説明

銅または銅合金の加工方法およびスパッタリングターゲットの製造方法

【課題】 銅または銅合金からなる塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することで、表面酸化変色が発生した面を除去する再加工をなくすことができるとともに、切断加工後の加工物における大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる加工方法を提供する。
【解決手段】 銅または銅合金の加工方法は、層形成工程と切断加工工程とを含む。層形成工程では、銅または銅合金からなる塊状体15の表面に酸化防止剤を含む酸化防止層15aを形成する。切断加工工程では、酸化防止層15aが形成された塊状体15を、予め定められた形状となるように、加工液16中で切断加工する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅または銅合金の加工方法、およびスパッタリングターゲットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅および銅合金は、良好な導電性を有し、展性・延性にも優れるので、各種形状に加工しやすく、古くから電子部品、導線、ワイヤー線、スパッタリングターゲット等に限らず、生活用品にまで幅広く使用されている。
【0003】
その中でも特に、導線やワイヤー線、半導体薄膜を形成する方法として主流となっているスパッタリング法にて低抵抗性の配線材料を作製するためのスパッタリングターゲットは、表面の清浄性が必要であるので、高純度の銅または銅合金で作製される。また、近年太陽電池の普及によりCu−Ga合金等の銅合金からなるスパッタリングターゲットが太陽電池薄膜作製用として使用されている。
【0004】
銅および銅合金は、変色しやすい材料であり、大気中に長期間放置する、または水を用いて切断加工を行う等の状況下では、表面の変色が激しく起こる。この変色の原因は、現在のところ明確な結論は出ていないが、変色部に酸化銅が生成していることが確認されているので、表面酸化による変色(以下、「表面酸化変色」という)が主要な原因と考えられる。
【0005】
このような表面酸化変色は、ワイヤー線や導線では、表面の導電性を下げる原因となる。また、スパッタリングターゲットのスパッタリング面に表面酸化変色が発生している場合には、初期放電が起こりにくく、かつ不安定な放電になるばかりではなく、スパッタリング面の表面粗さ(算術平均粗さRa)の増大をも招き、スプラッシュ(微細な溶融粒子)の発生頻度が大幅に上昇する。このような表面酸化変色が発生しているスパッタリングターゲットを用いて成膜された薄膜は、電気抵抗や表面状態が悪くなる。そのため表面酸化変色が発生した銅または銅合金からなる製品は、各方面で製品価値を大きく損ねることになる。
【0006】
銅または銅合金からなるスパッタリングターゲットなどの加工物を、表面酸化変色のない加工物とするためには、加工物を長時間大気中で放置しない加工においては、乾式の加工を行う、表面酸化変色させたくない面の加工を最後に行う、加工後、表面酸化変色した面を再加工するなどの方法が考えられる。しかしながら、材料や加工方法の特性上、表面酸化変色させたくない面の加工を最後にすることができない場合や、加工による熱の発生により、表面が荒れるなど表面状態が悪くなる、若しくはヒビ割れや欠けが発生するなどの問題から、加工液の使用が必須となる場合がある。また、加工後、表面酸化変色した面を再加工する場合には、その面以外に表面酸化変色が発生し、かつ加工工程が増えるなどの問題が発生する。
【0007】
このような問題点を解決する方法として、特許文献1には、銅または銅合金からなるスパッタリングターゲットの表面に、酸化防止剤を塗布する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−146522号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に開示される技術では、スパッタリングターゲットの表面に酸化防止剤が塗布されているので、大気中に長期間放置された場合であっても、スパッタリングターゲットの表面酸化変色を防止することができる。
【0010】
しかしながら、特許文献1に開示される技術では、銅または銅合金からなる塊状体(スラブ)を予め定められた形状に切断加工してスパッタリングターゲットを作製するときの、切断加工中に発生する塊状体の表面酸化変色を防止することができず、表面酸化変色が発生した面を除去する再加工が必要となる。
