説明

避難経路構造

【課題】 居室と通路を相互に区画する間仕切り壁の少なくとも一部を透光板にて構成した構造において、建築コストの上昇を抑えつつ、防火区画に避難するための避難経路としての安全性を確保することができる避難経路構造を提供すること。
【解決手段】居室2a〜2cと通路3を相互に区画する間仕切り壁20の少なくとも一部を透光板にて構成した避難経路構造であって、通路3を、該通路3より高い安全基準を満たす防火区画4であって、居室2a〜2cの火災時に通路3を経て所定時間以内に避難できる防火区画4に接続し、透光板を普通ガラス22にて構成すると共に、普通ガラス22の通路側の略全面に飛散防止用フィルム23を貼付することにより、居室2a〜2cの火災時における普通ガラス22の崩壊を所定時間以上防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、居室と通路を相互に区画する間仕切り壁の少なくとも一部を透光板にて構成した構造であって、居室での火災発生時に、当該通路を避難経路として利用可能とした避難経路構造に関する。
【背景技術】
【0002】
居室と通路が相互に間仕切り壁にて区画された建屋において、この通路は、平常時には居室への出入りを行うために利用され、居室で火災が発生した時には、避難経路として利用されることになる。すなわち、このような通路は、耐火壁等にて区画されたものではないためにそれ自身は防火区画としては機能しないが、同じ建屋内に設けられた避難階段等の防火区画に安全に避難するための避難経路として利用されるため、居室で火災が発生した後、ある程度の時間は、人体に安全な環境を維持できる構造であることが求められる。
【0003】
しかし、オフィスビルを中心として、居室の開放感や意匠性を高める観点から、間仕切り壁の一部又は全面をガラスにて構成することが増えている。このような建屋において居室で火災が発生した場合、火災による熱でガラスが崩壊することで、居室で発生した煙や有害ガスが通路に侵入し、通路を避難経路として利用できなくなる可能性がある。
【0004】
このような問題を防止するための一つの手段として、ガラスの耐熱性を高めることにより、ガラスの崩壊時間を遅延させて、煙や有害ガスが通路に侵入して避難者の頭の高さ(床面高さ+1.8m)に至るまでの時間を遅らせることが考えられる。具体的には、ガラスとして、網入りガラスや熱強化ガラスを用いることが考えられる。あるいは、ガラスと熱発泡性物質とを交互に積層して構成された遮熱性ガラスを用いることも提案されている(例えば、特許文献1の段落0039)。
【0005】
あるいは、上下階に連通する連通空間の内仕切を構成するガラスに対して、その両側面のうち、火災に直接晒される面とは反対側の面に飛散防止用フィルムを貼着することで、下階で発生した火災の炎が連通空間を通って上階に達して内仕切を熱した場合であっても、内仕切のガラスが崩壊するまでの時間を長くすることが提案されている(例えば、特許文献2の段落0039)。
【0006】
【特許文献1】特開平11−169472号公報
【特許文献2】特開2005−16168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の構造のように、網入りガラスや熱強化ガラスの如き特殊ガラスを用いる構造では、意匠性を阻害したり、普通ガラスを用いる場合に比べて建築コストを大きく上昇させるため、好ましくない。
【0008】
また、特許文献1及び特許文献2に記載の構造は、各々の文献に記載された特殊な建屋構造において局所的にガラスの崩壊時間を遅延させることには有用であるが、上述のように居室に通路を隣接した配置して構成された建屋において、これら従来の構造をそのまま適用しても、必ずしも避難者の安全性が確保されているとは言い難かった。例えば、上述のように通路自体は防火区画としては機能しないため、避難者が通路に長時間留まることは好ましくないが、単にガラスの崩壊時間を遅延させただけでは、避難者が通路を通過する前にガラスが崩壊する可能性が依然として存在していた。
【0009】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、居室と通路を相互に区画する間仕切り壁の少なくとも一部を透光板にて構成した構造において、建築コストの上昇を抑えつつ、防火区画に避難するための避難経路としての安全性を確保することができる避難経路構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、請求項1に記載の避難経路構造は、居室と通路を相互に区画する間仕切り壁の少なくとも一部を透光板にて構成した避難経路構造であって、前記通路を、該通路より高い安全基準を満たす避難区域であって、前記居室の火災時に該通路を経て所定時間以内に避難できる避難区域に接続し、前記透光板を普通ガラスにて構成すると共に、前記普通ガラスの前記通路側の略全面にガラス用フィルムを貼付することにより、前記居室の火災時における前記普通ガラスの崩壊を前記所定時間以上防止することを特徴とする。
【0011】
請求項2に記載の避難経路構造は、請求項1に記載の避難経路構造において、前記ガラス用フィルムは、飛散防止用フィルムであることを特徴とする。
【0012】
請求項3に記載の避難経路構造は、請求項1又は2に記載の避難経路構造において、複数の前記居室の中のいずれの居室からの火災時においても、当該火災が発生した居室と前記通路を相互に区画する間仕切り壁における前記普通ガラスの崩壊を前記所定時間以上防止することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載の避難経路構造によれば、居室の火災時に通路を経て避難区域に避難する場合において、避難に要する所定時間以上、普通ガラスの崩壊を防止するので、通路を居室から避難区域に安全に避難するための避難経路として利用することができ、安全性の高い避難経路構造を構築できる。特に、普通ガラスを用いているので、網入りガラスや熱強化ガラスの如き特殊ガラスを用いる場合に比べて、高い意匠性を維持できると共に、建築コストの上昇を抑えることができる。
【0014】
請求項2に記載の避難経路構造によれば、ガラス用フィルムとして、飛散防止用フィルムを用いたので、ガラスの飛散を効果的に防止でき、一層安全性の高い避難経路構造を構築できる。
【0015】
請求項3に記載の避難経路構造によれば、居室が複数設けられている場合においても、その火災発生位置に関わらず、避難に要する所定時間以上、当該火災が発生した普通ガラスの崩壊を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(構造)
以下に添付図面を参照して、この発明に係る避難経路構造の実施の形態を詳細に説明する。図1は、本実施の形態に係る避難経路構造が適用された建屋の要部平面図、図2は図1の建屋の居室を通路側から見た要部正面図である。建屋1の内部には、複数の居室2a〜2dが直線上に並設されており、各居室2a〜2dに隣接して共通の通路3が配置されている。ただし、本発明は、少なくとも一つの居室と通路を隣接配置した全ての建屋に同様に適用することができる。
【0017】
複数の居室2a〜2dは、床面から天井面に至る間仕切り壁10にて区画されている。この間仕切り壁10は、例えば石膏ボードを用いて構成されており、後述する普通ガラス22に比べて高い耐火性能を備えるため、以下では、間仕切り壁10を介して居室間で火災が延焼することは無視する。
【0018】
通路3は、その一端において防火区画4に接続されている。この防火区画4は、通路3より高い安全基準を満たす避難区域である。例えば、安全基準とは、行政官庁や地方自治体にて定められた避難施設に関する基準や指針(建築基準法、建築防災計画指針を含む)を意味し、当該安全基準を満たす避難区域とは、防火区画の他、防煙区画あるいは安全区画を意味し、ここでは、防火区画4は、階段室を防火材によって周囲空間から区画することで構成された避難階段である。このような構造において、通路3は、平常時には各居室2a〜2dへの出入りを行うために利用され、いずれかの居室2a〜2dで火災が発生した時には、各居室2a〜2dから防火区画4まで安全に避難するための避難経路として利用される。なお、避難区域の設置形態は任意に変更でき、例えば、通路3の両端に防火区画4を設けてもよい。
【0019】
ここで、通路3と各居室2a〜2dとの相互間は、床面から天井面に至る間仕切り壁20a〜20dにて区画されている。間仕切り壁20aは、ドア21を備えると共に、当該ドア21以外の全面が透光性のある普通ガラス22にて構成されている。間仕切り壁20bは、ドア21を備えると共に、当該ドア21以外の部分は、一部が普通ガラス22にて構成されていると共に、他の一部が石膏ボード25で構成されている。間仕切り壁20cは、ドア21を備えると共に、当該ドア21以外は石膏ボード25で構成されており、この石膏ボード25には窓部として普通ガラス22が嵌め込まれている。間仕切り壁20dは、ドア21を備えると共に、当該ドア21以外は石膏ボード25で構成されている。この構造においては、居室2a〜2cが、請求の範囲における居室に該当する。ここで、普通ガラス22とは、耐熱的な処理が施されていない一般的なガラスを意味し、一般的には耐熱ガラスに比べて単価が安いため、このような普通ガラス22を用いることで、建屋1の建築コストを耐熱ガラスを用いる場合に比べて低減することができる。また、網入りガラスを利用する場合に比べて意匠性を向上させることができる。ただし、普通ガラス22に代えて、透光性のある他の部材を用いてもよい。
【0020】
図3には、普通ガラス22の要部横断面図を示す。普通ガラス22の両側面のうち、火源側と反対側の面(非加熱側の面)(本実施の形態では、居室2a〜2cの内部において火災が発生することを想定しているので、居室2a〜2cと反対側の面、すなわち通路側の面)には、その略全面に、透光性のある飛散防止用フィルム23が接着剤24を用いて接着されている。ここで略全面とは、普通ガラス22の熱による崩壊を防止可能な面積及び位置に貼付されていることを意味し、この目的に反しない限りにおいて、ガラスの側面の一部が飛散防止用フィルム23の貼付範囲から漏れていることを除外するものではない。
【0021】
このように、飛散防止用フィルム23を、普通ガラス22の非加熱側の面に貼付するのは以下の理由による。すなわち、普通ガラス22の非加熱側の面は加熱側の面に比べて温度が低いため、飛散防止用フィルム23を加熱側の面に貼付した場合に比べて、飛散防止用フィルム23又は接着剤24の温度が許容温度に達するまでの時間を長くすることができて有利である。また、普通ガラス22にひび割れが生じた際には、ガラスの極小片が飛散する可能性があるが、この極小片が通路3に向けて飛散することを飛散防止用フィルム23で防止できるので、通路3を避難経路として利用する際の安全性を高めることができる。なお、非加熱側の面に加えて、さらに加熱側の面に飛散防止用フィルム23を貼付してもよい。
【0022】
ここで、飛散防止用フィルム23とは、数μmの厚みのポリエステルフィルムをラミネート接着剤で積層して構成することにより、引裂強度及び貫通防止強度が高められたフィルムである。特に、飛散防止用フィルム23としては、火を近づけても炎を発生しない自己消火性を備えるものを用いることが好ましい。接着剤24としては、例えばアクリル系接着剤を用いることができ、許容温度の高いものを用いることが好ましい。ただし、必ずしも飛散防止用フィルム23を用いる必要はなく、飛散防止用フィルム23に代えて、単層のポリエステルフィルムから形成されるようなガラス用フィルムを普通ガラス22に貼付してもよい。この場合においても、ガラス用フィルムの引裂強度により、この普通ガラス22が崩壊温度に達しても直ちに崩壊することを防止する意義を有する。
【0023】
(避難経路構造の安全性評価)
次に、このような構成された避難経路構造の安全性評価について説明する。以下の説明では、接着剤24の許容温度(普通ガラス22に対する飛散防止用フィルム23の接着状態を維持するための温度)をT、飛散防止用フィルム23の許容温度(飛散防止用フィルム23が普通ガラス22との接着状態を維持している状態において当該普通ガラス22の崩壊を防止できる温度)をTとする。通常、飛散防止用フィルム23の許容温度は接着剤24の許容温度より高いため、T>Tとなる。
【0024】
図4には、火災発生後の経過時間(横軸)と通路面側のガラス温度(縦軸)との関係を示す。この図4において、通路面側のガラス温度は、居室2a〜2cで火災が発生した時点tではほぼ室温Tであるが、火災の熱が普通ガラス22を伝導することで上昇し、経過時点tでは接着剤24の許容温度Tに達し、さらに経過時点tでは飛散防止用フィルム23の許容温度Tに達する。ここで、通路面側のガラス温度が飛散防止用フィルム23の許容温度Tに達する前であっても、当該ガラス温度が接着剤24の許容温度Tに達した時点tにおいて、飛散防止用フィルム23が普通ガラス22から剥離してしまうので、普通ガラス22が崩壊する危険性が生じることになる。
【0025】
このような条件において、いずれかの居室2a〜2cで火災が発生した場合に、居室2a〜2dから通路3を通って防火区画4に安全に避難することを可能とするためには、火災発生後から通路面側のガラス温度が接着剤24の許容温度Tに達するまでの経過時間tを、各居室2a〜2dから通路3を通って防火区画4に避難するために要する時間(以下「避難時間t」)より、長くする必要がある。すなわち、経過時間t>避難時間tとなるように、避難経路構造を構築する必要がある。
【0026】
(避難経路構造の安全性評価−評価対象)
以下の計算で安全性評価を行う建屋5の平面図を図5に示す。この建屋5では、3つの居室5a〜5cが直線上に並設されており、各居室5a〜5cに隣接して共通の通路3が配置されている。各居室5a〜5cは、合計幅は44m、天井高さは3m、排煙は無し(蓄煙方式)とする。各居室5a〜5cに隣接して共通の通路3が配置されており、この通路3の両端にはドア7が設けられており、このドア7を介して防火区画4に避難することができる。このドア7の幅は0.8mとする。これら各居室5a〜5cと通路3との間には、間仕切り壁11が設けられている。この間仕切り壁11は、例えば石膏ボードを用いて構成されている。また、通路3を挟んで居室5bと対向する位置には事務室9が設けられている。この事務室9は、特許請求の範囲における居室に対応する。この事務室9と通路3とは相互に間仕切り壁26にて区画されており、この間仕切り壁26は、間仕切り壁20a〜20cと同様に、普通ガラス22にて形成されており、その非加熱側(通路3側)の面には飛散防止用フィルム23が貼付されている。図6には、各居室5a〜5c、通路3、及び事務室9の面積、在館者密度、及び在館者数を示す。なお、各居室5a〜5c、通路3、及び事務室9の発熱量及び在館者密度は、平成12年建設省告示第1441号に従って定めた。
【0027】
(避難経路構造の安全性評価−避難時間tの算出方法)
まず、避難時間tの具体的な算出方法について説明する。避難安全検証法(平成12年建設省告示第1437号)によれば、避難時間t=避難開始時間tstart+歩行時間ttravel+出口通過時間tqueueと表すことができる。ただし、この避難時間は、他の任意の方法で算出することができ、例えば、人の避難行動特性を考慮した工学的方法によって算出することができる。
【0028】
避難開始時間tstartとは、火災が発生してから在室者が避難を開始するまでに要する時間(火災が発生してから在室者が居室5a〜5cから通路3に出る迄に要する時間)(単位:分)である。ここでは、建屋5が、隣室の火災を火災室と同等程度に発見できる構造ではなく、避難開始時間としては階避難開始時間と同等といえる。さらに、共同住宅やホテル等の用途ではない。従って、告示第1441号の第5項のその他の用途に対する階非難時間の式1を用いる。ここで、Afloorは、当該エリアの床面積(居室5a〜5cの床面積(単位:m)である。本例では、床面積Afloor=745mであるため、避難開始時間tstart=3.91分となる。
【0029】
【数1】

【0030】
歩行時間ttravelとは、通路3に出た避難者が防火区画4の出入り口に達するまでに要する歩行時間(単位:分)であり、以下の式2で表される。ただし、lは居室5a〜5cから防火区画4の出入り口に至る歩行距離(単位:m)、vは歩行速度(単位:m/分)である。ここで、歩行距離は、居室5a〜5cから防火区画4までの距離に応じて異なるが、ここでは、全ての居室5a〜5cから避難者が安全に避難できる環境を構築するため、居室5a〜5cから通路3を経て防火区画4に避難する迄の最長の距離を基準に算出する。この距離は図5に示すように、居室5bから防火区画4までの距離38mである。歩行速度は、告示第1441号の第2項第2号の表に従い、学校や事務所その他これらの類する用途の建築物において、階段以外の建築物の場合、78(単位:m/分)と定められている。本例では、歩行時間ttravel=0.49分となる。
【0031】
【数2】

【0032】
出口通過時間tqueueとは、避難者が防火区画4の出入り口を通過するために要する時間(単位:分)であり、告示第1441号第7項により以下の式3で表される。ただし、pは在館者密度(単位:人/m)、Neffは有効流動係数(単位:人/分・m)、Beffは有効出口幅(単位:m)であり、本例では0.8mである。有効流動係数Neffは以下の式4が満たされる場合(防火区画4に十分な床面積があり、避難上支障がない場合)には、90(人/分・m)となる。ただし、Acoは避難経路の床面積(単位:m)、aは避難経路の区分に応じて決められた所定の数値であり、避難経路が廊下その他の通路である場合には0.3である。Aloadは避難経路等の部分を通らなければ避難することができない建築物の部分ごとの床面積(単位:m)である。例えば、居室5a〜5cの在館者数=421人とすると、式4は満たされるので、有効流動係数Neff=90となる。従って、本例では、出口通過時間tqueue=2.92分となる。
【0033】
【数3】

【0034】
【数4】

【0035】
従って、上記各例の場合、各々算出した避難開始時間tstart、歩行時間ttravel、及び出口通過時間tqueueの総和より、避難時間t=3.91+0.49+2.92=7.32分となる。
【0036】
(避難経路構造の安全性評価−経過時間tの算出方法)
次に、通路面側のガラス温度が接着剤24の許容温度Tに達するまでの経過時間tの具体的な算出方法について説明する。ここでは、図5の事務室9からの出火を想定する。この事務室9の条件を図7に示す。
【0037】
まず、火災発生があった居室2bの内部温度を算出する。算出には、2層ゾーンモデル(建築物の各空間がそれぞれに一様な高温層と低温層の二層に成層化していると見なすモデル)(「BRI2002二層ゾーンモデル建物内煙流動モデルと予測計算プログラム」,社団法人建築研究振興協会,2003年2月発行)を用いる。計算条件は、以下の通りである。
1)火源は、告示第1441号の方法に従い、Q=(αf+αm)×tによる非定常火源とした。αfは、居室2bの積載可燃物の1m当たりの発熱量に応じて所定式によって計算した数値であり、αmは、居室2bの壁(床面からの高さが1.2m以下の部分を除く)及び天井(天井がない場合にあっては屋根)の室内に面する部分(廻り縁、窓台その他これらに類する部分を除く)の仕上げの種類に応じて定められた数値である。ここでは、告示第1441号第3項第3号より、αf=2.6×10−6×ql5/3=2.6×10−6×5605/3=0.0989とし、αmは当該壁の内装を準不燃として0.014とした。tは、出火後の時間(秒)である。この式から判るように、Qは変数であり、時間の2乗に従いQが大きくなり、例えば、t=10秒でQ=2.65(kW)、t=20秒でQ=10.60(kW)、t=30秒でQ=23.85(kW)となる。
2)壁面積の算出に当っては、危険側の想定として、間仕切り壁26からの熱損失が最小となるよう正方形の室形状とした。
3)居室2bの壁と天井の熱定数は、上記2層ゾーンモデルのデフォルト値の内で、石膏ボードを選択した。なお、石膏ボードの熱定数は、輻射率=0.9、熱伝導率=2.19×10(−4)(kW/m/K)、熱容量=0.993(kJ/kg/K)、密度=860(kg/m)、厚さ=0.02(m)とした。
4)事務室9に開口を設定しないと燃焼が継続しないため、火災が発生した事務室9の下部に高さ20cmで20mの開口を設置した。
【0038】
また、通路面側のガラス温度を算出する。算出は、事務室9の内部の煙温度を加熱温度として、1次元の非定常熱伝導解析により行う。計算条件は、以下の通りである。
1)普通ガラス22の熱定数:λ=0.001(kW/mK)、ρ=2500(kg/m)、c=0.735(kJ/kgK)
2)加熱側と非加熱側の総合熱伝達率:0.04(KW/mK)
3)セルの厚さ:加熱側から1mm×2、2m×4、合計10mm
この熱伝導計算は、熱が伝わっていく物体を小片(セル)に分解して、小片ごとの熱の伝わり方を時間を追って計算していき、各所の温度を求める。
4)計算時間間隔:1秒毎
【0039】
このような計算によって求められた間仕切り壁26の普通ガラス22における通路面側のガラス温度の変化を図8に示す。この図8では、横軸に火災発生後の経過時間、縦軸に温度を示す。なお、上述の2層ゾーンモデルでは、燃焼モデルが組み込まれており、火源が大きくなり酸素濃度が低下すると発熱量が小さくなるため、煙温度がある時点から下降に転じる。しかしながら、ここでは、危険側の算出として、一度上昇した煙温度はそれ以上低くならないこととした。この計算例では、煙の最高温度は518℃、当該最高温度に至るまでの時間は1.77分である。この図8から判るように、上述計算例による避難時間t=7.32分が経過した時点での通路面側のガラス温度は、約178℃となる。このガラス温度約178℃は、アクリル系の接着剤24の耐熱温度約180℃を下回っているため、避難が完了する迄、飛散防止用フィルム23が普通ガラス22から剥離することがなく、普通ガラス22の崩壊を防止できるため、安全に避難を完了できることが判る。なお、避難完了後の7.52分が経過した時点で、ガラス温度が約180℃となり、飛散防止用フィルム23による普通ガラス22の崩壊防止効果が期待できなくなる。
【0040】
(避難経路構造の安全性評価−結論)
これまで説明した数値例によれば、居室5a〜5cから通路3を経て防火区画4に避難する迄の最長の避難時間7.32分よりも、飛散防止用フィルム23による普通ガラス22の崩壊防止時間7.52分を長くすることで、事務室9で火災が発生した場合であっても、居室2a〜2dから通路3を通って防火区画4に安全に避難することが可能であることが判る。このように、図1や図5の建屋1、5の避難経路構造は、通路3を介して安全に避難が可能となるように設計されている。
【0041】
