説明

酵母にガラクトースを利用させる方法

【課題】酵母にガラクトースを効率的に利用させる方法の提供。
【解決手段】TDH3プロモーター、ADH1プロモーター、HIS3プロモーター、PGKプロモーター、ENO1プロモーターおよびGAPプロモーターからなる群から選択される少なくとも1つの過剰発現プロモーターを宿主染色体上のGAL3遺伝子の上流に含む形質転換酵母を、グルコースおよびガラクトースを含有する初発培地を用いて培養し、前記酵母にガラクトースを代謝させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母によるガラクトースの利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、輸送用燃料から産生される二酸化炭素を削減するために、バイオエタノールの利用が促進されているが、現在供給されているバイオエタノールは、サトウキビやトウモロコシなどの食糧から生産されているため、食糧価格の高騰を招き、世界的な問題となっている。
このような問題を解決するために、バイオエタノール生産の原料として、農畜産廃棄物やセルロース系バイオマスなどの、食糧と競合しないバイオマス資源が注目を集めている。
【0003】
バイオエタノールは、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)酵母に代表されるエタノール生産微生物によって、バイオマスから得られる糖をエタノールに変換することで生産される。このような微生物は、グルコースと他の糖が共存する場合、グルコースを優先して利用する「グルコース抑制」という機能を保有している。
このため、微生物はシュークロースやグルコースを主体とした糖液が得られるサトウキビやトウモロコシなどの食糧系バイオマスからは容易にエタノールを生産できるのに対し、グルコースとグルコース以外の糖の混合物が得られる農畜産廃棄物やセルロース系バイオマスからは、「グルコース抑制」の機能が働くため、微生物によりグルコースが消費されない限り他の糖からエタノールを生産できず、効率的なエタノールの生産が阻害されてしまう。
特に、ガラクトースは「グルコース抑制」を強く受けることが知られている。そして、ガラクトース利用を抑制する機構を解明するために非常に多くの基礎的な検討が行われ、その制御機構は遺伝子レベルでよく理解されている。
【0004】
微生物におけるガラクトースからのエタノール生産効率を向上させるために上記遺伝子レベルの知見を利用した例として、Ostergaardらの方法(Nature Biotechnology 18: 1283-1286 (2000):非特許文献1)が知られている。この報告は、グルコース存在下でガラクトース利用を抑制する機構(グルコース抑制)に関与する遺伝子を破壊することにより、ガラクトースからのエタノール生産の効率向上を示したものである。しかしながら、この報告は、微生物に糖としてガラクトースのみを利用させた際の結果を示したものであり、グルコース存在下でのガラクトースの利用能は示していない。また、このような遺伝子破壊株は、サッカロマイセス・セレビシエ酵母の増殖が野生株に比べ低下するという問題を引き起こしている。
【0005】
また、特開2007-89512号公報(特許文献1)には、ガラクトースに対して良好な応答性でガラクトース誘導系を発現する酵母が記載されている。この酵母においてガラクトース誘導系を発現させるには、まず、ガラクトースを含まない培地で酵母を増殖させ、次に増殖させた酵母をグルコースを含まずガラクトースを含む培地で培養することが必要である。すなわち、この公報記載の発明は、酵母によるグルコース存在下でのガラクトースの利用を想定していない。
このように、微生物におけるガラクトースの利用方法は数多く研究されているが、グルコースおよびガラクトースなどのグルコース以外の糖質を含むバイオマス資源を用いて微生物にガラクトースを効率的に利用させる方法は未だ確立されていない。
【非特許文献1】Nature Biotechnology, 18, 1283-1286 (2000)
【特許文献1】特開2007-89512号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来技術の問題点を考慮して、ガラクトースを効率的に利用可能な新規酵母および当該酵母によるガラクトースの利用方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を行った結果、過剰発現プロモーターを利用してGAL3遺伝子単独を過剰発現する形質転換酵母を、グルコースおよびガラクトースを含む初発培地中に培養することにより、酵母のガラクトース利用能が向上し、エタノール生産速度が向上することを見出した。また、当該形質転換酵母は、ガラクトースの利用を抑制する機能を発現する遺伝子を破壊したGal80破壊株およびMig1破壊株よりも、ガラクトースの利用能が高いことを見出した。これらの知見から、本発明者は本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下を提供するものである。
