説明

過分極化された媒体を使用する高分解能核磁気共鳴のための方法および装置

【課題】本発明は、特に弱い磁場におけるMR分光法により試料を分析する方法および装置に関する。
【解決手段】試料を分析するための本発明の方法により、試料に過分極化媒体を加えて、その化学シフトを決定することができる。該過分極化により核の配列(alignment)の程度が大きくなり、化学シフトの測定における信号雑音比が改良される。このように、該試料が交流電磁場および静磁場B0にさらされ、該磁気共鳴が測定される。この過分極化により、比較的弱い静磁場でこの化学シフトを測定するのに十分である。本発明の観点からの弱い磁場は200Gより弱い強さを有す場である。
本発明が意味する弱い磁場とは200G以下の強度を有する場である。例えば、これらはB0=0.001、T=10G未満の範囲の非常に弱いものである。
弱い場における化学シフトを決定する利点として、適切な装置を比較的低コストで製造、維持できることである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は試料の存在により生じた媒体中における化学シフトを決定することにより、試料を分析するための方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高分解能核磁気共鳴(NMR)分光法によりそのような分析を行うことが従来技術から公知である。
【0003】
核磁気共鳴は、均一な磁場についてラーモア歳差周波数で振動する歳差運動している核スピン集合体の測定である。この歳差運動の励起は共振高周波数の場によってもたらされる。磁気共鳴画像法(イメージング)に加え、核磁気共鳴が、特にNMR分光法において高分解能構造解明のために使用される。
【0004】
既知の方法において、コイルで囲まれた試料チューブがNMR分光計の大磁石の小孔の間に置かれ、このチューブ中では試料中の核磁気共鳴を励起するために、ラジオ周波数発生器により高周波(HF)交流磁場H1が生じる。これは、安定で均一な磁場B0を提供し、それは交流磁場の方向に対して垂直である。励起HF場の周波数が歳差運動している核スピンと符合するときに共鳴が生じる。既知の核スピンにlを与えると,ラーモア周波数は該核の位置における磁場効果によって定義されるが、外部的に印加した磁場B0とは正確には符号しない。すなわち、印加した磁場は、軌道電子の磁場および隣接する核の場によって減衰するので、局部的に有効な場の強さは、その印加した場の強さB0(反磁性原子または物質)よりも通常低い。しかしながら、核スピンの位置における場が増幅されることも、例外的に生じる(常磁性原子または物質)。この効果は、遮蔽と称され、調べる媒体のNMRスペクトル中の周波数の変化(化学シフト)をもたらす。この化学シフトは、測定する核の化学的、物理的環境に依存する。したがって、試料の存在または追加により生じる媒体中の化学シフトの決定により、試料についての推論が可能となるので、試料の分析ができることになる。
【0005】
最も調べられる核としては、陽子(1H−NMR)が一般的である。さらに、2H、13C、19Fおよび31P核も一般に調べられる。
【0006】
周知の陽子分光学方法は、0.1Tより強い磁場を使用しなければならないので不利である。一方、共鳴は、スペクトル中にともかく見出すことができる。すなわち、化学シフトはスペクトル中で分離されうる程に十分に大きい。小さい磁場における信号対雑音比は小さい。
【0007】
強い磁場は十分に高い均質性および時間安定性を有しなければならないので、それを発生させるのに比較的高価であることが特に不利な点である。すなわち、そのような強い磁場は一般的には超電導磁石か高価で扱いにくい電磁石によって達成されることができるだけである。高い購買費用に加えて、この種の磁石の操作には相当な維持費を伴う。加えて、それは、この種の装置の輸送性にも制限がある。
【0008】
NMR分光法適用の古典的領域は化学構造の解明であり、タンパク質や他の高分子物質の分析において特に重要であり、例えば製薬産業や石油産業において使用される。生存している組織もまたNMR分光法による測定の対象でありうる。電子計算法により、植物、動物および人のNMR断面画像を作ることができ、これは“自由可動(freely mobile)”水素原子の分布を表し、かくして組織の構造と器官を示す(磁気共鳴画像法)。
【0009】
【特許文献1】ドイツ特許:DE 102004002640
