、ヒト等の哺乳動物の各種遺伝子、例えば、パーキンソン病に代表される脳神経疾患又は神経変性疾患等の治療に使用される、黒質線条体系の生存又は保護に必要な遺伝子(例えば、チロシンヒドロキシラーゼ、グリア細胞株由来神経栄養因子)等を挙げることが出来る。
【0019】
本発明のプロデューサー細胞作製用キットに含まれる宿主細胞としては、上記ウィルスベクター調製用キットによって感染させることができ、その結果、「プロデューサー細胞」と呼ばれるレトロウィルス粒子を産生する細胞を作製できるような細胞であれば、特に制限はなく、当業者に公知の任意の細胞、例えば、HEK293T細胞(SV40 large T antigen が導入されている)等の市販されている適当な動物由来の細胞を使用することができる。
【0020】
本発明の各種キットには、その構成・使用目的などに応じて、上記各プラスミド及び/又は宿主細胞に加えて、例えば、各種試薬類、緩衝液、各種補助剤、反応プレート(容器)等の当業者に公知の他の要素又は成分を適宜含むことができる。
【0021】
本発明のプロデューサー細胞作製用キットを用いて、ウィルスベクター調製用キットに含まれる、パッケージングプラスミド、トランスファープラスミド、及び、エンベローププラスミドを感染細胞にコトランスフェクションさせることによって、プロデューサー細胞を作製することが出来る。このトランスフェクションは一過性であり、リン酸カルシウム法等の当業者に公知に任意の方法で行なうことが可能である。
【0022】
こうして得られたプロデューサー細胞を当業者に公知の任意の方法・手段で培養し、培養上清からウィルス粒子を回収することによって、脳内において逆行性輸送能を有し、高い力価を示すウィルスベクターを製造することが出来る。
【0023】
本発明のウィルスベクターを動物の神経終末部に感染させ、該ウィルスベクターが該神経の軸索を逆行性に輸送されることにより脳内の標的領域にある該神経の細胞体に導入し、目的とする遺伝子を該細胞体内で発現させることができる。神経終末部は、例えば、線条体にあり、脳内の標的領域は、例えば、一次運動皮質、一次体性感覚皮質、視床束傍核、及び/又は、黒質緻密部のような線条体に投射する脳中枢領域である。
【0024】
従って、本発明のウィルスベクターは遺伝子治療剤の活性成分として有効である。この遺伝子治療剤には、活性成分と組合せて、薬学上許容できる、当業者に公知の任意の医薬キャリア−又は希釈剤等のその他の成分を含むことが出来る。
【0025】
本発明の活性成分の有効量は、ウィルスベクターに含まれる導入遺伝子の種類、脳疾患又は神経変性障害等の種類・重篤度、治療方針、患者の年齢、体重、性別、全般的な健康状態、及び患者の(遺伝的)人種的背景に応じて、当業者が適宜選択することができる。活性成分(ウィルスベクター)の投与量は、例えば、1回の投与当たり、数箇所の感染(注入)部位の総量10〜10TU (Transducing Unit)とすることができる。尚、ウィルスベクター又は遺伝子治療剤は、当業者に公知の任意の投与方法・装置を用いて、患者の所定部位へ感染(注入)させることができる。
【0026】
本発明のウィルスベクターを患者に投与することによって、標的領域における所定の細胞に導入された遺伝子は該細胞の染色体に組み込まれ、目的遺伝子が安定的に発現される。従って、この遺伝子導入方法を利用して、ヒト等の霊長類を含む哺乳動物の脳疾患又は神経変性疾患(例えば、パーキンソン病)等の遺伝子治療を実施することが可能である。
【0027】
以下、実施例および試験例により本発明をより詳細に説明する。これらの例は、本発明の一部を示すものであり、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。又、特に記載のない場合には、各操作における実験条件等は本明細書に引用して文献記載の方法に準じて、又は、当該技術分野における標準的な方法に従った。
【実施例】
【0028】
ウィルスベクターの調製:
本発明のウィルスベクターを、St. Jude Children’s Research Hospital のArthur Nienhuis博士によって開発されたHIV-1ベクター系を利用して調製した。即ち、gag及び pol遺伝子を含むパッケージングプラスミド(pCAGkGP1.1R)、アクセサリー遺伝子を含むパッケージングプラスミド(pCAG4-RTR2)、及び、目的遺伝子として緑色蛍光蛋白質(GFP)を含むトランスファープラスミド(pCL20c-MSCV-GFP)を使用した。又、エンベローププラスミドとしては、上記のベクター系に含まれるエンベローププラスミド「pCAGGS-VSV-G」における「VSV-G」をコードする核酸を配列番号1記載の塩基配列を有する狂犬病ウィルス株の糖タンパク質(RV-G)をコードする核酸(cDNA)と常法により置換して得られた、「pCAGGS-RV-G」を使用した。
【0029】
これらのプラスミドを含むウィルスベクター溶液を、HEK293T細胞へリン酸カルシウム法を用いてトランスフェクションした。48時間培養後、培養上清よりウィルス粒子を回収し、遠心し、これを0.45 μmセルロースフィルターでろ過した。次に、この上清に含まれるウィルスベクターを超遠心法(100,000 x g)により濃縮し、0.1% 牛血清アルブミン含有リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中に懸濁させ、-80℃で保存した。ウィルス力価を評価するために、HEK293T細胞を6ウェル細胞培養用プレート:MULTIWELL(登録商標) FALCON)に撒き、適当な濃度のウィルス溶液を該培養細胞に感染させ、形質転換3日後にFACS Calibur(Nippon Becton Dickinson Co., Tokyo, Japan)を用いて力価を測定した。その結果、およそ5 X 108 TU/mlのウィルス溶液が得られたことが確認された。
【0030】
より具体的には、ウィルスベクターを以下の手順で製造した。
(1)抗生物質含有DMEM 10% FBS(10 ml)の293T 細胞(3x106 個/ 10cm dish: CELL STAR(登録商標) gleiner bio-one)をトランスフェクションの約24時間前に蒔くか、又は、コンフルエントな状態の293T 細胞を1:7で分割し、5% CO2, 37℃でインキュベートした。
(2) 2xHBSP, CaCl2 及び滅菌 milli-Q 水を室温に温めた。
(3)15ml 円錐管中で、以下のDNA混合物:
pCAGkGP1.1R 6μg;
pCAG4-RTR2 2μg;
pCAGGS-VSV-G又はpCAGGS-RV-G 2μg;及び
pCL20c MSCV-GFP 10μg、
に滅菌 milli-Q 水を加えて450μlとし、これに2.5M CaCl2 50μlを添加した。
(4)2xHBSP 500μl を攪拌しながら滴下した。
(5)以上で得られたDNA-CaCl2-HBSP 混合物を293T 細胞上に滴下し、十分に混合した。この DNA-CaCl2-HBSP 混合物のインキュベーション時間は、HBSPのロットによって至適時間が異なる。DNA-CaCl2-HBSP 混合物を培養 dish に加える時は、ゆっくりと均等に 滴下させてから、dish をゆっくり混ぜた。滴下後、粒子が出来ているか否かを検鏡した。ゴミのようなカスが見えた。37℃ 1hでインキュベーション後、もう一度検鏡した。その結果、Dish 底に明らかにべったりと DNA particle が観察された。
(6)約18時間のインキュベーション後、培地を吸引し、温PBS(5ml)で2回良く洗浄し、抗生物質含有DMEM 10% FBS(7 ml)をその上に加えた。
(7)約12時間後に、馴化培地を回収し、低速遠心(1,200 rpm, 10 min, 4℃)し、これを0.45 μmセルロースフィルター(「Millex」(登録商標):PVDF膜、Millipore Co., cat No.SLHV033RB)でろ過した。更に、抗生物質含有DMEM 10% FBS(7 ml)を加え、約12時間後に、2回目の回収操作を実施した。
(8)こうして回収した上清に含まれるウィルスベクターを超遠心法(25,000rpm 90min 4℃、SW28)、又は、限外ろ過(ultrafiltration :Centricon(登録商標)Plus-80, Amicon)により濃縮した。ただし、限外ろ過を行う場合には、血清非含有培地が必要である。超遠心後、tube の底には virus ppt が鮮明に見えた。
(9)PBS/0.1% BSA solution にて virus ppt を懸濁し、一定量ずつドライアイスで瞬間凍結し、−80℃で保存した。
【0031】
尚、上記の方法で使用した試薬の調製は以下の通りである。
CaCl2 2.5M
2.5M CaCl2 2H2O(36.76g)に水を加えて100mlとし、0.45 μm フィルターでろ過して滅菌し、一定量(10 ml)に分けて−20℃で保存した。
10x HBSP stock solution
1.4M NaCl(40.9g)、50mM HEPES(29.8g)、7.5mM Na2HPO4 ・12H2O(1.35g)、50mM KCl(1.9g)、及び60mM glucose(5.4g)に水を加えて500mlとし、0.45 μm フィルターでろ過して滅菌し、4℃で保存した。
2x HBSP stock solution
100ml 10x HBSP stock solution 及び水(300ml)を混合し、1N NaOHを用いて pH 7.05 (7.05-7.20)に調整し、水を加えて500mlにし、0.45 μm フィルターでろ過して滅菌し、一定量(50 ml)に分けて−20℃で保存した。融解後は4℃で保存した。
【0032】
ウィルスベクターのマウス脳内への導入:
動物の飼育及び取り扱い操作は福島県立医科大学の動物実験委員会及び東京都神経科学研究所の動物実験倫理委員会が制定したガイドラインに基づき実施した。
12週齢マウス(C57BL/6J)をペントバルビタールナトリウム(50 mg/kg, i.p.)で麻酔し、上記で作製したウィルスベクターを含む溶液(3.0 x 108 TU/ml)を、マウスの脳内(線条体)に脳定位固定装置を利用して、マウス脳アトラス(PAXINOS, G., and FRANKLIN, K.B.J. (2001). The Mouse Brain in Stereotaxic Coordinates, 2nd edn. (Academic Press, San Diego))に従い、マイクロインジェクションポンプに連結したガラスマイクロインジェクションキャピラリーを介して線条体(striatum)の背部領域(dorsal region)にトラック上2箇所、1箇所あたり 0.5 μl の溶液を注入した(0.1 μl/min)。ブレグマ(bregma)からの前後(anteroposterior)、内外側(mediolateral)、及び背腹(dorsoventral)の方向の座標は、夫々、0.50 、2.00及び2.50/3.25(mm)であった。
【0033】
ウィルスベクターのサル脳内への導入:
カニクイサル(Macaca fascicularis, 25 - 3.5 kg)をケタミン塩酸塩(5 mg/kg, i.m.)及びキシラジン塩酸塩(0.5 mg/kg, i.m.)で鎮静させ、その後、ペントバルビタールナトリウム(20 mg/kg, i.v.)で麻酔させ、ハミルトンマイクロシリンジ(50μl)を用いて上記で作製したウィルスベクターを含む溶液(3.0 x 108 TU/ml)を、サル脳アトラス(SZABO, J. and COWAN, W.M. (1984). A stereotaxic atlas of the brain of the cynomolgus monkey (Macaca fascicularis). J. Comp. Neurol. 222, 265-300)に従い、被殻(putamen)内に、各トラック上2箇所、1箇所あたり 5 μl の溶液を注入した。両外耳道を結ぶ線(interauralline)、中線(midline)及び硬膜(dura)からの、前後、内外側、及び背腹の各方向の座標(mm)は、夫々、22, 10, 14/16(トラック1);20, 10, 14/16(トラック2);20, 8, 13/17(トラック3);18, 11, 14/17(トラック4);18, 9, 14/18(トラック5);16, 12, 13/17(トラック6);16, 10, 13/17トラック7);14, 13, 13/17(トラック8);14, 11, 13/17(トラック9); 12, 12, 13/16(トラック10) 及び10, 12, 16/13(トラック11)であった。
【0034】
注入の4週間後、動物をペントバルビタールナトリウム(50 mg/kg, i.p.)で深く麻酔し、心臓経由で、マウスの場合は、4%ホルマリン及び0.1 Mリン酸塩緩衝液(PB: pH 7.4)、サルの場合は、0.1 M PB中の10%ホルマリン及び15%ピクリン酸を灌流した。
【0035】
組織学的操作
アビジン−ビオチン−ペルオキシダーゼ法による免疫染色用に、クライオスタットを用いて横断切片(マウス用:厚さ30 μm、サル用:厚さ60μm)を調製し、ウサギ抗GFPポリクローナル抗体(Molecular Probes, Eugene, OR:1:2,000 希釈)でインキュベートし、更に、ビオチニル化ヤギ抗ウサギIgG抗体(Vector Laboratories, Burlingame, CA:1:1,000希釈)とインキュベートした。免疫反応シグナルはVectastain Elite ABC キット(Vector Laboratories, Burlingame, CA)で視覚化した。
【0036】
二重免疫蛍光組織化学染色用に、切片を上記ウサギ抗GFPポリクローナル抗体、及び、以下のマウスモノクローナル抗体のいずれか一つとインキュベートした:抗NueN 抗体(1:400 希釈、Chemicon, Temecula, CA)、抗グリア線維性酸性蛋白質(GFAP)抗体(1:400 希釈、Sigma, St, Louis, MO)、又は、抗チロシンヒドロキシラーゼ(TH)抗体(1:400 希釈、Chemicon)。次に、切片をFITC結合ヤギ抗ウサギIgG及びCy3-結合ロバ抗マウス抗体(1:500 希釈、Jackson, ImmunoResearch Laboratories, West Groove, PA)とインキュベートした。蛍光画像は、FITC及びCy3蛍光チャンネル用の適当なフィルターキューブ仕様を備えた共焦点レーザースキャニング顕微鏡(LSM510, Zeiss, Thornwood, NY)下で捉えた。これら蛍光画像はZeiss Axiovision ソフトウェアパッケージにより調節された高級CCDカメラシステムで撮影した。
【0037】
細胞計数
前脳及び中脳を通る一連の切片を使用して、上記のアビジン−ビオチン−ペルオキシダーゼ法による免疫染色を実施した。各脳領域における免疫染色された細胞の数はコンピュータ操作による画像プログラム(NIH Image 1.62, National Institutes of Health, Bethesda, MD)で計測した。ベクター注入部位における線条体細胞の同定の為に、代表的な切片を用いて二重免疫蛍光組織化学染色を行った。各動物において、対象領域(0.2 x 0.2 mm)内の免疫染色細胞数を画像プログラムを用いて計測した。各動物からの8〜10個の切片を使用して計測し、切片辺りの平均を計算した。
【0038】
統計分析
統計的比較は、ANOVA, post hoc Tukey’s test及び Student’s t-test を用いて行った。値はデータの平均SEMで表記した。
【0039】
結果:マウス
(1)ウサギ抗GFPポリクローナル抗体を用いた免疫染色の結果、マウスの線条体にVSV-G あるいはRV-Gを持つウィルスベクターを注入した場合、両者のベクターはともに線条体の多数の神経細胞において導入遺伝子の発現を誘導した(図1A)。
【0040】
(2)次に、注入されたウィルスベクターが軸索を逆行性に輸送されて目的遺伝子が発現されることを、線条体に投射する脳領域の代表として、一次運動皮質(primary motor cortex: M1)、一次体性感覚皮質(primary somatosensory cortex: S1)、視床束傍核(parafascicular nucleus of the thalamus: PF)、及び、黒質緻密部(substantia nigra pars compacta: SNc)を選択して検討した。その結果、VSV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入した場合には、これら脳領域におけるGFP陽性細胞は非常に僅かであるか、全く見られなかった、それに対して、RV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入した場合には、PF領域でGFPの顕著な発現が観察され、M1及びS1領域でも中程度の発現が見られ、SNc領域での発現は僅かであった(図1B)。以下の表1にまとめたように、RV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入した場合には、VSV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入した場合と比較して、夫々の脳領域におけるGFP陽性細胞数は顕著に増大していた(n-=4, p<0.001 for M1 and S1, p<0.01 for PF and SNc, Student’s t-test)。尚、表1中、「ND」は検出されなかったことを示す。
【0041】
【表1】

【0042】
更に、GFP免疫反応を示す線条体神経の軸索終末が黒質網様部(substantia nigra pars reticulata: SNr)において観察されたが、これは、GFPが順行性輸送されたことによるものである。黒質網様部におけるGFP免疫反応強度は、RV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターの方が低かった(図1B)。
【0043】
(3)M1, S1及び PFの各領域の切片については上記ウサギ抗GFPポリクローナル抗体及び抗NueN (ニューロンマーカー)抗体、並びに、SNc領域の切片については上記ウサギ抗GFPポリクローナル抗体及び抗TH(ドーパミンニューロンマーカー)抗体を用いた二重免疫蛍光組織化学染色を行った。その結果、RV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入されたマウスにおいては、M1, S1及び PFの各領域の殆ど全てのGFP陽性細胞がNueNについて二重染色され、SNc領域では全てのGFP陽性細胞がTHについて二重染色された(図2)。これらの結果は、HIV-1ウィルスベクターをRV-Gでシュードタイプ化することによって、マウス脳内において逆行性軸索輸送を介しての遺伝子導入効率が増大したことを示すものである。
【0044】
(4)マウス線条体細胞内への遺伝子導入パターンを検討すべく、上記ウサギ抗GFPポリクローナル抗体、及び、抗NueN抗体又は抗GFAP(グリア細胞マーカー)抗体を用いた二重免疫蛍光組織化学染色を行った(図3)。その結果、VSV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入されたマウスにおいては、NueN及びGFPに対して二重染色された細胞の数はGFP陽性全細胞の90.2 + 6.8 % であり、一方、NueN及びGFAPに対して二重染色された細胞の数はGFP陽性全細胞の6.9 + 0.8 % であった(n=4)。これに対して、RV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入されたマウスにおいては、NueN及びGFPに対して二重染色された細胞の数はGFP陽性全細胞の25.8 + 2.5 % であり、一方、NueN及びGFAPに対して二重染色された細胞の数はGFP陽性全細胞の70.6 + 4.1 % であった(n=4)。即ち、線条体ニューロンへの遺伝子導入効率は、RV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターの方が有意に低かった(p<0.001, Turkey’s test)。この逆に、線条体星状膠細胞(striatal astroglia)への遺伝子導入効率は、RV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターの方が有意に高かった(p<0.001, Turkey’s test)。
【0045】
以上のマウスの脳を用いた分析の結果、RV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターは、線条体自体への移入効率は低いものの、マウスの線条体に投射する神経細胞集団への逆行性輸送による高頻度な遺伝子導入能を有することが示された。
【0046】
結果:サル
(1)線条体内への投与による黒質線条体ドーパミンニューロンへのウィルスベクターの軸索逆行性輸送能はパーキンソン病の遺伝子治療を目的とするモデル実験にとって非常に重要である。カニクイサルの線条体(被殻:putamen)内にウィルスベクターを注入した。その結果、VSV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを注入してもサルのSNc においてほんの僅かな数(15.8 個/切片, n = 2)の細胞にしか導入されなかった(図4A)。この結果は、最近報告された、サル黒質線条体における逆行性輸送システム(非特許文献9)の結果と一致するものであった。それとは極めて対照的に、RV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターを注入した場合には、SNc における多数の細胞(376.9 個/切片, n = 2)に遺伝子が導入された。この数は、VSV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを使用した場合に比べて約24倍であった。又、線条体黒質系の軸索終末(striatonigral axon terminals)におけるGFP免疫反応の強度は、VSV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターを使用した場合に比べて、RV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターを注入した場合が減少していた(図4A)。
【0047】
(2)次に、RV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターを注入したサルから調製した一連のSNc 切片をGFP及びTHに対する二重免疫蛍光組織化学染色で検討した。SNcにおける実質的に全てのGFP陽性ニューロンがTHに対して二重染色され、TH免疫反応性ニューロンの多くが(68.0 %, n = 2)がGFP導入遺伝子を発現していた(図4B)。これらのデータから、RV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターは、サル脳内の黒質線条体ドーパミン系への逆行性輸送による高頻度な遺伝子導入能を有することが示された。
【0048】
(3)サル線条体ニューロンへの遺伝子導入効率を検討すべく、GFP及びNueNに対する二重免疫蛍光組織化学染色を行った。VSV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクター及びRV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターについて、GFP陽性全細胞に対してNueN及びGFPに対して二重染色された細胞の割合は、夫々、51.9 %及び21.4 %(n = 2)であった(図4C)。マウス脳の場合と同様に、線条体ニューロン内へのRV-Gでシュードタイプ化されたウィルスベクターの導入効率は低下しており、このために、RV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターでは、線条体黒質系の軸索終末におけるGFP免疫反応強度が減少したものと思われる。しかしながら、マウスと比べてサルの場合(図4Aと図1Bとの比較)には、RV-Gでシュードタイプ化された本発明のウィルスベクターは逆行性輸送によって黒質線条体系(nigrostriatal system)により高度に遺伝子導入をすることが可能であることが示された。
【0049】
本明細書中に引用される文献に記載された内容は、本明細書の一部として本明細書の開示内容を構成するものである。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、例えば、黒質−線条体系の選択的変性に起因するパーキンソン病の遺伝子治療に有益であり、この場合には、線条体に組換え体ウィルスを注入し、脳深部に局在する黒質緻密部に効率よく遺伝子導入をすることが可能となる。この技術は、脳神経疾患の遺伝子治療のために、新しく、有効な実験手段を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】マウス線条体内にレンチウィルスベクターを注入した後の脳領域における導入遺伝子の発現を示す免疫染色の写真である。尚、Bの右列は左列の四角枠を拡大したものである。最下段の写真(4つ)における点線はSNcとSNrとの境界を示す。又、スケールバーは400μmである。
【図2】M1, S1 , PF及び SNcの各領域の切片について二重免疫蛍光組織化学染色の結果を示す写真である。GFP陽性シグナル(緑)、NeuN又はTH陽性シグナル(赤)、及び、合併画像シグナル(黄色)であり、スケールバーは50μmである。
【図3】マウス線条体細胞内への遺伝子導入を示す二重免疫蛍光組織化学染色の結果を示す写真である。GFP陽性シグナル(緑)、NeuN又はGFAP陽性シグナル(赤)、及び、合併画像シグナル(黄色)であり、スケールバーは50μmである。
【図4】A:カニクイサルの線条体(果核:putamen)内にレンチウィルスウィルスベクターを注入後の脳領域における導入遺伝子の発現を示す免疫染色の写真である。尚、右列は左列の四角枠を拡大したものである。又、スケールバーは1mmである。B: SNc領域の切片について二重免疫蛍光組織化学染色の結果を示す写真である。GFP陽性シグナル(緑)、TH陽性シグナル(赤)、及び、合併画像シグナル(黄色)であり、スケールバーは50μmである。C:線条体における二重免疫蛍光組織化学染色の結果を示す写真である。GFP陽性シグナル(緑)、NeuN陽性シグナル(赤)、及び、合併画像シグナル(黄色)であり、スケールバーは50μmである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)HIV-1のgag 及びpol遺伝子を含むパッケージングプラスミド;
(2)HIV-1のアクセサリー遺伝子を含むパッケージングプラスミド;
(3)目的遺伝子を含むトランスファープラスミド;及び
(4)エンベロープ遺伝子として狂犬病ウィルスの糖タンパク質(RV-G)をコードする遺伝子を含むエンベローププラスミド、を含む逆行輸送性ウィルスベクター調製用キット。
【請求項2】
RV-Gが配列番号2に示されたアミノ酸配列を有し、パッケージングプラスミド(1)がpCAGkGP1.1Rであり、パッケージングプラスミド(2)がpCAG4-RTR2であり、且つ、トランスファープラスミドがpCL20c-MSCV-X(ここで、「X」は目的遺伝子を示す)であることを特徴とする、請求項1記載のウィルスベクター調製用キット。
【請求項3】
エンベローププラスミドにおいて、エンベロープ遺伝子がサイトメガロウィルスエンハンサー及びトリβアクチンプロモーターの制御下で発現する、請求項1又は2記載のウィルスベクター調製用キット。
【請求項4】
狂犬病ウィルスの糖タンパク質(RV-G)をコードする遺伝子の塩基配列が配列番号1に示されたものである、請求項3記載のウィルスベクター調製用キット。
【請求項5】
エンベローププラスミドがpCAGGS-RV-Gである、請求項4記載のウィルスベクター調製用キット。
【請求項6】
目的遺伝子がヒトの遺伝子である、請求項1〜5のいずれか一項に記載ウィルスベクター調製用キット。
【請求項7】
目的遺伝子が脳神経疾患治療用の遺伝子である、請求項6に記載のウィルスベクター調製用キット。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のウィルスベクター調製用キット、及び、宿主細胞を含む、プロデューサー細胞作製用キット。
【請求項9】
感染細胞がHEK293T細胞である、請求項8記載のキット。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のウィルスベクター調製用キットに含まれる、パッケージングプラスミド、トランスファープラスミド、及び、エンベローププラスミドを感染細胞にコトランスフェクションさせることから成る、プロデューサー細胞の作製方法。
【請求項11】
感染細胞がHEK293T細胞である、請求項10記載の作製方法。
【請求項12】
リン酸カルシウム法を用いてトランスフェクションする、請求項10又は11記載の作製方法。
【請求項13】
請求項10〜12で得られたプロデューサー細胞。
【請求項14】
請求項13記載のプロデューサー細胞を培養し、培養上清からウィルス粒子を回収することからなる、ウィルスベクターの製造方法。
【請求項15】
請求項14記載の方法によって製造された、逆行性輸送能を有するウィルスベクター。
【請求項16】
請求項15記載のウィルスベクターを動物の神経終末部に感染させ、該ウィルスベクターが該神経の軸索を逆行性に輸送されることにより脳内の標的領域にある該神経の細胞体に導入し、目的とする遺伝子を該細胞体内で発現させることから成る、遺伝子導入方法。
【請求項17】
神経終末部が線条体にあり、脳内の標的領域が線条体に投射する脳中枢領域である、請求項16記載の遺伝子導入方法。
【請求項18】
線条体に投射する脳中枢領域が一次運動皮質、一次体性感覚皮質、視床束傍核、及び/又は、黒質緻密部である、請求項17記載の方法。
【請求項19】
動物が哺乳類である、請求項16〜19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
哺乳類が霊長類である、請求項19記載の方法。
【請求項21】
哺乳類がヒトである、請求項20記載の方法。
【請求項22】
請求項15記載のウィルスベクターを活性成分として含有する、遺伝子治療剤。
【請求項23】
請求項16〜21記載の方法で導入された目的遺伝子が標的領域における細胞の染色体に組み込まれ発現することを含む、脳疾患の遺伝子治療方法。
【請求項24】
請求項22記載の遺伝子治療剤を患者に投与することを含む、請求項23記載の治療方法。
【請求項25】
脳疾患がパーキンソン病である、請求項23又は24記載の治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−34029(P2009−34029A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−200378(P2007−200378)
【出願日】平成19年8月1日(2007.8.1)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】