説明

鋼板のスポット溶接方法

【課題】 良好な作業性を確保しつつ溶接継手の疲労強度を向上させることが可能な、鋼板のスポット溶接方法を提供する。
【解決手段】 本発明の溶接方法は、鋼板{板厚t(mm)、引張強さTS(MPa)}のスポット溶接継手の疲労強度を向上させる溶接方法において、スポット溶接後の保持時間Ht(ms)のうち(Ht=200t−80)、初期加圧力Pi(kN)で[Pi=2.45t{又はPi=2.45t(TS/270)0.5}]、初期加圧力保持時間Hti(ms)経過した後に(0.35Ht≦Hti≦0.65Ht)、初期加圧力Pi(kN)から後期加圧力Pa(kN)に加圧力を上昇させ(1.5Pi≦Pa≦2.5Pi)、後期加圧力Pa(kN)で後期加圧力保持時間Hta(ms)経過させる(Hta=Ht−Hti)ことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度鋼板を含む鋼板のスポット溶接継手の疲労強度を向上させるスポット溶接方法に関し、特に、自動車用部品の取付けや車体の組立てなどで使用されるスポット溶接方法において、鋼板のスポット溶接継手の疲労強度を向上させるスポット溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の低燃費化、CO2排出量削減および衝突安全性向上等の対策のため、自動車分野では、自動車の車体や部品などに、従来の薄肉の軟鋼に代わり薄肉の高強度鋼板を使用するニーズが高まっている。
【0003】
自動車の車体の組立てや部品の取付けなどには、スポット溶接方法が主に用いられているが、高強度鋼板をスポット溶接方法で溶接する場合には、以下のような問題がある。
【0004】
すなわち、スポット溶接部(溶接継手)の品質指標としては、引張強さとともに疲労強度が重要となる。溶接継手の引張強さは鋼板の引張強さとともに増加するが、溶接継手の疲労強度は、鋼板の引張強さが増加してもほとんど増加しない。
【0005】
例えば、引張強さが270MPaの軟鋼板の代わりに、引張強さが590MPaの高強度鋼板を用いれば、スポット溶接継手の引張せん断強さ(溶接継手のせん断方向に引張荷重を負荷した場合の引張強さ)はほぼ2倍になる。しかし、この場合でも、溶接継手のせん断方向に繰り返し荷重を負荷した場合の疲労強度、例えば、応力負荷の回数が2×106回においても疲労破断しない最高荷重を疲労強度と定義すると、この疲労強度は増加せず軟鋼板の場合とほぼ同じ値を示す。
【0006】
このように、疲労強度が低い値を示す原因としては、従来から報告されているように、スポット溶接部のノッチ形状が考えられる。すなわち、図1で示すように、鋼板1の間に存在するナゲット2の周辺の重ね面での接触部分がノッチ形状になっているため、引張せん断方向(矢印方向)3に荷重を負荷して疲労試験を行った場合、鋼板の引張強さが高くても、このノッチ効果によって疲労強度が向上しないと考えられる。
【0007】
特に、高強度鋼板を用いた場合には、軟鋼板を用いた場合に比べて、ナゲット部の硬さが増加するので、このノッチ効果は顕著になる。一方、剥離方向{引張せん断方向(矢印方向)3と垂直な方向}に荷重を負荷して疲労試験を行った場合にも、高強度鋼板の溶接継手の疲労強度は増加せず軟鋼と同等である。
【0008】
この場合は、ナゲット周辺部での応力集中が顕著であり、局部の応力負荷が高まり、そこでクラックが発生し易くなるため、引張せん断方向に繰り返し荷重を負荷した場合に比べて、疲労強度は一桁程度低下する。
【0009】
一般に、鋼板の引張強さが増加するほど、下記式で示される炭素当量Ceqの値が高くなる傾向にあり、高強度鋼板のCeqの値は、0.2を超えることが知られている。
Ceq=C+Si/30+Mn/20+2P+4S
式中、C、Si、Mn、P、および、Sは、それぞれ、鋼中の炭素、珪素、マンガン、リン、硫黄の各含有量(質量%)を示す。
