説明

酸素吸脱着性組成物、この酸素吸脱着性組成物を用いた酸素濃度吸光測定用試薬、酸素濃度測定方法および二核銅錯体の酸素親和性算出方法

【課題】室温で酸素の吸脱着が可能な酸素吸脱着性組成物、この酸素吸脱着性組成物を用いた酸素濃度吸光測定用試薬、酸素濃度測定方法および二核銅錯体の酸素親和性算出方法を提供することを目的としている。
【解決手段】
[Cu2(RCN)2(H6M4h)](PF6)2(1) または [Cu2(RCN)2(M6M4h)](PF6)2(2)
(式(1)、(2)中、Rはアルキル基またはフェニル基、
H6M4hは、1,2-ビス[2-(ビス(6-メチル-2-ピリジル)メチル)-6-ピリジル]エタン、
M6M4hは1,2-ビス[2-(1,1-ビス(6-メチル-2-ピリジル) エチル)-6-ピリジル]エタンである。)で示される二核銅錯体を有機溶媒に溶解させた溶液にさらにニトリル化合物が添加されている酸素吸脱着性組成物を試薬として用いて酸素濃度を測定、あるいは二核銅錯体の酸素親和性を算出するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素吸脱着性組成物、この酸素吸脱着性組成物を用いた酸素濃度吸光測定用試薬、酸素濃度測定方法および二核銅錯体の酸素親和性算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内には様々な種類の金属タンパク質が存在し、その活性中心に含まれる金属イオンの特異的な性質を利用して様々な機能を発現している。そして、金属タンパク質の機能について研究を行うことは医学、薬学だけではなく、化学に基礎をおいた工学的応用の観点からも注目されている。金属タンパク質の中には生命活動において重要な役割を果たす酸素運搬タンパク質がある。この酸素運搬タンパク質のメカニズムを明らかにすることは、人工血液やガス貯蔵、ガスセンサーなどの機能性材料の開発に有益な情報を与え、生物化学・錯体化学だけではなく・触媒化学・医学・薬学の面からも重要視されている。
酸素運搬タンパク質には、ほ乳類等の脊椎動物や一部の無脊椎動物がもつヘモグロビン(Hb)、ホシムシなどの海洋無脊椎動物や一部の無脊椎動物がもつヘムエリスリン(Hr)、そしてイカ、タコなどの軟体動物等の軟体動物や、カニ、エビ等の節足動物がもつヘモシアニン(Hc)が存在し、可逆的に酸素と結合することが知られている。
【0003】
本発明の発明者らは、酸素運搬タンパク質であるoxyHcの機能発現のメカニズムを明らかにすることを目的とし、モデル錯体として
下式(a)または下式(b)で示される二核銅錯体
[Cu2(CH3CN)2(H6M4h)](PF6)2 ・・・(a)
[Cu2(CH3CN)2(M6M4h)](PF6)2 ・・・(b)
(式(a)、(b)中、
H6M4hは、1,2-ビス[2-(ビス(6-メチル-2-ピリジル)メチル)-6-ピリジル]エタン、
M6M4hは1,2-ビス[2-(1,1-ビス(6-メチル-2-ピリジル) エチル)-6-ピリジル]エタンである。)を合成し、この得られたモデル錯体を用いて研究を進めてきた(非特許文献1,2)。
【0004】
本発明の発明者らが合成した上記モデル錯体は、室温で安定なμ−η2−η2型パーオキソ錯体を生成するという優れた機能を備えているが、式(a)の二核銅錯体の場合、パーオキソ錯体が熱的に安定であるため、減圧下80℃まで加熱しなければ酸素を可逆的に吸脱着することはできなかった。一方、bridgeheadにメチル基を導入した式(b)の二核銅錯体の場合、メチル基による構造摂動によって銅−酸素間結合距離が長くなり、酸素親和性を低下させることで、Ar下40℃での酸素の可逆的吸脱着が可能となった。
【0005】
【非特許文献1】J.Am.Chem.Soc.1999,121,p.11006-11007
【非特許文献2】Angew.Chem.Int.Ed.2004,43, p.334-337
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記式(a)および式(b)のいずれの錯体においても加熱しなければ、酸素の可逆的吸脱着ができず、たとえば、室温で繰り返し使用可能な酸素濃度吸光測定用試薬などへの利用ができず、用途に制限があった。
