説明

酸化多糖類の製法

【課題】N−オキシル化合物触媒の回収・再利用を図ることにより、経済性に優れ、しかも安定した品質の酸化多糖類を製造することができる酸化多糖類の製法の提供を目的とする。
【解決手段】N−オキシル化合物触媒と、酸化剤とを含む水媒体中で、多糖類を酸化する酸化多糖類の製法であって、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を溶媒抽出により回収する工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−オキシル化合物触媒(以下、単に「N−オキシル化合物」と呼ぶ場合もある)の存在下、多糖類を酸化して改質する酸化多糖類の製法に関するものであり、詳しくは、N−オキシル化合物触媒の回収・再利用を図ることができる酸化多糖類の製法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セルロースや、デンプン等の多糖類は、生物の構造多糖類および貯蔵多糖類として、自然界に多量に存在するため、従来から、様々な材料に利用されてきた。近年、特に、安全性や環境に対する配慮から、石油原料由来の合成高分子に替わる素材として多糖類を有効利用する研究が活発化している。
【0003】
また、多糖類を有効利用する目的で、多糖類を酸化して改質することも行われており、例えば、多糖類を、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸、過酸化水素、過有機酸等の酸化剤を用いて酸化する、酸化多糖類の製造が行われている。その際、触媒としては、触媒活性および反応選択性の観点から、N−オキシル化合物が好んで用いられる。このようなN−オキシル化合物を触媒とする酸化多糖類の製法としては、具体的には、多糖類を主成分とする多糖類材料を水中にて、N−オキシル化合物の触媒の存在下で酸化処理し、多糖類材料の表面を改質する酸化多糖類材料の製法(特許文献1)や、天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、酸化剤を作用させることにより上記天然セルロースを酸化して反応物繊維を得る微細セルロース繊維分散体の製法(特許文献2)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−183302号公報
【特許文献2】特開2008−1728号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1および特許文献2の製法では、N−オキシル化合物触媒を回収するという思想はなく、これが当分野における技術常識となっていた。このようなN−オキシル化合物の回収・再利用を実施しないと、高価な触媒の有効利用がなされず、不経済である。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、N−オキシル化合物触媒の回収・再利用を図ることにより、経済性に優れ、しかも安定した品質の酸化多糖類を製造することができる酸化多糖類の製法の提供をその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明の酸化多糖類の製法は、N−オキシル化合物触媒と、酸化剤とを含む水媒体中で、多糖類を酸化する酸化多糖類の製法であって、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を溶媒抽出により回収する工程を含むという構成をとる。
【0008】
すなわち、本発明者らは、N−オキシル化合物触媒の回収・再利用を図ることにより、経済性に優れ、しかも安定した品質の酸化多糖類を製造することができる酸化多糖類の製法を得るため、触媒の再利用について検討を行った。通常、N−オキシル化合物を触媒とする多糖類の酸化反応は、水媒体中(水または水性媒体)で実施され、酸化反応終了後は、酸化多糖類と、水媒体とに分離精製される。分離された水媒体中には、酸化剤由来の中和塩とともに、N−オキシル化合物触媒が希薄な濃度で存在している。本発明者らはこの点に着目し、N−オキシル化合物触媒を回収・再利用する目的で、酸化反応終了後、分離された上述の酸化剤由来の中和塩が共存する希薄なN−オキシル化合物触媒を含む水媒体(反応液)をそのまま、次回の酸化反応に繰り返し利用することを試みた。しかしながら、回収した触媒中には、前回の反応で発生した酸化剤由来の中和塩や、多糖類由来の低分子化合物が蓄積しているため、触媒活性が上らず、多糖類の酸化反応が充分に進行せず、得られる酸化多糖類の品質も満足できるものではないという問題点が明らかになった。すなわち、上述の触媒の回収方法では、触媒の回収と再利用を繰り返すたびに、酸化剤由来の中和塩の蓄積量が増加していくため、触媒活性の低下が避けられないという問題があった。