説明

酵素活性測定法及び酵素阻害剤の評価方法

【課題】 前立腺癌組織において、アンドロゲン受容体を活性化する能力を的確に評価し得る酵素活性測定法を提供する。また、アンドロゲン代謝酵素に対する包括的な阻害効果を調べることが可能な酵素阻害剤の評価方法を提供する。
【解決手段】 前立腺由来間質細胞を前立腺癌細胞とともに共培養し、副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加した後、前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定する。また、酵素阻害剤の有無による活性の相違を測定し、当該活性の相違に基づいて酵素阻害剤の阻害効果を評価する。アンドロゲン受容体の活性は、例えば前立腺癌細胞に前立腺特異抗原プロモータによって制御されるルシフェラーゼ遺伝子発現プラスミドを導入し、ルシフェラーゼ活性を測定することで測定可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前立腺由来間質細胞を使用した新規な酵素活性測定法に関するものであり、さらには、酵素阻害剤の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
活性型男性ホルモン(DHT:Dihydrotestosterone)は、細胞内でアンドロゲン受容体(AR)と結合し、アンドロゲン受容体の標的遺伝子(例えば腫瘍マーカPSA)の転写活性を制御することで、前立腺癌細胞の増殖を促進している。このため、前立腺癌に対して、男性ホルモン除去療法(ホルモン療法)は90%以上の症例で有効な治療となっているが、数年後にはホルモン療法抵抗性となって再燃し、再燃後の予後は不良である。
【0003】
前立腺癌の再燃の機序には、様々なものが考えられている。例えば、ホルモン療法後には、血清中の男性ホルモン量が治療前の5%以下になるにも関わらず、前立腺組織内には治療前の10〜40%程度残存している。我々の研究では、ホルモン療法前の25%が残存していることが確認されている。このことが前立腺癌の再燃に関与している可能性がある。さらに、前立腺癌細胞自体が性質を変化させることによって、残存している低アンドロゲンに対しても感受性となり、増殖を示すことが再燃の一つの機序として考えられている。
【0004】
ところで、前立腺組織内には、副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA:Dhydroepiandrosterone)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換するための多くの代謝酵素の存在が確認されている。デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)はホルモン療法によってそれほど変化を受けないが、ホルモン治療後にも前立腺癌組織内でデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)から活性型男性ホルモン(DHT)に変換されることが、血清中より組織中に活性型男性ホルモン(DHT)が高濃度で存在している理由と考えられている。
【0005】
ここで、例えば、市販の前立腺癌培養細胞(LNCaP)にもデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する酵素が存在することが知られている。したがって、前立腺癌細胞における前記酵素の活性(すなわち、アンドロゲン受容体を活性化する能力)を測定することで、前立腺癌のホルモン治療中あるいは治療後の再燃までの期間を予測し得る可能性がある。
【0006】
しかしながら、前記前立腺癌培養細胞(LNCaP)にデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加しても、アンドロゲン受容体を活性化する標的遺伝子PSAのプロモータの転写活性は、僅かに亢進されるに過ぎない。すなわち、前立腺癌組織内では、これら代謝酵素が存在するものの、実際に活性を有しているのか否かを判断することは難しく、また、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)がどのようにして活性型男性ホルモン(DHT)に変換されるのかについても、未だ詳細は判明していない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように、例えば前立腺癌患者から得られる前立腺組織において、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)によってどれだけアンドロゲン受容体を活性化することができるのかを評価することが難しいのが実情であるが、仮に、前記活性化する能力を的確に把握することができれば、ホルモン療法から再燃までの期間が予測可能になるものと期待される。
【0008】
また、前記活性化を評価することができれば、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する酵素の阻害剤を開発する上でも有用と考えられる。例えば製薬会社において、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する酵素の阻害剤を開発する場合、その阻害効果を測定する必要が生ずる。阻害効果の測定は、例えば液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC−MS/MS)によってデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)が活性型男性ホルモン(DHT)に変換される量を直接測定することにより行うことが可能であるが、高額な設備が必要になり、測定に費用を要する。さらに、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の活性型男性ホルモン(DHT)への変換には、様々な酵素が関与しているものと考えられ、単一の酵素のみを阻害するだけでは不十分である可能性がある。前記方法では、それらの酵素の包括的な阻害効果を測定することは難しい。
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する代謝酵素の活性を把握することができ、アンドロゲン受容体を活性化する能力を的確に評価し得る新規な酵素活性測定法を提供することを目的とし、例えば前立腺癌の再燃の予測等に有用な酵素活性測定法を提供することを目的とする。また、本発明は、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する代謝酵素に対する包括的な阻害効果を調べることができ、且つ安価に検査を行うことが可能な酵素阻害剤の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、前述の目的を達成するために、種々の研究を重ねてきた。そして、前立腺癌細胞ではなく、間質細胞でのアンドロゲン代謝の可能性に着目し、本発明の酵素活性測定法及び酵素阻害剤の評価方法を案出するに至った。
【0011】
すなわち、本発明の酵素活性測定法は、前立腺由来間質細胞を前立腺癌細胞とともに共培養し、副腎性アンドロゲンを添加した後、前記前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定することを特徴とする。
【0012】
また、本発明の酵素阻害剤の評価方法は、前立腺由来間質細胞を前立腺癌細胞とともに共培養し、副腎性アンドロゲンを添加した後、前記前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定するに際し、前記副腎性アンドロゲンを活性型男性ホルモンに変換する酵素に対する阻害剤の有無による前記活性の相違を測定し、当該活性の相違に基づいて前記阻害剤の阻害効果を評価することを特徴とする。
【0013】
前立腺癌組織には、前立腺癌細胞の他、前立腺由来間質細胞が含まれる。本発明者は、前立腺癌組織においては、前立腺癌細胞よりも前立腺由来間質細胞における代謝酵素の活性が支配的であり、前立腺由来間質細胞における代謝酵素の活性によって前立腺癌細胞のアンドロゲン受容体の活性(標的遺伝子の転写活性)が決まることを突き止めた。
【0014】
本発明の酵素活性測定法では、前立腺癌細胞と前立腺由来間質細胞を共培養し、前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定しているので、前立腺由来間質細胞により副腎性アンドロゲンがどれだけアンドロゲン受容体を活性化することができるかが測定され、例えばこの活性化する能力と予後とを比較することにより、前立腺癌のホルモン療法中の再燃までの期間が予測可能となる。
【0015】
また、本発明の酵素阻害剤の評価方法では、前記アッセイ系において阻害剤の有無による前記活性の相違を測定しており、酵素の包括的な活性について、阻害効果の有無が把握される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の酵素活性測定法によれば、副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する代謝酵素の実効的な活性を把握することができ、前立腺由来間質細胞のアンドロゲン受容体を活性化する能力を的確に評価することが可能である。したがって、本発明の酵素活性測定法を利用することで、例えば前立腺癌のホルモン療法後の再燃を予測することが可能である。
【0017】
また、本発明の酵素阻害剤の評価方法によれば、副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する代謝酵素の包括的な活性に対する阻害効果の有無を調べることができ、創薬開発のために有用なアッセイ系を提供することが可能である。さらに、本発明の評価方法においては、高価な測定装置等は不要であるので、阻害効果を多大な費用を要することなく測定することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を適用した酵素活性測定法及び酵素阻害剤の評価方法の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0019】
前立腺癌組織においては、前述の各酵素の存在が確認されているが、その活性の有無や、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)がどのようにして活性型男性ホルモン(DHT)については、未だ未解明な点が多い。このような状況の中、本発明者は、前立腺癌細胞ではなく、間質細胞でのアンドロゲン代謝の可能性に着目し、本発明の酵素活性測定法及び酵素阻害剤の評価方法を開発するに至った。
【0020】
先ず、前立腺癌組織におけるアンドロゲン代謝としては、前立腺癌細胞CaPにおけるアンドロゲン代謝と、前立腺由来間質細胞SCにおけるアンドロゲン代謝が考えられる。図1は、前立腺癌組織に含まれる前立腺癌細胞CaPと前立腺由来間質細胞SCにおけるアンドロゲン代謝の様子を示すものである。
【0021】
副腎由来の副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)は、前立腺癌細胞(prostate cancer cell)及び前立腺由来間質細胞(stromal
cell)において、代謝酵素によって活性型男性ホルモン(DHT)に変換される。具体的には、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)は、17β位水酸基脱水素酵素(17β−HSD)によってアンドロステンジオール(Adiol)に変換された後、3β位水酸基脱水素酵素(3β−HSD)によってテストステロンTに変換される。あるいは、3β位水酸基脱水素酵素(3β−HSD)によってアンドロステンジオン(Adione)に変換された後、17β位水酸基脱水素酵素(17β−HSD)によってテストステロンTに変換される。
【0022】
テストステロンTは、さらに還元酵素(SRD5As:5α−steroid reductase)によって活性型男性ホルモン(DHT)に変換される。活性型男性ホルモン(DHT)は、細胞内でアンドロゲン受容体ARと結合し、アンドロゲン受容体ARの標的遺伝子(例えば腫瘍マーカPSA)の転写活性を制御し、前立腺癌細胞の増殖を促進する。
【0023】
これがデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の一般的な代謝であるが、特に前立腺由来の間質細胞(stromal cell)でデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)は効率良く代謝され、例えばホルモン療法(androgen-deprivation therapy)によって血清中アンドロゲンが1/10以下に減少しても、前記間質細胞(stromal cell)から多くのテストステロンTやその前駆体が放出される。そのため、組織中の活性型男性ホルモン(DHT)は1/10までは低下せず、前立腺癌細胞(prostate cancer cell)に活性型男性ホルモン(DHT)を供給する。このことが再燃に結びつくものと考えられる。その他にも、間質細胞(stromal cell)が成長因子を放出し、再燃を助長する可能性もある。
【0024】
実際、例えば前立腺癌細胞のみを培養し、これにデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加しても、アンドロゲン受容体ARはほとんど活性化されず、標的遺伝子PSAのプロモータの転写活性も僅かに亢進されるのみである。一方、前立腺癌細胞とともに前立腺由来間質細胞を共培養した場合、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の添加によって、アンドロゲン受容体ARが活性化されることが実験的に確かめられている。したがって、前立腺由来間質細胞はデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する能力を持ち、前立腺癌細胞に活性型男性ホルモン(DHT)を供給している可能性が示唆された。
【0025】
これらの事実から、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加した場合に、前立腺癌患者から得られる前立腺由来間質細胞の共培養によりどれだけアンドロゲン受容体ARを活性化できるかを測定することにより、前立腺癌組織における酵素活性を評価し得るものと考えられる。そして、前記測定結果に基づき、例えば測定される酵素活性(アンドロゲン受容体ARを活性化する能力)と予後を比較することにより、前立腺癌のホルモン療法から再燃までの期間が予測可能になるものと考えられる。
【0026】
本発明の酵素活性測定法は、以上のような仮説に基づくものであり、前立腺由来間質細胞を前立腺癌細胞とともに共培養し、副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加した後、前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定する。
【0027】
前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性は、例えば前立腺癌細胞に前立腺特異抗原(PSA)プロモータによって制御されるルシフェラーゼ遺伝子発現プラスミドを導入し、前立腺癌細胞のルシフェラーゼ活性を測定することで把握することが可能である。
【0028】
前記アンドロゲン受容体の活性の評価に際しては、例えば市販の前立腺由来間質細胞と前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞についてそれぞれ測定を行い、これらを比較すればよい。前立腺癌患者由来の前立腺由来間質細胞においては、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の活性を市販の前立腺由来間質細胞よりも明らかに亢進させる場合があり、前記比較により、当該前立腺癌患者の酵素活性(アンドロゲン受容体ARを活性化する能力)を的確に評価することが可能になる。
【0029】
以上のように、本発明の酵素活性測定法によれば、前立腺癌組織における実効的な酵素活性(すなわちアンドロゲン受容体ARを活性化する能力)を的確に測定することが可能であり、例えば前立腺癌患者の再燃の可能性や再燃までの期間等を評価する上で有用な情報を得ることができる。
【0030】
なお、前述の酵素活性測定法は、前立腺由来間質細胞以外の細胞に応用することも可能である。例えば、アンドロゲンの減少はメタボリック症候群を誘導すると言われている。また、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)は脂肪代謝にも影響を及ぼしていると考えられる。皮下脂肪由来の脂肪前駆細胞や内臓脂肪由来の脂肪前駆細胞は既に市販されているため、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)がどのようにこれらの細胞で代謝され、活性化されるのかを前述の酵素活性測定法で調べることが可能であり、例えば前立腺由来間質細胞の代わりに脂肪細胞を用い、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)が脂肪細胞でどのように代謝されるか、あるいは活性型男性ホルモン(DHT)がどのように脂肪細胞で不活性化されるかを前記の酵素活性測定法で調べることによって、脂肪細胞の増殖、分化への関与を研究することが可能である。さらに、患者から得られる内臓脂肪、皮下脂肪から脂肪細胞を樹立することによっても、同様な研究を行うことが可能である。
【0031】
デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の起源は副腎である。いくつかの施設から前立腺癌の治療薬であるアンチアンドロゲンのフルタミド(オダイン)が、同じくアンチアンドロゲンであるビカルタミド使用後の前立腺癌再燃の治療に有効であるとの報告がなされている。その機序を明らかにするために、本発明者は、前立腺癌の再燃した患者に対してフルタミド使用後の血清中のDHEA−Sの濃度を測定した。その結果、DHEA−Sが治療後に低下した症例では、有意に再燃の指標である腫瘍マーカPSAが低下することが確認された。これは、フルタミドがアンチアンドロゲンとしてだけでなく、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の生合成にも影響を及ぼしていることを意味している。以上のことより、フルタミドよりも強力にデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の合成を阻害する薬剤の開発は、再燃癌の治療に役立つ可能性がある。デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)はコレステロールから合成されるが、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を産生する能力のある市販の副腎癌細胞を間質細胞や前立腺癌培養細胞LNCaPとともに共培養し、コレステロールを添加することによって、どのようにデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)が産生され、活性ある活性型男性ホルモン(DHT)に変換されるかをこのアッセイ系で観察することができるものと考えられる。また、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の合成阻害剤の開発に際しても、このアッセイ系でコレステロールからデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)への変換阻害の効果を確認できるものと考えられる。
【0032】
さらに、前述の酵素活性測定法を応用することにより、酵素阻害剤の阻害効果を評価することも可能である。この場合にも、前立腺由来間質細胞を前立腺癌細胞とともに共培養し、副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加した後、前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定するが、当該測定に際し、副腎性アンドロゲンを活性型男性ホルモンに変換する酵素に対する阻害剤の有無による前記活性の相違を測定する。そして、阻害剤の有無による活性の相違に基づいて阻害剤の阻害効果を評価する。
【0033】
前記酵素阻害剤の評価方法において、前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性の測定は、前述の酵素活性測定法の場合と同様、例えば前立腺癌細胞に前立腺特異抗原(PSA)プロモータによって制御されるルシフェラーゼ遺伝子発現プラスミドを導入し、前立腺癌細胞のルシフェラーゼ活性を測定することで行えばよい。
【0034】
アンドロゲン代謝には様々な酵素が関与しているものと考えられ、単一の酵素のみを阻害するだけでは不十分な可能性があるが、本発明の酵素阻害剤の評価方法によれば、それら酵素の包括的な活性を検査することができる。したがって、阻害剤の阻害効果を的確に評価することができ、創薬開発のために有用なアッセイ系となる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を適用した具体的な実施例について、実験結果に基づいて説明する。
【0036】
(予備実験1)
市販の前立腺癌培養細胞LNCaPにPSAプロモータにより制御されるルシフェラーゼ遺伝子発現プラスミド(pGL3PSAp−5.8)を導入後、市販の前立腺由来間質細胞PrSCを共培養した。共培養における培養時間は12時間である。
【0037】
次に、活性型男性ホルモン(DHT)0.1nM、あるいはデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)100nMを共培養した細胞に添加し、24時間後に細胞を回収した。回収した細胞について、ルシフェラーゼ活性を測定した。
【0038】
前記測定を、前立腺由来間質細胞PrSCの添加量が異なるサンプルPrSC(20,000)及びPrSC(40,000)について行った。なお、PrSC(20,000)は前立腺由来間質細胞PrSCを20,000個共培養したことを意味し、PrSC(40,000)は前立腺由来間質細胞PrSCを40,000個共培養したことを意味する。また、比較のため、前立腺由来間質細胞PrSCを共培養しない場合PrSC(0)についても同様の測定を行った。結果を図2及び図3に示す。図2は活性型男性ホルモン(DHT)を添加した場合のルシフェラーゼ活性を示す図であり、図3はデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加した場合のルシフェラーゼ活性を示す図である。
【0039】
図2から明らかなように、活性型男性ホルモン(DHT)を添加した場合には、前立腺由来間質細胞PrSCを共培養しないPrSC(0)において、添加量の増加に伴ってルシフェラーゼ活性が上昇している。このことから、活性型男性ホルモン(DHT)によるアンドロゲン受容体の活性化は、前立腺癌細胞において支配的であることがわかる。これに対して、図3に示すように、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加した場合には、前立腺癌細胞を単独で培養した場合に比べ、前立腺由来間質細胞PrSCを共培養した場合の方が明らかにルシフェラーゼ活性が亢進されている。したがって、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する酵素代謝には、前立腺由来間質細胞PrSCが関与しているものと考えられる。
【0040】
(予備実験2)
本実験では、アンチアンドロゲンBic(bicalutamide)とARsiRNAを用いて実験を行った。前者については、前立腺癌細胞のみの場合(Control)と前立腺由来間質細胞PrSCを共培養した場合について、それぞれアンチアンドロゲンBicを添加した場合と添加しない場合におけるルシフェラーゼ活性を調べた。後者については、前立腺癌培養細胞LNCaPにiRNAプラスミドであるshRNA−hAR1、shRNA−hAR2をそれぞれ導入し、非前立腺患者由来の前立腺由来間質細胞PrSC(−)または前立腺患者由来の前立腺由来間質細胞PrSC(+)を共培養してルシフェラーゼ活性を調べた(RNA interferance 実験)。shRNA−controlは、今回の研究とは全く関係のないiRNA発現プラスミドである。結果を図4及び図5に示す。
【0041】
先ず、図4に示すように、アンチアンドロゲンBicを用いた実験において、コントロール(前立腺由来間質細胞PrSCを共培養していない状態)に活性型男性ホルモン(DHT)やデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を加えると活性は上昇するが、アンチアンドロゲンBicを添加するとその活性は抑制される。前立腺由来間質細胞PrSCとの共培養においても、活性型男性ホルモン(DHT)や亢進したデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の活性がアンチアンドロゲンBicの添加によって抑制される。このことは、前立腺由来間質細胞PrSCとの共培養におけるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の活性亢進も、アンドロゲン受容体を介して働いていることを意味している。
【0042】
図5に結果を示す実験は、図4の結果をさらに裏付けるために行った実験である。すなわち、図5に示されるように、前立腺癌培養細胞LNCaPにアンドロゲン受容体AR遺伝子発現を抑えるiRNAプラスミド(shRNA−hAR1、shRNA−hAR2)を導入することにより、前立腺癌培養細胞LNCaPでのアンドロゲン受容体AR遺伝子発現が低下している。つまり、活性型男性ホルモン(DHT)の作用減弱を期待することができる。本実験は、前立腺由来間質細胞PrSCとの共培養の状態でのデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の作用が前立腺癌培養細胞LNCaPのアンドロゲン受容体ARを介しているか、そうでないかを確認するために行った実験であり、予想通り、前立腺由来間質細胞PrSCとの共培養の状態でのデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)による活性をiRNAプラスミド(shRNA−hAR1、shRNA−hAR2)を導入することで抑制することができた。この結果からも、前立腺由来間質細胞PrSCとの共培養の状態でのデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の作用は、前立腺癌培養細胞LNCaPでのアンドロゲン受容体ARを介した作用であることが裏付けられた。
【0043】
以上のように、これら実験により、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の前立腺由来間質細胞PrSCによる活性亢進の機序は、アンドロゲン受容体ARを介した作用であることが示唆された。
【0044】
(酵素活性測定)
市販の前立腺由来間質細胞PrSCを基準として、前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−1〜PrSC−9及び骨由来間質細胞(bone-derived stromal cell)BDSC−1,BDSC−2について、活性型男性ホルモン(DHT)を添加した場合とデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を添加した場合のルシフェラーゼ活性を測定した。
【0045】
前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−1〜PrSC−9は、明らかに前立腺癌を疑う患者より同意取得後、前立腺針生検の際に組織の一部を提供してもらい、この組織から一次培養を行った後、間質細胞の培養を行った。間質細胞の培養については、多くの論文で報告されており、本実験でもそれに準じて行った。
【0046】
市販の前立腺由来間質細胞PrSCと前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−1〜PrSC−9及び骨由来間質細胞BDSC−1,BDSC−2について、予備実験1と同様の実験を行い、活性型男性ホルモン(DHT)及びデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)によるルシフェラーゼ活性の違いを観察した。結果を表1に示す。また、前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−8についての測定結果をグラフ化したものを図6に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−1〜PrSC−9及び骨由来間質細胞BDSC−1,BDSC−2において、患者によっては市販の前立腺由来間質細胞PrSCと比べてデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の活性を明らかに亢進させることが判明した。
【0049】
そこでさらに、市販の前立腺由来間質細胞PrSC、前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−1〜PrSC−9、市販の前立腺癌培養細胞LNCaPについて、アンドロゲンメタボリック酵素の発現パターンを調べた。結果を図7及び図8に示す。これら図7や図8からも明らかな通り、前立腺由来間質細胞であっても試料によって酵素の発現パターンは大きく異なっている。
【0050】
例えば、図7は、市販の前立腺由来間質細胞PrSC並びに前立腺癌患者の前立腺癌組織から得られた前立腺由来間質細胞PrSC−1〜PrSC−9からRNAを抽出し、様々な17β位水酸基脱水素酵素(17β−HSD)、3β位水酸基脱水素酵素(3β−HSD)、及び還元酵素(SRD5As:5α−steroid reductase)のmRNA発現をRT−PCRによって確認したものである。17β位水酸基脱水素酵素(17β−HSD)の発現パターンとデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の活性亢進とは必ずしも相関するものではなく、このことから全ての酵素の活性の総和が重要なのではないかと推測された。また、図8では、前立腺癌培養細胞LNCaPにおいても、17β位水酸基脱水素酵素(17β−HSD)や3β位水酸基脱水素酵素(3β−HSD)、還元酵素(SRD5As:5α−steroid reductase)を発現していることがわかる。例えば還元酵素(SRD5As:5α−steroid reductase)について言えば、従来、SRD5A−2(type2)が前立腺組織に多く発現することが報告されているが、本実験においてはそれほど発現しておらず、最近新しく同定されたSRD5A−3(type3)が多く発現していた。
【0051】
(酵素阻害剤による阻害効果の確認)
本実験では、テストステロンを活性型男性ホルモン(DHT)に変換する還元酵素(SRD5As:5α−reductase)の阻害剤であるDut(dutasteride)の有無による活性の相違を調べた。具体的には、前立腺癌細胞のみ(Control)、市販の前立腺由来間質細胞PrSC、前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−8について、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)及び阻害剤Dutの添加の有無による活性の相違を調べた。結果を図9に示す。図9において、記号(−)は添加していない場合を、記号(+)は添加した場合をそれぞれ示す。
【0052】
図9から明らかなように、阻害剤Dutは、前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−8によるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の活性亢進を抑制した。
【0053】
(他臓器由来間質細胞についての実験)
本実験では、前立腺由来間質細胞PrSCの他、ヒト骨髄間質細胞HMSC及びヒト肺由来間質細胞HLFa(human lung fibroblast)について、予備実験1と同様の実験を行った。結果を図10に示す。
【0054】
