説明

運動特性評価システムおよび運動特性評価方法

【課題】被測定者の運動特性を評価する。
【解決手段】被測定者の左右の足底部にかかる圧力と各足底部の位置的な遷移とを測定する第1検出部と、被測定者の胴部の位置的な遷移を測定する第2検出部と、被測定者の質量および重心高さを取得して記憶するパラメータ記憶部と、第1および第2検出部が測定したデータを取得して被測定者の運動特性モデルを決定する特性決定部と、決定された運動特性モデルを予め用意された基準モデルと比較して被測定者の運動特性を評価する特性評価部とを備え、前記特性決定部は、被測定者の前後方向と直交する垂直面での重心位置を推測してその遷移を得、かつ、前記垂直面で重心に作用するモーメントを求め、前記重心位置の遷移から身体左右方向の揺れ成分を除去して前記重心の目標位置を取得し、前記目標位置に対する前記重心位置の偏差を入力とし前記モーメントを出力として前記運動特性モデルを決定する運動特性評価システム

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被測定者に装着したセンサで被測定者の日常の動作を測定して被測定者の運動特性を評価する運動特性評価システムおよび運動特性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢者の増加とそれに伴う健康志向の高まりを受け、健康状態の評価方法および評価システムが注目されている。例えば、遠隔で健康状態を監視する常時健康管理システムが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
健康状態を評価する1つの手段として、歩行特性の評価がある。自立歩行は健康な日常生活の基本であり、健常者であれば誰もが行う運動である。しかし、加齢に伴って歩行能力が低下すると転倒の可能性が高くなる。高齢者の転倒は、若年者のそれに比べて骨折などの重篤な障害に至る可能性が高い。一度転倒を経験した高齢者は転倒への恐怖心が高まり、活動性の低下につながる傾向にある。そして活動性の低下は、下肢筋力の低下やバランス機能の低下などの廃用性症候群へとつながり、閉じこもりの状態にまで陥る危険がある。
【0003】
それゆえ、高齢者にとって歩行計測、より具体的には転倒可能性の評価は重要である。歩行は基本的な運動である反面、身体各部のバランスを総合的にとりつつ行う複雑かつ高度な運動である。歩行を如何に計測すれば被測定者の運動特性を適切に評価できるかが問題となる。
歩行計測の評価手法として、従来から様々なものが提案されている。
【0004】
その一に、被測定者の平常状態における10分間の歩行リズムを測定し、歩行リズムの乱れを評価することによって神経系の異常を評価する方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。また、10mの歩行における歩行周期の乱れを評価することによって転倒可能性を評価する手法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
前記特許文献2および非特許文献1に示された方法は、被測定者に歩行を行わせて計測を行い、計測により得られた成果から被測定者の運動特性を評価するものである。
【0005】
また、歩行計測とは異なる手法であるが、60秒間の静止立位における腓腹筋内側頭の表面筋電図波形が被計測者の重心の動揺速度と高い相関を示すことが報告されている。この知見に基づいて伝達関数を用いたフィードバック制御モデルを適用して立位バランスを分析し、前述の表面筋電図波形から被測定者の運動特性を評価し得るとの指摘がなされている(例えば、非特許文献2参照)。
しかし、これらはいずれも被測定者が意識的に計測用の動作を行う必要があったり、計測用に用意された場所へわざわざ出向く必要があったりする。被測定者に負担をかけず、日常生活の中で計測および評価が可能な手法が望まれている。
【0006】
一方、歩行計測とは異なるが、車両等を操縦する者の特性、例えば、飲酒、疲労または眠気による影響、あるいは、習熟度・年齢等による操縦特性の差異を評価する手法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。この手法は、「操縦体の実際の挙動」、「操縦者の設定する操縦目標」および「操縦者の操縦入力値」を計測し、操縦者の特性モデルを好ましくは1入力1出力の伝達関数として定め、このようにして定めた特性モデルを規範的な操縦者モデルと比較して評価を行うものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−150718
【特許文献2】特開2000−166877号公報
【特許文献3】特願2009−18765号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】新井智之、「歩行周期変動評価の実用的な方法の確立」、桜美林大学、博士学位論文、2008年1月、[online]、[平成23年1月17日検索]、インターネット<URL:http://www.obirin.ac.jp/pdf/gs#doctor2007/20542601.pdf>
【非特許文献2】神崎素樹、篠原稔、「姿勢動揺に応じた下肢筋群の適切な活動様式に基づくバランス能力評価法」、2007年12月21日、[online]、[平成23年1月17日検索]、インターネット<URL:http://www.ms-ins.com/welfare/shiryo2006/pdf/028.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述のごとく、従来の歩行計測等においては、被測定者の意識的な動作(実験用の歩行や静止立位)を必要とし、常時計測できるものではなかった。このような意識的な動作は、被測定者に少なからず負担を与えることになるため継続的に計測を行うことは容易でない。また、意識的な動作は、日常生活における自然な動作と必ずしも一致するものでない。被測定者が自ら計測用ツールの着脱をすることが容易であり、その計測用ツールを用いて日常生活の自然な動作を常時計測できるような手法が望まれている。
【0010】
発明者は、前記特許文献3の手法を我々が日常生活において行う動作に適用することによって被測定者の運動特性を評価し得るとの着想を得、その具現化手法を検討した結果この発明をするに至った。即ち、我々の日常生活における身体動作を被測定者の意志に基づく身体操縦と捉え、「身体の実際の挙動」、「身体操縦の目標」および「身体の操縦量」を測定し、それらを入出力として被測定者の運動特性モデルを表し、基準のモデルと比較して被測定者の運動特性を評価するものである。
【0011】
