説明

酸化物圧電材料の製造方法

【課題】 焼結温度が低く、かつ特性ばらつきのないタングステンブロンズ構造化合物からなる酸化物圧電材料を、簡便な工程で製造する方法を提供すること。
【解決手段】 ニオブのアルコキシドと、その他の成分の硝酸塩を溶解した溶液に、前記アルコキシドと硝酸の合計モル数の、1.5〜3倍のモル数のアミノ酸を加え、溶液中に、金属イオンとアミノ酸の錯体を形成した状態にして噴霧を行い、溶媒を除去するとともに、アミノ酸錯体を自己燃焼させ、ニオブを含むタングステンブロンズ構造化合物の粉末を得る。この粉末は粒径が極めて微細で、組成が均一なので、低温焼結が可能であり、焼結体は、ばらつきの少ない優れた圧電特性を発現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電セラミック製品に使用されるタングステンブロンズ型の酸化物圧電材料の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、圧電セラミック材料としては、チタン酸ジルコン酸鉛系(PbTiO3−PbZrO3、以下、PZTと記す。)セラミックスが、大きな圧電性が得られることから、センサ、アクチュエータ、フィルタなど、多種の用途に用いられてきた。
【0003】
しかし、PZT材料は、環境への負荷が非常に大きい鉛が主成分であり、全体の中に占める比率で、60重量%以上にもなる。酸化鉛は比較的容易に還元されて鉛を生成し、鉛は低温でも揮発性が高く、製造時の予焼、焼結などの工程で、大気中に漏れるのが不可避であり、これらの工程での周囲への拡散を防止する対策が必要であった。
【0004】
また、何ら対策を施すことなしにPZTを廃棄すると、鉛が溶出するので、環境汚染防止の対策、つまり廃棄物処理に、膨大な設備投資が必要になるため、鉛を含有せずに大きな圧電特性を示す材料が要望されている。
【0005】
このために、多くの無鉛圧電材料の探索がなされているが、その中の一つとして、タングステンブロンズ構造化合物が、実用化に向け検討されている。タングステンブロンズ構造は、一般式がAxyzで示される。ここで、Aはアルカリ元素またはアルカリ土類元素、BはMo、Nb、Tiなどを代表とする3価ないし5価の元素である。
【0006】
このような材料の一例として、特許文献1には、一般式が(A1)2(A2)B515で表され、A1がSr、Ba、Caから選ばれる少なくとも1種、A2がNa、Bi1/3の少なくとも1種、BがNb、Ta、Vから選ばれる少なくとも1種で、Bの一部がMn、Cr、Fe、Co、Ti、Zrから選ばれる元素で置換されているタングステンブロンズ構造化合物が開示されている。
【0007】
その一方で、電子部品自体の高性能化、小型化、低コスト化への要求は、日々増加しており、原料について見ると、従来の製造方法では、上記要求項目へ対応するのが、もはや限界の状態になってきている。例を挙げると、圧電アクチュエータの製造工程においては、小型化を実現するために、原料粉末をバインダと溶媒からなる溶液に分散した、ペーストを成膜して得られるグリーンシートを、積層する方法が行われている。
【0008】
このような積層型圧電アクチュエータの場合、導体粉末を分散したペーストを用いた印刷により、グリーンシート表面に内部電極を形成した後に積層して焼結するため、内部電極に使用する導体には、焼結温度よりも融点の高いものを選択する必要がある。圧電材と電極を同時に焼結する場合、一般にAg−Pdが電極として用いられている。
【0009】
Pdは融点が1552℃と高いが高価であるため、Agの比率の多い導体を用いることがコスト的に有利である。しかしAgの融点は961℃なので、Agの比率を多くするのには限界がある。従って圧電材の焼結温度を低くすることができれば、Agの比率の多い安価な導体を電極として使用することができる。
【0010】
周知のように、金属やセラミックスの焼結においては、原料となる粉末の粒径を微細にすることで、焼結温度を低下できる。タングステンブロンズ構造を有する化合物の場合の、一般的な製造法は、公知のセラミックスと同様である。
【0011】
つまり、構成元素の酸化物粉末、あるいは炭酸塩粉末をボールミルなどで混合した後、予焼、粉砕工程を経て得られるタングステンブロンズ構造化合物の粉末を、加熱しながら加圧する、いわゆるホットフォージング法などにより粒子配向させ、プレスして圧粉体を作製、これを焼結することによって目的のタングステンブロンズ構造化合物の焼結体を得ている。この場合の焼結温度は、通常1300〜1400℃である。
