部分測定を合成する形状測定方法
【課題】 従来、オーバーラップする領域で、測定のミスマッチを最適化していた。しかし測定データが3次元点列の場合オーバーラップ領域を求める時に大きな誤差が発生する。特に干渉計のような参照面を持たない座標測定装置では深刻な課題となる。
【解決手段】 一般に部分測定の合成はパラメータの最適化問題に帰着できる。本発明ではパラメータに次を採用する。(1)座標変換パラメータは被測定物を測定装置にセットする時に混入するセッティング誤差を測定データから除去することができる。(2)形状パラメータは被測定物全体の近似誤差形状を推定し測定データから除去することができる。その結果たとえ測定データが3次元点列であっても残差は小さくなる。小さな残差どおしを比較しても差は小さい。すなわちミスマッチを小さくすることができる。本発明によれば従来のオーバーラップという概念を使わなくても合成できるので従来技術の課題を解決できる。
【解決手段】 一般に部分測定の合成はパラメータの最適化問題に帰着できる。本発明ではパラメータに次を採用する。(1)座標変換パラメータは被測定物を測定装置にセットする時に混入するセッティング誤差を測定データから除去することができる。(2)形状パラメータは被測定物全体の近似誤差形状を推定し測定データから除去することができる。その結果たとえ測定データが3次元点列であっても残差は小さくなる。小さな残差どおしを比較しても差は小さい。すなわちミスマッチを小さくすることができる。本発明によれば従来のオーバーラップという概念を使わなくても合成できるので従来技術の課題を解決できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は複数の接触式プローブで計測した部分測定データを合成し、全体の形状を得る測定技術に関する。この技術は小さな測定領域しか持たない装置で大型の光学素子を測定するのに応用される。この技術をスティッチと呼ぶ場合もある。
【背景技術】
【0002】
まず、本明細書と引用文献で使っている用語との関係について説明しておく。
【0003】
「部分測定技術」は「スティッチ技術」と同じ意味で使用する。
【0004】
複数の部分測定データに関し、「重なる領域」と「オーバーラップ領域」は同じ意味で使用する。
【0005】
複数の部分測定データに関し、「重なる領域での各測定データの差異」と「ミスマッチ」は同じ意味で使用する。
【0006】
この技術分野は主に干渉計を用いた形状測定を通じて発展してきた技術である。
【0007】
本発明は座標測定装置にも応用展開することも可能な発明であるので、そこで、まずは干渉計による干渉計測と座標測定装置による測定との違いを説明する。
【0008】
干渉計測とは、被測定物の形状を反映した測定波面と、人為的に作成した参照波面とで発生する干渉縞をカメラ等で測定し、測定した干渉縞から形状を求める測定法である。
【0009】
この場合、複数の測定データは、ほぼ同じ参照波面からの差である。言い換えると、各測定データは参照波面という共通オフセットからの偏差を表している。しかもその偏差は干渉縞が観察できなければならないという要求から原理的に小さい。測定領域をいくつかの領域に区切って互いにオーバーラップするように測定したとき、そのオーバーラップ領域の測定データ間の差が小さいのが特徴である。
【0010】
例えば可視光を用いる場合、干渉縞の間隔はサブミクロンとなり、測定データ間の差は大きい場合でもミクロンレベルである。一般に部分測定、すなわちスティッチが必要な被測定物のサイズ、例えば直径1mのレンズ、と比較すると、この値は小さいと言える。
【0011】
まとめると、干渉計測の場合は、部分測定データの差、すなわちミスマッチが原理的に小さいという特徴がある。
【0012】
一方、座標測定装置の測定データは、被測定物表面上の点を表す3次元位置の集合である。例えば、接触式プローブを用いた座標測定装置の場合は、プローブの先端を被測定物表面に接触させ、そのプローブ先端の3次元位置を得る。そして接触式プローブを被測定物表面上で走査して3次元位置のデータを連続的に得ることで被測定物の表面形状を測定する。
その際にオーバーラップ領域での複数の測定データ間の差は、装置の位置姿勢誤差や被測定物の取り付け誤差の影響を受ける。
【0013】
一般的に、6自由度あるこれらの誤差を小さくすることは、非常に高い設置精度が要求されるため困難である。
【0014】
その結果、例えば先ほどの1mサイズのレンズの場合、オーバーラップ領域での測定データ間の差は1mmを超えても不思議ではない。
【0015】
また、干渉計の時に考慮した参照波面のような、各測定データから差し引ける共通の形状も存在しないので、測定データの値は干渉計の場合に比べて大きい。
【0016】
まとめると、座標測定装置の場合は、部分測定データの差、すなわちミスマッチが干渉計に比較してケタ違いに大きいという特徴がある。
【0017】
部分測定データをつなぎ合わせて全体形状を合成するスティッチ技術の中心は測定データを接続する計算方法である。
この計算方法は次のように2つのステップに簡略化して考えることができる。
ステップ1 複数の部分測定データを、パラメータを使って変換する
ステップ2 変換したデータを重ね合わせ、合成して全体の測定データを得る
ステップ2はデータを補間して平均すれば重ね合わせて合成することができる。
しかしステップ1の変換方法は無数に存在するため、いかに最適な変換を行うかがスティッチ技術の良し悪しを決めると言える。
【0018】
一般的には、変換方法を記述するパラメータと評価関数とを定義し、その評価関数が最適になるようにパラメータを調節することが行われている。
【0019】
以上が部分測定を合成する技術の概要である。
【0020】
現在、この技術分野で最良の答えは見つかっていないので様々な方法が提案されている。この技術の特徴は、次に示す2つのポイントに着目するとそれぞれの相違が明らかになる。
1 評価関数と、パラメータをどのように定義するか
2 最適化問題をどのように解くのか
【0021】
次に図12に示し、特許文献1および特許文献2に開示されている従来技術を、上記ポイントに着目しながら説明する。
【0022】
この特許文献では、次のような評価関数を提案している。
「パラメータを直線状に組み合わせることを通じて前記オーバーラップ領域内の前記データマップの各々からデータの適合外れ」、すなわち、パラメータの線形結合で表現したミスマッチを評価関数としている。
また、この特許文献では、評価関数の最適化方法として、全パラメータを同時に変化させて、この評価関数を最小にする方法を提案している。
【0023】
また、図13に示し、特許文献3に開示されている第2の従来技術を説明する。
この方法は、被測定物に目印を設ける方法である。
この特許文献では、ミスマッチを評価関数として提案している。
この特許文献では、評価関数の最適化法として、まず目印をあわせた後で、ミスマッチを最小にする方法を提案している。
【0024】
また、座標測定装置の構成については、例えば特許文献4に開示され、図14に示したものが知られている。接触式のプローブ30を光学素子や金型などの被測定物6の表面に押し当てながら走査し、その時のプローブの3次元座標位置を測定する装置である。
【特許文献1】US 6,956,657 B2
【特許文献2】特開2004−125768号公報
【特許文献3】特登録03182056号公報
【特許文献4】特登録3272952号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の課題を述べる前にまず、本明細書における記号のつけかたについて説明する。
部分測定データをAと表記する。
部分測定データは複数あるので、それぞれを区別するため、右上肩に数字をつける。
この数字は測定番号を表している。例えばA1,A2は2つの部分測定データである。
部分測定データは測定点の集合である。各要素を区別する場合には、右下に数字をつける。
この数字は測定点番号を表している。
例えばA1データの第m番目の測定点はA1mと表す。
【0026】
従来技術は、複数の部分測定を図12に示したように互いに重なり合う領域で行い、この重なり合う領域の測定データの差、すなわちミスマッチが最小になるようにパラメータを最適化する。
【0027】
背景技術の節でも述べたがこの従来のスティッチ技術は干渉計をベースに発展してきた。これを座標測定装置に展開する場合、次に示す未解決の新しい課題が発生する。
別の言い方をすると、測定データ間の差が従来に比べてケタ違いに大きな場合、次に示す深刻な課題が新たに発生する。
【0028】
(1) オーバーラップ領域を高精度に決定できないので精度が悪い
図2を用いて説明する。被測定物の部分測定データを同図の上段(a)に示す。
説明を簡単にするため、測定装置の誤差は考えない。また、2つの断面データを接続する場合について説明する。
【0029】
A1,A2は2つの部分測定データである。このデータは、被測定物の位置姿勢をずらした形として表現できる。この位置姿勢のずれはセッティング誤差と呼んでおり、被測定物を装置にセットするときに発生する誤差である。このセッティング誤差を補正するために座標変換T1,T2を用いる。座標変換は一般に6自由度(XYZの平行移動と、XYZ軸回りの回転移動)が考えられる。この座標変換を行った結果を同図の中段(b)に示す。ここで、部分測定データAnを座標変換した形状をBn=Tn(An)と表現する。nは測定の番号である。また、図中2はオーバーラップ領域である。
【0030】
この時、従来技術ではオーバーラップ領域2でのB1とB2との差、すなわちミスマッチが小さくなるように座標変換T1,T2を最適化する。
【0031】
この図では説明のために、B1とB2はわざと上下にずらして描いている。
【0032】
ところが、オーバーラップ領域でミスマッチが小さくなる場所はひとつではない。
【0033】
同図(c)で示すようにオーバーラップ領域2の大きさを変えれば様々な場所でミスマッチを小さくできる。
【0034】
そして、B1とB2をつなぎ合わせた全体形状は(b)図と(c)図を比較すれば明らかなようにまったく異なったものとなる。つまり従来技術を座標測定装置に適用するとオーバーラップ領域を決定できないため測定精度が悪い。
【0035】
一般的に、被測定物が非球面形状の場合、2つの形状がフィットする場所は唯一に決定できるはずである。しかし測定領域がオーバーラップする狭い領域で考えると、どんな非球面形状でも非球面量が小さくなる。つまり球面に近づいてしまうため、オーバーラップ領域を決定する誤差が大きい。その結果、測定精度が悪い。
【0036】
この問題は次に説明する理由により、干渉計の場合には小さな問題だったが、座標測定装置の場合は大変重要になる新しい課題である。
【0037】
干渉計の場合のようにミスマッチがもともと小さい場合、座標変換Tnによる測定データの移動量も小さい。
【0038】
その結果、オーバーラップする領域の変化量も小さい。従って全体形状への影響も小さくなり、わずかな測定精度の悪化ですむ。
【0039】
しかし、座標測定装置の場合は、ミスマッチがケタ違いに大きいので、座標変換Tnによる測定データの移動量が大きい。従ってオーバーラップする領域が大きく変化するため、全体形状への影響が大きい。
【0040】
例えば直径1mのレンズを測定する時を考える。干渉計の場合には干渉縞を観察できなければ成り立たないので、ミスマッチはミクロンオーダーである。ところが座標測定装置の場合には1mのレンズを装置にセットする時の位置ずれが1mm以上あっても不思議ではなく、ミスマッチも同じオーダー、すなわちミリメートルオーダーとケタ違いに大きい。
【0041】
以上、従来技術ではオーバーラップ領域を高精度に決定することができないために、測定精度が悪い。要するに、部分測定データが二次元データで各々のミスマッチが小さい干渉計測と、部分測定データが三次元データでミスマッチが大きい座標測定装置とは、大きく異なる。たとえ被測定物が非球面であってもこの課題は解消されない。
【0042】
(2) オーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧がある。
光学素子を製造する工程では様々な形状誤差が発生する。ガラスを研削する装置の振動などが原因で、リップルあるいは中間周期誤差と呼んでいる周期的な形状誤差が発生する場合がある。通常は周期が数ミリメートルで振幅がサブミクロンのわずかな誤差であるが、図4では説明のために強調して描いてある。
【0043】