ここで、我々が日常生活で行う動作にはさまざまな形態がある。基本的な動作の一つである歩行をとってみても、身体各部が協調して動く複雑かつ高度な動作である。そのため、「身体の実際の挙動」、「身体の操縦量」はどのようなセンサを用いて如何に計測すればよいか、また、被測定者の意志に基づく「身体操縦の目標」を如何に取得すればよいのかといったことが問題となる。歩行以外の運動、例えば着座、起立、静止立位などの動作についても同様である。
【0012】
この発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、被測定者の「身体の実際の挙動」、「身体操縦の目標」および「身体の操縦量」を測定してそれらを入出力とする運動特性モデルを決定し、被測定者の運動特性を評価する運動特性評価システムおよび運動特性評価方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この発明は、被測定者の左右の足底部にかかる圧力と各足底部の位置的な遷移とを測定する第1検出部と、被測定者の胴部の位置的な遷移を測定する第2検出部と、被測定者の質量および重心高さを取得して記憶するパラメータ記憶部と、第1および第2検出部が測定したデータを取得して被測定者の運動特性モデルを決定する特性決定部と、決定された運動特性モデルを予め用意された基準モデルと比較して被測定者の運動特性を評価する特性評価部とを備え、前記特性決定部は、各足底部にかかる圧力、各足底部と前記胴部との位置関係の遷移および前記重心高さを用いて被測定者の前後方向と直交する垂直面での重心位置を推測してその遷移を得、かつ、前記垂直面で重心に作用するモーメントを求め、前記重心位置の遷移から身体左右方向の揺れ成分を除去して前記重心の目標位置を取得し、前記目標位置に対する前記重心位置の偏差を入力とし前記モーメントを出力として前記運動特性モデルを決定することを特徴とする運動特性評価システムを提供する。
また異なる観点から、この発明は、コンピュータが、第1検出部を用いて被測定者の左右の足底部にかかる圧力と各足底部の位置的な遷移とを測定し、第2検出部を用いて被測定者の胴部の位置的な遷移を測定し、パラメータ記憶部を用いて被測定者の質量および重心高さを取得して記憶し、各足底部にかかる圧力、各足底部と前記胴部との位置関係の遷移および前記重心高さを用いて被測定者の前後方向と直交する垂直面での重心位置を推測してその遷移を得、かつ、前記垂直面で重心に作用するモーメントを求め、前記重心位置の遷移から身体左右方向の揺れ成分を除去して前記重心の目標位置を取得し、前記目標位置に対する前記重心位置の偏差を入力とし前記モーメントを出力として前記運動特性モデルを決定し、決定された運動特性モデルを予め用意された基準モデルと比較して被測定者の運動特性を評価することを特徴とする運動特性評価方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
この発明による運動特性評価システムによれば、前記特性決定部は、各足底部にかかる圧力、各足底部と前記胴部との位置関係の遷移および前記重心高さを用いて被測定者の前後方向に対する垂直面での重心位置を推測してその遷移を得、かつ、前記垂直面で重心に作用するモーメントを求め、前記重心位置の遷移から身体左右方向の揺れ成分を除去して前記重心の目標位置を取得し、前記目標位置に対する前記重心位置の偏差を入力とし前記モーメントを出力として前記運動特性モデルを決定するので、何れも測定により得られる前記重心位置、前記目標位置および前記モーメントを入出力として被測定者の運動特性モデルを決定し、その運動特性モデルを用いて被測定者の運動特性を評価することができる。
【0015】
また、この発明によれば、被測定者に意識的な動作(実験用の歩行や静止立位等)をさせるといったような負担をかけることなく日常生活の自然な動作を常時計測し、それらの動作に基づいて運動特性を評価することが可能である。
この発明による運動特性評価方法も同様の作用効果を奏する。
【0016】
好ましくは、第1検出部と第2検出部は別体として構成される。被測定者の動作の邪魔にならないようにするためである。
特性決定部および特性評価部の機能は、主としてCPUまたはマイクロコンピュータ(以下、簡単のためCPUと総称する)が予め用意された処理プログラムを実行し、メモリに足底部や重心の位置的な遷移を格納することにより実現されてもよい。前記CPUは、第1または第2検出部と一体で構成されてもよいが、両者のいずれからも別体の機器であってもよい。そして、無線または有線で別体の第1および/または第2検出部と通信し、測定データを取得する。
【0017】
この発明において、足底部は、被測定者が自立した状態で被測定者の脚が床や地面から圧力(被測定者の自重を支えるために床や地面から受ける力であるので、これ以降床反力と呼ぶ)を受ける部分を指す。また、胴部は被測定者の身体から手部、脚部および頭部を除いた部分を指す。
位置的な遷移とは、位置が時間の経過と共に移動していくことをいう。よって、第1および第2検出部は、時間の経過に伴って連続的にまたは間欠的な測定を行う。
【0018】
重心高さは、被測定者が立った姿勢での重心の高さである。重心の高さは被計測者の身長がわかれば、身長と重心との相関を多数の人について測定した統計的なデータに基づいて推測できる。身長と座高または身長と脚長がわかれば、より正確な推測が可能になる。身長等は、被測定者がシステムの使用を開始するときに初期値として入力できるようにすればよい。そのときさらに、被計測者の質量を入力できるようにしておく。
【0019】
被計測者の前後方向に対する垂直面とは、被測定者の正面と背面を結ぶ方向と直交する垂直面をいう。ここで、前後方向は水平面内にあると考えており、よって、前記垂直面は鉛直方向に沿った面である。
各足底部と前記胴部との位置関係の初期値を適用するタイミングは、第1検出部の検出に基づいて決定することができる。即ち、被測定者が直立静止した状態を左右の足底部にかかる圧力の分布とその時間的な変化が予め定められた状態になったときに初期値を適用する。具体例としては、左右の足底部に係る圧力がほぼ等しく、その合計が質量にほぼ等しい状態が予め定められた期間をこえて継続したら、被測定者が直立静止の状態にあると推測する。そして、直立静止状態に対応して予め定められた初期値に位置関係をリセットする。初期値とは、左右の足底部が所定の幅だけ離れており、水平面内における胴部の中心(重心位置)が左右足底部の中点の上方にあるとしたものである。足底部の前記所定幅は、直立の姿勢で左右の足底部がどれだけ離れているかを多数の人について測定した統計的なデータに基づいて定めればよい。
異なる態様として、被測定者が直立姿勢で所定のボタンを操作すると前記位置関係が予め定められた初期値にリセットされるようにしてもよい。
