説明

金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法

【課題】金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下)を損失すること無く分離し、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行う分析方法を提供する。
【解決手段】まず、金属試料を電解する。次いで、前記電解後の金属試料の残部を、分散性を有する溶液に浸漬し、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を分離する。一方、前記電解後の電解液の中に含まれる析出物及び/又は介在物を、捕集用フィルタによりろ過捕集した後、該捕集用フィルタを分散性を有する溶液に浸漬して、前記電解液中の析出物及び/又は介在物を分離する。次いで、上記2つのステップにより溶液中に分離された析出物及び/又は介在物を分析する。上記において、分散性を有する溶液としては、例えば、分析対象の析出物及び/又は介在物に対してゼータ電位の絶対値が30mV以上である溶液を用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属試料中の析出物及び/又は介在物の、例えば、組成や粒径分布等を、正確に分析するための分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属試料中に存在する析出物及び/又は介在物(以下、析出物等と称する場合がある)は、その形態、大きさ、ならびに分布によっては材料の諸特性、例えば、疲労的性質、熱間及び冷間加工性、深絞り性、被削性、あるいは電磁気的性質などに著しい影響を及ぼす。鉄鋼を例に説明すると、特に近年は、微細な析出物等を利用して鉄鋼製品の特性を向上させる技術が著しく発展し、それに伴って製造工程における析出物等の制御が厳格化してきた。
【0003】
析出物等の制御が重要視される鉄鋼製品の代表例としては、析出強化型高張力鋼があげられる。この析出強化型高張力鋼板に含有される析出物等としては、様々な大きさや組成のものがあるが、鋼板の特性を向上させるもの、反対に特性を低下させるもの、あるいは特性に寄与しないものに分類することができる。そのため、優れた鋼板を製造するためには、有益な析出物等を安定的に生成させ、有害あるいは無関係な析出物等の生成を抑制することが重要となる。
【0004】
一般に、鋼板の特性に対して析出物等がもたらす利害は析出物等の大きさと密接に関係し、微細な析出物等ほど鋼板の高強度化に寄与する。最近では、ナノ・サブナノサイズの析出物等で高強度化された鋼板も開発されている。そのため、サブミクロンからナノサイズまでの領域で、大きさ毎の析出物等の量やその組成を把握することが、鋼板の成分設計や製造条件の最適化において重要といえる。
【0005】
これに対して、鉄鋼材料中の析出物等を分離して定量する技術は、古くから析出物等を総量評価することを基本として発展し開示されてきた。
【0006】
非特許文献1には、酸分解法、ハロゲン法、電解法などを挙げ、特に析出物等を対象とする場合には電解法が優れていることが示されている。しかし、非特許文献1に示されている電解法は、液体中の析出物等をろ過回収すること、つまり析出物等の総量を分析することを主眼としているため、析出物等の大きさについての結果を得ることはできない。さらに、非特許文献1の方法では、非常に小さな析出物等を含有する材料においては、一部の析出物等がフィルタから漏れ落ちるために定量性にも問題がある。
【0007】
特許文献1には、鉄鋼材料中の非金属介在物を化学的に分離して、大きさ別に分析する方法として、電解液槽中の鉄鋼試料をポリテトラフルオロエチレン製の網に収納して特定の大きさ以上の析出物等を分離回収する方法が開示されている。
【0008】
また、特許文献2には、液体中に分離した析出物等に超音波を付与しながらろ過することで、析出物等の凝集を防止して分離する技術が開示されている。
【0009】
基本的に粒径が小さくなるほど液体中で析出物等は凝集する傾向があるため、特許文献1に記載された方法では、析出物等の粒径によっては液中で凝集が起こり、フィルタの孔径より小さい析出物等も捕集されることになる。そのため、大きさ別の分析結果が不正確なものとなることは明らかである。そして、特許文献1が対象としている大きさ50μmから1000μmの介在物の場合は特に問題とならないが、本発明において最も注目したいサブミクロンからナノサイズの領域(特に、鋼の強度特性の制御の点からは大きさ1μm以下、より望ましくは大きさ200nm以下)での析出物等の場合は、液体中で容易に凝集してしまう場合がほとんどであり実用に適さない。
【0010】
特許文献2においても、特許文献1と同様に、凝集乖離が容易な1μm以上の粗大析出物等を対象としており、一般に篩い分けの下限が0.5μmと示されている(非特許文献2参照)ように、サブミクロンからナノサイズの領域の析出物等に適用するのは困難である。
【0011】
特許文献3には、孔径1μm以下の有機質フィルタで超音波振動によるろ過によって1μm以下の析出物等を分離する技術が開示されている。しかし、特許文献1や2と同様、析出物等に対して分散効果の低い溶媒中においては、超音波による1μm以下の微細析出物等の凝集乖離は困難である。
【0012】
非特許文献3には、銅合金中の析出物等を分離して、孔径の異なるフィルタによって2回ろ過して、析出物等を大きさ別に分ける技術が開示されている。しかし、前記凝集に関する問題が解決されておらず、フィルタの孔径より小さい析出物等が捕集されて、大きさ別分析結果に誤差を与えている。
【特許文献1】特開昭59-141035号公報
【特許文献2】特公昭56-10083号公報
【特許文献3】特開昭58-119383号公報
【非特許文献1】日本鉄鋼協会 「鉄鋼便覧第四版(CD-ROM)」第四巻 2編 3.5
【非特許文献2】アグネ 「最新の鉄鋼状態分析」58頁 1979
【非特許文献3】日本金属学会 「まてりあ」第45巻 第1号 52頁 2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上のように、従来技術においては、凝集等の問題があり、サブミクロンからナノサイズの領域(特に、大きさ1μm以下、より望ましくは大きさ200nm以下)での析出物等について、大きさ別の分析を実用的にかつ正確に行う技術はない。