【0008】
(1)過剰発現プロモーターを宿主染色体上のGAL3遺伝子の上流に含む形質転換酵母。
(2)宿主酵母がサッカロマイセス属に属する酵母である、上記(1)に記載の形質転換酵母。
(3)過剰発現プロモーターがTDH3プロモーター、ADH1プロモーター、HIS3プロモーター、PGKプロモーター、ENO1プロモーターおよびGAPプロモーターからなる群から選択される少なくとも1つである、上記(1)または(2)に記載の形質転酵母。
(4)上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の形質転換酵母をグルコースおよびガラクトースを含有する初発培地を用いて培養し、前記酵母にガラクトースを代謝させることを含む、酵母にガラクトースを利用させる方法。
(5)上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の形質転換酵母をグルコースおよびガラクトースを含有する初発培地を用いて培養し、得られる培養物からエタノールを採取することを含む、エタノールの製造方法。
【0009】
ここで、前記サッカロマイセス属に属する酵母は、例えばサッカロマイセス・セレビシアを用いることが好ましい。
また、初発培地中のグルコースの初期濃度は0.1〜20%が好ましい。ガラクトースの初期濃度は0.1〜20%が好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ガラクトースを効率的に利用可能な形質転換酵母、当該形質転換酵母によるガラクトースの利用方法またはエタノールの生産方法が提供される。
本発明により、酵母にガラクトースを代謝させる際に、グルコースおよびガラクトースを含む初発培地を用いることが可能になった。それにより、農畜産廃棄物やセルロース系バイオマスといったバイオマス資源を用いて酵母にガラクトースを代謝させることが可能になり、バイオマス資源を有効活用できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、過剰発現プロモーターをGAL3遺伝子の上流に保持する形質転換酵母をグルコースおよびガラクトースを含む初発培地で培養することによって、当該酵母が効率的にガラクトースを利用し得るという知見に基づくものである。
酵母のガラクトース代謝に関わるGAL遺伝子群は、ガラクトースに応答して転写され、発現量が上昇することが知られている。GAL遺伝子群の発現誘導は、転写活性化因子であるGal4およびGal4の機能を抑制するGal80などにより制御されている。グルコースの存在下ではGal80がGal4に結合するため、Gal4はGAL遺伝子群の転写を活性化することができない(グルコース抑制)。一方、グルコース非存在下ではGal80によるGal4の抑制が解除されるため、ガラクトースに応答してGal4によるGAL遺伝子群の転写が活性化し、ガラクトース代謝系が発現し、酵母はガラクトースを利用できるようになる。
【0012】
本発明者は、Gal4の転写活性に関与する多数の因子のうち、宿主酵母染色体上のGAL3遺伝子上流に過剰発現プロモーターを導入し、当該酵母をグルコースおよびガラクトースを含む培地を用いて培養すると、当該酵母がガラクトースを効率的に代謝できることを初めて見出した。すなわち、本発明の形質転換酵母は、このような培地で培養することによって、培地中のガラクトースを代謝し、効率的に利用することができる。このため、本発明では、従来のように培地に含まれる糖をグルコースのみ、またはガラクトースのみに限定することなく、グルコースおよびガラクトースの両方を含む培地を用いて酵母にガラクトースを代謝させることが可能となった。そして、本発明の酵母はグルコースおよびガラクトースを含む初発培地で培養すると、培養物からエタノールを採取することも可能である。このような酵母によるガラクトースの利用方法およびエタノールの製造方法は、本発明に含まれる。
【0013】
本発明の形質転換酵母は、過剰発現プロモーターを宿主染色体上のGAL3遺伝子の上流に含むものであり、当該プロモーターの制御下にGAL3遺伝子を過剰発現することができる。このような形質転換酵母は、酵母染色体の配列と相同的な領域および過剰発現プロモーター領域を含むDNAで宿主酵母を形質転換し、GAL3遺伝子が発現し得るように染色体上のGAL3遺伝子上流にプロモーターを連結させることで得ることができる。
【0014】
過剰発現プロモーターを染色体上のGAL3遺伝子の上流に挿入し、プロモーターの制御下にGAL3遺伝子を過剰発現させるには、染色体の相同組換えを利用すればよい。相同組換えによりプロモーターが染色体上に保持されるためには、宿主染色体に対して1つ以上の相同領域を備えるように、形質転換に用いるDNAフラグメントを構築すればよい。
