説明

金属表面改質装置

【課題】窪部位を有する金型の成形面あるいは大きい部品の全面を均一に表面改質することが難しい。
【解決手段】チャンバ1の中に移動装置2と電子ビーム発生装置5を備える。移動装置2は、電子の加速空間Sとプラズマ空間Pと減速空間Gとが存在し得る範囲内でカソード電極5Aと被照射体6とを可能な限り短くするように被照射体6を位置させる。ラックピニオン機構7は、移動装置2に設けられる。移動体10が移動するとラック7Aが移動してピニオン7Bが回転する。ピニオン7Bの回転で回転冶具8の回転軸8Aが回転する。回転軸8Aの回転でチャック8Cに取り付けられている被照射体6が所定角度回転する。移動体10の所定ピッチの移動でバー9が移動すると、本体8Dはバー9に対して相対的にスライドする。被照射体6は、アノード電極5Bの直下に留まる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製の被照射体に電子ビームを照射して被照射体の表面を改質する金属表面改質装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属製の被照射体の表面に電子ビームを照射して被照射体の表面を改質する金属表面改質装置が知られている。例えば、特許文献1に開示される金属表面改質装置が知られている。以下の説明では、特許文献1に開示される金属表面改質装置の表面改質方法を便宜上“大面積照射方式”という。
【0003】
大面積照射方式は、粒子線束の断面積が大きく比較的低エネルギ密度で大きな電流の電子ビームを照射する。大面積照射方式では、電子ビームが低エネルギ密度であるので、被照射体を表面から数μmを超えて侵食させない。そのため、被照射体の表面全面に均一に改質できる利点がある。改質層の特性は、被照射体の材質によって異なるが、基本的には金属製品の耐久性を向上させる。被照射体の表面には、研磨による凹凸が実質的に存在しない。
【0004】
特許文献2は、比較的平坦な表面を有する金属製の被照射体の表面の改質に適する大面積照射方式の表面改質装置を開示する。大面積照射方式の表面改質装置は、主に、チャンバと、移動装置と、真空装置と、希ガス供給装置と、電源装置を含む電子ビーム発生装置と、を含んでなる。
【0005】
大面積照射方式において被照射体の表面を均一に改質させるために必要な電子ビームのエネルギ密度は、1J/cm以上である。被照射体の表面を改質させるために、電子を高速で被照射体に衝突させる必要がある。したがって、磁場を通して電子を加速させるためにカソード電極から被照射体との間までにある程度の距離が必要である。また、電子が散乱しないように、電子を収束させるプラズマを発生する環状のアノード電極が設けられる。
【0006】
電子ビームは、見掛け上、真直ぐに照射されている。したがって、電子ビームは、被照射体の平坦面に照射される。被照射面に溝、段差、または窪み(以下、窪部位と総称する)が存在する場合、窪部位の側面と底縁部位に電子ビームが当たりにくいので、窪部位の側面あるいは底縁部位は、表面が改質されないまま残されてしまう。大面積照射方式では、電子ビームの粒子線束の断面積が大きいので、電子ビームが側面に当たるように照射方向を偏向することが難しい。
【0007】
特許文献3は、カソード電極とアノード電極とを兼用させることによってカソード電極と被照射体との間の距離を短くし、大面積照射方式において被照射体に形成されている窪部位の側面に電子ビームを照射する方法を提案している。特許文献3の発明は、被照射体における平坦面と底面との差が数mm以上ある窪部位の側面に電子ビームを照射できるようにする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−1086号公報
【特許文献2】特開2006−344387号公報
【特許文献3】特開2010−100904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
照射時間が短い電子ビームを一度照射しただけでは改質面を均一に得ることができないので、電子ビームを何度も繰返し照射し続ける必要がある。電子は、凹凸の突部位に向かう傾向にあるので、被照射面に窪部位がある場合は、窪部位の突部位(エッジ)に集中的に当たる。そのため、電子ビームの照射回数を多くすると、高速で電子がエッジに衝突し続けることによって、エッジが形状を失って被照射体が致命的損傷を受ける。
【0010】
窪部位を有する部品として、例えば図2に示される射出成形機の可塑化スクリュがある。可塑化スクリュの溝100には、エッジ200と底縁部位300が存在する。電子の速度が速いと電子は曲がりにくく窪部位の底面400に当りやすくなるが、エッジ200に与える衝撃が大きい。電子の速度が低いと電子が底面400に到達しにくく、むしろエッジ200に集中しやすくなる。何れにしても、結果的に、電子ビームの照射回数を重ねると、エッジ200の形状が壊れて製品価値を失う。
【0011】
また、電子の衝突の衝撃で溶融した被照射体の材料が飛散して被照射体の周囲に浮遊する。電子の衝突の衝撃が大きいと比較的大きい粒子が被照射面に落下して再凝固し、良質の改質層を得るための障害になる。また、原因が明確ではないが、粉状の微細な材料が滓となって被照射体の下側に回り込んで側面下側ないしは下面に付着する。電子ビームを数十回照射し続けて滓が蓄積すると、良質の改質層を得るための障害になるおそれがある。
【0012】
そのため、電子ビームを数十回照射するたびに被照射体をチャンバから取り出して被照射体の表面を拭き磨きして滓を除去する作業が要求される。また、状況によって、チャンバの中を清掃する必要がある。一度被照射体をチャンバから取り出すと、チャンバの中を再度真空引きする必要がある。このような作業は、作業の負担と時間を増大させる。したがって、作業の負担の低減と作業の時間の短縮が望まれている。
【0013】
本発明は、上記課題に鑑みて、被照射体に損傷を与えずに窪部位が存在する被照射面を広く均一に改質することができるとともに、作業効率を向上させる改良された電子ビームによる表面改質装置を提供することを目的とする。その他の本発明による利点は、具体的な実施の形態の説明においてその都度説明する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の金属表面改質装置は、上記課題を解決するために、電子の加速空間(S)とプラズマ空間(P)と希ガスによる減速空間(G)とが存在し得る範囲内でカソード電極(5A)と被照射体(6)とを可能な限り短くするように被照射体(6)を位置させるとともに水平1軸方向に所定ピッチ毎に移動する移動装置(2)を備え、移動装置(2)に設けられるラックピニオン機構(7)と、ラックピニオン機構(7)のピニオン(7B)と実質同軸に設けられる回転軸(8A)と回転軸(8A)を回転可能に支持する回転軸受(8B)と回転軸(8A)に設けられ被照射体(6)を保持するチャック(6C)とを含んでなり移動装置(2)の所定ピッチの移動に対して相対的にスライドする回転冶具(8)と、を設ける。
【発明の効果】
【0015】
比較的圧力(密度)が高いアルゴンガスによる減速空間Gが存在するので、電子ビームのエネルギを変えずに電子の速度が低下する。同時に、被照射体が可能な限りカソード電極の近くに配置されている。低エネルギ密度の電子ビームを照射するため、照射時間が短い電子ビームの照射回数を増大させることによって窪部位の側面と底縁部位も均質に改質させることができる。その結果、窪部位のエッジの形状を喪失させずに被照射体の全面を均一に改質させることができる。
【0016】
本発明の金属表面改質装置では、電子の速度を低下させるので、被照射体の材料の大きな粒子が殆んど飛散せず、飛散した材料が被照射面に付着して再凝固するおそれがない。特に、被照射体を水平1軸方向にピッチ送りすると同時に被照射体を所定角度回転させることによって新しい被照射面をアノード電極に対向配置できるので、被照射体の側面下側ないし下面に付着する微細な滓を除くことができる。
【0017】
したがって、照射時間が短い電子ビームを数百回以上繰返し照射し続けても被照射面に溶融した材料の粒が固着して表面が荒れることがない。また、被照射体の側面下側ないし下面に付着した滓が良好な改質層の障害にならない。そのため、照射工程を中断して被照射体を拭き磨きしたり、チャンバの中を清掃したりすることがなく、窪部位を有する金型あるいは大型の被照射体の表面改質を行なうことができる。その結果、作業の負担の低減と作業の時間の短縮し、作業効率を向上させる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の金属表面改質装置の右側面図である。
【図2】本発明の金属表面改質装置における回転冶具の斜視図である。
【図3】被照射体として射出成形機の混練スクリュを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、金属表面改質を実施するための金属表面改質装置の全体構成を模式的に示す。本発明では、断面積10mm以上を大面積という。また、10kV〜30kVを低エネルギとし、10kA〜30kAを高電流という。金属表面改質を実施するための電子ビーム照射装置は、主に、チャンバ1と、移動装置2と、真空装置3と、希ガス供給装置4と、電子ビーム発生装置5と、で構成される。
【0020】
チャンバ1は、被照射体6を収容する手段である。チャンバ1は、電子ビーム照射装置の前面で被照射体6を出し入れするために開口している。チャンバ1には、開口部位を閉鎖してチャンバ1の中を密閉する密封扉1Aが設けられている。チャンバ1は、耐真空構造である。チャンバ1は、基台1Bの上に設置されている。
【0021】
移動装置2は、水平1軸方向と、水平1軸方向(X軸)に直交する他の水平1軸方向(Y軸)と、鉛直方向(Z軸)と、に被照射体6を移動させる手段である。移動装置2は、X軸方向に移動する移動体10と、Y軸方向に移動する移動体20と、Z軸方向に上下動する昇降装置30と、を備える。実施の形態の移動装置2では、移動体20の上に移動体10が搭載され、移動体10の上に昇降装置30が設置される。昇降装置30の上に被照射体6を載置するテーブル40が設けられる。
【0022】
移動体10は、図示しないモータによってX軸方向に移動する。移動体10の上に昇降装置30を介して設けられるテーブル40に直接または冶具によって被照射体6を取り付けて固定することができる。移動体20は、モータによってY軸方向に移動する。移動体10と移動体20は、図示しない移動制御装置で制御される。昇降装置30は、移動体10と移動体20を制御する移動制御装置で制御するようにすることができる。
【0023】
真空装置3は、密閉されたチャンバ1の中を真空に近い状態にする手段である。真空装置3は、真空ポンプによってチャンバ1の中の空気を抜く、いわゆる真空引きをしてチャンバ1の中を減圧する。実施の形態の真空ポンプは、スクロールポンプ3Aとターボ分子ポンプ3Bでなる。チャンバ1の中の空気を抜いた後は、流量調整弁3C,3Dを絞ってチャンバ1の中の真空に近い状態を保持する。
【0024】
真空装置3は、チャンバ1の中を浄化する手段を兼用する。真空装置3は、電子ビームを照射している間稼働してチャンバ1のガスを排出し、チャンバ1の中を真空に近い状態に維持している。真空装置3は、チャンバ1のガスを排出しているときに、浮遊する材料の滓をチャンバ1から吸い出す。
【0025】
実施の形態の表面改質処理装置では、被照射体6の材料の大きい粒子が殆んど飛散しない。微細な材料の滓は比重が小さいので、暫らくの間はチャンバ1の中を舞っているが、やがて落下する。滓は、真空装置3によって多くの滓がチャンバ1の外に排出される。したがって、照射工程中、チャンバ1の中は比較的清浄な状態が維持されている。
【0026】
希ガス供給装置4は、チャンバ1の中に希ガスを供給する手段である。希ガス(不活性ガス)は、長周期表第18族元素であるヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンを示す。電子ビームによる表面改質方法で実績のある希ガスは、アルゴンガスである。希ガス供給装置4は、液化アルゴンを封入したボンベ4Aと、チャンバ1に接続する配管4Bと、バルブ4Cと、を含んでなる。電子ビーム照射装置は、チャンバ1の中のガス圧を0.03Pa〜0.1Paにすることができるように設計されている。
