説明

酸素発生型電極及びその製造方法

【課題】 長期間にわたって塩素の発生を抑えて酸素を安定的に発生させることができる酸素発生型電極を提供すること。
【解決手段】 金属製の電極基体の表面に白金族金属酸化物層を形成し、該白金族酸化物層の表面にモリブデン又は/及びタングステンを含むマンガンの複合酸化物層を形成し、該複合酸化物層の表面に、マンガンを含む金属酸化物からなる被覆層を形成した。前記電極基体は、チタン又はその合金製が好ましい。また、前記白金族金属酸化物は、酸化イリジウムが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素発生型電極及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩素イオンや塩化物イオンを含む環境で外部電源方式の電気防食を行うと、難溶性陽極から塩素ガスが発生する場合があり、これにより電気防食システムを構成しているケーブルや電源装置などの部材などに深刻な損傷を与えるとともに、周辺環境に対しても過大な負荷をかけることが懸念されている。
【0003】
斯かる塩素ガスの発生を抑える電極に関する従来技術として、例えば、下記特許文献1に記載の技術が提案されている。
【0004】
この技術は、海水の電解に使用する電極として、チタン製の導電性基材に酸化イリジウム層を形成し、該酸化イリジウム層の表面にマンガンの酸化物層を形成したものである。
【0005】
ところで、この電極は、電流密度が低い場合には、塩素ガスの発生を効果的に抑えて酸素を効率よく発生できるが、電流密度が高くなると、その効果が低下してしまう課題を有していた。このため、高電流密度においても高い酸素発生効率が長期間にわたって得られる電極の開発が望まれていた。
【0006】
【特許文献1】特開平9−256181号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、長期間にわたって塩素の発生を抑えて酸素を安定的に発生させることができる酸素発生型電極及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、金属製の電極基体の表面に白金族金属酸化物層を形成し、該白金族酸化物層の表面にモリブデン又は/及びタングステンを含むマンガンの複合酸化物層を形成し、該複合酸化物層の表面に、マンガンを含む金属酸化物からなる被覆層を形成した酸素発生型電極を提供することにより、前記目的を達成したものである。
【0009】
また、本発明は、前記本発明の酸素発生型電極の製造方法であって、前記電極基体の表面に前記白金族金属の可溶性塩の含有液を塗布し、次いで該含有液を乾燥させ、次いで前記電極基体を加熱して該電極基体の表面に前記白金族金属の酸化物層を焼成し、次いでモリブデン又は/及びタングステンの可溶性塩とマンガンの可溶性塩とを含む第1の電着液に前記電極基体を浸漬して該電極基体を陽極として電着を行って、前記白金族金属酸化物層の表面に前記複合酸化物層を形成し、しかる後マンガンの可溶性塩を含む第2の電着液に前記電極基体を浸漬して該電極基体を陽極として電着を行って、前記複合酸化物層の表面に前記被覆層を形成する酸素発生型電極の製造方法を提供することにより、前記目的を達成したものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、長期間にわたって塩素の発生を抑えて酸素を安定的に発生させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を、その好ましい実施の形態に基づいて説明する。
【0012】
本発明の酸素発生型電極は、金属製の電極基体の表面に白金族金属酸化物層を形成し、該白金族金属酸化物層の表面にモリブデン(Mo)又は/及びタングステン(W)を含むマンガンの複合酸化物層((Mn1-xMox)O2+x)を形成し、該複合酸化物層の表面に、マンガンを含む金属酸化物からなる被覆層を形成したものである。
【0013】
金属製の前記電極基体は、チタン(Ti)又はその合金製が好ましい。チタン合金としては、チタンとジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)又はタンタル(Ta)との合金、チタン−ニオブ合金などが挙げられる。
【0014】
前記電極基体の形態に特に制限はないが、多数の孔を有するものが好ましい。例えば、前記金属製の板に機械加工によって孔を形成したもの(例えば、エクスパンデッドチタン、パンチングメタル)や化学処理によって孔を形成したもの、メッシュ状のもの等が挙げられる。
【0015】
前記白金族金属酸化物としては、酸化イリジウム(IrO2)、酸化ルテニウム(RuO2)、酸化白金(PtO、PtO2)等が挙げられる。後述するように、第1の電着液が強酸性であることが多いこと等を考慮すると、前記白金族金属酸化物は、酸化イリジウムが特に好ましい。
【0016】
前記白金族金属酸化物の厚みは、前記電極基体の表面の粗さを損なわず、前記複合酸化物層を形成するときにアンカー効果が十分に得られることを考慮すると、0.1〜10μmが好ましく、実用上1μm程度が好ましい。
【0017】
前記複合酸化物層は、モリブデン又は/及びタングステンを含むマンガンの複合酸化物からなる。該複合酸化物層には、モリブデン又は/及びタングステンの酸化物(両方の場合には合計で)を、0.1〜25mol%含ませることが好ましい。モリブデン、タングステンの含有量が斯かる範囲であると、塩素の発生を抑えて効率よく酸素を発生させることができる。
【0018】
前記複合酸化物層には、酸素の発生効率を高める点から、鉄(Fe)、コバルト(Co)又はニッケル(Ni)の酸化物を含んでいてもよい。
【0019】
前記複合酸化物層の厚みは、上記の白金族金属酸化物層を露出させることなく被覆することを考慮すると、1〜100μmが好ましく、実用上10μm程度が好ましい。
【0020】
前記被覆層は、マンガンを含む金属酸化物からなる層であり、二酸化マンガン(ε−MnO2、γ−MnO2)からなるか、又は二酸化マンガン(ε−MnO2、γ−MnO2)を主成分とし、ニッケル(Ni)若しくはコバルト(Co)を含む金属酸化物からなることが好ましい。該ニッケル又はコバルトは、最大で(複数の場合には合計で最大)25mol%含んでいることが好ましい。このようなニッケル又はコバルトを含ませることで、高い酸素発生効率を保ちながら酸化物層全体の安定性を増し、通電時の耐久性を高めることができる。
【0021】
前記被覆層の厚みは、前記複合酸化物層の機能を損なわずに、当該複合酸化物層の剥離、ひび割れ、消耗等を防ぐために強固にしっかりと当該複合酸化物層を保護することを考慮すると、10〜500μmが好ましく、実用上200〜300μmが好ましい。
【0022】
次に、前記本発明の酸素発生型電極の製造方法をその好ましい実施形態に基づいて説明する。
【0023】
〔白金族金属の酸化物層の形成〕
まず、電極基体の表面に前記白金族金属の酸化物層を形成する。この工程では、前記電極基体の表面に、白金族金属の可溶性塩の含有液を塗布した後、該含有液を乾燥させ、該電極基体を加熱する。そして、前記可溶性塩を熱分解させ、該電極基体の表面に前記白金族金属の酸化物層を焼成する。この工程は、所望の厚みの酸化物層を得るために繰り返し行うことができる。前記含有液を最初に電極基体の表面に塗布する場合には、あらかじめフッ化水素酸、濃硫酸等の酸で電極基体の表面処理を行うことが好ましい。
【0024】
前記白金族金属の可溶性塩としては、塩化イリジウム(IV)酸、塩化ルテニウム、塩化イリジウム酸塩、塩化イリジウム、塩化白金酸(塩)等が挙げられる。
【0025】
前記含有液は、ブタノール等のアルコール類等の有機溶媒を溶媒とすることが好ましい。
【0026】
〔複合酸化物層の形成〕
次いで、モリブデン又は/及びタングステンの可溶性塩とマンガンの可溶性塩とを含む第1の電着液に前記電極基体を浸漬し、該電極基体を陽極として電着を行って前記白金族金属酸化物層の表面に前記複合酸化物層を形成する。陰極の形状、材質に特に制限はないが、後述のように、電着液を高温、酸性に調整する場合にはそれに耐え得るものが好ましい。
【0027】
前記モリブデンの可溶性塩としては、モリブデン酸アンモニウム((NH42MoO4)、モリブデン酸ナトリウム(Na2MoO4)等が挙げられる。前記タングステンの可溶性塩としては、タングステン酸アンモニウム((NH42WO4)、タングステン酸ナトリウム(Na2WO4)等が挙げられる。前記マンガンの可溶性塩としては、硫酸塩(MnSO4)、硝酸塩(Mn(NO3)2)、硫酸マンガン(II)アンモニウム塩(MnSO4(NH42SO4・6H2O)等が挙げられる。
【0028】
前記第1の電着液は、用いる可溶性塩に応じて塩酸、硫酸等の酸を加えて所望のpHに調整することが好ましい。電着に際しては、該電着液を所望の温度に加温することが好ましい。
【0029】
〔被覆層の形成〕
次に、マンガンの可溶性塩を含む第2の電着液に前記電極基体を浸漬し、該電極基体を陽極として電着を行って、前記複合酸化物層の表面に、マンガンを含む金属酸化物からなる被覆層を形成する。陰極の形状、材質に特に制限はないが、後述のように、酸性の食塩水中で耐え得るものが好ましい。
【0030】
前記マンガンの可溶性塩としては、前記複合酸化物層におけると同様な、硫酸塩(MnSO4)、硝酸塩(Mn(NO3)2)、硫酸マンガン(II)アンモニウム塩(MnSO4(NH42SO4・6H2O)等が挙げられる。前述のように被覆層にニッケル又はコバルトを含ませる場合には、これらの金属成分が所定の比率となるように、これらの金属成分の塩(硫酸塩(NiSO4、CoSO4)、硝酸塩(Ni(NO3)2、Co(NO3)2)、硫酸ニッケル(II)アンモニウム塩(NiSO4(NH42SO4・6H2O)、硫酸コバルト(II)アンモニウム塩(CoSO4(NH42SO4・6H2O)等)を加えて電着液を調製する。
【0031】
前記第2の電着液は、必要に応じて塩酸、硫酸等の酸を加えて所望のpHに調整することが好ましい。電着に際しては、該電着液を所望の温度に加温することが好ましい。
【0032】
このようにして得られる本発明の酸素発生型電極は、100〜1000A/dm2といった高電流密度下においても、長期間にわたって高い酸素発生効率が維持でき、従来の電極に比べてその性能が格段に優れるものである。
【実施例1】
【0033】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【0034】
〔実施例1〕
下記のように酸素発生型電極を作製し、その酸素発生効率を下記のように測定した。
〔白金族金属酸化物層の形成〕
フッ化水素酸及び濃硫酸で表面処理を行った下記電極基体の表面に、塩化イリジウム酸をn−ブタノールに溶かした溶液をはけで塗りつけて乾燥させた後、電気炉の中で該電極基体を450℃に加熱した。この操作を3回繰り返した後、最後に450℃、空気雰囲気において1時間で焼成し、前記電極基体の表面に酸化イリジウムの層を形成した。
【0035】
電極基体:エキスパンドチタンの基板(厚さ1mm、縦1mm、横3mm、一つの孔の面積約1.5mm2、開口面積率17%)
【0036】
〔複合酸化物層の形成〕
次に、硫酸マンガンを0.2mol/kg、モリブデン酸ナトリウムを0.003mol/kgの割合で含む水溶液に、硫酸を加えてpHを0.5以下に調整して第1の電着液を調製し、95℃の恒温状態に保った。そして、この電着液に前記酸化イリジウムの層を形成した電極基体を浸漬し、当該電極基体を陽極、らせん状の白金メッキチタン線を陰極として電流密度60mA/cm2で30分間アノード電着を行い、前記酸化イリジウム層の表面にMn−Moの複合酸化物層を形成した。
【0037】
〔被覆層の形成〕
次に、3wt%食塩水に対して0.17mol/リットルとなるように硫酸マンガンを加えた水溶液に、塩酸を加えてpH2に調整して第2の電着液を調製し、25℃の恒温状態に保った。そして、この電着液に前記複合酸化物層を形成した電極基体を浸漬し、当該電極基体を陽極、円筒状のステンレス鋼を陰極として電流密度5mA/cm2でアノード電着を行い、前記複合酸化物層の表面に500μmの二酸化マンガン(ε−MnO2)の層からなる被覆層を形成し、酸素発生型電極を得た。
【0038】
〔酸素発生効率の測定〕
得られた酸素発生型電極を実海水中に浸漬し、ステンレス鋼板を対極として600A/m2の電流密度で通電を行った。試験に用いた実海水は横須賀市久里浜湾内の海水で、通水装置を使用して2L/minの一過性とした。その後、約2週間を目処に通電を停止して酸素発生型電極の回収を行った。酸素発生効率の測定に関しては、pH10に調整した3wt%食塩水200mlを25℃の恒温状態に維持し、その中に実海水から回収した酸素発生型電極を浸漬し、らせん状の白金メッキチタン線を対極として電流密度600A/m2で電解を行った。そして、通電電気量が200Cに達した後、食塩水中に溶存している次亜塩素酸イオン量をヨウ素滴定(JIS K0101−1998)によって定量し、滴定によって求めた塩素発生量から塩素ガス発生に使われた電気量を算出し、これを通電時の総電気量で除することによって塩素発生効率を求めた。さらに、加えた電気量は電極の消耗には使われないものとみなし、100%から前記塩素発生効率を差し引いた値を酸素発生効率とした。酸素発生効率を測定後は、再び実海水に酸素発生型電極を浸漬し、上記と同じ要領で通電を行った。その結果を図1に示す。
【0039】
〔比較例〕
被覆層を形成しなかった以外は、実施例1と同様にして酸素発生型電極を得た。そして上記と同じ要領で酸素発生効率を測定した。その結果を図2に示す。
【0040】
図1から明らかなように、被覆層を設けた実施例1の酸素発生型電極(本発明品)は、100日を超えて通電しても、酸素発生効率が90%以上であった。特に、高電流密度下においても、優れた酸素発生効率及び耐久性を示すことがわかった。これに対し、図2に示すように、被覆層を設けなかった比較例の酸素発生型電極は、電流密度が低い場合にはある程度高い酸素発生効率が得られるが、電流密度が高くなると、酸素発生効率が急激に低下した。
【0041】
〔実施例2、3〕
また、実施例1におけるモリブデンを含むマンガンの複合酸化物層に代えて、タングステンを含むマンガンの複合酸化物層並びにモリブデン及びタングステンを含むマンガンの複合酸化物層をそれぞれ形成した以外は、実施例1と同様にして酸素発生型電極を作製した結果、実施例1と同様の結果を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の酸素発生型電極は、塩素イオンや塩化物イオンを含む海水その他の水溶液の電解処理用電極、塩素イオンや塩化物イオンを含む環境下における電気防食用の難溶性陽極に好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例による酸素発生型電極の特性を示す図であり、(a)は酸素発生効率の経時変化を示す図、(b)は電位の経時変化を示す図である。
【図2】実施例による酸素発生型電極の特性を示す図であり、(a)は酸素発生効率の経時変化を示す図、(b)は電位の経時変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の電極基体の表面に白金族金属酸化物層を形成し、該白金族酸化物層の表面にモリブデン又は/及びタングステンを含むマンガンの複合酸化物層を形成し、該複合酸化物層の表面に、マンガンを含む金属酸化物からなる被覆層を形成した酸素発生型電極。
【請求項2】
前記被覆層が、二酸化マンガンからなるか、又は二酸化マンガンを主成分としニッケル若しくはコバルトを含む金属酸化物からなる請求項1記載の酸素発生型電極。
【請求項3】
前記電極基体がチタン又はその合金からなる請求項1又は2記載の酸素発生型電極。
【請求項4】
前記白金族金属酸化物が酸化イリジウムである請求項1〜3の何れかに記載の酸素発生型電極。
【請求項5】
前記被覆層の厚みが10〜500μmである請求項1〜4の何れかに記載の酸素発生型電極。
【請求項6】
請求項1記載の酸素発生型電極の製造方法であって、前記電極基体の表面に前記白金族金属の可溶性塩の含有液を塗布し、次いで該含有液を乾燥させ、次いで前記電極基体を加熱して該電極基体の表面に前記白金族金属の酸化物層を焼成し、次いでモリブデン又は/及びタングステンの可溶性塩とマンガンの可溶性塩とを含む第1の電着液に前記電極基体を浸漬して該電極基体を陽極として電着を行って、前記白金族金属酸化物層の表面に前記複合酸化物層を形成し、しかる後マンガンの可溶性塩を含む第2の電着液に前記電極基体を浸漬して該電極基体を陽極として電着を行って、前記複合酸化物層の表面に、前記被覆層を形成する酸素発生型電極の製造方法。


【図1】
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【図2】
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