【0011】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、銅または銅合金からなる塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することで、表面酸化変色が発生した面を除去する再加工をなくすことができるとともに、切断加工後の加工物における大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる加工方法、およびスパッタリングターゲットの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、銅または銅合金からなる塊状体の表面に酸化防止剤を含む酸化防止層を形成する層形成工程と、
酸化防止層が形成された塊状体を、予め定められた形状となるように、加工液中で切断加工する切断加工工程と、を含むことを特徴とする銅または銅合金の加工方法である。
【0013】
また本発明の銅または銅合金の加工方法では、前記層形成工程は、
酸化防止剤が溶解された溶液中に前記塊状体を浸漬する、または、酸化防止剤が溶解された溶液を前記塊状体に滴下するか噴霧することによって、前記塊状体の表面に酸化防止剤を付着させる付着段階と、
前記付着段階において酸化防止剤が付着した前記塊状体を、酸化防止剤を溶解させない溶媒で洗浄することで、前記塊状体の表面上の余分な溶液を除去する洗浄段階と、
前記洗浄段階において洗浄された後の前記塊状体を乾燥する乾燥段階と、を含むことを特徴とする。
【0014】
また本発明の銅または銅合金の加工方法では、前記酸化防止剤は、窒素原子を含む複素環式化合物を1種または2種以上含有することを特徴とする。
【0015】
また本発明の銅または銅合金の加工方法では、前記複素環式化合物が、ピラゾール環誘導体、ピリミジン環誘導体、チアゾール環誘導体、イミダゾール環誘導体、トリアゾール環誘導体、およびプリン環誘導体から選ばれることを特徴とする。
【0016】
また本発明の銅または銅合金の加工方法では、前記複素環式化合物が、ベンゾトリアゾール、アデニン、および尿酸から選ばれることを特徴とする。
【0017】
また本発明の銅または銅合金の加工方法において、前記切断加工工程における切断加工は、ワイヤー放電加工、放電加工、レーザー加工、バンドソー加工、ダイヤモンド砥粒を用いた切断加工として、ダイヤモンドソー加工、ブレードソー加工、ワイヤーソー加工、研削機を用いたダイヤモンド切断加工、およびウォータージェット加工から選ばれることを特徴とする。
【0018】
また本発明の銅または銅合金の加工方法において、前記切断加工工程における切断加工は、ワイヤー放電加工であることを特徴とする。
【0019】
また本発明の銅または銅合金の加工方法において、前記切断加工工程で用いられる加工液には、予め酸化防止剤が含有されていることを特徴とする。
【0020】
また本発明の銅または銅合金の加工方法では、前記塊状体がCu−Ga合金からなることを特徴とする。
【0021】
また本発明は、銅または銅合金からなるスパッタリングターゲットを製造する方法であって、
前記銅または銅合金の加工方法によりスパッタリングターゲットを作製することを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、銅または銅合金の加工方法は、層形成工程と切断加工工程とを含む。層形成工程では、銅または銅合金からなる塊状体の表面に酸化防止剤を含む酸化防止層を形成する。切断加工工程では、酸化防止層が形成された塊状体を、予め定められた形状となるように、加工液中で切断加工する。切断加工工程において切断加工される塊状体の表面には、酸化防止剤を含む酸化防止層が形成されているので、塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することができる。これによって、表面酸化変色が発生した面を除去する再加工をなくすことができる。また、塊状体の切断加工中では、酸化防止層に含まれる酸化防止剤の一部が加工液中に分散され、この加工液中に分散された酸化防止剤が塊状体の切断加工面に付着する。これによって、切断加工後の加工物は、切断加工面も含めて全表面が酸化防止剤により被覆されたものとなるので、加工物における大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる。
【0023】
また本発明によれば、層形成工程は、付着段階と洗浄段階と乾燥段階とを含む。付着段階では、酸化防止剤が溶解された溶液中に塊状体を浸漬する、または、酸化防止剤が溶解された溶液を塊状体に滴下・噴霧することによって、塊状体の表面に酸化防止剤を付着させる。洗浄段階では、付着段階において酸化防止剤が付着した塊状体を、酸化防止剤を溶解させない溶媒で洗浄することで、塊状体の表面上の余分な溶液を除去する。そして、乾燥段階では、洗浄段階において洗浄された後の塊状体を乾燥する。このようにして、酸化防止剤を含む酸化防止層を塊状体の表面に形成することができる。
