説明

酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター及びその製造方法

【課題】酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター及びその製造方法を提供する
【解決手段】酵素が、シリカ系ナノ空孔材料の細孔内に安定に固定されている酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体を担持したマイクロリアクターであって、酵素−反応基質間で相互作用を示すように、前記の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が、マイクロリアクターの流路内に担持された状態にあり、前記シリカ系ナノ空孔材料が、1)ケイ素原子と酸素原子を必須成分として含む化合物の多孔体であり、2)細孔のサイズが、直径で2〜50nmであり、3)全細孔容積が0.1〜1.5mL/gであり、4)比表面積が200〜1500mである、ことからなる酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター、及びその製造方法。
【効果】様々な化学プロセスへの応用が可能な酵素反応場を有するシリカ系ナノ空孔材料担持マイクロリアクターを提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター及びその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、耐熱、耐有機溶媒などの耐環境性を備えた安定な酵素反応場であり、また、高選択性・高反応効率を可能にするコンパクトな反応場である、酵素−ナノ空孔材料複合体を担持した流通型マイクロリアクター及びその作製方法に関するものである。本発明は、次世代の様々な化学反応プロセスへの応用が高く期待されているマイクロリアクター技術において、様々な分子サイズの酵素分子を選択的、かつ単分散した状態で高密度に集積し、酵素活性を安定に保持しながら、高濃度、かつ安定に担持、固定化したマイクロリアクター及びその製造技術に関する新技術・新製品を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の産業用酵素を利用した物質生産において、例えば、「迅速混合」、「精密温度制御」といった特徴を有し、化学反応プロセスにおける反応速度と収率の飛躍的な向上を可能にすると考えられているマイクロリアクター技術については、様々な化学反応プロセスへの応用が高く期待されている。しかしながら、生産効率の向上を目的とした各種固定化担体への酵素分子の高密度集積化技術の開発過程では、いくかの問題点が指摘されている。
【0003】
従来の基板上への酵素の固定化法には、化学結合や静電気相互作用を介して担持するいくつかの手法があるが、従来の手法には、特に、1)基板表面への非特異的吸着によって酵素が失活する、あるいは立体障害によって酵素反応が阻害される、2)酵素の固定化量を増大させると、酵素が自己凝集体を形成し、酵素活性が発現しない場合や、失活する場合がある、といった基本的な問題点がある。
【0004】
従来のマイクロリアクターでは、末端特異的な結合により、酵素分子を配向制御することが可能であるが、高コストで、手間もかかる。したがって、簡便、かつ低コストの手法で、酵素分子を単分散した状態で高密度に集積し、更に、酵素活性を保持しながら、高濃度、かつ安定に担持、固定化するための新しい担持、固定化技術の開発が求められている。
【0005】
このような問題を解決するためには、簡便な手法により、多様な酵素分子を選択的、かつ単分散した状態で、高密度に集積できる新しいマイクロリアクターの開発が不可欠であると考えられる。そのためには、従来のマイクロ空間の特徴に加え、更に、耐環境性、すなわち耐熱(非特許文献1)、耐有機溶媒(非特許文献2)などを備えた安定な酵素反応場、また、高選択性・高反応効率を可能にするコンパクトな反応場を提供できる新しいマイクロリアクターを開発することが強く求められる。
【0006】
先行技術として、シリカ系メソ多孔体材料、例えば、SBA、MCM、FSMタイプなどのシリカ系メソ多孔体材料の細孔内部に、ホモ蛋白質を吸着させ、活性を保持させる人工的な蛋白質複合体の開発や(非特許文献3)、シリカ系メソ多孔体材料−蛋白質複合体に関する報告(特許文献1、非特許文献4、5)、が種々存在する。
【0007】
本発明者らは、既に、ナノ空孔材料では、極めて大きな比表面積とすることができ、また、細孔径の制御や表面の親和性の制御が容易に行えるとの知見を見出しており、更に、ナノ空孔材料内への酵素の固定化の一つとして、規則性細孔を有するシリカ系メソ多孔体(ナノ空孔材料)に酵素分子をカプセル化する方法を提案している。
【0008】
しかしながら、従来、上記シリカ系メソ多孔体材料を用いて、流通型プロセスを構築することを可能とする連続的な酵素反応場としてのリアクター技術を開発することに成功した例はなく、当技術分野においては、従来のマイクロ空間の特徴に加え、更に、耐環境性、高選択性、高反応効率性などを備えた、新しいマイクロリアクター技術を開発することが強く要請されていた。
【0009】
【特許文献1】特開2006−158359号公報
【非特許文献1】Y.Urabe,T.Shiomi,T.Itoh,A.Kawai,T.Tsunoda,F.Mizukami and K.Sakaguchi;“Encapsulation of hemoglobin in mesoporous silica(FSM)−Enhanced thermal stability and resistance to denaturants”,ChemBioChem,8,668−674(2007)
【非特許文献2】H.Takahashi,B.Li,T.Sasaki,C.Miyazaki,T.Kajino and S.Inagaki;“Catalytic activity in organic solvents and stability of immobilized enzymes depend on the pore size and surface characteristics of mesoporous silica”,Chem.Mater.,12,3301−3305(2000)
【非特許文献3】I.Oda et al.,J.Phys.Chem.B,vol.110,1114−1120(2006)
【非特許文献4】A.Katiyar et al.,J.Chromatogr.A,vol.1069,119−126(2005)
【非特許文献5】S.Hudson et al.,J.Phys.Chem.B,vol.109,19496−19506(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記従来技術の課題を解決することを可能にする、ナノ空孔材料とマイクロリアクター技術を融合した協奏的酵素反応場を構築すること、酵素−ナノ空孔材料複合体を担持した流通型マイクロリアクターの作製と、酵素反応解析について検討すること、酵素−ナノ空孔材料複合体をマイクロリアクターの反応場として利用すること、を目標として鋭意研究を重ねた結果、上記酵素−ナノ空孔材料複合体を酵素反応場とする新しい酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを開発することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、ナノ空孔材料とマイクロリアクター技術を融合した新しい酵素反応場を有する、酵素−ナノ空孔材料複合体を担持した流通型マイクロリアクターを提供することを目的とするものである。また、本発明は、リアクターの流路内に酵素−ナノ空孔材料複合体を担持した酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決する本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)酵素分子をシリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に備えた酵素内包複合体を担持したマイクロリアクターであって、酵素内包複合体が、前記シリカ系ナノ空孔材料の細孔内に安定に固定されている酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体からなり、酵素−反応基質間で相互作用を示すように、前記の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が、マイクロリアクターの流路内に担持された状態にあることを特徴とする酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(2)前記シリカ系ナノ空孔材料が、1)ケイ素原子と酸素原子を必須成分として含む無機化合物の多孔体であり、2)細孔のサイズが、直径で2〜50nmであり、3)全細孔容積が0.1〜1.5mL/gであり、4)比表面積が200〜1500mである、前記(1)に記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(3)前記シリカ系ナノ空孔材料が、ポリジメチルシロキサン(PDMS)/ガラス基板から構成されるマイクロリアクター内のガラス基板表面に、シロキサン結合を介して、担持されている、前記(1)又は(2)に記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(4)前記シリカ系ナノ空孔材料が、ポリジメチルシロキサン(PDMS)/ガラス基板から構成されるマイクロリアクター内のガラス基板表面に、ポリジメチルシロキサンを介して、担持されている、前記(1)又は(2)に記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(5)前記シリカ系ナノ空孔材料が、FSM、又はSBAタイプのシリカ系メソ多孔体材料である、前記(1)から(4)のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(6)前記酵素が、加水分解酵素、酸化還元酵素、転移酵素、脱離酵素、異性化酵素、又は合成酵素である、前記(1)から(5)のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(7)前記酵素が、リパーゼである、前記(1)から(6)のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(8)前記の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が、マイクロリアクターの流路内に担持されて酵素活性が安定に保持された状態にある、前記(1)から(7)のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(9)酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターが、連続酵素反応プロセスにおいて繰り返し使用される流通型のものである、前記(1)から(8)のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
(10)前記1から9のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターであって、前記シリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に、酵素分子を、酵素が酵素−反応基質間で相互作用を示すような状態で担持させた酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体を、マイクロリアクターの流路内に担持、固定することを特徴とする酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターの製造方法。
【0013】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、酵素分子をシリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に備えた酵素内包複合体を担持したマイクロリアクターであって、酵素内包複合体が、前記シリカ系ナノ空孔材料の細孔内に安定に固定されている酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体からなり、酵素−反応基質間で相互作用を示すように、前記の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が、マイクロリアクターの流路内に担持された状態にあることを特徴とするものである。
【0014】
本発明では、前記シリカ系ナノ空孔材料が、1)ケイ素原子と酸素原子を必須成分として含む無機化合物の多孔体であり、2)細孔のサイズが、直径で2〜50nmであり、3)全細孔容積が0.1〜1.5mL/gであり、4)比表面積が200〜1500mであること、を好ましい実施の態様としている。
【0015】
また、本発明は、上記の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを製造する方法であって、前記シリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に、酵素分子を、酵素が酵素−反応基質間で相互作用を示すような状態で担持させた酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体を、マイクロリアクターの流路内に担持、固定することを特徴とするものである。
【0016】
本発明では、直径2−50nmの規則性細孔を持つシリカ系無機多孔体(メソポーラスシリカ)のナノ空孔材料へ酵素分子をカプセル化することにより、酵素−ナノ空孔材料複合体を作製し、また、該酵素−ナノ空孔材料複合体をマイクロリアクターの基板表面の流路内に担持、固定した酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを構築すること、そして、該酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを連続酵素反応システムへ適用したこと、を特徴とするものである。
【0017】
本発明は、酵素とナノ空孔材料を複合体化するとともに、該酵素−ナノ空孔材料複合体をマイクロリアクターの流路内に担持させ、デバイス化することにより、酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを構築したものである。本発明の酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターは、従来のマイクロ空間に、更に、耐熱、耐有機溶媒などの耐環境性を備えた新しい酵素反応場を提供するものとして有用である。
【0018】
本発明では、ナノ空孔材料として、好適には、シリカ源(カネマイトなどの層状ケイ酸塩、水ガラスなど)と、カチオン性界面活性剤(塩化アルキルトリメチルアンモニウムなど)を縮合反応させ、これを焼成することによって作製したナノ空孔材料FSM(folded−sheet mesoporous material)や、SBAタイプのシリカ系メソ多孔体材料などが好適なものとして例示されるが、以下、FSMをモデルとして、本発明を詳細に説明する。層状ケイ酸塩としては、例えば、カネマイトが好適に用いられ、また、界面活性剤としては、カチオン性の界面活性材である第四級アンモニウム塩が好適に用いられるが、これらと同効のものであれば同様に使用することができる。
【0019】
層状ケイ酸塩(シリカ源)とカチオン性界面活性剤を水溶液中で混合すると、界面活性剤のミセルの分子集合体の形成と、シリカの縮合反応が協奏的に進行し、ハニカム状のシリカの鎧が形成され、最終的には、界面活性剤を焼成、除去することによって、目的のシリカ系メソ多孔体のナノ空孔材料FSMを作製することができる。得られたナノ空孔材料FSMは、極めて大きな比表面積(〜1000m/g)と細孔容積(〜1cm/g)を有しており、また、細孔径の制御が可能(φ2−10nm)で、表面は反応性が高く、表面修飾による親和性の制御が可能である、という特徴を持っている。
【0020】
本発明では、ナノ空孔材料FSMとして、例えば、細孔径分布(BJH法による)が2−10nmの材料、好ましくは、2.6−7.1nmの材料を作製、使用することができ、具体的に、例えば、細孔径:2.6(FSM2.6)、3.7(FSM3.7)、5.4(FSM5.4)、7.1(FSM7.1)nm、そして、それぞれ、壁厚:0.85、0.86、0.99、1.07nm、比表面積:1016、951、999、966m−1、全細孔容量:0.91、1.07、1.60、1.91cm−1、の材料を作製し、使用することができる。本発明では、これらの材料を、ナノ空孔材料として、適宜使用することができ、また、同様に、SBAタイプのシリカ系メソ多孔体材料を使用することができる。
【0021】
また、ナノ空孔材料FSMのX線回折及びTEM観察の結果、本発明のナノ空孔材料FSMでは、2Dヘキサゴナル構造を示唆する特徴的な回折パターンが示され、また、ハニカム状の細孔構造が広範囲に配列している様子が観察される。また、後記する実施例で用いた酵素リパーゼは、シリンダー構造を持っており、その大きさは、例えば、3.7nmの細孔を持ったナノ空孔材料FSMにマッチすることが明らかとなった。
【0022】
本発明では、細孔径の大きさを2−10nmの範囲で制御したナノ空孔材料を使用することができ、例えば、細孔径が2.6、3.7、5.4、7.1nmのナノ空孔材料(FSM2.6、3.7、5.4、7.1)を適宜作製し、使用することが可能である。タンパク質・酵素分子は、数ナノメートルから大きいもので数十ナノメートルになるが、この酵素分子の大きさに見合ったサイズの細孔径のナノ空孔材料を使用することで、適宜の酵素−ナノ空孔材料複合体を作製することが可能である。
【0023】
次に、リパーゼを代表例(モデル酵素)として、本発明を更に詳細に説明するが、酵素は、リパーゼに限定されるものではなく、用いるナノ空孔材料FSMの細孔のサイズにマッチする酵素であれば、その種類に制限されることなく、本発明を適用することが可能である。後記する実施例では、モデル酵素として、糸状菌由来リパーゼを用いた例を示したが、該リパーゼの場合、ナノ空孔材料FSMとして、3.7nmのものが好適に用いられる。しかし、酵素は、リパーゼに制限されるものではなく、加水分解酵素、酸化還元酵素、転移酵素、脱離酵素、異性化酵素、又は合成酵素などの適宜の酵素が適用可能である。
また、緩衝溶液としては、酵素の等電点に近いpHのものが、大きい吸着力を示すことが分かった。
【0024】
次に、窒素吸脱着測定により、ナノ空孔材料FSMの細孔内へ酵素が導入され、酵素−ナノ空孔材料複合体が形成されていることを確認することができる。酵素を吸着させたナノ空孔材料FSMでは、細孔内に窒素が入り込む余地がなくなり、窒素吸着量及び細孔容積の減少が示されるので、これにより、複合体の形成を確認することができる。
【0025】
次に、酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターの作製について説明する。本発明では、好適には、基板として、例えば、厚みが約1mm程度のガラス基板を用いることができるが、基材の種類、形状及び構造、大きさなどは、使用目的に応じて任意に設計することができる。基板の一部にマスクを施し、次に、フッ酸によってエッチングを行って溝を形成し、この領域に脱水エタノールなどに懸濁したナノ空孔材料FSM粉末を浸漬させ、これを焼成し、ガラス基板表面にナノ空孔材料FSM粒子を共有結合させる。
【0026】
次に、ポリジメチルシロキサン(PDMS)膜を上から貼り、酵素溶液を導入し、ポリジメチルシロキサン(PDMS)/ガラス基板から構成されるマイクロリアクター内のガラス基板表面に特異的に吸着、固定されたナノ空孔材料FSM粒子の細孔内に酵素を吸着、担持させた後、緩衝液で充分に洗浄する。このようにして、マイクロリアクター内の基板表面−特異的に吸着、固定されたナノ空孔材料FSM粒子−その細孔内に吸着、担持された酵素の複合構造を構築して、マイクロリアクターの流路内に酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が担持された状態とすることで、本発明の酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターが作製される。
【0027】
また、別の手法として、プラスチックディッシュを利用してマイクロリアクターを作製することが可能である。この手法では、例えば、プラスチックディッシュ底部に形成した約φ14mm程度の貫通孔にガラス基板を取り付け、その上に厚み〜0.1mm程度のポリジメチルシロキサン(PDMS)層を形成し、その表面にナノ空孔材料FSM粒子を堆積させ、これを約85℃程度の温度で数時間静置して硬化させることで、ガラス基板表面にナノ空孔材料FSMを担持させる。次に、これに、圧縮空気を吹き付けて、非特異的に吸着したナノ空孔材料FSM粒子を除去した後、厚み約1mm程度のポリジメチルシロキサン(PDMS)膜を上から貼り、シールする。この際に、テフロン(登録商標)チューブを連結して、送液部を構築する。
【0028】
次に、酵素溶液を、シリンジポンプなどを用いて、ナノ空孔材料FSM担持マイクロリアクター内に送液して、ポリジメチルシロキサン(PDMS)/ガラス基板から構成されるマイクロリアクター内のガラス基板表面に特異的に吸着、固定されたナノ空孔材料FSM粒子の細孔内に、酵素を吸着、担持させた後、緩衝液で充分に洗浄する。このようにして、マイクロリアクター内の基板表面−特異的に吸着、固定されたナノ空孔材料FSM粒子−その細孔内に吸着、担持された酵素の複合構造を構築して、マイクロリアクターの流路内に酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が担持された状態とすることで、本発明の酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターが作製される。本発明の酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターの構成は、マイクロリアクター内の基板表面と、該基板表面に特異的に固定化されたシリカ系ナノ空孔材料FSM粒子と、該粒子の特定の細孔径の細孔内に固定化された酵素分子とからなる複合構造を有し、上記酵素分子が、上記基板表面に、ナノ空孔材料FSM粒子の細孔を介して、基板表面に対して、非直接的、間接的に複合化されていることが重要であり、それにより、酵素分子を、シリカ系ナノ空孔材料FSM粒子の細孔内で単分散した状態で、高密度に集積、担持させて、反応基質に対する連続酵素反応機能を高い反応効率で発揮させることが可能となる。
【0029】
本発明では、アミノ基標識用の蛍光色素で表面を標識した酵素を用いて、酵素がリアクターの流路内に担持されていることを確認することができる。標識した酵素は、ゲルろ過によって精製し、蛍光色素を標識した酵素の蛍光スペクトルを測定する。この標識酵素を上記マイクロリアクター内に導入し、洗浄した後に蛍光イメージアナライザーで解析し、蛍光の位置と、ナノ空孔材料FSM粒子を固定した領域とを比べることで、酵素が吸着していることを確認することができる。
【0030】
次に、酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターによる酵素反応の解析を行った。酵素反応は、バッチ反応系と比べて、マイクロリアクターでは、非常に大きな反応活性を示すことが分かった。酵素リパーゼを用いたトリグリセリド加水分解反応系では、マイクロ空間の高反応効果によりその比活性は、バッチ反応の約70倍になることが分かった。バッチ反応系は、可逆的であるため、一定の反応平衡を示す。
【0031】
本発明の酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを用いた系では、分解物などの酵素反応生成物が反応系外に排出されるために、反応平衡がシフトし、反応効率が向上する。本発明は、活性を保持した状態で酵素を固定化できるプラットフォームとなり、また、高選択性・高反応効率を実現するコンパクトな反応場になる酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを提供するものとして有用である。
【0032】
従来、酵素−ナノ空孔材料複合体の作製については、いくつかの報告例があるが、酵素−ナノ空孔材料複合体をリアクターに組み込んで高効率の酵素反応場を形成した酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターは開発されていない。本発明は、上記酵素−ナノ空孔材料複合体を、リアクターの流路内に担持させた酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを用いて、流通型酵素反応を行うことにより、バッチ反応系と比較して、マイクロ空間の酵素反応場で、約70倍を超える非常に大きな反応活性、反応効率が得られることを実証して、はじめて完成されたものである。
【発明の効果】
【0033】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)酵素活性を保持しながら、酵素を高濃度、かつ安定に保持することを可能にする酵素反応場を有する酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを提供できる。
(2)リアクターの流路内にナノ空孔材料複合体を担持した新しいマイクロリアクターを提供できる。
(3)酵素−ナノ空孔材料複合体を反応場として利用するマイクロリアクターを提供できる。
(4)高選択性・高反応効率を実現するコンパクトな反応場を持つ酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを提供できる。
(5)本発明の酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターのマイクロ空間の高反応効率と、耐環境性を利用することにより、バッチ反応系に比べて、非常に大きな反応活性が得られる。
(6)酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを用いた系では、反応生成物を反応系外に排出することができるため、反応効率を大きく向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
本実施例では、シリカ系メソ多孔体の合成を行った。
(1)合成例1
水ガラス1号271.59gを、水828.41gと混合後、80℃に加熱した。別途、ドコシルトリメチルアンモニウムクロライド80gを、70℃の水1リットルに添加、溶解後、トリイソピルベンゼン70ml(60g)を更に添加し、ホモミキサーで30分撹拌した。この乳化液を水ガラス溶液に瞬時に添加して、更に5分撹拌した。
【0036】
これに、2規定塩酸を約1時間かけて添加し、pH8.5の状態で約3時間撹拌した。吸引濾過後、70℃の熱水に再分散・濾過を繰り返し、濾液の伝導度が100μS/cm以下であることを確認した。45℃で3日間乾燥した後、550℃で6時間焼成することにより、中心細孔直径6.2nmのシリカ系メソ多孔体FSMを得た。
【0037】
上記FSMについて、粉末X線回折及び窒素吸着等温線の測定を行った。粉末X線回折は、理学RAD−B装置を用いて測定し、窒素吸着等温線は、液体窒素温度において、定容積法により求めた。X線回折パターンにより、上記FSMは、2次元ヘキサゴナルの細孔配列構造を有していることが分かった。また、窒素吸着等温線から、Cranston−Inklay法で計算した細孔分布曲線によると、全細孔容積に占める、中心細孔直径の±40%の範囲内の直径を有する細孔の全容積の割合は、60%以上であることが分かった。
【0038】
(2)合成例2
乾燥水ガラス(SiO/NaO=2.00)を、700℃で6時間、空気中で焼成し、ジケイ酸ソーダ(δ−NaSi)に結晶化させた。この結晶50gを500mLの水に分散させ、3時間撹拌した。その後、濾過して固形分を回収してカネマイトを得た。こうして得られたカネマイト50gを、0.1Mのヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド水溶液1000mLに分散させ、70℃で3時間攪拌しながら加熱した。加熱初期の分散液のpHは12.3であった。その後、70℃で加熱、撹拌しながら2Nの塩酸を添加して、分散液のpHを8.5に下げた。
【0039】
そして、更に70℃で3時間加熱した後、室温まで放冷した。固形生成物をいったん濾過し、再び1000mLのイオン交換水に分散させ攪拌した。この濾過・分散撹拌を5回繰り返してから風乾した。風乾して得られた試料を、窒素中450℃で3時間加熱した後、空気中で550℃で6時間焼成することにより、中心細孔直径2.7nmのシリカ系メソ多孔体FSMを得た。
【0040】
(3)合成例3
ドコシルトリメチルアンモニウムクロライド4.24gを、70℃の水100ミリリットルに添加し、溶解後、カネマイト5gを更に添加し、70℃に加熱しながら、ホモミキサーで3時間撹拌した。これに、2規定塩酸を約1時間かけて添加し、pH8.5の状態で、約3時間撹拌した。これを、吸引濾過した後、70℃の熱水に再分散・濾過を繰り返し、濾液の伝導度が100μS/cm以下であることを確認した。これを、45℃で3日間乾燥した後、550℃で6時間焼成することにより、中心細孔直径4nmのシリカ系メソ多孔体FSMを得た。
【0041】
上記FSMについて、粉末X線回折及び窒素吸着等温線の測定を行った。粉末X線回折は、理学RAD−B装置を用いて測定し、窒素吸着等温線は、液体窒素温度において、定容積法により求めた。X線回折パターンにより、上記FSMは、2次元ヘキサゴナルの細孔配列構造を有していることが分かった。また、窒素吸着等温線から、Cranston−Inklay法で計算した細孔分布曲線によると、全細孔容積に占める、中心細孔直径の±40%の範囲内の直径を有する細孔の全容積の割合は、60%以上であることが分かった。
【実施例2】
【0042】
本実施例では、バッチ法におけるシリカ系ナノ空孔材料への酵素の導入と吸着評価を行った。
(1)酵素―ナノ空孔材料複合体の製造
シリカ系メソ多孔体には、中心細孔直径4nmを有するシリカ系メソ多孔体(FSM−22)を、また、酵素には、リパーゼ(Phycomyces Nitens由来、分子量〜30kDa)を用いた。
【0043】
リパーゼを内包したFSM粒子は、FSMの粉末50mgと、5mg/mLのリパーゼを含んだ20mMメス緩衝溶液(pH6.0)1mLとを混合し、4℃で20時間震盪させることにより調製した。その後、10,000rpmで2分間遠心分離を行い、上清を除き、得られた沈殿物を同じ緩衝溶液1mLに再懸濁した。更に、これを遠心分離し、緩衝溶液への沈殿物の再懸濁の操作を3〜4回繰り返し、最終的にリパーゼとFSMの複合体のリパーゼ−FSM複合体を得た。
【0044】
(2)窒素吸着の測定
上記リパーゼ−FSM複合体を用いて、窒素吸着特性について調べた。図1の左図に、リパーゼ−FSM複合体の窒素吸脱着等温線を示す。縦軸は、窒素吸着量を示し、横軸は、その時の相対圧力を示す。図中、aはFSMのみの場合、bはFSMの細孔内部にリパーゼを吸着させた場合、を示す。FSMのみの場合と比較して、FSMにリパーゼを吸着させた場合に、窒素吸着量が減少している。このことは、細孔の中にリパーゼが導入されていることを示している。
【0045】
(3)細孔分布の測定
前記窒素吸脱着等温線から細孔分布曲線を求めた。図1の右図に、FSM、及び、リパーゼ−FSM複合体の細孔分布曲線を示す。縦軸は、微分細孔容積を示し、横軸は、FSMの中心細孔直径を示す。FSMのみの場合(図中、cと比較して、FSMにリパーゼを吸着させた場合(図中、d)に、細孔容積が減少している。このことは、細孔の中にリパーゼが導入されていることを示している。また、どちらの場合も、4nm付近にシャープなピークが見られ、これは、4nm程度の細孔があり、細孔が壊れずに保持されていることを示している。
【実施例3】
【0046】
本実施例では、酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体を担持させたマイクロリアクターを製造した。
シリカ系メソ多孔体には、中心細孔直径4nmを有するシリカ系メソ多孔体FSMを用い、また、酵素には、リパーゼを用いた。リパーゼを内包したFSM粒子を担持したマイクロリアクター(リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター)は、ポリジメチルシロキサン(PDMS)/ガラス基板から構成され、工程の異なる二種類の手法で作製した。ここで、未焼成のFSMは、基板表面への固定化効率が極めて低かったため、焼成済みのFSM粉末を用いることにした。
【0047】
(手法1)
1M HF−2M NHF溶液でエッチングすることにより掘削したガラス基板の流路(10×46mm、厚み:0.15mm)に、脱水エタノールに懸濁したFSM粒子を浸漬し、乾燥後、95℃/時間の速度で500℃まで昇温させ、更に、500℃で5時間焼成することによって、ガラス基板表面にFSM粒子を担持させた。次に、FSM担持ガラス基板を、20mMメス緩衝溶液(pH6.0)に溶解した0.2mg/mLリパーゼ溶液200mL中に4℃で一晩浸漬することで、リパーゼの吸着を行った。
【0048】
ここで調製された、リパーゼ−FSM複合体担持ガラス基板は、20mMメス緩衝溶液(pH6.0)200mL中に浸漬することによって洗浄した後、PDMS膜(厚み:1mm)によりシールした。また、PEEKチューブ(内径:0.1mm、外径:0.36mm)を連結することによって、送液部を構築した。図2の図中、aは、手法1により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを撮影した写真、bは、同マイクロリアクターを模式的に示した説明図、を示す。
【0049】
(手法2)
プラスチックディッシュ底部の貫通孔(φ14mm)に取り付けた硼珪酸ガラスの上にPDMS溶液(15μL)を滴下した後、ここで形成されたPDMS層(厚み: 〜0.1mm)の表面にFSM粒子を堆積させた。次に、85℃で3時間静置し、PDMSを硬化させることで、ガラス基板表面にFSM粒子を担持させた。FSM担持ガラス基板は、圧縮空気を吹き付けることで、非特異的に吸着したFSM粒子を除去した後、PDMS膜(厚み:1mm)によりシールした。また、テフロン(登録商標)チューブ(内径:0.5mm、外径:1.0mm)を連結することによって、送液部を構築した。
【0050】
次に、0.2mg/mLに調整したリパーゼ溶液1mL(緩衝溶液:20mMメス緩衝溶液(pH6.0))を、シリンジポンプを用いてFSM担持マイクロリアクター内に送液(流速:10μL/分)することによって、リパーゼの固定化を行った。続いて、20mMメス緩衝溶液(pH6.0)4mLを40μL/分の流速で送液し、洗浄を行った。図2の図中、cは、手法2により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを撮影した写真、dは、同マイクロリアクターを模式的に示した説明図、を示す。
【実施例4】
【0051】
本実施例では、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター内のリパーゼの固定化状態を可視化するために、実施例3と同様にして作製されたFSM担持マイクロリアクターに、予め蛍光物質によって標識したリパーゼ溶液を導入し、蛍光標識リパーゼを、本マイクロリアクター内のFSMの細孔内に固定化した。
【0052】
(リパーゼの蛍光標識)
アミノ基反応性の蛍光物質Alexa Fluor 488(Abs/Em=495nm/519nm)を用いて、酵素1分子あたり蛍光物質1分子の標識効率になるようにリパーゼを標識した。標識反応の緩衝溶液には、20mMメス緩衝溶液(pH6.0)を用いた。また、蛍光標識リパーゼは、ゲルろ過によって精製した。
【0053】
上記蛍光標識リパーゼを固定化した、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを、蛍光イメージアナライザー(FLA−5100; FUJIFILM製)に設置した後、レーザー励起(473nm)し、510nm以上の波長の蛍光を解析した。
【0054】
図3に、前記蛍光イメージアナライザーで解析したFSM担持マイクロリアクター内に固定化されたリパーゼの蛍光像を示す。図中、aは、手法1により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター(上図は、「AIST」の英字に沿ってFSMをパターニングした場合。下図は、10×46mmの領域にFSMを固定した場合。)の場合、bは、手法2により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターの場合、を示す。図3の緑色の蛍光像は、リパーゼを標識している蛍光物質の蛍光発光を観測しており、ガラス基板上に固定化されたFSMの細孔内にリパーゼが特異的に吸着していることを示している。
【実施例5】
【0055】
本実施例では、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター内のFSM粒子及びリパーゼの固定化状態を、同時かつ高精度に可視化するために、実施例3及び4と同様にして作製された蛍光標識リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを、高感度カメラと分光器を搭載した倒立型蛍光顕微鏡(TE−2000U;Nikon製)のステージ上に設置した後、ガラス基板上に固定されたFSM粒子の微分干渉観察及びリパーゼの蛍光観察、スペクトル観測を行った。図4に、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを設置した前記蛍光顕微鏡の観察システムの写真、を示す。
【0056】
(1)手法1により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター内部の観察
図5に、前記顕微鏡(40倍対物レンズ)で観察した、マイクロリアクター内に固定化されたリパーゼ−FSM複合体の微分干渉像及び蛍光像を示す。図中、aは、FSM粒子の微分干渉像、bは、リパーゼの蛍光像、また、cは、a、bの像を重ね合わせた画像、を示す。スケールバーは、50μmを示す。図5cより、同一視野内におけるFSMの微分干渉像とリパーゼの蛍光像の位置が一致した。この結果は、ガラス基板上に固定化されたFSMの細孔内にリパーゼが特異的に吸着していることを直接的に示している。
【0057】
(2)手法2により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター内部の観察
図6に、前記顕微鏡(40倍対物レンズ)で観察した、マイクロリアクター内に固定化されたリパーゼ−FSM複合体の微分干渉像及び蛍光像を示す。図中、aは、FSM粒子の微分干渉像、bは、リパーゼの蛍光像、また、cは、a、bの像を重ね合わせた画像を示す。スケールバーは、50μmを示す。
【0058】
図6cより、同一視野内におけるFSMの微分干渉像とリパーゼの蛍光像の位置が一致した。この結果は、ガラス基板上に固定化されたFSMの細孔内にリパーゼが特異的に吸着していることを示している。図6dは、図6bの白円の領域(φ10μm)における蛍光物質に固有の蛍光スペクトルを示しており、この結果も、FSM粒子にリパーゼが吸着していることを直接的に示している。
【0059】
手法1で作製されたマイクロリアクターでは、ガラス基板表面に担持されたFSM粒子の微分干渉像が均一な大きさのスポット(>2000spots/mm)として観測された(図5a)。これは、FSMの一次粒子のみがガラス基板上にシロキサン結合を介して直接的に担持されているため、大きさが揃っていることと推察される。一方、手法2で作製されたマイクロリアクターでは、FSM粒子が凝集した形態で担持されている様子が観察された(図6a)。
【0060】
手法2では、ガラス基板とFSM粒子の間にバインダーとしてPDMS層が存在するため、FSM粒子は一次粒子のみではなく、凝集したままPDMS層の表面に担持されていると考えられる。二種類の手法を比較すると、手法1では、FSM粒子の固定化密度はガラス基板表面のシラノール基の数に依存するため制限があるが、手法2では、シラノール基非依存的にPDMSバインダーを介して高密度にFSM粒子を担持できると考えられる。また、手法1よりも手法2の場合に、顕微鏡視野内の蛍光強度が大きかったことから、FSM粒子の担持量に比例して、リパーゼの固定化量が増大することが確認できた。
【実施例6】
【0061】
本実施例では、バッチ反応でのFSMの有無における、リパーゼによるリパーゼ基質の加水分解反応について、その酵素活性を評価した。リパーゼ基質には、二本の炭化水素鎖の末端に、それぞれ蛍光物質Pyrene(Abs/Em=342nm/400nm)と消光物質が結合したトリグリセリド(1−trinitrophenyl−amino−dodecanoyl−2−pyrendecanoyl−3−O−hexadecyl−sn−glycerol)を用いた(参考文献1、2)。
【0062】
この蛍光性トリグリセリドは、リパーゼによって分解を受ける前は消光しているが、分解するとPyreneが遊離し、蛍光発光を提示するようになるため、この蛍光量をリパーゼ活性として測定することができる。また、蛍光プローブの強度を指標にするため、従来の紫外吸収法やクロマトグラフィによる定量法と比較して、簡便かつ高感度に解析できる。
【0063】
バッチ法におけるリパーゼによる蛍光性トリグリセリド(濃度:3nmol/mL、液量:1mL)の加水分解反応は、室温で100分間行い、反応後の分解産物であるPyreneの生成量を、蛍光マイクロプレートリーダー(SpectraMax M2e; Molecular Devices製)で解析することにより、酵素活性を評価した。
【0064】
FSMに固定化していないリパーゼと、実施例3と同様にして作製されたリパーゼ−FSM複合体を用いた場合の酵素活性測定の結果を図7に示す。縦軸は、Pyreneの生成量を示し、横軸は、リパーゼ量を示す。図7より、リパーゼ量の増大にともなってPyreneの生成量の増大が示されたが、FSMに吸着させていないリパーゼ(図7b)と比較して、リパーゼ−FSM複合体の場合に、より高いPyreneの生成量が示された(図7a)。
【0065】
この結果は、FSMの細孔内に吸着したリパーゼが酵素活性を保持していることを示している。また、酵素量の増大にともない、リパーゼ−FSM複合体が、FSMに固定化していないリパーゼよりも酵素活性が高くなったことより、FSMは、高濃度領域におけるリパーゼの凝集体形成による酵素活性の低下を抑制し、酵素を分散した状態で細孔内に安定に固定できることを示唆している。
【実施例7】
【0066】
本実施例では、実施例3(手法2)と同様にして作製されたリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを、実施例6と同様の蛍光性トリグリセリドの加水分解反応に適用した結果を示す。本マイクロリアクター内に固定化したリパーゼの量は、1μgである。酵素反応は、前記蛍光性トリグリセリド(濃度:3nmol/mL、液量:1mL、流速:10μL/分)をシリンジポンプにより送液することで開始した。反応温度は、室温、滞留時間は10分間とした。酵素活性は、実施例6と同様の方法により解析することで、定量的に評価した。また、同様の操作を4度連続して行う繰り返し反応を実施した。
【0067】
図8に、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを用いたトリグリセリド加水分解反応の結果を示す。図中、aは、実施例6と同様に用いられた、バッチ法におけるFSMに固定していないリパーゼの場合(リパーゼ量:2μg)、bは、FSM粒子を担持せずにリパーゼ溶液を導入、洗浄したマイクロリアクターの場合、また、c−fは、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを用いた繰り返し反応の場合(c:一度目、d:二度目、e:三度目、f:四度目)、を示す。
【0068】
図8より、FSM粒子を担持せずに、リパーゼ溶液を導入したマイクロリアクターの場合(図8b)と比較して、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターでは、非常に高いPyreneの生成量が示された(図8c)。これは、マイクロリアクター内のFSM粒子に固定されたリパーゼが、活性を発現していることを強く示している。
【0069】
また、バッチ反応(図8a)と比較して、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを用いた反応系(図8c、1度目)では、70倍程度高いリパーゼの比活性を示した。単位時間あたりの比活性(リパーゼ1gあたりのPyreneの生成量)に換算すると、バッチ反応では、0.12mM/g/分、マイクロリアクターでは、8.92mM/g/分である。この極めて高い反応活性には、マイクロ空間の特徴である分子拡散距離の短さ、すなわち、基質と酵素の衝突頻度の増大が大きく影響していると考えられる。
【0070】
1度目の反応終了後に、同様の操作で3度の繰り返し反応を行ったところ、徐々に分解活性が低下した(図8c−f)。この原因としては、FSM細孔内からのリパーゼ分子の脱離、細孔内への基質の吸着による反応阻害、また、酵素活性の低下などが推察される。しかしながら、バッチ反応(図8a)と比較して、4度の繰り返し反応におけるPyreneの生成量の積算値は、極めて高く、これは、繰り返し反応を可能とするリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターの優位性を示している。以上の結果は、ナノ空孔材料FSMの細孔内にカプセル化されたリパーゼが、安定に活性を発現すること、また、酵素反応におけるマイクロ空間の優位性、を示唆している。
【0071】
参考文献1:G.Zandonella,L.Haalck F.Spener,K.Faber and F.Paltauf;“Inversion of lipase stereospecificity for fluorogenic alkyldiacyl glycerols−effect of substrate solubilization”,Eur.J.Biochem.,231,50−55(1995)
参考文献2:M.Duque,M.Graupner,H.Stutz,I.Wicher,R.Zechner,F.Paltauf and A.Hermetter;“New fluorogenic triacylglycerol analogs as substrates for the determination and chiral discrimination of lipase activities”,J.Lipid Res.,37,868−876(1996)
【産業上の利用可能性】
【0072】
以上詳述したように、本発明は、酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター及びその製造方法に係るものであり、本発明により、酵素活性を保持しながら、酵素を、高濃度、かつ安定に保持するための酵素反応場を有する酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを提供できる。リアクターの流路内に酵素−ナノ空孔材料複合体を担持したマイクロリアクターを提供できる。酵素−ナノ空孔材料複合体を反応場として利用するマイクロリアクターを提供できる。高選択性・高反応効率を実現するコンパクトな反応場を持つ酵素−ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターを提供できる。本発明のマイクロリアクターのマイクロ空間の高反応効率を利用することにより、バッチ反応系に比べて、非常に大きな反応活性が得られる、マイクロリアクターを用いた系では、反応生成物が反応系外に排出されるため、反応効率を大きく向上させることができる。本発明は、次世代の様々な化学反応プロセスへの応用が可能なマイクロリアクターの新技術を提供するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】リパーゼ−FSM複合体の、窒素吸脱着等温線(左)と、細孔分布曲線(右)の図である。図中、a及びcは、FSMのみの場合、b及びdは、FSMの細孔内部にリパーゼを吸着させた場合、である。
【図2】リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターの写真(左)と、該マイクロリアクターを模式的に示した説明図(右)、である。図中、a及びbは、手法1、c及びdは、手法2で作製されたマイクロリアクターである。写真の濃い部分(ブロモフェノールブルー溶液)は、送液領域を示している。
【図3】FSM担持マイクロリアクター内に固定化された蛍光標識リパーゼの蛍光像を、蛍光イメージアナライザーにより解析した結果である。図中、aは、手法1により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター(上図は、「AIST」の英字に沿ってFSMをパターニングした場合。下図は、10×46mmの領域にFSMを固定した場合。)の場合、bは、手法2により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターの場合、である。
