説明

重心動揺改善剤

【課題】とりわけ高齢者に対して有効な転倒予防効果を奏する重心動揺改善剤の提供。
【解決手段】ブラックペッパー精油を有効成分とし、揮発性成分を経鼻吸入形態で投与される。エチルアルコールなどで希釈して用いてもよい。また、ブラックペッパー精油を含浸させたパッチ剤に製剤化して皮膚や衣服に貼付することで用いてもよい。ブラックペッパー精油は、ブラックペッパーの果実から水蒸気蒸留法によって得られる、無色透明で特有の芳香を持つ揮発性油状物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、とりわけ高齢者に対して有効な転倒予防効果を奏する重心動揺改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
「老化」という加齢に基づく自然のプロセスによって体重や筋肉の減少、活動性や体力の低下をきたす結果、高齢者(例えば70歳以上)が転倒することはよくあることであるが、健常成人の場合と異なり、高齢者が転倒すると容易に骨折を招き、運悪く下半身を骨折するなどすると寝たきりとなって介護を必要とする状態に陥ることも少なくない。従って、高齢者のQOL(クオリティーオブライフ)の向上や医療費削減の観点から、高齢者の転倒を予防するための各種の取り組みが試みられており、体操教室の企画や実施が地方自治体レベルで行われたりしている他、転倒予防のためのトレーニング器具や靴なども提案されている。しかしながら、現時点においてはその成果を評価できるところまでには至っていないのが現状である。
高齢者の転倒は、前方向への転倒、横方向への転倒、後方向への転倒に大別され、その比率は6割,3割,1割というアンケート結果がある。このうち、横方向への転倒は、身体の横方向のぶれが原因となって歩行中に身体が横方向に揺らぎ、左右のバランスを崩すことによって起こることから、横方向への転倒を予防するためには重心の動揺を改善することが肝要であると考えられている。従って、手軽に重心の動揺を改善することができる方法が見出されれば、高齢者の特に横方向への転倒を効果的に予防することが可能となり、高齢者のQOLの向上や医療費削減に大きく寄与するが、残念ながらそのような方法について報告された例はこれまでのところ存在しない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明は、とりわけ高齢者に対して有効な転倒予防効果を奏する重心動揺改善剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記の点に鑑みて鋭意研究を進めた結果、ブラックペッパー精油に重心動揺改善作用があることを見出した。生体に対するブラックペッパー精油の作用については、嚥下障害改善作用(特許第3762969号)や低栄養状態にある患者の食欲不振改善作用(特開2007−84515)が本発明者らによってこれまでに見出されているが、今般の本発明者らによる研究成果は、これらの先行知見からは導き出し得ないものである。
【0005】
即ち、本発明の重心動揺改善剤は、請求項1記載の通り、ブラックペッパー精油を有効成分とすることを特徴とする。
また、請求項2記載の重心動揺改善剤は、請求項1記載の重心動揺改善剤において、有効成分が経鼻吸入形態にて適用されるブラックペッパー精油の揮発成分であることを特徴とする。
また、請求項3記載の重心動揺改善剤は、請求項1または2記載の重心動揺改善剤において、対象者が70歳以上の高齢者であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、高齢者の特に横方向への転倒の予防を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
精油(エッセンシャルオイル)は、植物の木皮や果実などより発散する芳香の根源となる揮発性のテルペン化合物などの混合物であり、一般に、抗菌作用、生理作用、心理作用、生体リズム調整作用などがあることが判明している。近年、種々の植物から得られる精油の自然の芳香を利用して、人間が生まれつき持っている自然治癒力を促進しようとする療法、即ち、アロマテラピーが広く行われるようになっている。ブラックペッパー精油を用いたアロマテラピーも既に知られており、前出の特許第3762969号や特開2007−84515に記載の作用もこのような適用方法によって得られるものであるが、ブラックペッパー精油を用いたアロマテラピーによって、重心の動揺の改善を図ることができることについては本発明者らにとって驚くべき事実であった。
【0008】
本発明において、ブラックペッパー精油とは、主として、ブラックペッパー(学名:Piper nigrum,科名:コショウ科)の果実から水蒸気蒸留法によって得られる、無色透明で特有の芳香を持つ揮発性油状物を意味する。その揮発成分の臭気は刺激的でスパイシーであると一般に表現される。その主成分は、α−ピネン、β−ピネン、リモネン、β−カリオフィレンなどである。
【0009】
本発明のブラックペッパー精油を有効成分とすることを特徴とする重心動揺改善剤は、その揮発成分を患者に経鼻吸入せしめるための形態にて適用され、例えば、ブラックペッパー精油を瓶に充填したり、不織布に含浸させたりすることで製造される香粧品として実用に供せられる。このような製品は、1日1回〜数回、例えば毎食時前に、ブラックペッパー精油を含浸させた不織布を患者に嗅がせたり、食事をする部屋にブラックペッパー精油をスプレー噴霧したり、その揮発成分が揮発するようにブラックペッパー精油を充填した瓶を蓋を開けてテーブルの上に置いたりすることで用いればよい。また、本発明の重心動揺改善剤は、ブラックペッパー精油を含浸させたパッチ剤に製剤化して皮膚や衣服に貼付することで用いてもよい。なお、ブラックペッパー精油は、その重心動揺改善作用に悪影響を及ぼさない範囲において、エチルアルコールなどで希釈して用いてもよい。本発明の重心動揺改善剤が適用される対象者としては、転倒の頻度が高い高齢者が主として挙げられるが、対象者は高齢者に限定されるわけではない。
【実施例】
【0010】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。なお、以下の実施例は、ガテマラ産ブラックペッパーの果実から水蒸気蒸留法によって得た無色透明のブラックペッパー精油(山本香料株式会社(大阪)より入手)を用いて行った。
【0011】
(実験方法)
70歳以上の高齢者13人(男性5人,女性8人)を被験者として、以下の2種類の重心動揺検査を別々の日の同じ時間帯に行った。
(1)何も嗅いでもらわない状態で45秒間の重心動揺を測定した後、被検サンプルとしてブラックペッパー精油を含浸させた濾紙を2分間嗅ぎながら休憩してもらい、再び、被検サンプルを嗅いでもらいながら45秒間の重心動揺を測定した。
(2)何も嗅いでもらわない状態で45秒間の重心動揺を測定した後、被検サンプルとして蒸留水を含浸させた濾紙を2分間嗅ぎながら休憩してもらい、再び、被検サンプルを嗅いでもらいながら45秒間の重心動揺を測定した。
なお、重心動揺検査は、被験者に裸足または靴下の状態で重心動揺計(グラビコーダGS−2000,アニマ社)にのって直立不動の姿勢で閉眼してもらった後、45秒間の重心の軌跡の全長を記録することで行った。2種類の重心動揺検査は、被験者ごとにランダムな順序で行った。
【0012】
(実験結果)
ブラックペッパー精油を含浸させた濾紙を被検サンプルとした場合の結果を図1(a)に、蒸留水を含浸させた濾紙を被検サンプルとした場合の結果を図1(b)に示す。図1から明らかなように、ブラックペッパー精油を含浸させた濾紙を嗅いでもらった場合、重心の軌跡の全長が有意に短くなったが、このような現象は蒸留水を含浸させた濾紙を嗅いでもらった場合には見られなかった。よって、ブラックペッパー精油には重心動揺改善作用があることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0013】
本発明は、とりわけ高齢者に対して有効な転倒予防効果を奏する重心動揺改善剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例におけるブラックペッパー精油に重心動揺改善作用があることを示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブラックペッパー精油を有効成分とすることを特徴とする重心動揺改善剤。
【請求項2】
有効成分が経鼻吸入形態にて適用されるブラックペッパー精油の揮発成分であることを特徴とする請求項1記載の重心動揺改善剤。
【請求項3】
対象者が70歳以上の高齢者であることを特徴とする請求項1または2記載の重心動揺改善剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−290965(P2008−290965A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−137654(P2007−137654)
【出願日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】