説明

難燃剤及びその製造方法

【課題】 火災時や焼却処分時に有害物質の発生がなく、液中での分散安定性に優れ、十分な初期難燃性を付与することができると共に、熱老化時の難燃性能にも優れた難燃剤を提供する。
【解決手段】 この発明に係る難燃剤は、熱膨張性黒鉛の表面の少なくとも一部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、水系合成樹脂エマルジョン等の液中での分散安定性に優れると共に、熱老化時の難燃性能にも優れた難燃剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用シート表皮材や自動車用フロアーマット等の車両用内装材には、火災時の安全性を高めるために、優れた難燃性を備えていることが求められている。このような難燃化の要求に応えるために、従来より、自動車用フロアーマットの裏面に設けられる合成樹脂製の裏打層に難燃剤を含有せしめることが行われている。このような難燃剤としては、例えば塩素原子や臭素原子等のハロゲンを化学構造中に有する難燃剤(ハロゲン系難燃剤)が多く用いられてきた(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、このようなハロゲン系難燃剤は、火災時には、塩化水素ガス、ハロゲンガス等の有害物質を発生することが知られており、搭乗者の安全確保の面から好ましいものではないし、使用後に焼却処分する際にも様々な有害物質を発生することが指摘されており、地球環境保護の観点からも好ましいものではなかった。
【0004】
そこで、前記裏打層を形成する水系合成樹脂エマルジョン中に難燃剤として熱膨張性黒鉛を含有せしめることが提案されている(特許文献2参照)。この技術によれば、十分な難燃性を付与できる上に、火災時や焼却処分時に有害物質の発生もない。
【0005】
しかるに、前記熱膨張性黒鉛は、水系合成樹脂エマルジョン中における分散安定性が良好ではないという問題があった。このように分散安定性が良好ではないので、繊維布帛の裏面に塗布した際に熱膨張性黒鉛を均一分散状態で付与せしめることは難しかったし、エマルジョンの液安定性が悪く比較的短期間で熱膨張性黒鉛が凝集して沈降分離する傾向が強かった。
【0006】
そこで、本出願人は、このような問題を解決するために、難燃剤として、熱膨張性黒鉛の表面の少なくとも一部にリン酸エステル及び界面活性剤がコーティングされたものを用いることを先に提案している(特許文献3参照)。これにより、エマルジョン中における熱膨張性黒鉛の分散安定性を格段に向上させることができた。
【特許文献1】特開平6−166148号公報(請求項1、段落0019)
【特許文献2】特開2001−73275号公報(請求項1、段落0015)
【特許文献3】国際公開2004−033585号パンフレット(請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前記特許文献3に記載の難燃剤を用いた場合、初期の難燃性能は十分に確保できているものの、難燃性布帛の熱老化時(長期間の熱履歴の負荷後)の難燃性能が低下するという問題があった。例えば自動車内では特に夏場は車内温度が相当に高温になることから、自動車用シート表皮材、自動車用フロアーマット等の車両用内装材用途においては、熱老化時の難燃性能に優れていることは製品として非常に重要であり、従って熱老化時の難燃性能を十分に向上させることが強く求められていた。
【0008】
この発明は、かかる技術的背景に鑑みてなされたものであって、火災時や焼却処分時に有害物質の発生がなく、液中での分散安定性に優れ、十分な初期難燃性を付与することができると共に、熱老化時の難燃性能にも優れた難燃剤及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
【0010】
[1]熱膨張性黒鉛の表面の少なくとも一部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着されていることを特徴とする難燃剤。
【0011】
[2]熱膨張性黒鉛の表面の少なくともエッジ部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着されていることを特徴とする難燃剤。
【0012】
[3]前記熱膨張性黒鉛100質量部に対して、無機化合物の固着量が5〜300質量部、リン酸エステルの固着量が5〜50質量部、界面活性剤の固着量が0.5〜10質量部の範囲である前項1または2に記載の難燃剤。
【0013】
