説明

酵母によるN36結合ペプチドの製造方法

【課題】酵母において新たな効果を奏するポリペプチドと融合したN36結合ペプチドコードするDNA、及び酵母を用いて完全長のN36結合ペプチドを高生産するためのDNAを提供する。
【解決手段】アスペルギルス由来の特定アミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つエンドグルカナーゼ活性を有しているタンパク質をコードするDNA、トロンビン認識配列をコードするDNA、及びレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNA、並びに酵母由来の特定のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つシグナル配列として機能するポリペプチドをコードするDNA、HisタグをコードするDNA、及び哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNA。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母においてN36結合ペプチドを生産するためのDNA、当該DNAを有する酵母の形質転換体、及び当該形質転換体を用いたN36結合ペプチドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エイズ(AIDS)とは後天性免疫不全症候群(Acquired Immuno Deficiency Syndrome)の略称であり、免疫不全をひき起こすレトロウイルス(例えばHIV、SIV)に感染することにより病原体に対する免疫力が正常に働かなくなって発症する様々な病気の総称を意味する。
【0003】
HIVは、その標的細胞に対する感染時における、ウイルスと標的細胞との膜融合においてType-I型膜融合促進蛋白質(fusion protein)を利用すると推定されている。Type-I型fusion proteinを有するHIV-1などの蛋白質の機能解析研究より、膜融合時におけるHIV gp41の機能として次のようなことが推定されている。(1)gp41には、α-helix性の高い2つの領域が存在する(N末側からHR1, HR2と呼ばれることが多い)。(2)gp41のN末側が、まず標的細胞膜にアンカリングされ、次いで3つのN36(HR1)が相互作用し、helix bundleを形成する。(3)この3本鎖α-helical coiled-coilに対して、さらに3つのC34(HR2領域に対応)が外側から取り囲むように逆並行型に結合し、6-helix bundleが形成される。(4)その結果、HIVおよび標的細胞膜が近接し、膜融合が成立するという動的超分子機構である。この機構に基づき、HIV gp41のC34由来ペプチドが6-helix bundle形成を阻害し、抗ウイルス活性を示すのではないかと考えられている。gp41の配列解析より、N36、C34に相当する配列の検索、同定、さらにはこれらペプチド配列の抗HIV活性の評価の検討が、本発明者らのグループも含めいくつかの研究グループにより行われている(例えば、特許文献1〜3)。また、すでに市販されている抗HIV剤T-20(商品名Fuzeon)はこの過程を阻害するペプチドである(非特許文献1)。一方で、Fuzeonの長期投与により薬剤耐性株が出現することが近年の研究により明らかになり、感染者の発症予防効果を減弱させることが懸念されることから、耐性株に対する薬剤の開発が求められている。
【0004】
本発明者らは、X-EE-XX-KKスキャン、すなわち、X-EE-XX-KK(X:HR1との相互作用に必要なアミノ酸; E: Glu; K: Lys)の7残基配列の繰り返しを利用した独自の分子変換戦略によりデザインされたペプチドがさらに高活性であることを発見した(特許文献4、5、非特許文献2、3)。Fuzeon耐性株では、Fuzeonが結合するN36領域にウイルスゲノムの1塩基変異等に基づくアミノ酸置換が生じ、6-helical bundle構造を形成する際にN36領域と接触していると考えられるC34領域にも同様のアミノ酸置換が生じている。本発明者は、C34領域のN36領域との接触部位に生じるアミノ酸置換位置を変換したN36ペプチドの誘導体を網羅的に合成および抗ウイルス活性の評価を実施し、野生株およびFuzeon耐性株をはじめとする薬剤耐性株に対し強力な抗HIV活性を示すペプチドを同定するに至っている(特許文献5、非特許文献4)。
【0005】
これらの抗HIV活性ペプチドの供給は、従来、固相合成法と液相法を組み合わせた化学合成により行われてきた(非特許文献5)。しかしながら、発展途上国をはじめとする安価な抗HIV薬が必要とされる地域への安定供給を視野に入れた場合には、発酵技術を活用した安価な医薬品原料供給が必要とされる。
【0006】
特許文献6及び7には、宿主として大腸菌、酵母及び糸状菌からなる群から選択される少なくとも1種を利用することによって、このN36結合ペプチドを安価かつ大量に製造する方法が記載されている。また、特許文献6及び7には、N36結合ペプチドは、単独で宿主で発現させた場合、各種高発現物質生産系を用いたとしても、目的のペプチドの収量が低くなるので、N36結合ペプチドを宿主で発現可能なポリペプチドと連結するか、あるいは、N36結合ペプチドを多量体(例えば3〜7量体)として発現させることが好ましいと記載されている。
【0007】
また、N36結合ペプチドを製造するための宿主として用いるのは以下の点から酵母を使用することが好ましいと考えられる。
・大腸菌では、生産された目的タンパクは菌体内にとどまるが、酵母は分泌発現が可能であって、分泌発現させることにより、その後の精製が非常に簡便になり、大幅なコストダウンにつながる。
・培養の点で糸状菌酵母に比べて培養制御がしやすく、菌体制御が容易なため、高密度培養が可能であり、生産後の物質も比較的安定な(分解等を受けにくい)ため、収量の向上が見込まれる。また、培養時間が短くてすむことや取り扱いの簡便さも挙げられる。対して、糸状菌は分解酵素が豊富なため、同様に分泌生産させた場合に、培養中に生産物が分解を受けやすいといった側面があり、安定して目的物を生産させ難いという側面がある。
【0008】
特許文献6及び7には、N36結合ペプチドと融合させるのが好ましいポリペプチドとして、宿主が酵母の場合はアルファファクター、インベルターゼ、酸性ホスファターゼなどが挙げられている。実施例2では、酵母を用いてアルファ−ファクターシグナル配列とN36結合ペプチドを融合させて発現させることにより、N36結合ペプチドの生産を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2005/067960号
【特許文献2】国際公開第01/51673号
【特許文献3】国際公開第96/19495号
【特許文献4】国際公開第03/029284号
【特許文献5】国際公開第2008/050830号
【特許文献6】国際公開第2008/013242号
【特許文献7】特開2008-29239号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nature Reviews Drug Discovery、第3巻、215-225頁(2004年)
【非特許文献2】Angewante Chemie International Edition in English、第41巻、2937-2940頁(2002年)
【非特許文献3】Journal of Medicinal Chemistry、第51巻、388-391頁(2008年)
【非特許文献4】Journal of Biological Chemistry、第284巻、4914-4920頁(2009年)
【非特許文献5】Nature Reviews Drug Discovery、第2巻、587-593頁(2003年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献6及び7では、酵母においてN36結合ペプチドと融合させて発現させるのに使用されているポリペプチドはアルファ−ファクターシグナル配列のみであり、その他のポリペプチドを使用した場合の効果等については検討されていない。
【0012】
更に、特許文献6及び7の実施例2において、酵母でのN36結合ペプチドの発現の確認はウェスタンブロッティングでしか行っておらず、N36結合ペプチドの発現量は微量であった。また、特許文献6及び7の麹菌を用いた製造方法により得られるN36結合ペプチドは、欠けていたり、分解されていることがあり、完全なN36結合ペプチドが得られ難いという問題もあった。
【0013】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、酵母において新たな効果を奏するポリペプチドと融合したN36結合ペプチドコードするDNA、当該DNAを有する酵母の形質転換体、及び当該形質転換体を用いたN36結合ペプチドの製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、酵母を用いて完全長のN36結合ペプチドを高生産するためのDNA、当該DNAを有する酵母の形質転換体、及び当該形質転換体を用いたN36結合ペプチドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、酵母を用いてCelA、トロンビン(thrombin)認識配列及びN36結合ペプチドを融合させて発現させることによって、トロンビン認識配列で切断が起こるという知見を得た。更に、酵母においてαファクタープレプロ配列、Hisタグ及びN36結合ペプチドを融合させて発現することによって、N36結合ペプチドを高生産できるという知見を得た。
【0015】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のDNA、酵母の形質転換体、N36結合ペプチドの製造方法等を提供するものである。
【0016】
項1.配列番号1で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つエンドグルカナーゼ活性を有しているタンパク質をコードするDNA、トロンビン認識配列をコードするDNA、及び哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNA。
【0017】
項2.項1に記載のDNAに更に精製用のアミノ酸配列をコードするDNAを融合したDNA。
【0018】
項3.項1又は2に記載のDNAを含む遺伝子発現カセットを導入した酵母の形質転換体。
【0019】
項4.前記酵母がサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である、項3に記載の形質転換体。
【0020】
項5.項3又は4に記載の形質転換体を培養して培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程、及び
該培養物からN36結合ペプチドを採取する工程
を有するN36結合ペプチドの製造方法。
【0021】
項6.配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つシグナル配列として機能するポリペプチドをコードするDNA、HisタグをコードするDNA、及び哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNA。
