説明

鏡像異性的に純粋なアミノアルコールの調製方法

本発明は式(1)で表される鏡像異性的に純粋なアミノアルコールの製造方法に関するもので、その方法は、(i) 式(3)で表されるケトンを式(4)で表されるラセミ体のアルコールに還元すること、(ii) 式(4)で表されるラセミ体のアルコールをリパーゼの存在下に無水コハク酸で鏡像異性選択的にアシル化して式(7)で表されるコハク酸半エステルを得ること、(iii) 式(7)で表されるコハク酸半エステルを式(4)の未反応鏡像異性体から取り除くこと、および(iv) 式(4)で表される鏡像異性的に純粋なアルコールをメチルアミンと反応させて式(1)で表される鏡像異性的に純粋なアルコールを得ること、により行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鏡像異性的に純粋なアミノアルコールの調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノアルコール1(図1)[(1S)-3-メチルアミノ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オール]は、医薬デュロキセチン(Duloxetine[登録商標])((+)-(S)-N-メチル-3-(1-ナフチルオキシ)-3-(2-チエニル)プロピルアミンオキサレート)を製造する場合の必要な中間体である。この中間体を調製するのにこれまで用いられてきた方法は複雑であり、且つ高価で不安定な試薬を必要とする。加えて、純粋な化合物を調製するためには、技術的に複雑なクロマトグラフィーが必要とされる[例えば、EP 273658 A1;Liu et.al., Chirality 2000, 12(1), 26-29;Wheeler et al., J. Labelled Comp. Radiopharm. 1995, 36(3), 213-23;US 5362886, EP 457559, Deeter et al., Tet. Lett. 1990, 31(49), 7101-4を参照されたい]。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
したがって本発明の目的は、簡潔で且つより経済的なDuloxetine[登録商標]またはその前駆体の製造方法を提供することである。
【0004】
本発明では、上記の異性体的に純粋な化合物への新規で経済的な経路について述べる。また、不要な副生成物を、クロマトグラフィーなしに、簡潔な方法で分離する方法についても述べる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ケトン3[3-クロロ-1-(2-チエニル)-1-プロパノン]から出発する、本発明による合成を図1に示す。本発明は式1で表される鏡像異性的に純粋なアルコールの調製方法に関するもので、その方法は、
(i) 式3で表されるケトンを式4で表されるラセミ体のアルコールに還元する工程、
(ii) 式4で表されるラセミ体のアルコールをリパーゼの存在下に無水コハク酸で鏡像異性選択的にアシル化して式7で表されるコハク酸半エステルを得る工程、
(iii) 式7で表されるコハク酸半エステルを式4で表される未反応鏡像異性体から分離する工程、
(iv) 式4で表される鏡像異性的に純粋なアルコールをメチルアミンと反応させて式1で表される鏡像異性的に純粋なアルコールを得る工程、
を含む。
【0006】
上記アルコール4は、出発化合物としてのケトン3[3-クロロ1-(2-チエニル)-1-プロパノン]を、例えばホウ水素化物、好ましくはNaBH4で還元することで、ラセミ体の形態で生成する(工程(i))。しかしながら、塩素機能の水素化により生成されるアルコール5[1-(2-チエニル)プロパン-1-オール]もこの還元の際に副生成物として低いパーセンテージで生成する。この副生成物(アルコール5)は、用いたケトン3の量の1〜15%の量になる。このアルコール5をこの工程で生成物4から分離するのは難しく、複雑なクロマトグラフィーを必要とする。
【0007】
有利なことに、5はメチルアミンと反応せず、また結晶化もしないので、この不純物は、メチルアミンとの反応に関連して、最後の工程(工程(iv))で分離する。
【0008】
次の工程(工程(ii))で、ラセミ体のアルコール4をリパーゼの存在下に無水コハク酸で鏡像異性選択的にアシル化してコハク酸半エステル7を得る。すなわち、一方の鏡像異性体がこの無水コハク酸と反応し、他方の鏡像異性体が改変されないで残る。リパーゼの立体特異性が、この反応におけるアシル化の選択性に関与している。
【0009】
通例では、記載の条件下では、アルコール4のR鏡像異性体がアシル化されてコハク酸半エステル7を生じ、4のS鏡像異性体(= 6)が改変されないで残る。
【0010】