従来技術はオーバーラップ領域において、2つの測定データが一致するようにつなぎ合わせていた。しかし、同図(a)および(b)に示すように、リップルが持つ周期的な形状誤差の、異なる波どおしがフィットしてしまうことが考えられる。
【0044】
このように三次元データではフィットする場所が多数ある場合があり、正しい位置にフィットするとは限らない。異なる場所にフィットすれば図でも明らかなように、全体形状への影響は大きい。
【0045】
つまり、従来技術ではオーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧があり、測定誤差が大きくなる可能性がある。従って信頼性が必要な測定の用途には使えない。
【0046】
(3) オーバーラップ領域のわずかな変化が大きく全体形状に影響するので精度が悪い
すでに図2で説明したが、同図(b)と(c)を見れば明らかなように、オーバーラップ領域の広さが少し変わっただけで、全体形状が大きく変わる。
【0047】
この問題は次に説明する理由により、干渉計の場合には小さな問題だったが、座標測定装置の場合は大変重要になる新しい課題である。
【0048】
干渉計の各測定データは共通の参照面の形が差し引かれていることを説明した。従って全体形状の誤差は、この参照面と測定データの接続誤差を加えたものになる。
【0049】
参照面が表現する3次元的なサイズ、例えば1mのレンズ表面、に対してミクロンオーダーの測定データは小さい。このため、たとえ接続誤差があったとしても、その影響は小さかった。
【0050】
ところが一方、座標測定装置の場合はそのような共通の参照面が無いので、測定データの接続誤差がそのまま全体形状の誤差となる。ミリオーダーの位置姿勢誤差を含んでいる測定データの接続誤差は深刻な精度の悪化となる。
【0051】
(4) オーバーラップ領域を精密探索する必要があるので時間がかかる
すでに、図13に示し、特許文献3に開示されているように、オーバーラップ領域を精密に位置あわせする技術も研究されている。
【0052】
図3に示すように、目印を被測定物につけておく、もしくは測定データの中に特徴的な形があればそれを目印として使う方法である。
【0053】
被測定物の部分測定データを同図(a)に示す。
【0054】
被測定物には位置の目印となる、目印形状3がついていることとする。例えば図に示す突起である。
【0055】
測定データA1,A2を目印3を使ってオーバーラップ領域を決定し、ミスマッチが少なくなるように座標変換T1,T2を最適化した結果を同図(b)に示す。
【0056】
この図では説明のために、B1とB2はわざと上下にずらしている。
【0057】
ところが、この方法で合致する位置を探索するのには時間がかかる。
【0058】
なぜなら、同図(c)に示したようにオーバーラップする可能性の有る範囲を全て探索し、最も適合する場所を探し出す必要があるからである。
【0059】
干渉計の場合と比較すると座標測定の場合はミスマッチが大きいため、座標変換の移動量が多きい。そのため探索すべき範囲が広くなるので、より深刻な課題となる。
従って、干渉計の場合には小さな問題だったが、座標測定装置の場合は大変重要になる新しい課題と言える。
【0060】
さらに、この方法は目印をつけてもよい場合にしか、適用できないので不便である。高精度な光学素子には目印をつけられない。
【0061】
以上、従来技術を座標測定装置に適用した場合ではオーバーラップ領域を精密探索する必要があるので時間がかかる。また、被測定物に目印をつける必要があるのでそもそも適用できない場合が多い。
【0062】
本発明は、上記のように座標測定装置による部分測定が干渉計測と異なり本質的にミスマッチが大きいことに起因する未解決の課題に鑑みてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0063】
上記の課題を解決するため、本発明は、
被測定物の複数の部分測定データを合成して全体の測定データを算出する形状計測方法において、
被測定物の複数の部分領域においてそれぞれ部分測定データを採取する工程と、
複数の前記部分測定データのそれぞれを座標変換する座標変換パラメータを用いて座標変換する工程と、
複数の前記部分測定データに共通する近似誤差形状を含む参照形状を、形状パラメータを用いて設定する工程と、
前記複数の部分測定データと、前記参照形状との差を差形状として計算し、該差形状から設定される評価値があらかじめ定められた値に近づくように前記座標変換パラメータおよび形状パラメータを共に設定する最適化工程と、
前記評価値を用いて共に設定された前記座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて部分測定データを接続する工程と、
を有することを特徴とする形状計測方法を提供する。
【発明の効果】
【0064】
本出願に係る第1の発明によれば、本発明ではオーバーラップ領域の概念を使わなくても部分測定データの位置ずれを精密に決定できるため、前述したオーバーラップ領域を用いることによる課題(1)〜課題(4)を解決できる。
(課題1)オーバーラップ領域を高精度に決定できないので精度が悪い
本発明では部分測定データ全部を使ってフィットすることに加え、オーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため精度が良い
(課題2)オーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧がある。
本発明ではオーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため上記の危惧はない。
(課題3)オーバーラップ領域のわずかな変化が大きく全体形状に影響するので精度が悪い。
本発明ではオーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため精度が良い
(課題4)オーバーラップ領域を精密探索する必要があるので計算時間がかかる。
本発明ではオーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため計算時間はかからない。
【0065】
また、上記の効果に加え、簡単な方法で全体形状を効率的に合成することが可能になる。
【0066】
さらに、測定装置が有する系統誤差もパラメータに加えることによって補正できるので、測定精度を向上することが可能になる。
【0067】
さらに、被測定物の形によっては計算が不安定になることを防ぐ効果がある。
【0068】
例えば、被測定物の形状に高い空間周波数の形状誤差が含まれていても安定して計算することが可能となる。
【0069】
また、本発明の方法は、座標測定装置のみならず、干渉計測による複数の部分測定データの接続に用いてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0070】
(第一の実施形態)
図1を用いて第1の本発明の形状計測方法を工程ごとに詳細に説明する。簡単のため、2つの断面データを接続する場合を説明する。また、第1のパラメータは座標変換にかかわるので、座標変換パラメータと記述する。また、第2のパラメータは近似誤差形状にかかわるので、形状パラメータと記述する。
【0071】
a)被測定物の複数の部分領域においてそれぞれ部分測定データを採取する工程
工程aについて、図1(a)で説明する。
図1において、A1,A2は2つの異なる測定領域での部分測定データを表している。座標測定装置の場合には、3次元的な位置データである。測定の際にそれぞれの部分測定データは必ずしもオーバーラップしている必要は無い。干渉計測装置の場合には参照波面との差による干渉縞が部分測定データとなる。
【0072】
b)座標変換パラメータを設定する工程
工程bについて、図1(b)で説明する。工程aで測定した部分測定データ同士はそのままではオーバーラップせず、被測定物の位置と姿勢とにずれを含むデータである考えてよい(測定装置の誤差を考えないことにする)。このずれは被測定物を座標測定装置にセットするときに発生する誤差であり、セッティング誤差と呼ぶ。このセッティング誤差を補正し、部分測定データ同士を適切に接続させるために座標変換T1,T2を用いる。座標変換は一般に6自由度(XYZの平行移動と、XYZ軸回りの回転移動)が考えられる。
この座標変換を行った結果を同図に示すようにBnとし、部分測定データAnを座標変換した形状をBn=Tn(An)と表現する。
【0073】
次に変換の具体例を説明し、この変換の性質を述べる。座標変換パラメータは6自由度ある。これをX,Y,Z方向の移動と、X,Y,Z軸回りの回転とし、そのパラメータの名称をα1〜α6とすると4×4の同時座標変換行列は次のように記述できる。
【0074】
ここで、パラメータの初期値は、被測定物の測定位置とする。例えばX方向に100mmずらして測定する場合は、α1を100mmとする。後述する工程fで収束計算するので、この初期値を厳密な値に設定する必要は無い。
【0075】
【数1】
【0076】
ここで、TransはX,Y,Z方向の平行移動を表し、RotxはX軸回りの回転、RotyはY軸回りの回転、RotzはZ軸回りの回転を表す。
【0077】
そして、前述した部分測定データを座標変換する工程とは、位置ベクトルをこの行列に掛けることを意味している。
【0078】
部分測定データは測定点の集合であるが、右下の数字でそれぞれの測定点を区別する。次式は第m番目の測定点AnmをBnmに座標変換する式である。
Bnm=TnAnm (式2)
これまでの式から明らかなように座標変換はパラメータα1〜α6に対しし、Sin関数やCos関数を含む、非線形な変換である。この座標変換パラメータα1〜α6は、このままでは最適化することは困難であることは既に述べた。干渉計測による従来技術と比べ座標測定装置による測定はミスマッチが大きく、前述したように、座標測定装置では座標変換の量、すなわち座標変換パラメータの値が大きくなるからである。
【0079】
したがって、座標測定装置による部分測定データの結合させる際には、座標変換パラメータを単なる線形結合として表現(特許文献1、特許文献2の方法)できない。特許文献1、特許文献2は、線形の仮定が成り立つ場合、すなわち座標変換のパラメータα1〜α6の数字が非常に小さい場合だけに使える技術と言える。
【0080】
本発明のように、上式のような座標変換、すなわち非線形な変換が必要である。以下の工程cの項目において、座標変換のパラメータα1〜α6を最適化するために用いる形状パラメータについて述べる。また、図中の2はオーバーラップ領域を表している。この領域がどのように決定されるかは工程fの項目で説明する。また、この図では説明のために、B1とB2はわざと上下にずらして描いている。
【0081】
c)すべての複数の部分測定データに共通する近似誤差形状を形状パラメータを用いて設定する工程
工程cについて、図1(c)で説明する。
形状パラメータβを定義し、近似誤差形状を決める工程である。近似誤差形状は測定領域全部にわたって決め、すべての複数の部分測定データに共通する近似誤差形状を表現する。
【0082】
例えば簡便な方法として、多項式で近似誤差形状を表現する方法がある。この場合、形状パラメータβは多項式の係数となり、近似誤差形状を決めるとは多項式を算出することを意味している。この近似誤差形状を図のようにFとする。この工程で決めた近似誤差形状Fは暫定的なものであり、後に説明する最適化する際に前述の座標変換パラメータとともに、最適化される。
【0083】
d)近似誤差形状を含む参照形状を設定する工程。
工程dについて、図1(d)で説明する。
工程cで計算した近似誤差形状Fと、被測定物の設計形状Dを加えて全ての部分測定データに共通する参照形状Gを得る。
G=D+F (式3)
しかし、被測定物の設計形状がわからない場合も現実にはある。そこで、被測定物の設計形状が不明の場合には近似誤差形状そのものを参照形状とする。上式でDがゼロの特別な場合である。つまり近似誤差形状を参照形状とする、または前記近似誤差形状と被測定物の設計形状とを加えて参照形状とすればよい。
【0084】
e)複数の部分測定データと、参照形状との差を差形状として計算し、その差形状の値から評価値を設定する工程
工程eについて、図1(e)で説明する。
工程bで得た、座標変換後の部分測定結果Bnと、工程dで得た参照形状Gとの差であるCnを計算する。Cnは差形状と呼ぶことにする。
Cn=Bn−G (式4)
これから評価値Qを計算する。最も簡便な評価値は2乗和である。すなわち、
