説明

鋼材引抜加工方法および鋼材引抜用ダイス装置

【課題】引抜加工の開始初期から鋼材の外径寸法のばらつきを抑制させ、鋼材の外径寸法の安定化を図り得る鋼材引抜加工方法および鋼材引抜用ダイス装置を提供する。
【解決手段】鋼材引抜加工方法は、鋼材をこれの長さ方向に沿って通過させるダイス孔20をもつ引抜加工用のダイス2を保持する鋼材引抜用ダイス装置1を用いる。鋼材をダイス2のダイス孔20に通過させて引抜加工させる引抜加工を実施する。鋼材をダイス2で引き抜き開始するのに先立って、ダイス2を加熱源7により加熱させて、ダイス2の温度を引抜加工時のダイス2の温度域、または、引抜加工時のダイス2の温度域に対して70%〜100%の温度域に昇温させる。昇温操作後に、鋼材の引抜加工を開始する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋼材引抜加工方法および鋼材引抜用ダイス装置に関する。鋼材としては、棒鋼及び線材、冷間鍛造用線材等が挙げられる。
【背景技術】
【0002】
鋼材引抜加工方法は、所定の長さをもつ鋼材と、鋼材をこれの長さ方向に沿って通過させるダイス孔をもつ引抜加工用のダイスを保持する鋼材引抜用ダイス装置とを用意する工程と、鋼材をダイスのダイス孔に通過させて引抜加工させつつ鋼材を伸線させる引抜加工とを実施する。近年、産業界では、鋼材の外径寸法のばらつき低減と益々高い精度の寸法が要請されている。例えば、鋼材の直径が28mmの場合には、直径のばらつき幅が0.02mm程度の範囲に収まるように、極めて過酷な高精度化が要請されている。しかしながら引抜加工では、鋼材とダイスとの摩擦でダイスが発熱するために、引抜加工の開始初期の後の温度上昇の影響を受け、引抜加工の開始初期に対して鋼材の外径寸法のばらつき低減を図るには限界があった。
【0003】
特許文献1は、ダイスの外周部にヒータを搭載させ、ヒータによりダイスを150℃以上500℃以下の温度に加熱させた状態でマグネシウム合金棒線材を引抜加工させ、マグネシウム合金棒線材の断線を防止させた製造方法を開示する。しかし特許文献1によれば、マグネシウム合金棒線材を対象とするものであり、引抜加工の開始から終了までヒータは連続的にオンされており、ヒータによりダイスを150℃以上500℃以下の温度に加熱させた状態でマグネシウム合金棒線材を引抜加工させるため、マグネシウム合金棒線材の外径のばらつきを抑制させるには限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−17114号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし特許文献1によれば、引抜加工の開始から終了まで、ヒータによりダイスを150℃以上500℃以下の温度に連続的に加熱させた状態でマグネシウム合金棒線材を引抜加工させるため、線材の断線を防止抑制する為の製造方法を対象としており、マグネシウム合金棒線材の外径のばらつきを抑制させるには限界がある。更に、従来技術として、ダイスを加熱させるのではなく、線材自体を加熱させる技術が存在するが、この場合には、線材自体が加熱されるため、線材の外径寸法のばらつきを抑制させるには限界がある。本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、引抜加工の開始初期から鋼材の外径寸法のばらつきを抑制させ、鋼材の外径寸法の安定化を図り得る鋼材引抜加工方法および鋼材引抜用ダイス装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本発明の様相1に係る鋼材引抜加工方法は、所定の長さをもつ複数の鋼材からなる鋼材群と、鋼材をこれの長さ方向に沿って通過させるダイス孔をもつ引抜加工用のダイスを保持する鋼材引抜用ダイス装置とを用意する工程と、鋼材群の鋼材をダイスのダイス孔に順に通過させて引抜加工させる引抜工程とを実施する鋼材引抜加工方法であって、鋼材群の鋼材をダイスで引き抜き開始するのに先立って、ダイスを加熱源により加熱させて、ダイスの温度を、引抜加工時のダイスの温度域、または、引抜加工時のダイスの温度域に対して70%〜100%の温度域に昇温させる昇温操作を実施し、昇温操作後に、鋼材の引抜加工を開始することにより、引抜加工の開始初期から鋼材の外径寸法の安定化を図ることを特徴とする。
