説明

鋼線の製造方法

【課題】伸線工程および熱処理(パテンティング)工程を含む製造プロセスを改良することで、一次伸線での加工限界を向上するとともに、製造プロセス全体のの省エネルギー化を実現できる鋼線の製造方法を提供する。
【解決手段】炭素を含有するパーライト組織からなる高炭素鋼材から鋼線を製造する方法である。高炭素鋼材に対し、X=Ln(t)−40000/T+52(ここで、tは熱処理時間(s)であり、Tは熱処理温度(K)であって、熱処理温度Tは、673K以上Ac1点以下の範囲内の温度である)で定義されるXが0.8≦X≦17.8を満足する条件にて一次熱処理を行った後、該一次熱処理後の高炭素鋼材に対し、一次伸線、最終熱処理、最終伸線および撚り線を順次行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼線の製造方法に関し、詳しくは、高炭素鋼材から伸線工程および熱処理(パテンティング)工程を経て鋼線を製造するプロセスの改良に係る鋼線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ゴム物品の補強等に用いられるスチールコードは、図2に示すような製造プロセスを経て製造されている。すなわち、まず、線径3.8〜6.5mmのパーライト鋼材を、2〜3mm程度に伸線する(一次伸線)。その後、一次伸線で加工硬化した鋼材を800〜1000℃に加熱し、500〜650℃に等温保持して、パーライト組織に戻す熱処理(パテンティング処理)を行って、軟化させる(一次熱処理)。その後、鋼材を二次伸線にて所定の線径(0.6〜2mm程度)まで伸線し、最終パテンティング処理、めっき処理、最終伸線および撚り線を順次実施して、製品を製造している。
【0003】
このように、従来のスチールコードの製造工程では、その後の工程での加工負荷や鋼材の脆化による断線多発から生ずる伸線加工限界の抑制の目的で、最終伸線工程を除き、伸線後には熱処理を実施していた。また、一次伸線および二次伸線に要する電力は、一台の伸線機で数100kWにもなり、非常に大きな電力負荷となっていた。
【0004】
上記の伸線加工限界の向上および製造工程に掛かるエネルギーの削減に関する改良技術として、例えば、特許文献1には、鋼材の作製段階で、強度が低く、軟らかいパーライト組織を作製する技術が開示されている。しかし、この場合、熱処理後の冷却を遅くする必要があり、さらに焼き戻し熱処理も必要で、非常に時間を要するため、生産性が悪いという問題がある。また、パーライト組織を有するので、大きな強度低下を見込めないという難点もあった。
【0005】
また、特許文献2には、良好な金属組織を作り込むことで、伸線加工量が高くても脆化を抑制できる熱間圧延鋼材が開示されている。しかし、この場合、強度が高いままなので、一次熱処理はスキップできても、伸線時の省エネルギー効果は得られない。
【0006】
さらに、特許文献3には、伸線加工時の発熱の抑制および直線加工装置後の鋼材温度の制御により、ブルーイング処理なしに高延性のPC鋼を得る方法が開示されている。しかし、この場合、鋼材温度の領域が100〜300℃と低いため、ラメラが分断できず、強度は高いままとなり、省エネルギー効果は少ない。
【0007】
さらにまた、特許文献4には、鋼材の熱処理時の冷却をコントロールして、パーライト組織中のセメンタイトのアスペクト比を10以下とすることで、強度の低い鋼材とし、省エネルギーで高加工可能な高延性の鋼材とする方法が開示されている。この特許文献4に開示された手法によれば、省エネルギー効果も熱処理工程の削減効果も有効に奏しうるものと考えられる。しかし、この手法では、鋼材の強力低下はせいぜい10%程度であり、大きな省エネルギー効果は見込めない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−300497号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開2001−181789号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献3】特許第2618564号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献4】特許第2641081号公報(特許請求の範囲等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように、スチールコードの製造方法については、従来、種々の改良技術が提案されてきているが、いずれも、十分な省エネルギー効果と、高加工に耐えうる高延性鋼材とを両立できる方法ではなかった。また、生産性の点でも十分でない場合があった。