【0085】
【数2】
【0086】
ここで、添え字は前述したように
右上の添え字nは複数の測定データに対応する、測定番号を表す。
右下の添え字mはそれぞれの要素、一つの測定点の番号を表す。
上式の評価値Qには、前述した、第1のパラメータ、すなわち座標変換パラメータαがTの中に含まれている。
【0087】
また、形状パラメータβが近似誤差形状Fに含まれている。
【0088】
そして、それらのパラメータ、αとβ、を変化させると、評価値Qの値が変化する。
【0089】
f)評価値が小さくなるように、座標変換パラメータおよび形状パラメータを共に決定する工程
工程fについて、図1(f)で説明する。
工程fでは工程eで得た評価値Qが小さくなるようにパラメータα、βを調節し、決定する。評価値Qは(式4)で示した差形状Cn=Bn−Gから計算したので、この最適化により、差形状がゼロ、すなわち、座標変換した部分測定データBnがそれぞれ共通の参照形状Gにフィットすることを意味している。
【0090】
最適化するパラメータの中の座標変換パラメータαは、被測定物のセッティング誤差を補正するためのものである。後でも述べるが、この方法によりセッティング誤差、すなわち測定データの場所のずれを精密に補正することができる。ただし、フィットする両者、測定データの形と、参照形状とがほぼ一致していることが必要である。
【0091】
最適化するパラメータの中の形状パラメータβは、そのために存在する。
【0092】
この形状パラメータβが変化することで、近似誤差形状Fが変化し、そのことによって参照形状Gを測定データの形Bnに近づけることができる。
【0093】
そしてそのように最適化された上でパラメータ決定された前記座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて部分測定データを接続すれば、被測定物の測定領域全体の形状を算出することができる。
【0094】
この方法によれば次の効果があり、従来の課題を解決できる。
【0095】
本発明では近似誤差形状Fを用いることで測定領域全部を使用し、座標変換パラメータαを最適化する。この計算で、測定データがフィットできる位置は一つしかない。もし場所が少しでもずれれば、差形状(Cn=Bn−G)が急激に大きくなり、評価値も急激に悪化するからである。従来技術ではオーバーラップする狭い領域のデータだけで計算していたので、座標測定装置によるミスマッチの大きい部分測定データを接続させる際には位置が定まらなかったのである。
【0096】
このように、本発明によれば部分測定データの場所のずれを精密に決定できる。その結果、部分測定データの相対位置も精密に決定できる。
【0097】
従って本発明によれば、従来技術の「オーバーラップ領域を高精度に決定できないので精度が悪い」、という課題を解決できる。
【0098】
また、本発明では、部分測定データが重なっているか否かの概念、すなわち、オーバーラップ領域の概念は使っていない。
【0099】
従って、従来技術を座標測定装置に適用した際に生じる以下の3つの課題は存在しなくなる。
(1)「オーバーラップ領域のわずかな変化が大きく全体形状に影響するので精度が悪い」
(2)「オーバーラップ領域を精密探索する必要があるので時間がかかる」
(3)「オーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧がある」
また、本明細書では評価値を小さくすることが最適である場合を暗黙に仮定した。
【0100】
評価値を大きくすることが最適である場合には評価値にマイナスの符号をつけるだけよい。従来技術ではオーバーラップ領域での測定データ間の差、すなわちミスマッチを最小にする最適化を行っていた。これまで説明してきたように本発明ではオーバーラップの概念を使っていないし、ミスマッチも考慮してこなかった。本発明では、工程fで説明したように、複数ある部分測定データBnを一つの共通の参照形状Gにフィットする。
【0101】
その結果、各部分測定データはGを介して一致する。すなわち、結果的にミスマッチも小さくなるのでミスマッチに関する課題も本発明は持っていない。
【0102】
(第二の実施形態)
また、本出願に係る第2の発明について、図1を用いてさらに詳細に説明する。
【0103】
最適化された座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて複数の部分測定データを接続する際は、例えば以下のg1)、g2)、g3)の項目で説明される方法のいずれか一つの方法で接続することができる。
【0104】
g1)複数の座標変換した部分測定データを重ね合わせ、全体の形状に変換する工程
工程g1について、図1(g1)で説明する。
工程fまでで、部分測定データの位置あわせは完了している。その結果、前述したようにオーバーラップ領域での測定データの差、すなわちミスマッチは小さいはずである。
図に示すように座標変換した部分測定データBを重ね合わせ、全体の形状Jを求める。
【0105】
g2)複数の差形状を重ね合わせ、全体の差形状に変換し、これに参照形状を加えて全体の形状に変換する工程
工程g2について、図1(g2)で説明する。
工程fまでで、部分測定データの位置あわせは完了し、ミスマッチも小さいはずである。
差形状を重ね合わせ、全体の差形状Cを求め、これに参照形状Gを加え、全体の形状Jを求める。すなわち、
J=C+G
=C+D+F (式6)
【0106】
g3)複数の差形状を重ね合わせ、全体の差形状に変換し、これに近似誤差形状を加えて全体の誤差形状に変換する工程
工程g3について、図1(g3)で説明する。
工程fまでで、部分測定データの位置あわせは完了し、ミスマッチも小さいはずである。差形状を重ね合わせ、全体の差形状Cを求め、これに近似誤差形状Fを加え、全体の誤差形状Eを求める。すなわち、
E=C+F (式7)
工程g2とg3の式を見比べれば明らかだが、この形状は全体形状Jから設計形状Dを差し引いたものである。通常、光学素子の評価にとって重要なのは、設計形状からの偏差、すなわち誤差形状Eである。本発明によれば、全体形状の重ね合わせを簡便な方法で実現できる。
【0107】
(第三の実施形態)
また、本出願に係る第3の発明は、系統誤差にかかわる。
【0108】
次に、図5を用いてさらに詳細に説明する。
【0109】
系統誤差とは測定装置が固有に持っている誤差のことである。測定誤差を測定ごとにばらつく成分と、ばらつかない成分とに分類したとき、後者のことである。この系統誤差は何らかの方法で測定して補正することが必要である。本発明によれば以下に説明するように、系統誤差も最適化するパラメータに含めてしまうことにより、補正することが可能である。
【0110】
図5において、工程aは測定データを得る工程である。ここで、A1,A2は系統誤差を含んだ測定データである。
【0111】
h)系統誤差パラメータを設定する工程
工程hについて、図5(h)で説明する。
系統誤差パラメータをγとし、これを用いて系統誤差Hを計算する。例えば簡便な系統誤差の表現方法として多項式で表現する方法がある。この場合、系統誤差パラメータγは多項式の係数となり、系統誤差Hを決めることは、その系統誤差を表現した多項式を決定することを意味している。こうして図5の(h)にHで示された系統誤差を設定する。
【0112】
この時、系統誤差パラメータγは後述するように、工程fで前述の座標変換パラメータα、形状パラメータβなどと共に決定される。
【0113】
j)座標変換パラメータを設定する工程b)の前に系統誤差を部分測定データから差し引く工程
工程jについて、図5(j)で説明する。
それぞれの部分測定データAnから系統誤差パラメータHを差し引き、新たな測定データを得る。すなわち、次式を計算する。
Kn=An−H (式8)
それぞれの部分測定データAnは同じ測定装置で測定したデータであるので、系統誤差は全部の測定データに対して共通である。
【0114】
この後の手段と作用は、本発明における第1の発明と同じなので説明を省略するが、パラメータを最適化する工程fに、系統誤差パラメータγを加えた点だけが異なる。本発明では工程fで最適化するパラメータは、次の3種類になる。それは、座標変換パラメータα、形状パラメータβ、系統誤差パラメータγ、である。
【0115】
以上説明してきた方法によれば、系統誤差が存在しても、これを補正することができ、測定精度をさらに向上させることが可能である。
【0116】
また、本発明ではパラメータを簡便な多項式の係数として表現することにより、計算負荷を減らし、高速なデータ処理を可能にすることができる。
【0117】
図1あるいは図5で説明したように、工程fで最適化するパラメータ(α、β、γ)は次の3種類であった。
(1)座標変換パラメータ(α)
(2)形状パラメータ(β)
(3)系統誤差パラメータ(γ)
このうち、(1)は式1で示したように三角関数を含む非線形なパラメータである。本発明では残りのパラメータを次式に示す多項式で表現する。具体的には横座標をx、yとし、近似誤差形状Fを、パラメータβを使って次のように表現する。
【0118】
【数3】
【0119】
ここで、βiはi番目の形状パラメータ、niはxの乗数,miはyの乗数である。後述する工程fで収束計算するので、このパラメータの初期値は全部ゼロとしてもよい。また、この近似誤差形状Fは被測定物に固定した形状である。従って上式のXY座標も被測定物に固定した座標である。
【0120】
また、系統誤差パラメータγ、および系統誤差Hも同様に定義できる。
【0121】
【数4】
【0122】
ここで、γiは系統誤差パラメータ、niはxの乗数,miはyの乗数である。また、この系統誤差は測定装置に固定した形状である。従って上式のXY座標も測定装置に固定した座標である。後述する工程fで収束計算するので、このパラメータの初期値は全部ゼロとしてもよい。一般に、パラメータを最適化するとき、各パラメータが独立、つまり区別できないと収束しない。本発明において、この条件が可能であることを説明する。
【0123】
まず、(1)の座標変換パラメータ、αは式1で示したように三角関数を含む非線形なパラメータなので、他の線形なパラメータとは区別できる。
【0124】
残りの2つのパラメータは両方多項式だが、(1)は被測定物に固定した形状であり、(3)は測定装置に固定した形状である。両者の位置は測定ごとに変わるので互いに区別できる。
【0125】
図5で説明すると、(2)の近似誤差形状は図5(c)のFであり、被測定物に固定した形状である。一方(3)の系統誤差は図5(h)のHである。複数の測定データA1,A2は被測定物と測定装置の位置をずらして測定する。従って、被測定物に固定した形状であるFと、装置に固定した形状であるHは区別できる。
【0126】
また、多項式の項の中で、場所をずらしても区別できない項は除外してパラメータを選択すれば良い。例えば定数項である。
【0127】
本実施形態によれば、単純な多項式を使っているので計算負荷が少なく、高速なデータ処理が可能である。
【0128】
また、パラメータを最適化するとき、各パラメータが独立、つまり区別できないと収束しない。前述した座標変換パラメータαの中には、被測定物の形状によって非独立変数になるものが含まれているので注意が必要である。例えば以下のような場合がある。
【0129】
被測定物が平面の場合、独立なパラメータは3つである。例えばZ=0の平面では垂直方向のZおよびX,Y軸回りの回転θx、θyである。残りの水平方向のX,YおよびZ軸回りの回転θzは区別できないので、座標変換パラメータには含めない。
【0130】
同様に被測定物が球面の場合、独立なパラメータは3つである。例えば球面の中心座標X,Y,Zである。また、被測定物が軸対称非球面レンズの場合は軸まわりの回転を除く5つのパラメータとする。平面や球面、および軸対称非球面でも安定して座標変換パラメータを計算することができる。
【0131】
ところで、評価値Qを差形状の2乗和とする場合は、すでに一例として式5でも示した。
【0132】
再記すると、
【0133】
【数5】
【0134】
評価値を差形状の最大、最小とする場合は、次の式を評価値Qとする。
【0135】
【数6】
【0136】
このような評価値Qを用いると、評価値を単純な数式で計算できるので、計算負荷が少なく、高速なデータ処理が可能である。
【0137】
(第四の実施形態)
被測定物が持っている形状誤差を、近似誤差形状Fで代表している。このとき、近似誤差形状Fで表現しきれない残差が大きいと、実際の測定データとの差形状Cが小さくならない。結局工程Fの収束が悪くなるので計算誤差が大きくなってしまう。