【0012】
従来の製造方法において、焼結温度を低下させるには、前述の粉砕工程で微細な粉末を得なければならない。しかしながら、この方法で得られる予焼粉の粒径は数μmとかなり大きいため、粉砕に長時間をかけて微粉末を調製する必要がある。このような従来の方法では、長時間の粉砕を要するため、コスト高になるという点、さらに粉砕媒体に由来する異物の混入が増大し、組成比がずれるという欠点があった。
【0013】
また焼結体の圧電特性と結晶粒径について見ると、常温での誘電率εr、圧電定数d33、K33は、結晶粒径に関わらずほぼ一定であるが、結晶の微細化に従い、機械的品質係数Qmは増大する傾向にあることが知られている。圧電材料はその製造過程で分極処理を行うが、結晶粒径が大きければ粒子が動くことによって生じる応力が大きくなる。機械的品質係数には内部応力が大きく係わっており、分極後の圧電体中において、結晶粒径が小さいほど内部応力が小さくなり、ひいては高いQm値を得ることが可能となる。
【0014】
焼結体の結晶粒径には原料粉末の粒径が関わっていて、結晶を微細化するには、やはり粒径の小さい原料粉末を用いて、低温焼結することが必要条件であると考えられるが、先に述べたとおり従来の方法では、原料粉末の微細化には限界がある。
【0015】
また従来の製法においては、タングステンブロンズ構造を固相反応で形成するため、原材料の混合、予焼は、不可欠な工程であった。つまり、原材料を十分に混合し、予焼を施さないと、均一なタングステンブロンズ構造を有する化合物は得られない。
【0016】
従って、まず原材料を長時間混合した上に、1050〜1150℃前後の温度で予焼をし、酸化物を完全にタングステンブロンズ構造化合物とした後で焼結するという、2段階の高温処理の工程を経なければならないという欠点があった。しかも、このような製造プロセスを経ても完全に均一な組成の材料を製造することは不可能であり、常に組成変動を含んでいるため、特性のばらつきを生じる要因となってしまう。
【0017】
【特許文献1】特開2004−75448号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
従って、本発明の課題は、焼結温度が低く、かつ特性ばらつきのないタングステンブロンズ構造化合物からなる酸化物圧電材料を、簡便な工程で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、前記の問題を解決するため、種々の検討を行った結果、ニオブを含むタングステンブロンズ構造化合物の粉末を製造する工程において、ニオブアルコキシド、及びタングステンブロンズ構造化合物を構成する他の元素の硝酸塩、及びアミノ酸を含む溶液を加熱して得られる粉末を原料とすることで、従来の製法に比べて非常に低い温度で焼結できることを見出し、本発明をなすに至ったものである。
【0020】
即ち、本発明は、ニオブを含むタングステンブロンズ構造化合物を有する酸化物圧電材料の製造方法において、ニオブアルコキシド、前記タングステンブロンズ構造化合物を構成する他の元素の硝酸塩及びアミノ酸を、溶媒に溶解して溶液を調製する工程と、前記溶液を加熱して溶媒を除去するとともにタングステンブロンズ構造化合物粉末を作製する工程と、前記粉末に粒子配向を施す工程と、前記粒子配向を施した粉末を成形して圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を焼結する工程とを有することを特徴とする酸化物圧電材料の製造方法である。
【0021】
また、本発明は、前記アミノ酸のモル数の、前記硝酸塩のモル数に対するの比が、1.5以上、3以下であることを特徴とする、前記の酸化物圧電材料の製造方法である。
【0022】
また、本発明は、前記粉末を作製する工程は、前記溶液を噴霧して加熱する工程を有することを特徴とする、前記の酸化物圧電材料の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
金属のアルコキシドの加水分解により微細な金属酸化物粒子が得られることが知られているが、一方で、金属のアミノ酸錯体の溶液を加熱して、溶媒を除去すると、残留物が自己燃焼を起こすことが知られている。しかも、この燃焼は、極めて短時間で終了するため、極めて微細な酸化物の粒子が生成する。
【0024】