【0010】
このように、高強度鋼板の引張強さが増加するとともに、その鋼板の炭素当量Ceqが高くなるため、引張強さが高い高強度鋼板ほどスポット溶接部(ナゲット部)と熱影響部の硬さが高くなり、その結果、靱性が低下して破壊が容易に起こり易くなる。
【0011】
また、高強度鋼板では、軟鋼に比べてスプリングバック(加工後の弾性的回復によるはね返り)量が大きいため、スポット溶接部には引張の残留応力が発生して疲労強度が低下し易くなったり、また、相対的な延性低下により割れが発生して疲労強度や静的強度が低下し易くなったりする。
【0012】
以上の理由で、高強度鋼板のスポット溶接部の疲労強度は、高強度鋼板の引張強さが増加しても増加せず、軟鋼と同程度になると考えられる。
【0013】
従来の高強度鋼板のスポット溶接において、溶接継手の疲労強度を向上させる手段としては、スポット溶接の通電が完了した後、一定時間経過後にテンパー通電を行い、スポット溶接部(ナゲット部)と熱影響部を焼鈍して硬さを低下させ、残留応力を変化させる方法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0014】
しかし、この方法は、テンパー通電の適正な条件範囲の幅が非常に狭く、また、操業条件の変化により再現性が乏しいという実用上の問題がある。特に、めっき鋼板を連続的に打点してスポット溶接する場合には、打点数の増加とともに、電極先端がめっきとの合金化反応によって劣化し、電極先端径が増大して電流密度が低下し、最適なテンパー通電条件から外れるため、安定的に継手の疲労強度を向上させることが困難となる。
【0015】
スポット溶接部の疲労強度を向上させる方法としては、これ以外にも、疲労強度特性が優れた鋼板を用いてスポット溶接する方法が知られている(例えば、特許文献1〜6参照。)。
【0016】
しかし、これらの方法は、軟鋼板のスポット溶接に関するものであり、高強度鋼板のスポット溶接部の疲労強度を向上させる方法ではない。
【0017】
また、高強度鋼板のスポット溶接部の疲労強度を向上させる方法としては、加圧力や保持時間をある範囲に設定することで、溶接部に圧縮残留応力を導入する方法があるが(例えば、特許文献7参照。)、保持時間が長くなることや、軟鋼板と高強度鋼板とでのスポット溶接部が混在する場合を考慮すると、実溶接ラインでの適用は現実的な方法とは言えない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開昭63−317625号公報
【特許文献2】特開平02−163323号公報
【特許文献3】特開平05−263184号公報
【特許文献4】特開平09−268346号公報
【特許文献5】特開平10−008187号公報
【特許文献6】特開平11−279689号公報
【特許文献7】特開2004−122153号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】「鉄と鋼」、第68巻(1982年)第9号、第1444〜1451頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
前述のように、高強度鋼板をスポット溶接した場合の溶接継手の疲労強度は、軟鋼板をスポット溶接した場合の疲労強度と変わらないため、自動車分野において高強度鋼板を用いても、高強度鋼板を用いることによる安全性向上や軽量化による低燃費化、CO2排出量削減のメリットを十分に享受することができない。
【0021】
溶接継手の疲労強度を向上させるため、スポット溶接打点数を増やす従来方法を採用することもできるが、この方法は、作業効率の低下、コスト上昇および設計自由度の制約などの問題を抱えている。
【0022】