【0138】
本発明はこの課題を解決するものである。
【0139】
図6を用い、第1の発明の項で説明した内容と異なる点について、主に説明する。
【0140】
工程aと工程bの間に行なわれる工程mについて、図6(m)で説明する。
【0141】
工程aで得られる測定データには空間周波数の高い成分が含まれているとする。このような成分は、被測定物がもともと持っている場合もあるし、測定時にノイズとして混入する場合もある。このような高周波成分は、工程cで定義した近似誤差形状Fでは表現しにくい。なぜならば、周波数が高いということは、必要とするパラメータの数も多くなるからである。パラメータの数が多いと、最適化するときの計算時間も急増してしまう。そこで、工程mを設け、高周波成分を分離する。
【0142】
工程mでは、それぞれの形状データAnにハイパスフィルタをかけて高周波成分Mnを抽出する。また、形状データAnから高周波成分Mnを差し引き、新たにこれをAnとおく。こうして計算したAnは、ある特定の高い周波数成分が除去されているため、前述した問題、近似誤差形状で表現できないという問題は解決できる。
【0143】
パラメータを最適化する工程f)までは、第1の発明と同じである。
【0144】
工程f)に続いて行なわれる工程nについて、図6(n)で説明する。
【0145】
最適化が終わったあと、工程mで抽出した高周波成分を再びもとに戻し、あらためてBnとする。このあとの手順は第1の発明と同じである。こうして、測定データに高い空間周波数が含まれていても、高精度に計算することが可能となる。
【0146】
また、等式制約条件にかかわる制約パラメータをさらに導入してもよい。
【0147】
これまで測定データ間の差、すなわちミスマッチをゼロに近づけることが可能であることを説明してきた。
【0148】
本発明ではさらにこの条件、ミスマッチをゼロにするという条件を明示的に付加することによって、より精密にミスマッチをゼロにできる。
【0149】
前述したように、ラグランジュの未定乗数法を用いれば、等式制約条件を有する最適化問題を解けることが知られている。本発明では、この等式制約条件に、ミスマッチをゼロとする等式を採用する。具体的手順を図7を用いて示す。
【0150】
第1の発明の項目と異なる点について、図7の(e,p)で説明する。座標変換した測定でデータBnどおしのオーバーラップ領域2、において両者の差Pを計算する。
Bn1とBn2の差をPn1,n2などと表す。例えばB2とB1の差をP21とする。
【0151】
前述したように、この測定データ間の差は、ミスマッチと呼ばれている。図では説明のためミスマッチを誇張して描いている。
Pn1,n2=0はミスマッチがゼロ、すなわちBn1とBn2が重なっている領域において一致していることを意味している。この条件を最適化工程f)において等式制約条件として採用する。
【0152】
制約パラメータλmnを設け、このパラメータとミスマッチを掛けたものを評価値Qに加える。例えば、式5にあげた評価値の式で説明すると次のようになる。
【0153】
【数7】
【0154】
次に工程fにおいて、パラメータを調節し、上記評価値Qを最適化するが、この時の調節するパラメータに制約パラメータλmnを含める。
【0155】
以上説明したように、ラグランジェの未定乗数法を適応することによりPn1,n2がゼロ、すなわち、ミスマッチをより精密にゼロにすることができる。
【実施例1】
【0156】
本発明における第1の実施例を図1、図8、図9に基づいて説明する。
【0157】
図8は座標測定装置の例である。この図は装置本体5に大型の被測定物1を搭載したところを示している。この装置は接触式のプローブ6を、XYZの3軸方向に移動可能なXYZスライド7に取り付け、被測定物表面1にプローブ6を押し当て、被測定物表面を走査する。この時のプローブの動きをメトロロジフレーム8に固定した参照ミラーを計測の基準に使って測定する装置である。図中9はZ方向の参照ミラーである。
【0158】
被測定物が大きい場合、全面を一度の測定でカバーすることができないため、部分測定を繰り返して複数の部分測定データを得た後に、それらをつなぎ合わせる必要がある。
【0159】
図9はレンズのような円形の被測定物1を3回に分割して測定する例である。被測定物の姿勢を120度づつ回転させて、さきほどの座標測定装置にセットし、部分測定を行う。1回の部分測定領域をLnとする。右肩の数字は測定の番号を表している。部分測定領域Lnは図のように、3回の測定で被測定物の全面をカバーする配置である。
【0160】
この3つの部分測定から、3つの部分測定データA1,A2,A3が得られる。
【0161】
ここで、座標変換パラメータの初期値は、被測定物の測定位置とする。例えばX方向に100mmずらして測定する場合は、α1を100mmとする。この初期値を厳密な値に設定する必要は無い。
【0162】
このデータ処理の内容、および効果については上に詳細に説明したので、省略する。
【0163】
測定領域が小さい測定装置でも本発明によれば、部分測定をつなぎ合わせて大きな被測定物全面の測定データが得られる。
【0164】
また、本実施形態では部分測定領域の数が3つの場合を説明したが、2つ以上であれば他の数でも同じである。
【実施例2】
【0165】
図10に本発明における第2の実施例を示す。前節で説明した方法は被測定物の回転姿勢を変更して、複数回測定したデータを用いたが、この実施例は被測定物を横ずらしして測定装置にセットした場合である。
【0166】
作用および効果は、さきほどと同様なので説明を省略する。
【0167】
本発明は、このように部分測定の数については2つ以上であれば適応可能である。また、オーバーラップのさせ方も、前節のように回転させてオーバーラップさせても良いし、横ずらししてオーバーラップさせても適応可能である。
【0168】
さらに本発明はオーバーラップ領域が無くても適応可能である。この場合は測定結果の無い部分がまだら模様のように残ってしまうが、全体が滑らかであるという仮定が成り立つとすれば、全体形状を概略知ることができる。
【0169】
また、反対にほぼ全部がオーバーラップ領域であっても良い。この場合は測定結果を合成したところで、測定領域が広がったことにはならない。しかしオーバーラップ領域では複数の測定結果を平均することになるので、測定精度を向上することができる。
【0170】
以上説明してきたように、本発明ではオーバーラップ領域という概念を使わなくても部分測定データを合成することができる。
【実施例3】
【0171】
図8、図11を用い、本発明における第3の実施例を説明する。スティッチ技術は測定領域に対して大きな被測定物を測定するために開発された技術であるが、反対に小さな被測定物を測定し、測定装置の系統誤差を測定するのにも、本発明を使用できる。
【0172】
図8に示すような座標測定装置は一般的に精度の基準を持っている。例えばこの装置の場合は参照ミラー9であり、このミラーの形状誤差が、この装置における系統誤差の主要な原因となっている。
【0173】
前述した本発明にかかる第3の実施形態によれば、被測定物の形と、系統誤差の形を両方、測定することが可能である。しかも両者のサイズの比率については制約がなかった。この実施例は被測定物のほうが小さい場合について、実施した例である。
【0174】
具体的には図11を使って説明する。
【0175】
図11は図8に示した測定装置の測定領域を上からみた図である。9は参照ミラーであり、1は被測定物である。
まず図11(a)に示した位置に被測定物1をセットし、測定領域L1において部分測定データA1を測定する。
同様に図11(b)に示した位置に被測定物1をセットし、測定領域L2において部分測定データA2を測定する。
同様に図11(c)に示した位置に被測定物1をセットし、測定領域L3において部分測定データA3を測定する。
【0176】
この部分測定データを得た後の処理は前に述べた方法と同様である。測定領域Lnの領域で定義される系統誤差と、部分測定でカバーする領域9を両方測定することが可能であった。その結果はそれぞれ、被測定物1の形と、参照ミラー9の形を表している。
【0177】
本実施例では3回の測定から、系統誤差を測定する場合について説明した。しかし複数回であれば何回であっても同じことである。
【0178】
また、本実施例では位置をずらす場合について、説明してきた。しかし回転方向の姿勢をずらす場合についても同じことである。
【0179】
さらに、位置をずらすことと回転方向の姿勢をずらすことを組合わせても同じことである。例えば、図11(a)、(b)、(c)の3箇所において、それぞれ、被測定物1を90度ずつ回転させて4方位測定すると、合計12箇所のデータが得られる。この12箇所の部分測定データを使い、系統誤差を計算しても同じことである。
【0180】
本実施例によれば、小さな被測定物を用い、測定装置のもつ系統誤差を測定することができる。この誤差を測定できれば、測定値から差し引くことによって測定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0181】
【図1】本発明に係る第1および第2の発明を説明する図であり、実施するための最良の形態を説明する流れ図である。
【図2】従来技術の課題を説明する第1の図である。
【図3】従来技術の課題を説明する第2の図である。
【図4】従来技術の課題を説明する第3の図である。
【図5】本発明に係る第3の実施形態を説明する流れ図である。
【図6】本発明に係る第4の実施形態を説明する流れ図である。
【図7】本発明に係る計算法を説明する流れ図である。
【図8】本発明に係る実施例1において座標測定装置の例を説明する模式図である。
【図9】本発明に係る実施例1を説明する第2の図である。
【図10】本発明に係る第2の実施例を説明する図である。
【図11】本発明に係る第3の実施例を説明する図である。
【図12】第1の従来技術を説明する図である。
【図13】第2の従来技術を説明する図である。
【図14】従来の座標測定装置の構成を説明する図である。
【符号の説明】
【0182】
1 被測定物(workpiece)
2 オーバーラップ領域(重ね合わせ領域)
3 目印形状
4 系統誤差(systematic error)
5 座標測定装置(coordinate measurement machine)
6 プローブ
7 XYZスライド
8 メトロロジフレーム(metrology frame)
9 Z方向の参照ミラー(Z − reference mirror)
A 部分測定データ
B 座標変換した部分測定データ
C 差形状 C=B−G
D 設計形状
E 全体の誤差形状(被測定物の測定結果)
F 近似誤差形状
G 参照形状 G=D+F
J 全体の形状(被測定物の測定結果)
H 系統誤差(systematic error)
K 系統誤差を補正した部分測定データ K=A−H
L 部分測定領域
【技術分野】
【0001】
本発明は複数の接触式プローブで計測した部分測定データを合成し、全体の形状を得る測定技術に関する。この技術は小さな測定領域しか持たない装置で大型の光学素子を測定するのに応用される。この技術をスティッチと呼ぶ場合もある。
【背景技術】
【0002】
まず、本明細書と引用文献で使っている用語との関係について説明しておく。
【0003】
「部分測定技術」は「スティッチ技術」と同じ意味で使用する。
【0004】
複数の部分測定データに関し、「重なる領域」と「オーバーラップ領域」は同じ意味で使用する。
【0005】
複数の部分測定データに関し、「重なる領域での各測定データの差異」と「ミスマッチ」は同じ意味で使用する。
【0006】
この技術分野は主に干渉計を用いた形状測定を通じて発展してきた技術である。
【0007】
本発明は座標測定装置にも応用展開することも可能な発明であるので、そこで、まずは干渉計による干渉計測と座標測定装置による測定との違いを説明する。
【0008】
干渉計測とは、被測定物の形状を反映した測定波面と、人為的に作成した参照波面とで発生する干渉縞をカメラ等で測定し、測定した干渉縞から形状を求める測定法である。
【0009】
この場合、複数の測定データは、ほぼ同じ参照波面からの差である。言い換えると、各測定データは参照波面という共通オフセットからの偏差を表している。しかもその偏差は干渉縞が観察できなければならないという要求から原理的に小さい。測定領域をいくつかの領域に区切って互いにオーバーラップするように測定したとき、そのオーバーラップ領域の測定データ間の差が小さいのが特徴である。