なお、普通ガラス22の防火性能が維持できる場合であっても、事務室9の開口から漏れた煙が通路3に侵入して避難の安全性を損ねる可能性がある。この点を評価するためには、避難完了時点での通路3における煙下端の高さを算定し、この煙下端の高さを避難者の頭部の高さ(1.8m)と比較し、煙下端の高さが頭部の高さ以上であれば通路3を介して安全に避難が完了すると言える。避難完了時点での煙下端の高さHは、以下の式5により求めることができる。ただし、Hroomは通路3の床面の最も高い位置(基準点)からの平均天井高さ(単位:メートル)、Vは煙等発生量(単位:m3/分)、Vは有効排煙量(単位:m3/分)である。例えば、通路3の床面積を135(m3)、天井高さを3(m)、有効排煙量を151(m3/分)とし、事務室9からの煙等発生量を3.78(m3/分)とすると、避難時間t=7.32分における煙下端の高さHは2.9(m)となり、避難者の頭部の高さ(1.8m)以上であるため、通路3を通って防火区画4に安全に避難することが可能であることが確認できる。このように、図1や図5の建屋1、5の避難経路構造は、通路3を介して安全に避難が可能となるように設計されている。なお、事務室9と同様に間仕切り壁26を介して通路3に面する他の事務室を想定した場合において、火災発生源の位置を当該他の事務室に設定した場合においても、これまでの説明と同様な算定を行うことで、当該他の事務室からの火災時においても、当該火災が発生した事務室の普通ガラス22の崩壊を所定時間以上防止できることが判る。
【0042】
【数5】

【0043】
(効果)
上記のように、本実施の形態によれば、通路3を居室2a〜2dや居室5a〜5cから避難区域に安全に避難するための避難経路として利用することができ、安全性の高い避難経路構造を構築できる。
【0044】
特に、普通ガラス22を用いているので、網入りガラスや熱強化ガラスを用いる場合に比べて、高い意匠性を維持できると共に、建築コストの上昇を抑えることができる。
【0045】
また、居室が複数設けられている場合においても、その火災発生位置に関わらず、避難に要する所定時間以上、当該火災が発生した普通ガラス22の崩壊を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施の形態に係る避難経路構造が適用された建屋の要部平面図である。
【図2】図1の建屋の居室を通路側から見た要部正面図である。
【図3】普通ガラスの要部横断面図である。
【図4】火災発生後の経過時間と通路面側のガラス温度との関係を示すグラフである。
【図5】安全性評価を行う建屋の平面図である。
【図6】図5の建屋の居室、通路、及び事務室の面積、在館者密度、及び在館者数を示す表である。
【図7】図5の事務室の条件を示す表である。
【図8】火災発生後の経過時間と温度との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0047】
1、5 建屋
2a〜2d、5a〜5c 居室
3 通路
4 防火区画
7、21 ドア
9 事務室
10、11、20a〜20d、26 間仕切り壁
22 普通ガラス
23 飛散防止用フィルム
24 接着剤
25 石膏ボード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
居室と通路を相互に区画する間仕切り壁の少なくとも一部を透光板にて構成した避難経路構造であって、
前記通路を、該通路より高い安全基準を満たす避難区域であって、前記居室の火災時に該通路を経て所定時間以内に避難できる避難区域に接続し、
前記透光板を普通ガラスにて構成すると共に、前記普通ガラスの前記通路側の略全面にガラス用フィルムを貼付することにより、前記居室の火災時における前記普通ガラスの崩壊を前記所定時間以上防止すること、
を特徴とする避難経路構造。
【請求項2】
前記ガラス用フィルムは、飛散防止用フィルムであること、
を特徴とする請求項1に記載の避難経路構造。
【請求項3】
前記居室を前記通路に対して複数設け、
複数の前記居室の中のいずれの居室からの火災時においても、当該火災が発生した居室と前記通路を相互に区画する間仕切り壁における前記普通ガラスの崩壊を前記所定時間以上防止すること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の避難経路構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−299360(P2009−299360A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−155320(P2008−155320)
【出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【出願人】(000003621)株式会社竹中工務店 (1,669)
【Fターム(参考)】