説明

酵母活性化剤、これを用いた方法及びアルコール飲料

【課題】酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母のアルコール発酵能を効果的に高めることのできる酵母活性化剤、これを用いたアルコール飲料の製造方法及びアルコール飲料を提供する。
【解決手段】本発明に係る方法においては、ホップ水抽出物を、アルコール発酵における酵母活性化剤の有効成分として使用する。本発明に係る発酵方法においては、ホップ水抽出物を添加することによって酵母を活性化し、活性化された前記酵母によるアルコール発酵を行う。本発明に係るアルコール飲料の製造方法においては、ホップ水抽出物を酵母活性化剤の有効成分として使用し、アルコール飲料を製造する。本発明に係る酵母活性化剤は、ホップ水抽出物を有効成分として含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母活性化剤、これを用いた方法及びアルコール飲料に関し、特に、酵母を活性化する有効成分としてのホップ水抽出物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、酵母を用いたアルコール発酵において、発酵を促進するために発酵助成剤を使用することがあった。すなわち、例えば、特許文献1には、発酵飲料の製造において酵母エキスを発酵助成剤として使用することが記載されている。
【特許文献1】特開2006−296407号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、酵母エキスを発酵助成剤として使用した場合には、酵母の増殖能が高められるため、当該酵母エキスを使用しない場合に比べて、発酵液中の酵母の数が増加することとなっていた。したがって、例えば、外観がビールに類似する発泡性アルコール飲料の製造において酵母エキスを発酵助成剤として使用した場合には、ビールに類似した色を実現するための色素成分が大量の酵母に吸着され、除去されてしまうという問題があった。また、発酵液中で酵母が過剰に増殖することにより、当該発酵液をろ過する際の目詰まりが発生しやすくなるという問題もあった。
【0004】
また、酵母エキスは、酵母のみならず、酵母以外の微生物の増殖をも促進する。したがって、酵母エキスを発酵助成剤として使用することにより、アルコール飲料の製造過程で、酵母以外の微生物によるコンタミネーションの発生する確率が高められてしまうという問題もあった。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みて為されたものであって、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母を効果的に活性化できる酵母活性化剤、これを用いた方法及びアルコール飲料を提供することをその目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る方法は、ホップ水抽出物を、アルコール発酵における酵母活性化剤の有効成分として使用することを特徴とする。本発明によれば、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母を効果的に活性化できる、ホップ水抽出物の新たな用途を提供することができる。
【0007】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る発酵方法は、ホップ水抽出物を添加することによって酵母を活性化し、活性化された前記酵母によるアルコール発酵を行うことを特徴とする。本発明によれば、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母を効果的に活性化できる発酵方法を提供することができる。
【0008】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係るアルコール飲料の製造方法は、ホップ水抽出物を酵母活性化剤の有効成分として使用し、アルコール飲料を製造することを特徴とする。また、このアルコール飲料の製造方法において、前記アルコール飲料は、発泡性アルコール飲料であるとしてもよい。また、これらのアルコール飲料の製造方法において、前記アルコール飲料は、低糖アルコール飲料であるとしてもよい。本発明によれば、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母を効果的に活性化できるアルコール飲料の製造方法を提供することができる。
【0009】
ここで、本発明でいうアルコール飲料とは、例えば、エタノールを1体積%以上の濃度で含有する飲料である。また、本発明でいう発泡性アルコール飲料とは、ビールや発泡酒等、炭酸ガスを含有するアルコール飲料であって、例えば、グラス等の容器に注いだ際に液面上部に泡の層が形成される泡立ち特性と、その形成された泡が一定時間以上保たれる泡もち特性と、を有するアルコール飲料である。具体的には、この発泡性アルコール飲料は、EBC(European Brewery Convention:欧州醸造協会)法によるNIBEM値(泡もち特性を表す単位)で50以上を示すアルコール飲料である。
【0010】
また、本発明でいう低糖アルコール飲料とは、含有される糖質の濃度が2.5g/100mL以下のアルコール飲料である。したがって、実質的に糖質を含有しない、いわゆる無糖のアルコール飲料も、この低糖アルコール飲料に含まれる。なお、アルコール飲料に含有される糖質の量は、当該アルコール飲料に含まれる水分を除去して得られる固形分の総重量から、当該固形分に含まれる灰分、タンパク質、脂質、及び食物繊維の重量の合計を減じた重量として算出することができる。
【0011】
また、上記いずれかの方法において、前記ホップ水抽出物として、ホップ冷水抽出物を使用することとしてもよい。こうすれば、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母をより効果的に活性化できる。
【0012】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係るアルコール飲料は、上記いずれかのアルコール飲料の製造方法により製造されたことを特徴とする。本発明によれば、増殖能が過剰に高められることなく効果的に活性化された酵母に由来する、豊富な香味成分をバランスよく含有するアルコール飲料を提供することができる。
【0013】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る酵母活性化剤は、ホップ水抽出物を有効成分として含有することを特徴とする。本発明によれば、アルコール発酵において、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母を効果的に活性化できる酵母活性化剤を提供することができる。また、前記ホップ水抽出物は、ホップ冷水抽出物であることとしてもよい。こうすれば、アルコール発酵において、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母をより効果的に活性化できる酵母活性化剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の一実施形態について説明する。なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではない。
【0015】
本発明は、本発明の発明者らが鋭意研究を重ねた結果に見出した独自の知見に基づくものである。本発明の発明者らは、ホップ水抽出物を、アルコール発酵における酵母活性化剤の有効成分として使用することにより、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母を効果的に活性化できることを独自に見出した。すなわち、本発明は、ホップ水抽出物を、アルコール発酵における酵母活性化剤の有効成分として使用するという、当該ホップ水抽出物の新たな用途を見出したことに基づくものである。
【0016】
したがって、本発明によれば、後述するように、例えば、ホップ水抽出物を有効成分として含有する酵母活性化剤や、ホップ水抽出物を添加することによって酵母を活性化するアルコール発酵方法及びアルコール飲料の製造方法、さらにこれらの方法により製造されるアルコール飲料を提供することができる。
【0017】
まず、本実施形態に係る酵母活性化剤(以下、「本剤」という。)について説明する。本剤は、アルコール発酵において、酵母を活性化するために添加される添加用組成物である。そして、本剤は、アルコール発酵に用いられる酵母を活性化する有効成分としてホップ水抽出物を含有する。このホップ水抽出物は、ホップを水で抽出することにより得られる抽出物である。
【0018】
抽出の対象となるホップとしては、目的に応じて適切な品種のものを任意に選択して用いることができる。すなわち、例えば、チェコ産ザーツ種ホップ、ドイツ産ハラタウ・トラディション種ホップ、ドイツ産ハラタウ・マグナム種ホップ、ドイツ産ペルレ種ホップ、ドイツ産ヘルツブルッカー種ホップ、アメリカ産ナゲット種ホップ、ニュージーランド産パシフィック・ハラタウ種ホップ、日本国産フラノ18号ホップを用いることができる。
【0019】
また、ホップとしては、ホップの毬花の全体又は一部を用いることができる。すなわち、例えば、ホップの毬花そのもの、毬花の一部であるルプリン部分、毬花の他の一部である苞部分をそれぞれ単独で又はこれらを混合して用いることができる。
【0020】
また、ホップとしては、保存や輸送等の目的に応じて適切に加工された任意の形態のものを用いることができる。すなわち、例えば、乾燥させたホップの毬花を圧縮して得られるプレスホップ、乾燥させたホップの毬花を粉砕して得られるホップパウダー、当該ホップパウダーをペレット状に圧縮成形して得られるホップペレット、ホップの苞部分からなるスペントホップを用いることができる。
【0021】
抽出溶媒として用いられる水としては、液体状態の水であれば任意の温度のものを用いることができ、例えば、冷水を用いることができる。冷水としては、例えば、温度が0〜30℃の範囲内の水を用いることができる。また、冷水の温度は、10〜25℃の範囲内とすることが好ましく、15〜25℃の範囲内とすることがより好ましく、17〜23℃の範囲内とすることが特に好ましい。なお、以下の説明において、ホップを冷水で抽出して得られるホップ水抽出物を特に「ホップ冷水抽出物」ということがある。
【0022】
抽出溶媒として用いられる水は、抽出効率を向上させることを目的として、少量のアルコール系溶媒(例えば、エタノール)を含有することができる。この場合、水に含有されるアルコール系溶媒の濃度は、10質量%以下とすることが好ましい。
【0023】
水によりホップを抽出する方法は特に限定されず、目的に応じて適切な方法を任意に選択して用いることができる。すなわち、例えば、水中にホップを所定時間浸漬することにより、ホップ水抽出物を製造することができる。
【0024】
具体的に、例えば、まず、所定の容器内にホップと水とを入れて、適度に撹拌しながら、所定の時間だけ放置することにより、当該水中に当該ホップに含有される成分を溶出させる。次いで、この容器からホップ及びホップ由来成分を含有する溶液を回収してろ過し、ホップの残渣が除去されたろ液をホップ水抽出物として回収することができる。
【0025】
そして、本剤は、例えば、上述のような抽出により得られたホップ水抽出物そのものとすることができる。すなわち、ホップ水抽出物をそのまま本剤として使用することができる。
【0026】
また、本剤は、例えば、ホップ水抽出物による酵母活性化効果が損なわれない範囲で、ホップ水抽出物に加えて、他の成分や溶媒を含有することができる。すなわち、本剤は、例えば、ホップ水抽出物を、飲食物の製造に使用することが許容される所定の溶媒により希釈して調製することができる。また、本剤は、例えば、飲食物の製造に使用することが許容されるpH調整剤、酸化防止剤、着色料、香料等の添加剤をさらに含有することができる。
【0027】
また、本剤は、目的に応じて様々な形態の製品とすることができる。すなわち、本剤は、例えば、溶液、ペースト、粉末、タブレットやカプセル等の錠剤とすることができる。
【0028】
本剤は、ホップ水抽出物を有効成分として含有することにより、アルコール発酵において、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母のアルコール発酵能を効果的に高めることができる。
【0029】
ここで、上述のとおり、このホップ水抽出物に特有の酵母活性化効果は、本発明の発明者らが鋭意検討を重ねた結果、独自に見出したものである。すなわち、例えば、発泡性アルコール飲料の製造において、麦芽及びホップに加えてホップ水抽出物が添加された発酵液中で酵母によるアルコール発酵を行った場合には、当該ホップ水抽出物が添加されない場合に比べて、当該発酵液中の酵母の数は大きく変化しないにもかかわらず、個々の酵母の代謝能(例えば、エキス消費速度)が顕著に高められる。
【0030】
すなわち、ホップ水抽出物は、個々の酵母が有する増殖能及びアルコール発酵能のうち、増殖能を過剰に活性化することなく、アルコール発酵能を選択的に活性化するという優れた酵母活性化効果を発揮することができる。
【0031】
したがって、後述のように、アルコール飲料の製造において、ホップ水抽出物を酵母活性化の有効成分として使用することにより、酵母エキスを発酵助成剤として使用した場合に生じるような、酵母の過剰増殖に伴う問題を確実に回避しつつ、活性化された酵母の旺盛なアルコール発酵に由来する豊富な香味成分をバランスよく含有する発泡性アルコール飲料を効率よく製造することができる。なお、このようなホップ水抽出物による酵母活性化効果は、ホップから抽出される水溶性の成分によって達成される、当該ホップ水抽出物に特有の効果である。
【0032】
また、このホップ水抽出物は、酵母以外の微生物の増殖を促進しない。したがって、例えば、アルコール飲料の製造において、ホップ水抽出物を酵母活性化の有効成分として使用することにより、酵母以外の微生物によるコンタミネーションの発生する確率が高まることはない。
【0033】
また、ホップ水抽出物の製造においては、抽出溶媒として水を用いることにより、酵母活性化成分を効率よく抽出することができる。さらに、ホップ水抽出物の製造においては、温度の低い水を用いることにより、ホップに含有されている苦味成分が抽出されることを抑制しつつ、酵母活性化成分を効率よく抽出することができる。すなわち、例えば、特に、冷水を用いて製造されるホップ冷水抽出物は、より温度の高い水を用いて製造されるホップ水抽出物と比較して、苦味の含有量が少なく、且つ酵母活性化成分を豊富に含有することができる。
【0034】
したがって、例えば、発泡性アルコール飲料の製造において、ホップ水抽出物を酵母活性化の有効成分として使用することにより、当該発泡性アルコール飲料の苦味を増加させることなく、効果的に活性化された酵母に由来する豊富な香味成分をバランスよく含有する発泡性アルコール飲料を製造することができる。
【0035】
なお、ホップ水抽出物により活性化することのできる酵母は、アルコール発酵に使用することのできる酵母であれば特に限られない。すなわち、ホップ水抽出物を有効成分として含有する本剤は、例えば、ビール酵母の活性化剤として好ましく使用することができる。
【0036】
具体的に、ビール酵母としては、例えば、サッカロミセス・パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)等の下面発酵ビール酵母や、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等の上面発酵ビール酵母を挙げることができる。
【0037】
次に、本実施形態に係るアルコール飲料の製造方法(以下、「本方法」という。)について説明する。本方法は、発泡性アルコール飲料又は非発泡性アルコール飲料を製造する方法である。
【0038】
ここで、発泡性アルコール飲料としては、例えば、ビール等、その原料中に占める麦芽の割合が50重量%以上である発泡性アルコール飲料や、発泡酒等、その原料中に占める麦芽の割合が50重量%未満であり又は原料の一部として麦芽を含まない発泡性アルコール飲料を挙げることができる。
【0039】
非発泡性アルコール飲料としては、例えば、ワイン、焼酎、ブランデー等、実質的に炭酸ガスを含有しないアルコール飲料や、スパークリングワイン等、炭酸ガスを含有するアルコール飲料であって、発泡性アルコール飲料が有するほどの高い泡立ち特性や泡もち特性を有しないアルコール飲料を挙げることができる。
【0040】
図1は、本方法を発泡性アルコール飲料の製造方法として実現する場合において、当該本方法の一例に含まれる主な工程を示すフロー図である。図1に示すように、本方法は、発酵前工程10と、発酵工程11と、発酵後工程12と、を含む。
【0041】
発酵前工程10においては、原料の一部として酵母が資化できる炭素源及び窒素源を含有する発酵前液を調製する。すなわち、例えば、原料の一部として麦芽を用いる場合には、麦芽及び温水を含む原料を混合して原料液を調製する。次いで、この原料液に糖化処理を施した後、煮沸する。そして、煮沸後の原料液(マイシェ)をろ過して穀皮等の不溶性物質を除去することにより、発酵前液(麦汁)を得る。
【0042】
また、例えば、原料の一部として麦芽を用いない場合には、液糖等の炭素源、ペプチド等の窒素源、及び温水を含む原料を混合して原料液を調製する。次いで、この原料液を必要に応じて煮沸し、さらにろ過して、発酵前液を得る。
【0043】
また、原料の一部として麦芽を用いる場合及び麦芽を用いない場合のいずれの場合においても、当該原料の他の一部としてホップを用いることができる。すなわち、例えば、発酵前工程10においては、麦芽及びホップを含有する発酵前液を調製することができ、又は麦芽を含まず、液糖等の炭素源、ペプチド等の窒素源、及びホップを含有する発酵前液を調製することもできる。
【0044】
なお、ここでいうホップの使用は、上述したようなプレスホップやホップペレット等のホップ自体を用いることをいう。したがって、原料の一部としてホップを用いる場合、発酵前工程10においては、当該ホップを含む原料液を煮沸することにより、当該ホップに含有される苦味成分等の成分を抽出する。
【0045】
発酵工程11においては、発酵前工程10で調製された発酵前液に酵母を添加してアルコール発酵を行う。すなわち、発酵前液に酵母を添加して発酵液を調製し、当該発酵液を所定温度で所定期間維持することにより当該酵母によるアルコール発酵を活発に行う前発酵と、その後、当該発酵液を、より低い温度でより長い期間維持して熟成させる後発酵(貯酒)と、を行う。なお、このアルコール発酵に用いる酵母は、特に限られないが、例えば、上述のビール酵母を好ましく用いることができる。
【0046】
発酵後工程12においては、発酵工程11を経た発酵後液に所定の処理を施して発泡性アルコール飲料を得る。すなわち、発酵工程11におけるアルコール発酵が終了した発酵液を発酵後液として回収し、当該発酵後液にろ過や殺菌処理を施して、最終的な製品としての発泡性アルコール飲料を得る。なお、殺菌処理としては、例えば、発酵後液を60℃以上の温度で1分以上保持する低温殺菌や、発酵後液をより高温で短時間保持する高温殺菌等の殺菌処理(パストリゼーション)を行うことができる。
【0047】
このような本方法においては、ホップ水抽出物を酵母活性化剤の有効成分として使用し、アルコール飲料を製造する。すなわち、本方法においては、発酵前工程10又は発酵工程11の少なくとも一方において、酵母を活性化する有効成分としてホップ水抽出物を添加する。
【0048】
具体的に、例えば、発酵前工程10において、ホップ水抽出物を添加した原料液を調製し、その後、当該原料液を煮沸して、発酵前液を得る。また、例えば、発酵前工程10において、ホップ水抽出物を添加することなく原料液を調製し、その後、当該原料液を煮沸する途中で、又は当該原料液を煮沸した後に、当該原料液にホップ水抽出物を添加して、発酵前液を得る。また、例えば、発酵工程11において、発酵前液に酵母を添加して発酵液を調製する際に、さらにホップ水抽出物を添加することもできる。
【0049】
そして、本方法においては、ホップ水抽出物を酵母活性化剤の有効成分として使用することにより、酵母の増殖能を過剰に高めることなく、個々の酵母のアルコール発酵能を効果的に高めるという、当該ホップ水抽出物の使用に特有の酵母活性化効果を達成することができる。
【0050】
すなわち、例えば、原料の一部として麦芽及びホップを用いた発泡性アルコール飲料の製造方法である本方法において、発酵液中にホップ水抽出物を添加した場合と添加しない場合とで、当該発酵液に含まれる酵母の数に大きな変化は生じない。
【0051】
しかしながら、この発泡性アルコール飲料の製造方法における、発酵液中の酵母の単位細胞数あたりの代謝活性(例えば、100万個の酵母あたりのエキス消費速度)は、発酵液中にホップ水抽出物を添加することにより、当該ホップ水抽出物を添加しない場合のそれに比べて、顕著に高めることができる。
【0052】
すなわち、本方法においては、ホップ水抽出物を酵母活性化の有効成分として使用することにより、個々の酵母が有する増殖能及びアルコール発酵能のうち、増殖能を過剰に活性化することなく、アルコール発酵能を選択的に活性化することができる。
【0053】
この結果、本方法においては、酵母エキスを発酵助成剤として使用した場合に生じるような、酵母の過剰増殖に伴う問題を確実に回避しつつ、活性化された酵母の旺盛なアルコール発酵に由来する豊富な香味成分(例えば、酢酸イソアミル等のエステル成分)をバランスよく含有する発泡性アルコール飲料を効率よく製造することができる。
【0054】
また、ホップ水抽出物は、酵母以外の微生物の増殖を促進しない。したがって、本方法においては、酵母以外の微生物によるコンタミネーションが発生する確率を高めることなく、上述のように酵母を効果的に活性化することができる。
【0055】
また、ホップ冷水抽出物は、より温度の高い水を用いて製造されるホップ水抽出物と比較して、ホップに含有されている苦味成分の含有量が小さい。したがって、ホップ冷水抽出物を用いる本方法においては、アルコール飲料の苦味を増加させることなく、活性化された酵母の旺盛なアルコール発酵に由来する豊富な香味成分をバランスよく含有するアルコール飲料を製造することができる。
【0056】
また、本方法を低糖アルコール飲料の製造方法として実現する場合には、上述のホップ水抽出物による酵母活性化効果がより顕著なものとなる。
【0057】
すなわち、一般に、アルコール飲料の製造において、最終的に得られるアルコール飲料に含有される糖質の濃度を低減する場合、酵母が資化可能な窒素源等の栄養成分の使用量も低減されるため、当該酵母によるアルコール発酵が遅延することとなる。しかしながら、一方で、アルコール発酵に用いられる酵母には、発酵液中の糖質を十分に消費するための旺盛な代謝能を備えることが要求される。
【0058】
これに対し、本方法においては、ホップ水抽出物を酵母活性化剤の有効成分として使用することにより、上述のとおり、酵母のアルコール代謝能を効果的に高めることができる。したがって、本方法によれば、低糖でありながら、活性化された酵母の旺盛なアルコール発酵に由来する豊富な香味成分をバランスよく含有するアルコール飲料を効率よく製造することができる。
【0059】
そして、本実施形態に係るアルコール飲料(以下、「本飲料」という。)は、上述のような本方法により製造されるアルコール飲料である。したがって、本飲料は、活性化された酵母の旺盛なアルコール発酵に由来する豊富な香味成分をバランスよく含有する、発泡性アルコール飲料又は非発泡性アルコール飲料である。
【0060】
また、本飲料が低糖アルコール飲料である場合には、本飲料は、上述のとおり、低糖でありながら、活性化された酵母の旺盛なアルコール発酵に由来する豊富な香味成分をバランスよく含有するアルコール飲料である。
【0061】
具体的に、この場合、本飲料は、例えば、糖質の含有量が低減されたにもかかわらず、ビール酵母により生成された香味成分を豊富に且つバランスよく含有することにより、しっかりした味わいのある、おいしい低糖発泡性アルコール飲料とすることができる。
【0062】
次に、本剤を使用した本方法により本飲料を製造した具体的な例について説明する。なお、以下の実施例において、「%」は「質量%」を意味する。
【0063】
[実施例1]
実施例1においては、低糖ビールの製造方法におけるホップ冷水抽出物の酵母活性化効果を検討した。まず、本剤を次のように製造した。すなわち、100gのホップペレットを2Lの冷水(20℃)に浸漬し、適宜撹拌しながら一晩静置した。その後、このホップペレットを含む水溶液を15分遠心分離した。
【0064】
さらに、遠心分離後の上清を、減圧濃縮によりBrix値が20%となるまで濃縮した。なお、Brix値は糖度計(PAL−1、株式会社アタゴ製)を用いて測定した。そして、濃縮後の上清をホップ冷水抽出物として回収した。このホップ冷水抽出物をそのまま本剤として使用した。
【0065】
次に、低糖ビールの製造方法である本方法を実施した。すなわち、まず、麦芽、ホップペレット、ホップ冷水抽出物、及び温水を含有する原料液を調製した。ここで、原料液としては、ホップ冷水抽出物を0.02%、0.10%、0.20%、0.40%、又は0.80%の濃度で含有する5種類の原料液を調製した。
【0066】
そして、各原料液をそれぞれ所定時間煮沸して、5種類の発酵前液を得た。さらに、各発酵前液に下面発酵ビール酵母(サッカロミセス・パストリアヌス)を添加して前発酵及び貯酒を行った。そして、最終的に、1.45g/100mLの濃度で糖質を含有し、添加されたホップ冷水抽出物の濃度が異なる5種類の低糖ビール(本飲料)を得た。
【0067】
以下では、これら0.02%、0.10%、0.20%、0.40%、又は0.80%の濃度でホップ冷水抽出物を使用して製造された5種類の低糖ビールを、それぞれ「0.02%飲料」、「0.1%飲料」、「0.2%飲料」、「0.4%飲料」、「0.8%飲料」という。
【0068】
また、この実施例1では、ホップ冷水抽出物を使用しない点以外は同様の条件にて低糖ビールの製造方法を実施して、1.45g/100mLの濃度で糖質を含有する低糖ビール(以下、「対照飲料」という。)を製造した。
【0069】
図2は、これら6種類の低糖ビールの製造において、アルコール発酵を開始してから終了するまでの間における発酵液中の浮遊酵母数の変化を測定した結果を示す説明図である。図2において、横軸は発酵前液に酵母を添加してから経過した日数を表す発酵日数(
日)を示し、縦軸は発酵液1mLあたりの浮遊酵母数(×10個/mL)を示し、各シンボルは、各発酵日において測定された浮遊酵母数を示す。また、図2において、白抜き丸印は対照飲料、黒塗り四角印は0.02%飲料、白抜き四角印は0.1%飲料、黒塗り三角印は0.2%飲料、白抜き三角印は0.4%飲料、黒塗り丸印は0.8%飲料についての測定結果をそれぞれ示す。
【0070】
図3は、6種類の低糖ビールの製造において、アルコール発酵中の酵母の増殖率を測定した結果を示す測定図である。図3において、横軸は低糖ビールの種類を示し、縦軸は酵母増殖率を示す。図3に示す増殖率は、アルコール発酵を終了した発酵6日目に回収された発酵液中の酵母の総数(個)を、当該アルコール発酵を開始した発酵0日目に発酵液に添加された酵母の総数(個)で除して算出した。
【0071】
図2及び図3に示すように、5種類の本飲料の製造における酵母の増殖能と、対照飲料の製造における酵母の増殖能と、の間に有意な差は見られなかった。すなわち、低糖ビールの製造方法におけるホップ冷水抽出物の使用は、酵母の増殖に大きな変化を生じさせなかった。
【0072】
図4は、6種類の低糖ビールの製造において、アルコール発酵を開始してから終了するまでの間における発酵液中のエキス濃度の変化を測定した結果を示す説明図である。図4において、横軸は発酵日数(日)を示し、縦軸は発酵液100gあたりのエキス量(g)の割合を表すエキス濃度(%)を示し、各シンボルは、各発酵日において測定されたエキス濃度を示す。また、図4において、白抜き丸印は対照飲料、黒塗り四角印は0.02%飲料、白抜き四角印は0.1%飲料、黒塗り三角印は0.2%飲料、白抜き三角印は0.4%飲料、黒塗り丸印は0.8%飲料についての測定結果をそれぞれ示す。
【0073】
図4に示すように、5種類の本飲料の製造におけるエキス濃度は、対照飲料の製造におけるそれに比べて、早期に低下する傾向が見られた。また、図4に示すように、5種類の本飲料の製造における発酵最終日(すなわち、発酵6日目)のエキス濃度は、対照飲料の製造におけるそれに比べて、より低いレベルに到達した。
【0074】
すなわち、低糖ビールの製造方法においてホップ冷水抽出物を使用することにより、当該ホップ冷水抽出物を使用しない場合に比べて、発酵液中の酵母の数は変化しないにもかかわらず、当該発酵液中のエキスは、当該酵母によって速やかに且つ十分に消費された。さらに、ホップ冷水抽出物の添加濃度が増加するに伴って、発酵液中のエキス濃度は、より早期に、より低いレベルに到達する傾向が見られた。
【0075】
図5は、図2及び図4に示す結果に基づいて、単位細胞数あたりの酵母のエキス消費能を算出した結果を示す説明図である。図5において、横軸は発酵日数(日)を示し、縦軸は発酵液中の10個あたりの酵母のエキス消費能(g/10個)を示す。なお、各発酵日のエキス消費能は、前日のエキス濃度から当日のエキス濃度を減じて得られるエキス消費量を、前日の浮遊酵母数と当日の浮遊酵母数との算術平均として得られた浮遊酵母数で除して算出された。また、図5において、各発酵日について示されている6つの棒グラフは、それぞれ左から対照飲料、0.02%飲料、0.1%飲料、0.2%飲料、0.4%飲料、0.8%飲料について算出されたエキス消費能を示している。
【0076】
図5に示すように、低糖ビールの製造方法においてホップ冷水抽出物を使用することにより、当該ホップ冷水抽出物を使用しない場合に比べて、単位細胞数あたりの酵母のエキス消費能が高められていた。さらに、この単位細胞数あたりの酵母のエキス消費能は、ホップ冷水抽出物の添加濃度が増加するに伴って、増加する傾向が見られた。
【0077】
すなわち、ホップ冷水抽出物は、個々の酵母が有する増殖能及びアルコール発酵能のうち、アルコール発酵能を選択的に活性化することが確認された。このホップ冷水抽出物による酵母活性化効果は、特に、発酵3日目から5日目において顕著であり、また、ホップ冷水抽出物の添加濃度が0.10%以上の場合に顕著であった。
【0078】
[実施例2]
実施例2においては、ホップ冷水抽出物が、酵母以外の微生物の増殖に及ぼす影響を評価した。この微生物としては、ビール中で増殖することが知られている5種類の菌株、すなわち、L.brevis、P.damnosus、L.lindneri、P.frisingensis、及びB.bruxellensisを用いた。
【0079】
まず、上述の実施例1と同様にして得られたホップ冷水抽出物を0.005%、0.020%、0.200%、0.800%、又は3.200%の濃度で含有する5種類の乳酸菌増殖用培地を調製し、各培地の入ったプレートを作製した。一方、上記5種類の菌株のいずれかを所定濃度で含む培養液を10倍又は10倍に希釈して、当該菌株を含む10種類の培養液を調製した。
【0080】
そして、いずれかの菌株を10倍又は10倍に希釈された濃度で含む培養液の各々を、上記5種類の培地の各々に播種した。播種から所定日数経過した時点で各培地上に形成されているコロニーの数を測定した。
【0081】
図6は、各ビールについてコロニーの数を測定した結果を示す説明図である。図6に示すように、いずれの菌株を含む培地においても、ホップ冷水抽出物の添加濃度の増加に伴うコロニー数の有意な変化は見られなかった。すなわち、ホップ冷水抽出物は、これらの菌株の増殖を促進しないことが確認された。
【0082】
[実施例3]
実施例3においては、発泡性アルコール飲料の製造における、ホップの使用の有無と酵母によるエキスの消費能との関係を検討した。
【0083】
すなわち、炭素源としての液糖、窒素源としてのエンドウ由来のタンパク質及びタンパク質分解物、ホップペレット、及び温水を含有する原料液を調製した。また、ホップペレットを使用しないこと以外は同一組成の原料液(すなわち、液糖、エンドウ由来のタンパク質及びタンパク質分解物、及び温水を含有する原料液)も調製した。
【0084】
そして、これら2種類の原料液をそれぞれ所定時間煮沸して、2種類の発酵前液を得た。さらに、各発酵前液に下面発酵ビール酵母(サッカロミセス・パストリアヌス)を添加して前発酵及び貯酒を行った。そして、最終的に、ホップペレットを用いて製造された発泡性アルコール飲料、及びホップペレットを用いることなく製造された発泡性アルコール飲料を得た。これら2種類の発泡性アルコール飲料の製造にホップ冷水抽出物は使用しなかった。
【0085】
図7は、これら2種類の発泡性アルコール飲料の製造において、アルコール発酵中における単位細胞数あたりの酵母のエキス消費能を、上述の実施例1と同様に算出した結果を示す説明図である。図7において、横軸は発酵日数(日)を示し、縦軸は発酵液中の10個あたりの酵母のエキス消費能(g/10個)を示す。また、図7において、各培養日について示されている3つの棒グラフは、左側(黒塗り)がホップを使用しなかった場合、右側(ハッチング)がホップを使用した場合において算出されたエキス消費能をそれぞれ示している。
【0086】
図7に示すように、ホップを使用した発泡性アルコール飲料の製造においては、ホップを使用しなかった発泡性アルコール飲料の製造に比べて、単位細胞数あたりの酵母のエキス消費能が高くなる傾向が見られた。この酵母活性化は、煮沸時に熱水によりホップから抽出された成分が発酵液中に存在することによる効果と考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】本発明の一実施形態に係るアルコール飲料の製造方法の一例に含まれる主な工程を示すフロー図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る低糖ビールの製造方法において、アルコール発酵中の浮遊酵母数の変化を測定した結果の一例を示す説明図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る低糖ビールの製造方法において、アルコール発酵中の酵母の増殖率を測定した結果の一例を示す説明図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る低糖ビールの製造方法において、アルコール発酵中のエキス濃度の変化を測定した結果の一例を示す説明図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る低糖ビールの製造方法において、単位細胞数あたりの酵母のエキス消費能を測定した結果の一例を示す説明図である。
【図6】ホップ冷水抽出物が酵母以外の微生物の増殖能に及ぼす影響を評価した結果の一例を示す説明図である。
【図7】発泡性アルコール飲料の製造方法において、単位細胞数あたりの酵母のエキス消費能を測定した結果の一例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0088】
10 発酵前工程、11 発酵工程、12 発酵後工程。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホップ水抽出物を、アルコール発酵における酵母活性化剤の有効成分として使用する
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
ホップ水抽出物を添加することによって酵母を活性化し、活性化された前記酵母によるアルコール発酵を行う
ことを特徴とする発酵方法。
【請求項3】
ホップ水抽出物を酵母活性化剤の有効成分として使用し、アルコール飲料を製造する
ことを特徴とするアルコール飲料の製造方法。
【請求項4】
前記アルコール飲料は、発泡性アルコール飲料である
ことを特徴とする請求項3に記載されたアルコール飲料の製造方法。
【請求項5】
前記アルコール飲料は、低糖アルコール飲料である
ことを特徴とする請求項3又は4に記載されたアルコール飲料の製造方法。
【請求項6】
前記ホップ水抽出物として、ホップ冷水抽出物を使用する
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載された方法。
【請求項7】
請求項3乃至6のいずれかに記載された方法により製造された
ことを特徴とするアルコール飲料。
【請求項8】
ホップ水抽出物を有効成分として含有する
ことを特徴とする酵母活性化剤。
【請求項9】
前記ホップ水抽出物は、ホップ冷水抽出物である
ことを特徴とする請求項8に記載された酵母活性化剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−278875(P2009−278875A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−131215(P2008−131215)
【出願日】平成20年5月19日(2008.5.19)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】