説明

金属材料用耐食合金コーティング膜及びその形成方法

【課題】低コストで且つ、量産性のある簡単な形成方法により、金属材料の表面に耐食性に優れた合金コーティング膜を提供する。
【解決手段】金属材料の表面に形成するものであって、必須成分として、Ni、Cr、Siを含み、さらにCrの含有比率が1〜50重量%であり、Siの含有比率が0.1〜30重量%であり、且つ0.1〜1000μmの厚みを有する耐食合金コーティング膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料の表面に形成させる、耐食性に優れた合金コーティング膜及びその形成方法、その膜を有した部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、高い耐食性が要求される構造材料やメカニカル部品には、セラミックス、オーステナイト系ステンレスやハステロイ(商標)、インコネルなどのNi基合金が採用されている。しかし、これらの材料はいずれも非常に高価であり、また加工が難しいなどの課題を抱えている。一方、耐食性を向上させる表面処理方法も種々開発されており、化成処理(クロメート、ノンクロメート)、めっきなどのウエットプロセスや、溶射、PVD法(物理気相成長法)、CVD法(化学気相成長法)などのドライプロセスが挙げられる。
【0003】
具体的な表面処理方法の一つとして、以前より、亜鉛めっきを施した鉄鋼材料にクロメート処理を行う方法が広く採用されてきた。この表面処理皮膜は、6価クロムイオンの溶出に伴う自己修復機能により、鉄鋼部材の腐食進行を抑制する働きを有している。しかし、その防食効果は、一般にオーステナイト系ステンレスやNi基合金よりも劣り、さらに、昨今の環境規制が引き金となり、ノンクロメート薬剤への代替が急速に進んでいる。
【0004】
ノンクロメート薬剤を用いた従来技術としては、例えば、特許文献1(特開2007−262577)に開示の金属表面処理用組成物、金属表面処理方法、及び金属材料が挙げられる。これは、ジルコニウム及び/又はチタン系の金属表面処理用組成物において、オルガノシランの重縮合物であり且つ1分子中に少なくとも2つのアミノ基を有すオルガノシロキサンを含有させ、ジルコニウム元素及び/又はチタン元素の含有量、オルガノシロキサンの含有量、オルガノシロキサンに対するジルコニウム元素及び/又はチタン元素の質量比、及び、重縮合率を特定することにより、素地隠蔽性、塗膜密着性及び耐食性を発現させるものであるが、強酸性下において、この表面処理膜の耐食性や耐酸化性は十分なものとは言えない。
【0005】
電気めっき方式による従来技術としては、例えば、特許文献2(特開平5−179481)に開示の高耐食性亜鉛−コバルトめっき鋼材の製造方法が挙げられる。これは、鉄鋼材料に対して、酸性Zn−Co電気めっきを施す際に、めっき皮膜中のコバルト含有量が2〜30wt%となるよう、酸性めっき浴中のコバルトを、亜鉛+コバルトに対して30〜85mol%濃度に調整して製造する方法であるが、形成された表面処理膜の耐酸性や耐酸化性は十分ではない。
【0006】
また、無電解めっき方式による従来技術としては、例えば、特許文献3(特開平6−65751)に開示の無電解複合めっき浴及びめっき方法が挙げられる。これは、ニッケル及びタングステンの金属塩を、次亜リン酸塩を還元剤としてニッケル−タングステン−リンの合金を析出させる無電解めっき浴に、炭化珪素微粒子を添加し、被めっき物表面に炭化珪素微粒子を分散共析させることで良好な耐摩耗性と耐食性を確保できるとしているが、比較的に濃厚な鉱酸溶液中では耐久性が不十分である。
【0007】
PVD法を用いた従来技術としては、例えば、特許文献4(特開2004−209389)に開示の抗菌防汚・耐食材料が挙げられる。これは、光触媒性チタン酸化物または亜酸化チタンを、鉄に炭素、クロム、ニッケルのうち少なくとも一種添加した合金の表面及び内部の少なくとも一部に、粒状及び板状の少なくとも一種の形態で生成分散させていることを特徴とする抗菌防汚・耐食性材料とその製造方法に関するものであり、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング、イオンビーム蒸着等のPVD法により、チタン合金を作製できることが示されている。しかし、この方法により形成された材料は、強酸性下における長期の耐食性が不十分である。
【0008】
CVD法を用いた従来技術としては、例えば、特許文献5(特開平5−132777)に開示の金属基板表面に化学的蒸着により、珪素拡散層または珪素オーバレーコーティングを形成する方法が挙げられる。これは金属基板表面、とくに鉄または鉄合金に化学的蒸着により、珪素拡散層または珪素オーバレーコーティング層を形成し、耐食性、ガス吸着性、耐吸湿性等を発現させるものである。しかし、この方法により形成された表面処理膜は、フッ化水素酸を含有する特殊な混酸溶液中では容易にエッチングされる恐れがある。
【0009】
したがって、現在のところ、腐食環境とくに強酸性下で用いられる材料や部品に対して、安価で耐食性や耐酸化性、加工性に優れる材料はなく、新材料の開発が望まれているのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−262577
【特許文献2】特開平5−179481
【特許文献3】特開平6−65751
【特許文献4】特開2004−209389
【特許文献5】特開平5−132777
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は従来技術の抱える前記問題を解決し、低コストで且つ、量産性のある簡単な形成方法により、金属材料の表面に耐食性に優れた合金コーティング膜を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、前記課題を解決するための手段について鋭意研究を行った結果、上記従来技術の問題を解決する、新たな耐食性に優れた合金コーティング膜及びその形成方法を完成させるに至った。本発明にあたっては、とくに、ケイ化クロム粒子を用いたNi溶液による複合めっき処理と、複合めっき処理後の加熱処理により、耐食性向上を目的としためっき膜の固溶合金化を試み、鋭意検討を行った。
【0013】
これまでの多くの複合めっき処理は、マトリックスに粒子を共析させ、硬さ、潤滑性、抗菌性、色調など、その粒子自体が持っている性質を利用し、機能を発現させることが目的であった。つまり、マトリックスは粒子の性質を生かすための一種のバインダー的な要素を含むものであった。一方、耐食性に関して言えば、従来の複合めっき膜の場合、マトリックスと粒子との境界で腐食が進行していくことが多く、強酸性下などの厳しい腐食環境で十分な耐食性を発揮するコーティング膜は皆無であった。本発明者等は、これまでの複合めっき処理の発想を大きく変え、耐食性に優れる合金コーティング膜を形成できることを見い出した。つまり、マトリックスに粒子を共析させる過程は従来技術と同様であるが、その後に、積極的に加熱処理を施し、粒子を分解、固溶させることで、マトリックスの性質、とくに、その耐食性を飛躍的に向上させることに成功した。