【0024】
また本発明によれば、層形成工程で用いられる酸化防止剤は、窒素原子を含む複素環式化合物を1種または2種以上含有するものである。この複素環式化合物としては、ピラゾール環誘導体、ピリミジン環誘導体、チアゾール環誘導体、イミダゾール環誘導体、トリアゾール環誘導体、およびプリン環誘導体から選ばれることが好ましく、ベンゾトリアゾール、アデニン、および尿酸から選ばれることが特に好ましい。このような酸化防止剤は、半導体製造プロセスにおいても汚染源となることがないことが知られているので、酸化防止剤で表面が被覆された切断加工後の加工物を、高度な清浄性を有することが要求される半導体製造プロセスで使用される材料(たとえば、スパッタリングターゲット)として用いることができる。
【0025】
また本発明によれば、切断加工工程では、ワイヤー放電加工、放電加工、レーザー加工、バンドソー加工、ダイヤモンド砥粒を用いた切断加工として、ダイヤモンドソー加工、ブレードソー加工、ワイヤーソー加工、研削機を用いたダイヤモンド切断加工、およびウォータージェット加工から選ばれる方法により、塊状体を予め定められた形状に切断加工することが好ましく、ワイヤー放電加工により切断加工することが特に好ましい。加工液を用いて塊状体を切断加工する場合、特に加工液中で放電させて塊状体を切断加工する場合には、塊状体が加工液中で高温になって、表面酸化変色されやすい。このような、加工液中における切断加工においても、塊状体の表面には、酸化防止剤を含む酸化防止層が形成されているので、塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することができる。
【0026】
また本発明によれば、切断加工工程で用いられる加工液には、予め酸化防止剤が含有されている。これによって、塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を、より効果的に防止することができるとともに、塊状体の切断加工面により多くの酸化防止剤を付着させることができるので、切断加工後の加工物における大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる。
【0027】
また本発明によれば、塊状体としてCu−Ga合金からなる塊状体を用いた場合であっても、塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することができるとともに、切断加工後の加工物における大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる。
【0028】
また本発明によれば、スパッタリングターゲットの製造方法では、切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することができる、前述の銅または銅合金の加工方法によりスパッタリングターゲットを作製するので、表面酸化変色が発生した面を除去する再加工をなくすことができるとともに、切断加工後のスパッタリングターゲットにおける大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施形態である銅または銅合金の加工方法において用いられるワイヤー放電加工装置1の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本実施形態に係る銅または銅合金の加工方法、およびスパッタリングターゲットの製造方法は、銅または銅合金の塊状体を準備する準備工程と、層形成工程と、切断加工工程とを含む。
【0031】
(準備工程)
準備工程では、銅または銅合金の塊状体(スラブ)を準備する。銅または銅合金としては、特に限定されるものではないが、半導体製造プロセスで用いられる高純度の銅、または銅合金が好ましく、その中でも特に、切断加工工程における切断加工時に水などの加工液が必要となり、かつ材料を溶かして切断加工する必要があるような、脆性材料となる銅合金が好ましい。脆性材料となる銅合金としては、太陽電池薄膜作製用に使用されているCu−Ga合金などを挙げることができる。Cu−Ga合金としては、Ga組成比が任意のものでよいが、Ga組成比が20at%以上の脆性材料を挙げることができる。なお、本発明においては、「at%」を「モル%」と同義語として扱うこととする。
【0032】
銅または銅合金の塊状体は、溶解鋳造により作製された鋳造物を切断加工、表面研磨加工することにより作製することができる。特に、Cu−Ga合金からなる塊状体は、溶解鋳造により作製することによって、Cu(銅)中にGa(ガリウム)が偏析せず、かつ、高密度の合金塊を得ることが可能であるので、Cu−Ga合金をスパッタリングターゲットにした時に薄膜の性能を高性能に維持することができる。なお、溶解鋳造時にCu中におけるGaの偏析をより防止するためには、Cu−Ga合金全体を均一に冷却する必要があり、そのためには、鋳造物の形状としては、扁平な直方体形状にすることが好ましい。
【0033】
鋳造物を切断加工する方法としては、ワイヤー放電加工、放電加工、レーザー加工、バンドソー加工、ダイヤモンド砥粒を用いた切断加工として、ダイヤモンドソー加工、ブレードソー加工、ワイヤーソー加工、研削機を用いたダイヤモンド切断加工、切削加工、ウォータージェット加工など一般的な方法を採用することができるが、特に加工液を用いながら切断を行う、ワイヤー放電加工、放電加工、レーザー加工、ダイヤモンド砥粒を用いた切断加工、ウォータージェット加工などが好ましい。
【0034】
切断加工後に実施する表面研磨加工では、ディスクグラインダー、オービタルサンダー、ベルトサンダー、ストレートサンダー、平面研削盤等種々の研磨装置が使用される。研磨装置を使用した表面研磨加工としては、所望とする表面平滑性が得られる方法であれば、特に限定されるものではないが、粒度120〜300、好ましくは180〜240のナイロンディスクを装着したディスクグラインダーを使用し、回転数を6000〜12000rpm、好ましくは6000〜9000rpmで、同一箇所の研磨を3〜20回、好ましくは6〜12回行う、または、粒度80〜600、好ましくは120〜240のアルミナ砥粒が接合した布研磨剤を装着したベルトサンダーを使用し、回転数2000〜7200rpm、好ましくは3600〜7000rpmで同一箇所を5〜30回、好ましくは10〜20回行う事が好ましい。かかる方法で表面研磨加工を実施した場合には、算術平均粗さRaが0.1〜0.5μm、好ましくは0.1〜0.3μmの表面粗さを有する塊状体を作製することができる。
【0035】
(層形成工程)
層形成工程では、銅または銅合金からなる塊状体(以下、単に「塊状体」という)の表面に酸化防止剤を含む酸化防止層を形成する。本実施形態では、層形成工程は、付着段階と洗浄段階と乾燥段階とを含む。
【0036】
<付着段階>
付着段階では、酸化防止剤が溶解された溶液中に塊状体を浸漬する、または、酸化防止剤が溶解された溶液を塊状体に滴下するか噴霧することによって、塊状体の表面全体に酸化防止剤を付着させる。
【0037】
酸化防止剤としては、窒素原子を含む複素環式化合物を1種または2種以上含有するものを挙げることができる。この複素環式化合物としては、ピラゾール環誘導体、ピリミジン環誘導体、チアゾール環誘導体、イミダゾール環誘導体、トリアゾール環誘導体、およびプリン環誘導体を挙げることができ、これらは単独またはその混合物として使用することができる。
【0038】
イミダゾール環誘導体としては、2−メルカプトイミダゾリンおよび2−メルカプト−1−メチルイミダゾールを挙げることができ、チアゾール環誘導体としては、2−メルカプトチアゾリンおよび2−アミノチアゾールを挙げることができ、トリアゾール環誘導体としては、3−アミノトリアゾール、4−アミノトリアゾール、2,5−ジアミノトリアゾール、3−メルカプトトリアゾールおよび3−アミノ−5−メルカプトトリアゾールを挙げることができ、プリン環誘導体としては、プリン、6−アミノプリン、2−アミノ−6−オキソプリン、6−フルフリルアミノプリン、2,6−(1H.3H)−プリンジオン、2−アミノ−6−ヒドロキシ−8−メルカプトプリン、アロプリノール、尿酸、カイネチン、ゼアチン、グアニン、キサンチン、ヒポキサンチン、アデニン、テオフェリン、カフェイン、テオプロミンを挙げることができる。
【0039】
上記の化合物の中でも、酸化防止剤は、ベンゾトリアゾール、アデニン、および尿酸から選ばれることが好ましい。これらは単独またはその混合物として使用することができる。
【0040】
以上のような酸化防止剤は、半導体製造プロセスにおいても汚染源とはならないことが知られているので、酸化防止剤で表面が被覆された切断加工後の加工物を、高度な清浄性を有することが要求される半導体製造プロセスで使用される材料(たとえば、スパッタリングターゲット)として用いることができる。
【0041】
