説明

過酢酸溶液の製造方法

【課題】反応初期から反応終了までの過程において安全性が高く比較的高濃度の過酢酸溶液を安全且つ確実に得ることのできる製造方法を提供する。
【解決手段】無水酢酸と過酸化水素水溶液から過酢酸溶液を製造する方法において、酢酸で希釈した過酸化水素水溶液中に無水酢酸を滴下して反応させることにより、反応初期から反応終了までの過程において危険領域を回避でき、安全性が高く比較的高濃度の過酢酸溶液を安全且つ確実に得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反応初期から反応終了までの過程において安全性の高い非水系または含水過酢酸溶液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明により製造された過酢酸溶液は、ナイロン織物などの繊維の漂白剤、ポリエステル型樹脂の低温重合触媒、殺菌剤、エポキシ化剤、高分子モノマー、医薬品の製造原料などの有機合成用酸化剤に使用される。
【0003】
過酢酸溶液の製造方法としては、酢酸を過酸化水素に加えて反応させる方法が古くから知られている。この反応は、過酢酸、過酸化水素及び酢酸の平衡反応として進行し、過酸化水素と酢酸の濃度を高くするほど高濃度の過酢酸が生成する。しかし、比較的高濃度の過酢酸溶液を製造する際に通常、反応途中に危険領域(危険な組成)が存在するため、製造は容易ではない。また、比較的高濃度の過酢酸溶液は取扱いの難しいものであるため、比較的高濃度の過酢酸を含有し、反応初期から反応終了までの過程において安全性の高い過酢酸溶液の製造方法が求められている。
【0004】
このような観点から特許文献1には、平衡時の過酢酸濃度、過酸化水素濃度及び酢酸濃度を限定した過酢酸溶液が記載されている。しかしそこでは過酢酸濃度1〜10重量%の範囲内でしか安全性を確認できるものではなかった。また、実際には、過酢酸濃度10重量%とする場合には他の成分をどのような組成範囲にすれば危険性を回避できるかは不明であった。これは、過酢酸溶液の危険物性が、単に過酢酸溶液中の各成分の量に依存するのではなく、各成分相互の割合が複雑に関係しており、特定の組成の過酢酸溶液の危険物性は、その都度危険物性判定試験を実施する必要があるためであり、どのように製造しても安全性の確保できるよう、低濃度の過酢酸濃度へ誘導するものであった。即ち、より過酢酸濃度の高い過酢酸溶液を得ようとすれば、得られた過酢酸溶液の危険物性を逐一判定しながら試行錯誤して製造せねばならず、工業的に実用化できるものとはいえないものであった。
【0005】
過酸化水素と無水酢酸により過酢酸を生成する方法としては特許文献2〜3が開示されている。しかし、本発明者らは当該開示処方においても反応途中に危険領域(危険な組成)が存在するため、工業的に安全に安定生産することが困難であることを見出した。
また生成してくる過酢酸は水を含むために水による分解がある反応への使用には不適である。
【特許文献1】特開平6−340617号公報
【特許文献2】特開平8−183766号公報
【特許文献3】特開平11−502500号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、反応初期から反応終了までの過程において安全性が高く比較的高濃度の非水系または含水過酢酸溶液を安全且つ確実に得ることのできる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討した結果、無水酢酸と過酸化水素水溶液から過酢酸溶液を製造する方法において、酢酸で希釈した過酸化水素水溶液中に無水酢酸を滴下して反応させることにより、反応初期から反応終了までの過程において危険領域(危険な組成)を回避でき、過酢酸溶液を安全且つ確実に得ることのできる製造方法を見出し本発明を完成した。本発明における危険領域とは、分解発熱量が450cal/g以上の大きな発熱量をもつ範囲である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、酢酸で希釈した過酸化水素水溶液中に無水酢酸を滴下して反応させるので反応初期から反応終了までの過程において安全性が高く比較的高濃度の非水系または含水過酢酸溶液を確実に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に使用する過酸化水素水溶液は特に限定されるものではないが、50重量%以上の過酸化水素水溶液が好ましく、60重量%過酸化水素水溶液がより好ましい。
