説明

隣接建物を利用した耐震補強方法及び耐震補強構造物

【課題】隣接建物を利用して耐震性能向上のために既存構造物内部での耐震工事を低減する。
【解決手段】
耐震補強対象である既存構造物(10)と構造的に分離した隣接構造物(20)をエネルギ吸収部材である連結部材(30)により既存構造物に接続し、隣接構造物内に制振部材を配置したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は隣接建物を利用した耐震補強方法及び耐震補強構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
橋上駅等の既設構造物に対する従来の耐震補強を図7により説明する。
橋上駅等の既設構造物40を耐震補強する場合、構造物内に鉄骨部材からなるブレース(すじかい)42を複数箇所設けている。橋上駅の工事は駅を使用しながらの工事となるため、耐震補強工事をやる場合にはバリアフリー工事など他の工事も同時に行ってしまうケースが多く、その場合エスカレータ、エレベータ等を設置する場所がない場合には隣接建物50を増築し、そこにエスカレータ、エレベータ等を設置するケースが多い。このような隣接建物50を設置する場合には、その構造物にも耐震補強用にブレース52が設けられる。これら構造物40と隣接建物50との間は水平荷重のやりとりがない耐震設計上は縁が切れた別構造であり、構造物40の短い片持梁44に、隣接建物50から延びる長尺の梁54を単に載せて鉛直荷重のみ伝達する構造になっている。
また、橋上駅等の構造物において、地震力や風力に対抗できる構造物全体としての水平剛性を確保するために、1つの構造物を相対的に硬い(水平剛性が大きい)部分と、柔い(水平剛性が小さい)部分という地震力や風力が作用したときの揺れ方の違う2つの部分に分け、両者の連結部分にエネルギ吸収部材としてのダンパーを配置する制振構造物を本出願人は既に提案している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3705784号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ブレースを設置する従来の耐震補強方法は、利用中の既設構造物内にブレースを設置しなければならず、施工性能が悪く工事・工期が長期化するのは避けられなかった。
また、特許文献1では、1つの構造物を揺れ方の違う2つの部分に分け、理論上最適な組み合わせにより、連結部分にのみエネルギ吸収部材としての連結ダンパーを配置し、揺れが作用しても部材が降伏しない線形領域で済むように設計されている。確かに、新設構造物の場合には構造物(振動系)を線形領域に留まるように設計することで機能を保持することが可能となる。しかし、耐震補強のように既存構造物へ適用する場合には振動系は既存のものとなるので、構造物の一部の部材が降伏してしまう非線形化を許容しなければならず、理論上最適化された組み合わせが振動系の非線形化によって変化し、さらに、非線形化による塑性ひずみエネルギの比率が大きくなることにより、連結ダンパーのエネルギ吸収効果が相対的に小さくするため、特許文献1のような連結ダンパーではエネルギ吸収ができなくなり、耐震補強の目的を達成することはできない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は上記課題を解決しようとするものであり、隣接建物を利用して耐震性能向上のために既存構造物内部での耐震工事を低減することを目的とする。
本発明の隣接建物を利用した耐震補強方法は、耐震補強対象である既存構造物と構造的に分離した隣接構造物をエネルギ吸収部材である連結部材により前記既存構造物に接続し、隣接構造物内に制振部材を配置したことを特徴とする。
また、本発明の耐震補強方法は、前記連結部材のダンパーと制振部材のダンパーにより既存構造物の応答変位、応答せん断力を低減するとともに、既存構造物と隣接構造物のエネルギ分担率を調整することを特徴とする。
また、本発明の耐震補強方法は、前記連結部材及び制振部材のダンパーは、オイルダンパー、粘弾性ダンパー、または低降伏点鋼であることを特徴とする。
【0006】
また、本発明の耐震補強構造物は、耐震補強対象である既存構造物と構造的に分離された制振部材が配置された隣接構造物がエネルギ吸収部材である連結部材により前記既存構造物に接続されていることを特徴とする。
また、本発明の耐震補強構造物は、前記連結部材のダンパーと制振部材のダンパーとにより既存構造物の応答変位、応答せん断力が低減されるとともに、既存構造物と隣接構造物のエネルギ分担率が調整されることを特徴とする。