【0020】
前記モーメントは、重力、各時点における重心の身体左右方向の加速度、その時点で左右の足底部がそれぞれ受ける床反力、その時点で軸脚側となる足底部と重心との間を結ぶ直線の長さと傾き角度とが分かれば求められる。ここで、前記直線の長さは例えば被測定者の身長を初期値として入力してもらうことにより推測することができ、前記直線の傾きは左右の足底部および胴部の位置的な遷移と入力された身長とに基づいて推測することができる。
【0021】
身体左右方向の揺れ成分とは、例えば歩行の際、左右の脚に交互に質量を移して移動する際に生じる揺れを指す。身体左右方向に規則的な揺れが生じる典型的な動作は歩行である。例えば、被測定者が前方へ一直線に進むことを移動目標として歩行を行うとき、移動目標である直線に沿って一歩進む度に身質量心がわずかに右または左に揺れる。この発明は、被測定者の重心位置の目標位置に対する偏差を入力とし、偏差をなくそうとして重心に作用するモーメントを出力としたフィードバック制御系として被測定者の運動特性をモデル化する。動作に伴う身体左右方向の揺れは、系に加わる一種の外乱と捉えることができる。そして、被測定者の運動特性はこの外乱を収束させる系の応答特性として捉えることができる。
【0022】
実験歩行と異なり、日常生活における動作を測定するこの発明において、重心の目標位置は予め定められたものではない。前記目標位置は被測定者の意志により逐次決定されていく。被測定者の意志は直接測定することができない。そこで、この発明においては、重心の位置的な遷移に基づいて目標位置を推測する。これは、この発明の特徴的な一側面である。被測定者は一歩ごとに生じてしまう外乱を収束させつつ自立歩行する。一歩ごとに生じる重心の揺れを高周波の外乱とみなして除去し、目標位置とするのである。
【0023】
日常生活の動作には、歩行以外の動作、例えば、静止立位、着座しようとする動作や起立したときの動作なども含まれる。そして、これらの動作も測定の対象とされる。しかし、これら歩行以外の運動は原則的に歩行と同一の運動特性モデルで表現できると考えられる。同一の被測定者が歩行時と同様に状況を知覚し、神経および筋肉をはたらかせて行う運動だからである。また、身体前後方向の動作は歩行の他に、走る、登る、降りる、飛ぶなど種々の動作で動作の態様が大きく変わるが、身体左右方向の動作は基本的にバランスを保とうとするものであり身体前後方向の変化に比べると動作の種類が異なっても類似する面が多いと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】この発明の運動特性評価システムの構成例を示す説明図である。
【図2】この発明に係る第1検出部としての靴の詳細を示す説明図である。
【図3】この発明に係る第2検出部、特性決定部および特性評価部としての携帯機器の詳細を示す説明図である。
【図4】この発明の運動特性評価システムの機能的な構成の一例を示すブロック図である。
【図5】この発明に係る被測定者の重心位置の遷移とそれに基づいて得られた移動目標の例を示す説明図である。
【図6】被測定者が歩行中のある時点における右足底部FR、左足底部FLおよび重心Cとの位置関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、この発明の好ましい態様について説明する。
この発明による運動特性評価システムにおいて、前記特性決定部は、被測定者の質量が胴部の重心に集中し、両脚に対応する左右2本の剛体棒でその重心を支持して身体左右方向のバランスを保つ力学的モデルを用いて前記モーメントを求め、前記偏差をなくすべく左右何れかの足底部を軸に前記重心に復元モーメントを働かせるフィードバック制御系として前記運動特性モデルを決定してもよい。
【0026】
このようにすれば、被測定者の運動特性を1入力1出力のフィードバック制御モデルとして決定することができ、伝達関数による制御系の特性解析のように制御理論として確立された手法を被測定者の運動特性の評価に適用することが可能になる。
【0027】
また、前記第1検出部は、履きものとして被測定者に対し着脱可能であり、前記第2検出部は、被測定者のベルトまたは衣服に着脱可能であるか、あるいは、ベルトまたは衣服として被測定者に対し着脱可能であってもよい。このようにすれば、履きものを履いたりベルトや衣服に小物を付けたりベルトや衣服を着たりする日常生活の感覚で被測定者が第1および第2検出部を着脱して測定を行うことができるので、被測定者に負担を与えずに継続的な測定を行うことが容易である。
【0028】
第1検出部は、靴やサンダルなどの履きものの底部に埋め込まれて一体に構成されてもよいが、履きもの中敷きのように履きもの自体とは別体として構成されてもよい。さらに異なる態様として、第1検出部は靴下のように足に付けるものとして構成されてもよい。
第2検出部は、ベルトや衣服に埋め込まれて一体に構成されてもよく、あるいはポシェットのように衣服自体とは別体として構成されてもよい。さらに異なる態様として、第2検出部が情報携帯端末の一つの機能として実現されてもよく、あるいは、ズボンのポケット等に入れて持ち歩くような専用の機器として構成されてもよい。
【0029】
この発明のシステムは、運動特性の評価を表示または印刷する出力部を前記特性評価部と一体で備えてもよい。あるいは、前記特性決定部および特性評価部として機能するCPUが読み書き可能なメモリーカード等の記憶媒体に前記特性評価部による評価のデータが記録されてもよい。
また、評価のデータが通信により遠隔の機器に送信されてもよい。前記機器は運動特性の評価を確認する表示機能または印刷機能を備えていてもよい。前記機器は、被測定者の健康管理をおこなう医療施設や福祉施設、あるいは近親者が評価を確認するためのものであってもよい。前記機器は専用のものとして提供されてもよいが、パーソナルコンピュータ、携帯情報端末あるいは携帯電話のような汎用機器の一つのアプリケーションとして実現されてもよい。あるいは、デジタル複合機など通信機能を有する機器の付加機能として実現されてもよい。
【0030】
さらにまた、前記第1検出部は、左右各足底部の複数箇所にかかる圧力を検出する圧力センサと左右各足底部の加速度を測定する加速度センサとを含んでなり、前記第2検出部は、胴部の加速度を測定する加速度センサを含んでなるものであってもよい。このようにすれば、第1検出部を用いて測定された足底部の複数箇所での圧力分布に基づいて重心に作用するモーメントを得ることができる。さらに、第1検出部を用いて測定された足底部の加速度を2回時間で積分することによって足底部の位置的な遷移を得ることができる。また、第2検出部を用いて測定された胴部の加速度を2回時間で積分することによって胴部の位置的な遷移を得ることができる。
【0031】