本発明は、かかる事情に鑑みなされたもので、金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下)を損失すること無く分離し、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行う分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
図4に示した非特許文献1に開示される電解抽出法は、鉄マトリクスを溶解することで、鋼中析出物等を安定的に分離することができる方法であり、析出物等を分離分析する標準的な方法(以下、標準法と称す)とみなされている。そして、前述した特許文献1〜3と非特許文献2〜3は、この標準法に基づいている。しかし、標準法をはじめとする従来の方法では、上述したようにさまざまな問題がある。そこで、本発明者らは、従来の標準法にとらわれない方法を発明すべく、鋭意研究を行った。以下に、得られた知見を示す。
まず、上述の従来の方法の問題点を整理すると、析出物等の分散媒として析出物等に対して分散性の低いメタノールを用いるという根本的な問題点があげられる。そして、これにより、特に微細な析出物の大きさ別分析を妨げていたものと推測される。つまり、特許文献1〜3と非特許文献1〜3は、析出物等に対し分散性の低いメタノールを分散媒としているため、超音波などの物理的作用を与えたとしても、大きさ1μm以下の析出物等は凝集してしまい、分散性の低い溶媒・溶液中において、凝集体を完全に乖離させることは難しいと考えられる。
【0015】
そこで、凝集の問題を解決するために、析出物等の分散に着目した。そうしたところ、水溶液系分散媒(以下、分散性溶液と称する場合もある)による化学的作用によって、大きさ1μm以下の析出物等も含めて析出物等に対して分散性を付与できることを見出した。
【0016】
しかしながら、ここで、電解液の主成分は分散性の低いメタノールであるので、析出物等に分散性を付与するためには、析出物等を分散性溶液へ移す必要がある。そして、その為には、析出物等と電解液とを分離させる固液分離操作が必要となる。
【0017】
鋭意調査の結果、電解中及び/又は電解後は、ほとんどの析出物等が鉄鋼試料に付着したままの状態であることを知見した。これは従来にない全く新しい知見であり、この知見を基とすることで、電解中及び/又は電解後に鉄鋼試料の残部を電解液から取り出せば、容易に固液分離を実現できることになる。そして、凝集の問題解決のための上記知見を組み合わせることで、電解液とは全く異なる分散性溶液中に、析出物等を分離することが可能となる。上記この付着現象は、詳細については不明であるが、電解時及び/又は電解後における鉄鋼試料と析出物等間の電気的作用によるものと推測している。
【0018】
以上のような知見の結果、本発明では、電解中又は電解後に金属試料の残部を電解液から取り出し、その後、取り出した金属試料を分散性溶液に直接浸漬して、付着している析出物等を水溶液系分散媒中に剥離することで、高度に分散した析出物等を得ることが可能となった。
しかしながら、鉄鋼材料の中には、電解中もしくは電解後に析出物等の一部が電解液中に脱落するケースが確認された。従って、金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下)を損失すること無く分離し析出物等の大きさ別の分析を精度良く行うためには、電解後の試料残部に付着した析出物等を直接分散性溶液中に回収する以外に、電解液中に脱落した析出物等を回収する必要がある。しかしながら、脱落した析出物等が微細な場合には、回収するのが難しい。
【0019】
さらなる研究の結果、電解液中の析出物等の凝集・分散を適切に制御することによって、析出物等(特に、大きさ1μm以下)を損失すること無く分離し析出物等の大きさ別の分析を精度良く行うことが可能となることを見出した。そして、この知見をもとに、電解液中に脱落した析出物等を回収する手法として、以下の分析手順に想到した。
(あ)電解後の電解液の中に含まれる析出物及び/又は介在物を、捕集用フィルタによりろ過捕集する。
(い)捕集用フィルタを分散性を有する溶液に浸漬して、前記電解液中の析出物及び/又は介在物を分離する。
【0020】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]金属試料を電解する電解ステップと、前記電解後の金属試料の残部を、分散性を有する溶液に浸漬して、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を分離する分離ステップAと、前記電解後の電解液の中に含まれる析出物及び/又は介在物を、捕集用フィルタによりろ過捕集した後、該捕集用フィルタを分散性を有する溶液に浸漬して、前記電解液中の析出物及び/又は介在物を分離する分離ステップBと、前記分離ステップAおよび前記分離ステップBにより分離された析出物及び/又は介在物を分析する分析ステップとを有することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[2]前記[1]において、前記分散性を有する溶液は、分析対象の析出物及び/又は介在物に対するゼータ電位の絶対値が30mV以上であることを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[3]前記[1]または[2]において、前記分析ステップでは、大きさが1μm以下の析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[4]前記[1]〜[3]のいずれかにおいて、前記分析ステップでは、前記金属試料の残部に付着した析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[5]前記[1]〜[4]のいずれかにおいて、前記分析ステップは、前記溶液中に分離された析出物及び/又は介在物を1以上の分別フィルタにより1回以上ろ過する分別操作と、前記各分別フィルタに捕集された析出物及び/又は介在物、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物のうちの少なくとも1以上を分析する分析操作とを有することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[6]前記[1]〜[4]のいずれかにおいて、前記分析ステップでは、以下の工程を行うことを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
[7]前記[5]において、前記分析操作では、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物を分析する場合に、以下の工程を行うことを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)前記分別操作により得られたろ液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)ろ液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
[8]前記[1]〜[7]のいずれかにおいて、前記分散性を有する溶液は、ゼータ電位の値を指標として種類及び/又は濃度が決定されることを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【0021】
なお、本発明において、析出物及び/又は介在物を、まとめて析出物等と称する場合がある。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下、さらに望ましくは大きさ200nm以下)を損失すること無く分離し、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行うことができる。
そして、本発明の分析方法では、金属試料中の析出物等(特に、大きさ1μm以下、さらに望ましくは大きさ200nm以下)を分散性を有する溶液中に分離するので、分離した溶液中での析出物等の凝集を防ぎ、析出物等を金属試料中そのままの状態で分離することができる。
また、分離用の分散性溶液を任意に選択することができるので、析出物等に適した分散性溶液を用いることができる。
これらにより、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行う事が可能となり、従来不可能であった大きさ別の定量や正確な粒径分布が得られるなど、産業上有益な発明となりうる。
特に電解中に析出物等が電解液中に脱落する可能性がある材料を分析対象とした場合に、本発明は好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の金属材料中の析出物等分析方法について、詳細に説明する。
本発明の金属材料中の析出物等分析方法は、金属試料を電解する電解ステップと、前記電解後の金属試料の残部を、分散性を有する溶液に浸漬して、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を分離する分離ステップAと、前記電解後の電解液の中に含まれる析出物及び/又は介在物を、捕集用フィルタによりろ過捕集した後、該捕集用フィルタを分散性を有する溶液に浸漬して、前記電解液中の析出物及び/又は介在物を分離する分離ステップBと、前記分離ステップAおよび前記分離ステップBにより分離された析出物及び/又は介在物を分析する分析ステップとを有することを特徴とする。そこで、上記操作手順を、本発明の一実施形態として、分散性溶液を最適化するまでと、分散性溶液を用いて鉄鋼試料中の析出物等を大きさ別に分けて定量するまでに分けて説明する。分散性溶液を最適化する場合の操作フローを図1に、鉄鋼試料中の析出物等を大きさ別に分けて定量する場合の操作フローを図2に、それぞれ示す。
【0024】
まず、図1において、分散性溶液条件を最適化する操作手順として(1)から(6)までが示される。図1によれば、
(1)初めに、鋼材を適当な大きさに加工して、電解用試料とする。
(2)一方、電解液とは異なりかつ分散性を有する分散性溶液を、析出物等の分離用として当該電解液とは別に準備する。ここで、電解用試料の表面に付着した析出物等を分散性溶液中に分散させるには、電解液の半分以下の液量で充分である。分散性溶液の分散剤に付いては、後述する。
(3)試料を所定量だけ電解する。なお、所定量とは、適宜設定されるものであり、その一例として、図1においては、ゼータ電位装置(又は(9)にて後述する元素分析)に供する場合に測定可能な程度とする。
【0025】
図3は、電解法にて用いられる電解装置の一例である。電解装置7は、電解用試料の固定用治具2、電極3、電解液6、電解液6を入れる為のビーカー4、及び電流を供給する定電流電源5を備えている。固定用治具2は定電流電源5の陽極に、電極3は定電流電源5の陰極に接続されている電解用試料1は、固定用治具2に接続されて電解液6中に保持される。電極3は、電解液6に浸漬されると共に、電解用試料の表面(主として電解液6に浸漬している部分)を覆うように配置される。固定用治具2には、永久磁石を用いるのが、最も簡便である。但し、そのままでは電解液6に接触して溶解してしまうので、電解液6と接触しやすい箇所、図3の場合は電解用試料1との間にある2a、に白金板を使用しても良い。電極3も同様に、電解液6による溶解を防ぐために、白金板を用いる。電解用試料1の電解は、定電流電源5より電極3へ電荷を供給することで行う。鋼の電解量はこの電荷量に比例するので、電流量を決めれば、電解量は時間で決定できる。
(4)
(ステップA)
電解(溶解)されずに残った電解用試料片を電解装置から取り外し、上記(2)で準備した分散性溶液中に浸漬して、析出物等を分散性溶液中に分離する。ここで、分散性溶液中に浸漬したまま超音波を照射することが好ましい。超音波を照射することで試料表面に付着している析出物等を剥離して、より効率よく分散性溶液中に分離することができる。次に、表面から析出物等を剥離した試料を分散性溶液から取り出す。なお、取り出しの際は、分散性溶液と同一の溶液で試料を洗浄することが好ましい。
(ステップB)
一方、電解後の電解液中に含まれる析出物等については、以下の手順で分散性溶液中に回収する。なお、ステップBは、電解中および電解後に試料表面から脱落した析出物等を捕集するための操作であり、ステップAで脱落した析出物等を捕集することで損失を防ぎ正確な分析が行える。
まず、電解後の電解液を、液中に含まれる析出物等がある程度の凝集体を形成する様な液性にする。例えば、電解液の主成分であるメタノールでこれが実現できる場合には、特に何も添加することなく、次の工程を行って構わない。一方、メタノールのみでは適切な凝集状態を形成させ得ない場合には、電解後の電解液に凝集剤等を添加することが考えられる。
次いで、捕集用フィルタを用いて電解液のろ過を行い、固液分離し、析出物等を捕集する。ろ過捕集に替わり遠心分離操作を行うことも可能である。
次いで、捕集用フィルタを分散性を有する溶液に浸漬して、電解液中の析出物及び/又は介在物を分離する。ここで、分散性溶液中に浸漬したまま超音波を照射することが好ましい。超音波を照射することで試料表面に付着している析出物等を剥離して、より効率よく分散性溶液中に分離することができる。
通常、電解操作には数百mlの電解液を用いるので、全量をろ過するのは時間を要する。捕集用フィルタとして、孔径の大きいフィルタを用いればろ過に要する時間は短くできるが、ろ過漏れの懸念が大きくなる。時間とろ過漏れ防止の両者を満足するには、孔径が小さく、且つ、開口率の大きいフィルタが好ましい。各種のフィルタを調査した結果、捕集用フィルタとしては、アルミナフィルタが極めて高い透過特性を有しており、好適に利用できることが分かった。アルミナフィルタが好適に利用できる理由としては、孔径が小さいにも関わらず、高い空隙率を有しているためであると考えられる。すなわち、他のフィルタと比較して極めて短時間でろ過操作を行なえるため、化学的に不安定な析出物等を電解液に溶解させることなく捕集することができる。また、後の工程で析出物等を大きさ別に分級分別するため、捕集した析出物等は、分散性溶液中に分離し分散した状態で回収する必要がある。よって、析出物等が強固にフィルタに付着しないことも重要な要素である。アルミナフィルタはこの観点からも好ましい。
また、「電解後の電解液を、液中に含まれる析出物等がある程度の凝集体を形成する様な液性にする」とは、析出物等が溶解しないことに加えて、ろ過捕集時に、析出物等が捕集用フィルタを通過しない程度に適度に析出物等が凝集した状態のことを示す。上記特性を満たせば種類は問わない。なお、今回のケースでは電解液の主成分であるメタノール中において析出物等が適度な凝集体を形成することが確認できたため、電解液をそのままろ過することで析出物等の全量回収ができ、次工程でも分散性溶液中で分散状態とすることが可能であった。
また、ここで用いる分散性溶液は、電解液中に脱落した析出物等の分散性が、電解後試料残部に付着していたものと等しい場合には同一の溶液で行うことができ、これらを混合して次工程の分析を行うこともできる。分散性が異なる場合や、分析操作上、分別して分析する事が好ましい場合には、以降の工程をそれぞれ独立に実施してもよい。特に、析出物の脱落が発生するかどうか不明な場合には、独立して分析することで確認が可能であり、脱落のほとんど認められない試料の場合には、電解液の分析は省略しても実用上問題ない。
(5)上記(4)で作製した、析出物等を含んだ分散性溶液のゼータ電位を計測する。
なお、図1においては、試料から析出物を分離した分散性溶液と電解液をろ過・捕集することにより析出物等を分離した分散性溶液とを合わせ、この合わせた溶液のゼータ電位を計測する。しかし、ゼータ電位を計測するにあたっては、上記分散性溶液のうち、いずれか一つの溶液でもよい。例えば、ゼータ電位の決定時には電解液のろ過分をいれてもいれなくても問題ないため、試料から析出物を分離した分散性溶液のみのゼータ電位を計測してもよい。(6)上記(5)で計測したゼータ電位の絶対値が30mVに満たない場合には、分散剤の種類及び/又は濃度をかえて上記(2)から(6)までを繰り返す。一方、ゼータ電位が30mV以上に達した場合には、その時の分散剤と濃度を、対象析出物等に対する分散性溶液の最適条件と決定し、操作を終了する。なお、図1においては、ゼータ電位を測定し、ゼータ電位が30mV以上に達した場合に、その時の分散剤と濃度を、対象析出物等に対する分散性溶液の最適条件と決定したが、本発明においては、析出物及び/又は介在物が分散性溶液中に回収された際にほとんど凝集することなく十分に分散していればよく、分散性溶液を選択・決定するための手段として、ゼータ電位測定に限定されるものではない。なお、詳細は後述する。
【0026】
次いで、図2において、分散性溶液を用いて鉄鋼試料中の析出物等を大きさ別に分けて定量する操作手順として(7)から(9)までが示される。図2によれば、
(7)新たに図1の上記(1)から(4)までと同様の操作を行い、図1の(1)から(6)で決定し最適化された分散性溶液に、実際に分析対象とする析出物等を分離する。
(8)析出物等を含む分散性溶液を1つ以上の分別フィルタでろ過して、フィルタ上に捕集された残渣とろ液をそれぞれ回収する。析出物等を(n+1)区分の大きさに分別する場合には、孔径の大きい分別フィルタからろ過を行い、孔径の大きいフィルタでのろ液を小さいフィルタでろ過する操作を順次n回行なって、それぞれのフィルタ上に捕集された残渣とn回目のろ液を回収する。なお、分別用フィルタとしては、目詰まりせずに析出物等の大きさに応じた分別が行えればよく、特に限定しない。但し、確実に分別するためには、分別用フィルタの空隙率が4%以上であり、かつフィルタ孔には直孔を有するフィルタを分別用フィルタとして選ぶことが好ましい。これは、空隙率が4%未満だと、粗大粒子や凝集粒子による孔の閉塞が起こりやすくなり、フィルタ孔が直孔でないと、析出物等の大きさ別の分離分解能が低下しやすくなるためである。なおここで、直孔とは、一定の開口形状でフィルタ面を貫通しているフィルタ孔のことをいう。また、空隙率の算出方法としては、一例として次式(1)のようなものがある。
空隙率=(フィルタ体積-フィルタ重量/比重)/フィルタ体積×100(%)・・・式(1)
(9)以上の操作で得られたフィルタ上の捕集残渣及びろ液をそれぞれ酸溶解し、次いで、元素分析を行い、析出物等の大きさ別における元素の含有率を計算する。
【0027】
図1及び図2に示す以上の方法により、析出物等の大きさ別の組成に関する分析結果が得られる。そして、この得られた分析結果をもとに鋼材の諸性質に関する知見が得られ、不良品発生の原因解明や新材料の開発等に有益な情報が得られる。
【0028】
本発明は、様々な種類の鋼中析出物等の分析に適用することができ、特に、大きさ1μm以下の析出物等を多く含んだ鉄鋼材料に対して好適であり、大きさ200nm以下の析出物等を多く含んだ鉄鋼材料に対してさらに好適である。特に電解中に析出物等が電解液中に脱落する可能性がある材料を分析対象とした場合に、金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下)を損失すること無く分離し、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行うことができる。