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した欠点の観点から、本発明の目的はより容易な分析を行うことができるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の目的は、請求項1による方法および独立の装置に関する請求項の特徴を有している一般的な装置により達成される。利点のある実施態様が独立請求項から得られる。さらに、該装置の有利な使用も明記される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
弱く均質な磁場を使用して石油のような試料を分析することにより、複雑な測定器を著しく簡略化することができ、コストを削減することができる。均質な磁場が小さくなるほど、分析がより容易で安価にできる。地球磁場は発生させる必要が無く均質な磁場を提供する手段を省くことができるので、その中での測定は特に利点がある。試料を分析するための本発明の方法は、特に信号雑音比を改良するために、過分極化された媒体を試料に加え、過分極化媒体中に生じる該試料による化学シフトを決定することにある。この化学シフトを決定するために該媒体のラーモア周波数を測定する。以下において、試料が存在しない場合に該媒体中に生じるものがラーモア周波数である。この媒体がガスであれば、該ガス圧が実質的に0の時に生じるラーモア周波数が標準化の根拠と仮定するのが好ましい。
【0013】
該媒体、例えば、ガスを試料に導き、そして例えば試料に溶解する。この試料が液体であれば、試料中に媒体を本来的に溶解することができる。そこでこの媒体、例えば溶解したガスのラーモア周波数を測定する。これらのラーモア周波数の差が求める化学シフトの測定値を表す。
【0014】
該過分極化は連続的にまたは不連続的に行うことができる。基本的に、すべての既知の方法(とりわけDNP、PHIP)はこの目的のために適している。
【0015】
この過分極化は光学スピン交換ポンプ(optical spin−exchange pump)による特別に効果的な方法、すなわち、とりわけ移動性(mobility)を提供する高圧偏光子および/または移動可能な偏光子により達成される。核はより大きく配列される。したがって、信号対雑音比が10の数乗倍改良される。
【0016】
特に大きな化学シフトを得るために、キセノンが媒体として好ましい。キセノンは石油のような多くの液体に特に好ましい形で溶解することができる。
【0017】
例えば、キセノン、または13Cの化学シフトを求めるためには、過分極化により比較的弱い静磁場で十分である。本発明の意味における弱い磁場は、特に200Gより小さい場である。例えば、0.001T、すなわち10ガウスの範囲のように非常に弱い場である。弱い場において化学シフトを決定することの利点は、(例えば、超電導磁石と比較して)、適切な機器を比較的安価に製造、維持できることである。さらに、開放状態のコンパクトな構造が可能であり、言い換えれば移動操作ができることである。したがって、辺鄙なところへの配備または地下環境(例えばボアホール)への配備さえも可能である。特に、地球磁場において測定する場合には、B0場を発生するコイル無しですますことができる。本発明による方法には遮蔽も必要としない。例えば、小電流で操作できる簡単な電磁石を使用することで、人工の弱い磁場B0を得ることができる。T2およびT2*時間が非常に長くなり、かつ人為的影響(artifacts)が現実に生じないという利点もある。後者は強力な磁場において大きな問題である。
【0018】
十分に弱い磁場中で測定する場合には、化学シフトの決定のための核スピンの励起が直流磁気パルスにより影響されるという利点がある。これにより、核スピンの励起のための電子的システムを非常に簡単にすることができる。さらに、直流パルスにより励起する場合に表皮効果が消滅する。この場合には、困難な環境の場合と同様に、導電材料(例えば、金属パイプ)により、核スピンの励起を生じることができる。直流磁気パルスが静磁場の少なくとも2倍、好ましくは3倍の場合でも磁場は概して十分弱いものである。直流磁気パルスは方形波状が好ましい。
【0019】