また、本発明の耐震補強構造物は、前記連結部材及び制振部材のダンパーは、オイルダンパー、粘弾性ダンパー、または低降伏点鋼であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、隣接建物を利用して耐震補強することで耐震性能向上のために既存構造物内部での耐震工事を低減することができ、施工性能の悪い利用中の建物内部での工事を低減し、工事・工期の短縮、コストダウンを図ることが可能となる。さらに、エキルギ吸収部材は床下や壁内に設置可能であるため、意匠性の向上、設置の自由度を確保することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の隣接建物を利用した耐震補強を説明する図である。
【図2】振動系モデルを示す図である。
【図3】応答変位逓減率を説明する図である。
【図4】応答せん断力係数を説明する図である。
【図5】エネルギー分担率を説明する図である。
【図6】エネルギーの経時的履歴を説明する図である。
【図7】従来の耐震補強を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
図1は隣接建物を利用した本発明の耐震補強を説明する図である。
上記したように、橋上駅等の工事は駅を利用しながらの工事となるため、通常、耐震補強工事等何らかの工事をやる場合にはバリアフリー工事など他の工事も同時に行ってしまい、エスカレータ、エレベータ等を設置する場所がない場合には隣接建物を増築して設置するケースが多い。本実施形態ではこのような隣接建物を設置する必要がある場合、或いは既設の隣接建物がある場合に、耐震補強対象の構造物と構造的に分離した隣接建物を利用し、耐震補強対象の既設構造物と隣接建物を含めた全体の振動系を考慮してエネルギ吸収を行わせ、既設構造物内での耐震補強工事を省略して耐震補強を行う。なお、説明の便宜上、以下では隣接建物が新設である場合について説明するが、本発明は隣接建物が既設の場合にも適用可能である。
【0010】
耐震補強を行うべき橋上駅等の既設構造物10に隣接して、構造的に分離された新設構造物20を増築する。既設構造物10と新設構造物20との間は連結部材30を介して接続する。すなわち、既設構造物10の端部の柱12から延びる短い片持梁16に新設構造物20から延びる梁22を載せ、梁22と既設構造物10との間は連結部材30を介して接続する。なお、既設構造物10の梁14と新設構造物20の梁22とは床面を合わせるために、通常は同一高さにするが、耐震補強の観点からは必ずしも同一高さである必要はない。そして、新設構造物フレーム内に制振部材24を設置し、新設構造物内の地震エネルギを吸収させ、また、連結部材30でも地震エネルギを吸収させる。制振部材24、連結部材30のエネルギ吸収部材としては、例えば、オイルダンパ、粘弾性ダンパ、低降伏点鋼などを用いればよい。こうして、地震エネルギを連結部材30、制振部材24で吸収することで既存構造物10の地震力負担を低減する。
【0011】
前述したように、建物の非線形化を許容する場合には、2つの振動系の連結部分のみでのエネルギ吸収では対応することができない。そこで、図1においては、新たに連結する建物に制振部材を付加し、連結部分と付加した制振部材とにより耐震補強対象である既存建物の応答低減を図るようにしており、このシステムについて図2に示す解析モデルを用いて以下に詳細に検討する。
【0012】
図2において、振動系1は耐震補強すべき既設構造物で、そのフレームの重量M1、バネ(剛性)K1、内部粘性減衰(ダンパー)C1、振動系2は既設構造物に隣接して増築した構造物で、そのフレームの重量M2、バネ(剛性)K2、内部粘性減衰(ダンパー)C2で両者間はバネ(剛性)Kj、粘性減衰(連結ダンパー)Cjの連結部材で連結され、新設構造物フレーム内には粘性減衰(付加ダンパー)Caの制振部材が設置されている。一般に、構造物は剛性と減衰を持っていて、各振動系の剛性(K1,K2)は必須であるが、減衰(C1,C2)については、一般的な構造物であればあまり大きくない値であって、図2の振動系の耐震性能の解析において考慮しなくても影響しないことが確認されている。なお、振動系1、振動系2の固有振動周期は、それぞれT1=2π(M1/K1)1/2 、T2=2π(M2/K2)1/2 である。振動系の組み合わせは、T1/T2=0.5(T1=0.7sec )、M1/M2=5(M1=1000kN)、連結ダンパーCj(0≦Cj/Cjopt≦4)( Cjoptは付加ダンパーがない場合における線形挙動時の揺れが小さい最適値))、付加ダンパーCa(0≦Ca/Cjopt≦4)とした。ダンパー量は線形挙動時の揺れが小さい最適値Cjoptを基準に増減させることにより応答値の変化を検討し(以下に後述)、解析に用いた入力地震波は国土交通省による告示平成12建告第1461号に示される加速度応答スペクトルを目標とした模擬地震波を用い、入力レベルは極めて稀に発生する地震動とした。入力地震波は工学的基盤における目標応答スペクトルを全周波数領域について一律に表層地盤の増幅率1.5を乗じ、位相特性は一様乱数とし、継続時間を120 秒とした表層入力加速度波形を作成した。なお、表層地盤の増幅率は、工学的基盤から地表までの間にどの程度地震動が増幅されるのかを示す数値である。