第1および/または第2検出部は、角加速度センサをさらに含んでいてもよい。前記角加速度センサによって足底部および/または胴部の角度の変化を測定することができるので、第1および/または第2検出部の加速度センサが測定すべき方向、即ち、水平方向と異なる方向の加速度を検出した場合でも、角加速度センサで測定された角度の変化に基づいて補正を行い高い精度で水平方向の加速度を得ることができる。ひいては、高い精度で水平方向の位置的な遷移を得ることができる。
【0032】
また、前記特性決定部は、予め定められた歩行リズムよりも短い時間間隔の繰り返し成分を揺れ成分として除去し、前記目標位置を取得してもよい。この発明は、身体左右方向の揺れを収束させる運動に着目して被測定者の運動特性モデルを決定するところ、その典型的な運動は歩行である。このようにすれば、歩行の他に短い時間間隔で身体左右方向への揺れを生じさせる運動、例えば乗り物に乗ったときに生じる揺れなどを測定対象から除去することができ、除去を行わない場合に比べてより精度よく被測定者の運動特性を決定することが可能になる。
【0033】
さらにまた、前記特性評価部は、規範的な運動特性モデルを予め記憶しており、その運動特性モデルを前記基準モデルとしてもよい。このようにすれば、規範的な運動特性モデルを絶対的な指標とし、特性決定部により決定された被測定者の運動特性をその絶対指標と比較して評価を行うことができる。規範的な運動特性モデルは、1つでもよいが複数有ってもよい。例えば、年齢別、性別に平均的な運動特性モデルを求めて規範的な運動特性モデルとしておけば、被測定者は自分の年齢、性別に応じた平均的な運動特性モデルに対する自分の運動能力の評価を得ることができる。
【0034】
あるいは、前記特性評価部は、決定した被測定者の運動特性モデルを記憶しておき、後の評価においてその運動特性モデルを前記基準モデルとしてもよい。このようにすれば、被計測者は継続して運動特性評価を行い、例えば、一年前の被測定者自身と比べた運動特性評価、あるいは五年前の被測定者自身と比べた運動特性を得ることができる。よって、運動能力が改善されているのか、維持されているのかあるいは衰えているのか、また変化があるとすればどの程度かを知ることができる。
なお、規範的な運動特性モデルに基づく評価を行うか、過去の被測定者の運動特性モデルに基づく評価を行うかを選択できるようにしてもよい。
また、前記特性決定部により決定された運動特性モデルおよび/または前記特性評価部によりなされた評価を無線または有線で送信する通信部と、送信された前記運動特性モデルおよび/または前記評価を受信して出力する出力装置とをさらに備えていてもよい。
【0035】
このようにすれば、前記指標および/または前記評価を受信して出力する出力装置によって、遠隔で被測定者の運動特性を継続的にモニタすることができる。過疎地域で生活する高齢者、都会の独居老人がこのシステムを使用することにより、遠隔の医療施設、福祉施設あるいは近親者が被計測者の運動能力を把握することができる。また、被測定者が足を骨折したり怪我したりすると運動特性が急激に変化するので、異常をすばやく把握することができ、早期診断および早期治療が実現される。また、骨折や見た目にわかる外傷だけでなく、神経系の異常等自覚しづらい異常を早期に発見することも可能になると考えられる。
【0036】
さらにまた、前記パラメータ記憶部は、被測定者の質量および身長の入力を受け付け、入力された身長から重心高さを算出して記憶するようにしてもよい。このようにすれば、例えばシステムの使用開始時に被測定者に自分の質量および身長を入力させるという簡便な操作で重心高さを取得することができる。さらに好ましくは、被計測者の座高または脚長を身長とともに入力させる。このようにすれば、重心高さをより正確に推測することができる。
ここで示した種々の好ましい態様は、それら複数を組み合わせることもできる。
以下、図面を用いてこの発明をさらに詳述する。なお、以下の説明はすべての点で例示であって、この発明を限定するものと解されるべきではない。
【0037】
≪運動特性評価システムの構成例≫
図1は、この発明の運動特性評価システムの構成例を示す説明図である。
図1に示すように、被測定者40は、この発明に係る第1検出部として機能する靴10を装着し、この発明に係る第2検出部として機能する携帯機器20を腰部に装着している。携帯機器20は、さらにこの発明に係る特性決定部および特性評価部として機能する。また、靴10および携帯機器20は、通信機能を内蔵しており、靴10で測定されたデータは無線通信を介して携帯機器20に送られる。無線通信の方式としては、例えば、ブルートゥース規格やIEEE802.11規格に準拠した方式などが適用可能である。
【0038】
携帯機器20は、CPUおよびメモリを備えており、前記CPUが処理プログラムを実行して演算処理を行い、メモリに足底部や重心の位置的な遷移を格納し演算に用いることによって前記特性決定部および前記特性評価部としての機能が実現される。また、携帯機器20は、操作ボタンを有する操作部23と液晶表示装置を有する表示部24を備えている。操作部23に対し所定の操作が行われると、前記CPUはそれに応答して表示部24に被測定者40の運動特性の評価を表示させる。
また、操作部23を用いて所定の操作を行うと、被測定者の質量、身長を入力することができる。さらに、オプションで被測定者の座高または脚長を入力できる。
【0039】
また、図1のシステムにおいては、靴10と携帯機器20との通信だけでなく、携帯機器20と遠隔の通信機器30との間で無線通信が行われる。通信機器30は、遠隔表示部31および遠隔印刷部32を備えており、出力装置として機能する。携帯機器20は被測定者40の運動特性の評価を通信機器30に送信し、通信機器30はそれを受信して遠隔表示部31に表示しあるいは遠隔印刷部32で印刷する。通信機器30は、医療施設、福祉施設あるいは近親者が遠隔で被測定者40の運動特性をモニタするために設置され、使用される。
【0040】
図2は、この発明に係る第1検出部としての靴10の詳細を示す説明図である。図2(a)は一対の靴10の左足用のものを示しているが、右足用のものはこれと左右対称である。
図2(a)に示すように、靴10の靴底部10aには第1検出部として第1加速度センサ11、第1角加速度センサ14および圧力センサ12が埋め込まれている。図2(b)に、靴底部10aに埋め込まれたセンサの詳細な位置を示す。圧力センサ12は、より詳細には複数の圧力センサ12a〜12fから構成されるセンサ群である。圧力センサ12a〜12fは、各センサに係る圧力の分布から被測定者の姿勢を推測できるように考慮し、その符号順に爪先内側の母趾部、爪先外側の第3趾部、前内側の第1中足骨頭部、前外側の第4中足骨頭部、中央外側のショパール関節部および後の踵部に配置されている。また、第1加速度センサ11および第1角加速度センサ14は、踵部付近に配置されている。ただし、圧力センサ群はこの例の箇所の一部に配置されてもよいし、この例に示した箇所以外に配置されてもよい。