本発明の他の実施態様は、過分極化キセノンを試料に加えることである。例えば、Rb蒸気と自然のキセノンガスを使用する光学スピン交換ポンプにより、このキセノンの分極化を起こすことができる。例えば、印刷刊行物DE 102004002640.8に開示されているようなジェット偏光子を用いることにより、過分極化キセノンガスを発生させることができる。キセノンには化学シフトがこの元素において特に顕著であるという利点がある。例えばトルエン中に溶解したキセノンの場合、化学シフトは188ppmに達する。キセノンは3Heとは異なり、異なる溶解度を有す液体試料中にもぐりこませる(submerge)ことができるという付加的な利点もある。
【0020】
液体中における本発明のキセノンNMRの決定的で重要な利点は、化学シフトしたXeNMRスペクトルラインの間の距離と同様に両ライン幅が、B0と線形関係で地球磁場のスケールに至るという事実からなる。このように、スペクトル分解能は幅広い場の範囲で一定である。
【0021】
本発明の他の実施態様としては、例えば、キセノンが媒体の時に、キセノンガスの核磁気共鳴またはラーモア周波数が該化学シフトの絶対的決定のために比較として使用される。スペクトルの対照ラインとして機能するキセノンガスの核磁気共鳴は、意味のある結果を得るためには、試料中に溶解されるキセノンのラーモア周波数と同時に測定するのが好ましい。例えば検出コイルを、試料液体に溶解したキセノンおよびガス相中のキセノンのために設ける。例えば、測定で液体トルエンに溶解したキセノンと比較して、キセノンガスの化学シフトは188ppmであり、かつ、10Gの磁場における共鳴周波数は11.78kHzに過ぎない。Xeガスとトルエンに溶解したキセノンのラインとの間の周波数距離は2.21Hzであり、かつ、キセノン濃度(concentration)ラインのライン幅は0.2Hzより小さい。したがって、ガスおよび液体相のキセノンのピークは明確に区別することができる。この二つのラインがまだぎりぎり分離している限界は45mG(地球磁場の約10分の1)である。トルエンの場合のこの限界は液体中のキセノンのT1緩和時間(約100秒)により決定される。
【0022】
3Heの核磁気共鳴は本発明のさらなる利点を有す実施態様において測定される。上述したように、キセノンガスラインは試料中のキセノンの化学シフトを決定するための対照として使用することができる。キセノンガスラインの正確な位置が温度やキセノンガスの粒子密度、すなわち圧力に依存し、多くの場合、キセノンのT2時間が10秒より小さくなるので、キセノンガスラインとキセノン液体のラインが重なり合い、キセノンの化学シフトの測定は、特に地球磁場中では難しくなる。キセノンガスラインまたはラーモア周波数の代わりに、3HeNMRガスラインを対照周波数として測定することによりこの問題が解決する。3Heラインの十分な信号強度を得るために、3Heもまた、特に光学スピン交換ポンプを使って前もって過分極化されることも良い。3Heガスのラーモア周波数核磁気共鳴信号は比較的良い対照である。何故なら、3Heラインの正確な位置が3Heガスの温度や密度の影響は無視できる程度であり、地球磁場における3Heスペクトルのライン幅は極端に小さい(T2:1000秒またはそれ以上)からである。さらに、3Heの地球磁場中の共鳴(約1.6kHz)はスペクトル中のキセノンのもの(約600Hz)とはかけ離れていて、3HeラインとXeラインとは重複しないので、お互いに不利な形で影響し合うことがない。
【0023】
都合がよいことに、試料中のキセノンと3Heの核磁気共鳴すなわちラーモア周波数は同時に測定される。このことは、試料中のキセノンおよび3Heガス用の2個の別々の測定設備(2個の試料容量、2個の共鳴回路、2個の電子的評価システム)を使用することで可能となる。
【0024】
これらの信号の同時測定は、該磁場の乱れや変動または測定用組立品の機械的回転を計算で修正できるので、さらなる利点がある。最後に、3Heガスまたはキセノン含有試料液体の信号は地球磁場の正確な絶対的決定のために使用することができる。
【0025】
比較するために、同じ位置でこの二つの測定を行う。
化学シフトを決定するために、2個のラーモア周波数の片方をもう片方から減算し、ついで、その値を該媒体のラーモア周波数で割り算する。例えば3Heガスとキセノンのような二つの異なる媒体を試料に溶解して使用し、ついで、該3Heガスラインを最初にキセノンガスのライン上に変換(transform)する。すなわち、主として次のようにする。
【0026】
3Heおよび129Xeの回転磁気比の商を計算する。すなわち、3Heγ/129Xeγ=α。次いで、測定した3Heのラーモア周波数をαで割り算するようにして変換(transform)する。こうして得られた値を、キセノンガスの測定したラーモア周波数の代りに対照値として使用する。