酸化防止剤が溶解された溶液としては、有機溶剤に酸化防止剤が溶解されたもの、酸性水溶液に酸化防止剤が溶解されたもの、アルカリ性水溶液に酸化防止剤が溶解されたものを挙げることができる。溶液中における酸化防止剤の濃度は、0.0001〜10重量%が好ましく、更に好ましくは、0.0003〜1重量%である。溶液中における酸化防止剤の濃度が低すぎる場合には、塊状体における表面酸化変色防止効果が充分に発揮されるだけの酸化防止剤を、塊状体の表面に付着させることができないおそれがある。また、溶液中における酸化防止剤の濃度が高すぎる場合には、塊状体における表面酸化変色防止効果の更なる向上は発現できず、しかも高価な酸化防止剤を大量に必要となるため製品価格の増加につながり生産に適さない。
【0042】
このような、酸化防止剤が溶解された溶液は、有機溶剤、酸性水溶液またはアルカリ性水溶液に酸化防止剤を添加して撹拌し、酸化防止剤を溶解させることによって作製することができる。
【0043】
有機溶剤としては、特に制限はなく、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、アセトンなどを挙げることができ、これらの中でも、エタノール、アセトンが好ましい。
【0044】
アルカリ性水溶液としては、特に制限はなく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、およびアンモニアなどの無機化合物の水溶液、水酸化テトラメチルアンモニウム、コリン、および2−アミノエタノールなどの有機化合物の水溶液を挙げることができる。これらの中でも、金属不純物や微粒子が除去、精製されたアンモニア、2−アミノエタノール、水酸化アンモニウム、水酸化テトラメチルアンモニウム、およびコリンから選ばれる化合物の水溶液を用いることが好ましい。アルカリ性水溶液におけるアルカリ化合物の濃度は、0.0001〜10重量%が好ましく、更に好ましくは0.0003〜1重量%である。アルカリ性水溶液におけるアルカリ化合物の濃度が低すぎる場合には、酸化防止剤を溶解させることができず、該濃度が高すぎる場合には、銅または銅合金からなる塊状体の表面を酸化変色させるおそれがある。
【0045】
酸性水溶液としては、特に制限はなく、塩酸、フッ酸、硫酸、および硝酸などの無機化合物の水溶液、シュウ酸、クエン酸、マロン酸、リンゴ酸、フマル酸、およびマレイン酸などの有機化合物の水溶液を挙げることができる。これらの中でも、金属不純物や微粒子が除去、精製された塩酸、フッ酸、硫酸、硝酸、シュウ酸、およびクエン酸から選ばれる化合物の水溶液を用いることが好ましい。酸性水溶液における酸性化合物の濃度は、0.0001〜10重量%が好ましく、更に好ましくは0.0003〜1重量%である。酸性水溶液における酸性化合物の濃度が低すぎる場合には、酸化防止剤を溶解させることができず、該濃度が高すぎる場合には、銅または銅合金からなる塊状体の表面を酸化変色させるおそれがある。
【0046】
酸化防止剤が溶解された溶液中に塊状体を浸漬することで、塊状体の表面に酸化防止剤を付着させる場合には、溶液中への塊状体の浸漬時間は、30秒間〜10分間であることが好ましく、特に好ましくは1分間〜5分間である。また、酸化防止剤が溶解された溶液を塊状体に滴下・噴霧することで、塊状体の表面に酸化防止剤を付着させる場合には、塊状体に対する滴下・噴霧時間は、30秒間〜10分間であることが好ましく、特に好ましくは1分間〜5分間である。浸漬時間、滴下・噴霧時間が短かすぎる場合には、塊状体における表面酸化変色防止効果が充分に発揮されるだけの酸化防止剤を、塊状体の表面に付着させることができないおそれがあり、長すぎる場合には、生産性の低下につながる。
【0047】
<洗浄段階>
洗浄段階では、付着段階において酸化防止剤が付着した塊状体を、酸化防止剤を溶解させない溶媒で洗浄することで、塊状体の表面上の余分な溶液を除去する。また、過剰に付着した酸化防止剤を溶解除去することも可能である。
【0048】
洗浄に用いる溶媒としては、水や有機溶剤を挙げることができる。水としては、純水、蒸留水、飲料水、海水などを挙げることができるが、純水、蒸留水などが好ましい。有機溶剤としては、エタノール、メタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、アセトンなどを挙げることができるが、エタノール、アセトンが好ましい。洗浄時間としては、付着させた必要量の酸化防止剤が脱離、溶解しない範囲であれば差し支えない。
【0049】
酸化防止剤が付着した塊状体を上記の溶媒で洗浄する方法としては、特に限定されるものではないが、塊状体を溶媒中に浸漬させて超音波を印加する超音波洗浄などの方法を挙げることができる。
【0050】
<乾燥段階>