【0007】
この場合、鋼材群の鋼材をダイスで引き抜き開始するのに先立って、ダイスを加熱源により加熱させて、ダイスの温度を、引抜加工時のダイスの温度域、または、引抜加工時のダイスの温度域に対して70%〜100%の温度域に昇温させる昇温操作を実施させる。この場合、引抜加工時のダイスの温度域に対して下限値としては、75%、80%、85%、90%が例示される。引抜加工時のダイスの温度域に対して上限値としては、100%、98%、95%、92%が例示される。ダイスの昇温操作後に、鋼材の引抜加工を開始する。これにより引抜加工の開始初期からダイスの温度を適温域にできる。よって、引抜加工の開始初期から鋼材の外径寸法の安定化を図ることができる。
【0008】
引抜加工の開始時刻からしばらく経過すれば、引抜加工による摩擦熱によるダイスの昇温と、ダイスの放熱とが釣り合い、ダイスの温度が安定し、引抜加工の開始時刻以降の時期において、例えば中期および終期において、鋼材の外径寸法の安定化を図ることができる。加熱源としては、ダイスを加熱できるものであれば何でも良く、電気加熱、誘導加熱等が挙げられる。誘導加熱は高周波誘導加熱でも良いし、低周波誘導加熱でも良いし、発熱抵抗体による通電加熱でも良い。加熱源としては、鋼材引抜用ダイス装置から離脱されていても良いし、あるいは、鋼材引抜用ダイス装置に一体的に組み込まれていても良い。加熱温度としては、引抜加工時におけるダイス自体によって相違する。引抜加工時におけるダイス温度が100℃となる場合には、引抜加工に先立って、加熱源をオンさせてダイスの温度を70℃〜100℃の範囲内の温度域に昇温させる。引抜加工時におけるダイス温度が120℃となる場合には、引抜加工に先立って、加熱源をオンさせてダイスの温度を100℃(約83%)〜110℃(約92%)の範囲内、または、100℃〜120℃の範囲内の温度域に昇温させる。要するに、引抜加工の開始に先立って、ダイスの温度を、引抜加工時のダイスの温度域に対して70%〜100%の温度域に予め昇温させる。なお、引抜加工途中においては加熱源をオフさせておくことが好ましい。ダイスを通過させる鋼材としては、棒鋼及び線材、冷間鍛造用線材等が挙げられる。
【0009】
(2)本発明の様相2に係る鋼材引抜加工方法によれば、上記様相において、加熱源は、鋼材引抜用ダイス装置から離脱されており、昇温操作は、ダイスを鋼材引抜用ダイス装置から離脱させた状態において、鋼材引抜用ダイス装置から離脱されている加熱源によりダイスを加熱させる操作と、その後、加熱させたダイスを鋼材引き抜き加工装置に取り付ける操作とにより実施されることを特徴とする。加熱源は、鋼材引抜用ダイス装置から離脱されている。昇温操作は、ダイスを鋼材引抜用ダイス装置から離脱させ、その状態において、鋼材引抜用ダイス装置から離脱されている加熱源によりダイスを加熱させて行う。このためダイス以外への伝熱が抑制され、ダイスの温度を正確に設定させ易い。その後、所定温度に昇温させたダイスを鋼材引き抜き加工装置に取り付ける。その後、引抜加工を開始させる。本様相によれば、引抜加工の開始初期からダイスを適温域に昇温できるため、引抜加工の開始初期から鋼材の外径寸法の安定化を図るのに有利である。
【0010】