【0027】
良い結果を得るために、静磁場は少なくとも10-5/cm3の均質性を有している。該均質性はΔB/(B*V)で定義される。ここで、Bは磁場、Vは容量、ΔBは生じるB場の差である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】は化学シフトを表す。この化学シフトはトルエンに溶解したキセノンおよびガス相中のキセノンの共鳴ピーク間の距離であり、その距離は磁場B0が強くなると共に線形的に増加する。特に、図1(a)はB0についての共鳴スケールライン幅を示す。そういうわけで、2本の共鳴線(キセノンガスと液体中のキセノン)の分離は、地球の磁場まで可能である。ここで、無酸素のトルエンを例にする。キセノンのT1〜T2時間は約100秒である。この場合、キセノン−トルエンラインのライン幅は約10mHzである。地球磁場におけるキセノンガスとトルエン中のキセノンとの間の化学シフトは約0.12Hzである。すなわち、この二つのラインは地球磁場ではっきりと分離している。この二つのラインがまだぎりぎり分離している限界は45mG(地球磁場の約10分の1)のところである。その温度および溶媒のタイプに関して、該化学シフトから推論することは可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のステップから構成される、試料を分析するための方法:
a)試料の存在により媒体中で生じた化学シフトをMR分光法により決定するステップ、および
b)該試料を決定したシフトを使って分析するステップ。
【請求項2】
弱い磁場、特に200ガウスより小さい磁場、好ましくは50ガウスより小さい磁場、特に好ましくは地球磁場において該MR分光法を行う請求項1に記載の方法。
【請求項3】
該媒体が過分極化されて該試料に加えられる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
該媒体がガス、特にキセノンであるところの前述の請求項の一つに記載される方法。
【請求項5】
−該媒体のラーモア周波数を該試料無しで決定し、
−該媒体を該試料に加えて該試料中の該媒体のラーモア周波数を決定し、
−該化学シフトがこれらの二つのラーモア周波数から算出され、特に該二つの決定したラーモア周波数の差および媒体無しによる差の算出によるものである、前述の請求項の一つに記載される方法。
【請求項6】
試料が液体である、前述の請求項の1つに記載される方法。
【請求項7】
該弱い磁場(B)が少なくとも10-5/cm3の均質性(ΔB/[B*容量])を有す、前述の請求項の一つに記載される方法。
【請求項8】
該試料の無い状態の第1媒体のラーモア周波数を測定し、該試料中の第2媒体のラーモア周波数を測定し、ついで、これら二つのラーモア周波数から該化学シフトを決定する、前述の請求項の一つに記載される方法。
【請求項9】
第1媒体が3Heまたは13Cである、前述の請求項の一つに記載される方法。
【請求項10】
該化学シフトを決定するために、第1媒体のラーモア周波数を該第2媒体のラーモア周波数上に変換(transform)させる、前述2つの請求項の一つに記載される方法。
【請求項11】
該化学シフトを決定するために測定される該ラーモア周波数を同じ時間および/または同じ位置で測定する、前述の請求項の一つに記載される方法。
【請求項12】
該核磁気共鳴が磁気直流パルスで励起される、前述の請求項の一つに記載される方法。
【請求項13】
MRを行うために適した分光計
【請求項14】
石油の特性分析を行うための前請求項に記載される分光計の使用。

【図1】
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【公表番号】特表2008−504541(P2008−504541A)
【公表日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−518572(P2007−518572)
【出願日】平成17年6月1日(2005.6.1)
【国際出願番号】PCT/EP2005/052512
【国際公開番号】WO2006/003065
【国際公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【出願人】(506403503)フォルシュングスツェントルム ユーリッヒ ゲーエムベーハー (3)
【氏名又は名称原語表記】FORSCHUNGSZENTRUM JULICH GMBH