本発明による方法には、有機合成で用いられているリパーゼの多くが適している(K. Faber, "Biotransformations in Organic Chemistry", Springer Verlag, Berlin, 2nd edition, 1995)。
【0011】
ArpignyおよびJager(Biochem. J. 1999, 343, 177-183, Table 1)により分類されているホモロジーファミリーI.1およびI.2のリパーゼは特に適している。これらのうち、Pseudomonas株例えばPseudomonas aeruginosa、Pseudomonas fragi、Pseudomonas wisconsinensis、Pseudomonas fluorescens、Pseudomonas vulgaris、Pseudomonas luteolaおよびPseudomonas spec. DSM8246、およびBurkholderia株例えばBurkholderia cepacia、Burkholderia glumaeおよびBurkholderia plantarii、ならびにAcinetobacter calcoaceticus、Chromobacterium viscosumおよびVibrio choleraeから単離されるリパーゼは特に適している。
【0012】
加えて、本発明による方法には、遺伝子工学を用いて改変または順応化または最適化することにより得られたリパーゼも適している。
【0013】
これらのリパーゼは、全細胞の形態で、あるいは無細胞抽出液として、あるいは精製タンパク質の形態で用いることができる。特に好ましいのは、半精製または高精製のタンパク質溶液形態にあるリパーゼを用いることである。
【0014】
これらのリパーゼは、当業者には知られている方法を用いて、支持体に固定化することもでき、その後に本発明による方法において用いることができる(例えばPersson et al. Biotechnology Letters 2000, 22(19) 1571-1575)。特に本方法を連続的に行う場合は、固定化リパーゼを用いるのは、好ましい実施形態でもある。このためには、リパーゼはカラム反応器または管型反応器中に固定して用いると有利である。
【0015】
上記反応(工程(ii))は、好ましくは有機溶媒、例えば炭化水素やエステル中で行われる。工程(ii)における反応に対して特に適している溶媒は、脂肪族炭化水素、例えばヘキサン、ヘプタンおよびオクタンまたはこれらの混合物である。非常に適しているその他の溶媒は、芳香族炭化水素、特にベンゼンとトルエンである。炭酸の低級アルキルエステル、例えばエチレンカーボネートやプロピレンカーボネートも非常に適している。
【0016】
さらなる反応(工程(iii))で、コハク酸半エステル(7)が次に未反応鏡像異性体(6)から分離される。これは、便宜上、コハク酸半エステル(7)またはその塩、特にそのアルカリ金属塩を水相で抽出することにより行われる。好ましい実施形態は、炭酸ナトリウムの存在下での水性抽出であり、これは実施例2に記載されている。
【0017】
上記アルコール4のどちらの鏡像異性体が必要とされているかに応じて、鏡像異性体6を含有する有機相か、コハク酸半エステル7の形態にある他方の鏡像異性体を含有する水相が次に後処理され得る。慣用の加水分解の方法を用いて、コハク酸半エステル7をコハク酸とアルコールの鏡像異性体とに開裂させることができる。
【0018】
さらなる反応(工程(iv))で、所望の鏡像異性的に純粋なアルコールがメチルアミンと反応して鏡像異性的に純粋なアミノアルコール1を生じる。
【0019】
これは、通常、実施例3に記載されているように、水およびメタノールの存在下でメチルアミンを用いて行われる。この工程で、工程(i)で生成しここまで同伴してきた少量の副生成物5が分離される。副生成物5はメチルアミンと反応せず、1がこのあと例えば再結晶により精製されるときに容易に除去できるためである。
【0020】
本発明による方法を用いて高鏡像異性純度で調製することができるアミノアルコール1は、冒頭に記載した医薬Duloxetine[登録商標]を製造するのに必要な前駆体である。
【実施例】
【0021】
実施例1:4[3-クロロ1-(2-チエニル)プロパン-1-オール]の調製
0℃において、204g(1.21モル)のケトン3を、トルエン400mLとメタノール200gからなる混合物に、初めに導入した。30%NaOHを2g加えたあと、ホウ水素化ナトリウム21.4gを2.5時間かけて少しずつ加えた。この反応混合物を0℃にて40分間撹拌したあと、これを氷冷の10%酢酸500mLに加えた。水相を分離したあと、有機相を硫酸ナトリウムで乾燥させその溶媒を取り除いた。5を約10%含有する198gの4を得た。
【0022】
実施例2:6[(1S)-3-クロロ1-(2-チエニル)プロパン-1-オール]の調製