【0010】
例えば可視光を用いる場合、干渉縞の間隔はサブミクロンとなり、測定データ間の差は大きい場合でもミクロンレベルである。一般に部分測定、すなわちスティッチが必要な被測定物のサイズ、例えば直径1mのレンズ、と比較すると、この値は小さいと言える。
【0011】
まとめると、干渉計測の場合は、部分測定データの差、すなわちミスマッチが原理的に小さいという特徴がある。
【0012】
一方、座標測定装置の測定データは、被測定物表面上の点を表す3次元位置の集合である。例えば、接触式プローブを用いた座標測定装置の場合は、プローブの先端を被測定物表面に接触させ、そのプローブ先端の3次元位置を得る。そして接触式プローブを被測定物表面上で走査して3次元位置のデータを連続的に得ることで被測定物の表面形状を測定する。
その際にオーバーラップ領域での複数の測定データ間の差は、装置の位置姿勢誤差や被測定物の取り付け誤差の影響を受ける。
【0013】
一般的に、6自由度あるこれらの誤差を小さくすることは、非常に高い設置精度が要求されるため困難である。
【0014】
その結果、例えば先ほどの1mサイズのレンズの場合、オーバーラップ領域での測定データ間の差は1mmを超えても不思議ではない。
【0015】
また、干渉計の時に考慮した参照波面のような、各測定データから差し引ける共通の形状も存在しないので、測定データの値は干渉計の場合に比べて大きい。
【0016】
まとめると、座標測定装置の場合は、部分測定データの差、すなわちミスマッチが干渉計に比較してケタ違いに大きいという特徴がある。
【0017】
部分測定データをつなぎ合わせて全体形状を合成するスティッチ技術の中心は測定データを接続する計算方法である。
この計算方法は次のように2つのステップに簡略化して考えることができる。
ステップ1 複数の部分測定データを、パラメータを使って変換する
ステップ2 変換したデータを重ね合わせ、合成して全体の測定データを得る
ステップ2はデータを補間して平均すれば重ね合わせて合成することができる。
しかしステップ1の変換方法は無数に存在するため、いかに最適な変換を行うかがスティッチ技術の良し悪しを決めると言える。
【0018】
一般的には、変換方法を記述するパラメータと評価関数とを定義し、その評価関数が最適になるようにパラメータを調節することが行われている。
【0019】
以上が部分測定を合成する技術の概要である。
【0020】
現在、この技術分野で最良の答えは見つかっていないので様々な方法が提案されている。この技術の特徴は、次に示す2つのポイントに着目するとそれぞれの相違が明らかになる。
1 評価関数と、パラメータをどのように定義するか
2 最適化問題をどのように解くのか
【0021】
次に図12に示し、特許文献1および特許文献2に開示されている従来技術を、上記ポイントに着目しながら説明する。
【0022】
この特許文献では、次のような評価関数を提案している。
「パラメータを直線状に組み合わせることを通じて前記オーバーラップ領域内の前記データマップの各々からデータの適合外れ」、すなわち、パラメータの線形結合で表現したミスマッチを評価関数としている。
また、この特許文献では、評価関数の最適化方法として、全パラメータを同時に変化させて、この評価関数を最小にする方法を提案している。
【0023】
また、図13に示し、特許文献3に開示されている第2の従来技術を説明する。
この方法は、被測定物に目印を設ける方法である。
この特許文献では、ミスマッチを評価関数として提案している。
この特許文献では、評価関数の最適化法として、まず目印をあわせた後で、ミスマッチを最小にする方法を提案している。
【0024】
また、座標測定装置の構成については、例えば特許文献4に開示され、図14に示したものが知られている。接触式のプローブ30を光学素子や金型などの被測定物6の表面に押し当てながら走査し、その時のプローブの3次元座標位置を測定する装置である。
【特許文献1】US 6,956,657 B2
【特許文献2】特開2004−125768号公報
【特許文献3】特登録03182056号公報
【特許文献4】特登録3272952号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の課題を述べる前にまず、本明細書における記号のつけかたについて説明する。
部分測定データをAと表記する。
部分測定データは複数あるので、それぞれを区別するため、右上肩に数字をつける。
この数字は測定番号を表している。例えばA1,A2は2つの部分測定データである。
部分測定データは測定点の集合である。各要素を区別する場合には、右下に数字をつける。
この数字は測定点番号を表している。
例えばA1データの第m番目の測定点はA1mと表す。
【0026】
従来技術は、複数の部分測定を図12に示したように互いに重なり合う領域で行い、この重なり合う領域の測定データの差、すなわちミスマッチが最小になるようにパラメータを最適化する。
【0027】
背景技術の節でも述べたがこの従来のスティッチ技術は干渉計をベースに発展してきた。これを座標測定装置に展開する場合、次に示す未解決の新しい課題が発生する。
別の言い方をすると、測定データ間の差が従来に比べてケタ違いに大きな場合、次に示す深刻な課題が新たに発生する。
【0028】
(1) オーバーラップ領域を高精度に決定できないので精度が悪い
図2を用いて説明する。被測定物の部分測定データを同図の上段(a)に示す。
説明を簡単にするため、測定装置の誤差は考えない。また、2つの断面データを接続する場合について説明する。
【0029】
A1,A2は2つの部分測定データである。このデータは、被測定物の位置姿勢をずらした形として表現できる。この位置姿勢のずれはセッティング誤差と呼んでおり、被測定物を装置にセットするときに発生する誤差である。このセッティング誤差を補正するために座標変換T1,T2を用いる。座標変換は一般に6自由度(XYZの平行移動と、XYZ軸回りの回転移動)が考えられる。この座標変換を行った結果を同図の中段(b)に示す。ここで、部分測定データAnを座標変換した形状をBn=Tn(An)と表現する。nは測定の番号である。また、図中2はオーバーラップ領域である。
【0030】
この時、従来技術ではオーバーラップ領域2でのB1とB2との差、すなわちミスマッチが小さくなるように座標変換T1,T2を最適化する。
【0031】
この図では説明のために、B1とB2はわざと上下にずらして描いている。
【0032】
ところが、オーバーラップ領域でミスマッチが小さくなる場所はひとつではない。
【0033】
同図(c)で示すようにオーバーラップ領域2の大きさを変えれば様々な場所でミスマッチを小さくできる。
【0034】
そして、B1とB2をつなぎ合わせた全体形状は(b)図と(c)図を比較すれば明らかなようにまったく異なったものとなる。つまり従来技術を座標測定装置に適用するとオーバーラップ領域を決定できないため測定精度が悪い。
【0035】
一般的に、被測定物が非球面形状の場合、2つの形状がフィットする場所は唯一に決定できるはずである。しかし測定領域がオーバーラップする狭い領域で考えると、どんな非球面形状でも非球面量が小さくなる。つまり球面に近づいてしまうため、オーバーラップ領域を決定する誤差が大きい。その結果、測定精度が悪い。
【0036】
この問題は次に説明する理由により、干渉計の場合には小さな問題だったが、座標測定装置の場合は大変重要になる新しい課題である。
【0037】
干渉計の場合のようにミスマッチがもともと小さい場合、座標変換Tnによる測定データの移動量も小さい。
【0038】
その結果、オーバーラップする領域の変化量も小さい。従って全体形状への影響も小さくなり、わずかな測定精度の悪化ですむ。
【0039】
しかし、座標測定装置の場合は、ミスマッチがケタ違いに大きいので、座標変換Tnによる測定データの移動量が大きい。従ってオーバーラップする領域が大きく変化するため、全体形状への影響が大きい。
【0040】
例えば直径1mのレンズを測定する時を考える。干渉計の場合には干渉縞を観察できなければ成り立たないので、ミスマッチはミクロンオーダーである。ところが座標測定装置の場合には1mのレンズを装置にセットする時の位置ずれが1mm以上あっても不思議ではなく、ミスマッチも同じオーダー、すなわちミリメートルオーダーとケタ違いに大きい。
【0041】
以上、従来技術ではオーバーラップ領域を高精度に決定することができないために、測定精度が悪い。要するに、部分測定データが二次元データで各々のミスマッチが小さい干渉計測と、部分測定データが三次元データでミスマッチが大きい座標測定装置とは、大きく異なる。たとえ被測定物が非球面であってもこの課題は解消されない。
【0042】
(2) オーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧がある。
光学素子を製造する工程では様々な形状誤差が発生する。ガラスを研削する装置の振動などが原因で、リップルあるいは中間周期誤差と呼んでいる周期的な形状誤差が発生する場合がある。通常は周期が数ミリメートルで振幅がサブミクロンのわずかな誤差であるが、図4では説明のために強調して描いてある。
【0043】
従来技術はオーバーラップ領域において、2つの測定データが一致するようにつなぎ合わせていた。しかし、同図(a)および(b)に示すように、リップルが持つ周期的な形状誤差の、異なる波どおしがフィットしてしまうことが考えられる。
【0044】
このように三次元データではフィットする場所が多数ある場合があり、正しい位置にフィットするとは限らない。異なる場所にフィットすれば図でも明らかなように、全体形状への影響は大きい。
【0045】
つまり、従来技術ではオーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧があり、測定誤差が大きくなる可能性がある。従って信頼性が必要な測定の用途には使えない。
【0046】
(3) オーバーラップ領域のわずかな変化が大きく全体形状に影響するので精度が悪い
すでに図2で説明したが、同図(b)と(c)を見れば明らかなように、オーバーラップ領域の広さが少し変わっただけで、全体形状が大きく変わる。
【0047】
この問題は次に説明する理由により、干渉計の場合には小さな問題だったが、座標測定装置の場合は大変重要になる新しい課題である。
【0048】
干渉計の各測定データは共通の参照面の形が差し引かれていることを説明した。従って全体形状の誤差は、この参照面と測定データの接続誤差を加えたものになる。
【0049】
参照面が表現する3次元的なサイズ、例えば1mのレンズ表面、に対してミクロンオーダーの測定データは小さい。このため、たとえ接続誤差があったとしても、その影響は小さかった。
【0050】
ところが一方、座標測定装置の場合はそのような共通の参照面が無いので、測定データの接続誤差がそのまま全体形状の誤差となる。ミリオーダーの位置姿勢誤差を含んでいる測定データの接続誤差は深刻な精度の悪化となる。
【0051】
(4) オーバーラップ領域を精密探索する必要があるので時間がかかる
すでに、図13に示し、特許文献3に開示されているように、オーバーラップ領域を精密に位置あわせする技術も研究されている。
【0052】
図3に示すように、目印を被測定物につけておく、もしくは測定データの中に特徴的な形があればそれを目印として使う方法である。
【0053】
被測定物の部分測定データを同図(a)に示す。
【0054】
被測定物には位置の目印となる、目印形状3がついていることとする。例えば図に示す突起である。
【0055】
測定データA1,A2を目印3を使ってオーバーラップ領域を決定し、ミスマッチが少なくなるように座標変換T1,T2を最適化した結果を同図(b)に示す。
【0056】
この図では説明のために、B1とB2はわざと上下にずらしている。
【0057】
ところが、この方法で合致する位置を探索するのには時間がかかる。
【0058】
なぜなら、同図(c)に示したようにオーバーラップする可能性の有る範囲を全て探索し、最も適合する場所を探し出す必要があるからである。
【0059】
干渉計の場合と比較すると座標測定の場合はミスマッチが大きいため、座標変換の移動量が多きい。そのため探索すべき範囲が広くなるので、より深刻な課題となる。
従って、干渉計の場合には小さな問題だったが、座標測定装置の場合は大変重要になる新しい課題と言える。
【0060】