【0022】
項7.項6に記載のDNAを含む遺伝子発現カセットであって、プロモーターが配列番号3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つ酵母においてプロモーターとして機能するDNAを含む遺伝子発現カセット。
【0023】
項8.項6に記載のDNAを含む遺伝子発現カセット又は請求項7に記載の遺伝子発現カセットを導入した酵母の形質転換体。
【0024】
項9.項8に記載の形質転換体を培養して培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程、及び
該培養物からN36結合ペプチドを採取する工程
を有するN36結合ペプチドの製造方法。
【0025】
項10.培養を酵母抽出物0.01〜10%(w/v)、ペプトン0.01〜10%(w/v)、及びガラクトース0.1〜20%(w/v)を含む培地で行うことを特徴とする、項9に記載の方法。
【0026】
項11.項5、9又は10に記載の方法において、更にN36結合ペプチドに臭化シアンを作用させる工程を有する、N末端にピログルタミン酸残基、C末端にホモセリンラクトン基が導入されたN36結合ペプチドユニットの製造方法。
【0027】
項12.項5、9又は10に記載の方法により得られたN36結合ペプチドを有効成分とする哺乳動物に免疫不全を引き起こすレトロウイルス感染症の予防又は治療剤。
【発明の効果】
【0028】
本発明のトロンビン認識配列をコードするDNAを融合したDNAを有する酵母の形質転換体を培養することで、トロンビン認識配列で切断された完全長のN36結合ペプチドを菌体外に分泌生産させることができる。また、本発明のHisタグをコードするDNAを融合したDNAを有する酵母の形質転換体を培養することで、完全長のN36結合ペプチドを高生産させることができ、分泌生産した後のN36結合ペプチドの安定性も向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】プラスミドpYES2-αFおよびpYES2-CelAの構築方法を示す図である。
【図2】プラスミドpYES2-αF-MQ-SC35EK-MQ、pYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-Q、pYES2-CelA-MQ-SC35EK-MQおよびpYES2-CelA-M-(Q-SC35EK-M)3-Qの構築方法を示す図である。
【図3】pYES2-αF 、pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQおよびpYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株、BY2777株、INVSc1株の形質転換体を用いて発現誘導をかけたときのSDS-PAGEの結果を示す図である。
【図4】pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQおよびpYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株の形質転換体を用いて、ウラシル要求性ガラクトース培地、またはYPG培地で発現誘導をかけ、経時的な細胞数の増加と、発現量をSDS-PAGEで確認した結果を示す図である。
【図5】pYES2-CelA 、pYES2-CelA-MQ-SC35EK-MQ、pYES2-CelA-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株、BY2777株、INVSc1株の形質転換体を用いて発現誘導をかけたときのSDS-PAGEの結果を示す図である。
【図6】試験例2で行ったELISAの原理を示す図である。
【図7】試験例2のELISAの結果を示す図である。
【図8】CelA融合タンパク質の試験例1で得られた菌体と培養上清を使用した抗Hisタグ質抗体を用いたウェスタンブロッティングの結果を示す図である。
【図9】CelA-His-MQ-SC35EK-MQならびにCelA-His-M-(Q-SC35EK-M)3-Qを発現させた培養上清から、N36ペプチド結合Ni-NTAアガロースを用いて精製した際の各ステップをSDS-PAGEで解析した結果を示す図である。
【図10】CelA-His-MQ-SC35EK-MQならびにCelA-His-M-(Q-SC35EK-M)3-Qが菌体外に分泌される場合に想定される切断位置を示す図である。
【図11】精製した目的タンパク質のHPLCのクロマトグラムおよび各ピークに含まれるマスを示す図である。
【図12】図11の各ピークに対応すると考えられる配列を示す図である。
【図13】発現タンパク質から切り出した両末端環化ペプチドのLC-MS解析結果を示す図である。
【図14】修飾されたSC35EKと両末端無修飾のSC35EKについての円二色性(CD)スペクトルの測定結果を示す図である。
【図15】修飾されたSC35EKと両末端無修飾のSC35EKについての熱的安定性を、円二色性スペクトル解析により示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明のDNA、酵母の形質転換体、N36結合ペプチドの製造方法等について詳細に説明する。
【0031】
本発明におけるDNA、酵母の形質転換体、及びN36結合ペプチドの製造方法としては、具体的に下記の実施態様1及び2示すものが挙げられる。
【0032】
<実施態様1>
DNA
本発明の実施態様1のDNAは、配列番号1で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つエンドグルカナーゼ活性を有しているタンパク質をコードするDNA、トロンビン認識配列をコードするDNA、及び哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNAであることを特徴とする。
【0033】
配列番号1で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つエンドグルカナーゼ活性を有しているタンパク質(以下、タンパク質Aとも言う)としては、当該アミノ酸配列における同一性が80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上であるものが望ましく、例えば、アスペルギルス・オリゼ由来のCelA(AO090026000102)が挙げられる。CelAの塩基配列とアミノ酸配列はそれぞれ、配列表に配列番号4、配列番号1として示されている。エンドグルカナーゼ活性とは、セルロースのβ1→4グルコシド結合をendo型に加水分解する活性を意味する。N36結合ペプチドを当該タンパク質Aと融合させて酵母で発現させることにより、完全長のN36結合ペプチドを生産させることが可能になる。
【0034】
エンドグルカナーゼ活性は次の方法により測定できる。2% AZO-CM-Cellulose (Megazyme) (pH5.0) 200 μlと酵素液 (50 mM酢酸-酢酸ナトリウムバッファー (pH5.0)で希釈)200 μlを混合し、37℃で15分間反応させる。沈殿剤1 mlを添加後、ボルテックスし、数分間静置後、遠心する。上清の590 nmにおける吸光度を測定する。1分間に590 nmにおける吸光度を1上昇させる酵素活性を1 unitと定義する。
(沈殿剤) CH3COONa・3H2O 10 gとZn(CH3COO)2 1 gを脱イオン水に溶解し、pH5.0に調整し、50 mlにメスアップ後、200 ml EtOHを添加し作製する。
【0035】
本発明において、タンパク質AをコードするDNAは、公知の遺伝子配列をもとに適当なオリゴヌクレオチドプライマー対を合成し、該遺伝子の宿主細胞または組織から抽出した全RNAもしくはポリA(+)RNA或いは染色体DNAを鋳型としてRT−PCR又はPCRを行うことによりクローニングすることができる。このとき、その後のプラスミドへのクローニングを容易にするために、用いるオリゴプライマーの末端に適当な制限酵素認識配列を付加することもできる。
【0036】
トロンビン認識配列としては、周知なものとしてアミノ酸配列:LVPRGSが挙げられるが、トロンビンにより切断され、且つ本発明の効果を奏する配列であればこれに限定されない。タンパク質A(リーダー配列)とトロンビン認識配列をN36結合タンパク質に融合させて酵母で発現することで、菌体外に分泌生産する際にトロンビン認識配列で切断され、N36結合タンパク質をリーダー配列無しで分泌生産することができる。そのため、発現後にリーダー配列を除く作業が(酵素処理、化学的処理)が不必要になる。
【0037】
本発明において、哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスとしては、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、サル免疫不全ウイルス(SIV)、牛免疫不全様ウイルス(BIV)などが挙げられ、特に、HIVが挙げられる。
【0038】
本明細書において、「N36結合ペプチドユニット」は、以下のものを意味する。
【0039】
(N36結合ペプチドユニットの定義)
下記のモジュール構造1〜3の少なくとも1種を含む、哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36に結合性を有するポリペプチドを意味する。モジュール構造とは、6個又は7個のアミノ酸からなるポリペプチドであり、以下の3種類が例示される。
(Y')m1−X1aX1b−A1−X1cX1dX1e−A2−(X'')n1 :モジュール構造1(MS1)
(Y')m2−X2a−A1A1−X2bX2c−A2A2−(X'')n2 :モジュール構造2(MS2)
(Y')m3−X3a−A1−X3bX3cX3d−A2−X' :モジュール構造3(MS3)
ポリペプチド中の各モジュールにおいて、A1は酸性アミノ酸を示し、好ましくはグルタミン酸、アスパラギン酸又はシステイン酸であり、より好ましくはグルタミン酸又はアスパラギン酸である。A2は塩基性アミノ酸を示し、好ましくはリジン、アルギニン、オルニチン又はヒスチジンであり、より好ましくはリジン、アルギニン又はオルニチンであり、更に好ましくはリジン又はオルニチンである。
【0040】
A1及びA2は、各モジュールにおいてそれぞれi位、i+4位の関係になっている。このi位、i+4位のアミノ酸がそれぞれ酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸という組み合わせ(又はその逆の組み合わせでも良い)にすることにより、両者間にsalt bridgeが形成され、本発明ポリペプチドのα−へリックスが形成されやすくなる。また、このsalt bridgeの双極子の方向が、ペプチド主鎖によって形成される双極子の方向と逆を向くのでヘリックスを形成した場合の分子の熱力学的安定性が増大する。
【0041】
上記酸性アミノ酸及び塩基性アミノ酸の組み合わせの中でも、グルタミン酸(E)−リジン(K)の組み合わせがより好ましい。
【0042】
上記酸性アミノ酸及び塩基性アミノ酸組み合わせは、各モジュール中に1又は2個存在するのが好ましい。
【0043】
また、N36結合ペプチドユニットは、モジュール内のみに限られず、モジュール間(モジュール構造を超えた範囲)においても、上記のi位、i+4位の組み合わせを有していてもよい。N36結合ペプチドユニットは、モジュール間におけるこの組み合わせを有することにより、α−へリックスを更に安定化させることができる。
【0044】
N36結合ペプチドユニット中におけるアミノ酸X1a〜X3d(X1a、X1b、X1c、X1d、X1e、X2a、X2b、X2c、X3a、X3b、X3c及びX3d)は、同一又は異なった任意のアミノ酸を示す。
【0045】
上記任意のアミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、セリン、スレオニン、システイン、システイン酸、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン、プロリン、オルニチン、サルコシン、β−アラニン、ノルロイシン(Nle)、ナフチルアラニン(Nal)等が例示できる。
【0046】
なお、プロリンは、使用によりα−へリックス構造を破壊する可能性がある場合には使用しないほうが良いが、アミノ末端(以下、「N末端」という。)又はカルボキシ末端(以下、「C末端」という。)に位置してα−へリックス構造を破壊する可能性がない場合には使用しても良い。
【0047】
例えば、X1a、X2a又はX3aのアミノ酸としては、トリプトファン、ロイシン、イソロイ
シン、グルタミン、セリン、スレオニン、アスパラギン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、メチオニン、グリシン、アラニン、ナフチルアラニン等が好ましい。
【0048】
X1b又は「c」の位置のアミノ酸、即ちX3bのアミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、セリン、スレオニン、システイン、システイン酸、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン、プロリン、オルニチン、サルコシン、β−アラニン、ノルロイシン、ナフチルアラニン等が例示できる。
【0049】
なお、プロリンは、使用によりα−ヘリックス構造を破壊する可能性がある場合には使用しないほうが良いが、N末端又はC末端に位置してα−へリックス構造を破壊する可能性がない場合には使用しても良い。
【0050】
X1c、X2b、X3c、X1d、X2c又はX3dのアミノ酸としては、例えば、トリプトファン、ロイシン、イソロイシン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、セリン、スレオニン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、メチオニン、グリシン、アラニン等が好ましい。
【0051】
X1eのアミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、セリン、スレオニン、システイン、システイン酸、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン、プロリン、オルニチン、サルコシン、β−アラニン、ノルロイシン、ナフチルアラニン等が例示できる。
【0052】
なお、プロリンは、使用によりα−へリックス構造を破壊する可能性がある場合には使用しないほうが良いが、N末端又はC末端に位置してα−へリックス構造を破壊する可能性がない場合には使用しても良い。
【0053】
X'は保護基を有していてもよい任意のアミノ酸、−OR1又は−NR2R3を示し、X''は−OR4又は−NR5R6を示す。
【0054】
アミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、セリン、スレオニン、システイン、システイン酸、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン、プロリン、オルニチン、サルコシン、β−アラニン、ノルロイシン、ナフチルアラニン等が例示できる。
【0055】
なお、プロリンは、使用によりα−へリックス構造を破壊する可能性がある場合には使用しないほうが良いが、N末端又はC末端に位置してα−へリックス構造を破壊する可能性がない場合には使用しても良い。
【0056】
N36結合ペプチドユニットが保護アミノ酸を有する場合、保護基としては以下のものが例示できる。エトキシカルボニル基、メトキシカルボニル基、9−フルオレニルメトキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基、4−メトキシベンジルオキシカルボニル基、2,2,2−トリクロロエチルオキシカルボニル基、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が例示できる。
【0057】
R1〜R6(R1、R2、R3、R4、R5及びR6)は、同一又は異なってH、アルキル基、アリール基又はアラルキル基を示す。
【0058】
アルキル基としては、例えば、C1〜C4の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が挙げられ、好ましくは、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、tert-ブチル等が挙げられる。アリール基としては、例えばフェニル基、置換基を有するフェニル基が例示できる。置換基としては、上で例示したアルキル基、ハロゲン原子、シアノ、カルボン酸、ニトロ、アミノ、アセチルアミノ、アルコキシ基、水酸基等が例示できる。置換基の数は特に限定されず、1〜5、好ましくは1〜3である。
【0059】
Y'はH、R7CO−、トルエンスルホニル基又はメタンスルホニル基を示す。R7はアルキル基、置換基を有していてもよいフェニル基又は置換基を有していてもよいベンジル基を示す。アルキル基は上述したものが使用できる。置換基の例示又は数も上で例示した通りである。
【0060】
n1は、モジュール構造1がC末端の場合は1であり、C末端の場合以外は0である。n2は、モジュール構造2がC末端の場合は1であり、C末端の場合以外は0である。
【0061】
m1は、モジュール構造1がN末端の場合は1であり、N末端の場合以外は0である。m2は、モジュール構造2がN末端の場合は1であり、N末端の場合以外は0である。m3は、モジュール構造3がN末端の場合は1であり、N末端の場合以外は0である。
【0062】
また、モジュール構造1〜3において、アミノ酸は−NH−CH(R')−CO−(R'はアミノ酸の側鎖を示す。)を意味するものとする。
【0063】
本発明のポリペプチドは、上記モジュール構造1〜3の少なくとも1種、好ましくは、モジュール構造1〜3を少なくとも1種以上含むポリペプチドである。本発明のポリペプチドが、モジュール構造として同じモジュール構造のみからなっていても良い。
【0064】
本発明のポリペプチドは、上記モジュール構造を例えば2〜15個、好ましくは3〜12個、更に好ましくは4〜10個含むことができ、特に5〜7が好ましい。各モジュール構造の結合順序は、N36結合ペプチドユニットがα−へリックス構造をとり、N36と結合する限り限定されない。
【0065】
例えば、N36結合ペプチドユニットが抗HIV剤として使用される場合の好ましい態様のうちの1つとして、モジュール構造1をアミノ末端(以下、「N末端」という。)に有するポリペプチドが挙げられ、その中でも、N末端に位置するモジュール構造1が「Trp-Z-Glu-Trp-Asp-Arg-Lys」(「Z」は、ノルロイシン、メチオニン又はグルタミン酸を表す。)であることが特に好ましい。
【0066】
また、もう1つの好ましい態様として、モジュール構造3がC末端に位置するポリペプチドも例示でき、その中でもX'が−NH2のものがより好ましい。
【0067】
N36結合ペプチドユニットにおいて、各モジュール間にモジュール構造を形成するアミノ酸以外のアミノ酸が存在しないことが特に好ましい。しかしながら、本発明のポリペプチドがα−へリックスを形成し、N36と結合することができる限り、各モジュール構造間に7個の任意のアミノ酸からなる7アミノ酸挿入配列が含まれていても良い。N末端又はC末端であれば、1〜6個の任意のアミノ酸を付加してもよい。
【0068】
任意のアミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、セリン、スレオニン、システイン、システイン酸、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン、プロリン、オルニチン、サルコシン、β−アラニン、ノルロイシン、ナフチルアラニン等が例示できる。これらのアミノ酸は、上述した通り保護基を有していてもよい。
【0069】
なお、プロリンは、使用によりα−へリックス構造を破壊する可能性がある場合には使用しないほうが良いが、N末端又はC末端に位置してα−へリックス構造を破壊する可能性がない場合には使用しても良い。
【0070】
モジュール間に含まれてもよい7アミノ酸挿入配列としては、例えば「X2a−A2A2−X2bX2c−A1A1」(X2a、X2b、X2c、A1及びA2は前記で定義した通りである。)が好ましい態様として例示できる。
【0071】
この7アミノ酸挿入配列は、例えば、モジュール構造間であれば1個、N末端又はC末端であれば1〜3個、本発明のポリペプチドに含むことができる。
【0072】
更に、N36結合ペプチドユニットは、そのN末端及び/又はC末端に、N36に結合し得る化合物を有することもできる。
【0073】
N36結合ペプチドユニットは、アミノ酸を、例えば13又は14〜104又は105個、好ましくは13又は14〜83又は84個、より好ましくは13又は14〜48又は49個、特に好ましくは34又は35個有することができる。
【0074】
N36結合ペプチドユニットにおいて使用されるアミノ酸は、L体(Lアミノ酸)が好ましいが、D体を用いても良い。D体を用いる場合には、全ての光学活性アミノ酸をD体にする必要がある。
【0075】
更には、本発明のポリペプチドにおけるペプチド結合(-NH-CO-⇔-N=C(OH)-)を、それと生物学的に等価な結合、例えば、アルケン(-CH=CH-)又はフルオロアルケン(-CF=CH-)とすることも可能である。アルケンについては、例えば、S. Oishi, T. Kamano, A. Niida, Y. Odagaki, N. Hamanaka, M. Yamamoto, K. Ajito, H. Tamamura, A. Otaka, and N. Fujii. Diastereoselective Synthesis of New Ψ[(E)-CH=CMe]- and Ψ[(Z)-CH=CMe]-type Alkene Dipeptide Isosteres by Organocopper Reagents and Application to Conformationally Restricted Cyclic RGD Peptidomimetics. J. Org. Chem. 2002, 67, 6162-6173.等に記載されており、フルオロアルケンについては、例えば、A. Otaka, H. Watanabe,A. Yukimasa, S. Oishi, H. Tamamura, and N. Fujii. New Access to a-Substituted (Z)-Fluoroalkene Dipeptide Isosteres Utilizing Organocopper Reagents under "Reduction-Oxidative Alkylation (R-OA)" Conditions. Tetrahedron Lett. 2001, 42, 5443-5446.等に記載されている。
【0076】
N36結合ペプチドユニットの好ましい態様として、例えば以下の式で表されるポリペプチドが例示できる(MS1はモジュール構造1を示し、MS2はモジュール構造2を示す、MS3はモジュール構造3を示し、AAは7つのアミノ酸からなる挿入配列を示す。);
MS1−MS1−MS1−MS1−MS1、MS2−MS2−MS2−MS2−MS2、MS3−MS3−MS3−MS3−MS3、AA−MS1−MS1−MS1−MS1、MS1−AA−MS1−MS1−MS1、MS1−MS1−AA−MS1−MS1、MS1−MS1−MS1−AA−MS1、MS1−MS1−MS1−MS1−AA、AA−MS2−MS2−MS2−MS2、MS2−AA−MS2−MS2−MS2、MS2−MS2−AA−MS2−MS2、MS2−MS2−MS2−AA−MS2、MS2−MS2−MS2−MS2−AA、MS3−AA−MS3−MS3−MS3、MS3−MS3−AA−MS3−MS3、MS3−MS3−MS3−AA−MS3、MS3−MS3−MS3−MS3−AA、AA−MS3−MS3−MS3−MS3、MS1−MS2−AA−MS1−MS3、MS1−MS2−MS2−MS1−MS3、MS1−AA−MS2−MS1−MS3、MS1−MS2−MS1−AA−MS3、MS1−MS2−MS2−MS1−MS3、MS1−MS1−MS2−MS1−MS3、MS1−MS1−MS2−MS2−MS3、MS1−MS1−MS2−MS3−MS3、MS1−MS1−MS1−MS1−MS3、MS1−MS1−MS1−MS2−MS3、MS1−MS1−MS1−MS3−MS3、MS1−MS1−MS3−MS1−MS3、MS1−MS1−MS3−MS2−MS3、MS1−MS1−MS3−MS3−MS3、MS1−MS2−MS1−MS1−MS3、MS1−MS2−MS1−MS2−MS3、MS1−MS2−MS1−MS3−MS3、MS1−MS2−MS2−MS2−MS3、MS1−MS2−MS2−MS3−MS3、MS1−MS2−MS3−MS1−MS3、MS1−MS2−MS3−MS2−MS3、MS1−MS2−MS3−MS3−MS3、MS1−MS3−MS1−MS1−MS3、MS1−MS3−MS1−MS2−MS3、MS1−MS3−MS1−MS3−MS3、MS1−MS3−MS2−MS1−MS3、MS1−MS3−MS2−MS2−MS3、MS1−MS3−MS2−MS3−MS3、MS1−MS3−MS3−MS1−MS3、MS1−MS3−MS3−MS2−MS3、MS1−MS3−MS3−MS3−MS3。
【0077】
N36タンパク質の更に好ましい具体例としては、例えば、「Ac-Trp-Nle-Glu-Trp-Asp-Arg-Lys-Ile-Glu-Glu-Tyr-Thr-Lys-Lys-Ile-Lys-Lys-Leu-Ile-Glu-Glu-Ser-Gln-Glu-Gln-Gln-Glu-Lys-Asn-Glu-Lys-Glu-Leu-Lys-NH2」(SC34−a)、「Ac-Trp-Met-Glu-Trp-Asp-Arg-Lys-Ile-Glu-Glu-Tyr-Thr-Lys-Lys-Ile-Lys-Lys-Leu-Ile-Glu-Glu-Ser-Gln-Glu-Gln-Gln-Glu-Lys-Asn-Glu-Lys-Glu-Leu-Lys-NH2」(SC34−b)、「Ac-Trp-Nle-Glu-Trp-Asp-Arg-Lys-Ile-Glu-Glu-Tyr-Thr-Lys-Lys-Ile-Glu-Glu-Leu-Ile-Lys-Lys-Ser-Gln-Glu-Gln-Gln-Glu-Lys-Asn-Glu-Lys-Glu-Leu-Lys-NH2」(SC34(EK)−a)、「Ac-Trp-Met-Glu-Trp-Asp-Arg-Lys-Ile-Glu-Glu-Tyr-Thr-Lys-Lys-Ile-Glu-Glu-Leu-Ile-Lys-Lys-Ser-Gln-Glu-Gln-Gln-Glu-Lys-Asn-Glu-Lys-Glu-Leu-Lys-NH2」(SC34(EK)−b)、「Ac-Trp-Glu-Glu-Trp-Asp-Lys-Lys-Ile-Glu-Glu-Tyr-Thr-Lys-Lys-Ile-Glu-Glu-Leu-Ile-Lys-Lys-Ser-Glu-Glu-Gln-Gln-Lys-Lys-Asn-Glu-Glu-Glu-Leu-Lys-Lys-NH2」(SC35EK)(「Ac」はアセチル基を示す。)等を例示することができる。
【0078】
上記のN36タンパク質は、HIVに有効な配列を中心に例示したが、サル免疫不全ウイルス(SIV)、牛免疫不全様ウイルス(BIV)に対するN36タンパク質のアミノ酸配列についても、対応する免疫不全をひき起こすレトロウイルスのC34ペプチド配列に従って、同様に設計することができる。
【0079】
N36タンパク質は、哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのgp41タンパク質中のα−へリックス構造を有するC34の3量体が結合する、α−へリックス構造を有するタンパク質であり、C34の3量体とN36の3量体が結合して6量体を形成するものである。
【0080】
N36結合ペプチドユニットとしては、C34あるいはその誘導体が挙げられる。N36に結合性を有するC34誘導体としては、C34の水溶性・安定性を向上させるなどの目的でアミノ酸残基を置換または伸張・短縮した誘導体が含まれる。例えば特開2003-176298号公報に記載されるような、6個又は7個のアミノ酸からなる複数のモジュール構造を有し、i位、i+4位のアミノ酸がそれぞれ酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸という組み合わせ(又はその逆の組み合わせでも良い)にすることにより、両者間にsalt bridgeが形成され、本発明ポリペプチドのα−へリックスが形成されやすくしたものが挙げられる。本明細書では、C34タンパク質のi位とi+4位のアミノ酸がそれぞれ酸性アミノ酸(Glu(E)を代表例として「E」と表示する)、塩基性アミノ酸(Lys(K)を代表例として「K」と表示する)で置換されたモジュール(X-EE-XX-KK)を1つ含有する誘導体を「SC34」誘導体、2つ以上含有する誘導体を「SC34EK」誘導体と表示することがある。
【0081】
N36結合ペプチドユニットには、ペプチド末端がカルボキシル基やアミノ基のものや、融合タンパク質からN36結合ペプチドユニットの切断の際に他の化学構造(アミド基やラクタム環など)に置換された誘導体も含まれる。また、得られた融合タンパク質・ペプチドのペプチド末端を、常法により他の化学構造に置換した状態でもよい。さらに、ペプチドの状態だけでなく、ペプチド結合をアルケン、フルオロアルケン、アルカンなどの炭素結合やエーテル結合などの構造で置換した誘導体の形でも本ペプチドは利用可能である。ペプチド結合の置換により、酵素による分解を受けにくくなり生体内での安定性の向上が期待できる。
【0082】
更に、本発明において「N36結合ペプチド」とは、「N36結合ペプチドユニット」、「N36結合ペプチドユニット」が直接又は任意のアミノ酸配列を介在させて結合したもの(以下、結合物ともいう)、並びに「N36結合ペプチドユニット」及び「結合物」の前後に更に1又は複数個のアミノ酸が付加したものを意味する。
【0083】
本発明において、トロンビン認識配列及びN36結合ペプチドをコードするDNAは、そのアミノ酸配列をもとにして、宿主におけるコドンユーセージを考慮して塩基配列を決定し、DNA/RNA自動合成機を用いて、センス鎖の部分配列とアンチセンス鎖の部分配列を一部がオーバーラップするように合成し、PCR法によってより長い部分配列を二本鎖DNAとして得るという操作を繰り返すことによって、得ることができる。
【0084】
本発明において、上記3種類のDNAに更に精製用のアミノ酸配列をコードするDNAが融合されていても良い。精製用のアミノ酸配列としては、例えばHisタグ、GST、MBP(マルトース結合蛋白)などが挙げられ、好ましくはHisタグである。このような精製用のアミノ酸配列がN36結合ペプチドユニットと結合していることで、アフィニティークロマトグラフによるN36結合ペプチドの精製が可能になる。
【0085】
また、本発明において、発現後に目的とするN36結合ペプチドを容易に回収できるように、更にペプチド結合が切断可能な認識部位を介在させて、上記3又は4種類のDNAを融合させるのが好ましい。該認識部位としては、プロセッシング酵素、消化酵素などのプロテアーゼで切断可能なアミノ酸配列(2以上のアミノ酸からなる)、システインやメチオニンなどの化学修飾剤、超音波、レーザー、熱などの物理的開裂により切断可能なアミノ酸などが挙げられる。認識部位を切断可能な消化酵素(プロセッシング酵素)としては、好ましくは第Xa因子、レニン、トロンビン、トリプシン、V8プロテアーゼ、Pseudomonasエンドプロテアーゼ、Arthrobacterリシルエンドペプチダーゼ等が挙げられ、認識部位としては、例えば第Xa因子認識配列であるIle-Glu-Gly-Argが挙げられる。化学修飾剤としては、Metを認識するCNBr(Cyanogen bromide)、Asn、Asp、Gluを認識する希塩酸、及びCysを認識するDMAP-CNが挙げられる。
【0086】
N36結合ペプチドをタンパク質A、トロンビン認識配列及び精製用アミノ酸配列と融合して発現させる場合(以下、N36結合ペプチドとタンパク質A及びトロンビン認識配列(更に必要に応じて精製用アミノ酸配列) を融合したタンパク質を融合タンパク質ということがある)、このN36結合ペプチドのN, C両末端に、Met-Gln配列を挿入することによって、CNBrなどの化学試薬により、融合タンパク質から抗HIVの活性体であるN36結合ペプチドを切断することができる。そのN末端は、Met-Gln間の結合が切断され、Met残基が遊離し、Glnが酸性条件下で自動的に環状化して、ピログルタミン酸残基となる。また、そのC末端は、Met-Gln間の結合が切断されMet残基の自動修飾によりホモセリンラクトン基に環状化する。このように、両末端が環状化することにより、血中でのペプチダーゼ分解耐性が向上し、in vitroでの生物活性、生物物理特性の維持が期待できる(Bioorganic and medicinal Chemistry, 17(2009), p.7964-7970)。また、N36結合タンパク質ユニットをタンデムに結合させて発現させる場合に、N36結合ペプチドユニット間にこのMet-Gln配列を介在させておくことにより、タンデムに発現後に化学試薬によりN36結合ペプチドユニットを容易に得ることができる。
【0087】
切断と環化の具体的な方法として、次の方法が挙げられる。融合タンパク質を酸性条件(70%ギ酸もしくは0.1N塩酸溶液もしくは0.1Nトリフルオロ酢酸溶液)下で、融合タンパク質配列中のメチオニン1残基に対して、10当量のTCEP(Tris(2-carboxyethyl)phosphine Hydrochloride)存在下、100当量のCNBrを60℃で2時間反応させることで目的の化合物を得ることができる。
【0088】
上記3又は4種類の融合したDNAの順序は、本発明の効果が得られるものであればどのような順序であってもよいが、好ましくは5'末端からタンパク質A→トロンビン認識配列→N36結合ペプチド、又はタンパク質A→トロンビン認識配列→精製用アミノ酸配列→N36結合ペプチドの順である。
【0089】
酵母の形質転換体
本発明の実施態様1の酵母の形質転換体は、上記実施態様1のDNAを含む遺伝子発現カセットを導入した酵母の形質転換体であることを特徴とする。
【0090】
本発明の遺伝子発現カセットには、プロモーター、タンパク質AをコードするDNA、トロンビン認識配列をコードするDNA及びN36結合ペプチドをコードするDNA(必要に応じて、更に精製用のアミノ酸配列をコードするDNA)を融合したDNA(以下、融合DNAと言うことがある)、並びにターミネーターが含まれる。
【0091】
上記プロモーターは、宿主となる酵母で機能し得るプロモーターであれば特に限定されないが、例えばPHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADH1プロモーター、GALプロモーター、GAL1プロモーターなどのプロモーターが挙げられる。また、これらのプロモーターに配列改変を加えた改良型のプロモーターであってもよい。上記ターミネーターは、通常使用されている天然または合成のターミネーターを用いることができ、宿主となる酵母で機能し得るターミネーターであれば特に限定されない。
【0092】
本発明の遺伝子発現カセットには、マーカー遺伝子が含まれていても良く、コトランスフォーメーションを行う場合は、当該遺伝子発現カセットとは別のフラグメント又はプラスミドにマーカー遺伝子が存在していれば良い。
【0093】
上記マーカー遺伝子は、宿主となる酵母で発現できるものであればよく、例えば、ジェネティシンに対する耐性遺伝子や、栄養要求性に関与する遺伝子変異を相補する遺伝子、LEU2, URA3, TRP1, HIS3などが挙げられる。
【0094】
本発明において宿主として用いる酵母としては、例えば、サッカロミセス属、ハンゼヌラ属、ピキア属、シゾサッカロミセス属、クリベロマイセス属に属する酵母が挙げられ、具体的には、サッカロミセス・セレビシエ、ピキア・パストリス、ピキア・メタノリカ、シゾサッカロミセス・ポンベ、ハンゼヌラ・アノマーラ、クリベロマイセス・ラクティスなどが挙げられる。中でも、サッカロミセス・セレビシエが好ましく、YNN27株が最も好ましい。形質転換株を容易に選択できるので、好ましくは導入するマーカー遺伝子が変異した変異株あるいは導入するマーカー遺伝子が破壊された株を用いる。
【0095】
酵母に対して上記遺伝子発現カセットを導入する方法は、公知の手法を採用でき、例えば、PEG−カルシウム法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。
【0096】
N36結合ペプチドの製造方法
本発明の実施態様1のN36結合ペプチドの製造方法は、上記実施態様1の形質転換体を培養して培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程、及び
該培養物からN36結合ペプチドを採取する工程
を有することを特徴とする。
【0097】
・培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程
本工程では、形質転換体がN36結合ペプチドを培養物中に生成し、N36結合ペプチドが培養物中に蓄積されることを特徴とし、上記培養物とは、培地と形質転換体を意味する。また、形質転換体を液体培地で培養して、N36結合ペプチドを形質転換体外に分泌させることにより、菌体外に分泌生産する際にトロンビン認識配列で切断され、N36結合タンパク質をリーダー配列無しで分泌生産することができる。
【0098】
本発明の形質転換体を培養するために用いられる培地としては、炭素源としてグルコース、フルクトース、グリセロール、スターチなどの炭水化物を含有するものである。また、無機もしくは有機窒素源(例えば硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、カゼインの加水分解物、酵母抽出物、ポリペプトン、バクトトリプトン、ビーフ抽出物等)を含んでいてもよい。これらの炭素源および窒素源は、純粋な形で使用する必要はなく、純度の低いものも微量の生育因子や無機栄養素を豊富に含んでいるので有利である。さらに所望により、他の栄養源[例えば、無機塩(例えば、二リン酸ナトリウム、二リン酸カリウム、リン酸水素二カリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム)、ビタミン類(例えば、ビタミンB1)、抗生物質(例えば、アンピシリン,カナマイシン)など]を培地中に添加してもよい。特に酵母抽出物0.01〜10%(w/v)、ペプトン0.01〜10%(w/v)、及びガラクトース0.1〜20%(w/v)を含む培地で培養を行うことがN36結合ペプチドが高生産されるため好ましい。
【0099】
形質転換体の培養温度は、通常25〜35℃、好ましくは約28〜32℃であり、培養時間は、通常、約24〜72時間である。これらは培養条件及び培養規模によって適宜変更することができる。
【0100】
・培養物から上記タンパク質とN36結合ペプチドを採取する工程
本工程では、培養物中から形質転換体が生成したN36結合ペプチドを精製することにより、N36結合ペプチドを回収することを特徴とする。
【0101】
N36結合ペプチドの精製は、該N36結合ペプチドが精製用のアミノ酸配列(好ましくはHisタグ)と結合している場合は、アフィニティークロマトグラフにより行うことができる。N36結合ペプチドが精製用のアミノ酸配列を有していない場合は、イオン交換、疎水、ゲルろ過等の各種クロマトグラフィー等の精製操作により精製することができ、この場合、N36ペプチドを利用して精製することも可能である。
【0102】
本発明の製造方法では、前記の2工程に加えて、更に培養物から回収したN36結合ペプチドに臭化シアンを作用させ、N末端にピログルタミン酸残基、C末端にホモセリンラクトン基が導入されたN36結合ペプチドユニットを取得しても良い。
【0103】
<実施態様2>
DNA
本発明の実施態様2のDNAは、配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つシグナル配列として機能するポリペプチドをコードするDNA、HisタグをコードするDNA及び哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNAであることを特徴とする。
【0104】
配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つシグナル配列として機能するポリペプチド(以下、ポリペプチドBともいう)としては、当該アミノ酸配列における同一性が80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上であるものが望ましく、例えば、サッカロミセス・セレビシエ由来のαファクターのプレプロ配列が挙げられる。当該αファクターのプレプロ配列の塩基配列とアミノ酸配列はそれぞれ、配列表に配列番号5、配列番号2として示されている。ポリペプチドBがシグナル配列として機能することでN36結合ペプチドを菌体外に分泌することが可能となる。
【0105】
本発明においてHisタグとはヒスチジン6残基を含むアミノ酸配列であり、HisタグがN36結合ペプチドと結合していることで、N36結合タンパク質の高生産が可能になる上、分泌生産した後のN36結合ペプチドの安定性も向上させることができる。更に、アフィニティークロマトグラフによるN36結合ペプチドの精製が可能になる。
【0106】
また、本発明において、発現後に目的とするN36結合ペプチドを容易に回収できるように、更にペプチド結合が切断可能な認識部位を介在させて、上記3種類のDNAを融合させるのが好ましい。該認識部位としては、プロセッシング酵素、消化酵素などのプロテアーゼで切断可能なアミノ酸配列(2以上のアミノ酸からなる)、システインやメチオニンなどの化学修飾剤、超音波、レーザー、熱などの物理的開裂により切断可能なアミノ酸などが挙げられる。認識部位を切断可能な消化酵素(プロセッシング酵素)としては、好ましくは第Xa因子、レニン、トリプシン、V8プロテアーゼ、Pseudomonasエンドプロテアーゼ、Arthrobacterリシルエンドペプチダーゼ等が挙げられ、認識部位としては、例えば第Xa因子認識配列であるIle-Glu-Gly-Argが挙げられる。化学修飾剤としては、Metを認識するCNBr(Cyanogen bromide)、Asn、Asp、Gluを認識する希塩酸、及びCysを認識するDMAP-CNが挙げられる。
【0107】
N36結合ペプチドをポリペプチドB及びHisタグと融合して発現させる場合、このN36結合ペプチドのN, C両末端に、Met-Gln配列を挿入することによって、CNBrなどの化学試薬により、抗HIVの活性体であるN36結合ペプチドを切断することができる。
【0108】
上記 3種類の融合したDNAの順序は、本発明の効果が得られるものであればどのような順序であってもよいが、好ましくは5'末端からポリペプチドB→Hisタグ→N36結合ペプチドの順である。
【0109】
N36結合ペプチド、及びN36結合ペプチドユニットについては前記の内容と同様である。
【0110】
遺伝子発現カセット
本発明の実施態様2の遺伝子発現カセットには、プロモーター、上記実施態様2のDNA、及びターミネーターが含まれる。
【0111】
上記プロモーターは、宿主となる酵母で機能し、本発明の効果を得ることができるプロモーターであれば特に限定されないが、配列番号3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つ酵母においてプロモーターとして機能するDNAを含むものが好ましい。当該DNAの同一性としては、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上、特に好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上である。このようなプロモーターとしては、サッカロミセス・セレビシエ由来のGAL1プロモーターが挙げられる。当該GAL1プロモーターの塩基配列は、配列表に配列番号3として示されている。上記ターミネーターは、通常使用されている天然または合成のターミネーターを用いることができ、宿主となる酵母で機能し得るターミネーターであれば特に限定されない。
【0112】
本発明の遺伝子発現カセットには、マーカー遺伝子が含まれていても良く、コトランスフォーメーションを行う場合は、当該遺伝子発現カセットとは別のフラグメント又はプラスミドにマーカー遺伝子が存在していれば良い。
【0113】
上記マーカー遺伝子は、宿主となる酵母で発現できるものであればよく、例えば、ジェネティシンに対する耐性遺伝子や、栄養要求性に関与する遺伝子変異を相補する遺伝子、LEU2, URA3, TRP1, HIS3などが挙げられる。
【0114】
酵母の形質転換体
本発明の実施態様2の酵母の形質転換体は、上記実施態様2の遺伝子発現カセットを導入した酵母の形質転換体であることを特徴とする。
【0115】
酵母及び遺伝子発現カセットを導入する方法については前記の内容と同様である。
【0116】
N36結合ペプチドの製造方法
本発明の実施態様2のN36結合ペプチドの製造方法は、上記実施態様2の形質転換体を培養して培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程、及び
該培養物からN36結合ペプチドを採取する工程
を有することを特徴とする。
【0117】
・培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程
本工程では、形質転換体がN36結合ペプチドを培養物中に生成し、N36結合ペプチドが培養物中に蓄積されることを特徴とし、上記培養物とは、培地と形質転換体を意味する。好ましくは、培養を酵母抽出物0.01〜10%(w/v)、ペプトン0.01〜10%(w/v)、及びガラクトース0.1〜20%(w/v)を含む培地で行うことを特徴とする。また、形質転換体を液体培地で培養することで、N36結合ペプチドを形質転換体外に分泌させ、培地中に生成蓄積させることができる。
【0118】
本発明の形質転換体を培養するために使用する培地は、酵母抽出物を0.01〜10%(w/v)、好ましくは0.5〜5%(w/v)、より好ましくは1〜2%(w/v)、ペプトンを0.01〜10%(w/v) 、好ましくは0.5〜5%(w/v)、より好ましくは1〜2%(w/v)、ガラクトースを0.1〜20%(w/v) 、好ましくは1〜10%(w/v)、より好ましくは2〜5%(w/v)を含むものである。これら以外にも培地成分として、前述する成分を本願発明の効果が得られる限り添加しても良い。このような培地を使用することで、N36結合ペプチドを高生産させることができ、分泌生産した後のN36結合ペプチドの安定性も向上させることができる。
【0119】
形質転換体の培養温度は、通常25〜35℃、好ましくは約28〜32℃であり、培養時間は、通常、約24〜72時間である。これらは培養条件及び培養規模によって適宜変更することができる。
【0120】
・培養物から上記タンパク質とN36結合ペプチドを採取する工程
本工程では、培養物中から形質転換体が生成したN36結合ペプチドを精製することにより、N36結合ペプチドを回収することを特徴とする。
【0121】
N36結合ペプチドの精製は、該N36結合ペプチドがHisタグと結合している場合は、アフィニティークロマトグラフにより行うことができる。N36結合ペプチドが精製用のアミノ酸配列を有していない場合は、イオン交換、疎水、ゲルろ過等の各種クロマトグラフィー等の精製操作により精製することができ、この場合、N36ペプチドを利用して精製することも可能である。
【0122】
本発明の製造方法では、前記の2工程に加えて、更に培養物から回収したN36結合ペプチドに臭化シアンを作用させ、N末端にピログルタミン酸残基、C末端にホモセリンラクトン基が導入されたN36結合ペプチドユニットを取得しても良い。
【0123】
哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウィルス感染症(エイズ)の予防又は治療剤
本発明の哺乳動物のエイズ予防又は治療剤は、上記実施態様1及び2の製造方法により得られたN36結合ペプチドを有効成分とすることを特徴とする。上記哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウィルスは、好ましくはヒト免疫不全ウィルス(HIV)である。後記の試験例2により上記製造方法により得られたN36結合ペプチドがHR1とC34の結合を阻害することから、哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウィルス感染症の予防又は治療剤と有効であることが推認できる。
【0124】
また、本発明の哺乳動物にエイズ予防又は治療剤は、その使用形態に応じて、生物学的に許容される担体、賦形剤等を任意に含有できる。本発明の哺乳動物にエイズ予防又は治療剤は、常套手段に従って製造することができる。例えば、必要に応じて糖衣や腸溶性被膜を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤などとして経口的に、軟膏、硬膏等の外用剤、噴霧剤、吸入剤などとして経皮的、経鼻的もしくは経気管的に、又は水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液もしくは懸濁液剤などの注射剤の形で非経口的に使用できる。
【0125】
本発明のエイズ予防又は治療剤の投与量は、症状などにより差異はあるが、経口投与の場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、一日につき約100mg〜4000mg、好ましくは約200mg〜3000mg、より好ましくは約300mg〜2000mgで効き得る。非経口的に投与する場合は、その1回投与量は投与対象、症状、投与方法などによっても異なるが、たとえば注射剤の形では成人(体重60kgとして)への投与においては、一日につき約0.00001gから1g、好ましくは約0.01mgから30mg、より好ましくは約0.1mgから20mg程度、さらに好ましくは約0.1mgから10mg程度を静脈注射により投与するのが好都合である。この投与量は他の動物の場合も同様である。
【実施例】
【0126】
以下、本発明を更に詳しく説明するため製造例及び試験例を挙げる。しかし、本発明はこれら製造例等になんら限定されるものではない。
【0127】
製造例:酵母用発現ベクターの作成
(1)リーダー配列を含む発現ベクターの作成
酵母で、配列番号6で示されるSC35EKを分泌発現させるためのベクターを作成した。Gal1プロモーターを持つ多コピー型のpYES2ベクターを選択し、分泌させるためのリーダー配列としてαファクターのプレプロ配列(配列番号2、5)または麹菌由来のCelAタンパク質(配列番号1、4)と、その下流に精製のためのHisタグとトロンビン認識配列(配列番号7、8)を挿入した。pYES2/CTベクターのKpnI/BamHIサイトにリーダー配列を、SacI/BamIサイトにHisタグ/トロンビンサイトを挿入し、図1に示すpYES2-αFおよびpYES2-CelAを作成した。
【0128】
・実験方法
αファクターのプレプロ配列のcDNA配列を含むYEpFLAG1 ベクター(Sigma社)またはCelAのcDNA配列を含むpYCUEベクターをテンプレートにPCR法を用いて、5'末端にKpnI(GGATCC)を3'末端にSacI(GAGCTC)の制限酵素認識部位をそれぞれ付加したαファクターのプレプロ配列、またはCelAのcDNAを増幅した。さらに、5'末端にSacIを3'末端にBamHI(GGATCC)の制限酵素の認識部位を付加したHisタグおよびその下流にトロンビン認識配列をコードするcDNA配列を、プライマーをテンプレートにクレノーフラグメント(TOYOBO)を用いた伸長反応により合成した。
【0129】
KpnI/BamHIで制限酵素処理したpBlueScriptII KS(+)ベクター(Takara)と、KpnI/SacIで制限酵素処理したαファクターのプレプロ配列またはCelAのPCR産物、SacI/BamHIで制限酵素処理したHisタグ/トロンビンサイトをDNA Ligation Kit Ver2.1 (Takara)を用いてそれぞれライゲーションした。ライゲーション液で大腸菌JM109株を形質転換し、抗生物質であるアンピシリンを含むLB寒天培地およびLB培地を用いて、目的のベクターを含む形質転換体を選択・培養し、大腸菌からPlasmid Mini Kit (QIAGEN)を用いてプラスミドを精製した。得られたプラスミドの塩基配列を確認し、目的のプラスドpBSII KS-αFおよびpBSII KS-CelAとした。
【0130】
得られたpBSII KS-αFおよびpBSII KS-CelAをそれぞれKpnI/BamHIサイトで切断後、1.2%アガロースゲル電気泳動で展開後、DNA断片をゲルから抽出し、精製した。精製したDNA断片を、KpnI/BamHIで制限酵素処理したpYES2/CTベクター(Invitrogen)に組み込み、大腸菌JM109を形質転換した。アンピシリンを含むLB寒天培地およびLB培地を用いて、目的のベクターを含む形質転換体を選択・培養し、目的のプラスドpYES2-αFおよびpYES2-CelAを得た。
【0131】
(2)SC35EKペプチド配列を含むベクターの作成
次に、図2に示すとおり、pYES2-αFおよびpYES2-CelAの下流に、目的のペプチドSC35EKのcDNA配列(配列番号9又は10)を挿入した。SC35EKは、N末端側からメチオニン、グルタミンの順番になるように、2残基のアミノ酸配列をそれぞれSC35EKの両末端に配置させた。このように設計することで、酸性条件下、臭化シアンと反応させることによって、SC35EKが切り出されることが期待される。また、環化型ペプチドの収率の向上を期待して、3量体を合成した。
【0132】
・実験方法
MQ-SC35EK-MQおよびM-(Q-SC35EK-M)3-Qで表されるcDNA塩基配列を有する核酸を、クレノーフラグメントを用いた伸長反応と、PCR法を用いてそれぞれ合成した。これらは、それぞれ5'末端にBamHIと3'末端にEcoRI(GAATTC)またはXhoI(CTCGAG)の制限酵素認識部位を有している。
【0133】
BamHI/EcoRIまたはBamHI/XhoIで制限酵素処理したpBlueScriptII SK(+)ベクター(Takara)と、BamHI/EcoRIで制限酵素処理したMQ-SC35EK-MQのPCR産物、BamHI/XhoIで制限酵素処理したM-(Q-SC35EK-M)3-QのPCR産物をDNA Ligation Kit Ver2.1を用いてそれぞれライゲーションした。ライゲーション液で大腸菌JM109株を形質転換し、抗生物質であるアンピシリンを含むLB寒天培地およびLB培地を用いて、目的のベクターを含む形質転換体を選択・培養し、大腸菌からPlasmid Mini Kitを用いてプラスミドを精製した。得られたプラスミドの塩基配列を確認し、目的のプラスドpBSII SK-MQ-SC35EK-MQおよびpBSII SK-M-(Q-SC35EK-M)3-Qとした。
【0134】
得られたpBSII SK-MQ-SC35EK-MQおよびpBSII SK-M-(Q-SC35EK-M)3-QをそれぞれBamHI/EcoRIサイトまたはBamHI/XhoIサイトで切断後、1.2%アガロースゲル電気泳動で展開後、DNA断片をゲルから抽出し、精製した。精製したDNA断片を、BamHI/EcoRIまたはBamHI/XhoIで制限酵素処理したpYES2-αFおよびpYES2-CelAベクターに組み込み、大腸菌JM109を形質転換した。アンピシリンを含むLB寒天培地およびLB培地を用いて、目的のベクターを含む形質転換体を選択・培養し、pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQ、pYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-Q、pYES2-CelA-MQ-SC35EK-MQ、pYES2-CelA-M-(Q-SC35EK-M)3-Q)を作成した。
【0135】
試験例1:酵母での分泌発現条件の検討
分泌リーダー配列(αプレプロ、CelA)、宿主(YNN27株、BY2777株、INVSc1株、)、培地組成(発現誘導培地)、培養時間(0〜30時間)を検討し、酵母での分泌発現条件を検討した。
【0136】
・実験方法
製造例で得られたプラスミド用いて、実験室酵母のYNN27株(MATα,ura3, trp1)、プロテアーゼ欠損株株BY2777株(MATa, prb1-1122, prc1-407, pep4-3,ura3-52, leu2, trp1)、およびINVSc1株(Invitrogen)(MATa,his3D1,leu1,trp1-289,ura3-52)をそれぞれ形質転換した。それぞれ単離されたコロニーを拾い出し、ウラシル要求性培地中(0.67% (w/v) Yeast nitrogenbase、0.37% (w/v)amino acid mix (-Ura) (クロンテック社)、2% (w/v)ガラクトース)、30℃で一晩培養し、この培養液をOD600が0.4になるように、発現誘導培地(ウラシル要求性ガラクトース培地(0.67% (w/v) Yeast nitrogenbase、0.37% (w/v)amino acid mix (−Ura)、2% (w/v)ガラクトース)、またはYPG培地(2%(w/v)ペプトン、1%(w/v)酵母エキス、2%(w/v)ガラクトース))で希釈し、30℃で振とう培養することでタンパク質の発現誘導をかけた。発現誘導後、経時的にサンプリングを行い、3,000 rpmで20分間遠心分離することにより培養上清を回収した。培養上清中にNi-NTAアガロース(QIAGEN)を加えて2時間攪拌後、Ni-NTAアガロースを回収し、洗浄バッファー(20 mMリン酸バッファー、pH 6.0、0.5 M NaCl)で洗浄した。各時間での目的タンパク質の発現は、SDS-PAGE(15〜20%または10〜20%グラジエントゲル)を用いて解析した。
【0137】
・結果
図3に、pYES2-αF 、pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQ、pYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株、BY2777株、INVSc1株の形質転換体を用いて発現誘導をかけたときの結果を示す。ウラシル要求性ガラクトース培地を用いて発現誘導を行った際には、培養上清中に目的のタンパク質は確認できなかった。しかしながら、YPG培地を用いて発現誘導を行った場合には、図3に示すとおり、発現誘導6〜24時間後の培地中に目的タンパク質の理論値付近にバンドが確認できた。以上の結果から、ウラシル要求性培地をYPGに変えたことで、いずれの酵母株を用いた場合にも発現が確認できた。また、YNN27株は発現後の生産物が他の株を用いた場合よりも安定で、培養時間を長くすることで収量が増大した。
【0138】
図4に、pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQおよびpYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株の形質転換体を用いて、ウラシル要求性ガラクトース培地、またはYPG培地で発現誘導をかけ、経時的な細胞数の増加と、発現量をSDS-PAGEで確認した結果を示す。ウラシル要求性ガラクトース培地を用いた場合には、細胞数は36時間以降はほぼ定常状態となった。また、MQ-SC35EK-MQはいずれの時間においても発現が確認できなかったが、タンデム型のM-(Q-SC35EK-M)3-Qは36、48時間後に発現が確認できた。しかしながら、48時間のバンドは、36時間と比較して薄く、培養上清中で分解をうけたと考えられる。一方で、YPG培地を用いた場合には、細胞数は30時間以降はほぼ定常状態となり、MQ-SC35EK-MQは24時間後から、タンデム型のM-(Q-SC35EK-M)3-Qは12時間後から発現が確認でき、いずれも36時間まで発現量は増加した。つまり、YPG培地を用いることで、ウラシル要求性ガラクトース培地を用いた場合と比較して、目的タンパクの発現量が増加し、さらに発現後の培養上清中での安定性が向上した。
【0139】
図5に、pYES2-CelA、pYES2-CelA-MQ-SC35EK-MQ、pYES2-CelA-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株、BY2777株、INVSc1株の形質転換体を用いて発現誘導をかけたときの結果を示す。YNN27株では、αFをリーダー配列に用いた場合と同様に、ウラシル要求性ガラクトース培地を用いて発現誘導を行った際には、培養上清中に目的のタンパク質は確認できなかったが、YPG培地を用いて発現誘導を行った場合には、図5に示すとおり、発現誘導24時間後の培地中にタンパク質の発現が確認できた。しかしながら、バンドサイズが目的タンパク質の理論値に一致しなかった。また、BY2777株及びINVSc1株でも同様の結果が得られた。
【0140】
試験例2:培養上清を用いたELISA
試験例1で得られた培養上清中に目的ペプチドが含まれていることを確認するために、YNN27株の形質転換体をYPG培地で発現誘導かけたときの培養上清を用いて、図6に示すELISA実験を行った。
【0141】
・実験方法
Maltose binding protein (MBP)融合HIV-HR1を50 mM炭酸ナトリウム緩衝液 (pH 9.4)で50 nMに希釈し、ELISAプレート上に50 μlずつ加え、4℃で一晩反応させた。0.25% Tween 20 in PBS (T-PBS) 200μlで3回洗浄後、0.1% BSA in T-PBSを200 μlずつ加え室温で2時間ブロッキングを行った。ブロッキング後、T-PBSで3回洗浄し、酵母形質転換体の培養液をそれぞれ100 μlずつ加え、37℃で2時間インキュベート後、T-PBSで3回洗浄した。Thioredoxin (TRX)-His tag融合alkaliphosphatase(ALP)-C34/S138AをPBSで50 nMに希釈し、各ウェルに100 μlずつ加え、37℃で2時間インキュベートした。T-PBSで3回洗浄後、ALPの基質であるBluePhos Microwell (KPL社製)を100 μlずつ加えて室温で2時間反応させた。コントロールとして、培地のみを添加したウェルも同時に反応させた。
【0142】
・結果
反応2時間後のウェル画像を図7に示す。いずれの培養液を用いた場合にも、コントロールと比較して、反応に阻害がかかり、培養液中に目的のSC35EKペプチドが含まれることが示唆された。
【0143】
試験例3:CelA融合タンパク質の菌体内および培養上清中での発現
試験例1でCelA融合タンパク質の培養上清中での発現を確認したが、バンドサイズが理論値と一致しなかった。一方で、試験例2のELISAの結果から、培養上清中に目的のペプチドが含まれている可能性が示唆された。以上の結果から、CelA融合タンパクが、菌体内で発現し、培養上清中への分泌の過程で、分解をうけていることが考えられた。そこで、CelA融合タンパクの菌体内および培養上清中での発現を確認するために、試験例1で得られた菌体と培養上清を用いて、抗Hisタグ抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った。
【0144】
・実験方法
試験例1で発現誘導後、6, 12, 24時間後に回収した培養上清と菌体を用いて実験を行った。培養上清には、等量の2×sample bufferを加えた。菌体は、PBSで2回洗浄後、菌体の3倍量のY-PER Plus, Yeast Protein Extraction Reagent (PIERCE)と1 mMのジチオトレイトール(nacalai)を加え、20分間室温で反応後、等量の2×sample bufferを加えた。各サンプルをSDS-PAGE(10〜20%グラジエントゲル)で展開後、Western Blotting装置を用いて、PVDF膜に転写した。転写後のPVDF膜をTBS(20 mM Tris, 200 mM NaCl, pH 7.5)で洗浄後、3%ゼラチン中、4℃で一晩ブロッキングした。ブロッキング後、TTBS(20 mM Tris, 200 mM NaCl, 0.05%(w/v) Tween-20, pH 7.5)で3回洗浄し、抗体希釈溶液(1%(w/v) ゼラチン/TTBS)で2000倍に希釈した抗Hisタグ抗体 (Sigma, Cat. H1029)溶液中で、室温、2時間反応させた。反応後、TTBSで3回洗浄し、抗体希釈溶液で3000倍に希釈したアルカリフォスファターゼ標識抗マウスIgG抗体 (Bio-Rad, Cat. 170-6461)溶液中で、室温、2時間反応させた。反応後、TTBSで2回、TBSで1回洗浄し、基質溶液(Bio-Rad, Cat. 170-6461)を加えて可視化した。
【0145】
・結果
図8に示すように、CelA融合タンパクは、いずれも菌体内では目的の分子量付近にバンドが確認でき、培養時間の経過と共にバンドが濃くなった。一方、上清から回収したサンプルは、いずれも12、24時間後の培養上清にバンドが確認できた。CelAは目的の分子量より大きいサイズのバンドがブロードに検出され、CelA-MQ-SC35EK-MQとCelA-M-(Q-SC35EK-M)3-Qは、同様のバンドパターンを示し、菌体内サンプルで確認できたバンドと比較するとサイズダウンしていた。以上の結果から、CelA融合タンパク質は、菌体から菌体外への分泌過程で何らかの分解を受けている可能性が示唆された。
【0146】
試験例4:C末端ペプチドの回収
試験例2、3で示した通り、酵母で発現させたCelA-His-MQ-SC35EK-MQならびにCelA-His-M -(Q-SC35EK-M)3-Qは、菌体内から分泌後にHisタグの後ろで切断されている可能性が示唆された。また、切断されたペプチドにはタグが含まれていないため、Ni-NTAアガロースを用いて回収することが不可能であった。そこで、再度、培養上清からSC35EKペプチドと高い親和性を有するNペプチド(配列番号11)を用いた精製および得られたペプチドの解析を試みた。
【0147】
実験項
pYES2-CelA-MQ-SC35EK-MQおよびpYES2-CelA-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株の形質転換体を、ウラシル要求性培地10 ml中、30℃で一晩振とう培養した。この培養液をウラシル要求性培地100 mlに移殖し、さらに30℃で振とう培養した。得られた培養液を、OD600が0.4になるようにYPG培地1 Lで希釈し、30℃で振とう培養した。発現誘導24時間後、培養液を4,000 rpmで20分間遠心分離することにより培養上清を回収した。
【0148】