【0014】
本発明には、CrSi、CrSi、CrSi、CrSi及びCrSiなどのケイ化クロム粒子を使用するが、これらの粒子は高融点化合物に分類されており、その融点は1480〜1770℃と非常に高い。ところが、Niマトリックス中に共析された場合、これらの粒子は、600℃という比較的に低い加熱温度で容易に分解し、且つ、Niとの間に固溶合金を形成することを本発明者等は発見した。形成されたNi−Cr−Si固溶合金コーティング膜は、酸腐食環境下や塩化物イオン腐食環境下においてコーティング膜中のCrが表面の不働態化を促すため、腐食の進行を大幅に遅延できるとともに、結晶粒径が非常に小さく、また粒界の幅も狭いため、粒界から腐食液が浸入しにくい膜構造を有していることが明らかとなった。なお、合金コーティング膜中において、Cr及びSiは耐酸化保護皮膜を生成する有効な元素であり、本発明合金コーティング膜を形成させた鉄鋼部品では、1000℃の大気加熱環境下においてもコーティング膜並びに基材の酸化が大幅に遅延されることを発見した。
【0015】
また、めっき膜と基材との界面に拡散層を形成させることは、強固な密着性を発現させる意味で非常に重要であるが、とくに鉄系基材上に本発明の合金コーティング膜を形成させる場合、加熱処理によりケイ化クロム粒子の分解、固溶が起こると、主にめっき膜成分のNi及びCrと基材成分のFeからなる相互拡散層(合金コーティング膜の一部)を、ケイ化クロム粒子がない場合に比較し、同一加熱条件で約10倍厚く形成できることを本発明者等は発見した(図1:本発明の実施例9に係る合金コーティング膜の断面写真)。
【0016】
本発明の耐食合金コーティング膜は、機械加工済みの品物に対して、例えば、〔複合めっき処理+加熱処理〕を実施することで形成できるが、コーティング膜と基材との密着性が高いため、〔複合めっき処理+加熱処理〕後に、曲げ加工やプレス成型を行うことも可能である。
【0017】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(8)を提供する。
(1)金属材料の表面に形成される膜であって、必須成分として、Ni、Cr、Siを含み、さらにNiの含有比率が膜の全重量を基準として10〜98重量%であり、Crの含有比率が当該膜の全重量を基準として1〜50重量%であり、Siの含有比率が当該膜の全重量を基準として0.1〜30重量%であり、且つ0.1〜1000μmの厚みを有する耐食合金コーティング膜。
(2)前記(1)に記載の耐食合金コーティング膜が形成された金属材料。
(3)金属材料が鉄系基材であることを特徴とする、前記(2)に記載の金属材料。
(4)鉄系基材との界面で厚さ50nm以上の拡散層が耐熱合金コーティング膜の一部として形成されていることを特徴とする、前記(3)に記載の金属材料。
(5)Ni成分とCrSi、CrSi、CrSi、CrSi及びCrSiの中から選ばれる少なくとも1種のケイ化クロム粒子とから成る混合体を金属材料上で同時に加熱して耐食合金コーティング膜を形成させる工程を含む、必須成分として、Ni、Cr、Siを含み、さらにCrの含有比率が当該膜の全重量を基準として1〜50重量%であり、Siの含有比率が当該膜の全重量を基準として0.1〜30重量%であり、且つ0.1〜1000μmの厚みを有する耐食合金コーティング膜が表面に形成された金属材料の製造方法。
(6)Niマトリックスに、CrSi、CrSi、CrSi、CrSi及びCrSiの中から選ばれる少なくとも1種のケイ化クロム粒子が共析されている複合めっき膜を加熱処理して耐食合金コーティング膜を形成させる工程を含む、必須成分として、Ni、Cr、Siを含み、さらにCrの含有比率が当該膜の全重量を基準として1〜50重量%であり、Siの含有比率が当該膜の全重量を基準として0.1〜30重量%であり、且つ0.1〜1000μmの厚みを有する耐食合金コーティング膜が表面に形成された金属材料の製造方法。
(7)前記複合めっき膜を600℃以上の温度で加熱処理することにより、Niマトリックスに共析させたケイ化クロム粒子を50%以上分解、固溶させることを特徴とする、前記(6)に記載の方法。
(8)前記(2)〜(4)のいずれかに記載の金属材料を有する、燃料電池用セパレータ、焼却炉ダンパー、ダクト、射出成形機用シリンダ、押出成形機用シリンダ、船舶部品、海洋・橋梁構造物パーツ、化学プラント部品、酸洗用タンク、自動車用外板、ポンプ軸、ケーシング、インペラー、ローター、タービン軸、タービン羽根、回転板、整流板、スクリュー、配管、バルブ、ノズル、ボルト又はナット、或いはステンレス製蒸発・濃縮装置のディストリビューター、ヒーティングエレメント又は蒸発缶体。
【発明の効果】
【0018】
本発明の耐食性に優れた合金コーティング膜及びその形成方法を採用することで、安価な材料の表面改質が可能となり、経済的なメリットは非常に大きい。また、腐食や高温酸化に伴う材料の損傷、交換が極端に少なくなるため、産業廃棄物の排出低減にも繋がる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本発明に係る合金コーティング膜の断面写真である。
【図2】図2は、実施例での耐食性試験で使用した試験片である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の耐食合金コーティング膜及びその形成方法について詳細に説明する。
【0021】
≪適用素材≫
本発明に適用される素材は、金属材料であればとくに限定されないが、例えば、冷延鋼板(SPC材)、熱間圧延鋼板(SPH材)、一般構造用圧延鋼(SS材)、炭素鋼(SC材)、各種合金鋼、ステンレススチール、Al及びその合金、Mg及びその合金、Cu及びその合金、Zn及びその合金、Ni基合金、Co基合金などへの適用が可能で、板材のほか、棒、帯、管、線、鋳鍛造品、軸受など、その形状はとくに限定されるものではない。
【0022】
〈鉄系材料〉
とくに、鉄系材料の場合には加熱処理により、基材とコーティング膜の界面で主にめっき膜からのNi及びCrと基材からのFeが相互拡散層を形成するため、強力な密着力を発現させることが可能である。ここで、この相互拡散層もコーティング膜の一部である。尚、本発明に係る鉄系材料とは、構成成分となる元素のうち、鉄の比率が50重量%以上である金属材料を意味する。