【0010】
本発明に使用する酢酸は、氷酢酸又は酢酸水溶液の何れであっても使用することができるが、氷酢酸が好ましく使用される。酢酸の使用量は過酸化水素水溶液の濃度が25重量%以下になる量が好ましく、15重量%〜10重量%となる量がより好ましい。過酸化水素水溶液の濃度が25重量%を超えた場合は、過酸化水素水溶液に無水酢酸を滴下する途中で危険な組成となる可能性がある。15重量%を超え、25重量%未満の場合は危険な組成となる可能性が低減する。15重量%以下にすれば危険な組成となる可能性を回避できる。10重量%未満の場合、経済性が悪くなり好ましくない。
【0011】
本発明に使用する無水酢酸の使用量は過酸化水素水溶液中の水と過酸化水素を合計したモル数1モルに対し、一般的には1.2モル以下の範囲で、好ましくは1.1〜0.5モルの範囲で用いられる。また非水系の過酢酸の合成を必要とする場合は、0.9〜1.2モルの範囲で、好ましくは1.0〜1.1モルの範囲で用いればよい。
1.2モルを超えた場合には、危険なジアシルタイプの過酸化物が生成し、過酢酸の収率を低下させる。0.5モル未満であれば過酢酸生成速度が遅くなる。
【0012】
本発明における酢酸で希釈した過酸化水素水溶液の調整方法としては、酢酸を仕込んだ後、過酸化水素水溶液を滴下して調整する方法が好ましい。過酸化水素水溶液を仕込んだ後、酢酸を滴下した場合は、滴下する途中で危険な組成となる可能性があり好ましくない。
調整温度は通常0℃〜90℃で実施される。
【0013】
本発明において、酢酸で希釈した過酸化水素水溶液中に無水酢酸を滴下して反応させる時の反応温度は通常0℃〜90℃、好ましくは10℃〜50℃である。反応時間は通常2時間以下である。無水酢酸中に酢酸で希釈した過酸化水素水溶液を滴下した場合は、ジアセチルパーオキサイドが生成して危険である。
【0014】
本発明においては、酸触媒を使用することが好ましい。本発明において必要に応じて使用される酸触媒としては、例えば、硫酸、塩酸、燐酸、ホウ酸、メタンスルフォン酸、パラトルエンスルフォン酸、トルフルオロ酢酸、酸性イオン交換樹脂、酸性活性白土等が挙げられる。酸触媒の使用量としては、無水酢酸に対して、通常10〜0.1重量%、好ましくは1〜0.2重量%である。酸触媒を使用することにより、過酢酸の反応速度が速くなる。
【0015】
(実施例)
以下、実施例を挙げさらに本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、分解発熱量、MkIII弾道臼砲可変起爆試験の衝撃感度および衝撃威力、MkIII弾道臼砲可変試料量試験の伝爆性は、以下に示す方法により測定、評価した。
<分解発熱量>
示差走査熱量計(セイコー電子工業株式会社製DSC200型)を用い、試料の発熱量を測定した。
<MkIII弾道臼砲可変起爆試験の衝撃感度および衝撃威力の測定、評価方法>
吊り下げた臼砲孔内で試料を爆発させ投射物を放出し、その反動によって臼砲が振れる際の最大値から試料の危険性を評価する試験である。
可変起爆剤試験はエネルギーを変化させた起爆剤により、試料を起爆させる。そして、その時の臼砲の振れ幅を求め完爆時の起爆力と振れ幅から衝撃感度および衝撃威力を調べる試験法である。
衝撃感度の判定はTNT(トリニトロトルエン)およびDNB(m−ジニトロベンゼン)を完爆させる起爆剤の量を基準として、試料を完爆させる起爆剤の量がTNT以下が感度大、TNTより多くとDNB以下の量が感度中、DNBより多く必要な場合が感度小である。
衝撃威力の判定はTNTが完爆した時の臼砲の振れ幅を基準として、試料が完爆した時の振れ幅が、TNTの振れ幅の25%以上が威力大、TNTの振れ幅の25%より小さく10%以上の場合が威力中、10%未満が威力小である。
<MkIII弾道臼砲可変試料量試験の伝爆性の測定、評価方法>
可変試料量試験はエネルギーを一定とした起爆剤により、試料量を変えて起爆させて臼砲の振れ幅から爆燃の伝播性(伝爆性の有無)を調べる試験である。
伝爆性の評価は試料の量の増加に伴い、臼砲の振れ幅が増加する場合が伝爆性あり。