【0007】
また、上記式(a)および式(b)の二核銅錯体の場合、いずれもわずかな酸素分子とも反応してパーオキソ錯体を生成してしまうことは分かるのであるが、実際の酸素親和性について測定をすることができなかった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みて、室温で酸素の吸脱着が可能な酸素吸脱着性組成物、この酸素吸脱着性組成物を用いた酸素濃度吸光測定用試薬、酸素濃度測定方法および二核銅錯体の酸素親和性算出方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明にかかる酸素吸脱着性組成物は、
下式(1)または下式(2)で示される二核銅錯体
[Cu2(RCN)2(H6M4h)](PF6)2 ・・・(1)
[Cu2(RCN)2(M6M4h)](PF6)2 ・・・(2)
(式(1)、(2)中、Rはアルキル基またはフェニル基、
H6M4hは、1,2-ビス[2-(ビス(6-メチル-2-ピリジル)メチル)-6-ピリジル]エタン、
M6M4hは1,2-ビス[2-(1,1-ビス(6-メチル-2-ピリジル) エチル)-6-ピリジル]エタンである。)を有機溶媒に溶解させた溶液にさらにニトリル化合物が添加されていることを特徴としている。
【0010】
本発明の酸素吸脱着性組成物において、式(1)の二核銅錯体および式(2)の二核銅錯体において、RCNとしては、特に限定されないが、アセトニトリル、ベンゾニトリルが挙げられる。
【0011】
有機溶媒としては、ジクロロメタン、トルエン、アセトン、クロロホルム等が挙げられ、ジクロロメタンやクロロホルム等が、錯体の溶解性が高い事や銅(I)に配位しない溶媒であるなどの理由により好ましい。
【0012】
添加されるニトリル化合物としては、ニトリル基を備えている化合物であれば、特に限定されないが、たとえば、アセトニトリル、ピバロニトリルあるいはそれらの誘導体、ベンゾニトリル、あるいはそれらの誘導体が挙げられ、中でもアセトニトリル、ピバロニトリル、ベンゾニトリルが好適に用いられ、これらが単独であるいは複数混合されて用いられても構わない。
【0013】
本発明にかかる酸素濃度吸光測定用試薬は、本発明の酸素吸脱着性組成物を少なくとも含むことを特徴としている。
本発明の酸素濃度吸光測定用試薬は、本発明の酸素吸脱着性組成物以外にその担体になる様な高分子材料等を添加するようにしても構わない。
【0014】
本発明にかかる酸素濃度測定方法は、異なる既知濃度の酸素が含まれる複数の既知濃度混合ガスのそれぞれに、本発明の酸素濃度吸光測定用試薬を同一の設定時間時間曝したのち、各酸素濃度吸光測定用試薬の波長363±10nmでの吸光度を測定し、その測定結果をプロットして求めた検量線に、請求項4に記載の酸素濃度吸光測定用試薬を測定ガスに前記設定時間曝したのちの酸素濃度吸光測定用試薬の波長363±10nmの光線の吸光度を対比させて、前記測定ガス中の酸素濃度を求めることを特徴としている。
【0015】
本発明にかかる二核銅錯体の酸素親和性算出方法は、上記式(1)または式(2)で示される二核銅錯体を一定濃度となるように有機溶媒に溶解させた溶液に、ニトリル化合物をXモル添加した酸素吸脱着性組成物を、酸素と不活性ガスとからなり酸素分圧が異なる複数種類の混合気体雰囲気下にそれぞれ一定条件で曝したのち、各混合気体雰囲気に曝露後の酸素吸脱着性組成物の吸光度曲線をそれぞれ求め、吸光度曲線の最大吸光度部分での酸素分圧による吸光度の変化量(ΔA)を算出するとともに、ニトリル化合物添加下での前記二核銅錯体のP(O21/2を下式(3)
P(O21/2=[Cu2tbΔε(P(O2)/ΔA)−P(O2)・・・(3)
(式(1)中、[Cu2tは錯体全濃度、bはセル長、Δεはdeoxy体とoxy体のモル吸光係数の差をあらわしている。)により求め、求められたP(O21/2から
Cu2(RCN)2のO2結合におけるみかけの平衡定数Kを下式(4)
K=1/P(O21/2・・・(4)
から求めた後、ニトリル化合物を添加しない状態の式(1)または式(2)で示される二核銅錯体のP0(O21/2を式(4)で得られたKを用いて下式(5)
0(O21/2=X2/K・・・(5)
により求めることを特徴としている。