【0015】
GAL3遺伝子がコードするGal3は、Gal4によるガラクトース代謝系遺伝子の転写活性を正に制御するタンパク質である。GAL3遺伝子の塩基配列およびGal3のアミノ酸配列は、GenBankから入手することができ、例えば、サッカロマイセス・セレビシア由来のGal3の塩基配列は、GenBankにアクセッション番号M21615として登録されている。
本発明において、Gal3はGal80への結合能を有するため、Gal3がGal80に結合することでGal80によるGal4の転写活性阻害作用を阻害し、酵母はガラクトースを利用することが可能になると考えられる。本発明において、Gal3は、Gal80への結合活性を有し、Gal80のGal4に対する転写活性阻害作用を抑制できるものであれば、変異を含むタンパク質であってもよい。
【0016】
本発明で用いられる過剰発現プロモーターは、構成的プロモーター、恒常的プロモーターとも称することができる。過剰発現プロモーターはその制御下にある遺伝子を宿主酵母の培養時期や培養条件に限定されず恒常的に発現させるプロモーターを意味する。本発明において過剰発現プロモーターは、宿主酵母の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、TDH3プロモーター、ADH1プロモーター、HIS3プロモーター、PGKプロモーター、ENO1プロモーター、GAPプロモーターなどをあげることができ、中でもTDH3プロモーターが好ましい。プロモーターは宿主と同種由来であることが好ましい。
過剰発現プロモーターは、GenBankなどの公知のデータベース等から塩基配列を取得し、取得した塩基配列をもとに公知の方法で生成することができる。
また、本発明において、過剰発現プロモーターは、過剰発現プロモーターとして機能し得る限り、上記塩基配列の部分塩基配列、または上記塩基配列において1〜数個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜4個、より好ましくは1〜3個、特に好ましくは1〜2個)の塩基が欠失、置換、付加またはそれらの組み合わされた塩基配列からなる変異体であってもよい。
【0017】
酵母の形質転換に用いるDNAは、プロモーターの他に選択マーカーも含んでいてもよい。選択マーカーとしては、アミノ酸または核酸などの合成に関する酵素遺伝子(his3、leu2、met15、lys2およびura3などの合成酵素遺伝子ならびにジヒドロ葉酸還元酵素など)、薬剤耐性遺伝子(ネオマイシン、ブラストサイジンなどに対する耐性遺伝子)などを用いることができる。このような選択マーカーを形質転換に用いるDNAに含有させることにより、目的DNAが導入された形質転換酵母を選択することができる。
選択マーカーは、プロモーターの上流または下流に連結させることができる。
【0018】
当業者であれば、形質転換に用いるDNAまたはこれらのDNAに含まれる各コンポーネントは、公知の配列情報を基にプライマーやプローブを設計し、ゲノムライブラリーやcDNAから遺伝子増幅技術、ハイブリダイゼーション技術などにより取得することができる。また、変異ポリヌクレオチド、改変タンパク質および変異タンパク質などは、当業者であれば公知の配列情報に基にして通常の方法により作製することができる(例えば、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons(1987-1997)))。
【0019】
本発明において、酵母を形質転換するのに用いるDNAは、直線状のDNAであっても、環状DNAであってもよい。また、当該DNAはDNAフラグメントの形態であってもよいし、適当なベクターに保持された形態であってもよい。
ベクターとしては、プラスミド、ファージミド、ウイルスなどを挙げることができる。
また、当業者であれば形質転換に用いるDNAを、公知のDNAの切断技術または連結技術を用いて、形質転換に適した長さおよび形態にすることが可能である。
【0020】
上記のように、本発明の形質転換体は、過剰発現プロモーターの下流にGAL3遺伝子を発現可能に染色体上に保持している。このような本発明の形質転換体は、グルコースおよびガラクトースを存在させた初発培地で培養すると、ガラクトースを代謝することができる。