アルコール5を10%含有している197g(1.16モル)のアルコール4(すなわち実施例1で得られた反応生成物)を、1リットルのMTBEに、初めに導入した。無水コハク酸64.4g(0.64モル)およびBurkholderia plantariiリパーゼ10gを次に加えた。この混合物を室温にて20時間撹拌し、この酵素を濾過により除去した。水1.4Lを加えたあと、この混合物を炭酸ナトリウムでpH=9に調整し、水相を分離した。有機相を硫酸ナトリウムで乾燥させて溶媒を取り除いた。対応する対掌体5を約10%含有する96gの6を得た。
【0023】
実施例3:1[(1S)-3-メチルアミノ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オール]の調製
対応する対掌体5を約10%含有する20g(0.093モル)のアルコール6(すなわち実施例2の反応生成物)を、加圧器中で、メタノール40gに初めに導入し、そのあとメチルアミンの40%水溶液74gを加え、この混合物を、固有圧力下で、75℃にて20時間撹拌した。反応を終わりまで行った後、30%NaOHを5g加え、その混合物を80℃にて10分間撹拌した。溶媒を除去し、残留物をトルエン100mL中に取り込んだ。不溶解性の成分を濾過除去したあと、その残留物を、シクロヘキサンから再結晶させた。
無色の結晶1を13.17g得た(回転角度:MeOH中 c=1、α[D]25℃=-13.2°、光学的純粋生成物に対応している)。
【0024】
図1は、3-クロロ-1-(2-チエニル)-1-プロパノンから(1S)-3-メチルアミノ-1-(2-チエニル)プロパン-1-オールを調製するための反応式を示すものである。
【化1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式1で表される鏡像異性的に純粋なアルコールの調製方法であって、
【化1】

(i) 式3で表されるケトンを式4で表されるラセミ体のアルコールに還元する工程、
(ii) 式4で表されるラセミ体のアルコールをリパーゼの存在下に無水コハク酸で鏡像異性選択的にアシル化して式7で表されるコハク酸半エステルを得る工程、
(iii) 式7で表されるコハク酸半エステルを式4で表される未反応鏡像異性体から分離する工程、
(iv) 式4で表される鏡像異性的に純粋なアルコールをメチルアミンと反応させて式1で表される鏡像異性的に純粋なアルコールを得る工程、
を含む方法。
【請求項2】
前記工程(i)における還元をNaBH4を用いて行う請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(ii)におけるリパーゼが固定化リパーゼである請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(ii)におけるリパーゼがBurkholderiaまたはPseudomonasから誘導されたものである請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(iii)における分離が式7で表されるコハク酸半エステルの共役塩基の形態で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(ii)の反応が溶媒として炭化水素中で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記溶媒としてヘプタンが用いられる請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記方法が連続的に操作される請求項1に記載の方法。
【請求項9】
固定化リパーゼがカラム反応器中で用いられる請求項8に記載の方法。
【請求項10】
工程(ii)における溶媒としてエチレンカーボネートまたはプロピレンカーボネートを用いる請求項9に記載の方法。

【公表番号】特表2007−519655(P2007−519655A)
【公表日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−550005(P2006−550005)
【出願日】平成17年1月18日(2005.1.18)
【国際出願番号】PCT/EP2005/000420
【国際公開番号】WO2005/073215
【国際公開日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【出願人】(595123069)ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト (847)
【氏名又は名称原語表記】BASF Aktiengesellschaft
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】