さらに、この方法は目印をつけてもよい場合にしか、適用できないので不便である。高精度な光学素子には目印をつけられない。
【0061】
以上、従来技術を座標測定装置に適用した場合ではオーバーラップ領域を精密探索する必要があるので時間がかかる。また、被測定物に目印をつける必要があるのでそもそも適用できない場合が多い。
【0062】
本発明は、上記のように座標測定装置による部分測定が干渉計測と異なり本質的にミスマッチが大きいことに起因する未解決の課題に鑑みてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0063】
上記の課題を解決するため、本発明は、
被測定物の複数の部分測定データを合成して全体の測定データを算出する形状計測方法において、
被測定物の複数の部分領域においてそれぞれ部分測定データを採取する工程と、
複数の前記部分測定データのそれぞれを座標変換する座標変換パラメータを用いて座標変換する工程と、
複数の前記部分測定データに共通する近似誤差形状を含む参照形状を、形状パラメータを用いて設定する工程と、
前記複数の部分測定データと、前記参照形状との差を差形状として計算し、該差形状から設定される評価値があらかじめ定められた値に近づくように前記座標変換パラメータおよび形状パラメータを共に設定する最適化工程と、
前記評価値を用いて共に設定された前記座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて部分測定データを接続する工程と、
を有することを特徴とする形状計測方法を提供する。
【発明の効果】
【0064】
本出願に係る第1の発明によれば、本発明ではオーバーラップ領域の概念を使わなくても部分測定データの位置ずれを精密に決定できるため、前述したオーバーラップ領域を用いることによる課題(1)〜課題(4)を解決できる。
(課題1)オーバーラップ領域を高精度に決定できないので精度が悪い
本発明では部分測定データ全部を使ってフィットすることに加え、オーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため精度が良い
(課題2)オーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧がある。
本発明ではオーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため上記の危惧はない。
(課題3)オーバーラップ領域のわずかな変化が大きく全体形状に影響するので精度が悪い。
本発明ではオーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため精度が良い
(課題4)オーバーラップ領域を精密探索する必要があるので計算時間がかかる。
本発明ではオーバーラップ領域を使わなくてもよいので、これに影響されることが無い。このため計算時間はかからない。
【0065】
また、上記の効果に加え、簡単な方法で全体形状を効率的に合成することが可能になる。
【0066】
さらに、測定装置が有する系統誤差もパラメータに加えることによって補正できるので、測定精度を向上することが可能になる。
【0067】
さらに、被測定物の形によっては計算が不安定になることを防ぐ効果がある。
【0068】
例えば、被測定物の形状に高い空間周波数の形状誤差が含まれていても安定して計算することが可能となる。
【0069】
また、本発明の方法は、座標測定装置のみならず、干渉計測による複数の部分測定データの接続に用いてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0070】
(第一の実施形態)
図1を用いて第1の本発明の形状計測方法を工程ごとに詳細に説明する。簡単のため、2つの断面データを接続する場合を説明する。また、第1のパラメータは座標変換にかかわるので、座標変換パラメータと記述する。また、第2のパラメータは近似誤差形状にかかわるので、形状パラメータと記述する。
【0071】
a)被測定物の複数の部分領域においてそれぞれ部分測定データを採取する工程
工程aについて、図1(a)で説明する。
図1において、A1,A2は2つの異なる測定領域での部分測定データを表している。座標測定装置の場合には、3次元的な位置データである。測定の際にそれぞれの部分測定データは必ずしもオーバーラップしている必要は無い。干渉計測装置の場合には参照波面との差による干渉縞が部分測定データとなる。
【0072】
b)座標変換パラメータを設定する工程
工程bについて、図1(b)で説明する。工程aで測定した部分測定データ同士はそのままではオーバーラップせず、被測定物の位置と姿勢とにずれを含むデータである考えてよい(測定装置の誤差を考えないことにする)。このずれは被測定物を座標測定装置にセットするときに発生する誤差であり、セッティング誤差と呼ぶ。このセッティング誤差を補正し、部分測定データ同士を適切に接続させるために座標変換T1,T2を用いる。座標変換は一般に6自由度(XYZの平行移動と、XYZ軸回りの回転移動)が考えられる。
この座標変換を行った結果を同図に示すようにBnとし、部分測定データAnを座標変換した形状をBn=Tn(An)と表現する。
【0073】
次に変換の具体例を説明し、この変換の性質を述べる。座標変換パラメータは6自由度ある。これをX,Y,Z方向の移動と、X,Y,Z軸回りの回転とし、そのパラメータの名称をα1〜α6とすると4×4の同時座標変換行列は次のように記述できる。
【0074】
ここで、パラメータの初期値は、被測定物の測定位置とする。例えばX方向に100mmずらして測定する場合は、α1を100mmとする。後述する工程fで収束計算するので、この初期値を厳密な値に設定する必要は無い。
【0075】
【数1】
【0076】
ここで、TransはX,Y,Z方向の平行移動を表し、RotxはX軸回りの回転、RotyはY軸回りの回転、RotzはZ軸回りの回転を表す。
【0077】
そして、前述した部分測定データを座標変換する工程とは、位置ベクトルをこの行列に掛けることを意味している。
【0078】
部分測定データは測定点の集合であるが、右下の数字でそれぞれの測定点を区別する。次式は第m番目の測定点AnmをBnmに座標変換する式である。
Bnm=TnAnm (式2)
これまでの式から明らかなように座標変換はパラメータα1〜α6に対しし、Sin関数やCos関数を含む、非線形な変換である。この座標変換パラメータα1〜α6は、このままでは最適化することは困難であることは既に述べた。干渉計測による従来技術と比べ座標測定装置による測定はミスマッチが大きく、前述したように、座標測定装置では座標変換の量、すなわち座標変換パラメータの値が大きくなるからである。
【0079】
したがって、座標測定装置による部分測定データの結合させる際には、座標変換パラメータを単なる線形結合として表現(特許文献1、特許文献2の方法)できない。特許文献1、特許文献2は、線形の仮定が成り立つ場合、すなわち座標変換のパラメータα1〜α6の数字が非常に小さい場合だけに使える技術と言える。
【0080】
本発明のように、上式のような座標変換、すなわち非線形な変換が必要である。以下の工程cの項目において、座標変換のパラメータα1〜α6を最適化するために用いる形状パラメータについて述べる。また、図中の2はオーバーラップ領域を表している。この領域がどのように決定されるかは工程fの項目で説明する。また、この図では説明のために、B1とB2はわざと上下にずらして描いている。
【0081】
c)すべての複数の部分測定データに共通する近似誤差形状を形状パラメータを用いて設定する工程
工程cについて、図1(c)で説明する。
形状パラメータβを定義し、近似誤差形状を決める工程である。近似誤差形状は測定領域全部にわたって決め、すべての複数の部分測定データに共通する近似誤差形状を表現する。
【0082】
例えば簡便な方法として、多項式で近似誤差形状を表現する方法がある。この場合、形状パラメータβは多項式の係数となり、近似誤差形状を決めるとは多項式を算出することを意味している。この近似誤差形状を図のようにFとする。この工程で決めた近似誤差形状Fは暫定的なものであり、後に説明する最適化する際に前述の座標変換パラメータとともに、最適化される。
【0083】
d)近似誤差形状を含む参照形状を設定する工程。
工程dについて、図1(d)で説明する。
工程cで計算した近似誤差形状Fと、被測定物の設計形状Dを加えて全ての部分測定データに共通する参照形状Gを得る。
G=D+F (式3)
しかし、被測定物の設計形状がわからない場合も現実にはある。そこで、被測定物の設計形状が不明の場合には近似誤差形状そのものを参照形状とする。上式でDがゼロの特別な場合である。つまり近似誤差形状を参照形状とする、または前記近似誤差形状と被測定物の設計形状とを加えて参照形状とすればよい。
【0084】
e)複数の部分測定データと、参照形状との差を差形状として計算し、その差形状の値から評価値を設定する工程
工程eについて、図1(e)で説明する。
工程bで得た、座標変換後の部分測定結果Bnと、工程dで得た参照形状Gとの差であるCnを計算する。Cnは差形状と呼ぶことにする。
Cn=Bn−G (式4)
これから評価値Qを計算する。最も簡便な評価値は2乗和である。すなわち、
【0085】
【数2】
【0086】
ここで、添え字は前述したように
右上の添え字nは複数の測定データに対応する、測定番号を表す。
右下の添え字mはそれぞれの要素、一つの測定点の番号を表す。
上式の評価値Qには、前述した、第1のパラメータ、すなわち座標変換パラメータαがTの中に含まれている。
【0087】
また、形状パラメータβが近似誤差形状Fに含まれている。
【0088】
そして、それらのパラメータ、αとβ、を変化させると、評価値Qの値が変化する。
【0089】
f)評価値が小さくなるように、座標変換パラメータおよび形状パラメータを共に決定する工程
工程fについて、図1(f)で説明する。
工程fでは工程eで得た評価値Qが小さくなるようにパラメータα、βを調節し、決定する。評価値Qは(式4)で示した差形状Cn=Bn−Gから計算したので、この最適化により、差形状がゼロ、すなわち、座標変換した部分測定データBnがそれぞれ共通の参照形状Gにフィットすることを意味している。
【0090】
最適化するパラメータの中の座標変換パラメータαは、被測定物のセッティング誤差を補正するためのものである。後でも述べるが、この方法によりセッティング誤差、すなわち測定データの場所のずれを精密に補正することができる。ただし、フィットする両者、測定データの形と、参照形状とがほぼ一致していることが必要である。
【0091】
最適化するパラメータの中の形状パラメータβは、そのために存在する。
【0092】
この形状パラメータβが変化することで、近似誤差形状Fが変化し、そのことによって参照形状Gを測定データの形Bnに近づけることができる。
【0093】
そしてそのように最適化された上でパラメータ決定された前記座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて部分測定データを接続すれば、被測定物の測定領域全体の形状を算出することができる。
【0094】
この方法によれば次の効果があり、従来の課題を解決できる。
【0095】
本発明では近似誤差形状Fを用いることで測定領域全部を使用し、座標変換パラメータαを最適化する。この計算で、測定データがフィットできる位置は一つしかない。もし場所が少しでもずれれば、差形状(Cn=Bn−G)が急激に大きくなり、評価値も急激に悪化するからである。従来技術ではオーバーラップする狭い領域のデータだけで計算していたので、座標測定装置によるミスマッチの大きい部分測定データを接続させる際には位置が定まらなかったのである。
【0096】
このように、本発明によれば部分測定データの場所のずれを精密に決定できる。その結果、部分測定データの相対位置も精密に決定できる。
【0097】
従って本発明によれば、従来技術の「オーバーラップ領域を高精度に決定できないので精度が悪い」、という課題を解決できる。
【0098】
また、本発明では、部分測定データが重なっているか否かの概念、すなわち、オーバーラップ領域の概念は使っていない。
【0099】
従って、従来技術を座標測定装置に適用した際に生じる以下の3つの課題は存在しなくなる。
(1)「オーバーラップ領域のわずかな変化が大きく全体形状に影響するので精度が悪い」
(2)「オーバーラップ領域を精密探索する必要があるので時間がかかる」