したがって、本発明の宿主細胞としては、ガラクトース誘導的にガラクトースを代謝できる酵母が好ましく、具体的にはGAL遺伝子群を有する酵母が好ましい。そのような酵母として、例えば、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する酵母(例えば、サッカロマイセス・セレビシア(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロマイセス・ポンベ(Saccharomyces pombe))、ピキア(Pichia)属に属する酵母(例えば、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、ピキア・スティピティス(Pichia stipitis))、クルイベロマイセス(Kluyveromyces)属に属する酵母(例えば、クルイベロマイセス・マーキアナス(Kluyveromyces marxianus)、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis))などが挙げられる。本発明においてより好ましい宿主酵母は、サッカロマイセス・セレビシアである。
本発明の形質転換酵母が有するGAL遺伝子群は、宿主細胞が本来有する遺伝子であってもよいが、その一部または全部が人工的に構築された外来遺伝子であってもよい。
【0021】
本発明の形質転換酵母は、過剰発現プロモーターを含むDNAで宿主酵母を形質転換し、染色体上のGAL3遺伝子上流にプロモーターを相同組換えにより挿入することで得ることができる。
酵母にDNAを導入するには、トランスフェクション法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法などの公知の形質転換方法を使用することができる。酵母への遺伝子導入後、適当な選択培地によって形質転換体を選択し、遺伝子の導入が確認できたものを用いることができる。
【0022】
本発明の形質転換酵母は、糖質としてグルコースおよびガラクトースを含む培地をガラクトース代謝の際の初発培地として用いた場合に、培地中のガラクトースを利用することが可能であり、また、ガラクトースからエタノールを生産することも可能である。すなわち、本発明により、本発明の形質転換酵母を培養し、酵母にガラクトースを代謝させることを含む、酵母にガラクトースを利用させる方法が提供される。また、本発明の形質転換酵母を培養し、酵母にガラクトースを利用させ、得られる培養物からエタノールを採取することを含む、ガラクトースからエタノールを製造する方法も提供される。
【0023】
本発明において、「初発培地」とは、当該培地中で培養を開始することにより、本発明の形質転換酵母が培地中のガラクトースを代謝し得る培地、本発明の形質転換酵母にガラクトースを代謝させるための培養に用いる始発培地を意味し、糖質として少なくともグルコースおよびガラクトースを含むことを特徴とする。
本発明において、初発培地中のグルコースおよびガラクトースの初期濃度の上限は、いずれも40%未満、好ましくは20%未満である。初発培地中のグルコースおよびガラクトースの初期濃度の下限は、いずれも0.01%以上、好ましくは0.1%以上である。ここで、一般的な酵母の耐糖濃度は40%未満であるため、本発明では初発培地に含まれる糖質の合計濃度が40%を超えないように糖質の濃度を調整することが望ましい。
本発明において、初発培地中のグルコースの初期濃度は0.01〜40%、好ましくは0.1〜30%、より好ましくは1%〜25%、最も好ましくは2〜20%の範囲で用いることが望ましい。また、初発培地中のガラクトースの初期濃度は0.01〜40%、好ましくは0.1〜30%、より好ましくは0.5%〜25%、最も好ましくは1〜20%の範囲で用いることが望ましい。
本発明において、例えば、バイオマスや畜産廃液などから調製した糖液を利用して初発培地を調製することもできる。バイオマスは糖としてグルコース<45%、ガラクトース<3%を含み、ホエー(チーズ製造の際に得られる畜産廃液)は乳糖(乳糖は酵素により、グルコースとガラクトース1:1に分離する)を約5%含むことが知られている。バイオマスやホエーは、初発培地中のグルコースおよびガラクトースが上記濃度範囲となるように調整して用いればよい。
【0024】
本発明の形質転換体は、酵母の培養に用いられる通常の方法に従って培養することができ、宿主細胞に応じて適切な培養条件を選択することができる。当業者であれば、例えば、SC培地、SX培地、YPD培地、YPX培地などの公知の培地から適切な培地を選択し、好ましい培養条件の下で酵母を培養することができる。液体培地で酵母を培養する場合は、振盪培養が好ましい。
また、本発明の形質転換酵母は、前培養した後にガラクトースを代謝させるために本培養しても良い。前培養は、例えば、本発明の形質転換酵母を少量の培地に接種し、12〜24時間培養すればよい。前培養には、公知の培地を使用することができ、ガラクトースおよびグルコースの両方を含む培地を用いる必要はない。本培養は、0.1〜10 %、好ましくは1 %の前培養の培養液を本培養の培地に加えて開始すればよい。本培養は、0.5〜200時間、好ましくは10〜150時間、より好ましくは25〜137時間、20〜40℃、好ましくは30℃で振盪培養する。培養は、少量の酸素が存在する微好気条件で行うことが好ましい。微好気条件における培養は、例えば、培養液を穏やかに攪拌することや酸素濃度を低め(例えば、5 ppm以下など)に制御することで行うことができ、その際、攪拌の安定性を向上させるために一定容量以上の培養量で行うことが望ましい。