【図4】リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを、高感度カメラと分光器を搭載した倒立型蛍光顕微鏡のステージ上に設置した場合の、装置の全体像の写真である。
【図5】手法1により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター内のリパーゼ−FSM複合体の微分干渉像及び蛍光像を示す。図中、aは、FSM粒子の微分干渉像、bは、リパーゼの蛍光像、また、cは、a、bの像を重ね合わせた画像である。
【図6】手法2により作製したリパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクター内のリパーゼ−FSM複合体の微分干渉像及び蛍光像を示す。図中、aは、FSM粒子の微分干渉像、bは、リパーゼの蛍光像、また、cは、a、bの像を重ね合わせた画像である。dは、bの白円の領域(φ10μm)における蛍光物質に固有の蛍光スペクトルである。
【図7】FSMの有無における、バッチ法でのリパーゼの酵素活性測定の結果である。図中、aは、リパーゼ−FSM複合体を用いた場合、bは、FSMに固定化していないリパーゼを用いた場合、である。
【図8】リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを用いたトリグリセリド加水分解反応の結果である。図中、aは、バッチ法におけるFSMに固定していないリパーゼの場合、bは、FSM粒子を担持せずにリパーゼ溶液を導入、洗浄したマイクロリアクターの場合、また、c−fは、リパーゼ−FSM複合体担持マイクロリアクターを用いた繰り返し反応の場合(c:一度目、d:二度目、e:三度目、f:四度目)、である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素分子をシリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に備えた酵素内包複合体を担持したマイクロリアクターであって、酵素内包複合体が、前記シリカ系ナノ空孔材料の細孔内に安定に固定されている酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体からなり、酵素−反応基質間で相互作用を示すように、前記の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が、マイクロリアクターの流路内に担持された状態にあることを特徴とする酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項2】
前記シリカ系ナノ空孔材料が、1)ケイ素原子と酸素原子を必須成分として含む無機化合物の多孔体であり、2)細孔のサイズが、直径で2〜50nmであり、3)全細孔容積が0.1〜1.5mL/gであり、4)比表面積が200〜1500mである、請求項1に記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項3】
前記シリカ系ナノ空孔材料が、ポリジメチルシロキサン(PDMS)/ガラス基板から構成されるマイクロリアクター内のガラス基板表面に、シロキサン結合を介して、担持されている、請求項1又は2に記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項4】
前記シリカ系ナノ空孔材料が、ポリジメチルシロキサン(PDMS)/ガラス基板から構成されるマイクロリアクター内のガラス基板表面に、ポリジメチルシロキサンを介して、担持されている、請求項1又は2に記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項5】
前記シリカ系ナノ空孔材料が、FSM、又はSBAタイプのシリカ系メソ多孔体材料である、請求項1から4のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項6】
前記酵素が、加水分解酵素、酸化還元酵素、転移酵素、脱離酵素、異性化酵素、又は合成酵素である、請求項1から5のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項7】
前記酵素が、リパーゼである、請求項1から6のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項8】
前記の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体が、マイクロリアクターの流路内に担持されて酵素活性が安定に保持された状態にある、請求項1から7のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項9】
酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターが、連続酵素反応プロセスにおいて繰り返し使用される流通型のものである、請求項1から8のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクター。
【請求項10】
請求項1から9のいずれかに記載の酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターの製造方法であって、前記シリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に、酵素分子を、酵素が酵素−反応基質間で相互作用を示すような状態で担持させた酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体を、マイクロリアクターの流路内に担持、固定することを特徴とする酵素−シリカ系ナノ空孔材料複合体担持マイクロリアクターの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−41973(P2010−41973A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209105(P2008−209105)
【出願日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年2月17日 社団法人化学工学会発行の「第73年会(2008)化学工学会 研究発表講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願[平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(革新的部材産業創出プログラム/新産業創造高度部材基盤技術開発・省エネルギー技術開発プログラム)/「革新的マイクロ反応場利用部材技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願]
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】