(3)「オーバーラップ領域で異なる部位にフィットし、測定誤差が大きくなる危惧がある」
また、本明細書では評価値を小さくすることが最適である場合を暗黙に仮定した。
【0100】
評価値を大きくすることが最適である場合には評価値にマイナスの符号をつけるだけよい。従来技術ではオーバーラップ領域での測定データ間の差、すなわちミスマッチを最小にする最適化を行っていた。これまで説明してきたように本発明ではオーバーラップの概念を使っていないし、ミスマッチも考慮してこなかった。本発明では、工程fで説明したように、複数ある部分測定データBnを一つの共通の参照形状Gにフィットする。
【0101】
その結果、各部分測定データはGを介して一致する。すなわち、結果的にミスマッチも小さくなるのでミスマッチに関する課題も本発明は持っていない。
【0102】
(第二の実施形態)
また、本出願に係る第2の発明について、図1を用いてさらに詳細に説明する。
【0103】
最適化された座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて複数の部分測定データを接続する際は、例えば以下のg1)、g2)、g3)の項目で説明される方法のいずれか一つの方法で接続することができる。
【0104】
g1)複数の座標変換した部分測定データを重ね合わせ、全体の形状に変換する工程
工程g1について、図1(g1)で説明する。
工程fまでで、部分測定データの位置あわせは完了している。その結果、前述したようにオーバーラップ領域での測定データの差、すなわちミスマッチは小さいはずである。
図に示すように座標変換した部分測定データBを重ね合わせ、全体の形状Jを求める。
【0105】
g2)複数の差形状を重ね合わせ、全体の差形状に変換し、これに参照形状を加えて全体の形状に変換する工程
工程g2について、図1(g2)で説明する。
工程fまでで、部分測定データの位置あわせは完了し、ミスマッチも小さいはずである。
差形状を重ね合わせ、全体の差形状Cを求め、これに参照形状Gを加え、全体の形状Jを求める。すなわち、
J=C+G
=C+D+F (式6)
【0106】
g3)複数の差形状を重ね合わせ、全体の差形状に変換し、これに近似誤差形状を加えて全体の誤差形状に変換する工程
工程g3について、図1(g3)で説明する。
工程fまでで、部分測定データの位置あわせは完了し、ミスマッチも小さいはずである。差形状を重ね合わせ、全体の差形状Cを求め、これに近似誤差形状Fを加え、全体の誤差形状Eを求める。すなわち、
E=C+F (式7)
工程g2とg3の式を見比べれば明らかだが、この形状は全体形状Jから設計形状Dを差し引いたものである。通常、光学素子の評価にとって重要なのは、設計形状からの偏差、すなわち誤差形状Eである。本発明によれば、全体形状の重ね合わせを簡便な方法で実現できる。
【0107】
(第三の実施形態)
また、本出願に係る第3の発明は、系統誤差にかかわる。
【0108】
次に、図5を用いてさらに詳細に説明する。
【0109】
系統誤差とは測定装置が固有に持っている誤差のことである。測定誤差を測定ごとにばらつく成分と、ばらつかない成分とに分類したとき、後者のことである。この系統誤差は何らかの方法で測定して補正することが必要である。本発明によれば以下に説明するように、系統誤差も最適化するパラメータに含めてしまうことにより、補正することが可能である。
【0110】
図5において、工程aは測定データを得る工程である。ここで、A1,A2は系統誤差を含んだ測定データである。
【0111】
h)系統誤差パラメータを設定する工程
工程hについて、図5(h)で説明する。
系統誤差パラメータをγとし、これを用いて系統誤差Hを計算する。例えば簡便な系統誤差の表現方法として多項式で表現する方法がある。この場合、系統誤差パラメータγは多項式の係数となり、系統誤差Hを決めることは、その系統誤差を表現した多項式を決定することを意味している。こうして図5の(h)にHで示された系統誤差を設定する。
【0112】
この時、系統誤差パラメータγは後述するように、工程fで前述の座標変換パラメータα、形状パラメータβなどと共に決定される。
【0113】
j)座標変換パラメータを設定する工程b)の前に系統誤差を部分測定データから差し引く工程
工程jについて、図5(j)で説明する。
それぞれの部分測定データAnから系統誤差パラメータHを差し引き、新たな測定データを得る。すなわち、次式を計算する。
Kn=An−H (式8)
それぞれの部分測定データAnは同じ測定装置で測定したデータであるので、系統誤差は全部の測定データに対して共通である。
【0114】
この後の手段と作用は、本発明における第1の発明と同じなので説明を省略するが、パラメータを最適化する工程fに、系統誤差パラメータγを加えた点だけが異なる。本発明では工程fで最適化するパラメータは、次の3種類になる。それは、座標変換パラメータα、形状パラメータβ、系統誤差パラメータγ、である。
【0115】
以上説明してきた方法によれば、系統誤差が存在しても、これを補正することができ、測定精度をさらに向上させることが可能である。
【0116】
また、本発明ではパラメータを簡便な多項式の係数として表現することにより、計算負荷を減らし、高速なデータ処理を可能にすることができる。
【0117】
図1あるいは図5で説明したように、工程fで最適化するパラメータ(α、β、γ)は次の3種類であった。
(1)座標変換パラメータ(α)
(2)形状パラメータ(β)
(3)系統誤差パラメータ(γ)
このうち、(1)は式1で示したように三角関数を含む非線形なパラメータである。本発明では残りのパラメータを次式に示す多項式で表現する。具体的には横座標をx、yとし、近似誤差形状Fを、パラメータβを使って次のように表現する。
【0118】
【数3】
【0119】
ここで、βiはi番目の形状パラメータ、niはxの乗数,miはyの乗数である。後述する工程fで収束計算するので、このパラメータの初期値は全部ゼロとしてもよい。また、この近似誤差形状Fは被測定物に固定した形状である。従って上式のXY座標も被測定物に固定した座標である。
【0120】
また、系統誤差パラメータγ、および系統誤差Hも同様に定義できる。
【0121】
【数4】
【0122】
ここで、γiは系統誤差パラメータ、niはxの乗数,miはyの乗数である。また、この系統誤差は測定装置に固定した形状である。従って上式のXY座標も測定装置に固定した座標である。後述する工程fで収束計算するので、このパラメータの初期値は全部ゼロとしてもよい。一般に、パラメータを最適化するとき、各パラメータが独立、つまり区別できないと収束しない。本発明において、この条件が可能であることを説明する。
【0123】
まず、(1)の座標変換パラメータ、αは式1で示したように三角関数を含む非線形なパラメータなので、他の線形なパラメータとは区別できる。
【0124】
残りの2つのパラメータは両方多項式だが、(1)は被測定物に固定した形状であり、(3)は測定装置に固定した形状である。両者の位置は測定ごとに変わるので互いに区別できる。
【0125】
図5で説明すると、(2)の近似誤差形状は図5(c)のFであり、被測定物に固定した形状である。一方(3)の系統誤差は図5(h)のHである。複数の測定データA1,A2は被測定物と測定装置の位置をずらして測定する。従って、被測定物に固定した形状であるFと、装置に固定した形状であるHは区別できる。
【0126】
また、多項式の項の中で、場所をずらしても区別できない項は除外してパラメータを選択すれば良い。例えば定数項である。
【0127】
本実施形態によれば、単純な多項式を使っているので計算負荷が少なく、高速なデータ処理が可能である。
【0128】
また、パラメータを最適化するとき、各パラメータが独立、つまり区別できないと収束しない。前述した座標変換パラメータαの中には、被測定物の形状によって非独立変数になるものが含まれているので注意が必要である。例えば以下のような場合がある。
【0129】
被測定物が平面の場合、独立なパラメータは3つである。例えばZ=0の平面では垂直方向のZおよびX,Y軸回りの回転θx、θyである。残りの水平方向のX,YおよびZ軸回りの回転θzは区別できないので、座標変換パラメータには含めない。
【0130】
同様に被測定物が球面の場合、独立なパラメータは3つである。例えば球面の中心座標X,Y,Zである。また、被測定物が軸対称非球面レンズの場合は軸まわりの回転を除く5つのパラメータとする。平面や球面、および軸対称非球面でも安定して座標変換パラメータを計算することができる。
【0131】
ところで、評価値Qを差形状の2乗和とする場合は、すでに一例として式5でも示した。
【0132】
再記すると、
【0133】
【数5】
【0134】
評価値を差形状の最大、最小とする場合は、次の式を評価値Qとする。
【0135】
【数6】
【0136】
このような評価値Qを用いると、評価値を単純な数式で計算できるので、計算負荷が少なく、高速なデータ処理が可能である。
【0137】
(第四の実施形態)
被測定物が持っている形状誤差を、近似誤差形状Fで代表している。このとき、近似誤差形状Fで表現しきれない残差が大きいと、実際の測定データとの差形状Cが小さくならない。結局工程Fの収束が悪くなるので計算誤差が大きくなってしまう。
【0138】
本発明はこの課題を解決するものである。
【0139】
図6を用い、第1の発明の項で説明した内容と異なる点について、主に説明する。
【0140】
工程aと工程bの間に行なわれる工程mについて、図6(m)で説明する。
【0141】
工程aで得られる測定データには空間周波数の高い成分が含まれているとする。このような成分は、被測定物がもともと持っている場合もあるし、測定時にノイズとして混入する場合もある。このような高周波成分は、工程cで定義した近似誤差形状Fでは表現しにくい。なぜならば、周波数が高いということは、必要とするパラメータの数も多くなるからである。パラメータの数が多いと、最適化するときの計算時間も急増してしまう。そこで、工程mを設け、高周波成分を分離する。
【0142】
工程mでは、それぞれの形状データAnにハイパスフィルタをかけて高周波成分Mnを抽出する。また、形状データAnから高周波成分Mnを差し引き、新たにこれをAnとおく。こうして計算したAnは、ある特定の高い周波数成分が除去されているため、前述した問題、近似誤差形状で表現できないという問題は解決できる。
【0143】
パラメータを最適化する工程f)までは、第1の発明と同じである。
【0144】
工程f)に続いて行なわれる工程nについて、図6(n)で説明する。
【0145】
最適化が終わったあと、工程mで抽出した高周波成分を再びもとに戻し、あらためてBnとする。このあとの手順は第1の発明と同じである。こうして、測定データに高い空間周波数が含まれていても、高精度に計算することが可能となる。
【0146】
また、等式制約条件にかかわる制約パラメータをさらに導入してもよい。
【0147】
これまで測定データ間の差、すなわちミスマッチをゼロに近づけることが可能であることを説明してきた。
【0148】
本発明ではさらにこの条件、ミスマッチをゼロにするという条件を明示的に付加することによって、より精密にミスマッチをゼロにできる。
【0149】
前述したように、ラグランジュの未定乗数法を用いれば、等式制約条件を有する最適化問題を解けることが知られている。本発明では、この等式制約条件に、ミスマッチをゼロとする等式を採用する。具体的手順を図7を用いて示す。
【0150】
第1の発明の項目と異なる点について、図7の(e,p)で説明する。座標変換した測定でデータBnどおしのオーバーラップ領域2、において両者の差Pを計算する。
Bn1とBn2の差をPn1,n2などと表す。例えばB2とB1の差をP21とする。
【0151】
前述したように、この測定データ間の差は、ミスマッチと呼ばれている。図では説明のためミスマッチを誇張して描いている。
Pn1,n2=0はミスマッチがゼロ、すなわちBn1とBn2が重なっている領域において一致していることを意味している。この条件を最適化工程f)において等式制約条件として採用する。
【0152】
制約パラメータλmnを設け、このパラメータとミスマッチを掛けたものを評価値Qに加える。例えば、式5にあげた評価値の式で説明すると次のようになる。
【0153】
【数7】
【0154】
次に工程fにおいて、パラメータを調節し、上記評価値Qを最適化するが、この時の調節するパラメータに制約パラメータλmnを含める。
【0155】