(3)本発明の様相3に係る鋼材引抜用ダイス装置は、鋼材を通過させるダイス孔をもつ引抜加工用のダイスと、ダイスを嵌合させる凹部をもつケースと、ダイスを加熱させる加熱源とを具備しており、加熱源は、引抜加重が加熱源に作用することを抑制させるように、ダイス孔の中心軸線に対して直交する軸直角方向においてダイスと重ならない位置に配置されていることを特徴とする。引抜加工において引抜加重が加熱源に作用することが抑制され、引抜加重に起因する加熱源の損傷が抑制され、加熱源の耐久性の向上、長寿命化を図り得る。
【0011】
(4)本発明の様相4に係る鋼材引抜用ダイス装置は、鋼材を通過させるダイス孔をもつ引抜加工用のダイスと、先端開口からダイスを嵌合させて保持させる凹部をもつケースと、ダイスを加熱させる加熱源と、ケースの凹部の先端開口を覆うようにケースに固定されケースの凹部に嵌合されたダイスを外れ止めする被覆カバーとを具備しており、加熱源は、被覆カバーに配置されていることを特徴とする。引抜工程において、ケースの先端に取り付けられた被覆カバーには、引抜荷重が作用しにくい。加熱源は、被覆カバーに配置されているため、引抜加重が加熱源に作用することが抑制される。ひいては、引抜加重に起因する加熱源の損傷が抑制され、加熱源の保護性が高められる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、引抜加工の開始初期から鋼材の外径寸法のばらつきを抑制させることができる。鋼材の外径寸法の安定化を図ることができ、信頼性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施形態1に係り、鋼材引抜用ダイス装置の要部を分解させた斜視図である。
【図2】実施形態1に係り、鋼材引抜用ダイス装置の断面図である。
【図3】実施形態1に係り、鋼材引抜用ダイス装置から離脱させたダイスを加熱源に載せて加熱させている状態を示す断面図である。
【図4】鋼材の外径寸法の変化を示す試験例に係るグラフである。
【図5】実施形態2に係り、鋼材引抜用ダイス装置の断面図である。
【図6】実施形態3に係り、鋼材引抜用ダイス装置の断面図である。
【図7】実施形態4に係り、時間とダイスの温度との関係を模式的に示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(実施形態1)
図1〜図3は実施形態1の概念を示す。鋼材をこれの長さ方向に沿って通過させるダイス孔20をもつ引抜加工用のダイス2を保持する鋼材引抜用ダイス装置1を用意する。図1および図2に示すように、鋼材引抜用ダイス装置1は、主として、中心軸線Pをもつダイス孔20をもつ引抜加工用のダイス2と、先端開口30からダイス2を嵌合させて保持させる凹部31をもつケース3と、ケース3を嵌合させて保持させる保持孔40をもつフレーム4と、ケース3の凹部31の先端開口30を覆うようにケース3に固定されケース3の凹部31に嵌合されたダイス2を外れ止めする被覆カバー5とを有する。被覆カバー5は、線材を通過させる通過孔5xをもつ。図2に示すように、ケース3は、線材を通過させる通過孔33xをもつ底部33と、円筒形状をなす外周部35とをもつ。
【0015】
凹部31をもつカバーは、ダイス孔20の中心軸線Pに対して直交する方向に延びるリング状の凹底壁面36と、ダイス孔20の中心軸線Pに沿って延びるリング状の凹内周壁面37と、ダイス孔20の中心軸線Pに対して直交する方向に延びるリング状の先端壁面38とを備えている。図2に示すように、ダイス2は、取付孔23をもつ合金鋼で形成された円筒形状の第1ダイス21と、第1ダイス21の円筒形状の取付孔23に嵌合された超硬合金で形成された円筒形状の第2ダイス22とで構成されている。超硬合金は、タングステンカーバイド等の高い硬度をもつ硬質相と、硬質相を分散させたコバルト等の母相とを主要成分とする。図3に示すように、加熱源7は鋼材引抜用ダイス装置1に搭載されておらず、鋼材引抜用ダイス装置1から離間するように離脱されている。加熱源7は、誘導加熱で加熱させるダイス2を載せる平坦な加熱面70を備えている。