そこで、本発明者らは、この問題点を解決するためさらに実験を重ねたところ、多糖類の酸化反応終了後の反応液(分離された水媒体中)を、そのまま利用するのではなく、溶媒抽出することを想起した。反応液を溶媒抽出すると、反応液から夾雑物(酸化剤由来の中和塩や、多糖類由来の低分子化合物等)を除去することができ、実質的にN−オキシル化合物触媒のみを効率的に回収することができる。そのため、触媒の回収と再利用を繰り返しても、N−オキシル化合物触媒の活性の低下が殆どなく、高価な触媒であるN−オキシル化合物を極めて高い回収率で回収することができ、反応触媒として繰り返し再利用できるため、経済的に優れるようになる。また、回収した触媒の純度が高く、回収した触媒中に夾雑物を殆ど含まないため、回収触媒の活性が高く、触媒を繰り返し回収再利用した場合においても、反応性の低下が起こらず、安定した品質の酸化多糖類を製造することができることを見いだし、本発明に到達した。
【発明の効果】
【0009】
以上のように、本発明の酸化多糖類の製法は、多糖類の酸化反応終了後の反応液を、そのまま利用するのではなく、反応液を溶媒抽出しているため、反応液から夾雑物(酸化剤由来の中和塩や、多糖類由来の低分子化合物等)を除去して、N−オキシル化合物触媒のみを回収することができる。そのため、触媒の回収と再利用を繰り返しても、N−オキシル化合物触媒の活性の低下が殆どなく、高価な触媒であるN−オキシル化合物を極めて高い回収率で回収することができ、反応触媒として繰り返し再利用できるため、経済的に優れている。また、回収した触媒の純度がかなり高く、回収した触媒中に夾雑物を殆ど含まないため、回収触媒の活性が高く、触媒を繰り返し回収再利用した場合においても、反応性の低下が起こらず、安定した品質の酸化多糖類を製造することができる。
【0010】
また、上記溶媒抽出に用いる抽出溶媒が、炭化水素系溶媒、ハロゲン化炭化水素系溶媒、アルコール系溶媒、エーテル系溶媒、ケトン系溶媒、およびエステル系溶媒からなる群から選ばれた少なくとも一つであると、反応液からのN−オキシル化合物触媒の回収をより効率的に行うことができる。
【0011】
さらに、上記溶媒抽出に用いる抽出溶媒の誘電率が2〜20の範囲で、沸点が10〜150℃の範囲であると、反応液からのN−オキシル化合物触媒の回収をさらに効率的に行うことができる。
【0012】
そして、上記N−オキシル化合物触媒が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)であると、触媒活性が高く、多糖類の酸化をさらに効率的に行うことができる。
【0013】
また、上記多糖類が、セルロース、デンプン、キチンおよびキトサンからなる群から選ばれた少なくとも一つであると、安全性や環境性に優れるため、石油原料由来の合成高分子に替わる素材として、様々な材料に有効利用することができる。
【0014】
そして、上記酸化剤が、次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、および過有機酸からなる群から選ばれた少なくとも一つであると、多糖類の酸化をより一層効率的に行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
つぎに、本発明の実施の形態について詳しく説明する。ただし、本発明は、この実施の形態に限られるものではない。
【0016】
本発明の酸化多糖類の製法は、N−オキシル化合物触媒と、酸化剤とを含む水媒体(水または水性媒体)中で、多糖類を酸化する酸化多糖類の製法である。本発明においては、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を溶媒抽出により回収する工程を含むことが最大の特徴である。
【0017】
<酸化反応工程>
多糖類の酸化反応工程は、例えば、つぎのようにして行うことができる。すなわち、多糖類を水媒体(水または水性媒体)に溶解または分散させてスラリー状とし、これに触媒としてN−オキシル化合物触媒を加え、充分攪拌して分散・溶解させる。つぎに、酸化剤を加え、pH8〜11、好ましくはpH10〜11を保持するようにアルカリ水溶液を滴下しながらpH変化がなくなるまで反応を行う。
【0018】