【0016】
詳しく説明すると、二核銅サイト(Cu2)と酸素との平衡は以下に平衡式(A),(B)で表すことができる。
【0017】
【化1】

【0018】
ここで、
k1=[Cu2(RCN)2]/[Cu2][ RCN]2
k2=[Cu2O2]/[Cu2]P(O2)
よって、
k2/ k1=[Cu2O2] [ RCN]2/[Cu2(RCN)2]P(O2)
ニトリル化合物(RCN)は過剰量であるから、
k2/ k1[ RCN]2=[Cu2O2]/[ [Cu2] [ RCN]2≡Kと表わせる。
【0019】
また、酸素分圧とみかけの平衡定数Kの関係は、吸光度の変化量△Aを用いて以下のように書き表せられる。
-1=P(O2)[[Cu2]tb△ε/△A−1]
よって、
P(O2)=[Cu2]tb△ε(P(O2)/△A)−1/K
Kは酸素結合のみかけの平衡定数を表わしているから、
K=[Cu2O2]/[Cu2(RCN)2]P(O2)と表せる。
そして、酸素が半分結合しているとき、[Cu2O2]=[Cu2(RCN)2]であるから
1/K=P(O2)1/2となる。
【0020】
すなわち、用いた二核銅錯体全体の50%がoxy体になったときの酸素分圧をP(O2)1/2と定義した。そして、上記の式を利用し、P(O2)/△Aに対してP(O2)をプロットすると直線の関係が得られ、ここからP(O2)1/2を決定できる。
【0021】
つづいて測定したP(O2)1/2より、ニトリル化合物を全く添加していない状態での酸素親和性P0(O2)1/2を以下のようにして求めることができる。
すなわち、k1、k2、P(O2)1/2、[RCN]の間には以下の関係式が成り立つ。
2/k1=[ RCN]2/P(O2)1/2=K
【0022】
そして、k2/k1は二核銅錯体ごとに一定の値となるため、ニトリル化合物を全く加えていないときのRCN濃度がわかれば、P0(O2)1/2を求めることができる。
ここで、溶液中の二核銅錯体濃度がXモルであり、P0(O2)1/2がoxy体の濃度
([Cu22])とdeoxy体の濃度([Cu2(RCN)2])が等しくなったときの値であるので、
[Cu2(RCN)2]=X/2モル、[Cu2O2]=X/2モル、2[RCN]=Xモルとなる。
したがって、k2/k1=X2/P(O2)1/2=Kとなり、P(O2)1/2=X2/ Kとなる。
【0023】
本発明の二核銅錯体の酸素親和性算出方法において、不活性ガスとしては、二核銅錯体に対して不活性なものであれば特に限定されないが、窒素が一般的である。
【発明の効果】
【0024】
本発明にかかる酸素吸脱着性組成物は、以上のように、式(1)または式(2)で示される二核銅錯体を有機溶媒に溶解させた溶液にさらにニトリル化合物が添加されているので、室温で酸素を吸脱着することができる。
すなわち、添加されたニトリル化合物が、μ−η2−η2型パーオキソ錯体の形成を阻害すると同時に、銅イオンと結合してdeoxy体(もとの錯体)の生成を促進するためだと考えられる。
【0025】
有機溶媒として、ジクロロメタンを用いるようにすれば、錯体の溶解度が高い事や酸素錯体の安定性が高い事などの利点がある。
【0026】
本発明にかかる酸素濃度吸光測定用試薬は、本発明の酸素吸脱着性組成物を少なくとも含んでいるので、酸素を感度で測定できるとともに、繰り返して使用することができ、コストダウンをはかることができる。また、添加するニトリル化合物の添加量を調整することによって所望の感度で酸素濃度を検出できるようになる。
【0027】
本発明にかかる酸素濃度測定方法は、異なる既知濃度の酸素が含まれる複数の既知濃度混合ガスのそれぞれに、請求項4に記載の酸素濃度吸光測定用試薬を同一の設定時間時間曝したのち、各酸素濃度吸光測定用試薬の波長363±10nmの範囲内の一定波長での吸光度を測定し、その測定結果をプロットして求めた検量線に、請求項4に記載の酸素濃度吸光測定用試薬を測定ガスに前記設定時間曝したのちの酸素濃度吸光測定用試薬の検量線測定波長と同波長の光線の吸光度を対比させて、前記測定ガス中の酸素濃度を求めるようにしたので、精度よく酸素濃度を測定することができる。
【0028】
本発明にかかる酸素親和性算出方法は、上記式(1)または式(2)で示される二核銅錯体を一定濃度となるように有機溶媒に溶解させた溶液に、ニトリル化合物をXモル添加した酸素吸脱着性組成物を、酸素と不活性ガスとからなり酸素分圧が異なる複数種類の混合気体雰囲気下にそれぞれ一定条件で曝したのち、各混合気体雰囲気に曝露後の酸素吸脱着性組成物の吸光度曲線をそれぞれ求め、吸光度曲線の最大吸光度部分での酸素分圧による吸光度の変化量(ΔA)を算出するとともに、ニトリル化合物添加下での前記二核銅錯体のP(O21/2を下式(3)
P(O21/2=[Cu2tbΔε(P(O2)/ΔA)−P(O2)・・・(3)
(式(3)中、[Cu2tは錯体全濃度、bはセル長、Δεはdeoxy体とoxy体のモル吸光係数の差をあらわしている。)により求め、求められたP(O21/2から
Cu2(RCN)2のO2結合におけるみかけの平衡定数Kを下式(4)
K=1/P(O21/2・・・(4)
から求めた後、
ニトリル化合物を添加しない状態の式(1)または式(2)で示される二核銅錯体の
0(O21/2を式(4)で得られたKを用いて下式(5)
0(O21/2=X2/K・・・(5)
により求めるようにしたので、従来困難であった式(1)または式(2)で示される二核銅錯体の酸素親和性P0(O21/2を算出することができるようになる。
【0029】
また、不活性ガスとして窒素を用いるようにすれば、コスト的に好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下に、本発明を、その実施例を参照しつつ詳しく説明する。
【0031】
(実施例1)
まず、 [Cu(CH3CN)4]PF6 (298.0 mg, 0.80 mmol) をCH3CN 5 ml に溶かした。次に H6M4h 230.7 mg (0.40 mmol)をCH3CN 溶液 5 ml に溶かし、先程の溶液に加えて、室温(25℃)、Ar雰囲気下でスターラーによって混ぜ合わした。このときに生じた黄色溶液を1 時間かき混ぜた後、この溶液に脱気した 無水エタノール(以下、「Et2O」と記す)を加えると、黄色の沈殿が析出したので、この黄色沈殿を吸引ろ過により集め、30分間減圧乾燥した。
乾燥して得た粉末を CH3CN / Et2Oの気液拡散から再結晶することにより薄黄色の単結晶である[Cu2(CH3CN)2(H6M4h)](PF6)2(以下、「錯体1」と記す)を得た。収率は76%であった。
なお、実験操作はすべてグローブボックス中で行った。
1H NMR data (δ/ppm vs Me4Si) in CD3CN: 7.78 (t, 4H, py-4), 7.71 (t, 2H, py'-4), 7.59 (d, 4H, py-3), 7.59 (d, 2H, py'-3), 7.30 (d, 4H, py-5), 7.08 (d, 2H, py'-5), 5.97 (s, 2H, methine), 3.53 (s, 4H, CH2) 2.70 (s, 12H, 6-CH3-py).
【0032】
(実施例2)
CH3CN 10 mLに [Cu(CH3CN)4]PF6 (149.0 mg, 0.40 mmol)とM6M4h (120.8 mg, 0.2 mmol)を加えて溶かした。この溶液を室温(25℃)、Ar雰囲気下でスターラーによって1時間かき混ぜた後、この溶液に脱気した Et2Oを加えて激しく攪拌した後溶液を静置すると、淡黄色の沈殿が析出したので、この淡黄色沈殿を吸引ろ過により集め、30分間減圧乾燥した。
乾燥して得た粉末をCH3CN / Et2Oの気液拡散から再結晶することにより薄黄色の単結晶である[Cu2(CH3CN)2(M6M4h)](PF6)2(以下、「錯体2」と記す)を得た。収率は83%であった。
なお、実験操作はすべてグローブボックス中で行った。
1H NMR data (δ/ppm vs Me4Si) in CD3CN: 7.79 (t, 4H, py-4), 7.68 (t, 2H, py'-4), 7.65 (br, 4H, py-3), 7.54 (br, 2H, py'-3), 7.30 (d, 4H, py-5), 7.03 (d, 2H, py'-5), 3.45 (s, 4H, CH2), 2.65 (s, 12H, py-6-CH3), 2.48 (s, 6H, CH3-C).
【0033】
(実施例3)
M6M4h 60 mg (0.10 mmol) および[Cu(CH3CN)4](PF6) 75 mg (0.20 mmol) をベンゾニトリル 0.5 mlに溶かし、室温(25℃)、Ar雰囲気下でスターラーによって2時間撹拌した。この時溶液は黄色になった。この溶液に脱気した Et2Oを加えて激しく攪拌した後溶液を静置すると、黄色の沈殿が析出したので、この黄色沈殿を吸引ろ過により集め、30分間減圧乾燥した。
乾燥して得た粉末をEt2O / C6H5CNの気液拡散から再結晶することにより淡黄色の単結晶の[Cu2(C6H5CN)2(M6M4h)](PF6)2(以下、「錯体3」と記す)を得た。収率は69%であった。
なお、実験操作はすべてグローブボックス中で行った。
1H NMR data (δ/ppm vs Me4Si) in CD2Cl2: 7.76 (t, 4H, py-4), 7.60(m, 10H, py'-4, py-3, py'-3, p-ph), 7.25 (m, 10H, py-5, o-ph, py'-5), 7.02 (br, 4H, m-ph), 3.68 (s, 4H, -CH2-), 2.77 (s, 12H, py-CH3), 2.58 (s, 6H, C-CH3)
【0034】
(実施例4)
グローブボックス内で上記錯体1を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5:0.001,v/v,[CH3CN]=7.7×10-3M)混合溶液を調製した。この溶液を室温(25℃)、O2雰囲気下にすると淡黄色溶液が紫色の溶液に変化して[Cu2(O)2(H6M4h)](PF6)2(以下、「oxy体1」と記す)を生じた。この溶液をN2置換すると溶液は徐々に淡黄色にもどった。この溶液を再びO2雰囲気下にすると紫色のoxy体1が再生した。このサイクルを3回繰り返した。このときの紫外可視吸収(UV-vis)スペクトル変化を図1に示した。
なお、CH3CNはP205で脱水した後、蒸留したものを使用した。CH2Cl2はH2S04で安定剤を除去し、CaCl2およびCaH2で脱水した後、蒸留したものを使用した。また、紫外可視吸収スペクトルは、ユニソク社製低温セル室および温度コントローラーを整備した大塚電子社製超高感度瞬間マルチ測光システムMCPD-7000を用いて測定した。
【0035】
(実施例5)
グローブボックス内で上記錯体1を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5: 0.0006,v/v,[CH3CN]=4.7×10-3M)混合溶液を調製した。この溶液を室温(25℃)、O2雰囲気下にすると淡黄色溶液が紫色の溶液に変化してoxy体1を生じた。この溶液をN2置換すると溶液は徐々に淡黄色にもどった。この溶液を再びO2雰囲気下にすると紫色のoxy体1が再生した。このサイクルを3回繰り返した。このときの紫外可視吸収(UV-vis)スペクトル変化を図2に示した。
【0036】
(実施例6)
グローブボックス内で上記錯体1を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5: 0.0002,v/v,[CH3CN]=1.6×10-3M)混合溶液を調製した。この溶液を室温(25℃)、O2雰囲気下にすると淡黄色溶液が紫色の溶液に変化してoxy体1を生じた。この溶液をN2置換すると溶液は徐々に淡黄色にもどった。この溶液を再びO2雰囲気下にすると紫色のoxy体1が再生した。このサイクルを3回繰り返した。このときの紫外可視吸収(UV-vis)スペクトル変化を図3に示した。
【0037】
(実施例7)
グローブボックス内で上記錯体2を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5:0.001,v/v,[CH3CN]=7.7×10-3M)混合溶液を調製した。この溶液を室温(25℃)、O2雰囲気下にすると淡黄色溶液が紫色の溶液に変化して[Cu2(O)2(H6M4h)](PF6)2(以下、「oxy体 2」と記す)を生じた。この溶液をN2置換すると溶液は徐々に淡黄色にもどった。この溶液を再びO2雰囲気下にすると紫色のoxy体2が再生した。このサイクルを3回繰り返した。このときの紫外可視吸収(UV-vis)スペクトル変化を図4に示した。
【0038】
(実施例8)
グローブボックス内で上記錯体2を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5: 0.0006,v/v,[CH3CN]=4.7×10-3M)混合溶液を調製した。この溶液を室温(25℃)、O2雰囲気下にすると淡黄色溶液が紫色の溶液に変化してoxy体2を生じた。この溶液をN2置換すると溶液は徐々に淡黄色にもどった。この溶液を再びO2雰囲気下にすると紫色のoxy体 2が再生した。このサイクルを3回繰り返した。このときの紫外可視吸収(UV-vis)スペクトル変化を図5に示した。