即ち、ニオブアルコキシドと、タングステンブロンズ構造化合物を構成する元素のアミノ酸錯体の混合溶液を加熱し、溶媒を除去すると、極めて微細なタングステンブロンズ化合物の粉末を得ることが可能となる。このような方法により作製したタングステンブロンズ構造化合物粉末を用いると、低温での焼結が可能となるため、焼結体の結晶粒径が小さくなり、高Qm化が図れる。
【0025】
さらに、このような製造方法に起因する極めて優れた特長として、粉末製造が溶液状態から出発していることから、各成分の混合が容易であるばかりでなく、均一系の反応であるために、従来の固相反応による製造法では困難であった、組成の偏倚が極めて少ない均一な化合物の粉末が得られることが挙げられる。
【0026】
また、本発明においては、アミノ酸錯体を得るのに、タングステンブロンズ構造化合物を構成する元素の硝酸塩とアミノ酸を溶液中で混合するが、アミノ酸のモル数の、硝酸塩のモル数に対する比を、1.5以上、3以下としたのは、この範囲のみで微細で均一なタングステンブロンズ構造化合物粉末を得られることによる。
【0027】
即ち、この比率を1.5以下とした場合、溶液の溶媒を除いても自己燃焼を起こさず、また、この比率が3を超える範囲で反応を行った場合には、得られたタングステンブロンズ構造化合物粉末の粒径が大きくなってしまうからである。
【0028】
また、タングステンブロンズ構造化合物の特性を、さらに向上するために、Y23、La23、Dy23、Nd23、Yb23、Sm23、Er23、Gd23、CaOなどの添加が有用であることが知られている。これらを使用する場合においても、主成分元素とアミノ酸との錯体の溶液を作製する際に、添加元素それぞれの硝酸塩を前記の溶液に混合、溶解させることにより、主成分元素と添加元素の分布が均一化されたタングステンブロンズ構造化合物粉末を得ることができ、さらに効果的に特性の向上を図ることができる。
【0029】
また、本発明によれば、自己燃焼を引き起こす際には、溶媒を除去できる程度の温度まで昇温すればよいので、比較的低温に設定したの炉内であっても、アミノ酸錯体を含む溶液を噴霧することで、微細な液滴を形成すれば、速やかに溶媒を蒸発させることが可能であり、タングステンブロンズ構造化合物粉末を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明においては、タングステンブロンズ構造を形成するのに、構成元素のアミノ酸錯体を用いるのが特徴であり、アミノ酸錯体を含む溶液の噴霧の際に、昇温が必要な他は、公知の製造装置を用いることができる。
【0031】
本発明に使用できるアミノ酸としては、グリシン、アラニン、プロリン、アルギニン、トレオニンなどが挙げられるが、硝酸塩に含有される金属イオンと錯体を形成するアミノ酸であればよく、これらに限定されるものではない。
【0032】
また、本発明において、硝酸塩とアミノ酸錯体を溶解する溶媒としては、有機溶媒を含めると様々な種類があるが、コストや、噴霧による乾燥などにおける取り扱い易さを考慮すると水が好ましい。
【実施例1】
【0033】
次に、具体的な実施例を挙げ、本発明について説明する。高純度のSr(NO3)2、NaNO3、Nb(OC25)5を、酸化物換算組成で、Sr2NaNb515となり、かつ全量が100gになるように秤量し、純水中に溶解して、よく混合した。また、上記アルコキシドと硝酸塩の総モル数に対して、2倍のモル数のグリシンを秤量して、この溶液に添加し、充分撹絆混合し溶解させた。
【0034】
次にこの溶液を、温度を400℃に保持した炉内に噴霧した。噴霧した液滴の水分は、炉内で瞬時に蒸発し、それと同時に残留物は自己燃焼を起こし、粉末状の生成物が得られた。この粉末をX線回折により評価したところ、従来の製造法によるSr2NaNb515粉末と同様の構造であることが確認できた。
【0035】
また、この粉末の粒径を、レーザー回折式粒度分布測定装置で測定したところ、D50値が0.10μmであり、粒度分布は従来製造法の場合に比べ非常にシャープであった。得られた粉末を、ホットフォージング法により粒子配向させた後、成形した。続いて成形体を、1000℃、1100℃、1200℃、1300℃、1400℃の温度で、それぞれ4時間焼結し、実施例1のタングステンブロンズ構造化合物からなる酸化物圧電材料を得た。
【実施例2】
【0036】
高純度のBa(NO3)2、NaNO3、Nb(OC25)5を、酸化物換算組成でBa2NaNb515となり、かつ全量が100gになるように秤量し、純水中に溶解し、よく混合した。また、上記アルコキシドと硝酸塩の総モル数に対して、2.5倍のモル数のアラニンを秤量して、この溶液に添加し、充分撹絆混合し溶解させた。この溶液を用い、実施例1と同様にして原料粉末を得た。
【0037】
この粉末をX線回折により評価したところ、従来の製造法によるBa2NaNb515粉末と同様の構造であることが確認できた。また、この粉末の粒径をレーザー回折式粒度分布測定装置で測定したところ、D50値が0.12μmであり、実施例1と同様、粒度分布は従来製造法の場合に比べ非常にシャープであった。この粉末を実施例1と同様にして焼結し、実施例2のタングステンブロンズ構造化合物からなる酸化物圧電材料を得た。
【比較例】
【0038】
次に、比較に供するために、公知の製造方法により、タングステンブロンズ構造化合物からなる酸化物圧電材料を作製した。ここでは、原材料として、高純度のSr(CO3)2、Na2CO3、Nb25を用い、実施例1と同様の組成となるように、各成分を秤量し、ボールミルで45時間混合後、1100℃で予焼を行った。
【0039】
引き続き予焼粉を、ボールミルで20時間及び100時間粉砕し、粉末粒径を測定したところ、それぞれ、1.0μmと0.5μmであった。この2種を原料粉末を用い、実施例1と同様にして、比較例1と比較例2のタングステンブロンズ構造化合物からなる酸化物圧電材料を得た。なお、ここでは粉末粒径が0.5μmのものを比較例1、粉末粒径が1.0μmのものを比較例2とした。
【0040】
次に、実施例1、実施例2、比較例1、比較例2について、焼結体密度、焼結体の結晶粒径、比誘電率εr、圧電定数d33、K33、キュリー温度Tcを測定した。図1は、実施例1、比較例1、比較例2の焼結温度と焼結体密度の関係をまとめて示した図である。また、表1には、実施例1、実施例2における焼結温度が1100℃の焼結体、比較例1、比較例2における焼結温度が1400℃の焼結体の結晶粒径と圧電特性をまとめて示した。
【0041】
【表1】

【0042】
図1から明らかなように、実施例1では、焼結温度が1100℃でも、既に焼結体密度が殆ど飽和状態に達していて、原料粉末の微細化の効果が顕著である。これに対して、比較例1及び比較例2では、実施例1の1100℃における焼結体密度に到達させるのに、1400℃の高温を要することが分かる。
【0043】
また、表1によると、結晶粒径とTcについては実施例と比較例の間に顕著な差が見られないが、d33とK33には、明らかな差が認められ、原料粉末の微細化により、焼結体の結晶粒径が小さくなり、焼結体内の組成の偏倚などがかなりの程度で解消され、圧電特性向上に寄与していることが推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】焼結温度と焼結体密度の関係をまとめて示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニオブを含むタングステンブロンズ構造化合物を有する酸化物圧電材料の製造方法において、ニオブアルコキシド、前記タングステンブロンズ構造化合物を構成する他の元素の硝酸塩及びアミノ酸を、溶媒に溶解して溶液を調製する工程と、前記溶液を加熱して溶媒を除去するとともにタングステンブロンズ構造化合物粉末を作製する工程と、前記粉末に粒子配向を施す工程と、前記粒子配向を施した粉末を成形して圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を焼結する工程とを有することを特徴とする酸化物圧電材料の製造方法。
【請求項2】
前記アミノ酸のモル数の、前記硝酸塩のモル数に対する比は、1.5以上、3以下であることを特徴とする、請求項1に記載の酸化物圧電材料の製造方法。
【請求項3】
前記粉末を作製する工程は、前記溶液を噴霧して加熱する工程を有することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の酸化物圧電材料の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−32468(P2006−32468A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−205885(P2004−205885)
【出願日】平成16年7月13日(2004.7.13)
【出願人】(000134257)NECトーキン株式会社 (1,832)
【Fターム(参考)】