【0016】
まず、鋼材群の鋼材をダイス2で引き抜く引抜工程を開始するのに先立って、予め、カバー5をケース3から取り外し、ダイス2をケース3の凹部31から外しておく。このようにダイス2を鋼材引抜用ダイス装置1から離脱させておく。このように離脱させたダイス2を加熱源7の加熱面70に載せ(図3参照)、その状態で、ダイス2の温度を、引抜加工時のダイス2の温度域、または、引抜加工時のダイス2の温度域に対して70%〜100%の温度域に昇温させる昇温操作を実施する。
【0017】
この場合、図2に示すように、超硬合金で形成された円筒形状の第2ダイス22の先端開口部22eが加熱源7の加熱面70に接触または接近するよりも、合金鋼で形成された円筒形状の第1ダイス21の背面部21xが加熱源7の加熱面70に接触または接近するように、ダイス2を位置決めさせる。合金鋼で形成された第1ダイス21は均一に誘導加熱させ易いと考えられる。このため、引抜加工時において鋼材と直接的に接触する超硬合金で形成された第2ダイス22を、第1ダイス21で間接的に加熱させる度合を高めたいからである。殊に、図3から理解できるように、超硬合金で形成された第2ダイス22の外周面22pの全体は、第1ダイス21の取付孔23の内周面23i全体で包囲されているため、硬質相が母相に分散された超硬合金で形成された第2ダイス22を均一加熱させるのに有利である。なお、加熱源7は設定温度に対して自動的に制御され、加熱源7で加熱されるダイス2をその設定温度またはその近辺の温度に自動的に維持できるようにされている。
【0018】
次に、加熱源7に基づいて鋼材引抜用ダイス装置1から離間した状態で昇温されたダイス2を、ケース3の凹部31に嵌合させる。次に、カバー5をケース3の先端壁面38にあてがうように、カバー5をケース3に図略の取付具(螺子等)を介して取り付ける。これにより昇温させたダイス2を鋼材引抜用ダイス装置1に組み付ける。次に、鋼材Wを矢印WA方向に移動させて鋼材の引抜加工を開始することにより、鋼材Wをこれの長さ方向に沿ってダイス孔20に通過させて引抜加工工程を実施させる。
【0019】
このように本実施形態によれば、引抜加工の開始初期から、適温域に昇温されて径方向に熱膨張されたダイス2を用いることができる。このため引抜加工の開始初期から、ダイス2の径方向の寸法の熱膨張量を適切化できる。ひいては、引抜加工の開始初期から、鋼材の外径寸法のばらつきを低減でき、鋼材の外径寸法の安定化を図ることができる。ダイス2を通過させる鋼材としては、棒鋼及び線材、冷間鍛造用線材等が挙げられる。鋼材の材質としては炭素鋼、合金鋼、普通鋼、快削鋼等が挙げられる。
【0020】
図4は試験結果を示す。本試験では、引抜加工時のダイス2の温度Ttargetを100℃とする。複数組の鋼材からなる鋼材群を用意しておく。そして、鋼材をダイス2で引き抜き開始するのに先立って、すなわち、引抜工程の開始に先立って、ダイス2を鋼材引抜用ダイス装置1から離脱させた。このように離脱させたダイス2を加熱源7の加熱面70に載せ、その状態で、ダイス2の温度を、引抜加工時のダイス2の温度Ttargetに対して80%の温度域とし、即ち、80℃としてダイス2を誘導加熱で昇温させた。加熱時間は2〜5分間、殊に3分間とした。
【0021】
図4において横軸は引抜加工した鋼材の本数を示し、縦軸は引抜加工後の外径寸法を示す。×印で表される特性線W1は、従来例を示す。○印で表される特性線W2は、実施例を示す。鋼材の材質はSTKM13Bとした。引抜加工は鋼材に油をかけつつ実施した。
【0022】
特性線W1として示すように、従来例によれば、引抜加工の開始初期において、ダイス3の径方向の熱膨張量が必ずしも充分ではないため、鋼材の外径寸法は、引抜加工の中期および終期に形成された鋼材の外径寸法よりも小さ目にできる。このような従来例によれば、引抜加工における初期から終期までを観察すると、鋼材の外径寸法が高精度化されているものの、外径寸法のばらつきが発生する傾向がある。これに対して本試験例によれば、特性線W2として示すように、引抜加工における初期から終期までを観察すると、外径寸法のばらつきが小さく抑えられており、鋼材の外径寸法が高精度化されていた。本実施形態によれば、鋼材がパイプ状であるときには、ダイス2のダイス孔20内に芯金(図示せず)を浮遊状態で配置させておくこともできる。
【0023】
(実施形態2)
図5は実施形態2を示す。本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、同様の作用効果を有する。以下、相違する部分を中心として説明する。鋼材引抜用ダイス装置1Bは、鋼材を通過させるダイス孔20をもつ引抜加工用のダイス2と、ダイス2を嵌合させる凹部31をもつケース3と、ケース3の凹部31の先端開口30を覆うようにケース3に固定されケース3の凹部31に嵌合されたダイス2を外れ止めする被覆カバー5と、ダイス2を加熱させる加熱源7とを備えている。このように加熱源7は鋼材引抜用ダイス装置1Bに組み込まれている。加熱源7は、中心軸線Pに対して同軸的配置となるようにケース3に内蔵された誘導コイルで形成されている。加熱源7は制御部により設定温度に対して自動的に制御され、ダイス2をその設定温度またはその近辺の温度に自動的に維持できる。ダイス孔20の中心軸線Pに対して直交する軸直角方向を矢印PDとして示す。矢印PDにおいて、加熱源7はダイス2と重ならない位置に配置されている。すなわち、中心軸線Pと平行にダイス2を投影すると、矢印PDにおいてダイス2の投影領域はSDとして示される。図5に示すように、矢印PDにおいて、加熱源7は、ダイス2の投影領域SDと重ならないように、ダイス2の投影領域SDの外周側に配置されている。このため引抜加工において、ダイス2に作用する引抜加重が加熱源7に直接的に作用することが抑制され、加熱源7が引抜荷重で損傷することが抑制される。なお、引抜加工時において、基本的には、引抜荷重はケース3の凹部31の平坦状の凹底壁面36に負荷されるが、ダイス2のリング状の先端壁面38には負荷されにくい。上記したように加熱源7は鋼材引抜用ダイス装置1Bに内蔵されているため、ケース3からダイス2を離脱させずとも、ダイス2を迅速に加熱できる。引抜加工に先立って、加熱源7をオンさせておくものの、引抜加工の途中では加熱源7をオフさせておくことが好ましい。但し、場合によっては、引抜加工の途中であっても、ダイス2の温度が低めの加工初期であれば、加熱源7をオンさせ加熱源7からダイス2に伝熱させることもできる。この場合、引抜加工の開始前における加熱源7の単位時間当たりの発熱量よりも、単位時間当たりの発熱量を小さくすることができる。
【0024】
(実施形態3)
図6は実施形態3を示す。本実施形態は実施形態1,2と基本的には同様の構成、同様の作用効果を有する。以下、相違する部分を中心として説明する。鋼材引抜用ダイス装置1Cは、鋼材を通過させるダイス孔20をもつ引抜加工用のダイス2と、ダイス2を嵌合させる凹部31をもつケース3と、ケース3の凹部31に嵌合されたダイス2を外れ止めする被覆カバー5と、ダイス2を加熱させる加熱源7とを備えている。被覆カバー5は、ケース3の凹部31の先端開口30を覆うように、ケース3の先端壁面38にあてがわれて固定されるものであり、ダイス2の上流側からダイス2に対向している(図6参照)。このように加熱源7は鋼材引抜用ダイス装置1Cに組み込まれている。すなわち、加熱源7は、中心軸線Pの回りに配置された誘導加熱コイルで形成されており、被覆カバー5のうちダイス2に対向する対向面50側に配置されている。加熱源7に通電されると、加熱源7によりダイス2が昇温される。この場合、ダイス2の第1ダイス21が誘導加熱されて昇温され、第1ダイス21で包囲されている第2ダイス22に伝熱され第2ダイス22が昇温される。