【0041】
一般的に質量負荷は、圧力センサ12f、12cおよび12d付近の踵部、第1中足骨頭および第5中足骨頭を中心とした3点に集中しているとされている。この例では、さらに歩行時の蹴り出し、昇降、爪先立ち、身体左右方向のバランス保持などの微妙な質量支持(バランス)変化を検出できるように多数の圧力センサを配置している。例えば、階段昇降の際には立脚時よりも爪先および前部により多くの圧力がかかり、踵部にはほとんど圧力がかからないことが報告されている(鈴木博子、辻毅一、久保雅昭、「負荷時の階段昇降における歩行分布」、桐蔭横浜大学工学部医用工学科論文参照)。
【0042】
図3は、この発明に係る第2検出部、特性決定部および特性評価部としての携帯機器20の詳細を示す説明図である。(a)はオモテ側、(b)はウラ側を示す。図3に示すように、携帯機器20は、ウラ側にあるクリップ25を用いて被測定者40のベルトに装着できるようになっている。オモテ側には操作部として複数の操作部23および表示部としての表示部24を有している。携帯機器20の内部には、第2検出部としての第2加速度センサ21、第2角加速度センサ26が配置されている。
【0043】
さらに、前記特性決定部および前記特性評価部としての処理を実行するCPU、そのCPUが実行すべき処理プログラムを格納するROM、足底部や重心の位置的な遷移を格納するRAM、操作部23および表示部24等を制御する入出力回路、第2通信部22、それらの回路に電源を供給する電池などがある。第2通信部は、靴10に埋め込まれた第1加速度センサ11および圧力センサ12の測定データを受信すると共に、被計測者の運動特性の評価を遠隔の通信機器30に送信する。
なお、図2および3に図示していないが、靴10に第1角加速度センサがさらに埋め込まれていてもよく、携帯機器20に第2角加速度センサが内蔵されていてもよい。
【0044】
≪運動特性評価システムの機能的な構成≫
この発明の運動特性評価システムの機能的な構成について説明する。
図4は、この発明の運動特性評価システムの機能的な構成の一例を示すブロック図である。
図4に示すように、前記運動特性評価システムは、大別すると第1検出部51、第2検出部52、パラメータ記憶部53、特性決定部54、特性評価部55、操作部23、表示部24および通信部27としての機能を有してなる。この例による第1検出部51は、図1の靴10のような履きものに実装されている。第1検出部51は、左右の足底部にそれぞれ装着される一対のものであるが、図4では便宜的に片方の構成のみ示している。第2検出部52、パラメータ記憶部53、特性決定部54、特性評価部55、操作部23、表示部24および通信部27は、図1の携帯機器20のような機器に実装されている。第1検出部51と前記機器との間で、無線通信が行われる。
【0045】
第1検出部51は、第1加速度センサ11、第1角加速度センサ14、圧力センサ12および第1通信部13を備えている。第1加速度センサ11は、被測定者の足底部の動きを測定するためのものである。第1角加速センサ14は、足底部の角度変化を検出して加速度センサの検出結果を補正するためのものである。即ち、足底部は踵の関節等により角度や方向が変わるため、第1加速度センサ11の角度や方向もそれにつれて変わる。そこで、足底部の角度変化を第1角加速度センサ14で測定し、測定目的である水平方向の加速度成分とその方向が精度よく得られるように補正するのである。
なお、第1加速度センサ11、第1角加速度センサ14および圧力センサ12には、公知のセンサを用いることができる。
【0046】
第1通信部13は、図示しないバッテリーにより駆動されて第1加速度センサ11、第1角加速度センサ14および圧力センサ12の測定データを送信する。送信された測定データは通信部27により受信され、特性決定部54で処理される。通信方式としては、公知の無線通信手法が適用可能である。
【0047】
第2検出部52は、被測定者の胴部に装着される携帯機器に内蔵されている。第2検出部52は、第2加速度センサ21および第2角加速度センサ26を備えている。第2加速度センサ21は、被測定者の胴部の動きを測定するためのものである。第2角加速センサ26は、胴部の角度変化を検出して加速度センサの検出結果を補正するためのものである。即ち、胴部は腰の関節等により角度や方向が変わるため、第2加速度センサ21の角度や方向もそれにつれて変わる。そこで、胴部の角度変化を第2角加速度センサ26で測定し、測定目的である水平方向の加速度成分とその方向が精度よく得られるように補正するのである。
第2加速度センサ21および第2角加速度センサ26には、公知のセンサを用いることができる。
【0048】
パラメータ記憶部53は、被測定者のパラメータとして身長、質量を記憶するメモリである。ハードウェアとしては、フラッシュメモリが用いられるが、それ以外の書き換え可能な不揮発メモリも適用できる。好ましくは、被測定者の座高または脚長もパラメータとして記憶する。それらのパラメータは操作部23および表示部24を用いて入力される。操作部23および表示部24の構成例は、図3に示されている。操作部23および表示部24は、被測定者の運動特性の評価を出力する際にも使用される。
【0049】
通信部27は、第1通信部13からの測定データである加速度、角加速度および圧力の分布を受信する。そしてさらに、被測定者の運動特性の評価を図4に図示しない通信機器に送信する。通信機器は、図1に通信機器30として例示されている。なお、図4では、各ブロックの配置を見やすくするため便宜的に通信部27を3箇所に記載しているが、ハードウェアとしては1つで足りる。
【0050】
この例において、特性決定部54および特性評価部55は、CPUが処理プログラムを実行することによりそれぞれの機能が実現される。異なる態様として、デジタル・シグナル・プロセッサ、特定の用途向け集積回路(ASIC、Application Specific Integrated Circuit)、その他の電子回路のいずれかまたはそれらの組み合わせ、もしくは、それらとCPUとの組み合わせで構成されてもよい。
【0051】
≪特性決定部の機能≫
以下、特性決定部54の機能を図4のブロック図に基づいて説明する。特性決定部54は、通信部27が受信した第1加速度センサ11および第1角加速度センサ14の測定データから、足底部の水平方向の加速度成分とその方向を得る補正処理を行う(補正処理)。そして、得られた加速度成分を時間で積分して足底部の速度を得、さらに時間で積分して足底部の位置を得る(時間積分処理)。
【0052】
