説明

集積リアルタイムCE検出を用いるマイクロチップ大容量PCR

大容量のPCR、及びエンドポイント又はリアルタイム・キャピラリー電気泳動検出を実施するための適切に集積された構造体を有するマイクロ流体デバイスが提供される。マイクロ流体デバイスは、核酸を増幅するためのチャンバーを有する基材;基材上に配列されたウエル;チャンバーを通って溶液の流れを可能とするために、基材においてウエルとチャンバーとを接続するフローチャンネル;及び基材に具備され、チャンバー中で増幅された核酸の画分を分離及び検出するためにチャンバーに接続された、1以上の分離チャンネル;を含む。チャンバー、フローチャンネル及び1以上の分離チャンネルは、チャンバーとフローチャンネルを合わせた流体力学的流体抵抗が1以上の分離チャンネル中の流体力学的流体抵抗の少なくとも1/10以下となるように構成される。本マイクロ流体デバイスは、高い費用対効果を有しながら非常に高感度な検出を達成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連出願]
本出願は、2007年6月11日に出願された米国仮出願番号60/943,248号の優先権を主張し、それは本明細書に参照によって組み入れられている。
【0002】
[技術分野]
本発明は、大容量のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)及び集積キャピラリー電気泳動(CE)検出を実施するためのマイクロ流体デバイスに関する。
【背景技術】
【0003】
マイクロ流体PCRは、例えば、0.5〜500μLの範囲の間の非常に小さな寸法を有するチャンバー中のPCRとして一般的に定義される。ゾーンヒーティング、外部ヒーター、集積化抵抗器、ジュール加熱及び赤外線放射のような種々の加熱システムを用いるマイクロ流体システムがあるが、それらのシステムは外部検出を必要とする。それは、反応の終点で、いくつかのサンプルをPCRチャンバーから物理的に取り出し、そしてシステム外でゲル電気泳動又は毛細管電気泳動などの手段によって分析しなければならないことを意味する。このタイプの研究の代表的な例が、Chengらの非特許文献1;Kopp及びManzの非特許文献2;Odaの非特許文献3;及びChenらの非特許文献4に記載されている。外部検出を必要とするシステムは、外部測定を行うに際し、大部分のPCR反応溶液の取り出しを必要とするため、そのようなシステムはリアルタイム検出機能に適さない。
【0004】
別の検出方法では、SYBR Greenのようなインターカレーター色素(非特許文献5)や、タックマン・プローブのような蛍光性プローブ(非特許文献6;非特許文献7;非特許文献8;及び非特許文献9)を含む光学的検出が使用されている。SYBR Green色素は、PCRサイクル中に増幅するDNA産物を検出するための非常に特異的な、二本鎖DNA結合色素である。両検出方法とも、リアルタイムPCR増幅において使用できるが、インターカレーター色素とタックマン・プローブ技術との違いは、インターカレーター色素検出方法が特異的でないということである。従って、プライマー−ダイマー形成のような非特異的PCR産物を含む全ての二本鎖DNAを検出してしまう。この理由から、インターカレーター色素を用いるPCR増幅では、所望のPCR産物と非特異的PCR増幅とを区別するために、しばしば融解曲線の解析が必要となる。
【0005】
対照的に、タックマン・プローブPCR検出法は、蛍光シグナルの発生がプローブと所望のPCR産物との特異的なハイブリダイゼーションに依存するため、非常に特異的である。しかしながら、タックマン・プローブPCR検出法では、SYBR Green色素と異なり、異なる配列に対して個々のプローブを合成する必要があり、プローブ標識化のために使用できる蛍光色素の制限によって制約され(例えば、異なる色の色素の数によって制限される)、また、高価な試薬が必要となる。
【0006】
PCRのための代替検出法は、反応産物の電気泳動によるDNAサイズの分離を行うことである。これによって、所望の反応産物を、全ての他のDNA源や汚染源から分離して同定することが可能となる。外部検出を用いる多くのマイクロ流体PCRシステムでは、特異的であり且つ標的物に特異的な合成プローブを必要としないため、ゲル上での又はキャピラリー電気泳動によるDNAサイジングが行われている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nucleic Acids Res, 24(2), p.380-5 (1996)
【非特許文献2】Science, 280(5366), p.1046-8(1998)
【非特許文献3】Anal Chem,70(20), p.4361-8 (1998)
【非特許文献4】Anal Chem,77(2): p.658-66 (2005)
【非特許文献5】Rasmussen et al. Biochemica, 1998(2): p.8-111998
【非特許文献6】Kalinina, O. et al. Nucleic Acids Res, 25(10), p.1999-2004 (1997)
【非特許文献7】Belgrader,P. et al.Science, 284 (5413), p.449-50(1999)
【非特許文献8】Belgrader,P. et al. Anal Chem, 75(14), p.3446-50 (2003)
【非特許文献9】Northrup, M.A. et al. Anal Chem, 70(5), p.918-22 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
核酸の増幅及び検出のためのマイクロ流体システムが提供される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このシステムは、核酸を増幅するためのチャンバーを有する基材;基材上に配列されたウエル;チャンバーを通って溶液の流れを可能とするために、基材においてウエルとチャンバーとを接続するフローチャンネル;及び基材に具備され、チャンバー中で増幅された核酸の画分を分離及び検出するために、チャンバーに接続された1以上の分離チャンネル;を含む。チャンバー、フローチャンネル及び1以上の分離チャンネルは、チャンバーとフローチャンネルを合わせた流体力学的流体抵抗が1以上の分離チャンネルにおける流体力学的流体抵抗の、1/10以下、約1/10〜約1/10、約1/10〜約1/10、又は約1/10〜約1/10となるように構成される。流体力学的流体抵抗又は水力学的流体抵抗という用語は、圧力駆動流に対する抵抗を意味し、圧力差を流量比で割った比として定義できる。このシステムは、更に、分離を実施するためのサーマルサイクリングデバイスやその他の部材を含み得る。
【0010】
更に、核酸を増幅するためのチャンバーを具備する基材;基材上に配列されたウエル;チャンバーを通って溶液の流れを可能とするために、基材においてウエルとチャンバーとを接続するフローチャンネル;及び基材に具備され、チャンバー中で増幅された核酸の画分を分離及び検出するために、チャンバーに接続された1以上の分離チャンネル;を含み、1以上の分離チャンネルの総体積が、チャンバー及びフローチャンネルの総体積の1/100以下、約1/100〜約1/1000、又は約1/300〜約1/1000である、核酸を増幅及び検出するためのマイクロ流体システムが提供される。
【0011】
本システムは、更に、分離を実施し、DNAを定量するためのサーマルサイクリングデバイスや光学的読取り制御デバイスを含み得る。
【0012】
更にまた、核酸を増幅するためのチャンバーを具備する基材;基材に具備されたウエル;チャンバーを通って溶液の流れを可能とするために、基材においてウエルとチャンバーとを接続するフローチャンネル;及びチャンバー中で増幅された核酸の画分を分離及び検出するために、基材に具備され、チャンバーに接続する、1以上の分離チャンネル;を含み、1以上の分離チャンネル中の流体力学的流体抵抗がバルブの代わりとして機能するように、1以上の分離チャンネルの寸法が、フローチャンネル及びチャンバーの各々の寸法よりも小さい、核酸を増幅及び検出するためのマイクロ流体デバイスが供される。
【0013】
更に、(1)核酸を増幅するためのチャンバー、ウエル、チャンバーを通って溶液の流れを可能とするためにウェルとチャンバーに接続されたフローチャンネル、及びチャンバーに接続された1以上の分離チャンネルを含むマイクロ流体デバイスを提供すること;(2)チャンバー中に核酸の溶液を配置すること;(3)チャンバー中に配置された核酸を増幅すること;(4)増幅された核酸の画分をチャンバーから1以上の分離チャンネル内に導入すること;(5)1以上の分離チャンネルを通して、増幅された核酸画分を分離すること;及び(6)分離された核酸を検出すること;を含む、核酸を増幅及び検出する方法が提供される。工程(3)〜(6)が、リアルタイム検出に対して1回以上の回数繰返されるか、又は工程(3)が1回以上の回数繰返された後に工程(4)〜(6)が1回実施される。本方法は、更に、(8)収集したデータに基にづいて、存在する核酸の量を定量することを含み得る。
【0014】
従って、本デバイス及び方法はリアルタイム並びにエンドポイントPCRアッセイに好適である。
【0015】
核酸の分離は、動電学的方法を用いて実施できる。動電学的という用語は、電界に応じた溶液又は分子の運動を意味すると一般的に理解される。それは電界におけるイオンや荷電分子の運動である電気泳動、及び電界によるバルク溶液の運動である電気浸透を含む。核酸の分離は、電気泳動により実施でき、核酸は、分子篩いマトリックスの存在によるサイズ依存型の移動度を有する。しかしながら、他の核酸分離方法が存在し、マイクロ流体システム又はデバイスにおいて使用できる。例えば、DNAは、質量分析によりDNA断片を分離することによって配列が調べられてきた(米国特許第5691141号;Kosterら、Nature Biotech. Vol.14, p.1123 (1996))。そして多くのマイクロ流体システムと質量分析とのインターフェイスが述べられてきた(例えば、米国特許第5872010号,第6803568号,及び第7105812号を参照)。別の核酸分離方法は、例えば、Lenigkらによって述べられたような、固定化されたプローブへのハイブリダイゼーションによるものである(Anal. Biochem. Vol.311, p.40 (2002))。更なる制約がない限り、「分離すること」又は「分離」という用語は、一般的意味で使用される。
【0016】
本発明の更なる特徴は、以下の記述において一部説明され、その記述から一部理解され、又は本発明の実施によって知り得る。本発明の特徴は、特に添付の請求項において指摘される要素及び組合せによって実現され、到達される。
【0017】
これまでの一般的記述及び以下の詳細な記述の両者が、単に例示的かつ説明的なものであり、そしてクレームされたように本発明を制約するものではないと理解されるべきである。
【0018】
この明細書中に組込まれ、そしてその一部を構成する添付図は、本発明の実施態様を例示し、そしてその記述と共に、本発明の原理を説明するのに役立つ。更に、本明細書で言及された全ての参考文献は、本明細書に参照により組み入れられる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】単一基材上でのPCR−CE能力を有するマイクロ流体チップの製造方法の例示的実施例である。
【図2】本発明のマイクロ流体システムの実施態様である。
【図3】本発明のマイクロ流体システムの別の実施態様である。
【図4】本発明のマイクロ流体デバイスの別の実施態様である。
【図5】本発明のマイクロ流体デバイスの実施態様を用いて得られた例示的なリアルタイムPCRの成長曲線である。
【図6】本発明のマイクロ流体デバイスの実施態様の例示的なCE分離グラフである。
【図7】本発明のマイクロ流体デバイスの別の実施態様である。
【図8】本発明のマイクロ流体デバイスの実施態様を用いたエンドポイントPCRアッセイの結果である。
【図9】本発明のマイクロ流体デバイスの実施態様を用いたエンドポイントPCRアッセイの別の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の本実施態様(例示的実施態様)について詳細に言及するが、その実施例が添付図において示されている。可能な限り、同じ又は同様の部品を参照するために、図全体を通して、同じ参照番号が使用されている。
【0021】
本発明の実施態様であるマイクロ流体システムは以下の特徴を有するように構成されている:PCRチャンバーは、高感度なDNA増幅を行うために、約1μL〜約100μL、約10μL〜約75μL、又は約25μL〜約50μLの体積を有する。一例として、もし信頼し得る増幅ができる最低コピー数が10であれば、10μLの体積においては、感度の制限はマイクロリッター当たり1コピーである。100nLの体積においては、感度の制限はマイクロリッター当たり100コピーであり、約1/100以下となる。別の特徴は、十分なDNA増幅を達成するために、PCRチャンバーの内容物のサーマルサイクリングに適するようにシステムが装備されることである。更に別の特徴は、PCRチャンバーに接続された十分に小さな寸法のチャンネルのネットワークをシステムが有することである。分離チャンネルと呼ばれるチャンネルのネットワークは、チャンバー中に含まれる核酸の非常に小さな画分の解析を容易にするために、PCRチャンバーよりも小さな内部体積を有するように構成される。分離チャンネルの総体積は、PCRチャンバー及びフローチャンネル総体積の、約1/100以下、約1/100〜約1/1000、又は約1/300〜約1/1000である。また、チャンネルの寸法は、これらのチャンネルの流体力学的流体抵抗が、PCRチャンバー及びそのチャンバーにつながるその他のチャンネルの値よりも確実にはるかに大きくなるように小さく保たれる。流体抵抗の比を、約10又はそれより高い、又は約10〜約10、又は約10〜約10、又は約10〜約10の範囲内で、非常に高くすることによって、如何なるバルブやプラグも使用せずにチャンネルでのゲート機能を達成することができる。別の特徴において、電気泳動DNAサイジング解析のためにチャンネルのネットワークが使用される。このサイジング解析を実施するために、チャンネルをDNA分子篩いマトリックスで充填するための、単純な交差チャンネルトポロジーを採用することができる。更に別の特徴は、全体システムの製作が単独の、使い捨て可能な基材においてなされる点である。
【0022】
バルブやプラグの使用を避けることにはメリットがある。マイクロ流体バルブは存在するが、より多くの多層構造及び貼り合わせ位置精度が要求され、本明細書に述べられたシステムよりも複雑な製作配列が必要になる。そのため、バルブを有するシステムは使い捨て可能なデバイスとして製作するには概して高価になる。更に、マイクロ流体バルブには、デッド・ボリューム及び漏れ流れという欠点がある。Kohら(Anal. Chem., Vol.75, p.4591 (2003))によって述べられるようなプラグやゲルバルブの使用は、コストパフォーマンスが低く、寿命も限られる。更に、架橋されたゲルプラグを通した核酸の輸送は比較的遅く、その解析時間が長くなる原因になる。その結果、リアルタイムPCR定量よりもむしろ、エンドポイント解析を実行するためにのみ実用的である。
【0023】
核酸を輸送するために主として電気泳動力を用いることによって、PCRチャンバー中の少量の核酸の画分を、チャンバー中の溶液を除くことなく、解析のために移動させることができる。例えば、Slepnev(米国特許第7,081,339号)によって述べられているような10μLのような少量の溶液の移動でさえ、PCRチャンバー中の核酸の画分を著しく失う結果になり、従ってリアルタイム解析が困難になる。
【0024】
マイクロ流体チップ中の大きなPCRチャンバーは、分離チャンネルの流体力学的流体抵抗が、大きなPCRチャンバーの流体力学的流体抵抗よりも十分大きくなるように、小さなキャピラリー電気泳動(CE)分離チャンネルと組合わされ得る。高い分離を達成するためのPCRチャンバーの抵抗に対する分離チャンネルの抵抗の比率は計算により求めることができる。PCR−CEチップを設計するために、推定された抵抗比の範囲に達するための例示的な計算によれば、圧力差、△Pが、溶液をPCRチャンバーの中や外及び分離チャンネルに沿って動かすと仮定される。圧力差△Pは以下のように表すことができる:
【0025】

【0026】
式中、RchamberはPCRチャンバーの流れに対する流体力学的抵抗であり、そしてVchamberはPCRチャンバーの体積である。計算を単純にするため、チャンバーの流体力学的抵抗が、非CE分離チャンネルであるフローチャンネルの抵抗を含むものと概算される(以下、チャンバーの抵抗にはフローチャンネルの抵抗が含まれているものと仮定する。)。流量比は、失われたチャンバー体積の画分を解析時間で割ることによって表すことができる。
【0027】

【0028】
式中、Qchamberはチャンバーを通る流量比であり、fは失われた体積の画分である。これらの変数に関して、流体力学的流体抵抗Rchamberが次のように与えられる。
【0029】

【0030】
分離チャンネルにおいて、流体抵抗方程式は以下のように同様に示される。
【0031】

【0032】
式中、Rsepは分離チャンネルの流体力学的流体抵抗であり、Qsepはこのチャンネルを通る流量比である。一般的に、PCRチャンバーに接続した複数の分離チャンネルが存在するため、この方程式は、図2又は図3において示されるような大抵のシステムを簡略化したものである。本明細書において、この簡略化は、流体力学的抵抗比をオーダーレベルで概算するための一例としてなされる。流体力学的抵抗Rsep及び流量比Qsepは、例えば、個々のチャンネル領域の直列及び並列の接続として計算され、システムの実際のチャンネルトポロジーを考慮することによってより正確に計算することができるが、計算目的のために、より複雑な状況を概算するための単純なシステムが仮定される。
【0033】
分離チャンネルの最高流量比は、溶液のある許容できる溶液の移動度によって定義することができる。この最大溶液の移動度△xは、分離される種のバンド幅に関して定義することができる。圧力印加による流体がこれらのバンドの広がりの原因となる。分離能の劣化を避けるために、△xは、少なくともバンド幅の少なくとも1/2以下に設定される。バンド幅は分離チャンネル幅に依存するけれども、PCR産物の解析に必要な代表的なマイクロ流体DNA分離において、バンド幅は100μm程度である。従って、△xは10〜50μmの間であると推定される。
【0034】
チャンネルの断面積がAである場合、最大許容流量比
【0035】

【0036】
は以下のように表される。
【0037】

【0038】
流れを確実にこの値未満にするために必要なチャンネル中の最低流体抵抗
【0039】

【0040】
(最低分離チャンネル抵抗)は以下のように与えられる。
【0041】

【0042】
圧力差及び解析時間は一般に既知ではなく、固定されていない。従って、最低分離チャンネル抵抗の要求を、分離チャンネル抵抗のPCRチャンバー抵抗に対する比に関して表すことが有用である。
【0043】

【0044】
従って、この式は、バルブ無しでのPCRチャンバーとCE分離のためのチャンネル一式の集積化を可能にする、流体抵抗の最低要求比を定義する。
【0045】
流体抵抗比の推定範囲は、この方程式に基づいて与えられる。高感度PCRに対しては、比較的大きな体積が要求される。例えば、病原体を100CFU/mLの濃度で検出するためには、少なくとも一個の病原体が確実に存在するために少なくとも数十μLの体積が必要とされる。例示的なチャンバー体積は25μLである。解析に実質的な影響を及ぼすことなく失うことができる画分は、約0.1であると仮定される。この画分は一例であり、より少ないほうが良いものの、幾つかの状況においては、より大きな画分を失うことが許容される。従って、上記式の分子の例示的値は2.5μLであると推定される。マイクロ流体チャンネルの断面は広い範囲に亘って変わり得るが、マイクロ流体分野においては、例えば、側部から側部までの長さが約10μm〜約100μmである。従って、本実施例では、30μm×30μmの平均寸法が選択される。上述したΔxの値の範囲は、平均30μmであると選択される。分母における得られた体積の値は、2.7×10−5μLであり、比率は以下によって近似的に与えられる。
【0046】

【0047】
明らかにこの値は種々の仮定、最も顕著には分離チャンネルの断面の推定値に依存する。もし、断面寸法が側部から側部までの長さが10μm〜100μmの範囲で許容されるのであれば、抵抗比は以下の範囲が得られる。
【0048】

【0049】
また、他のパラメーターは、fは0.02〜0.2の間であり得るような範囲を有し、Vchamberは10〜100μLの範囲を取り得る。もし、これらの更なる変動源を考慮すると、可能な範囲は以下のように広がる。
【0050】

【0051】
上記の範囲は、上述のような仮定の数に基づく一例である。上限範囲や下限範囲は、種々のパラメーターがどのように定義されるかに依存して更に増加又は減少し得る。例えば、種々のパラメーターは上限範囲を約10に上げるために更に調整され得る。
【0052】
マイクロ流体システムを設計するための基準も、流体抵抗の比よりもむしろ体積比に基づく。例えば、分離チャンネル及び大きな体積のチャンバー(計算を簡略化するため、フローチャンネルの体積はチャンバー体積中に含まれると仮定する)の両者は、計算目的のために、1からあまりにも大幅に異ならない断面アスペクト比を有する。例えば、幅対深さの比が10対1であるような大きな体積のチャンバーに対して、この仮定は完全には正確であるとはいえないが、体積比のオーダーレベルでの計算を得るためには、この仮定はやはり有効である(例えば、上述の10:1の比に対する補正ファクターは、約4倍に過ぎない)。流体抵抗は以下のように表される。
【0053】

【0054】
式中、Lは長さ、μは動的粘度、及びDは断面寸法(例えば直径)を表す。円形のチャンネルに対して、数値ファクターαは128/πに等しい。従って、流体抵抗の比は以下のように書き換えることができる。
【0055】

【0056】
同様に、体積比は以下のように表すことができる。
【0057】

【0058】
従って、二つの比は以下のように関係している。
【0059】

【0060】
更に、オーダーレベルで計算するために、長さ比及び粘度比の両者が約1であると仮定される。次いで、体積比は抵抗比の平方根に等しくなり、抵抗比における10〜10の範囲に対して、体積比範囲は以下のようになる。
【0061】

【0062】
従って、CEとPCRの間の相互作用無しで、PCRチャンバーからのサンプルのCE解析を可能とするために、デバイスの分離チャンネルの合計総体積は、PCRチャンバーとフローチャンネルの合計総体積の1/100〜1/1000なる。
【0063】
分離チャンネル中の粘度がより高く、また、これらのチャンネルの長さがより長くなる場合、体積比は適切な量によって適宜下方向に計算される。
【0064】
そのようなシステムの製作では、大きく異なる寸法を有するチャンネルを作製することが必要である。PCRチャンバーの寸法は、用途に従って変わるその所望の体積と関連付けられる。チャンバー体積は、約1μL〜約100μL、約10μL〜約75μL、又は約10μL〜約50μL、又は約10μL〜約25μLの範囲で設定される。従って、例えば、25μLの体積のチャンバーに対して、チャンバー寸法は10mm×5mm×500μmである。他の寸法が過剰に大きくなるのを避けるために、チャンバーの深さは少なくとも約500μmが望ましい。しかしながら、チャンバーの寸法は上記に限定されるものではなく、所望の体積を達成するために適宜変更、設定できる。
【0065】
電気泳動分離及び検出のために使用されるチャンネルの寸法は、より小さくできる。例えば、チャンネル寸法は20μm×20μmの断面を有する。チャンネルネットワークの深さは、流体抵抗の比を増やすために、5〜7μmに低下させることができる。上記寸法は単なる例であってそれらに制限されるものではない。PCRチャンバー及びその接続部又はフローチャンネル中に存在する抵抗に対するこれらのチャンネル中の流体力学的流体抵抗の比が約10以上、約10〜約10、約10〜約10、又は約10〜約10であることを十分確保できるのであれば、PCRチャンバー及びチャンネルネットワークの間の寸法を相異させて作製してもよく、実際の寸法は適宜変更できる。つまり、所望の流体力学的流体抵抗を達成するために、フローチャンネルの寸法は、PCRチャンバーに関連して適宜設定できる。
【0066】
例えば、ポリメチルメタクリレートや環状オレフィンポリマーのようなポリマーが、同じ基材における等しくない寸法のマイクロ流体構造を製作するために、及び得られた基材を使い捨て可能にするためには適切である。等しくないチャンネル寸法を有するポリマー製マイクロ流体デバイスは、図1(A)〜1(E)に示す通り、以下の方法によって製作できる。図1(A)に示すように、所望のチャンネルの深さに等しい厚み、例えば、500〜600μmの範囲内の厚みを有する、両面が研磨されたシリコンウエハ110を選択する。次いで、浅いチャンネル用のパターンをシリコンの一側面にフォトリソグラフィー的にパターン化する。パターン化は、次工程のためのマスキング層として、フォトレジスト、酸化シリコン、及び/又は窒化シリコンの組合せを用いる。次いで、深堀り反応性イオンエッチング(DRIE)〔図1(A)〕のような高アスペクト比プラズマエッチングを用いて浅いチャンネル120をエッチングする。他のエッチング技術も可能であるが、ウエハ中に深くて傾斜がきつい側部を有する孔及び溝を創出するためにDRIEが使用できる。ウエハ110をひっくり返し、そして深いチャンネル130用のパターンをシリコンの他の側面にフォトリソグラフィーでパターン化し、その反対面にエッチングされたパターンと位置合わせする。これには、シリコンウエハ110を調べるための赤外光を用いるなどの幾つかの位置合わせ法が必要である。DRIE〔図1(B)〕のような高アスペクト比プラズマエッチングを用いてシリコンウエハ全体を通してエッチングする。これによって深いチャンネル130の位置で、シリコンウエハ110中に開口部が創出される。次いで、パターン化していない硼珪酸ガラスウエハ140にシリコンウエハ110を陽極接合する〔図1(C)〕。次いで、電解メッキによって、シリコン/ガラスウエハのニッケル逆レプリカ150を作成する〔図1(D)〕。このレプリカ150は電気鋳造150と呼ばれる。電気鋳造150を使用してポリマー製基材160を圧縮成形又はエンボス加工する〔図1(E)〕。次いでポリマー製基材160を適切な位置で穴開けしてウエルを作製し、また端部を切断してマイクロ流体チップを作製し、それを他の材料と積層させ又は加圧/加熱接着させる。チャンネルをシールする一つの方法はポリマー薄膜を用いる積層である。
【0067】
代替法として、PCRチャンバー220のようなポリマー製マイクロ流体チップにおける大容量空間は、浅い分離チャンネルが成形又はエンボス加工によって製作された後、CNC機械加工のような他の方法によって製作できることである。この方法は全てのデバイスに対して繰返される必要があるのでより遅いが、大容量空間の設計においてより多くの柔軟性を持つことができるという利点を有する。
【0068】
例えば、約25μLの体積を有するPCRチャンバーを製造するための電気鋳造150の一部を作製するために、ウエハ110にディープエッチングが実施される。図2にマイクロ流体システムの実施態様を示す。ポリマー製チップ210は、深さ500μm及び面積50mm、又は7×7mmの四角形を有するPCRチャンバー220で作製される。他の寸法も可能であり、深さ、幅及び高さは、チャンバーの所望の体積に従って適宜制御される。また、チャンバーは、チャンバーに適切な溶液を充填させるために、チャンバーをフローウエル240に接続させるアクセス又はフローチャンネル230を有する。
【0069】
PCRチャンバー220も、フローウエル240から分離された分離チャンネルに直接的に又は間接的に接続される。分離チャンネルは、なかでも、増幅されたDNAの画分を導入するために使用することができるローディングチャンネル250、及びローディングチャンネル250と交差する(交差領域)CEチャンネル200を含むために使用される一般用語であり、増幅されたDNAのサイズを検出するための電気泳動分離を実行するために使用される。図2には一つのローディングチャンネル250及び一つのCEチャンネル200のみが示されているが、チップは各々一つより多くを有するように構成できる。分離チャンネル(例えば、ローディングチャンネル250及びCEチャンネル200)の内部体積は、PCRチャンバー220及びフローチャンネル230の総体積の約1/100以下、約1/100〜約1/1000、又は約1/300〜約1/1000となるよう設計される。PCRチャンバー220及びフローチャンネル230に存在する流体力学的流体抵抗に対するこれらのチャンバーの流体力学的流体抵抗の比が、約10以上、約10〜約10、約10〜約10、又は約10〜約10となることを考慮して、PCRチャンバー220及びフローチャンネル230の寸法、及びローディングチャンネル250及びCEチャンネル200の寸法を適宜変更することができる。PCRチャンバー220に比較して、ローディングチャンネル250及びCEチャンネル200の流体力学的抵抗を高くすることによって、バルブ又はプラグを用いることなくチャンネルに対するゲート機能を達成することができる。ポリマーチップ210にも、ポリマーチップ210からのシグナルを読みそして処理するための光学的読取り制御デバイス270、及びPCRチャンバー220をサーマルサイクリングするためのサーマルサイクリングデバイス280が供される。
【0070】
ローディングチャンネル250は、PCRチャンバー220に接続されていない反対側の両端部でローディング???ウエル260にそれぞれ接続される。ローディングウエル260はDNAを導入又は/及び注入するための電気的接点として機能することができる。CEチャンネル200の反対側の両端部は各CEウエル300に接続される。CEウエル300は電気泳動のための電気的接点として機能することができる。この配置により、フローチャンネル230によってPCRチャンバー220に接続された2つのフローウエル240中に電極を配置することを避けることができる。フローウエル240はPCRチャンバー220を充填するために十分大きな総体積を有することが必要である。上記設計において、ローディングウエル260はフローウエル240から分離された状態に維持され、電極に電圧を印加するための電源供給部に接続される。CEウエル300もまたフローウエル240から分離された状態に維持され、電極に電圧を印加するための電源供給部に接続される。この配置は温度サイクリング中にフローウエルをシールするのを容易にする。更に、サイクリング中のチャンバーとウエルの間での過剰な流れを避けるために、要すれば、フロー抵抗器290をPCRチャンバーの各端部に設置することができる。
【0071】
図3にマイクロ流体システムの別の実施態様を示す。ポリマーチップ310は、フローウエル340につながるフローチャンネル330に接続されたPCRチャンバー320を有する。フローチャンネル330に加えて、PCRチャンバー320は直接的に又は間接的に分離チャンネルに接続される。分離チャンネルは、その両端部がローディングウエル360につながるローディングチャンネル350、及びローディングチャンネル350と交差し(交差領域)、その両端部が各々CEウエル395につながるCEチャンネル390を含む。図3には一つのローディングチャンネル350及び一つのCEチャンネル390のみが示されているが、チップは各々一つより多くを有するように構成できる。この設計は、前述の実施態様よりもコンパクトであり、従って、より多くのチップが単一の電気鋳造から作製できるため、より経済的に作製できる。制限要因は、PCRの加熱サイクリングが分離を乱さないことを十分確実にするために、分離チャンネル(つまり、ローディングチャンネル350及びCEチャンネル390)をPCRチャンバー320から分離する必要性があるということである。前述の実施態様のように、分離チャンネル(ローディングチャンネル350及びCEチャンネル390)の総体積は、PCRチャンバー320及びフローチャンネル330の総体積の、約1/100以下、約1/100〜約1/1000、又は約1/300〜約1/1000となるよう設計される。PCRチャンバー320及びフローチャンネル330の寸法、及びローディングチャンネル350及びCEチャンネル390の寸法は、PCRチャンバー320及びそのフローチャンネル330に存在する流体力学的流体抵抗に対するこれらのチャンネル中の流体力学的流体抵抗の比が、約10以上、約10〜約10、約10〜約10、又は約10〜約10となることを考慮して、適宜変更することができる。ローディングチャンネル350及びCEチャンネル390の流体力学的抵抗をPCRチャンバー320と比較して高くすることによって、バルブ又はプラグを使用せずにチャンネルに対するゲート機能を達成することができる。ポリマーチップ310にも、ポリマーチップ310からのシグナルを読みそして処理するための光学的読取り制御デバイス370、及びPCRチャンバー320をサーマルサイクリングするためのサーマルサイクリングデバイス380が供される。
【0072】
PCRチャンバーの他の付加的特徴は、積層フィルムが比較的大きな面積を被覆する場合に、積層フィルムのたわみを避けるための幾つかの内部支持構造体にある。例えば、図4に示されるように、積層フィルムがたわまないように支えるために、本実施態様では内部支持構造体400がPCRチャンバー410内に設置されていることが示されている。本明細書において、内部支持構造体400は、チャンバー410内の矩形のコーナーに4つの構造体、及び中央部に5番目の支持構造体が設置されており、PCRチャンバーは最も広いところで5.4mmの幅、0.5mmの深さ、及び25μLの総体積を有する。本明細書において記載された寸法は例であり、チャンバーを制限するものではない。構造体410は、チャンバーの底部と、チャンバー410を覆って設置される積層フィルムとに接続される。支持構造体のサイズ、数、及びレイアウトは、積層フィルムのたわみが生じないことを確実にするため、チャンバーのサイズ及び体積に関連して適宜設定される。つまり、支持構造体は、1つ以上存在し、チャンバーの体積、深さ及び幅を考慮して積層フィルムを最も良好に支持し得るように配置される。支持構造体の材料は、PCRチャンバーと同じポリマー材料であってもよいが、不活性であり、且つチャンバー中に配置されるどのような溶液とも反応しない限り、異なっていてもよい。
【0073】
上記した実施態様において述べられたデバイスは、増幅の過程で、ポリマーチップに集積されたCE部品によって幾つかのDNAサンプルを取り出して解析できる、リアルタイムPCR−CEを実施するために設計されたものである。取り出されたDNAの画分は非常に小さい少量であるため、PCRプロセスには顕著な影響を及ぼさない。DNA分離においては通例であるように、分離チャンネル中の電気浸透流が抑制されると、その結果、DNAのみ電気泳動によって完全に移動し、PCRチャンバーから少しのPCR反応液も取り除かれることはない。PCRの各サイクル又はPCRの2回毎のサイクルに対してサンプルが取り出されて解析される。マイクロ流体チップにおけるPCRサイクルが一般的に15秒〜60秒かかり、また、最速のマイクロ流体DNA分離が60秒又はそれより早いオーダーであるため、このようなサンプルの取り出し・解析が可能となる。また、複数のサンプルを同時に分離することができるため、サンプル採取の間の時間間隔は、分離に要する時間よりも短くできる。複数の時点でサンプリングできるという事実は、増幅の終点における単一の時点でもサンプリングできることを意味する(エンドポイントPCR−CE)。
【0074】
実施態様において述べられたような、リアルタイムCE検出でのマイクロチップPCRのためのデバイスの使用に係る方法は、以下のように実施することができる。本方法は図2及び図3に示された例示的システムを参照するものである。マイクロチップ210又は310の浅い電気泳動のCEチャンネル200又は390をDNA分子篩いマトリックスで満たす。このマトリックスは、電気浸透流を抑制するのに十分にチャンネル壁をコートすることができ、また、どのような圧力誘起流をも低下させ、チャンネルとPCRチャンバーの間の流体力学的流体抵抗比を増大させるために、例えば、約10〜20センチポアズの相当に高い粘度を有するものである。このマトリックスにはまた、DNA断片を検出するために、臭化エチジウム、Cyber Green、Evergreen、又はSyto色素等の適切なインターカレーター色素を含有させることもできる。次いで、PCRチャンバー220又は320を、サンプルを含有する混合物、及び必要な酵素を含有する全ての試薬で満たす。更に、PCRフローウエル240又は340をシールし、温度サイクリングシステムにチップを設置する。次いで、PCRチャンバーからローディングチャンネル250又は350内にDNA画分を導入するために、増幅中(各サイクル毎、又は2サイクル毎)、温度サイクリングによる増幅を実施しながら、図2の場合は電気泳動のローディングウエル260に、また図3の場合はウエル360に電圧を印加する。次いで、CEウエル300又は395に電圧を印加することによって、このDNAの部分が交差領域を通ってCEチャンネル200又は390内に注入される。更に、DNAを分離して、交差領域から適切な距離でDNAを検出する。比較的小さな二本鎖DNA断片の迅速な分離のために、分離領域及び分離長さを最適化することができる。次いで、各分離において、所望のPCR増幅産物に対応するピークを同定し、ピークの高さ又は面積によってそのPCR増幅産物のサイズを計算する。次いで、得られたピークサイズをサイクル数に対してプロットし、これらのデータを使用してサンプル中に存在する標的DNAの元の量を求める。
【0075】
代表的な単一PCRサイクルには、変性、プライマーの結合又はアニーリング、及びDNAの合成又は伸張の3つの工程が含まれる。変性中に、二本鎖DNA鋳型を分離するために出発混合物を最初に約94℃〜96℃に加熱する。DNAの変性後、分離された鎖の相補配列にプライマーを結合させるために混合物を約55℃に冷却する。プライマーは複製されるべきDNAの末端を規定する。次いで、DNAポリメラーゼが、鋳型鎖上のアニールしたプライマーの伸張を触媒するように、混合物を約72℃で加熱する。この1サイクルを1回以上の回数、繰返す。
【0076】
幾つかの場合において、単一PCRサイクルは、変性工程、及びDNA合成とプライマー結合工程の2つの工程のみを含む。この場合、二本鎖DNA鋳型を分離するために出発混合物を最初に約94℃〜96℃に加熱する。変性後、分離された鎖の相補配列にプライマーを結合させるため、及びDNAポリメラーゼが鋳型鎖上のアニールしたプライマーの伸張を触媒するために、混合物を規定された温度(約60〜70℃)に冷却する。この1サイクルを1回以上の回数、繰返す。
【0077】
PCR増幅をより低温で実施することが可能である。例えば、鋳型DNAの変性温度を下げるために、プロリン等の添加剤又は添加剤類を反応混合物中に含有させる。例えば、約75℃の低い変性温度、及び約55℃のプライマーのアニーリング及び伸張温度によって低温サイクルPCRを実施することができる。
【0078】
別の例においては、DNAをサーマルサイクリングを必要とせずに増幅することができる。例えば、加熱の代わりにヘリカーゼと呼ばれる酵素によってDNA鋳型を分離する。このようにして、DNAをサーマルサイクリングを使用せずに単一温度で増幅することができる。
【0079】
反応サンプルの一部、例えば、チャンバー中で反応したPCR増幅産物、を、PCR温度サイクリングによる増幅が完了した後ではなく、PCR温度サイクリングによる増幅中に、適切な電圧を印加することによって分離チャンネル内に注入する。分離チャンネル中に注入されたPCR増幅産物を、分離チャンネルで分離する。次いで、分離されたPCR増幅産物を検出する。更に、これらの注入工程、分離工程、及び検出工程を1回以上の回数、繰返す。
【0080】
サンプル中に存在する標的核酸の元の量の測定は、検出プロセスを繰返して得られるデータを収集すること、及び収集されたデータに基づいて存在する核酸の量を定量することによって実施することができる。例えば、存在する核酸の量の定量は、スレッシュホールド・サイクル(Ct値:threshold cycle)の計算によって実施することができる。
【0081】
一例として、図2におけるPCRチップ210を用いるPCR−CEの実験について述べる。この実験で使用された試薬は以下の通りである:BSA溶液(100μg/mL);BCGゲノムDNA,l0コピー/μL;rTaq DNAポリメラーゼ,5U/μL;10×PCR緩衝液;50mM MgCl;10mM dNTP;IS_F10フォワードプライマー,CTCACCTATGTGTCGACCTG,5μM;及びIS_R8リバースプライマー,GGTCGAGTACGCCTTCTTG,5μM。PCR反応溶液(28μL)は以下を含む:1×PCR緩衝液;0.4mM dNTP;3mM MgCl;250nM フォワードプライマー;250nM リバースプライマー;1μL BCGゲノムDNA(10コピー);及び1U rTaq DNAポリメラーゼ。
【0082】
PCR−CEチップ210のCEチャンネル200にインターカレーター色素を含有するポリジメチルアクリルアミドのゲルマトリックスを充填し、そして28μLのPCR反応混合物を1つのウエル240からPCRチップ210にロードした。次いで、PCR試薬及びゲルが充填されたPCRチップをサーマルサイクラー280のサーマルサイクリングデバイスと一緒に固定した。PCRサイクリング中の蒸発を抑制するために、チップ210に亘ってかつ密閉的に覆って設置されたマニホールドデバイスを通して、全てのウエルに30psiの圧力をかけた。このマニホールドデバイスは2007年5月15日に出願された米国仮出願番号60/938,171号の優先権を主張する、2008年5月15日に出願されたPCT/US2008/06266号中により詳細に述べられており、その両者は本明細書に引用することによりその全体が組込まれている。以下のサイクルプロトコールを用いてPCRを実施した:1×96℃,30s;及び40×96℃,15s,62℃,15s,及び72℃,30s。
【0083】
ローディングウエル260の間に、14、16、18、20、22、25及び30サイクルで電圧を印加することによって、チャンバー220からのPCR産物サンプルをローディングチャンネル250内に移動した。次いで、CEウエル300の間に電圧を印加することによって、PCR産物サンプルをCEチャンネル200内に注入して分離し、そして光学的読取り制御デバイス270によって解析した。PCR混合物中の内部マーカー(100bpのDNA)を用いてPCR産物のピーク面積を正規化し、サイクル数に対してプロットして図5に示すPCR成長曲線を得た。図6に標的PCR産物サンプル(200bp)が検出可能となり始めた時点である18サイクル目でのCE分離のエレクトロフェログラムを示す。合計時間は1時間であった。
【0084】
リアルタイムPCRにおける相対的定量計算のための種々の方法が知られている。例えば、米国特許第6,942,971号には、DNA量を定量するために、核酸の成長曲線を規定するシグナル値を保存し、成長曲線の微分係数を求め、そして微分係数の特性に関連があるサイクル数又は時間値を計算するためのプログラムが開示されている。YuanらのBMC Bioinformartics 7:85 (2006)において、著者らは、DNA産物の量を定量するための、リアルタイムPCRデータの統計的解析を提案している。PfafflのNucleic Acid Research, vol.29, No.9 (2001)において、著者は、リアルタイムPCRにおける相対的定量のための新しい数学モデルを開示している。これらの何れの方法もそしてこの分野で公知の他の方法も、リアルタイムPCRにおける核酸の量を定量するために使用することができる。
【0085】
別の実施態様において、エンドポイントPCRアッセイが実証されている。CE検出を用いるPCRのためのマイクロ流体チップ600は、図7に示すように、各々約30μmの幅のチャンネル605、及び約500μmの深さのPCRチャンバー610を有する。基本的に、ウエル1〜8を有するチップ600の寸法は図2における寸法と同じである。
【0086】
エンドポイントPCRアッセイを実施するために、チャンネルに、pH8の200mM TAPS緩衝液、2% ポリジメチルアクリルアミド分子篩いマトリックス及びエチジウム ブロマイド ダイマー蛍光色素からなる分離ゲルを最初に充填した。次いで、チャンバー610に、PCR反応のために必要な全ての試薬(プライマー、酵素、緩衝液、塩化マグネシウム、dNTP’s)を含有するPCR緩衝液、及び異なるコピー数の標的物をロードした。標的物としてプラスミドDNAの200bp断片を使用した。チャンバー610とローディング電極ウエル5の間を接続したチャンネル605にPCR緩衝液が充填された。全てのチャンネル及びチャンバーが充填された後、各ウエルに分離ゲル、マーカー又はPCR緩衝液を充填した。
【0087】
次に、チップ600を、ヒーター及び冷却手段に接続されている平らな銅板からなるサーマルサイクリングデバイス(図示していない)に設置した。37psiの圧力を、マニホールドデバイス(PCT/US2008/06266号に記載されている)を通して全てのウエルに同時に印加した。サーマルサイクリングは以下のタイミングで40サイクル設定した。変性15s、アニーリング20s、及び伸張15s。合計サイクル時間は2100sであった。PCRサイクルの後、圧力をゆっくりと開放した。
【0088】
サーマルサイクリングの後、オン−チップキャピラリー電気泳動を実施した。蛍光顕微鏡を用いて光学的検出を行いながら、挿入された白金電極を用いて、ウエルに電圧を印加した。532nmの緑色ダイオードレーザーからの入射光を使用し、610±35nmの励起フィルターを使用した。
【0089】
ウエル3からのDNAサイズマーカー(100bp及び700bp)と混合させながら、PCRチャンバーからサンプルを電気泳動的にウエル8の方向に移動させた。同時に、ウエル1及び7からの電流も交差点に向けて流し、その交差点でサンプルを閉じ込めた。次の工程において、引き抜き電流をウエル8及び3からサンプルローディングチャンネル中に維持しながら、分離を実施するために、DNAをウエル7からウエル1に移動させた。下表に、CE分離のために印加した電圧と電流を示す。
【0090】
【表1】

【0091】
図8(A)〜(F)に、PCR緩衝液中の標的DNAの異なる元のコピー数〔10、10、10、10、10及び0(コントロール)コピー数〕を用いて、上述のように実施した一連の実験によって得られたCEの結果を示す。この結果は、元のコピー数が10コピーであっても、その増幅から得られる産物が検出できることを示している。図9に示したように、この10コピーを用いた実験を次の日に繰返し行った(後述する、表2における「10_2日」)。増幅されたピークは、はるかに小さいもののまだ検出可能であることが判る。
【0092】
この実験における各ピークの大きさは、別途実施された検量実験に基づいてDNA濃度を測定するために使用することができる。本例示的マイクロ流体デバイスから及び他のデバイスからの濃度の測定結果を下表に示す。
【0093】
図8(A)〜(F)及び図9に示されるPCR試験の後、サンプルをチップから取り出して、各ピークの濃度を測定するために使用されるAgilent 2100 Bioanalyzerで解析した。別のコントロール実験として、同様にDNA濃度を測定するCepheid社のSmart Cycler(登録商標)を用いて、同じPCRを実施した。上記で得られた結果を併せて下表に示す。
【0094】
【表2】

【0095】
マイクロ流体デバイスは、他の検出デバイスより優れていないとしても同等の感度を有していることが判る。結果のバラツキは、希釈を行うたびに実際に存在するコピー数の統計的変動によって説明できる。各増幅後に存在するDNAの定量レベルは、全ての方法で同程度であり、標的の元のコピー数に従って単調に増大した。
【0096】
上述の設計及び方法に加えることができる多くの変更や追加可能な特徴が存在する。一例は、特大体積のウエルを用いることによるサンプルとPCR混合物とのオン−チップ混合である。この例では、解析されるべきサンプル、及びプライマー、酵素及びヌクレオチドを含有するPCRマスター混合物を連続してウエル中に配置するための外部ピペッターの使用を含んでいてもよい。そのようなウエルは、少なくともPCRチャンバーと同じほど大きい、約10〜100μLの範囲の体積を必要とするかもしれない。別の例は、PCR反応からのDNAサンプルとDNA長を決定する標準物とのオン−チップ混合である。これを行うためには、DNA標準物又はマーカーを含有する特別のウエル、及びPCRチャンバー220と注入交差点の間でそのウエルをチャンネルの部分に接続するチャンネルの追加が必要である。PCRチャンバーからのDNAサンプルとDNA標準物の間の混合比は分離ウエル260及び追加のDNAマーカーウエルに印加される電圧又は電流によって制御することができる。
【0097】
本明細書に開示された本発明の明細書及び実施例を考慮すれば、本発明の他の実施態様が当業者にとって明白であろう。明細書及び実施例は単に例示的なものとして考えられ、そして本発明の範囲と精神は以下の請求の範囲によって示されることを意図するものである。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明は、大容量のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)及び集積キャピラリー電気泳動(CE)検出を実施するためのマイクロ流体デバイスに関する。本マイクロ流体デバイスは、高いコスト効率でありながら検出における非常に高感度を達成できる。
【符号の説明】
【0099】
110 シリコンウエハ
120 浅いチャンネル
130 深いチャンネル
140 硼珪酸ガラスウエハ
150 ニッケル逆レプリカ(電気鋳造)
160 ポリマー製基材
200、390 CEチャンネル
210、310、600 チップ
220、320、410、610 PCRチャンバー
230、330 フローチャンネル
240、340 フローウエル
250、350 ローディングチャンネル
260、360 ローディングウエル
270、370 光学的読取り制御デバイス
280、380 サーマルサイクリングデバイス
290 フロー抵抗器
300、395 CEウエル
400 内部支持構造体
605 チャネル
1、2、3、4、5、6、7、8 ウエル
【図1(A)】

【図1(B)】

【図1(C)】

【図1(D)】

【図1(E)】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸を増幅及び検出するためのマイクロ流体システムであって:
核酸を増幅するためのチャンバーを有する基材;
基材上に配列された複数のウエル;
チャンバーを通って溶液の流れを可能とするために、基材においてウエルとチャンバーとを接続するフローチャンネル;及び
チャンバー中で増幅された核酸の画分を分離及び検出するために、チャンバーと他のウエルとを接続する、基材に具備された1以上の分離チャンネル;
を含み、
チャンバー、フローチャンネル及び1以上の分離チャンネルが、チャンバーとフローチャンネルを合わせた流体力学的流体抵抗が1以上の分離チャンネルの流体力学的流体抵抗の少なくとも1/10以下となるように構成されるマイクロ流体システム。
【請求項2】
更に、チャンバー中で核酸の増幅を行うためのサーマルサイクリングデバイスを含む、請求項1記載のマイクロ流体システム。
【請求項3】
チャンバー及びフローチャンネルの流体力学的流体抵抗に対する、1以上の分離チャンネル中の流体力学的流体抵抗の抵抗比が、約10から約10の間である、請求項1記載のマイクロ流体システム。
【請求項4】
更に、電気泳動的に分離された核酸画分からの信号を光学的に検出し、その信号を処理するための光学的読取り制御デバイスを含む、請求項1記載のマイクロ流体システム。
【請求項5】
核酸を増幅及び検出するためのマイクロ流体システムであって:
核酸を増幅するためのチャンバーを有する基材;
基材上に配列されたウエル;
チャンバーを通って溶液の流れを可能とするために、基材においてウエルとチャンバーとを接続するフローチャンネル;及び
基材に具備され、チャンバー中で増幅された核酸の画分を分離及び検出するためにチャンバーに接続された、1以上の分離チャンネル;
を含み、
1以上の分離チャンネルの総体積が、チャンバー及びフローチャンネルの総体積の少なくとも1/100以下である、マイクロ流体システム。
【請求項6】
更に、チャンバー中で核酸の増幅を行うためのサーマルサイクリングデバイスを含む、請求項5記載のマイクロ流体システム。
【請求項7】
更に、電気泳動的に分離された核酸画分からの信号を光学的に検出し、その信号を処理するための光学的読取り制御デバイスを含む、請求項5記載のマイクロ流体システム。
【請求項8】
1以上の分離チャンネルの総体積が、チャンバー及びフローチャンネルの総体積の少なくとも約1/100〜約1/1000である、請求項5記載のマイクロ流体システム。
【請求項9】
核酸を増幅及び検出するためのマイクロ流体デバイスであって:
核酸を増幅するためのチャンバーを有する基材;
基材に具備された複数のウエル;
チャンバーを通って溶液の流れを可能とするために、基材においてウエルとチャンバーとを接続するフローチャンネル;及び
チャンバー中で増幅された核酸の画分を分離及び検出するために、チャンバーと他のウエルとを接続する、基材に具備された1以上の分離チャンネル;
を含み、
1以上の分離チャンネルの流体力学的流体抵抗がバルブの代わりとして機能するように、1以上の分離チャンネルの寸法が、フローチャンネル及びチャンバーの各々の寸法よりも小さいマイクロ流体デバイス。
【請求項10】
チャンバー、フローチャンネル及び1以上の分離チャンネルが、チャンバーとフローチャンネルを合わせた流体力学的流体抵抗が1以上の分離チャンネルの流体力学的流体抵抗の約1/10以下となるように構成される、請求項9記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項11】
チャンバー、フローチャンネル及び1以上の分離チャンネルが、チャンバーとフローチャンネルを合わせた流体力学的流体抵抗が1つ又はそれ以上の分離チャンネル中の流体力学的流体抵抗の約1/10〜1/10となるように構成される、請求項9記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項12】
チャンバーが、約10μL〜約25μLの体積を有する、請求項9記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項13】
1以上の分離チャンネルの体積が、チャンバー及びフローチャンネルの総体積の少なくとも1/100以下である、請求項9記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項14】
1以上の分離チャンネルの体積が、チャンバー及びフローチャンネルの総体積の約1/100〜約1/1000である、請求項9記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項15】
電気泳動DNAサイジング分析を行うためのチャンネルネットワークを形成するために、1つより多くの分離チャンネルが基材に具備される、請求項9記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項16】
マイクロ流体デバイスを用いて核酸を増幅及び検出する方法であって、
(1)核酸を増幅するためのチャンバー、ウエル、チャンバーを通って溶液の流れを可能とするためにウェルとチャンバーに接続されたフローチャンネル、及びチャンバーに接続された1つ又はそれ以上の分離チャンネルを含むマイクロ流体デバイスを供すること;
(2)チャンバー中に核酸の溶液を配置すること;
(3)チャンバー中に配置された核酸を増幅すること;
(4)増幅された核酸の画分をチャンバーから1つ又はそれ以上の分離チャンネル内に導入すること;
(5)1つ又はそれ以上の分離チャンネルを通して、増幅された核酸画分を分離すること;及び
(6)分離された核酸を検出すること;
を含み、
工程(3)〜(6)が1回以上の回数、繰返されるか、又は工程(3)が1回以上の回数、繰返された後に工程(4)〜(6)が1回実行される方法。
【請求項17】
チャンバー中に配置された核酸の増幅が、サーマルサイクリングによって行われる、請求項16記載の方法。
【請求項18】
更に、(8)収集したデータに基づいて、存在する核酸の量を定量すること、を含む、請求項16記載の方法。
【請求項19】
存在する核酸量の定量が、スレッシュホールド・サイクル(Ct値:threshold cycle)の計算によって求められる、請求項16記載の方法。
【請求項20】
チャンバー、フローチャンネル及び1以上の分離チャンネルが、チャンバーとフローチャンネルを合わせた流体力学的流体抵抗が1以上の分離チャンネルの流体力学的流体抵抗の少なくとも1/10以下となるように構成される、請求項16記載の方法。
【請求項21】
チャンバー、フローチャンネル及び1以上の分離チャンネルが、チャンバーとフローチャンネルを合わせた流体力学的流体抵抗が1以上の分離チャンネルの流体力学的流体抵抗の約1/10〜1/10となるように構成される、請求項16記載の方法。
【請求項22】
チャンバーが、約10μL〜約25μLの体積を有する、請求項16記載の方法。
【請求項23】
1つ又はそれ以上の分離チャンネルの体積が、チャンバー及びフローチャンネルの総体積の少なくとも1/100以下である、請求項16記載の方法。
【請求項24】
1つ又はそれ以上の分離チャンネルの体積が、チャンバー及びフローチャンネルの総体積の約1/100〜約1/1000である、請求項16記載の方法。
【請求項25】
電気泳動DNAサイジング分析を行うためのチャンネルのネットワークを形成するために、1つより多くの分離チャンネルが基材に具備される、請求項16記載の方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2010−528676(P2010−528676A)
【公表日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−512190(P2010−512190)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【国際出願番号】PCT/US2008/007359
【国際公開番号】WO2008/154036
【国際公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【出願人】(000252300)和光純薬工業株式会社 (105)
【Fターム(参考)】