乾燥段階では、洗浄段階において洗浄された後の塊状体を乾燥する。塊状体を乾燥させる方法としては、特に限定されるものではないが、たとえば、洗浄後の塊状体の表面に窒素ガスを噴き付けて乾燥する方法などを挙げることができる。
【0051】
以上のようにして、酸化防止剤を含む酸化防止層を塊状体の表面に形成することができる。
【0052】
(切断加工工程)
切断加工工程では、酸化防止層が形成された塊状体を、予め定められた形状となるように、加工液中で切断加工する。
【0053】
切断加工工程において切断加工される塊状体の表面には、酸化防止剤を含む酸化防止層が形成されているので、塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することができる。これによって、表面酸化変色が発生した面を除去する再加工をなくすことができる。また、塊状体の切断加工中では、酸化防止層に含まれる酸化防止剤の一部が加工液中に分散され、この加工液中に分散された酸化防止剤が塊状体の切断加工面に付着する。これによって、切断加工後の加工物(たとえば、スパッタリングターゲット)は、切断加工面も含めて全表面が酸化防止剤により被覆されたものとなるので、加工物における大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる。
【0054】
切断加工工程では、ワイヤー放電加工、放電加工、レーザー加工、バンドソー加工、ダイヤモンド砥粒を用いた切断加工として、ダイヤモンドソー加工、ブレードソー加工、ワイヤーソー加工、研削機を用いたダイヤモンド切断加工、およびウォータージェット加工から選ばれる方法により、塊状体を予め定められた形状に切断加工することが好ましく、ワイヤー放電加工により切断加工することが特に好ましい。加工液を用いて塊状体を切断加工する場合、特に加工液中で放電させて塊状体を切断加工する場合には、塊状体が加工液中で高温になって、表面酸化変色されやすい。このような、加工液中における切断加工においても、塊状体の表面には、酸化防止剤を含む酸化防止層が形成されているので、塊状体の切断加工中に発生する表面酸化変色を防止することができる。
【0055】
切断加工工程における塊状体の切断加工を、ワイヤー放電加工により実施する場合について、図1を用いて説明する。図1は、本発明の実施形態である銅または銅合金の加工方法において用いられるワイヤー放電加工装置1の構成を示す図である。
【0056】
ワイヤー放電加工とは、ワイヤー放電加工装置1を用いて実施される切断加工であり、ワイヤー12と酸化防止層15aが形成された塊状体15との間で短周期に繰り返されるアーク放電(放電エネルギー)によって、当該塊状体15を非機械的に切断加工する方法である。ワイヤー放電加工は、ワイヤー12の材質や直径等を制御することにより、微細な加工を行うことができ、加工精度も高い。
【0057】
ワイヤー放電加工装置1は、高周波パルス電源10、電極11、ワイヤー12、サーボメカニズム13、および加工槽14で構成されている。高周波パルス電源10は、アーク放電を行うための電力を高周波パルスとして電極11に供給するようになっている。電極11は、60〜300Vのパルス状の直流電流をワイヤー12に供給し、ワイヤー12と塊状体15との間でアーク放電させるようになっている。ワイヤー12は、図示しないワイヤー供給装置から供給され、一定の張力を保った状態で、図示しない巻取装置にて巻き取られるようになっている。サーボメカニズム13は、ワイヤー12の供給速度および走行速度を制御するようになっている。加工槽14は、その底面部が高周波パルス電源10と電気的に接続されている。加工槽14には、水や油等の一般的な加工液16が満たされている。また、加工槽14には、ワイヤー12に対する塊状体15の位置合わせを行う図示しない調整装置が設けられている。そして、加工槽14では、底面部に載置された塊状体15に対して、加工液16中にてワイヤー12による切断加工が行われるようになっている。
【0058】
次に、酸化防止層15aが形成された塊状体15を、ワイヤー放電加工装置1を用いて切断加工する手順について説明する。以下の説明においては、塊状体15の形状が直方体であって、直方体の最も短い辺と切断面とが垂直に交わるようにして、塊状体15を切断加工する場合を例に挙げることとする。
【0059】
まず、加工槽14に、酸化防止層15aが形成された塊状体15を、加工槽14の底面部に載置した後、加工液16を満たす。これにより、塊状体15は、加工槽14を介して高周波パルス電源10と電気的に接続される。このとき、加工液16には、予め酸化防止剤が含有されていることが好ましい。これによって、塊状体15の切断加工中に発生する表面酸化変色を、より効果的に防止することができるとともに、塊状体15の切断加工面に、より多くの酸化防止剤を付着させることができるので、切断加工後の加工物(たとえば、スパッタリングターゲット)における大気中での表面酸化変色を長期間にわたって防止することができる。
【0060】
次に、直方体形状の塊状体15の一頂点を原点として、原点から延びる三辺を座標軸X,Y,Zに合わせる。たとえば、塊状体15の長手方向(直方体の最も長い辺の方向)をX軸方向とし、厚み方向(直方体の最も短い辺の方向)をY軸方向とする。従って、この場合には、ワイヤー12は、その供給方向がZ軸方向となるように張り渡されていることになる。
【0061】
次いで、切断加工後の加工物の厚みが所望の厚さとなるように、ワイヤー12をセットする。その後、ワイヤー12を供給すると共に当該ワイヤー12に直流電流を供給しながら、塊状体15とワイヤー12とを互いに交わる方向に相対移動させ、塊状体15に対してその全長にわたってワイヤー放電加工(切断加工)を行う。すなわち、ワイヤー12の位置を固定して塊状体15をX軸方向のマイナス方向に移動させるか、または、塊状体15の位置を固定してワイヤー12をX軸方向のプラス方向に移動させながら、加工液16を介して、塊状体15に対してその全長にわたってアーク放電を行うことにより、塊状体15の切断加工を行う。
【0062】
直方体形状の塊状体15を3つ以上に切り分ける場合には、上記操作と同様の操作を繰り返し行えばよい。これにより、直方体形状の塊状体15から、所望の厚さの加工物(たとえば、スパッタリングターゲット)に切り分けることができる。
【0063】
ワイヤー12の材質は、黄銅(Cu65重量%−Zn35重量%の合金)、銅等が好ましい。また、ワイヤー12の直径は、0.1〜0.4mmであることが好ましく、0.2mm程度であることがより好ましい。
【0064】
ワイヤー12の供給速度は、5〜15m/分であることが好ましい。ワイヤー12の張力は、0.1〜0.5kgfであることが好ましい。また、ワイヤー12の走行速度、すなわち、塊状体15の切断速度(加工速度)は、0.1〜8mm/分であることが好ましく、0.1〜3mm/分であることがより好ましい。
【0065】
放電加工条件は、たとえば、パルス幅を0.15〜1.85μs、パルス休止期間を2〜16μs、電流波高値を4.5〜70A、無負荷電圧を30〜100Vとすればよいが、加工対象物である塊状体15の大きさやワイヤー12の種類に応じて、適宜設定すればよい。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、実施例は本発明の一実施態様であり、本発明を限定するものではない。
【0067】
(実施例1)
<塊状体の作製>
Ga組成比が30at%のCu−Ga合金を300mm×90mm×10mmの大きさに切り出し(切断加工)、表面をディスクグラインダーにて、算術平均粗さRaが1.0μm以下となるように表面研磨し、塊状体を作製した。この塊状体の表面接触角は20度であった。
【0068】
<酸化防止層形成用溶液の調製>
2−アミノエタノールを0.05g溶かした100.1gの水溶液に、0.05gのベンゾトリアゾール(酸化防止剤)を溶解させて、酸化防止層形成用溶液を調製した。
【0069】
<塊状体に対する酸化防止層の形成>
酸化防止層形成用溶液に塊状体を2分間浸漬し、その後、水にて洗浄処理を行い、さらに窒素ガスを噴き付けて乾燥処理を行って、酸化防止層が形成された塊状体を作製した。
【0070】
<切断加工>
上記のようにして作製した、酸化防止層が形成された塊状体に対して、加工液として水を用いたワイヤー放電加工にて切断加工を行い、100mm×90mm×10mmの大きさの加工物を得た。
【0071】
(実施例2)
酸化防止剤としてベンゾトリアゾールの代わりに、アデニンを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2の加工物を得た。
【0072】
(比較例1)
塊状体に対して酸化防止層を形成しなかったこと以外は、実施例1と同様にして、比較例1の加工物を得た。
【0073】
<評価>
実施例1,2および比較例1で得られた加工物を大気中に1ヶ月間放置し、その放置後の加工物について、変色防止性、表面粗さ、表面接触角をそれぞれ評価した。
【0074】
[変色防止性]
加工物の表面に発生した表面酸化変色を目視にて確認した。
【0075】
[表面粗さ]
加工物の表面における算術平均粗さRaを、JIS−B0641−1994に準拠して測定した。切断加工前の塊状体の算術平均粗さが1.0μm以下であるのに対して、加工物の表面における算術平均粗さが大きくなった場合には、加工物の製品特性を大きく損なうことになる。
【0076】
[表面接触角]
加工物の表面に、純水を滴下し、表面接触角を測定した。なお、表面接触角の測定には、協和界面化学株式会社製のCA−X型を用いた。切断加工前の塊状体の表面接触角が20度であるのに対して、加工物の表面における表面接触角が大きくなった場合には、加工物の表面に表面酸化変色が発生したことを示す指標となる。
実施例1,2および比較例1の加工物における評価結果を表1に示す。
【0077】
【表1】

【0078】
表1から明らかなように、実施例1,2の加工物は、比較例1の加工物に比べて、表面接触角の上昇が抑制されて表面酸化変色の発生が防止されているとともに、算術平均粗さRaの上昇が抑制されて加工物の製品特性も良好なものであった。
【符号の説明】
【0079】
1 ワイヤー放電加工装置
10 高周波パルス電源
11 電極
12 ワイヤー
13 サーボメカニズム
14 加工槽
15 塊状体
15a 酸化防止層
16 加工液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅または銅合金からなる塊状体の表面に酸化防止剤を含む酸化防止層を形成する層形成工程と、
酸化防止層が形成された塊状体を、予め定められた形状となるように、加工液中で切断加工する切断加工工程と、を含むことを特徴とする銅または銅合金の加工方法。
【請求項2】
前記層形成工程は、
酸化防止剤が溶解された溶液中に前記塊状体を浸漬する、または、酸化防止剤が溶解された溶液を前記塊状体に滴下するか噴霧することによって、前記塊状体の表面に酸化防止剤を付着させる付着段階と、
前記付着段階において酸化防止剤が付着した前記塊状体を、酸化防止剤を溶解させない溶媒で洗浄することで、前記塊状体の表面上の余分な溶液を除去する洗浄段階と、
前記洗浄段階において洗浄された後の前記塊状体を乾燥する乾燥段階と、を含むことを特徴とする請求項1に記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項3】
前記酸化防止剤は、窒素原子を含む複素環式化合物を1種または2種以上含有することを特徴とする請求項1または2に記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項4】
前記複素環式化合物が、ピラゾール環誘導体、ピリミジン環誘導体、チアゾール環誘導体、イミダゾール環誘導体、トリアゾール環誘導体、およびプリン環誘導体から選ばれることを特徴とする請求項3に記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項5】
前記複素環式化合物が、ベンゾトリアゾール、アデニン、および尿酸から選ばれることを特徴とする請求項3または4に記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項6】
前記切断加工工程における切断加工は、ワイヤー放電加工、放電加工、レーザー加工、バンドソー加工、ダイヤモンド砥粒を用いた切断加工として、ダイヤモンドソー加工、ブレードソー加工、ワイヤーソー加工、研削機を用いたダイヤモンド切断加工、およびウォータージェット加工から選ばれることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項7】
前記切断加工工程における切断加工は、ワイヤー放電加工であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項8】
前記切断加工工程で用いられる加工液には、予め酸化防止剤が含有されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つに記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項9】
前記塊状体がCu−Ga合金からなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1つに記載の銅または銅合金の加工方法。
【請求項10】
銅または銅合金からなるスパッタリングターゲットを製造する方法であって、
請求項1〜9のいずれか1つに記載の銅または銅合金の加工方法によりスパッタリングターゲットを作製することを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−167357(P2012−167357A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−31425(P2011−31425)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】