加熱源7は設定温度に対して制御部により自動的に制御され、ダイス2をその設定温度またはその近辺の温度に自動的に維持できる。ヒータ加熱源7は鋼材引抜用ダイス装置1Cに内蔵されているため、ケース3からダイス2を離脱させずとも、ダイス2を迅速に加熱できる。引抜加工時において、基本的には、引抜荷重はケース3の凹部31の凹底壁面36(図6参照)に負荷され、被覆カバー5には負荷されない。従って、図6に示すように、被覆カバー5に加熱源7が取り付けられていれば、引抜荷重に起因する加熱源7の損傷が抑えられ、加熱源7の耐久性の向上、長寿命化を図り得る。図6に示すようにカバー5に設けられている加熱源7は、ダイス2の先端面200に直接的に対面するため、ダイス2を効果的に加熱できる。
【0025】
引抜加工に先立って、加熱源7をオンさせておくものの、引抜加工の途中では加熱源7をオフさせておくことが好ましい。但し、場合によっては、引抜加工の途中(鋼材をダイス2に通した後)であっても、ダイス2の温度が低めの加工初期であれば、加熱源7をオンさせて加熱源7からダイス2に伝熱させることもできる。この場合、引抜加工の開始前における加熱源7の単位時間当たりの発熱量よりも、単位時間当たりの発熱量を小さくすることができる。
【0026】
(実施形態4)
図7は実施形態4を示す。本実施形態は、加熱源7が搭載されている鋼材引抜用ダイス装置1B,1Cを用いる実施形態2,3と基本的には同様の構成を有し、同様の作用効果を有する。図7の横軸は時間を示し、縦軸はダイス2の温度を示す。まず、所定の長さをもつ複数の鋼材からなる鋼材群を用意する。鋼材としては、棒鋼及び線材、冷間鍛造用線材等が例示される。鋼材の材質は炭素鋼、合金鋼、普通鋼、快削鋼等が挙げられる。
【0027】
引抜加工時におけるダイス2の温度をTtargetとする。温度Ttargetは鋼材の材質、減面率等に応じて適宜設定でき、70〜120℃の範囲内で、例えば100℃と設定される。但しこれに限定されるものではない。N1は、最初の鋼材(1〜2トン)をダイス2に通過させる第1回目の引抜加工を示す。N2は、同じ鋼種、サイズの2番目の鋼材(1〜2トン)をダイス2に通過させる第2回目の引抜加工を示す。N3は、同じ鋼種、サイズの3番目の鋼材(1〜2トン)をダイス2に通過させる第3回目の引抜加工を示す。N4は、同じ鋼種、サイズの4番目の鋼材(1〜2トン)をダイス2に通過させる第4回目の引抜加工を示す。以下、同様に複数回の引抜加工を実施する。
【0028】
まず、最初の鋼材をダイス2に通過させる第1回目の引抜加工N1の開始前において、引抜加工前のダイス2は常温域にされている。第1回目の引抜加工N1の開始に先立ち、加熱源7をオンさせる。これにより、特性線Tに基づいて、ダイス2の温度を、引抜加工時におけるダイス2の温度Ttargetに対して80〜98%程度の範囲の温度Ta(Ta<Ttarget)に自動的に昇温させる。ダイス2が温度Taに到達したら、制御部は加熱源7を自動的にオフさせる。このように第1回目の引抜加工N1の開始に先立ってダイス2の温度を適温域に加熱させるため、第1回目の引抜加工N1の実施にあたり、これの開始初期α1から鋼材の外径寸法のばらつきを低減できる。
【0029】
第1回目の引抜加工N1が終了すれば、鋼材とダイス2との摩擦熱の発生が無くなるため、ダイス2の温度は特性線Tに基づいて低下し、温度はTRなる。しかし第2回目の引抜加工N2の開始に先立ち、制御部は、鋼材引抜用ダイス装置1B,Cに搭載されている加熱源7を再びオンさせる。加熱源7をオンさせると、加熱源7は自動的に設定温度に昇温する。これにより、ダイス2は、特性線Tに基づいて、引抜加工時におけるダイス2の温度Ttargetに対して80〜100%程度、あるいは、80〜99%程度の温度Tb(Tb<Ttarget)に自動的に昇温される。温度Tbは、温度TRと温度Ttargetとの間に位置することが好ましい。ダイス2が温度Tbに到達したら、制御部は加熱源7を自動的にオフさせる。このように第2回目の引抜加工N2の実施にあたり、これの開始初期α2からダイス2の温度が適温域に自動的に加熱昇温されるため、開始初期から鋼材の外径寸法のばらつきを低減できる。