以上説明したように、ラグランジェの未定乗数法を適応することによりPn1,n2がゼロ、すなわち、ミスマッチをより精密にゼロにすることができる。
【実施例1】
【0156】
本発明における第1の実施例を図1、図8、図9に基づいて説明する。
【0157】
図8は座標測定装置の例である。この図は装置本体5に大型の被測定物1を搭載したところを示している。この装置は接触式のプローブ6を、XYZの3軸方向に移動可能なXYZスライド7に取り付け、被測定物表面1にプローブ6を押し当て、被測定物表面を走査する。この時のプローブの動きをメトロロジフレーム8に固定した参照ミラーを計測の基準に使って測定する装置である。図中9はZ方向の参照ミラーである。
【0158】
被測定物が大きい場合、全面を一度の測定でカバーすることができないため、部分測定を繰り返して複数の部分測定データを得た後に、それらをつなぎ合わせる必要がある。
【0159】
図9はレンズのような円形の被測定物1を3回に分割して測定する例である。被測定物の姿勢を120度づつ回転させて、さきほどの座標測定装置にセットし、部分測定を行う。1回の部分測定領域をLnとする。右肩の数字は測定の番号を表している。部分測定領域Lnは図のように、3回の測定で被測定物の全面をカバーする配置である。
【0160】
この3つの部分測定から、3つの部分測定データA1,A2,A3が得られる。
【0161】
ここで、座標変換パラメータの初期値は、被測定物の測定位置とする。例えばX方向に100mmずらして測定する場合は、α1を100mmとする。この初期値を厳密な値に設定する必要は無い。
【0162】
このデータ処理の内容、および効果については上に詳細に説明したので、省略する。
【0163】
測定領域が小さい測定装置でも本発明によれば、部分測定をつなぎ合わせて大きな被測定物全面の測定データが得られる。
【0164】
また、本実施形態では部分測定領域の数が3つの場合を説明したが、2つ以上であれば他の数でも同じである。
【実施例2】
【0165】
図10に本発明における第2の実施例を示す。前節で説明した方法は被測定物の回転姿勢を変更して、複数回測定したデータを用いたが、この実施例は被測定物を横ずらしして測定装置にセットした場合である。
【0166】
作用および効果は、さきほどと同様なので説明を省略する。
【0167】
本発明は、このように部分測定の数については2つ以上であれば適応可能である。また、オーバーラップのさせ方も、前節のように回転させてオーバーラップさせても良いし、横ずらししてオーバーラップさせても適応可能である。
【0168】
さらに本発明はオーバーラップ領域が無くても適応可能である。この場合は測定結果の無い部分がまだら模様のように残ってしまうが、全体が滑らかであるという仮定が成り立つとすれば、全体形状を概略知ることができる。
【0169】
また、反対にほぼ全部がオーバーラップ領域であっても良い。この場合は測定結果を合成したところで、測定領域が広がったことにはならない。しかしオーバーラップ領域では複数の測定結果を平均することになるので、測定精度を向上することができる。
【0170】
以上説明してきたように、本発明ではオーバーラップ領域という概念を使わなくても部分測定データを合成することができる。
【実施例3】
【0171】
図8、図11を用い、本発明における第3の実施例を説明する。スティッチ技術は測定領域に対して大きな被測定物を測定するために開発された技術であるが、反対に小さな被測定物を測定し、測定装置の系統誤差を測定するのにも、本発明を使用できる。
【0172】
図8に示すような座標測定装置は一般的に精度の基準を持っている。例えばこの装置の場合は参照ミラー9であり、このミラーの形状誤差が、この装置における系統誤差の主要な原因となっている。
【0173】
前述した本発明にかかる第3の実施形態によれば、被測定物の形と、系統誤差の形を両方、測定することが可能である。しかも両者のサイズの比率については制約がなかった。この実施例は被測定物のほうが小さい場合について、実施した例である。
【0174】
具体的には図11を使って説明する。
【0175】
図11は図8に示した測定装置の測定領域を上からみた図である。9は参照ミラーであり、1は被測定物である。
まず図11(a)に示した位置に被測定物1をセットし、測定領域L1において部分測定データA1を測定する。
同様に図11(b)に示した位置に被測定物1をセットし、測定領域L2において部分測定データA2を測定する。
同様に図11(c)に示した位置に被測定物1をセットし、測定領域L3において部分測定データA3を測定する。
【0176】
この部分測定データを得た後の処理は前に述べた方法と同様である。測定領域Lnの領域で定義される系統誤差と、部分測定でカバーする領域9を両方測定することが可能であった。その結果はそれぞれ、被測定物1の形と、参照ミラー9の形を表している。
【0177】
本実施例では3回の測定から、系統誤差を測定する場合について説明した。しかし複数回であれば何回であっても同じことである。
【0178】
また、本実施例では位置をずらす場合について、説明してきた。しかし回転方向の姿勢をずらす場合についても同じことである。
【0179】
さらに、位置をずらすことと回転方向の姿勢をずらすことを組合わせても同じことである。例えば、図11(a)、(b)、(c)の3箇所において、それぞれ、被測定物1を90度ずつ回転させて4方位測定すると、合計12箇所のデータが得られる。この12箇所の部分測定データを使い、系統誤差を計算しても同じことである。
【0180】
本実施例によれば、小さな被測定物を用い、測定装置のもつ系統誤差を測定することができる。この誤差を測定できれば、測定値から差し引くことによって測定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0181】
【図1】本発明に係る第1および第2の発明を説明する図であり、実施するための最良の形態を説明する流れ図である。
【図2】従来技術の課題を説明する第1の図である。
【図3】従来技術の課題を説明する第2の図である。
【図4】従来技術の課題を説明する第3の図である。
【図5】本発明に係る第3の実施形態を説明する流れ図である。
【図6】本発明に係る第4の実施形態を説明する流れ図である。
【図7】本発明に係る計算法を説明する流れ図である。
【図8】本発明に係る実施例1において座標測定装置の例を説明する模式図である。
【図9】本発明に係る実施例1を説明する第2の図である。
【図10】本発明に係る第2の実施例を説明する図である。
【図11】本発明に係る第3の実施例を説明する図である。
【図12】第1の従来技術を説明する図である。
【図13】第2の従来技術を説明する図である。
【図14】従来の座標測定装置の構成を説明する図である。
【符号の説明】
【0182】
1 被測定物(workpiece)
2 オーバーラップ領域(重ね合わせ領域)
3 目印形状
4 系統誤差(systematic error)
5 座標測定装置(coordinate measurement machine)
6 プローブ
7 XYZスライド
8 メトロロジフレーム(metrology frame)
9 Z方向の参照ミラー(Z − reference mirror)
A 部分測定データ
B 座標変換した部分測定データ
C 差形状 C=B−G
D 設計形状
E 全体の誤差形状(被測定物の測定結果)
F 近似誤差形状
G 参照形状 G=D+F
J 全体の形状(被測定物の測定結果)
H 系統誤差(systematic error)
K 系統誤差を補正した部分測定データ K=A−H
L 部分測定領域
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物の複数の部分測定データを合成して全体の測定データを算出する形状計測方法において、
被測定物の複数の部分領域においてそれぞれ部分測定データを採取する工程と、
複数の前記部分測定データのそれぞれを座標変換する座標変換パラメータを用いて座標変換する工程と、
複数の前記部分測定データに共通する近似誤差形状を含む参照形状を、形状パラメータを用いて設定する工程と、
前記複数の部分測定データと、前記参照形状との差を差形状として計算し、該差形状から設定される評価値があらかじめ定められた値に近づくように前記座標変換パラメータおよび形状パラメータを共に設定するパラメータ決定工程と、
前記評価値を用いて共に設定された前記座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて部分測定データを接続する工程と、
を有することを特徴とする形状計測方法。
【請求項2】
前記部分測定データを接続する方法は、
座標変換した前記複数の部分測定データを重ね合わせて全体の形状に変換する、もしくは、
座標変換した複数の前記差形状を重ね合わせて全体の差形状に変換し、これに前記参照形状を加えて全体の形状に変換する、
のいずれか一つの方法であることを特徴とする請求項1記載の形状計測方法。
【請求項3】
前記座標変換パラメータを用いて座標変換する工程を行う前に、さらに系統誤差を系統誤差パラメータを用いて設定し、前記系統誤差を前記複数の部分測定データからそれぞれ差し引く工程を有し、前記パラメータ決定工程において、前記差形状から設定される評価値があらかじめ定められた値に近づくように前記系統誤差パラメータは前記座標変換パラメータ及び形状パラメータと共に設定されることを特徴とする請求項1または2記載の形状計測方法。
【請求項4】
前記座標変換パラメータを用いて座標変換する工程を行う前に、部分測定データから、特定の周波数成分を分離する工程を有し、
前記パラメータ決定工程の後に部分測定データに分離した周波数成分を再び加え合わせる工程を、有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の形状計測方法。
【請求項1】
被測定物の複数の部分測定データを合成して全体の測定データを算出する形状計測方法において、
被測定物の複数の部分領域においてそれぞれ部分測定データを採取する工程と、
複数の前記部分測定データのそれぞれを座標変換する座標変換パラメータを用いて座標変換する工程と、
複数の前記部分測定データに共通する近似誤差形状を含む参照形状を、形状パラメータを用いて設定する工程と、
前記複数の部分測定データと、前記参照形状との差を差形状として計算し、該差形状から設定される評価値があらかじめ定められた値に近づくように前記座標変換パラメータおよび形状パラメータを共に設定するパラメータ決定工程と、
前記評価値を用いて共に設定された前記座標変換パラメータ及び形状パラメータを用いて部分測定データを接続する工程と、
を有することを特徴とする形状計測方法。
【請求項2】
前記部分測定データを接続する方法は、
座標変換した前記複数の部分測定データを重ね合わせて全体の形状に変換する、もしくは、
座標変換した複数の前記差形状を重ね合わせて全体の差形状に変換し、これに前記参照形状を加えて全体の形状に変換する、
のいずれか一つの方法であることを特徴とする請求項1記載の形状計測方法。
【請求項3】
前記座標変換パラメータを用いて座標変換する工程を行う前に、さらに系統誤差を系統誤差パラメータを用いて設定し、前記系統誤差を前記複数の部分測定データからそれぞれ差し引く工程を有し、前記パラメータ決定工程において、前記差形状から設定される評価値があらかじめ定められた値に近づくように前記系統誤差パラメータは前記座標変換パラメータ及び形状パラメータと共に設定されることを特徴とする請求項1または2記載の形状計測方法。
【請求項4】
前記座標変換パラメータを用いて座標変換する工程を行う前に、部分測定データから、特定の周波数成分を分離する工程を有し、
前記パラメータ決定工程の後に部分測定データに分離した周波数成分を再び加え合わせる工程を、有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の形状計測方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2009−294134(P2009−294134A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−149366(P2008−149366)
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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