説明

遺伝子導入剤

【課題】特定の細胞種への遺伝子導入が可能な遺伝子導入剤を提供する。
【解決手段】芳香環に複数の高分子鎖が置換基として導入された高分子化合物と核酸とのポリプレックスに対し、抗体を吸着させてなる遺伝子導入剤。前記芳香環が炭素数5〜8の芳香環の、単環又は縮合環よりなることを特徴とする遺伝子導入剤。前記高分子鎖は、ポリアクリルアミド系高分子ブロック鎖又はポリアクリレート系高分子ブロック鎖であることを特徴とする遺伝子導入剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子導入剤に係り、特に、目的とする特定の細胞種への遺伝子導入を行うことが可能な遺伝子導入剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒト疾患の分子遺伝学的要因が明らかになるにつれ、遺伝子治療研究がますます重要視されている。遺伝子治療法は標的とする部位でのDNAの発現を目的としており、いかにDNAを標的部位に到達させるか、いかにDNAを標的部位に効率的に導入し、当該部位で機能的に発現させるかということが重要となる。
【0003】
従来、目的とする特定の細胞種へ遺伝子を導入する技術としてはウイルスベクター法が知られているが、以下に述べるような欠点がある。
【0004】
(1) ウイルスベクターは、一般に、合成工程が複雑で感染の危険性がある。また、ウイルス内には挿入できないような大きな核酸が導入できない。例えばアデノウイルスでは、導入サイズは9000b以下である。
(2) レセプターを介して細胞へ侵入するタイプのウイルスの場合、レセプターが発現されていない細胞へは導入できない。目標の細胞のレセプターが陽性でなければ、ウイルスベクター側の改変が必要である。また、レセプター自体はCAR,CD46など種々の細胞で共通して発現しているため、細胞選択性としては非特異的な面もある。また、遺伝子治療を目指して研究をする場合に、マウスなど小動物での実験が必須であるが、ヒト細胞に存在するレセプターがマウスに存在しなければ実験が成立しない;細胞の種類によってレセプター発現量が異なり、これが導入効率に影響してしまう;アデノウイルスの設計には主としてCAR(コサッキーアデノウイルスレセプター)を利用するが、疾病によってCARの発現量が少ない患者も多く、遺伝子治療への応用に制約を受けることもある;といった欠点がある。
(3) レトロウイルスの場合は、分裂期の細胞にのみ導入が可能で、休止期の細胞へは応用できない;染色体への組み込みが可能で、免疫原性はないが、不安定で生体内使用には不適である;といった欠点がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来の実状に鑑みてなされたものであって、目的とする特定の細胞種への遺伝子導入が可能な遺伝子導入剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1の遺伝子導入剤は、芳香環に複数の高分子鎖が置換基として導入された高分子化合物と核酸とのポリプレックスに対し、抗体を吸着させてなるものである。
【0007】
請求項2の遺伝子導入剤は、請求項1において、前記芳香環が炭素数5〜8の芳香環の、単環又は縮合環よりなることを特徴とするものである。
【0008】
請求項3の遺伝子導入剤は、請求項2において、前記芳香環が、ベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、ビフェニル環、ビフェニレン環、ピリジン環、ピロール環、フラン環又はピレン環であることを特徴とするものである。
【0009】
請求項4の遺伝子導入剤は、請求項3において、前記芳香環がベンゼン環であることを特徴とするものである。
【0010】
請求項5の遺伝子導入剤は、請求項4において、前記高分子鎖はベンゼン環に対して2〜6個導入されていることを特徴とするものである。
【0011】
請求項6の遺伝子導入剤は、請求項5において、前記高分子鎖はベンゼン環に対して4個又は6個導入されていることを特徴とするものである。
【0012】
請求項7の遺伝子導入剤は、請求項6において、前記高分子鎖はベンゼン環に対して6個導入されていることを特徴とするものである。
【0013】
請求項8の遺伝子導入剤は、請求項1ないし7のいずれか1項において、前記高分子鎖は、ポリアクリルアミド系高分子ブロック鎖又はポリアクリレート系高分子ブロック鎖であることを特徴とするものである。
【0014】
請求項9の遺伝子導入剤は、請求項1ないし8のいずれか1項において、前記高分子ブロック鎖が、ポリアミノスチレン、ポリブロモメチルスチレン、ポリグリシジルメタクリレートもしくはポリメタクリル酸又はこれらの誘導体からなる高分子ブロック鎖であることを特徴とするものである。
【0015】
請求項10の遺伝子導入剤は、請求項1ないし9のいずれか1項において、前記高分子化合物の分子量が5千〜50万であることを特徴とするものである。
【0016】
請求項11の遺伝子導入剤は、請求項10において、前記高分子化合物の分子量が5千〜10万であることを特徴とするものである。
【0017】
