説明

防汚船底塗料組成物

【解決手段】置換モル数0.05〜1.0の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを含むことを特徴とする防汚船底塗料組成物。
【効果】本発明の防汚船底塗料組成物は、毒性が少なく、長期にわたって海中生物の付着による汚染を防ぐことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶の船底部表面に塗布される防汚船底塗料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
防汚船底塗料は、海水中において、塗膜面から防汚剤が微量ずつ溶解することにより海中生物を生理的に殺生し、船底の汚染を防止する機能を有している。防汚剤としては、亜酸化銅の単独又はこれと有機錫化合物とを併用したものが主用されている。しかしながら、近年の海洋環境汚染に対する関心が高まり、特に防汚剤の亜酸化銅が問題となっている。銅をある程度以上摂取すると、生体内に蓄積され、生理的に影響があるとも言われている。全世界の船舶を対象にした場合、船底塗料からの銅及び錫の溶出量は莫大であり、環境保全の観点からも、これらの毒性成分を含むことなく、船底の汚染を防止する方法の開発が求められてきた。
【0003】
この問題に対して、特開昭58−183762号公報(特許文献1)では、亜酸化銅や有機錫を含んだ吸水性のポリマーゲルを塗料に添加して、極力毒性の防汚剤を減らして使用することが提案されている。しかしながら、この方法でも銅や錫の放出をなくすことはできない。
【0004】
特開昭61−174273号公報(特許文献2)には、吸水ポリマーを塗料に入れて吸水ポリマーのぬめりで海中生物が付着しないようにした防汚塗料が提案されているが、吸水ポリマーが激しく膨潤してしまうと塗膜がはがれてしまう問題があった。これに対して、多量の吸水ポリマーを表面全体に塗装する方法が特開昭61−250071号公報(特許文献3)に開示されている。この方法では、吸水ポリマー量が多く、高価になる上に、吸水したポリマーが船の進行の抵抗となってしまい、船の維持燃費が高くなるという新たな問題が発生した。
【0005】
また、ゴム性の塗装膜を付ける手法が特開昭61−241368号公報(特許文献4)に提示されているが、充分な防汚効果が得られていない。塗装部分に水溶性の高分子を付着させて、次第にこの水溶性高分子が溶け出すことで船への抵抗をなくし、海中生物の付着を防ぐ方法が、特開平11−343427号公報(特許文献5)に提示されているが、この方法だと水溶性高分子が全て流出してしまうのが早く、長期にわたって海中生物の付着を防止できない。
【0006】
【特許文献1】特開昭58−183762号公報
【特許文献2】特開昭61−174273号公報
【特許文献3】特開昭61−250071号公報
【特許文献4】特開昭61−241368号公報
【特許文献5】特開平11−343427号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、毒性が少なく、長期にわたって海中生物の付着による汚染を防ぐことができる防汚船底塗料組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、置換モル数0.05〜1.0の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを含む防汚船底塗料組成物が、上記低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを用いることで、膜部分が適度に水を含んだ皮膜状態となり、海中生物の付着を阻害することにより、長期にわたって海中生物の付着による汚染を防ぐことができることを見出し、本発明を成すに至ったものである。
【0009】
即ち、本発明は、以下の防汚船底塗料組成物を提供する。
請求項1:
置換モル数0.05〜1.0の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを含むことを特徴とする防汚船底塗料組成物。
請求項2:
更に、架橋剤及び/又は水系樹脂エマルジョンを含む請求項1記載の防汚船底塗料組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明の防汚船底塗料組成物は、毒性が少なく、長期にわたって海中生物の付着による汚染を防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の防汚船底塗料組成物は、置換モル数0.05〜1.0の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを含むことを特徴とする。
【0012】
