説明

錫めっき鋼板

【課題】耐スマッジ性に優れる錫めっき鋼板を提供する。
【解決手段】表面の粗さ曲面の算術平均面に対して、算術平均粗さ(Ra)の2倍以上の高さの凸部分の、ナノインデンテーション法で測定した硬さが2GPa以上であることを特徴とする錫めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐スマッジ性に優れる錫めっき鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
錫めっき鋼板は、鋼板に、錫めっき、加熱溶融処理、化成処理、塗油処理の各工程を順次施して製造される。錫めっき鋼板は、表面が脆く、表面が削れ易いという特徴を持っている。そのため、錫めっき鋼板が通過するラインでは、鋼板搬送ロール表面に削られた粉が堆積し、鋼板搬送ロール表面に粉が堆積することによって後続の錫めっき鋼板の表面を更に酷く削るようになる問題や、堆積した粉が製品に付着する問題がある。この問題を避けるため、鋼板搬送ロール表面を定期的に清掃し、堆積した粉を取り除く必要がある。
【0003】
削られた粉は、錫めっき鋼板表層の油、化成処理皮膜、錫めっきなどの混合物であり、スマッジと呼ばれる。スマッジは、表層の油分量が少ないと顕著に発生し易くなることが知られており(非特許文献1参照)、油分量には十分気を配る必要がある。しかしながら、十分な油分量を確保しても、スマッジの程度がある程度緩和されるのみで、スマッジに起因する前述の問題を確実に解消できるわけではない。また、製缶工程において、塗装工程などの熱処理工程を経た場合、油分が蒸発して、油の効果がキャンセルされる場合もある。従って、更なる耐スマッジ性の改善が必要である。
【非特許文献1】東洋鋼鈑株式会社、「ぶりきとティンフリー・スチール」、アグネ、1970年9月30日、p.192
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上述の状況を鑑み、耐スマッジ性に優れる錫めっき鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決する本発明の手段は、表面の粗さ曲面の算術平均面に対して、算術平均粗さ(Ra)の2倍以上の高さの凸部分の、ナノインデンテーション法で測定した硬さが2GPa以上であることを特徴とする錫めっき鋼板である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば耐スマッジ性に優れた錫めっき鋼板が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
錫めっき鋼板用のめっき原板は、冷間圧延した鋼板を焼鈍した後調質圧延を施して製造される。調質圧延では、めっき原板に所定の表面粗さが付与される。
【0008】
錫めっき鋼板は、めっき原板に、錫めっき、加熱溶融処理、化成処理、塗油処理の各工程を順位施して製造される。加熱溶融処理工程は、錫めっき工程で析出した錫を溶融させ、錫の一部を合金化して合金層(錫−鉄合金層)を形成し、また表面を平滑にして光沢を付与する。緻密な錫−鉄合金層は、耐食性を向上させる。合金化していない純錫層は、溶接性、光沢性に寄与するが、通板ロールに接触した際にめっき原板に付与された表面粗さの凹凸形状に対応するめっき表面粗さの凹凸形状の凸部が削られやすく、耐スマッジ性に悪影響を及ぼす。
【0009】
発明者等はナノインデンテーション法と呼ばれる方法で錫めっき層表面の微小領域の硬さを度測定した結果、純錫層の硬さは0.4〜0.5GPa程度であり、合金錫の硬さは、3〜5GPa程度であることを見出した。合金錫は、純錫層に比較して、10倍も硬い。もし、錫めっき鋼板の表面が全面合金錫であれば、耐スマッジ性は格段に向上するはずである。しかし、そのような錫めっき鋼板は、光沢が無く、溶接性も劣るので、特殊な用途以外では、商品価値はない。
【0010】
発明者らは、耐スマッジ性を向上させるには、錫めっき鋼板表面の他の物体と接触する部分だけを硬くすればよいということに想い至った。即ち、鋼板表面の凸部だけ合金層が露出していれば、耐スマッジ性が格段に向上するはずである。発明者らは、この考えに基づき、加熱溶融処理工程の加熱条件を変更して合金量の異なる錫めっき鋼板を作製し、錫めっき鋼板表面の粗さの凹凸形状の凸部の硬さと耐スマッジ性の関係を調査した。
【0011】
その結果、錫めっき鋼板表面の三次元粗さ曲面の凸部の硬さが、ナノインデンテーション法と呼ばれる方法で測定して2GPa以上であれば、耐スマッジ性が格段に向上することが確認された。ナノインデンテーション法は、ごく微小領域の硬さを測定できるので、このオーダーの硬さから鑑みて、合金錫が露出しているものと考えられる。また、合金量が同じであっても、めっき原板の表面粗さによって、錫めっき鋼板表面の凸部の硬さに違いが生じることがわかった。具体的には、表面粗さが大きくなると錫めっき鋼板表面の粗さの凹凸形状の凸部の硬さが高くなることがわかった。この理由は、表面粗さが大きくなると、粗さ形状の山の尾根は錫量が少なくなる傾向にあり、また合金化は地鉄からの距離に応じて進むので、表面粗さが大きいと、山の尾根で合金が露出し易くなるためと考えられる。従って、この耐スマッジ性に優れる鋼板を規定するには、合金錫量ではなく、錫めっき鋼板表面の三次元粗さ曲面の凸部の硬さで規定すべきであると考えた。
【0012】
ここで、錫めっき鋼板表面の三次元粗さ曲面の凸部とは、粗さ曲面の算術平均面に対して、算術平均粗さ(Ra)の2倍以上の高さの凸部分を指す。この部分は調圧工程で鋼板の長手方向と平行に形成される直線状の粗さ形状の尾根部に該当する(一般に砥石目と呼ばれる)。
【0013】
前記凸部を抽出するには、AFM(原子間力顕微鏡)画像で錫めっき鋼板表面の高さ分布を測定し、粗さの算術平均面に対して、算術平均粗さ(Ra)の2倍以上の高さの凸部を抽出すればよい。また抽出した複数の凸部の硬度を例えば十点以上測定し、その平均値を求め、これを該凸部の硬度とればよい。
【0014】
更に、錫めっき鋼板表面の凸部の硬さを制御する方法について検討を重ねた結果、鋼板に錫めっきを施した後に行なう加熱溶融処理工程での鋼板到達温度を通常よりも高くすることで、錫めっき鋼板表面粗さの凸部の硬さを2GPa以上にすることが可能であることを見出した。
【0015】
錫めっきを施した後に行なう加熱溶融処理工程は、錫を溶融させ、表面を平滑にする作用と、錫鉄間に緻密な錫−鉄合金層を形成させる作用とがある。表面が平滑になれば、相対的に、下地鋼板の表面粗さの凹凸形状の凸部は錫が少なくなり、凹部は多くなることに加えて、錫−鉄合金の生成は、投入する熱量と、鉄地からの距離で決定されるから、凸部は凹部に比べて、純錫層(金属錫)の量がさらに少なくなる。
【0016】
この考え方に基づき、原板表面粗さを粗くし、投入熱量を多く投入すれば、所望の皮膜形態が得られる。例えば、算術平均粗さRaが0.30μm以上のものを、ライン速度300MPMで、10秒間で、常温から300℃以上に加熱すれば所望の皮膜を得る事ができる。厳密には、加熱方法やライン特性によってこの値は前後する。この製造法で得られたものは、錫量の少ない凸部で錫が全て合金化して合金錫が表面に露出する部分が存在するようになり、錫めっき鋼板表面の三次元粗さ曲面の凸部の硬さが2GPa以上になり、その結果、優れた耐スマッジ性が得られ、また、三次元粗さ曲面の凹部表面に純錫層(金属錫)が存在することで、光沢と溶接性が確保される。
【0017】
本発明が対象とする錫めっき鋼板の錫付着量は0.5〜13g/mが好ましく、更に好適なのは0.5〜6g/mである。またCr付着量は1〜50mg/mの範囲が好ましく、更に好適なのは3〜10mg/mの範囲である。
【0018】
錫付着量に関しては、錫付着量が増えるほど相対的に表面粗さの凹凸の影響が小さくなり、本発明の効果が少なくなる。また、錫付着量が少ない範囲では、もともと耐スマッジ性が良好で、本発明の効果が発現されにくくなる。前記錫付着量範囲において耐スマッジ性向上効果がより顕著に発現される。
【0019】
Cr付着量については、塗料密着性、耐食性の点から前記範囲内で適宜範囲が選択される。Cr付着量が少ない方が耐スマッジ性に有利であるので、塗料密着性、耐食性などの品質に問題がない範囲でCr付着量を少なくする方が好ましい。
【0020】
次に本発明の錫めっき鋼板の製造方法について説明する。
【0021】
本発明の錫めっき鋼板の製造に使用するめっき原板は特に限定されない。常法で製造されたものでよい。調質圧延で、めっき原板に付与する表面粗さも通常付与される表面粗さでよい。
【0022】
電気錫めっきラインでは、めっき原板に、酸洗、脱脂処理等のめっき前処理を施した後、錫めっき、加熱溶融処理、クロムめっきなどの化成処理、塗油処理を順次施す。加熱溶融処理工程の鋼板到達温度を上記のように制御する以外は常法でよい。
【実施例】
【0023】
めっき原板として連続焼鈍後調質圧延した板厚0.20mm、算術平均粗さRaが0.27〜0.35μmの低炭素鋼冷延鋼板を準備した。調質圧延は、2スタンドの圧延機を用い、No.1スタンドはダル仕上げロールで圧延し、No.2スタンドはスクラッチ仕上げロールで圧延した。このめっき原板を錫めっき製造ラインに装入し、ライン速度400MPMにて錫めっき鋼板製造の定法に則り、酸洗、脱脂処理の後、2.8g/mの錫めっきを施した。続いて、錫めっき表面に光沢を与えるとともに、錫−鉄合金層をつくることを目的として、加熱溶融処理(リフロー処理)、急冷(クエンチ)を行った。その際、加熱溶融処理時の鋼板到達温度を制御することで、錫めっき鋼板表面の凸部において、合金層をめっき層表面まで成長させたもの、あるいは不十分なものを作製した。続いて、重クロム酸処理によって、金属クロム換算で6mg/mのクロムめっきを施し、その後、錫めっき鋼板に一般的に用いられる油(DOS;ジオクチルセバケート)を静電塗油法にて塗布し(塗布量5mg/m)、錫めっき鋼板表面の凸部において合金層の成長程度の異なる錫めっき鋼板を得た。
【0024】
上記で得た錫めっき鋼板表面の凸部の硬度と耐スマッジ性を調査した。硬度測定方法および耐スマッジ性評価方法について説明する。
【0025】
(硬度測定(ナノインデンテーション法))
Hysirtron Inc.製 Tribo Indenterを用い、AFM(原子間力顕微鏡)画像で錫めっき鋼板表面の高さ分布を測定し、粗さの算術平均面に対して、算術平均粗さRaの2倍以上の高さの凸部を抽出し、100μm×100μmの視野において、凸部の硬度を10点測定し、その平均硬度を凸部の硬度とした。ナノインデンテーション測定の圧子は、Berkovich(三角錐形)を用い、単一押し込み測定にて実施した。
【0026】
(耐スマッジ性評価)
試験片に、塗装を想定した210℃×10分の空焼を実施し、次いで、スマッジ試験を行った。スマッジ試験は、底面が50mm×50mm、質量300gの直方体の磁石を、ガーゼに包み(この際に底面が平滑になるように留意する)、試験片上に置いた。次に、ガーゼに包まれた磁石を板幅方向に700mm平行に移動させて、ガーゼの汚れ具合を確認した。結果、ガーゼに、汚れ付着が見られないものを◎、わずかに認められるものを○、はっきりと認められるものを×とした。
【0027】
加熱溶融処理の鋼板到達温度および調査結果を表1に記載する。
【0028】
【表1】

【0029】
実施例1〜6は、加熱溶融処理時の鋼板到達温度が300℃以上で製造した例であり、凸部の硬度が2GPa以上であり、良好な耐スマッジ性を示した。
【0030】
比較例1〜3は、加熱溶融処理時の鋼板到達温度が300℃未満で製造した例であり、凸部の硬度が2GPa未満であるため、耐スマッジ性が不良となった。比較例1〜3は、実施例1〜6に比較して、凸部の硬度が極端に低下しているが、これは、金属錫が凸部表面を完全に覆っていることを示す。即ち、鋼板が物体と接触する部位に軟らかい金属錫が存在する事で耐スマッジ性が悪化したものと考えられる。
【0031】
なお、実施例1〜6、比較例1〜3は、全て光沢外観であった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の錫めっき鋼板は、耐スマッジ性に優れ、また光沢を有し、溶接性も良好であるので、飲料缶、食品缶詰などの容器材料分野への使用に適するだけでなく、前記分野以外の錫めっき鋼板が用いられる多岐の用途分野に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の粗さ曲面の算術平均面に対して、算術平均粗さ(Ra)の2倍以上の高さの凸部分の、ナノインデンテーション法で測定した硬さが2GPa以上であることを特徴とする錫めっき鋼板。