説明

重合防止方法

【課題】 蒸留塔などにおける(メタ)アクリル酸等の重合防止にジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液を用いる際に発生する、パイプ内での析出物の生成などの問題を解決した、(メタ)アクリル酸等の重合防止方法を提供する。
【解決手段】 ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中の硫酸銅含量を100ppm(質量)以下にして供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は重合防止方法に関し、詳しくは重合防止剤としてジアルキルジチオカルバミン酸銅塩を用いて、(メタ)アクリル酸および/またはそのエステルの重合を効果的に防止する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(メタ)アクリル酸および/またはそのエステル(以下、「(メタ)アクリル酸等」という。)を製造する際、その重合を防止するために、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩を単独、または他の重合防止剤と組み合わせて使用することは一般によく知られている(例えば、特許文献1〜3)。
【0003】
【特許文献1】特開2003−103155号公報
【特許文献2】特開平6−211735号公報
【特許文献3】特開平9−95465号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩は、フェノチアジンなどの他の重合防止剤と組み合わせて使用するのが一般的であるが、その際、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩を、例えば、トルエンなどの有機溶媒に溶解し、それ専用のパイプを通して、例えば、蒸留塔に供給することもある。
【0005】
この場合、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩の有機溶媒溶液(ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液ということもある。)の移送を長期にわたって継続すると、パイプ内などで析出物が生成して、詰まりのトラブルが発生し、また、このパイプの詰まりによって、例えば、蒸留塔へのジアルキルジチオカルバミン酸銅塩の供給が十分に行われず、結果として、蒸留塔内での重合を防止できないという問題があった。
【0006】
かくして、本発明の目的は、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液をそれ専用のパイプを通して、例えば、蒸留塔に供給するのに際して、パイプ内での析出物の生成を防止し、パイプの詰まりや、蒸留塔内での重合の発生などの問題を解決した、(メタ)アクリル酸等の重合防止方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記析出物の生成について検討したところ、その原因はジアルキルジチオカルバミン酸銅塩中に不純物として不可避的に含まれている硫酸銅にあることを究明し、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中の硫酸銅の含量を低下させることにより前記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、有機溶媒にジアルキルジチオカルバミン酸銅塩を溶解した溶液を用いて(メタ)アクリル酸および/またはそのエステルの重合を防止するにあたり、該ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中の硫酸銅含量を100ppm(質量)以下にすることを特徴とする(メタ)アクリル酸および/またはそのエステルの重合防止方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法に従って、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中の硫酸銅含量を100ppm以下にすることにより、この溶液の移送を長期にわたり実施しても、パイプ内での析出物の生成を効果的に防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のジアルキルジチオカルバミン酸銅塩の代表例としては、ジメチルジチオカルバミン酸銅塩、ジエチルジチオカルバミン酸銅塩、ジプロピルジチオカルバミン酸銅塩およびジブチルジチオカルバミン酸銅塩が挙げられる。これらは単独でも、あるいは2種以上混合して用いてもよい。
【0011】