試料量が増加しても臼砲の振れ幅が増加しないかまたは、ある試料量以上になると振れ幅が減少すれば、伝爆性無しと判定する。
【実施例1】
【0016】
酢酸23.4gに60重量%過酸化水素11.7gを20〜30℃で滴下し、酢酸で希釈した過酸化水素溶液を調整した(過酸化水素濃度20重量%)。そこに98%硫酸0.2gを添加後、20〜30℃で無水酢酸47.5g滴下して反応を開始した。2時間後、反応終了し18重量%過酢酸溶液を82.0g得た。
反応中、分解発熱量を測定したが、反応初期から反応終了までの過程において分解発熱量が450cal/gを超える危険領域は存在しなかった。
また、分解発熱量の大きい反応初期(無水酢酸滴下量が全体量の10%まで)の過酢酸溶液について衝撃感度、衝撃威力、伝爆性評価を行った結果は以下の通りであった。
衝撃感度:中、衝撃威力:中、伝爆性:無し。
これらの評価結果から、この過酢酸溶液の危険性は認められなかった。
【実施例2】
【0017】
酢酸35.0gに60重量%過酸化水素11.7gを20〜30℃で滴下し、酢酸で希釈した過酸化水素溶液を調整した(過酸化水素濃度15重量%)。そこに98%硫酸0.2gを添加後、20〜30℃で無水酢酸47.5g滴下して反応を開始した。2時間後、反応終了し16重量%過酢酸溶液を94.1g得た。
反応中、分解発熱量を測定したが、反応初期から反応終了までの過程において分解発熱量が450cal/gを超える危険領域は存在しなかった。
また、分解発熱量の大きい反応初期の過酢酸溶液について衝撃感度、衝撃威力、伝爆性評価を行った結果は以下の通りであった。
衝撃感度:中、衝撃威力:中、伝爆性:無し。
これらの評価結果からこの過酢酸溶液の危険性は認められなかった。
【0018】
(比較例1)
60重量%過酸化水素11.7gに98%硫酸0.2gを添加後、20〜30℃で無水酢酸47.5g滴下して反応を開始した。2時間後、反応終了し25重量%過酢酸溶液を59.0g得た。
反応中、分解発熱量を測定したが、反応初期(無水酢酸滴下量が全体量の6%)の過程において分解発熱量が850cal/g、反応中期(無水酢酸滴下量が全体量の50%)の過程において分解発熱量が700cal/gとなり、危険領域が存在した。
この反応初期の過酢酸溶液について衝撃感度、衝撃威力、伝爆性評価を行った結果は以下の通りであった。
衝撃感度:大、衝撃威力:大、伝爆性:有。
これらの評価結果からこの過酢酸溶液の危険性を認めた。
【0019】
(比較例2)
酢酸11.7gに20〜30℃で60重量%過酸化水素11.7g滴下して、98%硫酸0.2gを添加後、20〜30℃で無水酢酸47.5g滴下して反応を開始した。2時間後、反応終了し21重量%過酢酸溶液を70.5g得た。
反応中、分解発熱量を測定したが、反応初期(無水酢酸滴下量が全体量の6%)の過程において分解発熱量が650cal/g、反応中期(無水酢酸滴下量が全体量の50%)の過程において分解発熱量が510cal/gとなり、危険領域が存在した。
この反応初期の過酢酸溶液について衝撃感度、衝撃威力、伝爆性評価を行った結果は以下の通りであった。
衝撃感度:大、衝撃威力:大、伝爆性:有。
これらの評価結果からこの過酢酸溶液の危険性を認めた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無水酢酸と過酸化水素水溶液から過酢酸溶液を製造する方法において、酢酸で希釈した過酸化水素水溶液中に無水酢酸を滴下して反応させることを特徴とする過酢酸溶液の製造方法。
【請求項2】
酢酸で希釈した過酸化水素水溶液の調整方法が酢酸を仕込んだ後、過酸化水素水溶液を滴下して調整する方法であることを特徴とする請求項1記載の過酢酸溶液の製造方法。
【請求項3】
酢酸で希釈した過酸化水素水溶液の濃度が25重量%以下であることを特徴とする請求項1または2記載の過酢酸溶液の製造方法。

【公開番号】特開2008−94768(P2008−94768A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−279395(P2006−279395)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(000216243)田岡化学工業株式会社 (115)
【Fターム(参考)】