【0023】
≪耐食合金コーティング膜の形成方法≫
〈1.素材の表面清浄工程〉
金属材料の表面には、必要に応じて予め脱脂処理し清浄化することができる。その方法はとくに限定されず、溶剤系、水系またはエマルジョン系の脱脂方法を採用することができる。また、脱脂処理後に必要に応じて各種の酸洗処理を行っても何ら問題はない。
【0024】
〈2.耐食合金コーティング膜の形成工程〉
本発明におけるNi−Cr−Si合金コーティング膜の形成方法は、とくに制限されるものではない。例えば、金属材料表面上にNi箔を重ね、その隙間にケイ化クロム粒子を挟んで加熱処理を行っても、良好な合金コーティング膜を得ることはできるが、種々の形状の品物に対して比較的に簡単な方法で安定な薄膜を形成させるという点から、Ni水溶液にケイ化クロム粒子を分散させた液を用いて複合めっき処理を行い、さらに加熱処理を施して合金コーティング膜を形成させる方法が好適である。以下、複合めっき処理による耐食合金コーティング膜の形成方法について詳述する。
【0025】
{2−1.複合めっき工程}
(2−1−1.めっき膜の形成手法)
複合めっき処理については、直流電源やパルス電源を利用した電気めっき処理、PRめっき処理、還元剤を利用する無電解めっき処理が考えられるが、いずれの場合も良好なめっき膜を形成させることが可能である。
【0026】
(2−1−2.めっきの前処理)
また、複合めっき処理の前処理として、めっき膜と基材との密着性を上げるために、Niストライク処理や、無電解めっき処理の場合には、金属核の種付けを目的として、パラジウムなどを吸着させる触媒化処理を行うことも可能である。
【0027】
(2−1−3.Ni溶液の条件)
本発明でめっき液として使用するNi溶液は、NiイオンもしくはNi錯イオンが存在する溶液であればとくに制限されるものではないが、取扱いやすさという点から水溶液であることが好ましい。塩化ニッケル、硫酸ニッケル、スルファミン酸ニッケルなどを主原料とするめっき液が使用可能であり、必要に応じて、還元剤、pH緩衝剤、錯化剤、添加剤、分散助剤などを加えることができる。
【0028】
(2−1−4.還元剤)
還元剤としては、次亜りん酸塩、亜りん酸塩、水素化ホウ素化合物、ジメチルアミンボラン、ヒドラジン、ホルマリン、三塩化チタンなどを用いることができる。
【0029】
(2−1−5.pH緩衝剤)
pH緩衝剤としては、蟻酸、酢酸、プロピオン酸などのモノカルボン酸、またはそれらのアルカリ塩、シュウ酸、コハク酸、マロン酸などのジカルボン酸、またはそれらのアルカリ塩、グリコール酸、酒石酸、クエン酸などのオキシカルボン酸、またはそれらのアルカリ塩、ホウ酸、炭酸、亜硫酸などの無機酸、またはそれらのアルカリ塩などを用いることができる。
【0030】
(2−1−6.錯化剤)
めっき液中で金属イオンを安定に存在させるための錯化剤としては、クエン酸、ヒドロキシ酢酸、乳酸、シュウ酸、コハク酸、マロン酸、サリチル酸、グリシン、フタル酸、酒石酸、リンゴ酸、タルトロン酸、グルコン酸、シアン酸、チオシアン酸、またはそれらのアルカリ塩、アンモニアなどを用いることができる。
【0031】
(2−1−7.添加剤)
めっき膜の平滑化、光沢化、ピット発生の防止、内部応力の緩和、アノードの溶解性向上などを目的として加える添加剤としては、ポリエチレングリコールやサッカリン、パラトルエンスルホンアミド、1,5−ナフタレンジスルホン酸塩、1,3,6−ナフタレントリスルホン酸塩、ラウリル硫酸塩などに代表される水溶性硫黄含有化合物、1,4−ブタンジオール、プロパギルアルコール、クマリン、エチレンシアンヒドリンなどに代表される不飽和結合含有有機化合物、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどに代表される塩化物などを用いることができる。
【0032】
(2−1−8.分散助剤)
また、めっき液中に分散助剤を添加し、ケイ化クロム粒子やその他の粒子の表面に吸着させることで、粒子同士の凝集を防ぎ、液中で粒子を安定に分散させることができる。分散助剤としては、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン性界面活性剤などを用いることができる。
【0033】
(2−1−9.共存金属イオンの種類)
また、前記電気めっき処理及び無電解めっき処理の処理液は、必須成分としてニッケルを含むが、クロム、マンガン、鉄、コバルト、銅、亜鉛、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、インジウム、スズ、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金、金、水銀、タリウム、鉛、チタン、バナジウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、ハフニウム、タンタル、タングステン、アルミニウム、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン、ビスマスなどの金属イオンや金属錯イオンを含んでも問題はない。
【0034】
(2−1−10.めっき条件)
電気めっき処理及び無電解めっき処理の条件は、とくに制限されるものではない。Niイオンを始めとする各成分の濃度、めっき液温度、めっき時間、pH、電流密度、分散粒子濃度、攪拌条件、還元剤の種類、濃度、など、マトリックスとしてNiを析出することができれば問題はない。
【0035】
(2−1−11.Ni濃度)
Ni溶液中でのNiイオン濃度は、とくに限定されるものではないが、0.3〜600g/Lの範囲であることが好ましい。より好ましくは、6〜180g/Lの範囲である。0.3g/L未満では正常なめっき膜を形成させることが困難であり、また、600g/Lを超えると、Niイオンとして安定に溶解できる限度を過ぎて液中でNi化合物が析出するため、経済的に無駄である。
【0036】
(2−1−12.Cr、Siの供給源)
Cr及びSiの供給源としては、CrSi、CrSi、CrSi、CrSi及びCrSiの中から選ばれる少なくとも1種のケイ化クロムの粒子であることが好ましい。供給源として、金属CrやSiの単独微粒子を使用することも考えられるが、溶液中での分散安定性や、複合めっき処理後の加熱処理における分解、固溶、合金化の容易さから、前記ケイ化クロムが好適である。
【0037】
(2−1−13.ケイ化クロム粒子の粒径)
前記ケイ化クロム粒子の粒径は、とくに限定されるものではないが、Niマトリックス中に共析される粒子の粒径は長径で100μm以下であることが好ましく、より好ましくは20μm以下であり、さらに好ましくは5μm以下である。共析粒子の長径が100μmを超えた場合には、Niマトリックス中での分解、固溶に長時間を要するため、生産性が低下し経済的に好ましくない。尚、下限値は特に限定されないが、例えば0.1μmである。