【0029】
なお、ここで、上記(2)における分散性溶液について、補足する。大きさ1μm以下(特に200nm以下)のオーダーの微細な析出物等については、上述したように、現在、公知技術として、溶液中に凝集させずに分離する明確な方法は無い。そのため、例えば粒径が1μm以上の粒子等に実際に使用されている分散剤を水溶液化した物を順番に試すことで分散性溶液についての知見を得ようと試みた。その結果、分散剤の種類と濃度については、析出物等の組成や粒径、液中の析出物等の密度等との間に明確な相関は得られなかった。例えば、水溶液系の分散剤としては、酒石酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、正リン酸カリウム、ポリリン酸ナトリウム、ポリメタリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウムなどが好適であるが、適切な濃度を超えた添加は析出物等の分散に逆効果であるという知見が得られた。
【0030】
以上より、本発明において、分散性溶液は、析出物及び/又は介在物が当該溶液中にあるときに、凝集することなく分散していればよく、特に限定しない。そして、分散性溶液を決定するにあたっては、析出物等の性状や密度、あるいはその後の分析手法に応じて分散性溶液の種類や濃度を適宜最適化することとする。
【0031】
ここで、分散性溶液についてさらに検討する中で、分散性溶液の溶媒が水の場合には、析出物等の表面電荷と分散性には密接な相関があるため、例えば、ゼータ電位計などを利用して析出物等表面の電荷状態を把握すると、最適な分散性溶液の条件(分散剤の種類や適切な添加濃度等)を確定することができることがわかった。つまり、析出物等が小さくなるほど、液中での凝集が起こりやすくなるため、適切な分散剤を適切な濃度で添加することで、析出物等表面に電荷が付与され互いに反発して凝集が防止されると考えられる。
【0032】
この結果より、分散性溶液の種類・濃度の決定に際して、ゼータ電位の値を指標として用いることは、簡便な方法でありながら、確実に最適な分散性溶液の条件(分散剤の種類や適切な添加濃度等)を確定することができるという点から望ましいと思われる。
【0033】
そして、開発者らは検討を重ねた結果、ゼータ電位の場合は、析出物等を分散させる観点からはその絶対値が大きければ大きいほど好ましいことが分かった。さらに析出物等の分析においては、概ね絶対値で30mV程度以上の値が得られれば、凝集が防止でき、正確な分析が行なえることがわかった。
【0034】
以上より、析出物等の分離用の分散性溶液の種類や濃度を決定するに際しては、ゼータ電位の値を指標として用いることが好ましく、分散性を有する溶液は、分析対象である析出物及び/又は介在物に対するゼータ電位の絶対値が30mV以上であることが好ましい。
【0035】
また、上記(8)のフィルタによる分別に代えて、電気泳動法や遠心分離法等の他の分別方法を用いて、析出物等を大きさ別に分けた後に、それぞれの析出物等を分析することもできる。また、上記(7)で得られた析出物等を含んだ分散性溶液を、直接分析に供しても良い。例えば、上記(7)で得られた分散性溶液に動的光散乱法やX線小角散乱法を用いることにより、析出物等の粒度分布が得られる。
【0036】
また、上記(9)の元素分析及び定量分析に代えて、各フィルタ上の捕集残渣をX線回折法で測定する事により、存在する析出物等種の同定・定性分析を粒度別に行なうことも可能である。また、フィルタ上の捕集残渣をそのまま、SEM、TEM、EPMA、XPSなどの機器分析装置に投入して、析出物等の形状の観察や表面分析などを行っても良い。さらに、フィルタを通過させた後のろ液側を、動的光散乱法や小角散乱法で測定し、フィルタによる分別した後の大きさを求めることも可能である。
【0037】
一方、金属材料中で含有率などを求める分析の対象元素(以下、着目元素と称する)が数nmレベルの非常に微細な析出物等を形成している場合や、マトリクス中への着目元素の固溶含有率が高い場合には、非特許文献3で指摘されているように、着目元素の固溶部分と析出部分とを分けることが非常に難しくなり、その結果、析出物等の分析値に誤差が生じる場合がある。すなわち、着目元素の固溶部分は電解などの分離操作によって電解液中に溶出するが、その一部は試料表面に付着して析出物等とともに、上記(4)の分散性溶液中に回収される場合がある(以下、このような試料表面に付着して分散性溶液中に混入した着目元素の固溶部分を、混入着目元素と称す)。その結果、上記(4)の分散性溶液中に回収された析出物等の分析結果に、正の誤差を与える。また、同様に、分散性溶液をろ過した上記(8)のろ液中に回収された析出物等の分析結果にも、正の誤差を与える。
そこで発明者らは、この誤差が電解液に由来することに着眼して、この混入着目元素量を定量化し、析出物等の分析値から差し引くことで、金属材料中で着目元素が非常に微細な析出物等を形成している場合やマトリクス中への着目元素の固溶含有率が高い場合でも、誤差の少ない補正された分析結果を得られる手法を発明した。この発明は、混入着目元素量を定量化し、析出物等の分析値から差し引く補正を行うにあたって、標識元素(以下に説明する)量に対する着目元素量の比を用いることを特徴とする。
【0038】
上記標識元素としては、金属試料中に含有されかつ析出物等をほとんど形成しない元素を用いることができる。この場合、標識元素を新たに添加する必要がない点で簡便である。例えば、鉄鋼試料の場合には鉄やニッケルなどが好適に選ばれる。
これ以外に、試料中にほとんど含有されていない元素を、電解前の電解液中に予め添加して標識元素とすることも可能である。例えば、リチウム、イットリウム、ロジウムなどが好適に選ばれる。
【0039】
上記方法を以下に詳細に示す。
1)電解終了後に電解液を適量採取して、電解液に含まれる着目元素量(通常、単位体積あたりの質量で示される)Ciと標識元素量(通常、単位体積あたりの質量で示される)Ctを別途測定し、その測定結果から比Ci/Ctを算出する。
2)一方で、上記(4)の分散性溶液中の標識元素の質量(通常、絶対量で示される)Xtを測定する。なお、分散性溶液中に含有される標識元素としては、分散性溶液中に分離された析出物等に含有される標識元素を含まない場合が好ましい。しかし、例えば、設備事情や分析事情により、標識元素として分散性溶液中に分離された析出物等に含有される標識元素を含む場合でも本発明の効果は得られる。
3)2)により求めた標識元素の質量(通常、絶対量で示される)Xtに、1)により求めた比Ci/Ctを乗算する。この乗算して得られた値が、混入着目元素量を定量化した値である。
4)3)により求めた混入着目元素量を、上記(4)の分散性溶液の着目元素の質量(通常、絶対量で示される)、すなわち、浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される着目元素の質量Xiから差し引く。なお、分散性溶液中に含有される着目元素とは、分散性溶液中に分離された析出物等に含有される着目元素も含むものとする。
このようにして得られた値が、析出物等由来の補正された着目元素の質量である。この補正された着目元素の質量を、別途測定しておいた試料の電解重量Mで除すれば、析出物等由来の補正された着目元素の析出量Wiが求められる(下記式(2))。
Wi=(Xi−Xt×Ci/Ct)×100/M ・・・(2)
ここで、
Wi:析出物等由来の補正された着目元素の析出量(単位は通常mass%で、この場合、金属試料の全組成の合計を100mass%とする)
Xi:分散性溶液中に含有される着目元素の質量
Xt:分散性溶液中に含有される標識元素の質量
Ci:採取した電解液中の着目元素の、単位体積あたりの質量
Ct:採取した電解液中の標識元素の、単位体積あたりの質量
M:試料の電解重量
なお、上記析出物等由来の補正された着目元素の析出量Wiを求める方法は、上記(8)の分散性溶液中に分離された析出物及び/又は介在物を1以上のフィルタにより1回以上ろ過する分別操作を行った後のろ液を分析する際にも適用することができる。この場合、以下の工程により行うことになる。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量Ctに対する着目元素量Ciの比Ci/Ctを求める。
2)前記分別操作により得られたろ液中に含有される標識元素の質量Xtを求める。なお、ろ液中に含有される標識元素としては、ろ液中に分離された析出物等に含有される標識元素を含まない場合が好ましい。しかし、例えば、設備事情や分析事情により、標識元素としてろ液中に分離された析出物等に含有される標識元素を含む場合でも本発明の効果は得られる。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量Xtに、前記1)にて求めた比Ci/Ctを乗じる。
4)ろ液中に含有される着目元素の質量Xiから、前記3)により求め乗じた値を差し引く。なお、ろ液中に含有される着目元素とは、ろ液中に回収された析出物等に含有される着目元素も含むものとする。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、補正された着目元素の析出量Wiを求める。
【実施例1】
【0040】
表1に示す組成からなる鋼塊を準備し、1250℃で60分間加熱後、仕上げ温度950℃で圧延したのち、650℃で300分間熱処理した。
【0041】
【表1】

【0042】
放冷後、試料を適切な大きさに切断して表面を十分研削し、図1および図2に示す方法により鋼中のチタン析出量(表1の全組成を100mass%とした場合に対する値)を分析した。各分析方法の詳細は以下に示す通りである。
まず、電解操作は、図3に示す装置構成にて行い、約300mlの10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン-1mass%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)を用いて、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を陽極として約0.5gを電流密度20mA/cm2で定電流電解した。
次いで、通電完了後、試料を電解液中から静かに引き上げて取り出し、約100mlのSHMP水溶液(濃度500mg/l)を入れた別の容器に移し変え、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を容器中で剥離させSHMP水溶液中に分離した。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止し、試料を容器から取り出して500mg/lのSHMP水溶液と純水で洗浄してから乾燥した。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量を計算した。
一方、電解後の電解液は、孔径20nmのアルミナフィルタで吸引ろ過した。ろ過後、前記アルミナフィルタに、更に少量のメタノールを注ぎ、ろ過することで析出物等を洗浄した。続いて、捕集された析出物等を前記アルミナフィルタごと、上記とは別の500mg/lのヘキサメタリン酸(SHMP)水溶液を入れたビーカーに移し、前記アルミナフィルタを浸漬し、超音波振動を与え、析出物等を容器中で剥離し、SHMP水溶液中に析出物等を分離した。
次に、上記により得られた容器中に析出物等が分散したSHMP溶液に対して分析を行った。なお、実施例2では、試料から分離した析出物等が分散したSHMP溶液と電解液から分離した析出物等が分散したSHMP溶液をそれぞれ別々に分析した。
まず、孔径100nmのフィルタで吸引ろ過して、残渣をフィルタ上に捕集した。さらに、残渣をフィルタとともに硝酸、過塩素酸並びに硫酸の混合溶液で加熱溶解して溶液化したのち、ICP発光分光分析装置で分析して残渣中のチタン絶対量を測定した。前記残渣中のチタン絶対量を前記電解重量で除して、大きさが100nm以上の析出物等を分析対象とした場合の析出物等の析出量を得た。
次に前記孔径100nmのフィルタを通過したろ液を、80℃のホットプレート上で加温した。乾燥残留物を硝酸、過塩素酸並びに硫酸の混合溶液で加熱溶解して溶液化したのち、ICP発光分光分析装置で分析してろ液中のチタンの絶対量を測定した。前記ろ液中のチタン絶対量を前記電解重量で除して、大きさが100nm未満の析出物等を分析対象とした場合の析出物等の析出量を得た。
なお、これら各元素の析出量は、試料とした鋼の全組成を100mass%とした値である。
【0043】
以上より、本発明例で得られたチタン析出量の分析結果を表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
表2より、まず、電解液からは析出物等に含まれたチタンは検出されなかった。さらに大きさが100nm以上の析出物等を分析対象とした場合の析出物等の析出量と、大きさが100nm未満の析出物等を分析対象とした場合の析出物等の析出量を合計したものは、同じく表2に示したチタンの鋼中含有量とほぼ等しくなっていた。これらの結果は、電解液に析出物等が脱落することなく、ほぼ全ての析出物等が電解後の試料表面に付着していたことを示すものである。
【実施例2】
【0046】
実施例2は、析出物等の一部が電解液中に脱落するケースが確認された例である。
まず、析出物等の一部が電解液中に脱落するがどうかを確認した。
金属試料として、mass%で、C:0.05%、N:0.06、Si:0.3%、Al:0.003%、Mn:1.5%、Cr:12.2%、Nb:0.2%、V:0.2%、Ni:0.6%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物から成る組成の鋼を高周波溶解炉で溶製し、100kgの鋼塊とした。次いで、1150℃に加熱後、熱間圧延によって板厚4mmの熱延鋼板とした。さらに、800〜850℃で10時間保持した後、200℃まで20℃/時間で徐却し、その後空冷する焼鈍を施した。以上により得られた熱延焼鈍板に対して、1150で1分加熱し空冷する焼入れ処理を施した後、700℃で1分もしくは10時間の焼戻し処理を行なった。
【0047】
上記により得られた試料を適切な大きさに切断して表面を十分研削した後、非特許文献1に示す通常の操作により析出物等におけるNb、V析出量を分析した。得られた結果を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
表3は、電解後の試料に付着した析出物等および電解液中に脱落した析出物等のそれぞれに含まれるNb、V析出量を分析した結果に加えて、これらを合計した全析出物等に含まれるNb、V析出量と、全析出物等に対して電解液中に脱落した析出物等に含まれるNb、V析出量の割合を計算した結果を併せて示している。全析出物等に対して電解液中に脱落した析出物等の割合で比較するのは、定量されるべき析出物等に含まれる含有率に対し、どの程度脱落しているかを分かりやすくするためである。
表3によると、Nb、Vのいずれについても、全析出量のおよそ1割前後が、電解液中に脱落していることが分かるが、明らかに電解液中に脱落した析出物等の量は無視できないレベルにあることがわかる。特に10時間の焼戻しを行った試料と比較して、1分の焼戻しを行った試料で電解液に含まれる析出物等の割合が多くなっていることから鑑みると、鋼の特性に与える影響の大きいと考えられる微細な析出物等の定量に対して、本鋼種において電解液を無視した場合には大きな誤差要因を与えることが懸念される。
【0050】
上記結果を踏まえて、次に、本発明の分析方法による析出物等の分析を行った。
上記熱延焼鈍板に対して、1150で1分加熱し空冷する焼入れ処理を施した後、700℃で1分、1時間もしくは240時間の焼戻し処理を行なった。
【0051】
以上により得られた試料を適切な大きさに切断して表面を十分研削した後、図1および図2に示す分析操作により大きさが20nm未満の析出物等を分析対象とした場合のNb、V、Crの析出量を得た。
なお、電解液としては4%MS系電解液(4体積/体積%サリチル酸メチル-1質量/体積%サリチル酸-1質量/体積%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)を使用した。ここで、電解液として一般的な10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン-1mass%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)を用いなかったのは、上記の組成からなる試料中に含まれる析出物等が化学的に不安定であり、同電解液に対して溶解することが判明したからである。
電解は、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を陽極として、図3に示した装置構成にて、約0.5gを電流密度20mA/cm2で定電流電解した。通電完了後の試料は別途準備した500mg/lのヘキサメタリン酸(SHMP)水溶液を入れたビーカーに移し、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を容器中に分離させた。なお、最適SHMP濃度については、ゼータ電位計による評価の結果、決定した。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止し、試料を容器から取り出してメタノールで洗浄してから乾燥した。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量を計算した。
一方、電解後の電解液は、孔径20nmのアルミナフィルタで吸引ろ過した。ろ過後、前記アルミナフィルタに、更に少量のメタノールを注ぎ、ろ過することで析出物等を洗浄した。続いて、捕集された析出物等を前記アルミナフィルタごと、500mg/lのヘキサメタリン酸(SHMP)水溶液を入れたビーカーに移し、前記アルミナフィルタを浸漬し、超音波振動を与え、析出物等を容器中で剥離し、SHMP水溶液中に析出物等を分離した。なお、ここで示す500mg/lのヘキサメタリン酸(SHMP)水溶液は、試料に付着した析出物等を回収したスラリー溶液でも構わないが、本実施例では誤差を少なくする意図から別途準備した新規なSHMP水溶液中に回収した。
【0052】
次いで、析出物等を回収したそれぞれのSHMP水溶液を合わせ、孔径20nmのアルミナフィルタで吸引ろ過した。アルミナフィルタを通過したろ液は石英ビーカーに入れ、ホットプレート上で加熱、溶媒を蒸発させた。次いで硝酸および過酸化水素水を添加して加熱溶解させた後、ICP発光分光分析装置で分析した。アルミナフィルタ上の残渣中の各元素を定量後、前記電解重量で除して各元素の析出量を得た。なお、ここでの各元素の析出量は、試料とした鋼の全組成を100mass%とした値である。
【0053】
以上より、本発明例で得られた析出物等の定量結果を図5〜7に示す。上記工程にて、孔径20nmのアルミナフィルタを通過せずに残渣として残ったものを20nm以上、アルミナフィルタを通過してろ液中に回収されたものを20nm未満としている。
いずれの元素に関しても、大きさが20nm未満の析出物等を対象とした場合の析出物等の析出量は、焼戻し時間が1分の場合が最も多くなっており、240時間の熱処理ではほとんど存在していない事が分かったが、この実験結果は、電子顕微鏡で観察される微細な析出物等の生成状況の傾向と一致するものであった。
【0054】
一方、V、Cr、Nbの析出量と材質特性との相関について調べるため、上記試料について、比較例1による方法(非特許文献1の方法に準拠した従来法。図4に分析フローを示す。)でも分析を行った。この場合、試料中に含まれた析出物等は大きさに関わらず全量が分析対象となる。得られた結果を図9に示す。また、前述の本発明例にて得られた、大きさが20nm未満の析出物等を対象とした場合のV、Cr、Nb析出量と材質特性との相関を図8に示す。両者を比較すると、材質特性であるビッカース硬さと相関するのは、大きさが20nm未満の析出物等を対象とした場合のV、Cr、Nb析出量であることが分かる。これらの結果から試料とした鋼は、V、Cr、Nbを微細な(大体20nm未満の大きさの)析出物として鋼中に析出させ、この微細な析出物の密度や大きさを制御することにより、硬さなどの各種機械特性を実現するものであると考察される。よって、本法を用いれば20nm未満の析出物を対象とした場合の析出物量を求めることができ、これらの定量結果から鋼試料の機械特性を予想することができると言える。
以上の結果、本発明で求められる粒度別の定量値が材料開発において重要であることを示すものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明に係る一実施形態として分散性溶液最適化操作のフローを示す図である。
【図2】本発明に係る一実施形態として大きさ別の定量分析のフローを示す図である。
【図3】本発明の析出物等分析方法で用いる電解装置の構成を模式的に示す図である。
【図4】非特許文献1に開示されている標準法のフロー図。
【図5】V析出物等の大きさ別における定量結果を示す図である。(実施例2)
【図6】Cr析出物等の大きさ別における定量結果を示す図である。(実施例2)
【図7】Nb析出物等の大きさ別における定量結果を示す図である。(実施例2)
【図8】ビッカース硬さおよび焼戻し時間と、本発明例にて得られた大きさが20nm未満の析出物を対象とした場合のV、Cr、Nb析出量の定量値との関係を示す図である。(実施例2)
【図9】ビッカース硬さおよび焼戻し時間と、比較例にて得られた析出物を大きさ別に分別しない全ての析出物を対象とした場合のV、Cr、Nb析出量の定量値との関係を示す図である。(実施例2)
【符号の説明】
【0056】
1 電解用試料
2 電解用試料の固定用治具
3 電極
4 ビーカー
5 定電流電源
6 電解液
7 電解装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属試料を電解する電解ステップと、前記電解後の金属試料の残部を、分散性を有する溶液に浸漬して、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を分離する分離ステップAと、前記電解後の電解液の中に含まれる析出物及び/又は介在物を、捕集用フィルタによりろ過捕集した後、該捕集用フィルタを分散性を有する溶液に浸漬して、前記電解液中の析出物及び/又は介在物を分離する分離ステップBと、前記分離ステップAおよび前記分離ステップBにより分離された析出物及び/又は介在物を分析する分析ステップとを有することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項2】
前記分散性を有する溶液は、分析対象の析出物及び/又は介在物に対するゼータ電位の絶対値が30mV以上であることを特徴とする請求項1に記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項3】
前記分析ステップでは、大きさが1μm以下の析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする請求項1または2に記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項4】
前記分析ステップでは、前記金属試料の残部に付着した析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項5】
前記分析ステップは、前記溶液中に分離された析出物及び/又は介在物を1以上の分別フィルタにより1回以上ろ過する分別操作と、前記各分別フィルタに捕集された析出物及び/又は介在物、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物のうちの少なくとも1以上を分析する分析操作とを有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項6】
前記分析ステップでは、以下の工程を行うことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
【請求項7】
前記分析操作では、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物を分析する場合に、以下の工程を行うことを特徴とする請求項5に記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)前記分別操作により得られたろ液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)ろ液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
【請求項8】
前記分散性を有する溶液は、ゼータ電位の値を指標として種類及び/又は濃度が決定されることを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図9】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−127793(P2010−127793A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−303360(P2008−303360)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】