【0010】
そこで本発明の目的は、伸線工程および熱処理(パテンティング処理)工程を含む製造プロセスを改良することで、一次伸線での加工限界を向上するとともに、製造プロセス全体のの省エネルギー化を実現できる鋼線の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は鋭意検討した結果、一次伸線に先立って、鋼材に対し所定条件下で熱処理を実施することにより、上記課題を解決できることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の鋼線の製造方法は、炭素を含有するパーライト組織からなる高炭素鋼材から鋼線を製造する方法であって、
前記高炭素鋼材に対し、X=Ln(t)−40000/T+52(ここで、tは熱処理時間(s)であり、Tは熱処理温度(K)であって、熱処理温度Tは、673K以上Ac1点以下の範囲内の温度である)で定義されるXが0.8≦X≦17.8を満足する条件にて一次熱処理を行った後、該一次熱処理後の高炭素鋼材に対し、一次伸線、最終熱処理、最終伸線および撚り線を順次行うことを特徴とするものである。
【0013】
本発明においては、前記一次熱処理を、823K以上Ac1点以下の範囲内の熱処理温度Tで、下記式、
7.5≦X≦17.8
を満足する条件にて行うことが好ましい。また、前記一次熱処理を、3.6ks以上86.4ks以下の熱処理時間tで行うことも好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、一次伸線での加工限界を向上するとともに、製造プロセス全体の省エネルギー化を図ることができる鋼線の製造方法を実現することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の鋼線の製造方法に係る製造プロセスを示す工程図である。
【図2】従来の鋼線の製造プロセスを示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の鋼線の製造方法の実施の形態について、詳細に説明する。
本発明の鋼線の製造方法は、炭素を含有するパーライト組織からなる高炭素鋼材に適用され、かかる高炭素鋼材から鋼線を製造するプロセスの改良に係るものである。具体的には例えば、0.5〜1.1質量%の炭素を含有する線径3.8〜6.5mmの高炭素鋼材に適用される。図1に、本発明の鋼線の製造方法に係る製造プロセスの工程図を示す。
【0017】
図示するように、本発明の鋼線の製造方法においては、まず、上記高炭素鋼材に対し、下記条件に従い一次熱処理を実施して、パーライト組織を分断させ、鋼材を軟化させた上で、一次伸線を実施する。すなわち、tを熱処理時間(s)、Tを熱処理温度(K)としたとき、
X=Ln(t)−40000/T+52
で定義されるXが、
0.8≦X≦17.8
を満足する条件にて一次熱処理を行う。ここで、熱処理温度Tは、673K以上であって、加熱時にパーライトがオーステナイトに変化する温度であるAc1点以下の範囲内の温度とする。
【0018】
本発明においては、高炭素鋼材に対し、最初にパーライト組織分断のための一次熱処理を実施することで、鋼材の強力を、約10%〜50%程度、大きく低下させることができる。この強力低下量は、熱処理条件を変えることで、容易に制御可能である。また、一次熱処理後の一次伸線による鋼材強度の向上および鋼材の脆化も抑制できることから、延性を維持しつつ、高加工に耐えうる鋼材とすることができる。このため、伸線加工電力を大幅に低減することができるとともに、従来行っていたような一次・二次伸線間における中間熱処理を要することなく、鋼材を脆化させずに所定の細径ワイヤまで一度に伸線加工することが可能となる。上記熱処理条件において、Xが0.8未満では鋼材が強度低下しないため、効果はなく、一方、Xが17.8を超えると、長時間の熱処理が必要となり、分断効果も低下するため実用的ではない。
【0019】
本発明に係る一次熱処理は、比較的短時間の処理で、効率的にパーライト組織を分断させることができるものである。ここで、パーライト組織を分断させる熱処理条件として、本発明における上記Xに係る式は、以下のように導出した。まず、パーライト組織の分断には鉄原子の拡散距離が律則になると考えられることから、拡散の公式(アインシュタインの式)より、
L=(2Dt)1/2
(L:平均拡散距離(m)、D:拡散係数(m/s)、t:時間(s))
ここで、拡散係数Dは温度の関数で表され、
D=DO×exp(−Q/RT)
(DO:振動数因子(m/s)、Q:活性化エネルギー(J/mol)、R:気体定数、T:温度(K))
となる。鉄同士の相互拡散の場合、DO=2.8×10−4/s、Q=251kJ/molであるので、これを用いて、熱処理条件を、温度と時間との関数として変換して導出した。
【0020】
上記一次熱処理のより好適な条件としては、効果的に省エネルギー化を図ることが可能で、熱処理時間のかからない下記の条件とする。すなわち、823K以上Ac1点以下の範囲内の熱処理温度Tで、下記式、
7.5≦X≦17.8
を満足する条件にて一次熱処理を行うことが好ましい。
【0021】
また、熱処理時間tとしては、均一に熱処理する上では3.6ks以上が好ましく、一方、長すぎると生産性が低下するため、86.4ks(一日)以下が好ましい。
【0022】
本発明においては、上記条件に従い一次熱処理を実施した後、一次熱処理後の高炭素鋼材に対し、例えば線径0.7〜2.6mmまで、一次伸線を行い、さらに、最終熱処理(パテンティング処理)を行って、強力と延性とを両立できるパーライト組織に戻した上で、最終伸線および撚り線を順次行う。
【0023】
最終伸線前にパーライト組織に戻すための最終熱処理(パテンティング処理)を実施するのは、一次熱処理後、一次伸線した鋼材のままでは、最終伸線において脆化させることなく強力を向上させながら伸線加工することができないためである。最終パテンティング処理を実施することにより最適なパーライト組織が再生されるため、最終伸線および撚り線での物性および品質を確保することができる。
【0024】
本発明においては、高炭素鋼材を、上記一次熱処理、一次伸線、最終パテンティング処理、最終伸線および撚り線の各工程により順次処理する点のみが重要であり、上記熱処理条件以外の各処理に係る処理条件については、特に制限されるものではなく、慣用に従い適宜決定することが可能である。例えば、熱処理時においては、鋼材の酸化を防止するために、不活性ガス(N,Ar等)雰囲気または真空中で熱処理を実施する。また、ゴム物品等の補強用のスチールコードを製造する際には、高炭素鋼材に対し、慣用に従い、めっき処理を行うことが必要である。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を、実施例を用いてより具体的に説明する。
線径5.5mmの0.8質量%高炭素鋼材を使用して、下記表中に示す条件に従い熱処理を実施し、得られた各鋼材サンプルの加工歪2および加工歪4での電力低減率と、線径0.7mmまでの伸線加工の可否について評価した。ここで、Ac1点はおよそ720〜800℃の範囲であった。その結果を、下記の表中に併せて示す。なお、加工歪2での電力低減率とは、線径5.5mmから2.02mmまで伸線を行った際の伸線電力を、加工歪4の電力低減率とは、線径5.5mmから0.74mmまで伸線を行った際の伸線電力を、それぞれ測定した結果から得たものである。また、0.7mmまでの伸線加工の可否判断は、断線せずに伸線可能であった場合を○とし、断線は発生したがサンプル作製は可能であった場合を△とした。
【0026】
【表1】

【0027】
上記表中の結果から、本発明に係る係数Xの条件に従う一次熱処理を実施することにより、鋼材の強力を制御して低下させることが可能となり、伸線加工時の電力を効果的に低減できるとともに、中間熱処理を行うことなく、細径のワイヤーまで一度に伸線加工することが可能となることが確かめられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を含有するパーライト組織からなる高炭素鋼材から鋼線を製造する方法であって、
前記高炭素鋼材に対し、X=Ln(t)−40000/T+52(ここで、tは熱処理時間(s)であり、Tは熱処理温度(K)であって、熱処理温度Tは、673K以上Ac1点以下の範囲内の温度である)で定義されるXが0.8≦X≦17.8を満足する条件にて一次熱処理を行った後、該一次熱処理後の高炭素鋼材に対し、一次伸線、最終熱処理、最終伸線および撚り線を順次行うことを特徴とする鋼線の製造方法。
【請求項2】
前記一次熱処理を、823K以上Ac1点以下の範囲内の熱処理温度Tで、下記式、
7.5≦X≦17.8
を満足する条件にて行う請求項1記載の鋼線の製造方法。
【請求項3】
前記一次熱処理を、3.6ks以上86.4ks以下の熱処理時間tで行う請求項1または2記載の鋼線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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