請求項12の遺伝子導入剤は、請求項1ないし11のいずれか1項において、前記抗体がポリクローナル抗体であることを特徴とするものである。
【0018】
請求項13の遺伝子導入剤は、請求項1ないし11のいずれか1項において、前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明の遺伝子導入剤で用いられる高分子化合物は、芳香環に複数の高分子鎖を導入してなるスター型分岐ポリマーである。
【0020】
本発明の遺伝子導入剤は、この高分子化合物(スター型分岐ポリマー)と遺伝子を混合してナノ粒子状のポリプレックスを形成させ、次いで抗体の水溶液を混合し、ポリプレックスナノ粒子の表面に抗体を吸着させて安定化させたものである。なお、この吸着は、疎水結合や静電力により行われるものと推察される。
【0021】
核酸は一般に生体内においてあまり安定ではなく、ある種の酵素によって分解される。本発明の遺伝子導入剤では、核酸をスター型分岐ポリマーとの凝集体とし、この凝集体の周囲に抗体を吸着固定させて酵素から保護するので、少なくとも凝集体内部の核酸を生体内で正常に機能させることができる。しかも、ポリプレックス表面の抗体によって、遺伝子を導入しようとする細胞を免疫学的に認識させ、特定の細胞種に特異的に遺伝子導入を行うことができる。
【0022】
生体内で特定の細胞へのみ遺伝子を導入するためには、該特定の細胞にのみ発現しているレセプターの抗体を吸着させて、血管内投与を行えば良い。一例を挙げると、ポリプレックスへFlk1抗体を吸着させれば、血管内皮増殖因子レセプターのFlk1を発現している細胞へ特異的に遺伝子導入を行え、血管内皮細胞へ分化する前にレポーター遺伝子を導入することができる。これを、生体へ細胞移植することで血管内皮前駆細胞が生体内でどのように血管新生に関わるか、を研究することができる。
【0023】
なお、他の公知の合成カチオン性ポリマーと遺伝子のポリプレックスまたはカチオン性脂質と遺伝子のポリプレックスと抗体を混合したものでトランスフェクションを行っても効果は得られない。一般のカチオン性ポリマーベクターと遺伝子のポリプレックスは、抗体などを混合するとポリプレックス同士が凝集して沈殿していまい、遺伝子導入効果が発現されないのが一般的である。
【0024】
本発明で使用したスター型分岐ポリマーは、その独自の分子構造によるイオン強度・電荷密度がポリプレックスの形成に至適と考えられ、水溶液中で安定して分散するポリプレックスが得られる。ポリプレックスへ包埋された遺伝子は、抗体はもちろん酵素の作用に対しても安定である。そのため、抗体をポリプレックスへ吸着させてもポリプレックスが安定に分散しているものと考えられる。
【0025】
抗体はポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれでも構わないが、より特異的な細胞選択性を付与するためにモノクローナル抗体が好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に本発明の遺伝子導入剤の実施の形態を詳細に説明する。
【0027】
[高分子化合物]
まず、本発明の遺伝子導入剤において用いられる高分子化合物について説明する。
【0028】
この高分子化合物は、芳香環に複数の高分子鎖が置換基として導入された化合物である。
【0029】
ここで、この高分子鎖の核となる芳香環としては、炭素数5〜8の芳香環、特に炭素数6の芳香環(即ちベンゼン環)の、単環又は2〜6個の縮合環、例えば、ナフタレン環、アントラセン環、ビフェニル環、ビフェニレン環、ピリジン環、ピロール環、フラン環、ピレン環が挙げられ、好ましくはベンゼン環である。
【0030】
核となる芳香環に導入される高分子鎖の数は、ベンゼン環であれば2〜6個、ナフタレン環の場合2〜8個、アントラセン環、ピレン環の場合2〜10個であるが、多い程効果的であり、例えばベンゼン環であれば2,3,4又は6個、特に4又は6個、とりわけ6個であることが好ましい。
【0031】
高分子鎖を導入するための原料となる芳香環化合物としては、例えば芳香環がベンゼン環の場合、次のようなベンゼン誘導体が挙げられる。
【0032】
即ち、3分岐鎖用としては、2,4,6−トリス(ブロモメチル)メシチレンとナトリウムN,N−ジエチルジチオカルバメートとをエタノール中で付加反応させて得られる2,4,6−トリス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)メシチレンであり、4分岐鎖としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとナトリウムN,N−ジエチルジチオカルバメートとをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとナトリウムN,N−ジエチルジチオカルバメートとをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンである。
【0033】
芳香環に導入された高分子鎖のうちの少なくとも一つ、好ましくはそのすべてがその先端側に活性高分子ブロック鎖を有するものである。この高分子鎖は、ビルル系単量体の単独又は異なるビニル系単量体の共重合体よりなるビニル系高分子ブロック鎖、特に3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH等の重合体よりなるポリアクリルアミド系高分子ブロック鎖であることが好ましい。
【0034】
芳香環にこのような高分子鎖を導入してなる高分子化合物、例えば、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドの重合体よりなる高分子ブロック鎖を導入した高分子化合物を合成するには、まず、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドと前述の各ベンゼン誘導体とをメタノールなどのアルコール溶液あるいは溶解性を考慮してクロロホルムなどの低極性溶媒の溶液として混合し、光重合反応させることにより、ベンゼン環に対し上記ベンゼン誘導体由来の−CH−等を介して3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドの重合体が結合した高分子化合物を製造する。
【0035】
本発明において、芳香環に複数の高分子鎖が導入されてなる高分子化合物の分子量は5千〜50万、特に5千〜5万、とりわけ1万〜2万程度であることが好ましい。この分子量が過度に大きいと、高分子化合物及び核酸で複合体を形成させた際の複合体のサイズが大きくなったり、溶解性が低くなったり、生体内へ使用する場合に、排泄に不利になることが考えられる。逆に過度に小さいと低分子量有機化合物としての性質が強く発生して細胞毒性、高浸透圧、など生物学的な弊害が出てしまう。
【0036】
また、1本の高分子鎖を構成する単量体の数は、その単量体の種類や反応性等によっても異なるが、ポリアクリルアミド系高分子ブロック鎖を構成する単量体数は5〜1000程度であることが好ましい。
【0037】
[核酸]
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0038】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0039】
この核酸としては、デオキシリボ核酸(DNA)及びリボ核酸(RNA)のようなポリヌクレオチド特にDNAが好適であるが、リボ核タンパク質であってもよい。
【0040】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0041】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0042】
また、アンチセンスによるリプレッシングの他に、21〜23塩基の二本鎖RNAを使用したRNA干渉によるmRNA破壊などに利用することも可能である。
【0043】
[ポリプレックスの形成]
高分子化合物(スター型分岐ポリマー)と核酸とを複合させてポリプレックスを形成するには、この高分子化合物の濃度1〜1000μg/mL程度の分散液に対し、常温にて核酸を添加し、混合すればよい。核酸に対して高分子化合物を過剰量添加し、高分子化合物を核酸に対し飽和状態に核酸含有複合体として複合化させるのが好ましい。
【0044】
[抗体]
本発明の遺伝子導入剤に吸着されている抗体は、前述の通り、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれでもよいが、モノクローナル抗体のほうが好ましい。抗体の具体例としては、c−Kit、Sca−1、βIII-tubulin、NFM、TTR、MAP2、Sox-1、NSE、S−100蛋白、GFAP、internexin、peripherin、CD31、CD46、CD34、Flk1、CARなど、通常の免疫染色に利用されている抗体が使用可能である。
【0045】
[抗体の吸着による遺伝子導入剤の形成]
抗体をポリプレックスに吸着させるには、スター型カチオン性ポリマーと核酸とを水溶液中で混合することで形成させたポリプレックスと、抗体の水溶液を混合する。
【0046】
本発明で使用するスター型カチオン性ポリマーは、高い電荷密度、強いイオン強度、分子構造の優位性(カチオン性ポリマー鎖をコアとして外殻に疎水性ポリマー鎖ブロックを導入することができる)により、核酸を失活させることなく及びポリプレックスを凝集させることなく、核酸ポリプレックスを形成する。このポリプレックスに対し、抗体を疎水結合的及び/又は静電的に吸着させることが可能である。
【0047】
この特性を利用して、細胞のレセプターに特異的な抗体を吸着させることで、ポリプレックスが吸着する細胞への選択性を付与することができる。すなわち、遺伝子導入する細胞の選択性を与えることができる。
【0048】
[生体への投与]
上述のような高分子化合物(スター型分岐ポリマー)と核酸とのポリプレックスに抗体が固定されてなる本発明の遺伝子導入剤は、生体内へ投与される。
【0049】
本発明において、核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、幹細胞であってもよく、また、使用する核酸(すなわちその機能)に応じて、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等であってもよい。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などであってもよい。
【0050】
本発明の遺伝子導入剤は任意の方法で生体に投与することができる。
【0051】
体内へ挿入するデバイスとしては、経皮的に患部付近の組織へ刺入するものや、血管カテーテル、ステントグラフトのように血管内へ留置するものなどがあるが、この限りではない。
【0052】
当該投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0053】
この遺伝子導入剤を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤,安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0054】
また、この遺伝子導入剤を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0055】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法および治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0056】
この遺伝子導入剤は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【実施例】
【0057】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
なお、実施例1は抗体としてFlk1抗体を用いたものであり、比較例1では抗体を用いていない。
【0058】
[実施例1,比較例1]
〈スター型分岐ポリマー(高分子ブロック鎖導入高分子化合物)の合成〉
[1]ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの合成
【0059】
【化1】

【0060】
ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼン5gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム31.8gをエタノール1L中へ加え、室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、減圧乾燥後、クロロホルム200mLへ溶解し、ここへ150mLの水を加えて液液抽出を行って臭化ナトリウムを除去した。この操作を3回繰り返した後、クロロホルム層を硫酸マグネシウムで24時間乾燥させた。濾過後、n−ヘキサンを加えて再結晶を行って、微かに淡青色を帯びたヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの白色結晶を得た(収率90%)。
1H NMR(in CDCl3):δ 1.26-1.31(t,36H,J=6.9 Hz,-CH2SC(S)N(CH2CH3)2),3.71-4.01(wq,24H,J=6.9 Hz,-CH2SC(S)N(CH2CH3)2),4.57(s,12H,-CH2SC(S)NEt2)
【0061】
[2]6分岐型pDMAPAAmホモポリマーの合成
【0062】
【化2】

【0063】
モノマーの3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドは、減圧蒸留で精製した。ヘキサキス(N,N−ジエチルチオカルバミルメチル)ベンゼン8.7mgを20mLのクロロホルムへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド3.9gを加えて混合し、全量をクロロホルムで希釈して50mLに調整した。石英セル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした。200W高圧水銀灯で30分間の光照射を行った。照度は照度計(UVR−1,TOPCON,Tokyo,Japan)を使用して1mW/cm(250nm)に調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで再沈殿させて精製した。これを少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させてヘキサキス{N,N−ジエチルジチオカルバミル−ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル}ベンゼン(6分岐型pDMAPAAmホモポリマー)を得た(重合率40%)。
【0064】
分子量はGPCにより17,300と測定され,1H NMR(in D2O)の測定結果は、δ 1.00-1.70(br,416H,-CH2CH-and-CH2CH2CH2-),1.90(br,104H,-CH2CH-),2.09(s,624H,-N(CH3)2),2.25(br,208H,-CH2N(CH3)2),2.98(br,208H,-CONHCH2-)で、目的物であることを確認した。
【0065】
〈抗体〉
ポリプレックスへ吸着させる抗体として、市販品のFlk1抗体を使用した。
【0066】
[遺伝子導入実験]
〈細胞播種〉
未分化ES細胞をLIF(白血病阻害因子)存在下で培養し、コラーゲンディッシュへ播き替えた。
【0067】
〈遺伝子導入及び測定〉
上記のようにして合成した6分岐型pDMAPAAMポリマー(以下『SV』という)を生理食塩水中に溶解し、0.8μg/μL濃度のSV溶液を調製した。ここへ30ng/μL濃度のGFPプラスミド20mMトリスEDTA緩衝溶液を混合して5分間室温下でインキュベートし、SVとGFPプラスミドの遺伝子複合体を形成させた。ここへ生理食塩水(比較例1)、35μg/mL濃度のFlk1生理食塩水溶液(実施例1)を混合し、5分間インキュベートし、遺伝子複合体へペプチドが吸着した微粒子の溶液を調製した。
【0068】
これらの溶液をそれぞれ150μLのOPTI−MEM中で30分間インキュベートし、これを培養細胞へ加えた。DNA量は250ngとなるように調整した。
【0069】
48時間の追加培養を行い、蛍光顕微鏡で観察すると生理食塩水群では培養皿の全体に均一にGFPの蛍光を観察することができた。実施例1では蛍光を発する細胞は散在し、細胞数は全体の約1/3程度であった。さらにCD34染色を行うと、実施例1ではGFP陽性/CD34陽性細胞が全体の1/3程度で、残りの2/3の細胞はGFP陰性/CD34陰性細胞であった。比較例1ではGFP陽性/CD34陰性細胞が全体に均一に存在するが、GFP陽性/CD34陽性の細胞は散在し、実施例よりも優位に少なかった。以上より、本発明の、Flk1抗体を吸着させたGFP遺伝子ポリプレックスはFlk1陽性細胞へ選択的に(優先的に)GFP遺伝子を導入することが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香環に複数の高分子鎖が置換基として導入された高分子化合物と核酸とのポリプレックスに対し、抗体を吸着させてなる遺伝子導入剤。
【請求項2】
請求項1において、前記芳香環が炭素数5〜8の芳香環の、単環又は縮合環よりなることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項3】
請求項2において、前記芳香環が、ベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、ビフェニル環、ビフェニレン環、ピリジン環、ピロール環、フラン環又はピレン環であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項4】
請求項3において、前記芳香環がベンゼン環であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項5】
請求項4において、前記高分子鎖はベンゼン環に対して2〜6個導入されていることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項6】
請求項5において、前記高分子鎖はベンゼン環に対して4個又は6個導入されていることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項7】
請求項6において、前記高分子鎖はベンゼン環に対して6個導入されていることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項において、前記高分子鎖は、ポリアクリルアミド系高分子ブロック鎖又はポリアクリレート系高分子ブロック鎖であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項において、前記高分子ブロック鎖が、ポリアミノスチレン、ポリブロモメチルスチレン、ポリグリシジルメタクリレートもしくはポリメタクリル酸又はこれらの誘導体からなる高分子ブロック鎖であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項において、前記高分子化合物の分子量が5千〜50万であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項11】
請求項10において、前記高分子化合物の分子量が5千〜10万であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項12】
請求項1ないし11のいずれか1項において、前記抗体がポリクローナル抗体であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項13】
請求項1ないし11のいずれか1項において、前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする遺伝子導入剤。

【公開番号】特開2007−228856(P2007−228856A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−53144(P2006−53144)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】