本発明の防汚船底塗料組成物に用いられる低置換度ヒドロキシプロピルセルロースは、セルロースの単位となるグルコ−ス環あたりヒドロキシプロポキシル基の置換モル数が0.05〜1.0であり、特に0.20〜0.80であることが好ましい。置換モル数が0.05未満であると低置換度ヒドロキシプロピルセルロースが膨潤しなくなり、膨潤のぬめりにより海中生物の付着の防止ができない。一方、置換モル数が1.0より高いと水溶性となり、塗料に含ませたときに溶け出してしまい、長期の防汚効果が発揮できない。このような低置換度ヒドロキシプロピルセルロースは、膨潤吸水ポリマーのように数1,000倍もの水分を吸収して、膨潤することはなく、塗膜に膨潤によるダメージを与えにくい。なお、グルコース環あたりの置換モル数は、第14改正日本薬局方の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースの定量法に従い、ヒドロキシプロポキシル基の置換%を求め、これを換算することにより求められる。
【0013】
低置換度ヒドロキシプロピルセルロースの重量平均分子量としては特に限定しないが、膨潤性が良好に示される範囲として、53,000〜710,000、特に70,500〜531,000が好ましい。なお、重量平均分子量は、光散乱法によるゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC−MALLS)により求められる。また、低置換度ヒドロキシプロピルセルロースの平均粒径は特に限定されないが、粉体として凝集せず、取り扱いやすくする点から20〜55μm、特に45〜55μmが望ましい。なお、平均粒径の測定はレーザー回折法により行うことができる。
【0014】
このような低置換度ヒドロキシプロピルセルロースは、アルカリセルロースとプロピレンオキサイドを反応させることにより得ることができる。
【0015】
本発明の防汚船底塗料組成物は、上記低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを水、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等に溶解又は分散させて用いることができるが、低置換度ヒドロキシプロピルセルロースの添加量は、防汚船底塗料組成物中の総固形分量の3〜90質量%、特に5〜70質量%が好ましい。低置換度ヒドロキシプロピルセルロースの添加量が3質量%より少ないと、海中生物の付着防止効果がほとんどない場合があり、90質量%より多くなると膨潤により塗膜にダメージを与える場合がある。
【0016】
本発明の防汚船底塗料組成物には、更に、架橋剤及び/又は水系樹脂エマルジョンを用いることが好ましい。本発明で使用される架橋剤及び/又は水系樹脂エマルジョンは、塗装後乾燥により硬化するものであって、海水中で不溶となるものであれば、いずれも使用できる。
【0017】
本発明で使用される架橋剤としては、低置換度ヒドロキシプロピルセルロースの分子中に残存する水酸基と反応して架橋反応するものであれば、いずれも使用できる。このような架橋剤としては、架橋剤ハンドブック(昭和56年10月20日、大成社発行)に記載の水酸基との反応が行える架橋剤が挙げられる。具体的には、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、エチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、アリルグリシジルエーテル、ブチルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル、アルキルフェノールグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、トリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオール、ジグリシジルエーテル、グリセリンポリグリシジルエーテル、ジグリセリンポリグリシジルエーテル、クレジルグリシジルエーテル、炭素数3〜15の脂肪族ジグリシジルエーテル、モノグリシジルエーテル、エポキシアクリレート、ブチルグリシジルエーテルアクリレート、エチレングリコールジグリシジルエーテルアクリレート、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルポリアクリレート、テレフタル酸ジグリシジルエステルアクリレート、フタル酸ジグリシジルエステル、スピログリコールジグリシジルエーテル等のエポキシ化合物や、ビスフェノールA、グリオキザール等のジアルデヒド、尿素ホルムアルデヒド等のホルムアルデヒド系の架橋剤、トルイジンイソシアナート、2,4−トルイジンイソシアナートの二量体、ナフチレン−1,5−ジイソシアナート、o−トルイジンイソシアナート、ジフェニルメタンジイソシアナート、トリフェニルメタントリイソシアナート、トリス−(p−イソシアナートフェニル)チオホスファイト、ポリメチレンポリフェニルイソシアナート、多官能芳香族イソシアナート、芳香族ポリイソシアナート、ヘキサメチレンジイソシアナート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアナート、イソホロンジイソシアナート、ブロック型ポリイソシアナート、キシリレンジイソシアナート、エーテル又はウレタン含有ブロック型イソシアナート含有プレポリマー、ポリイソシアナートプレポリマー、ブロックイソシアナート、ポリイソシアナート、二液型用ポリイソシアナート、無黄変性二液型用ポリイソシアナート、熱硬化型ポリイソシアナート等のイソシアナート系の架橋剤、更に、一般式SiR1234(式中、R1は炭素数1又は2のアルキル基、アルコキシ基又はアシルオキシ基を表す。R2、R3及びR4は、それぞれ相互に独立して炭素数1又は2のアルコキシ基又はアシルオキシ基を表す。)で表されるシラン等が挙げられる。これらは1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0018】
本発明で用いられる水系樹脂エマルジョンは、一般的に使用される水系ウレタン樹脂エマルジョン、水系アクリル樹脂エマルジョン、水系酢酸ビニル樹脂エマルジョン、水系エチレン/酢酸ビニルエマルジョン、水系エポキシ樹脂エマルジョン、反応性オルガノポリシロキサンのO/W型のエマルジョン、SBRラテックス等が挙げられ、特に水系ウレタン樹脂エマルジョン、反応性オルガノポリシロキサンのO/W型のエマルジョンが好適である。
【0019】
水系ウレタン樹脂エマルジョンとしては、ポリオキシエチレングリコール、ポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシブチレングリコール等のポリエーテル類と、トリレインジイソシアナート、3,3’−ビストリレン−4,4’−ジイソシアナート、ジフェニルメタンジイソシアナート、3,3−ジメチルジフェニルメタンジイソシアナート、4,4’−ジイソシアナート等のジイソシアナート類との反応により製造される各種ウレタン樹脂エマルジョンが挙げられる。
【0020】
オルガノポリシロキサンのO/W型のエマルジョンとしては、米国特許第4221688号明細書や、シリコーンハンドブック(伊藤邦雄編、1990年8月31日、日刊工業新聞社発行)の248〜251頁に記載されているメチルハイドロジェンポリシロキサン、末端水酸基封鎖ジメチルポリシロキサン、ビニル基含有ポリシロキサン、特公平3−67145号公報に記載されている珪素原子に結合する水酸基を少なくとも2個有するオルガノポリシロキサン等を水に分散したもの等が挙げられる。これらは1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができるが、固形分として10〜90質量%、特に40〜80質量%含有するものを用いることが好ましい。
【0021】
また、これらの反応性オルガノポリシロキサンのO/W型のエマルジョンによる架橋反応を促進する触媒として、スズ、鉛、亜鉛、コバルト、マンガン、クロム、ジルコニウム、チタン、白金等の各種金属塩を用いることも差し支えなく、特に特公昭34−4199号公報記載の酢酸ジルコニウムや特公昭51−9440号公報に記載の塩化第二白金酸等が有用である。これらの触媒の使用量は特に限定されないが、架橋反応の促進が図られるのに合理的量として、使用するエマルジョン中の反応性オルガノポリシロキサン100質量部に対して0.001〜120質量部、特に0.005〜110質量部が好ましい。O/W型エマルジョンの粒子径としては特に限定しないが、0.01〜100μm、特に0.1〜80μmがエマルジョンとしての安定性の観点から好ましい。
【0022】
架橋剤の添加量は特に限定されないが、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース5質量部に対して5〜50質量部、特に10〜30質量部が好ましい。水系樹脂エマルジョンの添加量についても特に限定されないが、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース5質量部に対して10〜150質量部、特に15〜120質量部が好ましい。架橋剤及び/又は水系樹脂エマルジョンが多すぎると、水を含んだ低置換度ヒドロキシプロピルセルロースの皮膜を塗膜できない場合があり、少なすぎると、船底に水を含んだ低置換度ヒドロキシプロピルセルロース皮膜が固定されず、剥がれやすい場合がある。
【0023】
更に、本発明に差し支えない範囲で塗膜の光沢を改善することを目的としてシリコ−ンオイルなどのオイル類を配合しても差し支えない。シリコーンオイルとしては、ジメチルシリコーンオイル、メチルフェニルシリコーンオイル、メチルハイドロジェンシリコーンオイル等の25℃における粘度が1〜1,000mPa・s程度のものを用いることが好ましい。なお、粘度の測定値は、20℃における回転数30rpmのBL型回転粘度計によるものである。
【0024】
シリコーンオイルの添加量は、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース20質量部に対して、10〜30質量部が好ましく、より好ましくは15〜25質量部である。上記範囲を外れると、塗膜による光沢の改善が図られなかったり、船底への固着性が悪くなる場合がある。
【0025】
本発明の防汚船底塗料組成物は、上記低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、必要により架橋剤及び/又は水系樹脂エマルジョン等をスパイラルミキサー等の回転翼が垂直な混合機、双腕型のニーダーのような回転翼が水平な混合機、スクリューミキサー、回転ホモジナイザー等の混合機を使用して5〜30℃で3〜20分間混合することにより調製することができる。
【0026】
このようにして得られた本発明の防汚船底塗料組成物を、ドクターブレード、刷毛塗り、噴霧塗装等により塗布した後、室温(25℃)〜90℃で乾燥することで塗膜を形成することができる。硬化した塗膜の厚さは10〜400μmが好ましく、より好ましくは20〜300μmである。厚すぎると船底が岩等に衝突したときに剥がれやすくなる場合があり、薄すぎると海中生物が付着しにくくなるのに必要な厚みを有する水を含んだ塗膜が形成されにくくなる場合がある。
【実施例】
【0027】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。なお、下記例において粘度の測定は20℃におけるBL型回転粘度計(東機産業(株)製)による。
【0028】
[実施例1〜4、比較例1,2]
表1に示す組成で塗料材料を200mlのビーカー内で700rpmスクリュー型攪拌羽で2分間室温(25℃)にて混合し、防汚船底塗料組成物を作製した。
被塗装物として、厚み100μmのポリエチレンテレフタレート(PET)シートを用意して、厚み可変のドクターブレードにて厚み100μmにコートした後、室温(25℃)で乾燥することを繰り返し、塗装厚み0.3mmの塗装シートを得た。
塗装面の面積が100cm2となるようにシートを3枚切り抜き、各シートを金属クリップで挟み、クリップの先にヒモをつけて流れないようにして、新潟県上越市の直江津港海岸に浸漬させ、6ヶ月間及び12ヶ月間放置して、フジツボ類が塗装面にどの程度付着したかを観察した。全面に付着した場合を0〜5点評価として各3枚のシ−トの評価点を表1に示した。
〈評価基準〉
5点:塗装面全面に付着
4点:塗装面の80%程度に付着
3点:塗装面の60%程度に付着
2点:塗装面の40%程度に付着
1点:塗装面の10〜20%程度に付着
0点:塗装面に付着みられず
【0029】
【表1】

水系樹脂エマルジョン:信越化学工業(株)製 オルガノポリシロキサンのO/W型
エマルジョン KE−45
シリコーンオイル:信越化学工業(株)製 ジメチルシリコーンオイル(KF96L
−1CS) 1mPa・s
架橋剤:ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル 日油(株)製 エピオール
E−1000
低置換度ヒドロキシプロピルセルロース:信越化学工業(株)製
(1)置換モル数0.05の低置換度ヒドロキシプロピルセルロース
重量平均分子量106,200
(2)置換モル数1.0の低置換度ヒドロキシプロピルセルロース
重量平均分子量70,800
*)・/・/・は、3枚各シ−トの評価結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
置換モル数0.05〜1.0の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを含むことを特徴とする防汚船底塗料組成物。
【請求項2】
更に、架橋剤及び/又は水系樹脂エマルジョンを含む請求項1記載の防汚船底塗料組成物。

【公開番号】特開2010−132831(P2010−132831A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−312128(P2008−312128)
【出願日】平成20年12月8日(2008.12.8)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】