【0025】
本発明において、エタノールは、このように本発明の形質転換酵母の培養方法で酵母を培養し、得られる培養物から採取することができる。培養物とは、培養液(培養上清)、培養酵母または培養酵母の破砕物、培養酵母の抽出物等を意味する。エタノールは本発明の形質転換酵母から主に培養上清中に分泌されるため、好ましくは培養上清から採取することができる。
エタノールは、各種精製分離方法を利用して培養物から採取される。
【0026】
エタノールの生産量は、培地に含まれるエタノールを液体クロマトグラフィーで分析することで測定できる。
また、エタノールの生産量を測定することにより、本発明の形質転換酵母のエタノール生産能を確認することができる。
【実施例】
【0027】
[実施例1.ガラクトース利用遺伝子過剰発現株の比較]
(1)Saccharomyces cerevisiae酵母株
実施例1で用いた菌株を表1に示す。実施例1で用いたBY4741およびBY4742は、フナコシから購入した。RAK3131, 3632, 3633, 3634, 3635, 3636, 3637, 3638, 3641および3642は、本実施例においてBY4741およびBY4742に遺伝子を導入して作製した形質転換株である。
【0028】
【表1】

【0029】
表1中、his3、leu2、met15、lys2およびura3は、それぞれヒスタミン、ロイシン、メチオニン、リシンおよびウラシルの選択マーカーである。例えば、「URA3-TDH3p-GALX」は、染色体においてURA3マーカー、TDH3pプロモーターおよびGALX遺伝子(Xは1,2,3,7,または10)が順に連結していることを表す。
【0030】
(2)DNAフラグメントの増幅
形質転換に用いたDNAフラグメントは、KOD-plus-Taqポリメラーゼ(東洋紡)を用いてPCRにより増幅させた。増幅には、DNAテンプレート40〜100 ng、各プライマー200 pmol、各dNTPs 200μM、MgSO4 0.2 mM、KOD-plus-Taqポリメラーゼ0.1 U、1×KOD Plus緩衝液を含む反応液10μLを用いた。
GAL1-401およびGAL1-402と同一の塩基配列を含むpST106プラスミドはURA3-THD3p-GAL1フラグメントのテンプレートとして、GAL2-401およびGAL2-402と同一の塩基配列を含むpST106プラスミドはURA3-THD3p-GAL2フラグメントのテンプレートとして、GAL3-401およびGAL3-402と同一の塩基配列を含むpST106プラスミドはURA3-THD3p-GAL3フラグメントのテンプレートとして、GAL7-401およびGAL7-402と同一の塩基配列を含むpST106プラスミドはURA3-THD3p-GAL7フラグメントのテンプレートとして、GAL10-401およびGAL10-402と同一の塩基配列を含むpST106プラスミドはURA3-THD3p-GAL10フラグメントのテンプレートとして用いた。
【0031】
PCRは、94℃、1分間の加熱の後、以下の工程を30サイクル行い、遺伝子を増幅した。
デナチュレ-ション:94℃、20秒
アニーリング: 55℃、30秒
エクステンション: 68℃、4分
増幅した遺伝子は、0.7 %アガロースゲル(TAE緩衝液)でサイズを確認した。
プライマーの配列は、表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
(3)形質転換
URA3-TDH3pフラグメントをGAL遺伝子群の上流に挿入するために、酢酸リチウム法を用いた形質転換を下記に従って実施した。
酵母BY4741株およびBY4742株を2 mlのYPD培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、2%グルコース)で28℃、一夜培養した。この酵母をYPD培地9 mlを含むシャーレに接種し、28℃で5時間培養した。培養後、酵母細胞を遠心分離(8,500 rpm、3分)して培地を除去した後、滅菌蒸留水で洗浄した。次に、酵母細胞を100μLの滅菌蒸留水に懸濁し、この懸濁液50μLを形質転換用の緩衝液(60%PEG3350 115μL、4 M酢酸リチウム5μL、蒸留水15μL)135μL、キャリアーRNA10μLおよび(2)のPCRで増幅した遺伝子5μLと混合した。
混合液をボルテックスで30秒間攪拌した後、42℃で40分間熱処理を行った。次に、この混合液を、ウラシルを含まない平板培地に塗布し、28℃、2日間培養し、出現したコロニーを形質転換体として得た。TDH3プロモーターによるレギュレーションを伴うGAL遺伝子過剰発現株の構築方法を図1に示す。