[4]前記無機化合物の平均粒径が1〜50μmである前項1〜3のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0014】
[5]前記無機化合物の平均粒径が1〜10μmである前項1〜3のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0015】
[6]前記無機化合物が炭酸カルシウムである前項1〜5のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0016】
[7]前記無機化合物が水酸化マグネシウムである前項1〜5のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0017】
[8]前記熱膨張性黒鉛の平均粒径が50〜1000μmである前項1〜7のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0018】
[9]前記界面活性剤がアニオン系界面活性剤である前項1〜8のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0019】
[10]前記アニオン系界面活性剤として、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、第2高級アルコールエトキシサルフェート、ポリオキシエチレンアリルフェニルエーテル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩及びポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸塩からなる群より選ばれる1種または2種以上のアニオン系界面活性剤が用いられた前項9に記載の難燃剤。
【0020】
[11]前記リン酸エステルの分子量が400〜1500である前項1〜10のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0021】
[12]リン酸エステルを溶解含有した有機溶媒を熱膨張性黒鉛に塗布する第1塗布工程と、該第1塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物の粉体を散布する第2塗布工程と、前記第2塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、界面活性剤を溶解含有した溶媒を塗布する第3塗布工程とを包含することを特徴とする難燃剤の製造方法。
【0022】
[13]リン酸エステルを溶解含有した有機溶媒を熱膨張性黒鉛に塗布する第1塗布工程と、該第1塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物の粉体を液体に分散せしめた分散液を塗布する第2塗布工程と、前記第2塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、界面活性剤を溶解含有した溶媒を塗布する第3塗布工程とを包含することを特徴とする難燃剤の製造方法。
【0023】
[14]前記第3塗布工程を経た後に乾燥処理を行う前項12または13に記載の難燃剤の製造方法。
【0024】
[15]前記無機化合物粉体の平均粒径が1〜50μmである前項12〜14のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0025】
[16]前記無機化合物粉体の平均粒径が1〜10μmである前項12〜14のいずれか1項に記載の難燃剤。
【0026】
[17]前記無機化合物として炭酸カルシウムを用いる前項12〜16のいずれか1項に記載の難燃剤の製造方法。
【0027】
[18]前記無機化合物として水酸化マグネシウムを用いる前項12〜16のいずれか1項に記載の難燃剤の製造方法。
【0028】
[19]前項12〜18のいずれか1項に記載の製造方法により製造されたことを特徴とする難燃剤。
【0029】
[20]前項1〜11のいずれか1項に記載の難燃剤を含有した合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布、乾燥して得られた難燃性繊維布帛。
【0030】
[21]前項19に記載の難燃剤を含有した合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布、乾燥して得られた難燃性繊維布帛。
【発明の効果】
【0031】