上記ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩を溶解する溶媒としては、特に限定されるものではなく、(メタ)アクリル酸等の重合防止を目的として使用する、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩の溶液を調製する際に一般に用いられているものであればいずれも使用することができる。例えば、トルエン、ヘプタン、1−ヘプテン、メチルシクロヘキサン、シクロヘプテン、シクロヘプタジエン、シクロヘプタトリエン、2,4−ジメチル−1,3−ペンタジエン、メチルシクロヘキセン、メチルシクロヘキサン、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、メタクリル酸メチル、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルイソブチルケトン、メチル−tert−ブチルケトン、酢酸n−プロピル、アクリル酸ビニル、酢酸アリル、酢酸イソプロペニル、プロピオン酸ビニルおよびクロトン酸メチルが挙げられる。なお、これら有機溶媒は、工業用有機溶媒を含めて純品である必要はなく、アルキルジチオカルバミン酸銅塩の重合防止性能を損なったり、あるいは上述した析出物の生成を引き起こす原因となることがない限り、不純物や上記の有機溶媒以外の有機溶媒を含んでいてもよい。例えば、(メタ)アクリル酸等の精製を含めた製造工程で得られる、例えば、蒸留塔の循環液のような、上記の有機溶媒を含む液をそのまま使用してもよい。
【0012】
本発明の方法においては、上記ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中の硫酸銅含量を100ppm(質量)以下、好ましくは1〜100ppmの範囲、より好ましくは1〜90ppm(質量)の範囲にして使用する。さらに好ましくは1〜50ppm(質量)の範囲にして使用する。硫酸銅含量が100ppmを超えると上述した析出物の生成などの問題が生じる。上記の硫酸銅含量の下限は、さらに好ましくは5ppm以上(質量)の範囲である。なお、本発明の「硫酸銅含量」とは、硫酸銅とその水和物との合計含量を意味する。
【0013】
また、本発明の方法においては、硫酸銅の含量が、上記下限の濃度を下回ると希薄なカルバミン酸銅含有溶液となり、重合を防止するために当該溶液の使用量(カルバミン酸銅含有液の溶液流量)を多くする必要が出てくる。その場合当該重合防止液の供給ポンプの能力を高める必要が出てきてやや工程が煩雑になる場合もある。また入手するカルバミン酸銅のスペックの点からも下限は5ppm(質量)以上がより好ましいといえる。
【0014】
ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中の硫酸銅含量を100ppm以下にするには、予めジアルキルジチオカルバミン酸銅塩中の硫酸銅含量を調整するか、あるいは、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中のジアルキルジチオカルバミン酸銅塩の濃度が0.1〜10質量%、好ましくは1〜5質量%となる範囲において、その濃度を調整すればよい。
【0015】
本発明に方法においては、(メタ)アクリル酸等の製造の際に、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液を供給することにより、(メタ)アクリル酸等の重合を防止する。具体的には、例えば、(メタ)アクリル酸は、気相接触酸化により得られる(メタ)アクリル酸含有ガスを凝縮塔または捕集塔に導入し、ここで(メタ)アクリル酸水溶液とし、次いで、この(メタ)アクリル酸水溶液を共沸分離塔に導入し、ここで共沸溶剤の存在下に共沸蒸留して粗製(メタ)アクリル酸を回収し、さらに、この粗製(メタ)アクリル酸を蒸留塔に導入し、精製して製造されるので、上記ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液を上記の凝縮塔、捕集塔、共沸分離塔や、蒸留塔に供給して、各塔における、(メタ)アクリル酸の重合を防止する。(メタ)アクリル酸エステルの場合も同様に、そのエステル化工程や精製工程にジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液を供給して、その重合を防止する。
【0016】
上記蒸留塔などには、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液のほかに、(メタ)アクリル酸等の重合防止に一般に知られている、フェノチアジン、酢酸マンガン、ハイドロキノンなどの重合防止剤を、ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液とは異なるパイプを通して供給してもよい。また、分子状酸素もまた同時に供給してもよい。
【0017】
本発明の(メタ)アクリル酸エステルとしては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸2−ヒドロキシプロピル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸2−ヒドロキシプロピルなどが挙げられる。
【実施例】
【0018】
本発明の有利な実施態様を示している以下の実施例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。
(実施例1)
プロピレンを分子状酸素含有ガスにより接触気相酸化して得た混合ガスをアクリル酸捕集塔に導いて水と接触させて得た水溶液をアクロレイン放散塔に導いてアクロレインを放散させ、アクリル酸65質量%、水30質量%、酢酸3.0質量%を含むアクリル酸水溶液を得た。段数60段、段間隔147mmのシーブトレーを備え、塔頂部に留出管、中央部に原料供給管、塔底部に塔底液抜き出し管を備えた共沸分離塔を用い、共沸溶剤としてトルエンを用いて、このアクリル酸水溶液の共沸蒸留運転を行った。
【0019】
定常運転時における運転状態は、共沸分離塔の塔頂温度47℃、塔底温度99℃、塔頂圧力100mmHg、還流比(単位時間当たりの還流液の全モル数/単位時間当たりの留出液の全モル数)1.35、原料液である前記アクリル酸水溶液の供給量7.62L/時であった。
【0020】
共沸分離塔の塔頂から得られるものは貯槽に導き、トルエンを主成分とする有機相と水相に分離し、有機相は還流液として共沸分離塔にリサイクルした。
【0021】
使用した重合防止剤は、酢酸マンガン、ジブチルジチオカルバミン酸銅塩、ハイドロノン、フェノチアジンおよび分子状酸素であった。酢酸マンガン、ジブチルジチオカルバミン酸銅塩、ハイドロノンおよびフェノチアジンは、蒸留分離塔の塔頂から、また分子状酸素は塔底部から蒸留分離塔に導入した。酢酸マンガン、ジブチルジチオカルバミン酸銅塩、ハイドロノンおよびフェノチアジンの使用量は、アクリル酸蒸発蒸気量に対して、それぞれ、50ppm、50ppm、100ppmおよび100ppmであった。分子状酸素量は、アクリル酸蒸発蒸気量に対して0.3容量%であった。上記重合防止剤は、それぞれ、所定の母液に溶解して溶液とした後、それぞれ専用の送液ポンプを用いて共沸分離塔に導入した。
【0022】
ジブチルジチオカルバミン酸銅塩については、硫酸銅含量が980ppm(質量)であるジブチルジチオカルバミン酸銅塩を用い、これを前記還流液を母液として3.5質量%となるように溶解して得られたジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液として供給した。なお、この溶液中には硫酸銅が35ppm(質量)含まれていた。
【0023】
なお、酢酸マンガンおよびハイドロキノンについては、前記アクリル酸水溶液を母液とし、また、フェノチアジンについては、前記還流液を母液とした。
【0024】
定常状態における塔底抜き出し液組成は、アクリル酸97.0質量%、酢酸0.03質量%、その他2.96質量%であった。この条件で2ヶ月間連続運転したところ、常に安定した状態が得られ、運転停止後、共沸分離塔内の点検を行った結果においてもポリマーの発生は殆ど認められなかった。また、ジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液専用の送液ポンプライン内にも析出物の発生は認められなかった。
(実施例2)
実施例1において、8質量%のジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液を用いた以外は実施例1と同様にしてアクリル酸水溶液の共沸蒸留運転を行った。なお、ジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液には硫酸銅が80ppm(質量)含まれていた。
【0025】
この条件で2ヶ月間連続運転したところ、常に安定した状態が得られ、運転停止後、共沸分離塔内の点検を行った結果においてもポリマーの発生は殆ど認められなかった。なお、ジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液専用の送液ポンプライン内には少量の析出物の発生が認められた。
(比較例1)
実施例1において、12質量%のジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液を用いた以外は実施例1と同様にしてアクリル酸水溶液の共沸蒸留運転を行った。なお、ジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液には硫酸銅が120ppm(質量)含まれていた。
【0026】
この条件で2ヶ月間連続運転したところ、稼働途中にジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液専用の送液ポンプライン内で析出物による詰まりが発生し、所定量のジブチルジチオカルバミン酸銅塩溶液が送液されない状態になった。稼働50日目に運転を停止し、蒸留塔内の点検を行ったところ、塔内には多量のポリマーが発生していた。
【0027】
結果を表1に示す。
【0028】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒にジアルキルジチオカルバミン酸銅塩を溶解した溶液を用いて(メタ)アクリル酸および/またはそのエステルの重合を防止するにあたり、該ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中の硫酸銅含量を100ppm(質量)以下にすることを特徴とする(メタ)アクリル酸および/またはそのエステルの重合防止方法。
【請求項2】
ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩溶液中のジアルキルジチオカルバミン酸銅塩の濃度が0.1〜10質量%である請求項1記載の重合防止方法。
【請求項3】
ジアルキルジチオカルバミン酸銅塩がジメチルジチオカルバミン酸銅塩、ジエチルジチオカルバミン酸銅塩、ジプロピルジチオカルバミン酸銅塩およびジブチルジチオカルバミン酸銅塩から選ばれる少なくとも1種である請求項1または2記載の重合防止方法。

【公開番号】特開2008−308422(P2008−308422A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−156644(P2007−156644)
【出願日】平成19年6月13日(2007.6.13)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】