【0013】
図3は振動系の応答変位低減率を示し、図3(a)は振動系1(既設構造物)、図3(b)は振動系2(増築した隣接構造物)における低減率であり、横軸は連結ダンパーCj、付加ダンパーCaの和(総ダンパー量)を線形挙動時の揺れが小さい最適値Cjoptで基準化したもの、縦軸は独立時(連結ダンパーCjを設置しない場合)に対する応答変位の低減率で、数値が小さいほど地震時の揺れ方が小さくなり耐震性能が向上することを意味している。ここでは、Cj/Cjopt=0、0.5、1、2、3、4について付加ダンパーCa(0≦Ca/Cjopt≦4)を変化させた場合を示している。
【0014】
・連結ダンパーCj、付加ダンパーCaの設置により振動系1、振動系2の双方とも応答変位が低減している。
・振動系1、振動系2ともグラフは右下がりの傾向を示しており、振動系1、振動系2とも総ダンパー量が大きいほど応答変位の低減が大きくなる。連結ダンパーCj、付加ダンパーCaのいずれを増加させた場合でも応答変位は低減する。
・Cj/Cjoptの値が大きくなることは総ダンパー量に対する連結ダンパーCjの比率が大きいこと意味し、Cj/Cjoptの値が小さくなることは総ダンパー量に対する付加ダンパーCaの比率が大きいことを意味している。主たる制御対象である振動系1の応答はCj/Cjoptの値が小さいと総ダンパー量低減効果が頭打ちになる。一方、振動系2においては、連結ダンパーCjが大きくなることにより応答変位が増大する。このことは連結ダンパーCjの大きさによって振動系1から振動系2へ負担をシフトすることができる量が決まり、連結ダンパーがせん断力伝達部材として機能していることが分かる。
【0015】
図4は振動系の応答せん断力係数を示し、図4(a)は振動系1、図4(b)は振動系2における応答せん断力係数であり、横軸は連結ダンパーCj、付加ダンパーCaの和(総ダンパー量)を線形挙動時の揺れが小さい最適値Cjoptで基準化したもの、縦軸は応答せん断力係数(地震時に作用する水平力を構造物の重量で除したもの)を示し、応答せん断力係数が小さくなることは、地震時に建物に作用する力が小さくなり耐震性能が向上することを意味している。ここでは、Cj/Cjopt=0、0.5、1、2、3、4について付加ダンパーCa(0≦Ca/Cjopt≦4)を変化させた場合を示している。
【0016】
・振動系1ではグラフは右下がりの傾向を示し、総ダンパー量の増加に伴い、振動系1の応答せん断力は低減することが分かる。連結ダンパーCj、付加ダンパーCaの配分の違いによるばらつきは大きくなく、いずれを増加させた場合でも応答せん断力係数は低減する。
・振動系2については総ダンパー量の増加とともに応答値が増大する。総ダンパー量の小さい領域では、連結ダンパーCj、付加ダンパーCaの配分によって応答値にばらつきがあるが、次第に一定値に収束する傾向を示している。
・連結ダンパーCjが小さい領域では、付加ダンパーCaを大きくしても振動系2の負担せん断力は頭打ちとなる。連結ダンパーCjをある程度大きな値とすることで付加ダンパーCaの働きも大きくなるが、それに伴い振動系2の負担も大きくなる。付加ダンパーCaが振動系2の応答を増大する方向にのみ寄与するのに対し、連結ダンパーCjは双方の系のバランスを制御する機能があることを示している。
【0017】
図5はエネルギ分担率を示しており、横軸は付加ダンパーCaを線形挙動時の揺れが小さい最適値Cjoptを基準として無次元化した値、縦軸は地震時に構造物各部位(振動系1、振動系2、連結ダンパー、付加ダンパー)で負担するエネルギの分担率を示し、図5(a)はCj=0(振動系1と振動系2が相互に独立)、図5(b)はCj/Cjopt=1の場合で、付加ダンパーCa(0≦Ca/Cjopt≦4)を変化させた場合を示している。なお、EI1 、EI2 は振動系1、振動系2の入力エネルギ、EH1 、EH2 は振動系1、振動系2の減衰エネルギ、EJは連結部の減衰エネルギである。
【0018】
・振動系2においては、Cj=0、Cj/Cjopt=1のいずれの場合も、付加ダンパーCaの大きさが変化したとき、入力エネルギEI2 と減衰エネルギEH2 がほぼ等しく、付加ダンパーCaによりほとんどのエネルギを吸収していることが分かる。
・Cj/Cjopt=1の場合の方が、振動系2のエネルギ分担率が大きくなっており(入力エネルギEI2 、減衰エネルギEH2 がCj=0の場合に比して大きい)、連結により振動系1から振動系2へ負担が移動していることが分かる。
・Cj/Cjopt=1では、付加ダンパーCaを大きくしていくと、振動系1、振動系2への入力エネルギの合計(EI1 +EI2 )が小さくなっており、連結ダンパーCjのエネルギ吸収効果が確認できる。
・Cj/Cjopt=1において、付加ダンパーCaを大きくしていくと、連結ダンパーCjの分担率(EJ)が右上がりになっていることから、付加ダンパーCaの設置により連結ダンパーCjの効果も大きくなる傾向が見られる。
【0019】
・振動系2に付加ダンパーCaを設置することは、より剛性の大きい系と連結することと等価なこととなり、連結ダンパーCjの効果が大きくなる。一方、付加ダンパーCaを大きくし過ぎるとそのエネルギ吸収率は低下する(EH2 )。
・付加ダンパーCaを大きくする代わりに、連結ダンパーCjを併用することで、ダンパー効率の低下、フレーム負担の増大を回避しつつ同等程度の応答低減効果を得ることが可能である。
【0020】
図6はエネルギの経時的な履歴を示しており、横軸は地震継続時間、縦軸はエネルギの累計を示している。なお、図6(a)Cj=2×Cjopt、Ca=Cjopt、図6(b)はCj=Cjopt、Ca=2×Cjoptの場合を示している。なお、Ek1 は振動系1の歪みエネルギである。
.付加ダンパーCaの比率が大きい図6(b)の方が、連結ダンパーのエネルギー吸収量Ejが相対的に小さくなり、同時に振動系2への入力エネルギEI2 が大きくなる。
・図6(a)、(b)では振動系1への入力エネルギEI1 がほぼ等しい。総ダンパー量(Cj+Ca)が等しい場合はそれらの配分によらず、制御対象構造物(ここでは振動系1)の負担逓減効果(EH1 )はほぼ等しくなる。
【0021】
以上のように振動系モデルを用いて説明したが、既設構造物にダンパーを介して連結する建物に制振部材を付加し、連結部分のダンパーと付加した制振部材とにより、連結ダンパーは振動系の連結によるエネルギー吸収、せん断力伝達および負担率調整という機能に加えて、付加ダンパーと同等程度の応答逓減効果を有することが分かる。
【符号の説明】
【0022】
10…既設構造物、12…片持梁、20…新設構造物、22…長尺の梁、24…制振部材、30…連結部ダンパー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐震補強対象である既存構造物と構造的に分離した隣接構造物をエネルギ吸収部材である連結部材により前記既存構造物に接続し、隣接構造物内に制振部材を配置したことを特徴とする隣接建物を利用した耐震補強方法。
【請求項2】
前記連結部材のダンパーと制振部材のダンパーにより既存構造物の応答変位、応答せん断力を低減するとともに、既存構造物と隣接構造物のエネルギ分担率を調整することを特徴とする請求項1記載の隣接建物を利用した耐震補強方法。
【請求項3】
前記連結部材及び制振部材のダンパーは、オイルダンパー、粘弾性ダンパー、または低降伏点鋼であることを特徴とする請求項2記載の隣接建物を利用した耐震補強方法。
【請求項4】
耐震補強対象である既存構造物と構造的に分離された制振部材が配置された隣接構造物がエネルギ吸収部材である連結部材により前記既存構造物に接続されていることを特徴とする隣接建物を利用した耐震補強構造物。
【請求項5】
前記連結部材のダンパーと制振部材のダンパーとにより既存構造物の応答変位、応答せん断力が低減されるとともに、既存構造物と隣接構造物のエネルギ分担率が調整されることを特徴とする請求項4記載の隣接建物を利用した耐震補強構造物。
【請求項6】
前記連結部材及び制振部材のダンパーは、オイルダンパー、粘弾性ダンパー、または低降伏点鋼であることを特徴とする請求項5記載の隣接建物を利用した耐震補強構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−26855(P2011−26855A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−174160(P2009−174160)
【出願日】平成21年7月27日(2009.7.27)
【出願人】(000221616)東日本旅客鉄道株式会社 (833)
【Fターム(参考)】