【0039】
(実施例9)
グローブボックス内で上記錯体2を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5: 0.0002,v/v,[CH3CN]=1.6×10-3M)混合溶液を調製した。この溶液を室温(25℃)、O2雰囲気下にすると淡黄色溶液が紫色の溶液に変化してoxy体2を生じた。この溶液をN2置換すると溶液は徐々に淡黄色にもどった。この溶液を再びO2雰囲気下にすると紫色のoxy体 2が再生した。このサイクルを3回繰り返した。このときの紫外可視吸収(UV-vis)スペクトル変化を図6に示した。
【0040】
図1〜図6から、錯体1、2を有機溶媒であるジクロロメタンに溶解させた溶液にさらにニトロ化合物であるアセトニトリルを添加するようにすれば、室温で酸素を吸脱着できることがよくわかる。また、添加するニトリル化合物の添加量を調整することによって所望の感度で酸素濃度を検出できるようになることがわかる。なお、図1〜6中、1、1‘、1“は錯体1を、2、2‘、2“はoxy体1を、3、3‘、3“は錯体2を、4、4‘、4“はoxy体2を、それぞれあらわしている。
さらに、図1〜図6から、アセトニトリル濃度が高いときにはoxy体の生成速度は遅くなり、oxy体から元の錯体1,2(deoxy体)への酸素放出の速度は加速されることがわかる。これはアセトニトリルがoxy体の生成を阻害すると同時に、銅イオンと結合して元の錯体1,2の生成を促進するためだと考えられる。
【0041】
なお、錯体1からoxy体1を生成するのに要する時間は、実施例1〜実施例3の濃度範囲でおよそ10分から120分の間で、酸素を放出するのに要する時間はおよそ12時間から25時間の間であった。それに対して、錯体2からoxy体2を生成するのに要する時間はおよそ5分から10分の間で、酸素を放出するのに要する時間はおよそ40分から14時間の間であった。これはbridgehead置換基の構造摂動によって銅酸素間距離が長くなり、酸素を放出しやすくなったためだと考えられる。
【0042】
(実施例10)
実施例5と同様の混合溶液を調整した。この調整した混合溶液を一方コック付き連結管をつけたセルに入れ、液体窒素で溶液を完全に凍結した後、完全に脱気した。酸素と窒素を混合して一定の酸素分圧(P(O2)=253Torr、152 Torr、69.1 Torr、36.2 Torr、0Torr)に調製した混合気体の入ったバルーンをあらかじめ三方コックにとりつけておき、この混合気体を脱気したセルに加えて、溶液を混合気体雰囲気下にした、酸素分圧P(O2)=253Torr、152 Torr、69.1 Torr、36.2 Torr、0Torrの酸素―窒素混合気体雰囲気下でそれぞれ60、120、180、240、300分間放置したのち、それぞれのUV-visスペクトルを25℃、1気圧の条件下で測定し、その結果を図7に示した。
そして、各酸素分圧における吸光度の最大値からoxy体の飽和生成量を決定し、このときの吸光度の変化量(ΔA)を用いて、P(O2)/ΔAに対するP(O2)をプロットすると、図8に示すように、y=0.9571X−50.312(相関係数R2=0.9993)の直線を示したので、ここからP(O2)1/2=50.3Torrが求められた。
なお、酸素分圧P(O2)は、コフロック社製ガス混合装置GM-4Bを用いて酸素と窒素を混合して調整した。
【0043】
(実施例11)
グローブボックス内で上記錯体1を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5:0.0008,v/v,[CH3CN]=6.1×10-3M)混合溶液を調製し、この混合溶液を用いた以外は、上記実施例10と同様にしてP(O2)1/2を求めたところ、P(O2)1/2=113Torrとなった。
【0044】
(実施例12)
グローブボックス内で上記錯体1を5×10-5M含むCH2Cl2-CH3CN(2.5:0.0004,v/v,[CH3CN]=3.2×10-3M)混合溶液を調製し、この混合溶液を用いた以外は、上記実施例10と同様にしてP(O2)1/2を求めたところ、P(O2)1/2=16.2Torrとなった。
また、上記実施例10〜実施例12で求めた各アセトニトリル濃度でのP(O2)1/2と、
2/k1=[CH3CN]2/P(O2)1/2の式を利用してk2/k1を算出し、その結果を表1に示した。
【0045】
【表1】

【0046】
つぎに、上記実施例10〜実施例12で求めた各k2/k1の平均k2/k1=4.66×10-7を、[Cu2(CH3CN)2(H6M4h)](PF6)2のk2/k1とした。
そして、[Cu2(CH3CN)2(H6M4h)](PF6)2のP0(O2)1/2を、平均k2/k1と、アセトニトリルを全く加えていないときのアセトニトリル濃度を用いて以下のようにして求めた。
すなわち、[Cu2(CH3CN)2(H6M4h)](PF6)2は、有機溶媒中で下記式
[Cu2(CH3CN)2]+ [O2]⇔[Cu2O2]+ 2[CH3CN]
に示す平衡状態となっている。
【0047】
また、 [Cu2(CH3CN)2(H6M4h)](PF6)2の濃度が5×10-5Mであるとともに、P0(O2)1/2は、oxy体の濃度 [Cu2O2]と、錯体1(deoxy体)の濃度[Cu2(CH3CN)2]とが、等しくなったとき、つまり2.5×10-5Mとなったときであるから、アセトニトリルを全く加えていないときのアセトニトリル濃度は、2[CH3CN]= 5×10-5Mとなる。
つぎに、この値を用いてP0(O2)1/2を算出すると、
P0(O2)1/2=(5×10-52/4.66×10-7=0.0054 Torrと非常に小さな値となった。
すなわち、求められたP0(O2)1/2は、Hcモデル錯体でP(O2)1/2を求めた例はこれまでになく、比較することはできないが、報告例の多いHbモデル錯体と比較してみても非常に小さいP(O2)1/2の値を示すことがわかった。
【0048】
このことから、[Cu2(CH3CN)2(H6M4h)](PF6)2は、非常に高い酸素親和性を備え、たとえば、液体窒素中にどうしても含まれる極微量の酸素までも吸着除去できる脱酸素剤としても有用であることがわかる。
【0049】
(実施例13)
上記錯体2について、上記錯体1と同様(実施例10〜実施例12と同様)にしてP0(O2)1/2を求めたところ、0.020であった。
【0050】
(実施例14)
上記錯体3について、上記錯体1と同様(実施例10〜実施例12と同様)にしてP0(O2)1/2を求めたところ、0.17であった。
【0051】
また、上記錯体1〜3の添加したアセトニトリルの濃度と、P(O2)1/2との関係を図9に示した。
【0052】
(実施例15)
グローブボックス内で上記錯体2を5×10-5M含むCH2Cl2-t-C4H9CN(2.5: 0.0006,v/v,[CH3CN]=4.7×10-3M)混合溶液を調製した。この調整した混合溶液を、実施例10と同様にして酸素分圧P(O2)=380Torr、326 Torr、253Torr、197 Torr、99.1 Torr、36.2 Torrの酸素―窒素混合気体雰囲気下でそれぞれ5、10、15、20、25、30分間放置したのち、それぞれのUV-visスペクトルを25℃、1気圧の条件下で測定し、その結果を図10に示した。
そして、各酸素分圧における吸光度の最大値からoxy体の飽和生成量を決定し、このときの吸光度の変化量(ΔA)を用いて、P(O2)/ΔAに対するP(O2)をプロットすると、図11に示すように、y=1.7062X−486.83(相関係数R2=0.9973)の直線を示したので、ここからP(O2)1/2=487Torrが求められた。
【0053】
(実施例16)
グローブボックス内で上記錯体2を5×10-5M含むCH2Cl2- C6H5CN(2.5: 0.0006,v/v,[CH3CN]=4.7×10-3M)混合溶液を調製した。この調整した混合溶液を、実施例10と同様にして酸素分圧P(O2)=507Torr、456 Torr、326Torr、253 Torr、197 Torr、152 Torrの酸素―窒素混合気体雰囲気下でそれぞれ5、10、15、20、25、30分間放置したのち、それぞれのUV-visスペクトルを25℃、1気圧の条件下で測定し、その結果を図12に示した。
そして、各酸素分圧における吸光度の最大値からoxy体の飽和生成量を決定し、このときの吸光度の変化量(ΔA)を用いて、P(O2)/ΔAに対するP(O2)をプロットすると、図13に示すように、y=1.4072X−1201.9(相関係数R2=0.9973)の直線を示したので、ここからP(O2)1/2=1202Torrが求められた。
【0054】
上記実施例14,15から添加するニトリル化合物の種類を変更すれば、添加量が同じでも酸素親和性が変化すること、ニトリル化合物としてC6H5CNを添加すれば、少ない添加量で酸素親和性が下がることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】実施例4で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図2】実施例5で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図3】実施例6で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図4】実施例7で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図5】実施例8で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図6】実施例9で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図7】実施例10で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図8】実施例10で求めたP(O2)/ΔAに対するP(O2)をプロットしたグラフである。
【図9】錯体1〜3の添加したアセトニトリルの濃度と、P(O2)1/2との関係をあらわすグラフである。
【図10】実施例15で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図11】実施例15で求めたP(O2)/ΔAに対するP(O2)をプロットしたグラフである。
【図12】実施例16で測定したUV-visスペクトルの測定結果をあらわすグラフである。
【図13】実施例16で求めたP(O2)/ΔAに対するP(O2)をプロットしたグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式(1)または下式(2)で示される二核銅錯体
[Cu2(RCN)2(H6M4h)](PF6)2 ・・・(1)
[Cu2(RCN)2(M6M4h)](PF6)2 ・・・(2)
(式(1)、(2)中、Rはアルキル基またはフェニル基、あるいはそれらの誘導体基
H6M4hは、1,2-ビス[2-(ビス(6-メチル-2-ピリジル)メチル)-6-ピリジル]エタン、
M6M4hは1,2-ビス[2-(1,1-ビス(6-メチル-2-ピリジル) エチル)-6-ピリジル]エタンである。)を有機溶媒に溶解させた溶液にさらにニトリル化合物が添加されていることを特徴とする酸素吸脱着性組成物。
【請求項2】
有機溶媒がジクロロメタンである請求項1に記載の酸素吸脱着性組成物。
【請求項3】
ニトリル化合物がアセトニトリル、ピバロニトリル、ベンゾニトリルからなる群より選ばれた少なくとも一種ある請求項1または請求項2に記載の酸素吸脱着性組成物。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の酸素吸脱着性組成物を少なくとも含むことを特徴とする酸素濃度吸光測定用試薬。
【請求項5】
異なる既知濃度の酸素が含まれる複数の既知濃度混合ガスのそれぞれに、請求項4に記載の酸素濃度吸光測定用試薬を同一の設定時間時間曝したのち、各酸素濃度吸光測定用試薬の波長363±10nmの範囲内の一定波長での吸光度を測定し、その測定結果をプロットして求めた検量線に、請求項4に記載の酸素濃度吸光測定用試薬を測定ガスに前記設定時間曝したのちの酸素濃度吸光測定用試薬の検量線測定波長と同波長の光線の吸光度を対比させて、前記測定ガス中の酸素濃度を求めることを特徴とする酸素濃度測定方法。
【請求項6】
請求項1に記載の式(1)または式(2)で示される二核銅錯体を一定濃度となるように有機溶媒に溶解させた溶液に、ニトリル化合物をXモル添加した酸素吸脱着性組成物を、酸素と不活性ガスとからなり酸素分圧が異なる複数種類の混合気体雰囲気下にそれぞれ一定条件で曝したのち、各混合気体雰囲気に曝露後の酸素吸脱着性組成物の吸光度曲線をそれぞれ求め、吸光度曲線の最大吸光度部分での酸素分圧による吸光度の変化量(ΔA)を算出するとともに、ニトリル化合物添加下での前記二核銅錯体のP(O21/2を下式(3)
P(O21/2=[Cu2tbΔε(P(O2)/ΔA)−P(O2)・・・(3)
(式(3)中、[Cu2tは錯体全濃度、bはセル長、Δεはdeoxy体とoxy体のモル吸光係数の差をあらわしている。)により求め、求められたP(O21/2から
Cu2(RCN)2のO2結合におけるみかけの平衡定数Kを下式(4)
K=1/P(O21/2・・・(4)
から求めた後、
ニトリル化合物を添加しない状態の式(1)または式(2)で示される二核銅錯体の
0(O21/2を式(4)で得られたKを用いて下式(5)
0(O21/2=X2/K・・・(5)
により求めることを特徴とする二核銅錯体の酸素親和性算出方法。
【請求項7】
不活性ガスが窒素である請求項7に記載の二核銅錯体の酸素親和性算出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2007−248204(P2007−248204A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−70857(P2006−70857)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年(平成17年)9月1日 錯体化学会発行の「第55回錯体化学討論会講演要旨集」に発表
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【Fターム(参考)】