【0027】
実施の形態の電子ビーム照射装置には、チャンバ1の外に密閉空間4Dが設けられている。密閉空間4Dには、図示しない管路を通して窒素ガスが供給される。密閉空間4Dの中にカソードのギャップスイッチ(点火スイッチ)が存在する。密閉空間4Dの中の窒素ガスは、ギャップスイッチの表面に炭化物が付着することを防止する。
【0028】
電子ビーム発生装置5は、電子銃であるカソード電極5Aと、環状のアノード電極5Bと、被照射体6に通電するコレクタ5Cと、磁場を形成するソレノイド5Dと、を含んでなる。コレクタ5Cは、テーブル40である。テーブル40は、チャンバ1にグランドライン5Eでアースする。
【0029】
カソード電極5Aとテーブル40に通電する被照射体6との両極間に電子ビームを発生させるための電圧パルスを印加する高圧電源を含む電子ビーム発生用電源装置5Fが設けられる。また、カソード電極5Aとアノード電極5Bとの間にプラズマ発生用電源装置5Gが設けられる。スイッチ5Hは、カソード電極5Aの電源の接続を切り換える。
【0030】
カソード電極5Aは、断面円形の基盤にチタンでなる多数の針状の突起が設けられている。アノード電極5Bは、カソード電極5Aの断面積より大きい内径を有するリング形状をしている。実施の形態の電子ビーム照射装置は、例えば、カソード電極5Aの直径が90mmφで、アノード電極5Bの内径が140mmφである。アノード電極5Bは、円環内に比較的存在期間の短いプラズマを生成する。プラズマの電離層は、カソード電極5Aから放出される電子を収束する。
【0031】
ラックピニオン機構7は、移動装置2に設けられる。実施の形態の金属表面改質装置では、ラックピニオン機構7のラック7Aは、テーブル40の上に敷設される。ラック7Aは、移動体10が水平1軸方向(X軸)に移動するときに、テーブル40と共にX軸方向に移動する。ラック7Aと噛合うピニオン7Bは、回転冶具8の回転軸8Aに結合する。ラックピニオン機構7によって、移動体10の移動に同期して被照射体6を所定角度回転させることができる。
【0032】
ラックピニオン機構7は、モータと回転角度割出装置を不要にして金属表面改質装置の構成を簡単にする。特に、チャンバ1の中に回転角度割出装置を含む制御モータを設置することが困難である電子ビームによる金属表面改質装置では、電子ビームを直接受けても重大な損傷を受けにくい機械的構造のラックピニオン機構7は、極めて有益である。
【0033】
回転冶具8は、回転軸8Aと、回転軸受8Bと、チャック8Cと、本体8Dと、を含んでなる。回転冶具8は、図2に詳しく示される。回転冶具8は、ラック7Aにピニオン7Bが噛合うように移動体10に独立してテーブル40の上に取り付けられる。
【0034】
テーブル40には、X軸方向に沿って水平に図1に示される金属製のバー9が固定されている。本体8Dにバー9が貫通するように回転冶具8を取り付ける。本体8Dとバー9との間に図示しない軸受が設けられ、本体8Dとバー9との間は、ラックピニオン機構7の動作を阻害しない小さい摩擦抵抗を有する。したがって、回転冶具8は、バー9によって支持される。移動体10の所定ピッチの移動にともなってテーブル40とバー9が移動すると、回転冶具8は、バー9に対して相対的にスライドすることによって、結果的に移動せずに同じ位置に留まることができる。
【0035】
図2に示される実施の形態では、ピニオン7Bを片持支持する構成であるが、ピニオン7Bに回転軸8Aを貫通させて、ピニオン7Bを挟んで両側に回転軸受8Bと本体8Dを設けることができる。このとき、ラック7Aを挟んで平行に2本のバーを設けて、2本のバーで回転冶具8を支持する。平行な2本のバーで回転冶具8を支持することで、回転冶具8をより安定して設置することができ、比較的質量の大きい被照射体6を取り付けることができる。
【0036】
回転軸8Aは、ピニオン7Bと同軸に設けられる。回転軸8Aは、移動体10が所定ピッチ(単位移動量)移動するのにともなってラック7AがX軸方向に移動するとき、ピニオン7Bの回転によって所定角度回転する。回転軸8Aは、ピニオン8Bと所定のギア比で噛合う減速ギアのような別の回転ギアと同軸に設けることができる。本発明では、ピニオン7Bの回転軸に回転軸8Aが直結して両者が完全に同軸である場合と、別の回転ギアを介在させてピニオン7Bの回転軸と回転軸8Aが平行である場合と、を含めて両者が“実質同軸”であるとする。
【0037】
回転軸受8Bは、回転軸8AをY軸廻り(B軸方向)に回転可能に軸支する。チャック8Cは、回転軸8Aの一端に直結して設けられる。チャック8Cは、被照射体6を締め付けて保持する。
【0038】
ラックピニオン機構7のラック7Aとピニオン7Bのギア比は、移動体10が所定ピッチ送り出される毎に回転軸が所定角度回転するように決められている。移動体10の送りピッチは、被照射体6の大きさと形状および電子ビームの照射面積に依存する。実施の形態の金属表面改質装置では、例えば、被照射体6が図3に示される可塑化スクリュであるとき、移動体10をX軸方向に20mm移動させる毎に回転軸8AがB軸方向に反時計回りに45度回転するように決められている。
【0039】
実施の形態の金属表面改質装置では、ラックピニオン機構7と回転冶具8とは、実質的に被照射体6に付着した微細な材料粉による滓を除去する作用を有する点で重要である。移動体10を送り出すと、被照射体6が所定ピッチX軸方向に移動する。同時に、被照射体6がB軸方向に所定角度回転して新しい被照射面がアノード電極5Bの直下の電子ビームの照射領域に位置する。したがって、滓が付着している被照射体6の側面下側が電子ビームに曝される位置に配置される。その結果、次の照射工程で電子ビームによって被照射体6に付着した滓が除かれる。
【0040】
以下に、本発明の金属表面改質装置の動作を複数の作業工程に従って説明する。電子ビームを照射して改質される被照射体6の表面に生じる現象と形成される改質層の特性は、被照射体6の材質によって異なる。被照射体6の金属は、鉄、チタンのような非鉄金属、合金である。実施例では、被照射体6を図3に示す材質がSKD61(熱間工具鋼,合金工具鋼)の可塑化スクリュとして説明する。
【0041】
被照射体6をチャンバ1の中の回転冶具8のチャック8Cに締め付けて固定する。チャンバ1の中は、予め浄化されている。被照射体6を回転冶具8に取り付けたら、密閉扉1Aを閉鎖する。全体的に丸棒形状の可塑化スクリュの被照射体6は、回転冶具8から横に延伸するように回転冶具8に取り付けられる。図1は、被照射体6を被照射体6の長手方向が電子ビーム照射装置の前後方向(Y軸方向)に位置するように配置した例を示す。
【0042】
被照射体6をカソード電極5Aから放出される電子ビームが被照射体6の選択された被照射面に当たる位置に配置する。具体的には、移動体10と移動体20を作動させて被照射体6をアノード電極5Bの直下に位置させる。
【0043】
図1に示される電子の加速空間Sとプラズマ空間Pと希ガスによる電子の減速空間Gとが存在し得る範囲内でカソード電極5Aと被照射体6との間の距離を可能限り短くする。具体的には、昇降装置30を作動させて移動体10ないし被照射体6がチャンバ1の内壁と衝突しない限界の位置までテーブル40を上昇させる。このとき、アノード電極5Bと被照射体6との間に所定の圧力のアルゴンガスが介在する減速空間Gを設ける。
【0044】
カソード電極5Aと被照射体6との間の距離が十分にないと、必要な加速空間Sとプラズマ空間Pが存在し得ない。そうすると、電子が収束して必要な力を持って被照射体6に到達することができず、被照射面を高温にして衝撃を与えることによって被照射面に材料の溶出による改質変化を作用させる現象が発生せず、表面を良好に改質することができない。本発明では、カソード電極5Aと被照射体6とは、加速空間Sとプラズマ空間Pが存在し得る範囲で可能な限り短くする。その結果、被照射体6の原形を喪失することなく被照射面を良好に均質に改質できる。
【0045】
密閉されたチャンバ1の中を真空に近い状態にする。具体的に、真空装置3の真空ポンプを作動させてチャンバ1の空気を抜き、チャンバ1の中を0.03Pa程度の真空に近い状態にする。
【0046】
ソレノイド5Dを励起してチャンバ1の中のカソード電極5Aと被照射体6との間の加速空間Sに磁場を形成する。カソード電極5Aと被照射体6との間に形成される磁場によって、カソード電極5Aから放出される電子が加速空間Sで要求される速度まで加速される。
【0047】
アノード電極5Bの円環の中にプラズマを生成するために必要な希ガスを供給する。カソード電極5Aから放出される電子は、プラズマ空間Pで収束されて被照射体6の被照射面に到達する。大面積照射方式の表面改質方法では、粒子線束の断面積が大きくエネルギ密度が比較的低いので、プラズマが存在しないと、電子が散乱して被照射体6の被照射面を改質することができない。
【0048】
電子の速度を窪部位のエッジの形状を喪失させない速度まで低下させるために必要十分な圧力の希ガスをアノード電極5Bと被照射体6との間に介在させる。電子ビームのエネルギを変えずに電子の速度を低下させる希ガスは、プラズマを生成する希ガスと同一である必要はない。ただし、実用上は、プラズマを生成する希ガスと同一である。具体的には、アルゴンガスである。
【0049】
電子ビーム照射装置としては、従前からアルゴンガスの圧力を0.03Pa〜0.1Paの範囲でプラズマ空間Pに供給できるように構成されている。しかしながら、従前、アルゴンガスの圧力が0.06Paを超えた場合に、結果として被照射面の全面に改質層が形成されなかった。均一な改質層を得るために有効なアルゴンガスの圧力は、0.06Pa以下でなければならず、特に、0.05Paが適することが知られていた。
【0050】
ところが、本発明は、現在までの常識的な考えと全く異なる発想をして、アノード電極5Bのプラズマ空間Pと被照射体6との間に0.06Pa以上のアルゴンガスを介在させることによって、これまで表面改質ができないと考えられてきた速度まで電子の速度を低下させる。具体的に、図1に示される構成の電子ビーム照射装置において、アルゴンガスの圧力を0.085Paまで高くする。
【0051】
実施の形態の金属表面処理装置では、被照射体6を可能な限りカソード電極5Aに近付ける。同時に、環状のアノード電極5B、詳しくは、アノード電極5Bの円環の中に生成されるプラズマ空間Pと被照射体6の間の減速空間Gに上記所要の圧力のアルゴンガスを介在させる。その結果、アルゴンガスの作用によって電子の速度が低下するが、カソード電極5Aから放出される電子ビームのエネルギは減衰しないし、電子は必要な力を持って被照射面に到達する。
【0052】
被照射体の選択された被照射面の全面が均一に改質されるまで、所定のエネルギの照射時間が短い電子ビームを所定回数繰返し被照射面に照射する。所定のエネルギで電子ビームを発生させるためのカソード電極5Aと被照射体6との間に印加される電圧パルスの条件等の照射条件は、従来から知られている照射条件と同じ範囲であって、具体的には、複数の先行技術が参照される。
【0053】
電子の速度を低下させるので、被照射体6の材料の大きな粒子が殆んど飛散していない。微細な材料の滓は、チャンバ1の中を舞って自由落下する。電子ビームを照射している間に真空装置3を常に稼働させてチャンバ1の中を真空に近い状態に維持する。真空装置3は、チャンバ1の中のガスを排出するときに、浮遊する材料の滓をチャンバ1から吸い出す。したがって、チャンバ1の中は、照射時間が短い電子ビームの照射を数百回繰返しても、チャンバ1の中を清掃する必要がない。
【0054】
実施の形態の金属表面改質装置では、選択されている被照射面全体に均一に改質層が形成された後に、すでに改質層が形成された被照射面と改質層が形成されていない被照射面との電子ビームの照射領域が十分に重なるように被照射体6を中心軸廻りに所定角度回転させて所定角度回転させて同じように選択された被照射面の全面が均一に改質されるまで電子ビームを照射する。
【0055】
具体的に、移動体10をX軸方向に所定ピッチ送り出す。移動体10の移動によってテーブル40が移動してテーブル40の上に設けられているラック7Aとバー9がX軸方向に所定ピッチ移動する。ラック7Aが移動すると、ラックピニオン機構7によって回転冶具8の回転軸8Aが回転して被照射体6がB軸廻りに所定ピッチに対応する所定角度回転する。
【0056】
回転冶具8の本体8Dは、ラックピニオン機構7の動作を阻害しない小さい摩擦抵抗でバー9に支持されているので、回転冶具8は、X軸方向に移動するバー9に対して相対的にスライドすることによって同じ位置に留まる。その結果、新しく選択された被照射面がアノード電極5Bの直下の電子ビームの照射領域に位置する。
【0057】
電子が衝突したときに被照射体6の表面から溶融剥離した一部分の微細な材料の滓がチャンバ1の中を浮遊する。滓は、時間と共に自重によって自由落下する。このとき、原因が明確ではないが、滓が被照射体6の下方向に回り込んで被照射体6の側面下側と下面に付着する。滓は、粉塵に近い粉状である。被照射体6の表面に滓が付着した状態で放置すると容易に取り除くことができなくなる。また、滓が蓄積されて層が厚くなると、被照射面6の表面を覆って改質処理の障害になる。
【0058】
本発明の金属表面改質装置では、すでに改質層が形成された被照射面と改質層が形成されていない被照射面とが少なくとも2分の1以上電子ビームの照射領域が重なるように小さい所定ピッチで移動体10を水平1軸方向(図1ではX軸方向)に送り出しながら被照射体6を所定角度回転させるようにラックピニオン機構7のギア比を決めている。図2に示されるように、被照射体6が丸棒形状の場合は、90度回転させる。
【0059】
前の照射工程の被照射面と次の照射工程の被照射面とが電子ビームの照射領域で少なくとも2分の1以上重複するように被照射体6が所定角度回転されるとき、連続する照射工程の間に滓が付着している側面下側と下面が改質処理される。このとき、すでに改質されている表面が側面下側ないし下面に位置するようになる。
【0060】
その結果、次の選択された被照射面を改質処理する過程で滓が取り除けなくなる前に滓が付着している表面が改質される。このとき、すでに改質されている表面では、平滑な改質層によって滓が付着しにくく、付着した滓は容易に拭き取ることができる。滓は、被照射体6の側面下側と下面に付着するので、一度に全面を照射できない可塑化スクリュのような形状の被照射体の表面を改質する場合に、滓が改質処理の障害にならない点で有効である。
【0061】
特に、選択された被照射面が改質された後に改質された被照射面と改質されていない被照射面とが電子ビームの照射領域で3分の2以上重複するように被照射体を回転させて次の被照射面を選択すると、滓による障害を一層確実に防ぐことができる。例えば、図2に示される窪部位の形状が複雑である可塑化スクリュの場合は、被照射体6を中心軸O廻りに45度回転するように、より小さいピッチで移動体10を水平1軸方向(X軸方向)に送り出す。
【0062】
大面積照射方式の金属表面改質方法では、エネルギ密度が比較的低く、同じ面に繰返し電子ビームを照射しても数μm以上は改質が進行しないため、電子ビームの照射回数を増大させることによって境界線が全くわからない状態で全面に均質に数μmの改質層を形成させることができる。
【0063】
図3に示されるような長尺の被照射体6の全面を改質する場合は、カソード電極5Aとアノード電極5Bで規定される照射面積に相応する領域で全周にわたって改質した後に被照射体6を長手方向に送り出して次の新しい被照射面をアノード電極5Bの直下に位置させる。図1に示される被照射体6の配置の場合は、移動体20を所定ピッチ移動して被照射体6をY軸方向に送り出す。このとき、すでに改質されている表面と次の被照射面が部分的に重なるようにして、改質されない面ができないようにする。実施の形態の表面改質方法では、20mmピッチで送り出すようにしている。
【0064】
図3に示される被照射体6の場合、選択された被照射面一面当たりの照射時間の短い電子ビームの照射回数(ショット数)を75回、ラックピニオン機構7のギア比を所定ピッチ20mmで回転角度45度になるように設定し、すでに改質層が形成された照射領域と次に選択される照射領域とが3分の2以上重なるように被照射体6を送り出すようにして電子ビームを照射した。その間に、被照射体6の拭き磨きとチャンバ1の中の清掃を一度も行なわなかった。その結果、形状の変形はなく、窪部位の側面と底縁部位を含めて全面が均等に改質された。
【0065】
標準的な大きさのチャンバ1を有する電子ビームによる金属表面改質装置における真空引きは、大体7分〜10分を要する。また、被照射体6の拭き磨きは、20分〜30分を要する。図3に示される可塑化スクリュの全面を改質処理する場合で、作業時間を2時間以上短縮することができた。
【0066】
被照射体6に形成された改質層の厚さはほぼ均一で約2μmである。改質層は、主に熱間工具鋼に含まれるクロムが溶出して形成されている。表面に研磨では避けることができない僅かな凹凸も存在せず、耐熱性と耐磨耗性に優れる。改質層は、鍍金層と異なり、表面全体を均等に覆って剥離することがない。
【0067】
例えば、大面積照射方式で電子ビームによる表面改質をされた射出成形機の可塑化スクリュには、高温による表面の損傷が生じにくい。また、炭化した溶融樹脂が可塑化スクリュの表面を覆うように残留し全体が黒くなる現象が発生しない。このような可塑化スクリュは、樹脂成形品に不純物を混入させることがない。また、射出成形において、清掃作業ないしは交換作業のような維持管理に要する作業の負担を低減し、費用と時間を削減して加工効率を向上させる。
【0068】
被照射体6に与える有利な点は、被照射体6の材料によって異なる。例えば、被照射体6が超硬合金でなる金型の場合は、改質層が主に超硬合金に含まれる焼結バインダのコバルトが溶出して形成されているようである。そのため、表面に僅かな凹凸も存在せず、耐食性と耐磨耗性に優れる。その結果、このような金型は、離型性に優れる。また、金型の寿命がより長くなる。
【0069】
以上に説明される実施の形態の金属表面改質装置は、すでにいくつかの変形例が挙げられているが、本発明の技術思想を逸脱しない範囲で変形して実施することができる。例えば、回転冶具の回転軸の回転軸受を本体の中に収容する構成にすることができる。また、例えば、ラックをY軸方向に沿って設置してY軸方向の移動に同期して棒状の被照射体をA軸廻りに所定角度回転する構成にすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の電子ビームによる金属表面改質装置は、金属加工の技術分野において広く適用される。金属加工で適用される殆んどの金属材料の表面改質に有効である。特に、比較的深い窪部位を有する金型の成形面あるいは大きい部品の全面を表面改質することができる。本発明は、金属加工の発展に貢献する。
【符号の説明】
【0071】
1 チャンバ
1A 密封扉
1B 基台
2 移動装置
3 真空装置
3A スクロールポンプ
3B ターボ分子ポンプ
4 希ガス供給装置
4A ボンベ
4B 配管
4C 供給口
4D 密閉空間
5 電子ビーム発生装置
5A カソード電極
5B アノード電極
5C コレクタ
5D ソレノイド
5E グランドライン
5F 電子ビーム発生用電源装置
5G プラズマ発生用電源装置
5H スイッチ
6 被照射体
7 ラックピニオン機構
7A ラック
7B ピニオン
8 回転冶具
8A 回転軸
8B 回転軸受
8C チャック
8D 本体
9 バー
10 移動体
20 移動体
30 昇降装置
40 テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子の加速空間とプラズマ空間と希ガスによる減速空間とが存在し得る範囲内でカソード電極と被照射体とを可能な限り短くするように前記被照射体を位置させるとともに水平1軸方向に所定ピッチ毎に移動する移動装置を備え、前記移動装置に設けられるラックピニオン機構と、ラックピニオン機構のピニオンと実質同軸に設けられる回転軸と前記回転軸を回転可能に支持する回転軸受と前記回転軸に設けられ前記被照射体を保持するチャックとを含んでなり前記移動装置の前記所定ピッチの移動に対して相対的にスライドする回転冶具と、を設けてなる電子ビームによる金属表面改質装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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