【0030】
第2回目の引抜加工N2が終了すれば、ダイス2の温度は特性線Tに基づいて低下し、温度はTRとなる。しかし第3回目の引抜加工N3の開始に先立ち、制御部は、鋼材引抜用ダイス装置1B,1Cに搭載されている加熱源7を再びオンさせる。加熱源7をオンさせると、加熱源7は自動的に設定温度に昇温する。これによりダイス2は特性線Tに基づいて、引抜加工時におけるダイス2の温度Ttargetに対して80〜99%程度の温度Tc(Tc<Ttarget)に自動的に昇温される。温度Tcは、温度TRと温度Ttargetとの間に位置することが好ましい。このため第3回目の引抜加工N3の実施にあたり、これの開始初期α3から鋼材の外径寸法のばらつきを低減できる。
【0031】
第3回目の引抜加工N3が終了すれば、ダイス2の温度は特性線Tに基づいて低下し、温度はTRとなる。しかし第4回目の引抜加工N4の開始に先立ち、鋼材引抜用ダイス装置1B,1Cに搭載されている加熱源7により、ダイス2は特性線Tに基づいて、引抜加工時におけるダイス2の温度Ttargetに対して80〜99%程度の温度Td(Td<Ttarget)に昇温される。温度Tdは、温度TRと温度Ttargetとの間に位置することが好ましい。このため第4回目の引抜加工N4の実施にあたり、これの開始初期α4から鋼材の外径寸法のばらつきを低減できる。第5回目の引抜加工、第6回目の引抜加工……についても同様である。
【0032】
このように加熱源7が一体的に搭載されている鋼材引抜用ダイス装置1B,Cによれば、鋼材引抜用ダイス装置1B,1Cから加熱源7を離脱させる操作をその都度実施せずとも良い。このため複数個の鋼材を連続的に引抜加工させるにあたり、各引抜加工の開始初期α1,α2,α3,α4からダイス2の温度を制御部により適温域に維持できるため、鋼材の外径寸法のばらつきを低減できる。
【0033】
従来例の昇温形態を図7において破線として示す。従来例によれば、第1回目の引抜加工N1の開始初期α1では、ダイス2の温度の昇温が充分ではないため、鋼材の外径寸法のばらつきが発生し易い。第2回目の引抜加工N2の開始初期α2では、ダイス2の温度の昇温が充分ではないため、鋼材の外径寸法のばらつきが発生し易い。第3回目の引抜加工N3の開始初期α3では、ダイス2の温度の昇温が充分ではないため、鋼材の外径寸法のばらつきが発生し易い。第4回目の引抜加工N4の開始初期α4では、ダイス2の温度の昇温が充分ではないため、鋼材の外径寸法のばらつきが発生し易い。本実施形態によれば、鋼材の外径寸法のばらつきを抑えるためには、Ta=Tb=Tc=Td…の関係、あるいは、Ta≒Tb≒Tc≒Td…の関係にできる。Ta,Tb,Tc,Tdは温度Ttargetに極力近づけることができる。
【0034】
場合によっては、引抜加工の減面率が大きくて引抜加工の摩擦熱が大きいときには、Ta<Tb<Tc<Td…の関係でも良い。ダイス2の単位時間あたりの放熱が大きいときには、Ta>Tb>Tc>Td…の関係でも良い。なお、図7の縦軸で示される温度の上昇および下降の程度は、明確化のため誇張されている。図7に示す本実施形態はあくまでも一実施形態であり、本発明はこの昇温形態に限定されるものではない。1回で引抜加工する鋼材の重量は1〜2トンとされているが、これに限定されるものではない。本実施形態においても図1,図2,図5,図6に示す装置を使用できる。
【0035】
(実施形態5)