そこで、本発明は、これらの従来技術における問題を解決するために、軟鋼のみならず高強度鋼板のスポット溶接において、良好な溶接作業性を確保しつつ溶接継手の疲労強度を向上することができる、鋼板のスポット溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者は、スポット溶接継手の疲労強度が、ナゲット周辺の残留応力状態に依存することから、ナゲット周辺の残留応力状態を何らかの手段で改善すれば、溶接継手の疲労強度を高めることができるとの発想の下に、ナゲット周辺の残留応力状態を改善する手法について鋭意検討した。
【0024】
その結果、スポット溶接時の通電時間終了後の保持時間中に溶接加圧力を増大させることにより、溶接部周辺に圧縮残留応力を導入し、溶接継手の疲労強度を効果的に高めることができることを見出した。
【0025】
本発明は、上記の知見に基づきなされたもので、その要旨は、以下のとおりである。
【0026】
(1) 鋼板スポット溶接継手の疲労強度を向上させる溶接方法において、
スポット溶接後の保持時間Ht(ms)のうち、初期加圧力Pi(kN)で初期加圧力保持時間Hti(ms)経過した後に、初期加圧力Piから後期加圧力Paに加圧力を上昇させ、後期加圧力Pa(kN)で後期加圧力保持時間Hta(ms)経過させる溶接方法として、
前記の後期加圧力Pa(kN)は下記(式1)を満たし、
前記の初期加圧力保持時間Hti(ms)は下記(式2)を満たし、
前記の後期加圧力保持時間Hta(ms)は下記(式3)を満たし、
前記の初期加圧力Pi(kN)は被溶接材として引張強さTS<430MPaの鋼板を用いる場合は下記(式4)、また引張強さTS≧430MPaの鋼板を用いる場合は下記(式5)を満たし、
前記の保持時間Ht(ms)は下記(式6)を満たす
ようにそれぞれ設定してスポット溶接することを特徴とする、鋼板のスポット溶接方法。
1.5×Pi≦Pa≦2.5×Pi (kN) (式1)
0.35×Ht≦Hti≦0.65×Ht (ms) (式2)
Hta=Ht−Hti (ms) (式3)
Pi=2.45×t (kN) (式4)
Pi=2.45×t×(TS/270)0.5 (kN) (式5)
Ht=200×t−80 (ms) (式6)
ただし、tは鋼板板厚(mm)、TSは鋼板の引張強さ(MPa)。
【0027】
(2) 前記鋼板が、体積分率で5%以上25%以下の残留オーステナイトを含有するミクロ組織の加工誘起変態型複合組織鋼板であることを特徴とする、上記(1)に記載の鋼板のスポット溶接方法。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、自動車用部品の取付けおよび車体の組立てなどで用いる高強度鋼板等のスポット溶接において、良好な溶接作業性を確保しつつ溶接継手の疲労強度を向上させることができる。したがって、これにより、自動車分野等で高強度鋼板適用による安全性向上や軽量化による低燃料費、CO2排出量削減のメリットなどを十分に享受できる等、本発明の社会的な貢献は多大である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】スポット溶接部の疲労試験の負荷状況を、疲労試験片のナゲット部を含む板面に垂直な断面図で模式的に示す図である。
【図2】上下の電極間に二枚の鋼板を重ねてスポット溶接する本発明を、上下の電極間を部分拡大した断面図で模式的に示す図である。
【図3】本発明のスポット溶接における、加圧力と溶接電流の時間的変化を模式的に示す図である。
【図4】高強度鋼板(TS=590MPa級、板厚1.2mm)をスポット溶接(ナゲット径ND:5.5mm)した際における後期加圧力と初期加圧力比Pa/Piおよび後期加圧力保持時間と保持時間比Hta/Htと、溶接継手の疲労強度の評価結果(○、×)との関係を示す図である。