【0038】
(2−1−14.ケイ化クロム粒子の分散量)
Ni溶液中でのケイ化クロムの分散濃度は、とくに限定されるものではないが、10〜2000g/Lの範囲が好ましい。より好ましくは50〜1500g/Lの範囲であり、さらに好ましくは100〜1000g/Lの範囲である。10g/L未満の分散濃度では、1重量%以上のCrを含有させることが困難であり、また、2000g/Lを超えた場合には、溶液に対する粒子の量が多すぎて安定に分散することが難しくなる。
【0039】
(2−1−15.他分散粒子の混合)
また、本発明においては、ケイ化クロム粒子と他の分散粒子をめっき液に添加し、マトリックスに同時に析出させても、何ら問題はない。例えば、Al、Cr、Cr、TiO、TiN、ZrO、ZrC、Si、WC、BN、ダイヤモンドなどの粒子を共析させることで、耐食性のみならず、耐摩耗性、撥水性、接着性、自己潤滑性などの機能を複合的に発現させることが可能である。
【0040】
(2−1−16.めっき槽、攪拌条件)
めっき槽の条件及びめっき槽内の攪拌条件は、前記ケイ化クロム粒子が、液中で十分に分散できる方法であれば、とくに限定されるものではない。例を挙げるとすれば、ポンプによる液循環法、プロペラ攪拌法、アップフロー法、プレートポンプ法、エアー攪拌法、ワーク回転法、沈降共析法、ブラシめっき法などが好適である。
【0041】
{2−2.加熱工程}
(2−2−1.加熱温度(ケイ化クロムの固溶条件))
Niマトリックスに共析させたケイ化クロム粒子は、600℃以上の温度で加熱処理することにより分解、固溶させるが、より好ましくは700〜1300℃の温度範囲であり、さらに好ましくは800〜1100℃の温度範囲である。600℃未満ではケイ化クロム粒子を50%以上分解、固溶させることができず、また、600〜700℃では50%以上分解、固溶させることはできるが、長時間を要するため経済的ではない。また、1300℃を超えても分解、固溶させることは可能であるが、加熱に要するエネルギーが大きく経済的に好ましくない。
【0042】
(2−2−2.加熱時間(ケイ化クロムの固溶条件))
ケイ化クロム粒子を、分解、固溶させるための加熱時間は、とくに限定されるものではない。好ましい加熱時間は、加熱温度にもよるが、0.5秒〜48時間の範囲であり、より好ましくは1秒〜24時間の範囲である。0.5秒未満では、ケイ化クロム粒子の分解、固溶が十分に進まない。また、48時間を超えても分解、固溶させることは可能であるが、温度保持に要するエネルギーが大きくなり経済的に好ましくない。
【0043】
(2−2−3.加熱温度(鉄系基材の場合))
基材として鉄系材料を用い、その表面に耐食合金コーティング膜を形成させる場合、600℃以上の温度で加熱処理することが好ましい。より好ましくは700〜1100℃の温度範囲であり、さらに好ましくは800〜1000℃の温度範囲である。600℃未満では、めっき膜からのNiと基材からのFeが十分に相互拡散できないため、密着性を強化することができない。また、1100℃を超えても、NiとFeの相互拡散層の形成は可能であるが、加熱に要するエネルギーが大きく経済的に無駄である。
【0044】
(2−2−4.加熱時間(鉄系基材の場合))
前記、鉄系基材の表面に主にNiとFeの相互拡散層を形成させるための加熱時間は、とくに限定されるものではない。好ましい加熱時間は加熱温度にもよるが、0.5秒〜48時間の範囲であり、より好ましくは1秒〜24時間の範囲である。0.5秒未満では拡散が十分に進まず、また48時間を超えた場合には、拡散層は形成されるが、温度保持に要するエネルギーが大きくなり経済的に好ましくない。
【0045】
(2−2−5.加熱雰囲気)
加熱処理時の雰囲気は、とくに限定されるものではないが、Ni−Cr−Si合金の形成を促進するということで、5×10−2Pa以下の真空状態、窒素ガス雰囲気、Arガス雰囲気、Heガス雰囲気、水素ガス雰囲気、あるいは高温塩浴内のいずれかが望ましい。
【0046】
(2−2−6.加熱方法)
熱処理方法は、とくに限定されるものではなく、加熱雰囲気炉、溶融塩浴、加圧熱処理、通電熱処理のほか、高周波誘導加熱を利用した高周波焼入れとの組み合せを採用することもできる。
【0047】
とくに、鉄系基材に対して、高周波誘導加熱法を採用した場合、鋼材の焼入れ(高強度化)とともに、ケイ化クロム粒子の分解、固溶(耐食性付与)、主にNiとFeの相互拡散層の形成(密着性付与)、及び合金コーティング膜表面のアモルファス化(耐食性強化)により、各種の機能を同時に発現させることが可能である。また、高周波加熱では、加熱時間を短くできる利点があるため、Al及びその合金、Mg及びその合金、Cu及びその合金、Zn及びその合金など、比較的に低融点の基材に対して有効である。
【0048】
また、600℃以上の高温環境下で使用する部材については、複合めっき処理後に前記のような加熱処理を施さなくても、使用環境の熱を利用することで、良好な耐食合金コーティング膜を形成させることが可能である。
【0049】
〈3.その他〉
本発明における、耐食合金コーティング膜の形成方法において、その処理工程はとくに限定されないが、例えば、脱脂→水洗→酸洗→水洗→(Niストライク処理)→Ni/ケイ化クロム複合めっき→加熱処理の順で、耐食合金コーティング膜を形成させることができる。
【0050】
また、予め複合めっき膜や合金コーティング膜を厚く形成させておき、寸法を調整する目的で複合めっき処理後や加熱処理後に研磨し、膜厚をコントロールすることも可能である。
【0051】
≪合金コーティング膜≫
〈1.各成分の比率〉
(1−1.Ni含有比率)
本発明での耐食合金コーティング膜におけるNiの含有比率は、膜の全重量を基準として10〜98重量%であり、好ましくは20〜90重量%であり、より好ましくは30〜80重量%の範囲である。10重量%未満では、固溶状態を維持することが困難となり、耐食性や耐酸化性が十分に発揮されない恐れがある。また、98重量%を超えると、CrやSiの含有比率が低下し、十分な耐食性を発揮することが困難になり好ましくない。尚、下記で説明するように、相互拡散層が形成されている場合には、当該相互拡散層も合金コーティング膜の一部である。この場合、Ni含有比率のみならず、以下のCr含有比率やSi含有比率についても、相互拡散層での含有比率と相互拡散層上の層での含有比率とで異なり得る。但し、本明細書で規定する含有比率は、膜全体(すなわち、相互拡散層+相互拡散層上の層)での平均値である。
【0052】
(1−2.Cr含有比率)