本実施形態は前記した実施形態4と基本的には共通する構成、共通する作用効果を有する。但し本実施形態によれば、外気温度、外気への放熱性等を考慮して、引抜加工時における温度Ta,Tb,Tc,Tdを設定する。この場合、Ta,Tb,Tc,Td<Ttargetの関係を維持させつつ、厳寒地や冬期等のように外気温度が低いときに比較して、酷暑地や夏期等のように外気温度が高いときには、引抜加工時における温度Ta,Tb,Tc,TdをΔα(例えば0.3〜3℃,外気温度℃に対して1/100〜1/10の範囲内)相対的に低めにすることができる。またTa,Tb,Tc,Td<Ttargetの関係を維持させつつ、夏期等のように外気温度が高いときに比較して、冬期等のように外気温度が低いときには、引抜加工時における温度Ta,Tb,Tc,Tdを相対的にΔβ(例えば0.3〜3℃)高めとすることができる。本実施形態においても図1,図2,図5,図6に示す装置を使用できる。
【0036】
(その他)
各実施形態において加熱源7としては、ダイス2を誘導加熱させて昇温させる方式ではなく、ダイスに直接通電する通電加熱によりダイスを昇温させる方式としても良い。鋼材がパイプ状であるときには、ダイス2のダイス孔20内に芯金(図示せず)を浮遊状態で配置させておくこともできる。引抜加工の開始に先立って、ダイスの温度を、例えば、引抜加工時のダイスの温度域に対して80%〜100%の温度域、90%〜95%の温度域に予め昇温させることができる。本発明は上記し且つ図面に示した実施形態のみに限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施できる。
【符号の説明】
【0037】
1は鋼材引抜用ダイス装置、2はダイス、20はダイス孔、21は第1ダイス、22は第2ダイス、23は取付孔、3はケース、30は先端開口、31は凹部、33は底部、35は外周部、4はフレーム、5は被覆カバー、7は加熱源、70は加熱面を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の長さをもつ複数の鋼材からなる鋼材群と、鋼材をこれの長さ方向に沿って通過させるダイス孔をもつ引抜加工用のダイスを保持する鋼材引抜用ダイス装置とを用意する工程と、
鋼材群の鋼材をダイスのダイス孔に通過させて引抜加工させる引抜工程とを実施する鋼材引抜加工方法であって、
鋼材群の鋼材をダイスで引き抜き開始するのに先立って、ダイスを加熱源により加熱させて、ダイスの温度を、引抜加工時のダイスの温度域、または、引抜加工時のダイスの温度域に対して70%〜100%の温度域に昇温させる昇温操作を実施し、昇温操作後に、鋼材の引抜加工を開始することにより、引抜加工の開始初期から鋼材の外径寸法の安定化を図ることを特徴とする鋼材引抜加工方法。
【請求項2】
請求項1において、加熱源は、鋼材引抜用ダイス装置から離脱されており、
昇温操作は、ダイスを鋼材引抜用ダイス装置から離脱させた状態において、鋼材引抜用ダイス装置から離脱されている加熱源によりダイスを加熱させる操作と、その後、加熱させたダイスを鋼材引き抜き加工装置に取り付ける操作とにより実施されることを特徴とする鋼材引抜加工方法。
【請求項3】
鋼材を通過させるダイス孔をもつ引抜加工用のダイスと、ダイスを嵌合させる凹部をもつケースと、ダイスを加熱させる加熱源とを具備しており、
加熱源は、引抜加工における引抜加重が加熱源に作用することを抑制させるように、ダイス孔の中心軸線に対して直交する軸直角方向においてダイスと重ならない位置に配置されていることを特徴とする鋼材引抜用ダイス装置。
【請求項4】
鋼材を通過させるダイス孔をもつ引抜加工用のダイスと、先端開口からダイスを嵌合させて保持させる凹部をもつケースと、ダイスを加熱させる加熱源と、ケースの凹部の先端開口を覆うようにケースに固定されケースの凹部に嵌合されたダイスを外れ止めする被覆カバーとを具備しており、加熱源は、被覆カバーに配置されていることを特徴とする鋼材引抜用ダイス装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate