説明

部材間の接合力を可逆的に制御する方法

【課題】環境負荷が低くかつ部材間の接合力を可逆的に制御可能な新たな接合技術を提供する。
【解決手段】表面に高分子ゲル層を有する部材同士をそのゲル層を対向させて圧着させた状態でゲル界面の温度・含水率等の環境を変化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は部材間の接合力を可逆的に制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
部材同士の接合方法としては、機械的接合法、冶金的接合法(圧接、融接、ろう接)、その他(複合接合技術、プラスチックにおける溶剤接合・熱融着等)があるが、接着接合法以外は適用可能な部材材質が限定されるため、汎用的な接合技術としてはもっぱら接着接合法が用いられてきた(例えば、非特許文献1および2を参照)。
【0003】
一方、刺激応答性高分子ゲルの、温度変化、電場・磁場印加、光照射、応力印加、pH変化、化学物質添加等の微小な外部刺激の賦与に応じて膨潤・収縮し、その形状・バルクの物性が著しく変化する特性を物質分離、エネルギー変換に関連する各種用途に応用することが試みられている。
【0004】
高分子ゲル同士の接着力に関連して、非特許文献3に、両性ゲルの硬度変化が塩結合の生成・消失に起因することを、アニオン性ゲルとカチオン性ゲルとの間の静電力に基づく接着力のpHおよびイオン強度依存性の測定結果等をとおして解明したことが記載されている。
【0005】
【非特許文献1】日本接着学会編「接着ハンドブック第3版」1996年、日刊工業新聞社発行
【非特許文献2】「接着便覧第16版」1989年、高分子刊行会発行
【非特許文献3】H.Tamagawa et al.,Bull.Chem.Soc.Jpn.,Vol.75,383−388(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記した汎用的な接合技術としての接着接合法においては、使用される粘着・接着剤の主原料である高分子素材および有機溶剤の多くが石油資源由来であり、環境負荷軽減の観点からこれらの使用量を削減する接合技術に対する期待が高かった。また、接着剤による接合は一般に不可逆的であり、粘着材による場合にも剥離後の接合面に一部残留することを避けがたかった。
【0007】
本発明の目的は、環境負荷が低く、部材間の接合力を可逆的に制御可能な新たな接合技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために本発明者が高分子ゲルの表面はバルクの網目構造とは異なり、架橋密度がより希薄で高分子のひげ(自由末端を持つ鎖)が無数に飛び出した構造をしていると考えられている点に着目し、鋭意研究を重ねることにより完成されたもので、表面に高分子ゲル層を有する部材同士をそのゲル層を対向させて圧着させた状態でゲル界面の環境を変化させることを特徴としている。
【0009】
また、本発明は前記高分子ゲルが熱応答性のゲルであり、ゲル界面の環境をその相転移温度を挟む温度変化を加えることにより変化させることを特徴としている。
【0010】
また、本発明は前記高分子ゲルが水または揮発性液体中で膨潤するゲルであり、ゲル中の水または揮発性液体の体積分率を増減させることによりゲル界面の環境を変化させることを特徴としている。
【0011】
また、本発明は前記高分子ゲルがヒドロゲルであり、ゲル界面の環境を水性媒体中で変化させることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明においては、高分子ゲルの特異な表面構造とその環境に対する応答特性とを活かして、圧着された高分子ゲル同士の界面における分子間力と高分子鎖の絡み合いの状態を環境変化だけにより変化させて接合力を制御するので、有機溶剤等の副資材を用いることなく、また他に副産物を残すことなく、部材間の接合力およびそれを反映する結合・分離の状態を長期に亘り可逆的に制御できるようになり、一般の接着接合に較べて大幅な環境負荷の低減が可能となる。また、場合によっては、同一の素材に粘着から接着までの機能を持たせることも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明においては、表面に高分子ゲル層を有する部材同士のゲル界面の環境変化を両部材のゲル層を対向させて圧着させた状態で行うことが重要である。こうすることで、面ファスナーのフックとループに似た機能をナノレベルで発現させることが可能となり、本発明の目的が達成される。
【0014】
これに対して、両部材の高分子ゲル表面を対向させても単に近接させるに止めた場合には、環境変化に基づく顕著な接合力の変化が発現されず、本発明の目的が達成されない。
【0015】
ここで、両部材の圧着に際しては、適宜の手段で界面に5kg/cm以上の垂直応力を印加した状態で、数秒以上保持することが好ましい。
【0016】
本発明において、表面に高分子ゲル層を有する部材の基材としては、特に限定されず用途に応じて種々のものが使用可能であり、金属、ガラス・セラミック、プラスチック、木材等の硬質材料に限らず、生体材料あるいは高分子ゲルそれ自体のような軟質材料、さらには硬質材料と軟質材料との組み合わせも採用可能である。
【0017】
上記高分子ゲル層の厚さは、基材の剛性・形状に応じて、圧着のしやすさを勘案して通常数マイクロメートルから数ミリメートルの範囲で適宜選定されるが、省資源の観点からはなるべく薄くすることが好ましい。また、両基材の接着部位の全面にかかる高分子ゲル層を設ける必要はなく、両部材の接合が確保される範囲で、少なくとも一方の基材上の高分子ゲル層の形態としては、ネット状あるいは群島状等の隙間を有する形態とすることもできる。
【0018】
高分子ゲル中の高分子濃度は極めて低く、下記の架橋されたN―アルキルアクリルアミド系ポリマーのヒドロゲルの場合で、8重量%程度である。したがって、このような材料を基材の接合部位上に50マイクロメートルの厚さで設けても、高分子材料の所要量は0.4mg/cmすぎず、この点からも本発明が環境負荷軽減の観点で有用であることが判る。
【0019】
ゲル界面の環境変化の好ましい態様の一つとして温度変化が挙げられる。この場合、架橋されたN―アルキルアクリルアミド系ポリマーのヒドロゲルのような、熱応答性の高分子ゲルが用いられ、その相転移温度としては、制御エネルギー負荷軽減の観点からは室温近傍にあるものが、また、生体への適用の際には体温近傍にあるものが、それぞれ好ましく採用される。
【0020】
また、ゲル界面の環境変化の好ましい他の態様として高分子ゲルが水または揮発性液体中で膨潤するゲルであり、ゲル中の水または揮発性液体の体積分率を増減させることが挙げられる。この場合、高分子ゲルが含水性ゲルであれば、ゲルを取り巻く環境から除湿したり、ここに加湿したりしてゲルの含水率変化が達成される。用いられる含水率依存性の高分子ゲルとしては、ハップ剤の基材として実用化されているアルミニウムにより物理架橋されたポリアクリル酸ナトリウムヒドロゲルが例示される。
【0021】
本発明において、ゲル界面の環境変化の態様としては、他に高分子網目への電場・磁場印加、光照射、応力印加等を利用することが可能であり、また水生媒体を用いる場合にはそのイオン種やイオン強度の変化(pH変化、化学物質添加)等も例示される。
【0022】
本発明において、高分子ゲルの種類は特に限定されないが、適用の多様性等の面からヒドロゲルが好ましく採用され、この場合、ゲル界面の環境変化を純水もしくは水溶液のような水性媒体中で行わせることが好ましい。
【0023】
以下の実施例において、接合力の定量的な評価には、本発明者らが作成したタック性評価装置を使用した。この装置および測定方法の詳細は T.Sato et al.,Jpn.J.Appl.Phys.,Vol.44,Part1,(11),8168−8173(2005) に記載されているが、概要を図3に基づいて説明する。
【0024】
直径8mm程度のガラス棒の周りに所定の厚さの板状高分子ゲルを固定したものを二つ準備し、その一方(試料1)をリン青銅製の板バネに、他方(試料2)を図示しないステッピングモータ上のステージに、互いに直交する向きになるように固定する。ついでステッピングモータによりステージを一定速度で動かして試料2を試料1に近づけ点接触させ、一定距離押し付けた。その後、一定速度で逆方向に、両者が完全に離れるまで動かした。その間板バネに装着した歪ゲージによりリン青銅板の歪によって生じる電圧を測定し、接合力(粘着力・接着力)と引き剥がしエネルギーとを求めた。本装置ではステージの動きを制御することにより、押し付け・引き剥がし速度、押し付け距離(押し付け力に対応)、押し付けた状態での待機時間を自由に変更することができる。
【実施例1】
【0025】
内径9mmのガラス管に直径8mmのガラス棒を挿入して型を作り、その0.5mmの隙間にゲルを生成させた。ゲルをガラス棒に化学的に固着させるために、ガラス棒の表面をあらかじめシランカップリング剤(Bind−Silane)で処理しておいた。超純水100gに、N−イソプロピルアクリルアミド700mM、N,N´−メチレンビスアクリルアミド8.6mM、重合促進剤のテトラメチルエチレンジアミン240μlを混ぜて作製したプレゲル溶液を、窒素ガスで約20分間ガス置換したあと、重合開始剤の過硫酸アンモニウム0.4gを10mlの純水に溶かし溶液1ml投入し、ゲル化を開始させ、素早く前記の型に流し込んだ。
【0026】
このようにして得られた試料を2つ準備し、それらを直交するように点接触させ、環境温度変化との関係を調べた。各種の温度変化を加えながら図3に示す方法で、バネ定数を150gf/mm、押し付け・引き剥がし速度をともに0.2mm/秒、押し付け力100gf、待機時間なしとして試験した。その結果を図1に纏めて示す。
【0027】
図1の横軸は引き剥がし時の環境温度、縦軸は接合力、また、図中の各シンボルは高分子ゲル膜同士の接触温度の別をそれぞれ示すもので、白抜きの各シンボルが相転移温度(約35℃)以下の膨潤相で接触させた後の、黒シンボルは相転移温度以上の収縮相で接触させた後の接合力を示している。
【0028】
図1の白抜きシンボルの挙動から明らかなように、低温の膨潤相で接触させ40℃で引き剥がすと平均25gfの接合力が発揮されるのに対して、黒シンボルの挙動に見るように、高温の収縮相で接触させ40℃で引き剥がした場合には平均7gfの接合力しか発現しない。
【実施例2】
【0029】
実施例1において、押し付け力を50gfに半減するとともに、5時間の待機時間を取った場合にも、低温の膨潤相で接触させ40℃で引き剥がしたときに平均25gfの接合力が発揮された。このときの見かけの接触面積は、約0.03cm(半径約1mmの円)である。
【実施例3】
【0030】
ポリアクリル酸ナトリウム(重合度2500〜7500)の18.1%水溶液50gに、水酸化アルミニウム1gと酒石酸2.1gとを添加し、十分攪拌した後に、1mmのスペーサーで隔てられた2枚のスライドガラス内に注入し、室温で7日間放置してゲル化させた。一方のスライドガラスの内側にはあらかじめ不織布を貼り付けることにより、不織布上に厚さ1mmのアルミニウムにより物理架橋されたポリアクリル酸ナトリウムヒドロゲル膜を得た。
【0031】
上で得られたヒドロゲル膜を用い、バネ定数を75fg/mm、押し付け力を15.7gf、押し付け・引き剥がし速度をともに1mm/秒の条件下で、接触させてから大気中に放置し、自然乾燥させたときの接合力の変化を図2に示す。
【0032】
放置後数十秒でゲル界面近傍に自由水が存在する領域においては、接合力の変化は小さいが、驚くべきことに10000秒経過後の乾燥状態においては、接合力が2桁以上増大することが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の部材間の接合力制御方法は、付加する環境変化の態様に応じて種々の分野で利用可能であり、例えば、温度変化を利用する事例では、水中での粘着・接着の制御への適用が、また、含水量変化を利用する事例では、乾燥状態の接着に利用できる可能性がある。
その他の応用としては、海水など塩水中で粘着し、真水で外れる、というシステムや、医療分野では、冷水で接触させて圧力をかけ、体温により接着することによる体内のゲル状物質の接着への展開が考えられる。また、高分子ゲルとして食品ゲルを選択し、完全に無害の食品用の接着に利用する等の応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例1の温度変化条件と接合力との関係を示すグラフ。
【図2】実施例3の経過時間(含水率に対応)と接合力との関係を示すグラフ。
【図3】接合力の測定方法と装置の概略を説明するための要部の斜視図と側面図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に高分子ゲル層を有する部材同士をそのゲル層を対向させて圧着させた状態でゲル界面の環境を変化させることを特徴とする部材間の接合力を可逆的に制御する方法。
【請求項2】
高分子ゲルが熱応答性のゲルであり、ゲル界面の環境をその相転移温度を挟む温度変化を加えることにより変化させる請求項1記載の方法。
【請求項3】
高分子ゲルが水または揮発性液体中で膨潤するゲルであり、ゲル中の水または揮発性液体の体積分率を増減させることによりゲル界面の環境を変化させる請求項1記載の方法。
【請求項4】
高分子ゲルがヒドロゲルであり、ゲル界面の環境を水性媒体中で変化させる請求項1または2記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−224061(P2007−224061A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−43323(P2006−43323)
【出願日】平成18年2月21日(2006.2.21)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】