本発明での耐食合金コーティング膜におけるCrの含有比率は、膜の全重量を基準として1〜50重量%であり、好ましくは5〜40重量%であり、より好ましくは10〜30重量%の範囲である。1重量%未満では、クロムの不働態化による防食効果が小さく、腐食環境下で十分に耐えることが難しい。また、50重量%を超えても、耐食性は発揮されるが、その効果は飽和し、また、靭性が低下することで加熱処理後の加工が困難になり好ましくない。
【0053】
(1−3.Si含有比率)
本発明での耐食合金コーティング膜におけるSiの含有比率は、膜の全重量を基準として0.1〜30重量%であり、好ましくは0.5〜20重量%であり、より好ましくは1〜15重量%の範囲である。0.1重量%未満では、防食効果および耐酸化性能が低下し、腐食環境下や高温環境下で十分に耐えることが難しい。また、30重量%を超えても、耐食性および耐酸化性は発揮されるが、その効果は飽和し、また、靭性が低下することで加熱処理後の加工が困難になり好ましくない。
【0054】
〈2.膜厚範囲〉
耐食合金コーティング膜の厚さは、0.1〜1000μm必要であり、好ましくは5〜500μmであり、より好ましくは10〜200μmである。尚、鉄系材料のように相互拡散層が形成される場合には、当該相互拡散層もコーティング膜の一部である。即ち、耐食合金コーティング層の膜厚は、当該相互拡散層を含む膜厚である。0.1μm未満では腐食物質に対する遮蔽効果が小さくなり、十分な耐食性を発揮できない。また、1000μmを超えても、耐食効果が飽和するため経済的に無駄である。ここで、コーティング膜厚は、「加熱処理後の厚さ」を指し、めっき直後の膜厚と必ずしも一致しない。特に、鉄系基材のように、加熱処理により原子が相互拡散する材料を採用した場合には、加熱処理により相互拡散層が形成される結果、複合めっき処理にて形成された膜厚よりも太る。
【0055】
〈3.ケイ化クロム粒子の分解、固溶度〉
本発明でのNi−Cr−Si合金コーティング膜において、ケイ化クロム粒子は50%以上分解、固溶していることが好ましい。より好ましくは80%以上であり、さらに好ましくは95%以上である。50%未満では、マトリックスと未分解粒子との境界部が多数存在するため、その部分から腐食が進行しやすくなり十分な防食効果を得ることができない。また、ケイ化クロム粒子が95%以上分解、固溶していれば、耐食性および耐酸化性の効果は飽和する。
【0056】
〈4.その他〉
複合めっきでは、還元剤、pH緩衝剤、錯化剤、レベリング剤、分散助剤などを添加するため、コーティング膜に不純物として、水素H、ホウ素B、炭素C、窒素N、酸素O、りんP、硫黄Sなどの元素が取り込まれる可能性があるが、コーティング膜中において、これら元素の合計が25重量%以下であることが好ましく、より好ましくは15重量%以下である。
【0057】
酸素Oに関しては加熱処理時の酸化により、取り込まれる場合もあるが、コーティング膜中のSiやCrと結合し、化学的に安定なSiOやCrを形成するので、耐食性が大きく低下するということはない。
【0058】
≪相互拡散層(鉄系基材の場合)≫
前述のように、鉄系基材の場合には、耐食合金コーティング膜の一部として、NiとFeの相互拡散層が形成される。ここで、このNiとFeの相互拡散層は、50nm以上の厚さであることが好ましく、より好ましくは1μm以上の厚さである。相互拡散層の厚さが50nm未満であっても、耐食性に何ら問題を生じることはないが、例えば、各種摺動部品など、合金コーティング膜の耐食性とともに、基材との強力な密着性を要求されるような品物に適用する場合、その効果を発現することが難しくなる。尚、上限値は特に限定されないが、例えばコーティング膜厚に対して80%である。ここで、本発明における「相互拡散層」とは、合金コーティング膜内において、めっき膜成分(例えば、Ni、Cr、Siなど)の一部と、金属材料中の元素(例えば、Fe、Al、C、Nなど)の一部が共存して層形成している部分を指し、(金属材料元素の存在量)/(めっき膜成分元素の含有量 + 金属材料元素の存在量)が20〜80重量%である層を意味する。
【0059】
≪他表面処理膜との組み合わせ≫
また、本発明による複合めっき後の加熱処理で悪影響を及ぼさないのであれば、他のめっき膜や表面処理膜と組み合わせ、複合的な機能を発現させることもできる。例えば、本発明による複合めっき後に、Cr粒子を分散させたCo水溶液中でめっき処理を行い、更に900℃の加熱処理を所定時間実施することで、優れた耐食性と高温耐摩耗性を兼ね備えた合金コーティング膜を得ることが可能である。
【0060】
≪発明対象部材≫
本発明の耐食合金コーティング膜は、燃料電池用セパレータ、焼却炉ダンパー、ダクト、射出成形機用シリンダ、押出成形機用シリンダ、船舶部品、海洋・橋梁構造物パーツ、化学プラント部品、酸洗用タンク、自動車用外板、ポンプ軸、ケーシング、インペラー、ローター、タービン軸、タービン羽根、回転板、整流板、スクリュー、配管、バルブ、ノズル、ボルト又はナット、或いはステンレス製蒸発・濃縮装置のディストリビューター、ヒーティングエレメント又は蒸発缶体などに代表される金属材料に対して有用である。
【0061】
このように、本発明を用いることで、各種金属材料の表面に、比較的簡単な方法で耐食性に優れた合金コーティング膜を形成させることが可能であり、広範な用途に適用することができる。
【実施例】
【0062】
以下に、実施例を比較例とともに挙げ、本発明の耐食合金コーティング膜の効果を具体的に説明する。なお、実施例で使用した金属材料、脱脂剤、表面調整剤及び複合めっき処理に用いた薬剤は、市販されている材料や試薬の中から任意に選定したものであり、本発明の耐食合金コーティング膜及びその形成方法の実際の用途を限定するものではない。
【0063】
ケイ化クロム粒子については、目的の組成比となるよう、市販のCr粒子及びSi粒子をカーボンるつぼ内で混合し、1500℃の水素ガス雰囲気中で固相拡散させ作製した。その後、必要に応じてスタンプミル、ボールミル、乳鉢等を用いて粉砕し、所定粒径のケイ化クロム粒子を得た。
【0064】
被処理材としては、比較例1、比較例2を除き、次の2種類の鋼材を使用した。
・「コーティング膜の厚さ」、「相互拡散層の厚さ」、「ケイ化クロム粒子の固溶度」、「耐食性」、「耐酸化性」、「コーティング膜中の成分含有量」評価用
→機械構造用炭素鋼(JIS:S45C、Φ30×厚さ4mm)
・「加工密着性」評価用
→冷延鋼板SPCC(JIS:G 3141、長さ150×幅70×厚さ0.5mm)
板中央部Φ30mm以外の部分については、表側、裏側ともに絶縁性のマスキングを施した。
【0065】
実施例2〜11及び比較例3〜6は、次の処理工程でコーティング膜の形成を行った。
(式1)

【0066】
各工程の処理条件は、とくに断りのない限り、以下の方法で実施した。
【0067】
アルカリ脱脂にはファインクリーナーE6400(日本パーカライジング株式会社製)を用い、水道水で2重量%に希釈した水溶液を60℃に加温した後、被処理材を10分間浸漬した。酸洗には5重量%の硫酸水溶液を用い、25℃に加温した後、被処理材を1分間浸漬した。複合めっき処理は、直流電源装置を用いて被処理材を陰極、Ni板を陽極とし、Niベースの複合めっき膜を形成させた。また、複合めっき処理液のpH調整には、必要に応じて塩酸もしくは水酸化ナトリウムを用いた。水切り乾燥には電気オーブンを使用し、80℃で10分間実施した。
【0068】
実施例及び比較例で得られたコーティング膜形成後の試験片について、コーティング膜の厚さ、相互拡散層の厚さ、ケイ化クロム粒子の固溶度、コーティング膜中の成分含有量、耐食性、加工性を次の方法で評価した。なお以下の表現で、「表面処理後」とは、めっき処理および加熱処理を行った後の状態を意味する。
【0069】
「コーティング膜の厚さ」
表面処理後のS45C試験片の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、コーティング膜の厚さを求めた。
【0070】
「相互拡散層の厚さ」
表面処理後のS45C試験片の断面について前記SEMを用いて観察し、コーティング膜の下方に存在する白層部分を相互拡散層として、その厚さを求めた。
【0071】
「ケイ化クロム粒子の固溶度」
加熱処理前後におけるS45C試験片の表面を、PHILIPS製 X線回折分析装置(X’Per−MPD)を用いて測定した。X線の線源はCu−Kα線を用い、45kV,40mAで行った。加熱処理前後における各ケイ化クロム粒子の回折強度比から、ケイ化クロム粒子の固溶度を算出した。つまり、加熱処理後に粒子に起因する回折が現れなかった場合に固溶度100%とした。
【0072】
「コーティング膜中の成分含有量」
表面処理後のS45C試験片のコーティング膜断面(深さ方向全体)について、日本電子株式会社製走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分析装置(SEM JSM−6490/EDAX EDS Genesis XM2)を用いて検出元素の定量分析を実施した。電子線はタングステン熱電子放出電子銃を用い、加速電圧15kV,ビーム径60μmφで照射し、Si半導体検出器で検出した。検出した特性X線の強度を簡易定量法(ZAF法)を用いて定量値とした。より詳細には、まず、本機器を用いて定性分析を実施し、検出された元素について、それらの含有比率を算出した。図1に示すように、断面状態の上方から測定した。尚、点線枠から離れた右側や左側の方でも膜の状態は同じであることから、ある部分での元素含有比率を測定し、その値を「全重量に対しての各成分の含有量」とした。
【0073】
「耐食性」
表面処理後のS45C試験片について、全面積の半分に対して絶縁性のマスキングを施し、残りの半面積部分に厚さ20μmの電解Agめっきを形成させた。Agめっきの形成が終了した後、水洗、水切り乾燥、マスキング材の除去を行い、この試験片を耐食性試験に使用した(図2参照)。
【0074】
68%硝酸:35%塩酸=1:3(体積%)の比率で混合した初期温度30℃の王水中に、上記試験片を10分間浸漬した。10分間浸漬した後に水洗、水切り乾燥を行い、試験片を切断した。切断した試験片の断面について前記SEMを用いて観察し、コーティング膜の厚さを求めた。Agめっき下部のコーティング膜は、Agの保護作用で王水に侵食されないため、これを初期の膜厚(a)とした。また、Agめっきが施されていない部分についても膜厚(b)を測定し、減少したコーティング膜の厚さ(a−b)を求めることにより耐食性を評価した。したがって、この数値が小さいほど、耐食性が良好であることを意味する。
【0075】
「耐酸化性」
電気マッフル炉を用いて、表面処理後のS45C試験片を大気雰囲気中で1000℃、24時間加熱し、酸化増量を測定した。酸化スケールの剥離がない場合、酸化増量が少ないほど耐酸化性が良好であることを意味する。
【0076】
「加工密着性」
表面処理後のSPCC板を大気雰囲気中で300℃、1分間加熱した後、直ちに水冷し、加工密着性を評価するための折り曲げ試験に供した。この試験片について、長さ方向70mm、幅方向70mm分を万力に挟み、コーティング膜を形成させた部分がちょうど凹部及び凸部となるよう、0.3秒間で90°の折り曲げ加工を実施した。折り曲げ加工部分を金属顕微鏡で観察し、コーティング膜の剥離、亀裂の有無を確認した。評価については、以下の基準で判定した。
(評価基準)
○:亀裂、剥離ともになし
△:亀裂が発生(膜の剥離なし)
×:膜の剥離が発生
【0077】
(実施例1)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を水切り乾燥し、その試験片の上に、体積基準メジアン径:1μmのCrSi粒子を5g/mの割合で均一にのせ、その上に厚さ8μmのNi箔を被せた。さらに、10kg/cmの条件で加圧しながら、真空炉を用いて1×10−5Pa、900℃の条件で2.5時間実施し、そのまま炉冷した。
【0078】
(実施例2)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(1)に浸漬し、被処理板を陰極、Ni板を陽極とし、直流電源装置により電流密度10A/dmで60分間電解し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、真空炉を用いて1×10−3Pa、900℃の条件で3時間実施し、そのまま炉冷した。
複合めっき液(1)
<液成分>
・スルファミン酸ニッケル 500g/L
・塩化ナトリウム 10g/L
・ホウ酸 35g/L
・CrSi 500g/L(体積基準メジアン径:40μm)
<pH> <温度> <攪拌>
4.5 60℃ 沈降共析法
【0079】
(実施例3)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(2)に浸漬し、被処理板を陰極、Ni板を陽極とし、下波形のPRパルス法により2時間電解し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、Arガス雰囲気、900℃の条件で2時間実施、そのまま炉冷した。
複合めっき液(2)
<液成分>
・硫酸ニッケル6水和物 200g/L
・塩化ニッケル6水和物 50g/L
・ホウ酸 25g/L
・CrSi 20g/L(体積基準メジアン径:10μm)
・CrSi 20g/L(体積基準メジアン径:12.5μm)
<pH> <温度> <攪拌>
4.0 55℃ プロペラ攪拌法
(式2)

【0080】
(実施例4)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(3)に浸漬し、被処理板を陰極、Ni板を陽極とし、直流電源装置により電流密度10A/dmで20分間電解し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、窒素ガス雰囲気、850℃の条件で12時間実施、そのまま炉冷した。
複合めっき液(3)
<液成分>
・スルファミン酸ニッケル 500g/L
・塩化ニッケル6水和物 50g/L
・ホウ酸 30g/L
・サッカリンナトリウム 5g/L
・1,4−ブタンジオール 100mg/L
・CrSi 1200g/L(体積基準メジアン径:1μm)
<pH> <温度> <攪拌>
4.5 60℃ アップフロー法
【0081】
(実施例5)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(4)に浸漬し、被処理板を陰極、Ni板を陽極とし、直流電源装置により電流密度10A/dmで120分間電解し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、真空炉を用いて1×10−5Pa、680℃の条件で36時間実施、そのまま炉冷した。
複合めっき液(4)
<液成分>
・スルファミン酸ニッケル 500g/L
・塩化ニッケル6水和物 50g/L
・ホウ酸 30g/L
・β‐ナフタレンスルホン酸
ホルマリン縮合物ナトリウム塩 500mg/L
・メチルアルコール 1g/L
・CrSi 350g/L(体積基準メジアン径:2μm)
・CrSi 350g/L(体積基準メジアン径:4.5μm)
<pH> <温度> <攪拌>
3.8 50℃ プレートポンプ法
【0082】
(実施例6)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(5)に120分間浸漬し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、窒素ガス雰囲気、820℃の条件で8時間実施、そのまま炉冷した。
複合めっき液(5)
<液成分>
・硫酸ニッケル6水和物 50g/L
・次亜りん酸ナトリウム1水和物 15g/L
・硫酸アンモニウム 65g/L
・クエン酸3ナトリウム2水和物 60g/L
・CrSi 350g/L(体積基準メジアン径:1.5μm)
・CrSi 350g/L(体積基準メジアン径:2.5μm)
<pH> <温度> <攪拌>
12.5 80℃ エアー攪拌法
【0083】
(実施例7)
前記実施例4に記した条件で複合めっき処理まで行った後、試験片の表面を研磨し、めっき膜の厚さが4μmになるよう調整した。次に、高周波焼入れ装置を使用し、窒素ガス雰囲気中で3秒の加熱によって1050℃に到達させ直ちに水冷した。
【0084】
(実施例8)
前記実施例6に記した条件で複合めっき処理まで行った後、850℃に加温したパーカー熱処理工業株式会社製の塩浴剤〔GS660:C3=95:5(重量%)〕に3分間浸漬した。その後、180℃に加温した同社製冷却用塩浴剤AS140に1分間浸漬し、さらに水冷した。
【0085】
(実施例9)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(6)に浸漬し、被処理板を陰極、Ni板を陽極とし、直流電源装置により電流密度5A/dmで45分間電解し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、真空炉を用いて1×10−3Pa、900℃の条件で5時間実施し、そのまま炉冷した。
複合めっき液(6)
<液成分>
・スルファミン酸ニッケル 300g/L
・塩化コバルト6水和物 150g/L
・塩化ナトリウム 10g/L
・ホウ酸 35g/L
・CrSi 400g/L(体積基準メジアン径:2.5μm)
<pH> <温度> <攪拌>
4.5 60℃ プロペラ攪拌
【0086】
(実施例10)
前記実施例5に記した条件で複合めっき処理まで行った後、真空炉を用いて1×10−5Pa、650℃の条件で24時間加熱処理を実施し、そのまま炉冷した。
【0087】
(実施例11)
前記実施例4に記した条件で複合めっき処理まで行った後、試験片の表面を研磨し、めっき膜の厚さが4μmになるよう調整した。次に、高周波焼入れ装置を使用し、窒素ガス雰囲気中で1秒の加熱によって880℃に到達させ直ちに水冷した。
【0088】
(比較例1)
オーステナイト系ステンレス鋼(JIS:SUS316L、Φ30×厚さ4mm)を、60℃に加温した前記アルカリ脱脂剤ファインクリーナーE6400の2重量%水溶液に10分間浸漬し、水洗、水切り乾燥した。その後、全面積の半分に対して絶縁性のマスキングを施し、残りの半面積部分に厚さ20μmの電解Agめっきを形成させた。その後、水洗、水切り乾燥、マスキング材の除去を行い、耐食性試験に使用した。耐食性試験終了後、断面のSEM観察を実施し、Agめっきを施さなかった部分の減少厚さを求めた。
【0089】
(比較例2)
Ni基合金であるハステロイC−22相当材(三菱マテリアル株式会社製、30mm角、厚さ3mm)を、60℃に加温した前記アルカリ脱脂剤ファインクリーナーE6400の2重量%水溶液に10分間浸漬し、水洗、水切り乾燥した。次に、窒素ガス雰囲気、900℃の条件で2.5時間加熱処理を施し、そのまま炉冷した(溶接部の熱履歴を想定)。その後、全面積の半分に対して絶縁性のマスキングを施し、残りの半面積部分に厚さ20μmの電解Agめっきを形成させた。その後、水洗、水切り乾燥、マスキング材の除去を行い、耐食性試験に使用した。耐食性試験終了後、断面のSEM観察を実施し、Agめっきを施さなかった部分の減少厚さを求めた。
【0090】
(比較例3)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(7)に浸漬し、被処理板を陰極、Ni板を陽極とし、直流電源装置により電流密度10A/dmで30分間電解し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、Arガス雰囲気、900℃の条件で2時間実施、そのまま炉冷した。
複合めっき液(7)
<液成分>
・硫酸ニッケル6水和物 200g/L
・塩化ニッケル6水和物 50g/L
・ホウ酸 25g/L
<pH> <温度> <攪拌>
4.0 55℃ プロペラ攪拌法
【0091】
(比較例4)
前記実施例4に記した条件で複合めっき処理まで行った後、試験片の表面を研磨し、めっき膜の厚さが4μmになるよう調整した。次に、電気マッフル炉を使用し、1000℃の大気雰囲気中で48時間加熱し、そのまま炉冷した。
【0092】
(比較例5)
前記実施例4に記した条件で複合めっき処理まで行った後、試験片の表面を研磨し、めっき膜の厚さが4μmになるよう調整した。次に、真空炉を用いて1×10−3Pa、900℃の条件で30秒間加熱処理を実施し、そのまま炉冷した。その後、試験片の表面を再研磨し、めっき膜の厚さが0.05μmになるよう調整した。
【0093】
(比較例6)
前記酸洗→水洗まで完了した試験片を、次の複合めっき液(8)に浸漬し、被処理板を陰極、Ni板を陽極とし、直流電源装置により電流密度10A/dmで60分間電解し、被処理板上に複合めっき膜を形成させた。複合めっき処理後の加熱処理は、真空炉を用いて1×10−3Pa、900℃の条件で5時間実施し、そのまま炉冷した。
複合めっき液(8)
<液成分>
・スルファミン酸ニッケル 500g/L
・塩化ナトリウム 10g/L
・ホウ酸 35g/L
・Cr 500g/L(体積基準メジアン径:1μm)
<pH> <温度> <攪拌>
4.5 60℃ プロペラ攪拌法
【0094】
第1表及び第2表に、実施例及び比較例で得られたコーティング膜の成分含有率、合金コーティング膜厚、相互拡散層の厚さ、ケイ化クロム粒子の固溶度、共析されたケイ化クロム粒子の粒径(長径)、及び耐食性、耐酸化性、加工密着性の評価結果を示す(尚、比較例1及び2に関しては耐食性しか評価していないので総合評価せず)。ここで、第1表中の合金コーティング膜厚は、相互拡散層が形成されている場合には相互拡散層も含めた値である。また、共析された粒径は、加熱処理前の断面観察において「(縦)めっき膜厚×(横)100μm」四方の範囲を観察し、その範囲内で確認できる最小と最大の粒子径である。尚、実施例7、実施例11及び比較例4における当該径は、研磨前での測定値である。
【0095】
実施例1〜9で得られた合金コーティング膜は、いずれも良好な耐食性、耐酸化性、加工密着性を有していた。また、実施例10で得られた合金コーティング膜は、ケイ化クロム粒子の固溶度が低いため、耐食性がやや劣っていたものの、優れた耐酸化性、加工密着性を有していた。更に、実施例11で得られた合金コーティング膜は、相互拡散層が形成されていなかったので加工密着性がやや劣っていたものの、優れた耐食性、耐酸化性を有していた。
【0096】
比較例1のSUS316Lや比較例2のハステロイC−22の耐食性は、一般に非常に良好といわれているが、本試験において実施例の耐食性には及ばなかった。比較例3では膜中にCr及びSiが含有されておらず、実施例に比べて耐食性、耐酸化性、加工密着性が劣っていた。比較例4のコーティング膜はCr及びNiを含んではいるが、十分な固溶合金化が進む前に酸化の影響を受けたため、Cr及びNiの含有比率が少なく、耐食性、加工密着性が劣っていた。また、加熱時に基材中のFeが激しく酸化されたため、コーティング膜中に多くの酸化鉄が生成しており、基材とコーティング膜の界面では一部膜が浮いていた。比較例5のコーティング膜では膜厚が薄いため、十分な耐食性、耐酸化性を発揮することができなかった。比較例6のコーティング膜はCr系の粒子を共析しているが、Siを含んでおらず、またこの粒子が加熱処理で固溶しないため、実施例に比べて明らかに性能が劣っていた。
【0097】
以上の結果から、本発明により得られる合金コーティング膜及びその形成方法を適用することで、従来技術と比較して優れた耐食性、耐酸化性及び加工密着性が得られることが明らかである。
【表1】

【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料の表面に形成される膜であって、必須成分として、Ni、Cr、Siを含み、さらにNiの含有比率が膜の全重量を基準として10〜98重量%であり、Crの含有比率が当該膜の全重量を基準として1〜50重量%であり、Siの含有比率が当該膜の全重量を基準として0.1〜30重量%であり、且つ0.1〜1000μmの厚みを有する耐食合金コーティング膜。
【請求項2】
請求項1に記載の耐食合金コーティング膜が形成された金属材料。
【請求項3】
金属材料が鉄系基材であることを特徴とする、請求項2に記載の金属材料。
【請求項4】
鉄系基材との界面で厚さ50nm以上の拡散層が耐熱合金コーティング膜の一部として形成されていることを特徴とする、請求項3に記載の金属材料。
【請求項5】
Ni成分とCrSi、CrSi、CrSi、CrSi及びCrSiの中から選ばれる少なくとも1種のケイ化クロム粒子とから成る混合体を金属材料上で同時に加熱して耐食合金コーティング膜を形成させる工程を含む、必須成分として、Ni、Cr、Siを含み、さらにCrの含有比率が当該膜の全重量を基準として1〜50重量%であり、Siの含有比率が当該膜の全重量を基準として0.1〜30重量%であり、且つ0.1〜1000μmの厚みを有する耐食合金コーティング膜が表面に形成された金属材料の製造方法。
【請求項6】
Niマトリックスに、CrSi、CrSi、CrSi、CrSi及びCrSiの中から選ばれる少なくとも1種のケイ化クロム粒子が共析されている複合めっき膜を加熱処理して耐食合金コーティング膜を形成させる工程を含む、必須成分として、Ni、Cr、Siを含み、さらにCrの含有比率が当該膜の全重量を基準として1〜50重量%であり、Siの含有比率が当該膜の全重量を基準として0.1〜30重量%であり、且つ0.1〜1000μmの厚みを有する耐食合金コーティング膜が表面に形成された金属材料の製造方法。
【請求項7】
前記複合めっき膜を600℃以上の温度で加熱処理することにより、Niマトリックスに共析させたケイ化クロム粒子を50%以上分解、固溶させることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
請求項2〜4のいずれか一項に記載の金属材料を有する、燃料電池用セパレータ、焼却炉ダンパー、ダクト、射出成形機用シリンダ、押出成形機用シリンダ、船舶部品、海洋・橋梁構造物パーツ、化学プラント部品、酸洗用タンク、自動車用外板、ポンプ軸、ケーシング、インペラー、ローター、タービン軸、タービン羽根、回転板、整流板、スクリュー、配管、バルブ、ノズル、ボルト又はナット、或いはステンレス製蒸発・濃縮装置のディストリビューター、ヒーティングエレメント又は蒸発缶体。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−224908(P2012−224908A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92928(P2011−92928)
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】