【0034】
(4)コロニーPCR
形質転換株を得た後、染色体の目的とする位置にURA3-TDH3pフラグメントの挿入が行われているか確認するため、コロニーPCRを行った。
形質転換酵母を1 mLのYPD培地を加えたマイクロタイタープレート(12ウェル)で28℃、20時間培養した後、さらに1 mLのYPD培地を加え、4時間培養を継続した。培養後、形質転換株を遠心分離し培養液を除いた後、滅菌蒸留水で洗浄した。次に、蒸留水に再懸濁した形質転換株7.5μLに1%SDSを2.5μL加え、30秒間攪拌した後、蒸留水90μLを加え、遠心分離(12,000 rpm、3 min)により上清を得た。この上清を新しい試験管に移し、コロニーPCRのDNAテンプレートとして用いた。
各々の反応液の組成は、DNAテンプレート(1×KOD Dash緩衝液)5μL、各dNTP 0.2 mM、プライマー 0.4μMおよびKOD Dashポリメラーゼ1 Uとした。GAL1、GAL2、GAL3、GAL7およびGAL10の上流域の増幅のために、GAL1 + 89とGAL10 + 192c、GAL2 - 289とGAL2 + 245c、GAL3 - 279とGAL3 + 223c、GAL7 - 195とGAL7 + 143C GalおよびGAL1 + 89とGAL10 + 192cをプライマーのペアとしてそれぞれ用いた。
【0035】
コロニーPCRは、94℃、1分間の加熱の後、以下の工程を30サイクル行った。
デナチュレ-ション:94℃、20秒
アニーリング: 60℃、2秒
エクステンション: 74℃、4分
プライマーの配列は、表3に示す。
【0036】
【表3】

【0037】
PCR反応液を電気泳動し、増幅産物を確認することにより、URA3-TDH3pフラグメントがGAL遺伝子の上流に挿入された形質転換株を選択した。
【0038】
(5)ガラクトースの消費およびエタノールの生産
250 mlの三角フラスコに20 mlのYPD培地を加え、(4)で選択した酵母のうち、α型の酵母を28℃で一夜培養後、遠心分離により培養液を除き、酵母を蒸留水で洗浄した。この酵母を蒸留水に再懸濁し、5 mLの2.5%のグルコースと2.5 %のガラクトースを含むYP培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン)を加えたマイクロタイタープレート(6ウェル)に接種した。
このマイクロタイタープレートを28℃で12時間振とう培養(150 rpm)し、培養液中のグルコースおよびガラクトースの消費、並びにエタノールの生産をHPLCにより測定した。
【0039】
各GAL遺伝子過剰発現株におけるガラクトースの消費を測定した結果を図2に示す。この結果、各GAL遺伝子過剰発現株の中で、GAL3遺伝子過剰発現株が最も高いガラクトース利用能を示した(図2○)。さらに、GAL3遺伝子過剰発現株は、野生株(WT)よりも高いガラクトース利用能を有することが明らかになった(図2●)。GAL3遺伝子過剰発現株は、他のGAL遺伝子過剰発現株および野生株に比べて、特に培養開始2時間後から高いガラクトースの代謝速度を示したことから、グルコースの消費に伴い速やかにかつ効率的にガラクトースを代謝することが示唆された。
また、各GAL遺伝子過剰発現株におけるエタノールの生産量を図3に示す。この結果、各GAL遺伝子過剰発現株の中で、GAL3遺伝子過剰発現株(図3○)は、GAL2遺伝子過剰発現株(▲)および野生株(●)と同程度に、エタノールを生産できることが示された。
【0040】
[実施例2.ガラクトース消費抑制遺伝子破壊株の比較]
本実施例では、反応系にグルコースおよびガラクトースが存在する場合の、Gal80ノックアウト酵母およびMig1ノックアウト酵母のガラクトース利用能を測定した。
(1)Saccharomyces cerevisiae酵母株
実施例2では、フナコシが販売する2倍体破壊株セットを用いた。用いた菌株のリストを表4に示す。
【0041】
【表4】

【0042】
(2)ガラクトースの消費およびエタノールの生産
250 mlの三角フラスコにYPG培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、2%ガラクトース)20 mlを加え、酵母を28℃で一夜培養後、遠心分離により細胞を集め、これを5 mlのYPG培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、5%ガラクトース)を加えたマイクロタイタープレート(6ウェル)にOD600 = 20となるように接種した。
このマイクロタイタープレートを28℃で12時間振とう培養(150 rpm)し、培養液中のガラクトースの消費およびエタノールの生産をHPLCにより測定した。
【0043】