【図5】高強度鋼板(TS=590MPa級、板厚2.0mm)をスポット溶接(ナゲット径ND:7mm)した際における初期加圧力と後期加圧力比Pa/Piおよび後期加圧力保持時間と保持時間比Hta/Htと、溶接継手の疲労強度の評価結果(○、×)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明者は、先ず、高強度鋼板のスポット溶接において、溶接継手の疲労強度を向上させる方法として、
(a)溶接金属(ナゲット)端部のノッチ形状を変えて、応力集中が起こり難くする方法、
(b)溶接金属(ナゲット)部とその周辺の熱影響部(HAZ)の硬さを低下させる方法、
および、
(c)溶接金属(ナゲット)部周囲に圧縮残留応力を発生させて、相対的に残留引張応力を低減させる方法、
の大きく3つの方法について検討した。
【0031】
(a)の方法については、例えば、非特許文献1に記載されているように、意図的に溶接中に散り(通電中、鋼板間に生成された溶融部の直径が銅電極の先端直径より大きくなって、鋼板の隙間から溶融金属が飛散する現象)を発生させて、溶接金属(ナゲット)部の端部形状を変化させる方法が知られているが、この方法では、溶接金属(ナゲット)部の端部形状がばらつき、実際、疲労強度もかなりばらつくことが知られている。
【0032】
(b)の方法としては、前述のように、溶接終了後に一定時間非通電のまま保持(冷却)した後、再度溶接部に一定時間通電(後通電)して、溶接部をテンパー処理する方法が知られている。しかし、この方法は、既に述べたように、溶接部のテンパー処理のための最適通電条件範囲が非常に狭く、また、操業条件の変化などにより再現性が乏しいという問題を抱えている。
【0033】
本発明者は、(c)の方法として、電極による溶接部への加圧と溶接金属(ナゲット)部周囲のマルテンサイト変態による体積膨張を利用し残留応力状態を改善する方法が有効であると考え、鋭意実験を行った。その結果、スポット溶接時の通電時間終了後の保持時間中に溶接加圧力を増加させてやることにより、ナゲット周囲に圧縮残留応力を発生させ、溶接継手の疲労強度を向上させることができることを見出した。
【0034】
本発明は、前述したように上記知見に基づいてなされたものである。以下、詳細に説明する。
【0035】
図2は、本発明のスポット溶接を説明するための図である。まず、スポット溶接では、被接合材である2枚の鋼板1を重ね合わせ、その重ね合わせ部に銅製の溶接電極4を加圧力(負荷方向)5で加圧しながら通電し、2枚の鋼板1の間に溶融金属部を形成させる。この溶融金属部は、溶接通電終了後、水冷された電極への抜熱や鋼板への熱伝導により冷却されて凝固し、2枚の鋼板1の間に溶接金属(ナゲット)2が形成される。
【0036】
鋼板をスポット溶接した場合、溶接後の溶融金属(ナゲット)部とその周辺の熱影響部(HAZ)においては、凝固、冷却過程でマルテンサイト変態が起きる際に体積膨張が起きるが、その後、さらに室温までの冷却過程で熱収縮が起き、最終的に形成される溶接金属(ナゲット)部周辺には、引張応力が残留した状態になる。この引張残留応力は、ナゲット端部のノッチ形状とともに、鋼板のスポット溶接継手の疲労強度を低下せしめる主な原因であると考えられる。
【0037】
本発明では、鋼板のスポット溶接の際、下記(式1)を満たすような後期加圧力Pa(kN)、下記(式2)を満たすような初期加圧力保持時間Hti(ms)、下記(式3)を満たすような後期加圧力保持時間Hta(ms)、被溶接材として引張強さTS<430MPaの鋼板を用いる場合は下記(式4)、また引張強さTS≧430MPaの鋼板を用いる場合は下記(式5)を満たすような初期加圧力Pi(kN)、下記(式6)を満たすような保持時間Ht(ms)に設定にしてスポット溶接を行う。
【0038】
1.5×Pi≦Pa≦2.5×Pi (kN) (式1)
0.35×Ht≦Hti≦0.65×Ht (ms) (式2)
Hta=Ht−Hti (ms) (式3)
Pi=2.45×t (kN) (式4)
Pi=2.45×t×(TS/270)0.5 (kN) (式5)
Ht=200×t−80 (ms) (式6)
ただし、tは鋼板板厚(mm)、TSは鋼板の引張強さ(MPa)。
【0039】
初期加圧力と初期加圧力保持時間、後期加圧力と後期加圧力保持時間及び保持時間は、それぞれ図3に示すとおりである。
【0040】
なお、被溶接材として引張強さTS<430MPaの鋼板を用いる場合は、(式4)が、引張強さTS≧430MPaの鋼板を用いる場合は、(式5)が、それぞれ最も代表的な加圧力算出式として知られている。これは、鋼板の引張強さが大きくなる場合には、通電経を確保するために電極加圧力を増加させる必要があるからである。保持時間Htについても、(式6)によって定義されるものが、最も代表的なものとして知られている。保持時間は、溶接部が一定温度以下なるまで電極による水冷加圧を行うことで、溶接部に内部欠陥を防ぐ目的がある。このため、保持時間は、被溶接材の引張強さには関係がなく、その板厚tのみに依存する式で設定される。また、加圧力設定と測定は、溶接機内部にトルクコントロール機構とロードセルを内蔵することで可能となる。
【0041】
後期加圧力、初期加圧力保持時間、後期加圧力保持時間、初期加圧力を上記(式1)、(式2)、(式3)、(式4)、(式5)を満たすように設定すると、ナゲット部を変形させることが可能となり、その結果、ナゲット部周囲に残留応力を導入させることが可能となって、溶接継手の疲労強度が向上する。
【0042】
後期加圧力Paは、上記(式1)に従って、また後期加圧力保持時間Htaは(式2)に従って設定するが、該(式1)、(式2)を導出する根拠となった実験結果の一例を図3に示す。
【0043】
図4は、先端径が6mm、先端曲率径が40mmのJIS−DR6φ型電極を用い、板厚1.2mmの引張強さTS=590MPa級鋼板をスポット溶接し、直径5.5mmのナゲットを形成させた場合における後期加圧力と初期加圧力比Pa/Pi、後期加圧力保持時間と保持時間比Hta/Ht、溶接継手の疲労強度の評価結果(図中の○印および×印)との関係を示している。
【0044】
図5は、先端径が6mm、先端曲率径が40mmのJIS−DR8φ型電極を用い、板厚2.0mmの引張強さTS=590MPa級鋼板をスポット溶接し、直径7mmのナゲットを形成させた場合における後期加圧力と初期加圧力比Pa/Pi、後期加圧力保持時間と保持時間比Hta/Ht、溶接継手の疲労強度の評価結果(図中の○印および×印)との関係を示している。図4、図5中において、溶接継手の疲労強度が引張強さTS=590MPaの鋼板を初期加圧力Pi一定で溶接した時の疲労強度に対して向上したものを○、向上しないものを×で示した。
【0045】
図4、図5から、鋼板をスポット溶接する際には、保持時間中に加圧力を増加させ、後期加圧力Pa(kN)と後期加圧力保持時間Hta(ms)を上記(式1)、(式2)に従って設定すれば、疲労強度が良好な溶接継手を形成させることが可能だとわかる。なお、図4では、板厚が1.2mm、図5では、板厚が2.0mmの場合の実験結果の例を示したが、一般に、自動車用部品や車体などで疲労強度が必要な部位に使用される鋼板の板厚1.0〜2.3mmにおいても、同様に充分な効果を奏することができることを確認している。
【0046】
本発明の上記(式1)は、鋼板の引張強さと板厚を変化させて、図4、図5に示すように、Pa/Pi、Hta/Htと溶接継手の疲労強度との関係を実験的に確認して求めたものである。
【0047】
スポット溶接時の後期加圧力が、上記(式1)の下限値より低い場合には、ナゲット径の拡大によりナゲット(溶接金属部)の周囲に十分な圧縮残留応力を導入させることができず、溶接継手の疲労強度向上の効果がほとんど認められない。
【0048】
一方で、スポット溶接時の後期加圧力が、上記(式1)の上限値より高い場合は、溶接時に変形抵抗が低下した加圧部表面に大きな圧痕が生じて、金属板の外観形状を悪化させ、また、加圧部の板厚を薄くしてしまい溶接継手の静的強度や疲労強度を低下させるという問題が生じる。
【0049】
さらに、後期加圧力保持時間が、上記(式2)の下限値より短い場合は、溶接部が常温に近い程度にまで冷却された後に増加圧をするために、圧縮残留応力の導入が図れない。
【0050】
一方で、後期加圧力保持時間が、上記(式2)の上限値より長い場合は、溶接部の温度が高いために、増加圧による圧縮残留応力の導入効果よりも変形抵抗が低下することによる加圧部表面の板厚減から生じる疲労強度の低下効果の方が大きくなってしまうという問題が生じる。
【0051】
本発明では、上記(式1)のように、スポット溶接時の後期加圧力及び後期加圧力保持時間を規定することにより、溶接金属部周囲に圧縮残留応力を導入し、溶接継手の疲労強度の向上に寄与することができる。
【0052】
後期電極加圧力、後期加圧力保持時間以外の溶接条件、例えば、溶接時の溶接電流、溶接時間、などは通常の溶接条件に準ずればよく、特に規定する必要はない。
【0053】
溶接電極は水冷されているので、溶接後の電極保持時間が長くなると、溶接部の冷却速度が速くなって硬さが上昇し、靱性が低下して破壊しやすくなる。この観点から、溶接後の電極保持時間はより短い方が良いが、一方、あまり短く設定すると、溶融金属が凝固しないうち加圧力がなくなるため、散りが発生して溶接金属(ナゲット)端部のノッチ形状が悪化するなどの弊害がある。
【0054】
また、溶接金属部とその周囲の温度があまり下がらない内に電極による加圧力を除荷すると、溶接金属部周囲に十分な圧縮残留応力が導入されないため、疲労強度が向上しない。また、保持時間内での後期加圧力開始時間を上記(式2)のように設定し、溶接金属部とその周囲の温度がある程度まで下がってからより大きい加圧力を与えることが、圧縮残留応力を導入するために重要である。
【0055】
それ故、溶接継手の疲労強度向上の観点から、溶接後の後期加圧力保持時間は、上記(式2)に従って設定するのが好ましい。
【0056】
また、被溶接材の厚みtについても特に規定する必要がない。一般に、自動車用部品や車体などで疲労強度が必要な部位に使用される鋼板の板厚は、1.0〜2.3mmであるが、本発明は、この板厚において充分に効果を奏することができる。
【0057】
電極形状についても特に規定する必要はない。JIS C 9304に規定されているように、F型、R型、D型、DR型、CF型、CR型、EF型、ER型、P型があるが、どの電極についても本発明で充分に効果を発揮できる。
【0058】
さらに、鋼板の種類についても特に限定する必要がない。固溶型、析出型(例えば、Ti析出型、Nb析出型)、2相組織型(例えば、フェライト中にマルテンサイトを含む組織、フェライト中にベイナイトを含む組織)、加工誘起変態型(フェライト中に残留オーステナイトを含む組織)など、いずれの型の鋼板にも本発明を適用できる。
【0059】
鋼板の製造方法は、熱間圧延法でも冷間圧延法でも良く、裸鋼板でもめっき鋼板でも良い。被覆するめっきの種類は、導電性のものならいずれの種類(例えば、Zn、Zn−Fe、Zn−Ni、Zn−Al、Sn−Zn、など)であっても良いが、目付量は表裏面とも100g/m2以下のものが望ましい。
【0060】
鋼板が、特に、フェライト中に体積分率で5%以上25%以下の残留オーステナイトを含有する加工誘起変態型複合組織鋼板である場合、溶接継手の疲労強度の向上が著しくなり好ましい。この加工誘起変態型複合組織鋼板は、組織中に残留オーステナイトを含有し、鋼板の加工時に残留オーステナイトがマルテンサイトに変態することにより高い伸び特性が得られることが知られている。
【0061】
本発明者らは、被溶接材として加工誘起変態型複合組織鋼板を用いた種々の実験結果から、スポット溶接時の溶接条件を上記各式を満たす範囲内に設定した場合、組織中に残留オーステナイトを含有しない他の鋼板に比べて、溶接継手の疲労強度が向上することを見出した。
【0062】
この疲労強度向上のメカニズムについては十分には明らかになっていないが、加工誘起変態型複合組織鋼板を用いた場合、ナゲット(溶接金属部)周囲の鋼板の熱影響部(HAZ)の残留オーステナイトは、電極先端の加圧力によりマルテンサイト変態を起こし、この変態による体積膨張によりナゲットの周囲に弾性歪が蓄積され、最終的に高い圧縮残留応力が導入されるためではないかと推定される。
【0063】
なお、加工誘起変態型複合組織鋼板のうち、ミクロ組織が、体積分率5%未満の残留オーステナイトを含有するものは本発明による効果を十分に発揮出来ない。また、体積分率25%を超える残留オーステナイトを含有するものは、鋼板の製造制約から生産出来ない。
【0064】
通常、ナゲット形成部周囲には、溶接後の収縮によって引張残留応力が導入されるため、せん断方向に繰り返し荷重を負荷する疲労試験の場合には、この部分で疲労破壊が起こり易かったが、本発明では、ナゲット形成部周囲への圧縮残留応力の導入によりこれが緩和され、従来に比べ、溶接継手の疲労強度が向上したものと考えられる。
【実施例】
【0065】
以下に実施例により本発明の効果を説明するが、本発明は、実施例で用いた条件に限定されるものではない。
(実施例1)
表1に示す板厚1.0〜2.3mm、引張強さ270〜1180MPaの鋼板から、スポット溶接継手の疲れ試験方法(JIS Z 3138)に基づく引張せん断疲労試験片を作製した。
【0066】
鋼板の種類は、軟鋼(記号:270E)、2相複合組織型高強度鋼(記号:590Y、780Y、980Y、1180Y)、析出強化型高強度鋼(記号:340P、370P)、固溶強化型高強度鋼(記号:440W)である。なお、これらの鋼板の種類は、日本鉄鋼連盟規格品を指す。
【0067】
その後、これらの試験片を、同鋼種の組み合わせで重ね合わせ、JIS−DR型電極を用いて、表1の溶接条件でスポット溶接を行って溶接継手を作製した。
【0068】
得られた溶接継手について、スポット溶接継手の疲れ試験方法(JIS Z 3138)に基づき、溶接継手のせん断方向に負荷して疲労試験を実施した。表1にその結果を示す。表1に示す疲労強度は、疲労試験を応力比:0.05、周波数:20Hzの条件で片振り試験を行った際の2×106回における疲労強度である。
【0069】
表1に示したように、溶接後の後期加圧力Pa(kN)、溶接後の後期加圧力保持時間Hta(ms)が請求項1の発明で規定する下記(式1)および(式2)の範囲内にある270E継手(条件No.3)、980Y継手(条件No.4)の疲労強度は、従来例である270E継手(条件No.1)、980Y継手(No.2)、溶接後の後期加圧力Pi(kN)、溶接後の後期加圧力保持時間Hta(ms)が、請求項1の発明で規定する(式1)および(式2)の範囲内にない270E継手(条件No.11)、980Y継手(条件No.12)に比べて高い値を示した。
1.5×Pi≦Pa≦2.5×Pi (kN) (式1)
0.35×Ht≦Hti≦0.65×Ht (ms) (式2)
【0070】
また、溶接後の後期加圧力、溶接後の後期加圧力保持時間が請求項1の発明で規定する(式1)および(式2)の範囲内にある270E継手(条件No.5、7、9)、980Y継手(No.6、8、10)についても調査を行ったが、いずれも請求項1の発明で規定する(式1)および(式2)の範囲内にない270E継手(条件No.1)、980Y継手(条件No.2)に比べて高い値を示した。
【0071】
さらに、それぞれの鋼種について、溶接後の後期加圧力Pa(kN)、溶接後の後期加圧力保持時間Hta(ms)が請求項1の発明で規定する(式1)、(式2)の範囲内にない他の場合(条件No.13〜18)について調査したが、いずれも、従来例である270E継手(No.1)、980D継手(No.2)と同程度であり、本発明の条件範囲内に設定された場合には、高い疲労強度が得られることがわかった。
【0072】
板厚を変化させた場合も調査を行ったが、溶接後の後期加圧力、溶接後の後期加圧力保持時間が請求項1の発明で規定する(式1)、(式2)の範囲内である、板厚下限の1.0mm(No.21)、上限の2.3mm(No.22)のそれぞれの溶接継手は、従来例である1.0mm(No.19)、2.3mm(No.20)に対して疲労強度の改善が認められた。
【0073】
590Y継手(No.23、25、27、29)、780Y継手(No.24、26、28、30)についても、前述の270E継手、980継手と同様な結果を得た。
【0074】
念のために、鋼板強度が異なる340P継手(No.31、35)、370P継手(No.32、36)、440W継手(No.33、37)、1180Y継手(No.34、38)についても本発明の効果が確認できた。
【0075】
加工誘起変態型複合組織鋼板(特開2002−129286号公報に記載の発明同等品)である590T継手(No.42)、780T継手(No.43)、980T継手(No.44)は、本発明の効果が確認出来た上に、同等強度クラスの他鋼種の590Y、780Y、980Yに比較して更なる強度向上が認められた。
【0076】
【表1】

【符号の説明】
【0077】
1 高強度鋼板
2 溶接金属(ナゲット)
3 疲労試験荷重の負荷方向
4 溶接電極
5 加圧力(負荷方向)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板スポット溶接継手の疲労強度を向上させる溶接方法において、
スポット溶接後の保持時間Ht(ms)のうち、初期加圧力Pi(kN)で初期加圧力保持時間Hti(ms)経過した後に、初期加圧力Piから後期加圧力Paに加圧力を上昇させ、後期加圧力Pa(kN)で後期加圧力保持時間Hta(ms)経過させる溶接方法として、
前記の後期加圧力Pa(kN)は下記(式1)を満たし、
前記の初期加圧力保持時間Hti(ms)は下記(式2)を満たし、
前記の後期加圧力保持時間Hta(ms)は下記(式3)を満たし、
前記の初期加圧力Pi(kN)は被溶接材として引張強さTS<430MPaの鋼板を用いる場合は下記(式4)、また引張強さTS≧430MPaの鋼板を用いる場合は下記(式5)を満たし、
前記の保持時間Ht(ms)は下記(式6)を満たす
ようにそれぞれ設定してスポット溶接することを特徴とする、鋼板のスポット溶接方法。
1.5×Pi≦Pa≦2.5×Pi (kN) (式1)
0.35×Ht≦Hti≦0.65×Ht (ms) (式2)
Hta=Ht−Hti (ms) (式3)
Pi=2.45×t (kN) (式4)
Pi=2.45×t×(TS/270)0.5 (kN) (式5)
Ht=200×t−80 (ms) (式6)
ただし、tは鋼板板厚(mm)、TSは鋼板の引張強さ(MPa)。
【請求項2】
前記鋼板が、体積分率で5%以上25%以下の残留オーステナイトを含有するミクロ組織の加工誘起変態型複合組織鋼板であることを特徴とする、請求項1に記載の鋼板のスポット溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−110816(P2010−110816A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−77147(P2009−77147)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】