並行して特性決定部54は、第2加速度センサ21および第2角加速度センサ26の測定データから、胴部の水平方向の加速度成分とその方向を得る補正処理を行う(補正処理)。そして、得られた加速度成分を時間で積分して胴部の速度を得、さらに時間で積分して胴部の位置を得る(時間積分処理)。
このようにして得られた足底部と胴部の水平方向のそれぞれの位置から両者の位置関係を得る(位置関係計算処理)。ここで、胴部の略中心に重心があると考えられるから、得られる位置関係は足底部と重心との位置関係といえる。ところで、足底部と重心との位置関係を得るためには、ある時点における両者の相対位置を定める必要がある。これは、次の手法によって実現する。
【0053】
第1の手法は、被測定者40が自ら操作を行う手法である。具体的には、被測定者40が、直立の姿勢をとった状態で操作部23に対して所定の操作を行ったとき、前記CPUが直立姿勢に対して予め定められた初期値を適用する処理を行う手法である。この初期値は、例えば、次のようなものとして予め定めることができる。左右の各足底部につき圧力分布の合力としてそれぞれ求まる作用点の間隔が20cmであり、胴部の中心である重心は2つの前記作用点の中点とするものである。なお、前記作用点の間隔は、直立の姿勢で左右の足底部がどれだけ離れているかを多数の人について測定した統計的なデータに基づいて定められている。被測定者40にこの操作を行ってもらうため、例えば、被測定者40が携帯機器20の電源を入れたときや、所定の時刻が到来したときに前記CPUが表示部24に所定のメッセージを表示させ、または図示しないスピーカーから音声による誘導を行うようにしてもよい。
【0054】
第2の手法は、被測定者40が自ら操作を行う必要がない手法である。具体的には、前記CPUが、第1検出部51および第2検出部52の測定データに基づいて被測定者40が直立静止の状態にあることを推測し、それに基づいて前記初期値を適用する手法である。例えば、左右の足底部に係る圧力の差が所定の範囲内にあり、かつ、圧力の分布が規範的な直立静止のパターンにほぼ等しく、かつ、圧力の合計がパラメータ記憶部53に記憶された質量に応じた所定の範囲内にあるとき、前記CPUは被測定者40が直立姿勢にあると推測する。そして、直立姿勢の状態が予め定められた期間をこえて継続したら、前記初期値を適用する。
【0055】
以上の何れかの手法またはその組み合わせにより、ある時点における足底部と重心との位置関係が定まる。これを初期値とし、それ以降の足底部と重心との位置関係は、足底部および胴部の位置の測定データに基づいて求めることができる。前記CPUは、以降の各時点における足底部と重心との位置関係の遷移をメモリに格納する(位置関係遷移記憶)。
前述の位置関係は水平方向におけるものである。さらに前記CPUは、パラメータ記憶部53に格納された被測定者の身長から重心高さを求める。なお、身長に加え座高または脚長が格納されていれば、それらに基づいて重心高さをより正確に求める。身長に応じた重心高さ、および、座高または脚長と身長の組み合わせに応じた重心高さは、予め用意された関数あるいはデータテーブルに基づいて算出する。この関数あるいはデータテーブルは、身長と重心高との相関、および、座高または脚長と身長の組み合わせと重心高さとの相関を多数の人について測定した統計的データに基づいて作成されている。
【0056】
足底部と重心との位置関係に重心高さを組み合わせると、3次元空間の運動モデルが得られるが、3次元空間での遷移は計算量が膨大になることや、種々の動作を共通の運動特性モデルで取り扱うことを容易にするために、以降は被測定者の前後方向と直交する垂直面で足底部と重心の位置関係を考える。この垂直面は、図1に示すA−A’断面と一致する。
なお、この発明では、被測定者40が立っているときの動作を運動特性の測定対象とする。立った状態で行う典型的な動作は歩行であるから、以降の説明は主として歩行動作を対象とするが、歩行以外の動作についても同様の手法を適用して運動特性解析を行う。
【0057】
前記CPUは、前記垂直面内において足底部に対する重心位置を求める(重心位置推測処理)。そして、推測した重心位置の遷移をメモリに格納する(重心位置遷移記憶)。
ここで、例えば、被測定者が歩行しているとある時点で一方の脚のみが着地している。また、ある時点では着地後の一方の脚に他方の足から重心を移動させている。この発明は、このような身体左右方向の揺れに着目し、日常動作は原則的に左右の脚で身体左右方向のバランスを常に保とうとする動作であると捉える。即ち、左右の脚で重心に復元モーメントMを働かせて目標に収束させようと動作と考える。この復元モーメントMは、単純化された力学的モデル(剛体棒モデル)の重心Cに作用するさまざまな力のつりあいを考えることによって求まる(モーメント計算処理)。これについては、後に詳述する。
【0058】
また、前記CPUは、重心位置の目標値を次のようにして求める。歩行中は、一歩ごとに重心が左右に揺れる。そこで、メモリに格納された重心位置の遷移を平滑化して揺れの成分を除去する。二足歩行は一方の脚を交互に軸足として他方の脚を前方へ繰り出す動作であるから、その性質上左右方向への揺れが不可避である。そこで、重心位置の遷移を平滑化して得られる軌跡を被測定者40の移動目標とする(平滑化処理)。
平滑化処理は、高周波成分を除去するローパスフィルタ処理ともいえる。カットオフ周波数は、種々の状況、地域、年齢につき歩行時の一歩の周期がどの程度かを測定した歩行リズムの統計的なデータに基づいて予め定められている。
【0059】
図5は、この発明に係る被測定者40の重心位置の遷移とそれに基づいて得られた移動目標の例を示す説明図である。図5で、横軸は、水平面内のx方向の変位であり、縦軸は水平面内のy方向の変位である。曲線Tcは、特性決定部54の処理の一つとして図4の「重心位置遷移記憶」により得られる被測定者40の重心位置の遷移を表している。そして、曲線Ttgは、図4の「平滑化処理」により得られる移動目標を表している。
【0060】
このようにして得られた各時点の移動目標に対して、その時点の重心位置との差を偏差δ(デルタ)と考える。その偏差を前記移動目標に収束させようとして左右両脚でバランスをとり復元モーメントMを働かせるフィードバック制御系として被測定者40の運動特性をモデル化する。即ち、入力が前記偏差であり、その入力に応答して復元モーメントMを出力する一入力一出力の伝達関数を被測定者40の運動特性モデルとし、その伝達関数を決定する(運動特性モデル決定処理)。
【0061】
一般に、伝達関数は、システムへの入力を出力に変換する関数をいう。伝達関数は、すべての初期値をゼロとおいたときの、制御系の出力と入力のラプラス変換の比で表される。被測定者40の運動特性モデルは、入力が偏差δ、出力がモーメントMの伝達関数であり、複素数sを用いたs空間の一般式として、次のように入出力の関係が表される。ここで、aおよびbは係数である。
【0062】
【数1】

【0063】
上式の分数部分は、出力Mと入力δの比、即ち、被測定者40の運動特性を表す。この運動特性の式に、図4に示す処理で得られた偏差δとモーメントMの各時点における値を適用して係数aおよびbを求め、被測定者40の運動特性を決定する。実際には、nの次数を予め定めておき、係数を算出する。次数が低いと近似の程度が大きいが、計算量は少なくCPUの処理負担は少ない。一般的には、一次モデルや二次モデルで伝達関数を表すことが多い。
【0064】
≪モーメント計算処理≫
次に、モーメント計算処理について詳述する。
重心Cに作用するモーメントMの算出は、剛体棒モデルに基づいている。剛体棒モデルは、被測定者40の質量が重心に集中しており、左右2本の両脚はそれぞれが剛体棒であり、左右の剛体棒が重心を支持して身体左右方向のバランスを保っているという単純化された力学的モデルである。
この剛体棒モデルによれば、被測定者の前後方向と直交する垂直面内における足底部と重心との位置関係は次のようになる。まず、左右の足底部が着地しているときはそれらと重心とを頂点とする三角形で表される。そして、一方の足底部が着地していないときは、着地側の足底部と重心の2点の位置関係で表される。
【0065】
図6は、被測定者40が歩行中のある時点における右足底部FR、左足底部FLおよび重心Cとの位置関係を示す説明図である。(a)は前記垂直面内における位置関係を示しており、被測定者40の正面側から見た状態である。(b)は、水平面内における位置関係を示している。進行方向は紙面に沿う上方向である。
【0066】
図6(a)で、重心Cには、鉛直方向に重力によりFv=mgの力が作用する。ここで、mは被測定者40の質量であり、gは重力加速度である。mはパラメータ記憶部に入力された質量の値として得られる。さらに、この時点における重心Cの身体左右方向の加速度をaとするとき、重心Cには身体左右方向にFh=maの力が作用する。重心加速度aは、足底部と重心の位置関係の遷移から求めることができる。これらの力に加えて、右足底部FRにはFrの床反力が作用し、左足底部FLにはFlの床反力が作用する。これらの床反力は、第1検出部51の圧力センサ12が測定した圧力分布から求めることができる。軸足側の左足底部FLは、鉛直方向に対して角度θ(シータ)だけ傾いている。軸足の傾き角度θは、重心位置推測処理に基づいて得ることができる。
なお、図6(a)は両足が着地しており足底部FLを含む左脚が軸足の例を示している。例えば、歩行中に右脚が着地しておらず左脚のみ着地している場合は、図6(a)で右足底部FRに作用する床反力がゼロの変形例と考えることができる。右脚が軸足の場合は、図6(a)と左右対称のモデルを考えればよい。
【0067】
以上のように、前記モーメント計算処理では、質量m、重心加速度a、圧力分布および傾き角度θをそれぞれ取得あるいは算出し、図6(a)に示す剛体棒モデルに基づいて重心に働くモーメントMを求める。
【0068】
モーメント計算処理について、さらに説明を加えておく。
図5および図6に示す重心の移動は、主として図5に示す並進運動と、図6に示す足裏を回転中心とする回転運動とに分けて考えることができる。歩行や静止立位の状態で、重心Cを安定に保とうとする動作は、両者のうち回転運動が主であると考えられる。この回転運動は、軸足接地点を回転中心とし、足裏から重心に向かう方向と直交する方向の力の作用による。
【0069】
ここで角度θは、その変化量が大きくなければ重心Cを含む水平面内における身体左右方向の変位量として近似できる。そして、角度θは人間の股関節の開き具合であるから、歩行や静止立位を考える限り変化量は大きくない。よって、角度θと偏差δとは一対一の対応関係が適用できる。一次の一般式、δ=c×θ+d(c、dは定数)で表される対応関係である。
【0070】
また、回転運動に係るモーメントMは、図6の剛体棒モデルの説明のように、重心Cに働く重力mg、左右の足底部に作用する床反力Fl、Fr、慣性力ma等の釣り合い関係から求める事もできるが、これは一例であって異なる求め方もできる。
例えば、軸足足底部から重心Cへ向かう方向の床反力が、重力に逆らって重心Cを押し上げつつ回転運動のモーメントMを発生させて重心Cを身体左右方向に加速しているとする捉え方である。
さらに簡易な方法として、足底部に作用する圧力分布からモーメントMに係る方向の成分を抽出してもよい。
【0071】
あるいは、次の運動方程式を解いてモーメントMを求めてもよい。
【数2】

ここで、θは鉛直方向に対して軸足のなす角であり、mは被測定者の質量、nは筋肉の作用により主として踵の関節に働く復元力、Mは軸足を支点にして被測定者の重心に働くモーメントである。
【0072】
ただし、例えば、着座や就寝など、足底部で質量を支えている状態でないときは運動特性の評価は正しく行うことができない。圧力センサ12が配置された足底部以外の部分に床反力がはたらくためである。そこで前記CPUは、圧力センサ12にかかる圧力の合計がパラメータ記憶部に格納された質量に対して妥当な範囲にあるか否かに基づいて、運動特性の評価を正しく行える状態か否かを判断する。正しい評価が行えないと判断した時点においては運動特性の評価を行わない。
【0073】
また、変形例として、前記CPUは、第1および第2検出部の測定データを分析して被測定者40の動作を推測してもよい。圧力センサ12は、図2(b)に示すように左右それぞれ6つの圧力センサ12a〜12fからなり、歩行時の蹴り出し、昇降、爪先立ち、身体左右方向のバランス保持などの微妙な差異を検出できるように配置されている。各圧力センサの測定に基づく圧力分布のパターンとその時間的な変化を、予め記憶された規範的な動作パターン、例えば、平地歩行、階段昇降、静止立位、着座、走行などのパターンと照合してもよい。そして、運動特性を精度よく評価できる動作、たとえば、平地歩行と静止立位は評価の対象とし、その他の動作は評価の対象から除外するようにしてもよい。
【0074】
≪運動特性の評価≫
前記CPUは、運動特性モデル決定処理によって決定された被測定者40の運動特性を、予め記憶された基準モデルと比較して運動特性の評価を行い、その評価を出力する(図4の出力処理)。
一般に、フィードバック制御系の性能を表す指標として、追従性、外乱除去特性およびロバスト安定性が挙げられる。このような一般的な指標を用いて評価を行ってもよい。しかし、一般の人にはこのような指標はわかりづらい。日常生活に密着した表現で評価を表すことが好ましい。
【0075】
この例では、被測定者40の動作の安定性を、いくつかの基準モデルと比較して評価する。