他臓器由来の間質細胞(ヒト骨髄間質細胞HMSC及びヒト肺由来間質細胞HLFa)を前立腺由来間質細胞PrSCと比較すると、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)による活性は、前立腺由来間質細胞PrSCと異なる反応を示すことが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の酵素活性測定法によれば、前立腺癌組織におけるアンドロゲン代謝酵素の包括的な活性を測定することができ、アンドロゲン受容体を活性化する能力を把握することが可能である。したがって、例えばこの活性化する能力と予後とを比較することにより、前立腺癌のホルモン療法から再燃までの期間を予測することが可能になり、前立腺癌の治療方針を決める上で有用な知見を得ることが可能になる。
【0056】
また、製薬会社等においては、前立腺癌の再燃を防止するために、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換する酵素の阻害剤に関する研究が進められている。このような酵素阻害剤の開発に当たっては、阻害効果を確認する必要があるが、単一の酵素のみに対する阻害効果だけでは不十分な可能性がある。本発明の酵素阻害剤の評価方法では、アンドロゲン代謝酵素の包括的な活性についての阻害効果を確認することができ、創薬のための有用なアッセイ系となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】前立腺癌細胞及び前立腺由来間質細胞におけるアンドロゲン代謝を説明する模式図である。
【図2】前立腺由来間質細胞PrSCの共培養の有無による活性型男性ホルモン(DHT)のルシフェラーゼ活性の相違を示す図である。
【図3】前立腺由来間質細胞PrSCの共培養の有無によるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)のルシフェラーゼ活性の相違を示す図である。
【図4】前立腺癌細胞(Control)と前立腺由来間質細胞PrSCについて、アンチアンドロゲンBicを添加した場合と添加しない場合におけるルシフェラーゼ活性の相違を示す図である。
【図5】非前立腺患者由来の前立腺由来間質細胞PrSC(−)と前立腺患者由来の前立腺由来間質細胞PrSC(+)について、shRNA−control、shRNA−hAR1、shRNA−hAR2をそれぞれ添加した場合のルシフェラーゼ活性の相違を示す図である。
【図6】前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−8についての測定結果を示す図である。
【図7】市販の前立腺由来間質細胞PrSC及び前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−1〜PrSC−9におけるアンドロゲンメタボリック酵素の発現パターンを示す図である。
【図8】市販の前立腺癌培養細胞LNCaPにおけるアンドロゲンメタボリック酵素の発現パターンを示す図である。
【図9】前立腺癌細胞のみ(Control)、市販の前立腺由来間質細胞PrSC、前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞PrSC−8について、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)及び阻害剤Dutの添加の有無による活性の相違を示す図である。
【図10】他臓器由来の間質細胞(ヒト骨髄間質細胞HMSC及びヒト肺由来間質細胞HLFa)における活性型男性ホルモン(DHT)及びデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)のルシフェラーゼ活性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前立腺由来間質細胞を前立腺癌細胞とともに共培養し、副腎性アンドロゲンを添加した後、前記前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定することを特徴とする酵素活性測定法。
【請求項2】
前記前立腺癌細胞に、前立腺特異抗原プロモータによって制御されるルシフェラーゼ遺伝子発現プラスミドを導入し、前立腺癌細胞のルシフェラーゼ活性を測定することで前記アンドロゲン受容体の活性を測定することを特徴とする請求項1記載の酵素活性測定法。
【請求項3】
市販の前立腺由来間質細胞と前立腺癌患者の前立腺由来間質細胞についてそれぞれ測定を行い、これらを比較することを特徴とする請求項1または2記載の酵素活性測定法。
【請求項4】
前立腺由来間質細胞を前立腺癌細胞とともに共培養し、副腎性アンドロゲンを添加した後、前記前立腺癌細胞におけるアンドロゲン受容体の活性を測定するに際し、
前記副腎性アンドロゲンを活性型男性ホルモンに変換する酵素に対する阻害剤の有無による前記活性の相違を測定し、当該活性の相違に基づいて前記阻害剤の阻害効果を評価することを特徴とする酵素阻害剤の評価方法。
【請求項5】
前記前立腺癌細胞に、前立腺特異抗原プロモータによって制御されるルシフェラーゼ遺伝子発現プラスミドを導入し、前立腺癌細胞のルシフェラーゼ活性を測定することで前記アンドロゲン受容体の活性を測定することを特徴とする請求項4記載の酵素阻害剤の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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