Gal80遺伝子破壊株およびMig1遺伝子破壊株におけるガラクトース利用能を比較した結果を図4に示す。
その結果、Gal80遺伝子破壊株(△、破線)およびMig1遺伝子破壊株(△、点線)のガラクトースの消費速度および消費量は、野生株(△、実線)と比較してほとんど変わらなかった。一方、Gal80遺伝子破壊株(■、破線)は野生株(■、実線)に比べてエタノール生産能が高いことが示された。
【0044】
[実施例3.初発培地の比較]
本実施例では、実施例1の各GAL遺伝子過剰発現株をグルコース含有(ガラクトース不含有)培地で培養した後、培地を交換し、ガラクトース含有(グルコース不含有)培地で培養したときのガラクトースの消費量を検討した。
まず、酵母をYPD培地(2%グルコース、1%酵母エキス、2%ポリペプトン)中で24時間培養した。その後、遠心分離により培養液を除き、集めた菌をYPG培地(5%ガラクトース、1%酵母エキス、2%ポリペプトン)中で培養した。この他の実験条件は、実施例1と同様の条件で行った。
【0045】
各GAL遺伝子過剰発現株におけるガラクトースの消費を測定した結果を図5に示す。この結果、いずれの菌株においても、従来のとおりグルコース含有培地で培養した後にガラクトース含有培地で培養した場合には、ガラクトースおよびグルコース含有培地で培養を開始した場合(実施例1)よりもガラクトースの消費能が低いことが示された。
このことは、酵母にガラクトースを効率よく代謝させるには、グルコースだけでなくガラクトースも含有する初発培地で培養することが重要であることを示している。特に、GAL3過剰発現株をグルコースおよびガラクトース存在下で培養することは、ガラクトースを効率的に利用する上で非常に有用であることが示された。
【0046】
これらの実施例より、過剰発現プロモーターを宿主酵母の染色体上に導入し、GAL3遺伝子単独を過剰発現させた形質転換酵母は、グルコースおよびガラクトースが共存する初発培地を用いて培養することにより、ガラクトースを効率的に利用することが可能であることが初めて示された。すなわち、本発明により、従来、微生物に効率的にガラクトースを利用させるために必要と考えられていた、Gal80遺伝子およびMig1遺伝子の抑制を行うことなく、微生物にガラクトースを利用させるための新しい実験系が提供される。さらに、本発明によりバイオマス資源などを用いて酵母にガラクトースを効率的に代謝させることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】THD3プロモーターによるレギュレーションを伴うgal遺伝子過剰発現株の構築方法を示す図である。
【図2】各GAL遺伝子過剰発現株によるガラクトースの消費を示す図である。
【図3】各GAL遺伝子過剰発現株によるエタノールの生産を示す図である。
【図4】各遺伝子破壊株によるガラクトースの消費およびエタノールの生産を示す図である。
【図5】各GAL遺伝子過剰発現株によるガラクトースの消費を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0048】
配列番号1〜18:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過剰発現プロモーターを宿主染色体上のGAL3遺伝子の上流に含む形質転換酵母。
【請求項2】
宿主酵母がサッカロマイセス属に属する酵母である、請求項1に記載の形質転換酵母。
【請求項3】
過剰発現プロモーターが、TDH3プロモーター、ADH1プロモーター、HIS3プロモーター、PGKプロモーター、ENO1プロモーターおよびGAPプロモーターからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1または2に記載の形質転換酵母。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の形質転換酵母をグルコースおよびガラクトースを含有する初発培地を用いて培養し、前記酵母にガラクトースを代謝させることを含む、酵母にガラクトースを利用させる方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の形質転換酵母をグルコースおよびガラクトースを含有する初発培地を用いて培養し、得られる培養物からエタノールを採取することを含む、エタノールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−136627(P2010−136627A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−313130(P2008−313130)
【出願日】平成20年12月9日(2008.12.9)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】