基準モデルは、年齢が20代、30代、・・・70代、80代の各年齢層の規範的な運動特性が男女別に予め用意されている。これらの基準モデルは各年齢層別、男女別に多数の人の運動特性を測定した統計的なデータに基づいて用意されたものである。前記CPUは、基準モデルと被測定者40の運動特性モデルを比較して、最も特性が似ている基準モデルを決定し、この基準モデルを評価結果として出力させる。例えば、「あなたの運動能力年齢は、50代です」といったメッセージを表示部24に表示させる。
【0076】
変形例として、基準モデルは、日常の歩行に支障のない人、段差があるとつまずきやすいので注意が必要な人、平坦な場所でも転倒の可能性があり注意が必要な人および自立歩行が困難な人であり、前記CPUは、被測定者40の運動特性モデルがいずれの基準モデルに最も類似しているかを評価する。評価の出力は、例えば、「段差につまずきやすくなっています。歩くときに注意してください。」といったメッセージを表示部24に表示させる。
【0077】
なお、このような評価は、操作部23に対して所定の操作がなされたときに表示部24に表示させるように前記CPUが制御してもよく、あるいは、通信部27から外部の通信機器に送信するように制御してもよい。
異なる変形例として、被測定者40の過去に測定された運動特性モデルを基準モデルとし、前記CPUは、両者の性能を表す指標が予め定められた値を超えて差異のあるときに、警告を出してもよい。例えば、「転倒しやすくなっていますので注意してください。」といった警告を表示部24に表示させる。差異の程度を把握できるようにグラフや数値で表示してもよい。
【0078】
前述した実施の形態の他にも、この発明について種々の変形例があり得る。それらの変形例は、この発明の範囲に属さないと解されるべきものではない。この発明には、請求の範囲と均等の意味および前記範囲内でのすべての変形とが含まれるべきである。
【符号の説明】
【0079】
10:靴
11:第1加速度センサ
12、12a〜12f:圧力センサ
13:第1通信部
14:第1角加速度センサ
20:携帯機器
21:第2加速度センサ
22:第2通信部
23:操作部
24:表示部
25:クリップ
26:第2角加速度センサ
27:通信部
30:通信機器
31:遠隔表示部
32:遠隔印刷部
40:被測定者
51:第1検出部
52:第2検出部
53:パラメータ記憶部
54:特性決定部
55:特性評価部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定者の左右の足底部にかかる圧力と各足底部の位置的な遷移とを測定する第1検出部と、
被測定者の胴部の位置的な遷移を測定する第2検出部と、
被測定者の質量および重心高さを取得して記憶するパラメータ記憶部と、
第1および第2検出部が測定したデータを取得して被測定者の運動特性モデルを決定する特性決定部と、
決定された運動特性モデルを予め用意された基準モデルと比較して被測定者の運動特性を評価する特性評価部とを備え、
前記特性決定部は、各足底部にかかる圧力、各足底部と前記胴部との位置関係の遷移および前記重心高さを用いて被測定者の前後方向と直交する垂直面での重心位置を推測してその遷移を得、かつ、前記垂直面で重心に作用するモーメントを求め、
前記重心位置の遷移から身体左右方向の揺れ成分を除去して前記重心の目標位置を取得し、
前記目標位置に対する前記重心位置の偏差を入力とし前記モーメントを出力として前記運動特性モデルを決定することを特徴とする運動特性評価システム。
【請求項2】
前記特性決定部は、被測定者の質量が胴部の重心に集中し、両脚に対応する左右2本の剛体棒でその重心を支持して身体左右方向のバランスを保つ力学的モデルを用いて前記モーメントを求め、前記偏差をなくすべく左右何れかの足底部を軸に前記重心に復元モーメントを働かせるフィードバック制御系として前記運動特性モデルを決定する請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記第1検出部は、履きものとして被測定者に対し着脱可能であり、
前記第2検出部は、被測定者のベルトまたは衣服に着脱可能であるか、あるいは、ベルトまたは衣服として被測定者に対し着脱可能である請求項1または2に記載のシステム。
【請求項4】
前記第1検出部は、左右各足底部の複数箇所にかかる圧力を検出する圧力センサと左右各足底部の加速度を測定する加速度センサとを含んでなり、
前記第2検出部は、胴部の加速度を測定する加速度センサを含んでなる請求項1〜3の何れか一つの記載のシステム。
【請求項5】
前記第1および/または第2検出部は、角加速度センサをさらに含んでなる請求項4に記載のシステム。
【請求項6】
前記特性決定部は、予め定められた歩行リズムよりも短い時間間隔の繰り返し成分を揺れ成分として除去し、前記目標位置を取得する請求項1〜5の何れか一つに記載のシステム。
【請求項7】
前記特性評価部は、規範的な被測定者の運動特性モデルを予め記憶しており、その運動特性モデルを前記基準モデルとする請求項1〜6の何れか一つに記載のシステム。
【請求項8】
前記特性評価部は、決定した被測定者の運動特性モデルを記憶しておき、後の評価においてその運動特性モデルを前記基準モデルとする請求項1〜6の何れか一つに記載のシステム。
【請求項9】
前記特性決定部により決定された運動特性モデルの指標および/または前記特性評価部によりなされた評価を無線または有線で送信する通信部と、
送信された前記指標および/または前記評価を受信して出力する出力装置とをさらに備える請求項1〜8の何れか一つに記載のシステム。
【請求項10】
前記パラメータ記憶部は、被測定者の質量および身長の入力を受け付け、入力された身長から重心高さを算出して記憶する請求項1〜9の何れか一つに記載のシステム。
【請求項11】
コンピュータが、
第1検出部を用いて被測定者の左右の足底部にかかる圧力と各足底部の位置的な遷移とを測定し、
第2検出部を用いて被測定者の胴部の位置的な遷移を測定し、
パラメータ記憶部を用いて被測定者の質量および重心高さを取得して記憶し、
各足底部にかかる圧力、各足底部と前記胴部との位置関係の遷移および前記重心高さを用いて被測定者の前後方向と直交する垂直面での重心位置を推測してその遷移を得、かつ、前記垂直面で重心に作用するモーメントを求め、前記重心位置の遷移から身体左右方向の揺れ成分を除去して前記重心の目標位置を取得し、前記目標位置に対する前記重心位置の偏差を入力とし前記モーメントを出力として前記運動特性モデルを決定し、
決定された運動特性モデルを予め用意された基準モデルと比較して被測定者の運動特性を評価することを特徴とする運動特性評価方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate