説明

金属クラスター生成装置

【課題】真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射し、該金属ターゲットの照射部から放出された金属原子のクラスターを生成する装置において、生成するクラスターのサイズ分布を狭く制御することを可能とした金属クラスター生成装置を提供する。
【解決手段】真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射し、該金属ターゲットのレーザ照射部から放出された金属原子のクラスターを生成する装置において、上記金属ターゲットにパルスレーザを照射するレーザ発生装置、および該放出された金属原子のプルーム形成位置を三次元的に取り囲む多数箇所に各々配置され、該プルーム形成位置に向けて不活性な冷却ガスを、上記パルスレーザの照射パルスと同期させてパルス状に吹き付ける多数のガス導入路を備えたことを特徴とする金属クラスター生成装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射し、該金属ターゲットの照射部から放出された金属原子のクラスターを生成する装置の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザアブレーションの一適用例として、真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射して、照射部からターゲットの金属原子を放出させる方法が行なわれている。放出された金属原子は、プルームと呼ばれる熱プラズマを形成し、適当な基板上に堆積させて薄膜を形成させることができる。その際、放出原子が複数個凝集してクラスターを形成することがある。金属の性質は、単原子の状態とクラスターの状態とで異なる性質を示すことがある。これを利用すれば、単原子では得られない性質をクラスター化により得ることも期待される。ただし、金属クラスターの性質は漸く一部が知られるようになってきたのが現状であり、多くは今後の研究により解明すべき未知の分野である。
【0003】
金属クラスターの性質を研究するための1つの前提として、クラスターサイズ(凝集原子個数)による変動を最小限に抑える必要がある。そのためには、生成するクラスターのサイズ分布をできるだけ狭くしなくてはならない。
【0004】
しかし、従来のレーザアブレーションでは、得られるクラスターサイズ分布を制御できなかった。
【0005】
特許文献1には、レーザアブレーション法を用いて薄膜を製造する方法において、パルスレーザの発信に同期してターゲットとレーザ光導入窓との間の光路に酸素ガスを導入することで、レーザ光導入窓へのターゲット材料の付着を防止することが開示されている。
【0006】
しかし、同文献に開示された具体例によれば、酸素ガスが導入されるレーザ光導入部は、ターゲットを収容する主チャンバの外周面に取り付けられた小チャンバであり、主チャンバと唯一連通するオリフィスは、ターゲットからの放出物質の浸入を防ぐように小さくしてある。そのため、小チャンバ内に導入された酸素ガスは、この小さなオリフィスを通り主チャンバを経由して排気はされるが、ターゲット上に生起した放出原子のプルームに実質的な影響を及ぼすことはないので、プルームでのクラスター生成にも影響しない。したがって上記導入した酸素でクラスターのサイズ分布を制御することはできない。同文献にはクラスターサイズ分布についての考慮は全くない。
【0007】
特許文献2には、ターゲットのレーザ照射点に発生させた真空アーク放電によりターゲットからの蒸発粒子をイオン化し、これを加速電圧により加速して基板に堆積させるレーザイオンプレーティング装置において、レーザ導入窓付近から導入された反応ガスがレーザ光路に沿ってターゲット表面のレーザ照射点に到達した後、レーザ照射点付近の反応ガス吹き出し孔を通って、上記イオン化した粒子と共に基板に向けて進行する構成が開示されている。
【0008】
そして上記の構成により、下記の効果が得られると記載されている。(1)レーザ照射点すなわちターゲット材蒸発点での反応ガス圧を高めることでガス活性化を促進すると共に、基板付近の圧力を下げることで良質の膜が形成される。(2)蒸発粒子(イオン粒子)の飛翔方向と、吹き出し孔からの反応ガスの流れ方向とが揃って基板方向へ向かうため、蒸発粒子の拡散がなく効率良く基板に付着する。(3)レーザ導入窓付近からターゲット方向へ向かう反応ガスの流れによりターゲットからの蒸発粒子のレーザ導入窓への飛来、汚染が阻止できる。
【0009】
しかし同文献では、蒸発粒子のクラスター生成については何ら考慮されていない。同文献の方法では、反応ガスはターゲット材蒸発点を通り基板方向へ定常的に流れているため、蒸発粒子は基板到達までの飛翔期間中継続的に反応ガス分子との衝突によりエネルギーを徐々に失い(即ち徐冷され)、それに伴って単原子状態からのクラスター形成の過程も徐々に進行する。その結果、刻々と変化するエネルギー状態でクラスター化が起きるため、生成するクラスターのサイズもそれに応じて異なり、最終的に得られるクラスターは広いサイズ分布を持つことになる。したがって、クラスターのサイズ分布を狭く制御することはできない。
【0010】
特許文献3には、レーザアブレーション法において、ターゲットにパルスレーザを照射しつつ雰囲気ガスとしてHeガスを継続的に導入することにより、ターゲットからの脱離物質がHeガスと衝突して飛行方向が乱雑になるとともに、運動エネルギーがHe雰囲気に散逸されて、気相中での会合と凝集が促進されることが記載されている。そして、基板上に堆積される酸化スズの平均粒径は雰囲気ガスとの衝突回数が多いほど、すなわち雰囲気ガス圧が高いほど大きくなることも記載されている。これは脱離物質がクラスターとして基板に到達したときの平均粒径が雰囲気ガス圧の増加により増大することを意味している。
【0011】
しかし同文献は、あくまでもクラスターの「平均サイズ」がガス圧増加で増大することを開示しているのみであり、クラスターの「サイズ分布」についてはなんら示唆していない。前述の特許文献2と同じく雰囲気ガスが継続的に流されているので、脱離点から基板までの飛行期間中に雰囲気ガスに徐冷されるため、最終的に得られるクラスターは広いサイズ分布を持つことになり、クラスターのサイズ分布を狭く制御することはできない。
【0012】
レーザアブレーション以外の従来技術としては、特許文献4に、スパッタリングにおけるクラスター生成装置が記載されている。すなわち、円筒状ターゲットの入口からスパッタガスを送り込み、ターゲットに放電電圧を印加してスパッタ蒸気を発生させるクラスター生成装置において、円筒ターゲット出口を同心円状に取り巻いて配置した多数の噴出孔からキャリアガス(具体的にはHe)をターゲットに向けて吹き付けることにより、スパッタ蒸気を含む全ガス流がターゲット軸方向に沿ったジェット流となり、ターゲット出口から出現して輸送される過程で凝縮し、クラスターが生成する。この場合にも、ターゲットからの放出原子がキャリアガス(He)により輸送されつつ徐冷される過程でクラスター生成が徐々に進行するので、既に述べたのと同じ理由で、クラスターのサイズ分布を狭く制御することはできない。
【0013】
【特許文献1】特開平6−73535号公報
【特許文献2】特開平5−171426号公報
【特許文献3】特開2005−259637号公報
【特許文献4】特開2000−87226号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射し、該金属ターゲットの照射部から放出された金属原子のクラスターを生成する装置において、生成するクラスターのサイズ分布を狭く制御することを可能とした金属クラスター生成装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の目的を達成するために、本発明の金属クラスター生成装置は、真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射し、該金属ターゲットのレーザ照射部から放出された金属原子のクラスターを生成する装置において、
上記金属ターゲットにパルスレーザを照射するレーザ発生装置、および
該放出された金属原子のプルーム形成位置を三次元的に取り囲む多数箇所に各々配置され、該プルーム形成位置に向けて不活性な冷却ガスを、上記パルスレーザの照射パルスと同期させてパルス状に吹き付ける多数のガス導入路
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明においては、金属原子のプルーム形成位置を三次元的に取り囲む多数箇所に配置した多数のガス導入路から冷却ガスをプルーム形成位置に吹き付ける際に、レーザ照射パルスと同期させてパルス状にガス吹き付けを行なうことにより、放出原子のプルームを発生時点の一瞬のみ急冷するので、従来のように継続的な冷却により種々のエネルギー状態でクラスター化が起きることがなく、均等なエネルギー状態でのクラスター化によりサイズ分布の狭いクラスターを生成させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
〔実施形態1〕
図1を参照して、本発明の一実施形態による金属クラスター生成装置を説明する。
【0018】
図示した金属クラスター生成装置100は、真空容器102内部が排気口104を介して排気系(図示せず)により排気されて高真空に維持される。真空容器102内には金属ターゲット106が保持され、パルスレーザLが透明なレーザ導入窓108から入射しレーザ導入路110を通ってターゲット106に照射される。ターゲット106のレーザ照射点Rからは放出原子の熱プラズマであるプルームPが生起され、典型的には数個から数十個の金属原子Mが凝集した金属クラスターQが生成し、クラスター放出路112を通ってクラスタービームBとして放出される。
【0019】
本発明の1つの重要な特徴として、プルームPの形成位置を三次元的に取り囲む複数個所に配置したガス導入路114を通して不活性な冷却ガスGを導入し、プルームPに集中的に吹き付けることにより、プルームPを構成する放出原子を冷却してエネルギーを奪い、単原子を凝集させてクラスターを生成する。図示の便宜上、ガス導入路114は、プルームPの形成位置における縦断面に現れるもののみを示したが、実際にはプルームPを三次元的に取り囲む多数の箇所にガス導入路114が設けられており、各導入路114からプルームPへ向けて集中的にガスGが吹き付けられる。このようにプルームPに向けて三次元的にガス吹き付けを集中させることにより、下記のようにレーザ照射パルスとガス吹き付けパルスを同期させた極短時間のみの急冷が可能になる。
【0020】
すなわち、本発明のもう1つの重要な特徴として、プルームPへの冷却ガスの吹き付けをパルス状に行い、かつ、この吹き付けパルスをパルスレーザの照射パルスと同期させる。すなわち、レーザパルスのON期間/OFF期間とガスパルスのON期間/OFF期間とを対応させることで、1パルスのレーザ照射で放出した原子のプルームを、1パルスの冷却ガス吹き付けにより極めて短時間のみ(μ秒オーダーで)冷却する。その後は、次パルスのレーザ照射によりプルームが生起するまで冷却ガスの吹き付けもしない。ただし、パルスの立ち上がりからピークまでの所要時間は、レーザパルスに対してガス吹き付けパルスの方が圧倒的に長いことので、両パルスの立ち上がりに位相差を設ける等の考慮をする。
【0021】
従来は、図3に示すように、クラスター生成装置10の1箇所のみに設けられたガス導入路118からキャリアガスgを継続的に導入し、クラスタービームBの流れを形成させていた。したがって、プルームPを構成する放出原子はキャリアガスgに搬送されつつ継続的に冷却されるので、先に説明した理由により、種々のエネルギー状態でクラスター化が起きて、最終的に得られるクラスターのサイズ分布は広くなってしまう。なお図3中で、図1中と同じ参照符号を付した部位は図1中に示した部位に対応する。
【0022】
本発明により、上述のように極短時間急冷を行なうと、従来のように継続的な冷却(長時間徐冷)を行なった場合のように長い冷却過程の諸段階で種々のエネルギー状態でクラスター生成が起きることがないので、常に均等なエネルギー状態でクラスターが生成するため、得られるクラスターのサイズ分布を狭く制御することができる。
【0023】
生成するクラスターのサイズすなわち凝集する原子の個数は、単原子から奪うエネルギー量の増加により増大するので、1回の吹き付けパルスで吹き付けるガス量すなわちガス圧あるいはガス流量で制御することができる。
【0024】
このように、本発明によれば、サイズ分布の狭い所望サイズ(平均サイズ)の金属クラスターを生成することができる。
【0025】
本発明の極短時間急冷には「不活性な冷却ガス」を用いる。「不活性な」とは、熱プラズマであるプルームに吹き付けたときに、プルームを構成する金属原子と化学反応しないことを意味する。この条件に適合すればどのようなガスを用いてもよい。例えば窒素ガスも、プルームを構成する金属原子の窒化が起きない場合には、もちろん用いることができる。一般的に最も安定して用いることができるという観点からは、希ガス(不活性ガス)が最も望ましい。典型的には、希ガスのうちで工業的に汎用されているヘリウムやアルゴンを用いると便利である。
【0026】
「冷却ガス」とは、プルームを構成する金属原子を冷却する(エネルギーを奪う)作用を持つガスを意味し、特に使用時の温度を特定することを意味しない。すなわち、特に必要な場合以外には、例えば室温から冷却したガスのように限定することを意味しない。
【0027】
〔実施形態2〕
図2を参照して、本発明の望ましい実施形態による金属クラスター生成装置を説明する。図2中で、図1の各部位に対応する部位には図1中と同じ参照符号を付した。
【0028】
図示した金属クラスター生成装置200は、図1の金属クラスター生成装置100の構造に加えて、真空容器102内のレーザ導入路110のパルスレーザLの光路途中に、冷却ガスGと同種のガスGを導入するガス導入路116を更に設けた。ガス導入路116からレーザ導入路110に導入されたガスGは、レーザLの進行方向と同じくレーザ導入路110内をターゲット106へ向かって流れ、レーザ照射点Rで放出された金属原子がレーザ導入窓108へ飛散して付着するのを防止する。これにより、ガラス等のレーザ導入窓108が飛散・付着物で汚染されないので、透過するレーザ強度が低下することなく、安定した強度でレーザ照射を継続できるので、安定したサイズ分布で金属クラスターを生成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によれば、真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射し、該金属ターゲットの照射部から放出された金属原子のクラスターを生成する装置において、生成する金属クラスターのサイズ分布を狭く制御することを可能とした金属クラスター生成装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、本発明の一実施形態による金属クラスター生成装置を示す縦断面図である。
【図2】図2は、本発明の他の実施形態による金属クラスター生成装置を示す縦断面図である。
【図3】図3は、従来の金属クラスター生成装置を示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0031】
100 クラスター生成装置
102 真空容器
104 排気口
106 金属ターゲット
108 レーザ導入窓
110 レーザ導入路
112 クラスター放出路
114 ガス導入路
116 ガス導入路
118 ガス導入路
L レーザ
R レーザ照射点
P プルーム
M 金属原子
B クラスタービーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器内で金属ターゲットにレーザを照射し、該金属ターゲットのレーザ照射部から放出された金属原子のクラスターを生成する装置において、
上記金属ターゲットにパルスレーザを照射するレーザ発生装置、および
該放出された金属原子のプルーム形成位置を三次元的に取り囲む多数箇所に各々配置され、該プルーム形成位置に向けて不活性な冷却ガスを、上記パルスレーザの照射パルスと同期させてパルス状に吹き付ける多数のガス導入路
を備えたことを特徴とする金属クラスター生成装置。
【請求項2】
請求項1において、上記不活性な冷却ガスが希ガスであることを特徴とする金属クラスター生成装置。
【請求項3】
請求項1または2において、上記真空容器内のパルスレーザの光路途中に、上記冷却ガスと同種のガスを導入するガス導入路を更に設けたことを特徴とする金属クラスター生成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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