本発明の製法の対象となる多糖類としては、例えば、セルロース、デンプン、キチン、キトサン、シクロデキストリン、マンナン、ガラクタン、フカン、フルクタン、イヌリン、レバン、キシラン、アラビナン、グルコマンナン、ガラクトグルコマンナン、ガラクトマンナン、アラビノガラクタン、ペクチン、アルギン酸、ヘミセルロース、ヒアルルロン酸、アガロース、カラギーナン、ヘパリン、グアーガム、キサンタンガム、ジェランガム等の多糖類や、ペントース、ヘキソース、ヘプトース、メチル糖、アミノ糖、ウロン酸、シアル酸、ケトース、アルドース等を単独でまたは組み合わせて構成単位とする多糖類等があげられる。なお、上記多糖類は、化学修飾したものであっても差し支えない。化学修飾の方法としては、例えば、メチル化、エチル化、アルキル化、ヒドロキシエチル化、ヒドロキシプロピル化、ヒドロキシアルキル化、カルボキシメチル化、硫酸化、硝酸化等があげられる。これら多糖類のなかでも、入手のしやすさ、経済性の点から、セルロース、デンプン、キチン、キトサンが好ましい。
【0019】
上記多糖類は、例えば、粉末状、顆粒状、ペレット状、シート状、繊維状等の形状のものを使用することができる。また、必要に応じて、様々な形状の多糖類に対して、粉砕、摩砕、切断、解砕等の処理を行っても差し支えない。
【0020】
また、反応溶液中の多糖類濃度は、多糖類の種類によって異なるが、通常、0.1〜10重量%(以下、単に「%」と略す)の範囲、好ましくは1〜7%の範囲である。すなわち、濃度が低すぎると経済的でなく、逆に濃度が高すぎると、反応の操作性が悪くなる傾向がみられるからである。
【0021】
つぎに、触媒として用いるN−オキシル化合物としては、例えば、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)、4−アセトアミド−TEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、4−フォフォノキシ−TEMPO、2−アザアダマンタン−N−オキシル、1−メチル−2−アザアダマンタン−N−オキシル等があげられる。これらは単独でもしくは二種以上併せて用いられる。これらのなかでも、経済性と触媒活性に優れる点で、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)が好ましい。
【0022】
上記触媒であるN−オキシル化合物の添加量は、反応液中濃度で0.1〜4mmol/lの範囲が好ましく、特に好ましくは0.2〜2mmol/lの範囲である。
【0023】
また、上記触媒とともに用いられる酸化剤としては、例えば、次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、過有機酸等があげられる。これらは単独でもしくは二種以上併せて用いられる。これらのなかでも、経済性と酸化効率に優れる点から、次亜塩素酸ナトリウム、次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ次亜ハロゲン酸塩が好ましい。
【0024】
上記酸化剤の添加量は、多糖類の種類によって異なるが、通常、多糖類1gに対して、0.5〜50mmol、好ましくは0.5〜30mmolの範囲である。酸化剤の添加量により、酸化多糖類のカルボキシル基量を調節することができる。すなわち、酸化剤の添加量が多い程、カルボキシル基量は多くなる傾向にある。こうして得られる酸化多糖類中のカルボキシル基のモル数は、通常、酸化多糖類1gあたり平均0.01〜10mmol/gの範囲である。
【0025】
なお、上記酸化剤として次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合は、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属の共存下で反応を進めることが、反応速度の点において好ましい。上記臭化アルカリ金属の添加量は、上記N−オキシル化合物に対して約1〜40倍モル量、好ましくは約10〜20倍モル量である。
【0026】
上記pH調整のためのアルカリ水溶液としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の1〜50%水溶液があげられる。
【0027】
多糖類を酸化する際の反応温度は、通常、0〜60℃、好ましくは5〜40℃である。なお、温度を制御せずに、室温で酸化反応を行っても差し支えない。酸化反応の終了は、反応液のpH変化がなくなることにより確認することができる。酸化反応の反応時間は、通常、5〜600分の範囲である。
【0028】
本発明においては、上記酸化工程の終了後に、酸化反応終了後の反応液から、不純物と、酸化多糖類とを分離して酸化多糖類を精製する精製工程を行うことが好ましい。
【0029】
<精製工程>
酸化反応終了後の反応液中には、不純物として、塩類、残存酸化剤、触媒であるN−オキシル化合物等が含まれるため、これら不純物と、酸化多糖類とを分離して酸化多糖類を精製することが好ましい。上記精製方法としては、例えば、ろ過、洗浄、透析等の方法が用いられる。
【0030】
例えば、酸化多糖類が水不溶性である場合には、反応終了液をろ過や、遠心分離により固液分離し、酸化多糖類を固形分として回収する。さらに固形分をリスラリーと固液分離を繰り返して、目的の精製度合いとなるまで精製することができる。この精製は、連続式で行っても差し支えない。通常、水または水性媒体が精製溶媒として用いられ、経済性を考慮すれば水が好ましい。なお、膜を用いて透析しても差し支えない。
【0031】
一方、酸化多糖類が水溶性である場合には、酸化反応終了液を膜で透析してもよく、溶剤を加えて酸化多糖類を沈澱させ、さらに含水溶剤で洗浄を行って精製しても差し支えない。また、2価以上の金属イオンまたは酸を酸化反応終了液に添加して、酸化多糖類を水不溶化し、含水溶剤や水で洗浄を行い精製してもよく、吸着剤やイオン交換樹脂、サイズ排除カラムクロマトグラフィー等により精製しても差し支えない。
【0032】
つぎに、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を溶媒抽出により回収する触媒回収工程について説明する。本発明においては、この触媒回収工程が最大の特徴である。
【0033】
<触媒回収工程>
酸化反応終了液をそのまま、あるいは、上記精製工程後のN−オキシル化合物触媒を含む水性媒体を、溶媒抽出することにより、高純度のN−オキシル化合物触媒を回収することができる。
【0034】
本発明の製法における、N−オキシル化合物触媒を含む水性媒体からの溶媒抽出によるN−オキシル化合物触媒の回収率は、通常、80〜99%である。
【0035】
被抽出液(反応液)中に酸化反応工程で使用した酸化剤が残存している場合には、溶媒抽出する前に、被抽出液にチオ硫酸ナトリウム等の還元剤を添加して、残存酸化剤を還元しても差し支えない。なお、事前にpHの調整を行っても差し支えない。
【0036】
抽出方法としては、例えば、回分式、連続式等の抽出方法があげられる。抽出装置としては、例えば、回分式混合槽によるもの、回分式混合槽を多段としたもの、スプレー塔、充填塔、バッフル塔、多孔板抽出塔、オリフィス塔、ミキサーセトラー抽出装置、シャイベル塔、回転円板抽出塔、ミクスコ塔、ルーワ抽出機、クーニ塔、脈動充填塔、脈動多孔板塔、振動版塔、遠心式抽出装置、ポトビルニアク抽出機、ルウェスタ抽出機等があげられる。
【0037】
抽出溶媒としては、水と混和せず、N−オキシル化合物の分配係数が大きく、溶媒回収が容易な溶媒が好ましい。
【0038】
抽出溶媒の水に対する溶解度は、小さいほど抽出効率がよいが、20%以下が好ましく、特に好ましくは10%以下である。すなわち、溶解度が大きすぎると、被抽出液に対して多量の抽出溶媒が必要となり不経済であり、抽出効率も低下する傾向がみられるからである。
【0039】
抽出溶媒の水に対するN−オキシル化合物の分配係数は、大きいほど抽出効率がよいが、0.1以上が好ましく、特に好ましくは1以上である。すなわち、分配係数が小さすぎると、多量の抽出溶媒が必要となり、不経済であり、抽出効率も低下する傾向がみられるからである。
【0040】
上記溶媒抽出に用いる抽出溶媒の誘電率は、2〜20の範囲が好ましく、特に好ましくは2〜18の範囲である。すなわち、誘電率が小さすぎると、N−オキシル化合物の溶解度が小さく、抽出効率が悪くなり、逆に大きすぎると、水溶性が高く、抽出効率が悪くなる傾向がみられるからである。なお、上記誘電率は、例えば、「第4版 実験化学講座9 電気・磁気,1991年,日本化学会編,丸善」等に記載の方法に準じて測定することができる。
【0041】
また、上記抽出溶媒の沸点は、10〜150℃の範囲が好ましく、特に好ましくは20〜100℃の範囲である。すなわち、沸点が低すぎると、抽出の作業性が悪くなる傾向がみられ、逆に沸点が高すぎると、溶媒回収が困難になる傾向がみられるからである。
【0042】
上記抽出溶媒としては、具体的には、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、クメン、シクロヘキセン等の炭化水素類(炭化水素類系溶媒)や、塩化メチル、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、塩化エチル、ジクロロエタン、トリクロロエタン、テトラクロロエタン、ジクロロエチレン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、塩化ブチル、クロロペンタン、クロロベンゼン、クロロトルエン、フロン類等のハロゲン化炭化水素類(ハロゲン化炭化水素系溶媒)や、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、イソブチルアルコール、t−ブチルアルコール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、2−メチル−1−ブタノール、イソペンチルアルコール、3−メチル−2−ブタノール、ネオペンチルアルコール、シクロヘキサノール等のアルコール類(アルコール系溶媒)や、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル等のエーテル類(エーテル系溶媒)や、メチルエチルケトン、2−ペンタノン、3−ペンタノン、2−ヘキサノン、メチルイソブチルケトン、2−ヘプタノン、4−ヘプタノン、ジイソブチルケトン、ホロン、イソホロン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン等のケトン類(ケトン系溶媒)や、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸ペンチル、酢酸イソペンチル等のエステル類(エステル系溶媒)等があげられる。これらの溶剤は二種類以上を混合して用いてもよく、多段抽出において、種類や混合比率の異なる溶剤を段階的に使用しても差し支えない。
【0043】
被抽出液に対する抽出溶媒の量は、抽出溶媒の種類に応じて上記の分配係数や溶媒の水に対する溶解度を考慮して設定され、被抽出液に対する抽出溶媒の比率は3〜1000%の範囲が好ましく、特に好ましくは5〜500%の範囲である。
【0044】
N−オキシル化合物触媒は、上記溶媒抽出により抽出溶媒溶液として抽出回収される。本発明においては、N−オキシル化合物触媒を含んだ抽出溶媒をそのまま次回の酸化反応工程に使用してもよく、また必要に応じて抽出溶媒を蒸発除去して次回の酸化反応工程に使用してもよいが、経済性の観点からは、抽出溶媒を回収して再利用することが好ましい。
【0045】
本発明の酸化多糖類の製法により得られた酸化多糖類は、例えば、つぎのようにして利用することができる。
【0046】
得られた酸化多糖類が水溶性の場合は、精製が終了した酸化多糖類を、湿ケーキ、水溶液、乾燥粉末等として利用することができる。一方、得られた酸化多糖類が水不溶性の場合は、精製が終了した酸化多糖類を、湿ケーキ、水分散体、乾燥粉末等として利用することができる。酸化多糖類を水分散体とする場合、混合・分散装置として、プロペラ型、パドル型、アンカー型等の混合機、ホモミキサー、ホモディスパー、ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、振動ミル、ボールミル、遊星ボールミル、サンドミル、真空乳化装置、ペイントシェーカー等の分散機を利用することができる。そして、これら混合・分散装置の分散強度を適宜変更することにより、数ナノメートル〜数百マイクロメートルのサイズの異なる酸化多糖類の分散液を得ることができる。
【0047】
本発明の製法により得られた酸化多糖類は、例えば、化粧品材料、コーティング基材、各種機能性添加剤(ゲル化剤、乳化剤等)、医療・医薬材料、電子材料、樹脂材料等の用途に用いることができる。
【実施例】
【0048】
つぎに、実施例について比較例と併せて説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0049】
〔実施例1〕
<酸化反応工程(1回目)>
セルロース(針葉樹パルプ)2g(乾燥重量)に対し水150g、臭化ナトリウム0.025g、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)0.025gを加え充分攪拌して分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウム量が5.4mmol/g−セルロースとなるように加え、pHを10〜11に保持するように0.5規定水酸化ナトリウム溶液を滴下しながらpH変化が見られなくなるまで室温で反応させた。反応時間は120分であった。
【0050】
<精製工程(1回目)>
反応終了液をろ過して固液分離し、粗酸化セルロース湿ケーキ12gおよびTEMPOを含む回収ろ液水140gを得た。さらに水170gで3回、ろ過と水洗を繰り返して精製し、繊維表面が酸化されたセルロース繊維の湿ケーキ12gを得た。得られたセルロース繊維のカルボキシル基量を、つぎのようにして測定した。すなわち、乾燥させたセルロース繊維0.3gを水55mlに分散させ、0.01規定の塩化ナトリウム水溶液5mlを加えて、充分に攪拌してセルロース繊維を分散させた。つぎに、0.1規定の塩酸溶液をpH2.5〜3.0になるまで加え、0.04規定の水酸化ナトリウム水溶液を毎分0.1mlの速度で滴下し、得られたpH曲線から過剰の塩酸の中和点と、セルロース繊維由来のカルボキシル基の中和点との差から、カルボキシル基量を算出した。その結果、セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は1.00mmol/gであった。
【0051】
<触媒回収工程(1回目)>
精製工程で得られたTEMPOを含む回収ろ液(重量:140g、TEMPO濃度143ppm)にトルエン(誘電率:2.24、沸点:110.6℃)56gを加え、分液ロートを用いて振とうし、抽出を行った。静置後、水相と溶媒相を分離した。さらにトルエン56gで同様に抽出した。抽出液を合わせ、TEMPOを含む抽出液を蒸発乾固し、回収TEMPO 19.6mgを得た。その結果、回収ろ液からのTEMPOの回収率は98%であった。
【0052】
<付随工程(1回目)>
精製が終了した酸化セルロース湿ケーキに水を加え、固形分濃度0.7%とした。ホモミキサーを用い、13000rpmで20分間分散処理を行うと、透明で粘度のある酸化セルロースのナノ水分散液が得られた。これを希釈して親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、繊維幅7nmのセルロースナノファイバーが観察された。
【0053】
つぎに、上記のようにして回収された触媒を用い、1回目で用いたセルロースを対象として、同様に操作した。
【0054】
<酸化反応工程(2回目)>
触媒として、上述の触媒回収工程(1回目)で得られた回収TEMPOを用い、上述の酸化反応工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に反応させた。反応時間は1回目と同様、120分であった。その結果、回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0055】
<精製工程(2回目)>
上述の精製工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に精製した。セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は1.00mmol/gで、1回目と同様であった。その結果、回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0056】
<触媒回収工程(2回目)>
上述の触媒回収工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に触媒を回収し、回収TEMPO 14.7mgを得た。回収ろ液からのTEMPO回収率は98%であった。
【0057】
<付随工程(2回目)>
上述の付随工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に操作した。その結果、セルロースナノファイバーの数平均繊維径は7nmであり、1回目と変化なかった。
【0058】
回収したTEMPOを用いて、同様の操作を行い、3回目、4回目、5回目の製造を実施したところ、反応時間、カルボキシル基量、繊維幅に変化はなく、回収したTEMPOにより、繰り返し、安定した品質の酸化セルロースを製造することができた。
【0059】
〔比較例1〕
精製工程で得られたTEMPOを含む回収ろ液(重量:140g、TEMPO濃度143ppm)をそのまま次回の反応触媒として実施例1と同じ濃度になるように用いた他は、実施例1と同様に操作した。ただし、TEMPOを含む回収ろ液には反応時に添加した臭化ナトリウムがそのまま含まれるため、酸化反応液中での臭化ナトリウム濃度が実施例1と同じとなるように濃度調整した。その結果、2回目の製造では、反応時間が180分となり、カルボキシル基量は0.75mmol/g、繊維幅は30nmとなった。また、3回目の製造では、反応時間が250分となり、カルボキシル基量は0.50mmol/g、繊維幅は140nmとなった。さらに、4回目の製造では反応時間が400分以上となり、反応を完結させることが困難であった。すなわち、反応を繰り返す毎に、触媒の反応性が低下し、得られる酸化セルロースの品質も低下した。これは、回収したTEMPO触媒が回収ろ液そのままであるため、反応時に生成した塩化ナトリウムや、低分子化したセルロース由来物質を含み、これが反応性を低下させたためである。
【0060】
〔実施例2〕
<酸化反応工程(1回目)>
セルロース(レーヨン)4g(乾燥重量)に対し水160g、臭化ナトリウム0.5g、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)0.055gを加え充分攪拌して分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウム量が18mmol/g−セルロースとなるように加え、pHを10〜11に保持するように0.5規定水酸化ナトリウム溶液を滴下しながらpH変化が見られなくなるまで室温で反応させた。反応時間は300分であった。
【0061】
<精製工程(1回目)>
反応終了液を水500gに対して透析し、粗酸化セルロース水溶液220gおよびTEMPOを含む回収液500gを得た。さらに流水中で一夜透析して精製し、酸化セルロース水溶液210gを得た。実施例1と同様の方法でカルボキシル基量を測定した結果、酸化セルロース1gあたりのカルボキシル基量は6.2mmol/gであった。いわゆるセロウロン酸ナトリウムが得られた。
【0062】
<触媒回収工程(1回目)>
精製工程で得られたTEMPOを含む回収液(重量:500g、TEMPO濃度58ppm)に塩化メチレン(誘電率:12.93、沸点:40.2℃)100gを加え、分液ロートを用いて振とうし、抽出を行った。静置後、水相と溶媒相を分離した。さらに塩化メチレン100gで同様に抽出した。抽出液を合わせ、TEMPOを含む抽出液を蒸発乾固し、回収TEMPO 28.7mgを得た。回収ろ液からのTEMPOの回収率は99%であった。
【0063】
<付随工程(1回目)>
得られた酸化セルロースはカルボキシル基量が高く、いわゆるセロウロン酸ナトリウムであり、水溶性である。精製工程で得られたセロウロン酸ナトリウム水溶液を噴霧乾燥して、セロウロン酸ナトリウム粉末3.5gを得た。
【0064】
つぎに、上記のようにして回収された触媒を用い、1回目で用いたセルロースを対象として、同様に操作した。
【0065】
<酸化反応工程(2回目)>
触媒として、上述の触媒回収工程(1回目)で得られた回収TEMPOを用い、上述の酸化反応工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に反応させた。反応時間は1回目と同様、300分であった。その結果、回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0066】
<精製工程(2回目)>
上述の精製工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に精製した。セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は6.2mmol/gで1回目と同様であった。その結果、回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0067】
<触媒回収工程(2回目)>
上述の触媒回収工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に触媒回収し、回収TEMPO 21.5mgを得た。回収ろ液からのTEMPOの回収率は99%であった。
【0068】
<付随工程(2回目)>
上述の付随工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に操作し、セロウロン酸ナトリウム粉末2.6gを得た。
【0069】
回収したTEMPOを用いて、同様の操作を行い、3回目、4回目、5回目の製造を実施したところ、反応時間、カルボキシル基量、収量に変化はなく、回収したTEMPOにより、繰り返し、安定した品質の酸化セルロース(セロウロン酸ナトリウム)を製造することができた。
【0070】
〔実施例3〕
<酸化反応工程(1回目)>
デンプン(馬鈴薯由来)4g(乾燥重量)に対し水180g、臭化ナトリウム0.4g、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)0.05gを加え充分攪拌して分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのデンプンに対して次亜塩素酸ナトリウム量が20mmol/g−セルロースとなるように加え、pHを10〜11に保持するように0.5規定水酸化ナトリウム溶液を滴下しながらpH変化が見られなくなるまで8℃で反応させた。反応時間は240分であった。
【0071】
<触媒回収工程(1回目)>
反応終了液を5%硫酸でpH6.5とした後、メチルイソブチルケトン(誘電率:13.11、沸点:118℃)50gを加え、分液ロートを用いて振とうし、抽出を行った。静置後、水相と溶媒相を分離した。さらにメチルイソブチルケトン50gで同様に抽出した。抽出液を合わせ、TEMPOを含む抽出液を蒸発乾固し、回収TEMPO 45mgを得た。回収ろ液からのTEMPOの回収率は90%であった。
【0072】
<精製工程(1回目)>
触媒回収工程で得られた抽出残を10倍量の冷アセトンに加え酸化デンプンを沈澱させ、ろ過して粗酸化デンプンを得た。さらに冷10%含水アセトンで洗浄とろ過を3回繰り返して精製し、酸化デンプン湿ケーキを得た。実施例1と同様の方法でカルボキシル基量を測定した結果、酸化デンプン1gあたりのカルボキシル基量は5.6mmol/gであった。いわゆるポリグルクロン酸ナトリウムが得られた。
【0073】
<付随工程(1回目)>
得られた酸化デンプンはカルボキシル基量が高く、いわゆるポリグルクロン酸ナトリウムであり、水溶性である。精製工程で得られたセロウロン酸ナトリウム水溶液を真空乾燥して、ポリグルクロン酸ナトリウム3.8gを得た。
【0074】
つぎに、上記のようにして回収された触媒を用い、1回目で用いたデンプンを対象として、同様に操作した。
【0075】
<酸化反応工程(2回目)>
触媒として、上述の触媒回収工程(1回目)で得られた回収TEMPOを用い、上述の酸化反応工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に反応させた。反応時間は1回目と同様、240分であった。その結果、回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0076】
<触媒回収工程(2回目)>
上述の触媒回収工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に触媒回収した。留出液として回収TEMPO 33.8mを得た。回収ろ液からのTEMPO回収率は90%であった。
【0077】
<精製工程(2回目)>
上述の精製工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に精製した。セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は5.8mmol/gで1回目と同様であった。その結果、回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0078】
<付随工程(2回目)>
上述の付随工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に操作し、ポリグルクロン酸ナトリウム粉末2.9gを得た。
【0079】
回収したTEMPOを用いて、同様の操作を行い、3回目、4回目、5回目の製造を実施したところ、反応時間、カルボキシル基量、収量に変化はなく、回収したTEMPOにより、繰り返し、安定した品質の酸化デンプン(ポリグルクロン酸ナトリウム)を製造することができた。
【0080】
なお、上記実施例は、酸化セルロース(セロウロン酸ナトリウム等)、酸化デンプン(ポリグルクロン酸ナトリウム)の製法について示しているが、本発明者らは、同様の方法により、安定した品質の酸化キチン、酸化キトサン等の酸化多糖類が得られることを実験により確認している。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の製法により得られた酸化多糖類は、例えば、化粧品材料、コーティング基材、各種機能性添加剤(ゲル化剤、乳化剤等)、医療・医薬材料、電子材料、樹脂材料等の用途に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−オキシル化合物触媒と、酸化剤とを含む水媒体中で、多糖類を酸化する酸化多糖類の製法であって、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を溶媒抽出により回収する工程を含むことを特徴とする酸化多糖類の製法。
【請求項2】
上記溶媒抽出に用いる抽出溶媒が、炭化水素系溶媒、ハロゲン化炭化水素系溶媒、アルコール系溶媒、エーテル系溶媒、ケトン系溶媒、およびエステル系溶媒からなる群から選ばれた少なくとも一つである請求項1記載の酸化多糖類の製法。
【請求項3】
上記溶媒抽出に用いる抽出溶媒の誘電率が2〜20の範囲で、沸点が10〜150℃の範囲である請求項1または2記載の酸化多糖類の製法。
【請求項4】
上記N−オキシル化合物触媒が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)である請求項1〜3のいずれか一項に記載の酸化多糖類の製法。
【請求項5】
上記多糖類が、セルロース、デンプン、キチンおよびキトサンからなる群から選ばれた少なくとも一つである請求項1〜4のいずれか一項に記載の酸化多糖類の製法。
【請求項6】
上記酸化剤が、次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、および過有機酸からなる群から選ばれた少なくとも一つである請求項1〜5のいずれか一項に記載の酸化多糖類の製法。

【公開番号】特開2011−116866(P2011−116866A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−275889(P2009−275889)
【出願日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(000003506)第一工業製薬株式会社 (491)
【Fターム(参考)】