NペプチドN36は、N末端側にHisタグを付加したHisタグN36としてFmoc固相合成法により合成した。ペプチドを1 mMとなるようにDMSOに溶解し、さらにPBSで10μMに希釈した。あらかじめ、Ni-NTA アガロースとHisタグN36ペプチドを1時間反応させ、HisタグN36ペプチド結合Ni-NTAアガロースを作製した。
【0149】
培養上清中にHisタグN36ペプチド結合Ni-NTAアガロースを加えて2時間攪拌後、Ni-NTAアガロースを回収し、PBSで洗浄後、0.1N TFAを用いて溶出した。各ステップをSDS-PAGEで確認後、溶出後のサンプルをLC-MSに供して、得られたサンプルの分子量を確認した。
【0150】
結果
CelA-His-MQ-SC35EK-MQならびにCelA-His-M-(Q-SC35EK-M)3-Qを発現させた培養上清から、N36ペプチド結合Ni-NTAアガロースを用いて精製した際の各ステップをSDS-PAGEで解析した結果を図9に示す。いずれも、N36ペプチド結合Ni-NTAアガロースで精製後の溶出画分に、N36ペプチド以外のバンドが確認できた(lane 4, 9)。溶出後のサンプルをLC/MSに供して分子量を解析した結果、それぞれ5,300および14,775となり、図10に示すとおり、CelA-His tagの後ろのトロンビンサイト(LVPR↓GS)で切断されたと想定すると、分子量が一致した。
【0151】
試験例5:分泌発現タンパクの精製
試験例1で最も良好な結果が得られた、pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQおよびpYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株の形質転換体を用いて、さらに詳細に検討を行い、目的タンパクの精製を行った。
【0152】
・実験方法
pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQおよびpYES2-αF-M-(Q-SC35EK-M)3-QのYNN27株の形質転換体を、ウラシル要求性培地10 ml中、30℃で一晩振とう培養した。この培養液をウラシル要求性培地100 mlに移殖し、さらに30℃で振とう培養した。得られた培養液を、OD600が0.4になるようにYPG培地1 Lで希釈し、30℃で振とう培養した。発現誘導24時間後、培養液を4,000 rpmで20分間遠心分離することにより培養上清を回収した。培養上清中にNi-NTAアガロースを加えて2時間攪拌後、Ni-NTAアガロースを回収し、洗浄バッファーで洗浄後、切り出しの反応溶媒である酸を用いてタンパク質を溶出した。溶出後のサンプルをLC-MSに供して、得られたサンプルの分子量を確認した。さらに、各ピークを分取してN末端のアミノ酸を解析した。また、融合タンパク質の収量は、Protein Assay Kit(BIO-RAD Laboratories,Hercules,CA)を用いて測定した。
【0153】
結果
HPLCのクロマトグラムおよび各ピークに含まれるマスを図11に示す。この結果から、pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQの形質転換体の培養上清には、ピーク1およびピーク2が含まれており、それぞれのマスは1,998と7,437であった。また、pYES2-αF-MQ-SC35EK-MQ_tandemの形質転換体の培養上清には、ピーク1とピーク3 が含まれており、それぞれのマスは、1,998、16,908と14,771であった。ピーク1〜3に含まれていたマスは、それぞれαFのKR残基の後ろで切れたと考えると、図12に示す配列1〜3の分子量とほぼ一致した。各ピークのN末端のアミノ酸を解析した結果 ELGSGとなり、この結果とも一致した。また、ピーク3に含まれていた、14,771のマスは配列4の分子量にほぼ一致し、配列3の分子が分解を受けたものだと考えられる。溶出後のサンプル濃度は0.7 mg/Lおよび0.7 mg/Lであった。
【0154】
試験例6:発現タンパク質からの両末端環化ペプチドの切り出しと精製
試験例5の融合タンパク質を、メチオニン残基に対して100当量の臭化シアンと10当量のトリス(2−カルボキシエチル)ホスフィン[tris(2-carboxyethyl)phosphine(TCEP);入手先SIGMA、品番C4706]存在下、酸性条件下(70%ギ酸あるいは0.1N塩酸あるいは0.1N トリフルオロ酢酸)、60℃で2時間反応させ、両端が環状構造となった状態で(N末端側はピログルタミン酸、C末端側はホモセリンラクトン基)SC35EKを切り出した。図13に示すように生成物をLC-MSにより解析し、HPLC分取により目的のpGlu-SC35EK-Hslを精製した。この結果、1Lの培養液から50 igのpGlu-SC35EK-Hslを得ることができた。
【0155】
試験例7:修飾された核ペプチドの評価
修飾されたSC35EKについて、次に示すとおり、(i)抗HIV活性、(ii)物理化学的特性をそれぞれ評価した。対照のために、SC35EK(N末端アセチル化、C末端アミド体)、およびSC35EKの両末端の無修飾体(N末端無保護、かつC末端カルボン酸)についても活性を同様に評価した。
【0156】
まず、これらの修飾されたSC35EKについて、抗HIV活性をそれぞれ評価した。評価は次の通り改良されたMAGI assayにより行った(Kodama,E.I. et al., Antimicrob. Agents. Chemother. 2001, 45, 1529-1546; Maeda Y. et al., J. Infec. Dis., 1998, 177, 1207-1213)。標的細胞(Hela-CD4-LTR-β-gal)104cells/ウェルを96ウェルのフラットマイクロタイター培養プレートに播種した。翌日、HIV-1クローンNL4-3を60 MAGI U/ウェル、60の青い細胞が48時間後に出現するように播種した。その後、被検体を添加して培養した。48時間後にX-gal(5-bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-galactopyranoside)により染色される細胞数を数えた。被検体の活性は、HIV-1の複製を50%阻止する濃度(EC50)で評価した。その結果、表1に示すように、これらの修飾されたSC35EKは、SC35EKと同等の活性を示すことが明らかになった。環状構造を導入すると活性が損なわれることが予測されたが、この結果はそれに反するものであった。
【0157】
【表1】

【0158】
これらの修飾されたSC35EKについて、構造修飾に基づく物理化学的な特徴が損なわれていないかについても検証した。この生理学的な特徴は、抗HIV活性に関連する重要な特徴である。解析は円二色性(CD)スペクトルより次の通り行った。ペプチド10μMを5mM HEPESバッファー(pH7.2)中に置いて37℃で30分間処理した。CDスペクトルを円二色性分光光度計(日本分光製J-710)を用いて25℃で平均8スキャンにて測定した。0.25分の平行化の後、1.0秒間のインテグレーションタイムを経てから、0.5℃毎の熱変性を測定した。
【0159】
その結果、図14に示すように、α−へリックス構造に基づく生理学的な特徴が損なわれていないことが明らかになった。
【0160】
さらに、これらの修飾されたSC35EKについて、熱安定性が損なわれていないかについても検証した。円二色性スペクトル解析により、熱変性の中間点(融点Tm)を、[θ]222値に基づいて算出した。
【0161】
その結果、図15に示すように、熱安定性が損なわれていないことが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つエンドグルカナーゼ活性を有しているタンパク質をコードするDNA、トロンビン認識配列をコードするDNA、及び哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNA。
【請求項2】
請求項1に記載のDNAに更に精製用のアミノ酸配列をコードするDNAを融合したDNA。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のDNAを含む遺伝子発現カセットを導入した酵母の形質転換体。
【請求項4】
前記酵母がサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である、請求項3に記載の形質転換体。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の形質転換体を培養して培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程、及び
該培養物からN36結合ペプチドを採取する工程
を有するN36結合ペプチドの製造方法。
【請求項6】
配列番号2で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つシグナル配列として機能するポリペプチドをコードするDNA、HisタグをコードするDNA、及び哺乳動物に免疫不全をひき起こすレトロウイルスのN36タンパク質に結合するN36結合ペプチドをコードするDNAを融合したDNA。
【請求項7】
請求項6に記載のDNAを含む遺伝子発現カセットであって、プロモーターが配列番号3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つ酵母においてプロモーターとして機能するDNAを含む遺伝子発現カセット。
【請求項8】
請求項6に記載のDNAを含む遺伝子発現カセット又は請求項7に記載の遺伝子発現カセットを導入した酵母の形質転換体。
【請求項9】
請求項8に記載の形質転換体を培養して培養物中にN36結合ペプチドを生成蓄積させる工程、及び
該培養物からN36結合ペプチドを採取する工程
を有するN36結合ペプチドの製造方法。
【請求項10】
培養を酵母抽出物0.01〜10%(w/v)、ペプトン0.01〜10%(w/v)、及びガラクトース0.1〜20%(w/v)を含む培地で行うことを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項5、9又は10に記載の方法において、更にN36結合ペプチドに臭化シアンを作用させる工程を有する、N末端にピログルタミン酸残基、C末端にホモセリンラクトン基が導入されたN36結合ペプチドユニットの製造方法。
【請求項12】
請求項5、9又は10に記載の方法により得られたN36結合ペプチドを有効成分とする哺乳動物に免疫不全を引き起こすレトロウイルス感染症の予防又は治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−177135(P2011−177135A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−46273(P2010−46273)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構、地域イノベーション創出総合支援事業重点地域研究開発推進プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】