[1]の発明に係る難燃剤では、界面活性剤が固着されているので、分散安定性に優れたものとなり、例えば水系合成樹脂エマルジョン中に含有せしめた状態でも凝集して沈降分離することがない。従って、例えばこの難燃剤を含有した水系合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布した際には、熱膨張性黒鉛を均一分散状態で繊維布帛に付与できると共に、塗布がしやすいし、塗工安定性にも優れている。更に、リン酸エステルも固着されているので、無機化合物及び界面活性剤の固着安定性を向上できると共に、繊維布帛に十分な柔軟性を付与できる。また、熱膨張性黒鉛を含有しているので十分な難燃性を付与できるし、ハロゲン系難燃剤を用いないので火災時や焼却処分時に有害物質の発生もない。更に、特定の無機化合物(炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物)も固着されているので、熱老化時の難燃性能にも優れている。即ち、長期間の熱履歴を受けた後においても、十分な難燃性を維持することができる。加えて、熱膨張性黒鉛の表面に特定の無機化合物等が固着されることで熱膨張性黒鉛の黒色が目立たなくなるので、この難燃剤を付与した対象物(繊維布帛等)におけるデザインの自由度を向上できる利点もある。
【0032】
[2]の発明に係る難燃剤では、界面活性剤が固着されているので、分散安定性に優れたものとなり、例えば水系合成樹脂エマルジョン中に含有せしめた状態でも凝集して沈降分離することがない。従って、例えばこの難燃剤を含有した水系合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布した際には、熱膨張性黒鉛を均一分散状態で繊維布帛に付与できると共に、塗布がしやすいし、塗工安定性にも優れている。更に、リン酸エステルも固着されているので、無機化合物及び界面活性剤の固着安定性を向上できると共に、繊維布帛に十分な柔軟性を付与できる。また、熱膨張性黒鉛を含有しているので十分な難燃性を付与できるし、ハロゲン系難燃剤を用いないので火災時や焼却処分時に有害物質の発生もない。更に、特定の無機化合物(炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物)が、熱膨張性黒鉛のエッジ部に固着されているので、熱老化時の難燃性能にも優れている。一般に熱膨張性黒鉛は長期間の熱履歴を受けると熱膨張性黒鉛の層間内の硫酸分等が揮散することで熱膨張性が低下してしまうのであるが、熱膨張性黒鉛のエッジ部に前記特定の無機化合物が固着されていることで硫酸分等の揮散を抑制することができ、これにより長期間の熱履歴を受けた後においても十分な難燃性を維持することができる。加えて、熱膨張性黒鉛の表面に特定の無機化合物等が固着されることで熱膨張性黒鉛の黒色が目立たなくなるので、この難燃剤を付与した対象物(繊維布帛等)におけるデザインの自由度を向上できる利点もある。
【0033】
[3]の発明では、熱老化時の難燃性能をさらに向上することができると共に、難燃剤としての分散安定性を向上でき、また界面活性剤の固着安定性も向上できる。
【0034】
[4]の発明では、無機化合物の平均粒径が1〜50μmであるから、該無機化合物の脱落が効果的に防止される。
【0035】
[5]の発明では、無機化合物の平均粒径が1〜10μmであるから該無機化合物の脱落が効果的に防止されると共に、平均粒径1〜10μmの無機化合物は熱膨張性黒鉛のエッジ部により多く固着されるので熱老化時の難燃性能をより向上させることができる。
【0036】
[6]の発明では、無機化合物として炭酸カルシウムが用いられている。炭酸カルシウムは、代表的な一例を示すと、分解温度が約850℃と高く、かつ吸熱量も約1800J/gと大きいことから、約850℃までは炭酸カルシウムが分解しないので(その吸熱作用によって燃焼時の材料温度を低下させてしまうことがなくて)熱膨張性黒鉛の膨張を阻害することがなく、材料に火元が接触した部分で熱膨張性黒鉛が効果的に膨張して空気を遮断すると同時に、炭酸カルシウム自体が分解して十分な吸熱作用を発揮してこれらの相乗効果によって高い難燃効果を得ることができる。
【0037】
[7]の発明では、無機化合物として水酸化マグネシウムが用いられている。水酸化マグネシウムは、代表的な一例を示すと、分解温度が約350℃と比較的高く、かつ吸熱量も約1600J/gと大きいことから、熱膨張性黒鉛の膨張を阻害することがなく、材料に火元が接触した部分で熱膨張性黒鉛が効果的に膨張して空気を遮断すると同時に、水酸化マグネシウム自体が分解して十分な吸熱作用を発揮してこれらの相乗効果によって高い難燃効果を得ることができる。
【0038】
[8]の発明では、熱膨張性黒鉛の平均粒径が50〜1000μmであるから、分散安定性を十分に確保しつつより優れた難燃性能を確保することができる。
【0039】
[9]の発明では、界面活性剤としてアニオン系界面活性剤が用いられているから、熱膨張性黒鉛に対する界面活性剤の固着性を向上させることができる。
【0040】
[10]の発明では、熱膨張性黒鉛に対する界面活性剤の固着性をさらに向上させることができる。
【0041】
[11]の発明では、リン酸エステルの分子量が400〜1500であるから、溶媒中での分散安定性をさらに向上させることができる。
【0042】
[12][13]の発明(製造方法)によれば、本発明の難燃剤を生産効率良く製造することができる。
【0043】
[14]の発明では、第3塗布工程を経た後に乾燥処理を行うので、前記特定の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤を熱膨張性黒鉛に対して強く安定状態に固着させることができる。即ち、これら化合物の固着安定性を向上させることができる。
【0044】
[15]の発明では、無機化合物粉体の平均粒径が1〜50μmであるから、無機化合物の脱落が生じ難い難燃剤を製造できる。
【0045】
[16]の発明では、無機化合物粉体の平均粒径が1〜10μmであるから、無機化合物を熱膨張性黒鉛のエッジ部により多く固着させることができて、熱老化時の難燃性能により優れた難燃剤を製造できる。
【0046】
[17]の発明では、無機化合物として炭酸カルシウムを用いる。炭酸カルシウムは、代表的な一例を示すと、分解温度が約850℃と高く、かつ吸熱量も約1800J/gと大きいことから、約850℃までは炭酸カルシウムが分解しないので(その吸熱作用によって燃焼時の材料温度を低下させてしまうことがなくて)熱膨張性黒鉛の膨張を阻害することがなく、材料に火元が接触した部分で熱膨張性黒鉛が効果的に膨張して空気を遮断すると同時に、炭酸カルシウム自体が分解して十分な吸熱作用を発揮してこれらの相乗効果によって高い難燃効果を得ることができる。
【0047】
[18]の発明では、無機化合物として水酸化マグネシウムを用いる。水酸化マグネシウムは、代表的な一例を示すと、分解温度が約350℃と比較的高く、かつ吸熱量も約1600J/gと大きいことから、熱膨張性黒鉛の膨張を阻害することがなく、材料に火元が接触した部分で熱膨張性黒鉛が効果的に膨張して空気を遮断すると同時に、水酸化マグネシウム自体が分解して十分な吸熱作用を発揮してこれらの相乗効果によって高い難燃効果を得ることができる。
【0048】
[19]の発明では、火災時や焼却処分時に有害物質の発生がなく、液中での分散安定性に優れ、十分な初期難燃性を付与することができると共に、熱老化時の難燃性能にも優れた難燃剤が提供される。
【0049】
[20][21]の発明では、熱膨張性黒鉛が均一分散状態で繊維布帛に付与され得るから初期難燃性、熱老化時の難燃性に優れると共に、火災時や焼却処分時に有害物質の発生もない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
この発明の難燃剤は、熱膨張性黒鉛の表面の少なくとも一部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着されていることを特徴とするものである。
【0051】
この難燃剤は、界面活性剤が固着されているので、分散安定性に優れている。従って、例えば水系合成樹脂エマルジョン中に含有せしめた状態でも凝集して沈降分離することがないから、例えばこの難燃剤を含有した水系合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布した際には、熱膨張性黒鉛を均一分散状態で繊維布帛に付与できるし、また塗布がしやすく、塗工安定性にも優れている。更に、リン酸エステルも固着されているので、無機化合物及び界面活性剤の固着安定性を向上できると共に、繊維布帛に十分な柔軟性を付与できる。また、熱膨張性黒鉛を含有しているので十分な難燃性を付与できるし、ハロゲン系難燃剤を用いないので火災時や焼却処分時に有害物質の発生もない。更に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物も固着されているので、熱老化時の難燃性能にも優れたものとなる。即ち、長期間の熱履歴を受けた後においても、十分な難燃性を維持することができる。
【0052】
なお、熱膨張性黒鉛の表面の少なくとも一部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着されていれば十分であるが、勿論表面のみならず、熱膨張性黒鉛の層間内にも固着されていても良い。
【0053】
好適な形態は、熱膨張性黒鉛の表面の少なくともエッジ部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着された構成である。なお、前記「エッジ部」(10)とは、図1に示すように、熱膨張性黒鉛の周側面(11)、熱膨張性黒鉛の層構造の上面層の外表面の周縁部(12)及び下面層の外表面の周縁部(13)からなる。一般に熱膨張性黒鉛は長期間の熱履歴を受けると熱膨張性黒鉛の層間内の硫酸分等が揮散することで熱膨張性が低下してしまうのであるが、熱膨張性黒鉛のエッジ部(10)に前記特定の無機化合物が固着されていることで硫酸分等の揮散を抑制することができ、これにより長期間の熱履歴を受けた後においても十分な難燃性を維持することができる、即ち熱老化時の難燃性能に優れたものとなる。また、熱膨張性黒鉛のエッジ部(10)に前記特定の無機化合物が固着されていることで、例えばこの難燃剤を含有した水系合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布した際に、熱膨張性黒鉛のエッジ部への樹脂の接触(接着)を抑制できるので、熱膨張性黒鉛の膨張時にその膨張が樹脂によって阻害されることがなく、十分な難燃性能を得ることができる。
【0054】
本発明で用いる熱膨張性黒鉛は、例えば天然黒鉛の粉末や粒子を硫酸と酸化剤で反応処理したのち、酸除去、水洗(中和)、乾燥を経ることによって製造できるが、特にこのような製造方法によって製造されるものに限定されるものではない。熱膨張性黒鉛の製造方法については、例えば特公昭60−34492号公報にも記載されている。一般に、熱膨張性黒鉛は、数百〜1000℃程度で加熱されると、その層間の間隔が数十倍から数百倍程度まで膨張することが知られている。
【0055】
前記熱膨張性黒鉛の平均粒径(常温状態)は、50〜1000μmであるのが好ましい。50μm以上であることで十分な難燃性能を確保することができるし、1000μm以下であることで分散安定性が向上すると共に繊維布帛から脱落し難くなる。中でも、熱膨張性黒鉛の平均粒径(常温状態)は、80〜500μmの範囲であるのがより好ましく、特に好ましい範囲は120〜330μmである。
【0056】
前記無機化合物としては、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物を用いる。中でも、分解温度が230〜1000℃の範囲であるものを用いるのが好ましい。分解温度が230℃未満では熱膨張性黒鉛が膨張する前に無機化合物が分解してしまいその吸熱作用によって燃焼時の材料温度を低下させてしまい、その結果熱膨張性黒鉛を十分に膨張させることができなくなる恐れがあるので好ましくない。また分解温度が1000℃を超えると、熱膨張性黒鉛が膨張する際に無機化合物が分解しないために熱膨張性黒鉛の膨張が阻害されるので好ましくない。
【0057】
前記炭酸金属塩としては、特に限定されるものではないが、例えば炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等が挙げられる。また前記金属水酸化物としては、特に限定されるものではないが、例えば水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等が挙げられる。これらの中でも、前記無機化合物としては炭酸カルシウム又は/及び水酸化マグネシウムが用いられるのが好ましい。
【0058】
熱膨張性黒鉛は、代表的な一例を示すと、230℃付近で膨張を開始し、500℃付近で約50%、700℃付近で80〜90%の膨張が得られるのであるが、本発明では、このような熱膨張性黒鉛の熱膨張を十分に確保することが重要である。炭酸カルシウムは、代表的な一例を示すと、分解温度が約850℃と高く、かつ吸熱量も約1800J/gと大きいことから、約850℃までは炭酸カルシウムが分解しないので(その吸熱作用によって燃焼時の材料温度を低下させてしまうことがなくて)熱膨張性黒鉛の膨張を阻害することがなく、材料に火元が接触した部分で熱膨張性黒鉛が効果的に膨張して空気を遮断すると同時に、炭酸カルシウム自体が分解して十分な吸熱作用を発揮してこれらの相乗効果によって高い難燃効果を得ることができる。また、水酸化マグネシウムは、代表的な一例を示すと、分解温度が約350℃と比較的高く、かつ吸熱量も約1600J/gと大きいことから、熱膨張性黒鉛の膨張を阻害することがなく、材料に火元が接触した部分で熱膨張性黒鉛が効果的に膨張して空気を遮断すると同時に、水酸化マグネシウム自体が分解して十分な吸熱作用を発揮してこれらの相乗効果によって高い難燃効果を得ることができる。
【0059】
前記炭酸カルシウムとしては、特に限定されず、例えば、無水物であっても良いし、水和物であっても良い。また前記水酸化マグネシウムとしては、特に限定されず、例えば、無水物であっても良いし、水和物であっても良い。
【0060】
前記無機化合物の平均粒径は1〜50μmであるのが好ましい。50μm以下であることで無機化合物の脱落が効果的に防止されると共に1μm以上であることで熱老化時の難燃性能を向上させることができる。中でも、前記無機化合物の平均粒径は1〜10μmであるのがより好ましい。10μm以下であることで無機化合物は熱膨張性黒鉛のエッジ部(10)により多く固着されるものとなるので、熱老化時の難燃性能をさらに向上させることができる。
【0061】
前記リン酸エステルとしては、特に限定されるものではないが、分子量が400〜1500のものを用いるのが好ましい。分子量400以上であることで揮発性や昇華性が小さくなり、窓ガラス等に曇りを生じさせることを防止できると共に、分子量1500以下であることで溶媒への溶解性や溶媒中での分散安定性を十分に確保することができる。中でも、分子量が500〜1000のリン酸エステルを用いるのが特に好ましい。
【0062】
前記分子量が400〜1500のリン酸エステルとしては、特に限定されるものではないが、例えばレゾルシノールビスジフェニルホスフェート、ビスフェノールAビスジフェニルホスフェート、芳香族縮合リン酸エステル、イソプロピルトリフェニルホスフェートエステル、ブチルトリフェニルホスフェートエステル、ポリアリールホスフェート等が挙げられる。
【0063】
また、前記リン酸エステルとしては、粘度500〜800mPa・s(25℃)のものを用いるのが好ましい。
【0064】
前記界面活性剤としては、特に限定されるものではないが、例えばカチオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン系界面活性剤等が挙げられる。これらの中でも、アニオン系界面活性剤を用いるのが好ましく、この場合には界面活性剤の熱膨張性黒鉛に対する固着性を向上させることができて、界面活性剤の離脱を確実に防止できる。
【0065】
前記アニオン系界面活性剤としては、特に限定されるものではないが、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、第2高級アルコールエトキシサルフェート、ポリオキシエチレンアリルフェニルエーテル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩及びポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸塩からなる群より選ばれる1種または2種以上のアニオン系界面活性剤を用いるのが好ましい。これら特定の化合物を用いた場合には、界面活性剤の熱膨張性黒鉛に対する固着性をさらに向上させることができる。
【0066】
本発明においては、熱膨張性黒鉛100質量部に対して、無機化合物の固着量が5〜300質量部、リン酸エステルの固着量が5〜50質量部、界面活性剤の固着量が0.5〜10質量部の範囲であるのが好ましい。
【0067】
無機化合物の固着量が5質量部以上であることで熱老化時の難燃性能を十分に向上させることができると共に300質量部以下であることで熱膨張性黒鉛の膨張を阻害するようなことがない。またリン酸エステルの固着量が5質量部以上であることで無機化合物及び界面活性剤の固着安定性を向上できると共に50質量部以下であることで徒に使用量を増大させることがない。また界面活性剤の固着量が0.5質量部以上であることで難燃剤の分散安定性を向上できると共に10質量部以下であることで窓ガラスの曇化を防止できる。
【0068】
中でも、熱膨張性黒鉛100質量部に対して、無機化合物の固着量が20〜200質量部、リン酸エステルの固着量が5〜25質量部、界面活性剤の固着量が0.5〜5質量部の範囲であるのが特に好ましい。
【0069】
次に、この発明の難燃剤の製造方法の好適例について説明する。まず、リン酸エステルを溶解含有した有機溶媒を熱膨張性黒鉛に塗布する(第1塗布工程)。この時、熱膨張性黒鉛を撹拌しながら塗布するのが好ましく、これによりリン酸エステルを熱膨張性黒鉛に対してより均一状態に固着させることができる。例えば、熱膨張性黒鉛をミキサー内で撹拌しながらその上方から塗布する。また、塗布はスプレー法により行うのが好ましく、これによりリン酸エステルを熱膨張性黒鉛に対してより均一状態に固着させることができる。
【0070】
前記有機溶媒としては、特に限定されないが、例えばメタノール、エタノール、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。中でも、メタノールを用いるのが好ましい。メタノールを用いれば、乾燥時間を短くできる利点がある。
【0071】
前記第1塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物の粉体を塗布する(第2塗布工程)。前記無機化合物の粉体を乾燥状態で散布することで塗布しても良いし、或いは前記無機化合物の粉体を液体に分散せしめた分散液を塗布しても良く、特に限定されない。
【0072】
更に、前記第2塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、界面活性剤を溶解含有した溶媒を塗布する(第3塗布工程)。この時、熱膨張性黒鉛を撹拌しながら塗布するのが好ましく、これにより界面活性剤を熱膨張性黒鉛に対してより均一状態に固着させることができる。例えば、熱膨張性黒鉛をミキサー内で撹拌しながらその上方から塗布する。また、塗布はスプレー法により行うのが好ましく、これにより界面活性剤を熱膨張性黒鉛に対してより均一状態に固着させることができる。前記溶媒としては、特に限定されないが、例えば水、メタノール、エタノール、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。中でも、メタノールを用いるのが好ましい。メタノールを用いれば、乾燥時間を短くできる利点がある。
【0073】
次いで、乾燥処理を行って溶媒等を揮発せしめて、乾燥状態の難燃剤を得る。このような乾燥処理を行うことによって、前記特定の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤を熱膨張性黒鉛に対して強く固着させることができる。
【0074】
なお、上記製造方法では、第1塗布工程と第2塗布工程の間および第2塗布工程と第3塗布工程の間に乾燥工程を設けていないが、ここに乾燥工程を設けるようにしても構わない。
【0075】
また、上記製造方法では、塗布をスプレー法により行っているが、他の方法により行うものとしても良く、例えばディッピング法により行っても良い。
【0076】
上記製造方法は、好適な一例を示したものに過ぎず、本発明の難燃剤は、上記例示の製造方法で製造されるものに特に限定されるものではない。
【0077】
次に、この発明に係る難燃性繊維布帛について説明する。この難燃性繊維布帛は、前記難燃剤を含有した水系合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布、乾燥して得られたものである。
【0078】
前記水系合成樹脂エマルジョンを構成する合成樹脂としては、特に限定されるものではないが、例えばアクリル系樹脂、EVA(エチレン−酢酸ビニル共重合体)系樹脂、ウレタン系樹脂、合成ゴム系樹脂、ポリエステル系樹脂、シリコーン系樹脂、シリコーン・アクリル系樹脂等が挙げられる。中でも、アクリル系樹脂を用いるのが好ましく、この場合には繊維布帛に対する接着安定性を向上できる利点がある。
【0079】
前記水系合成樹脂エマルジョンにおける難燃剤と合成樹脂の配合質量比は、難燃剤/合成樹脂=10/90〜90/10の範囲とするのが好ましい。難燃剤の配合割合が上記下限以上であることで繊維布帛に対して十分な難燃性能を付与できると共に、難燃剤の配合割合が上記上限以下であることで繊維布帛として良好な柔軟性を維持できる。中でも、前記水系合成樹脂エマルジョンにおける難燃剤と合成樹脂の配合質量比は、難燃剤/合成樹脂=20/80〜40/60の範囲とするのが特に好ましい。
【0080】
前記エマルジョンの繊維布帛裏面への塗布量は、固形分換算で30〜300g/m2 の範囲とするのが好ましい。上記上限以下であることで繊維布帛としての軽量性を十分に確保できると共に、上記下限以上であることで十分な難燃性能を付与できる。
【0081】
前記エマルジョンの繊維布帛裏面への塗布方法は、特に限定されず、例えばドクターナイフ法、ロールコート法、パディング法、スプレー法などが挙げられる。
【0082】
前記エマルジョンには、水、合成樹脂、難燃剤の他に、必要に応じて、酸化防止剤、紫外線吸収剤、安定剤、顔料、染料等の各種添加剤を含有せしめても良い。
【0083】
前記繊維布帛としては、特に限定されるものではないが、例えばカーペット等が挙げられる。
【0084】
なお、本発明の難燃剤は、上記例示の用途(難燃性繊維布帛)に限定されるものではなく、どのような用途にも適用することができる。
【実施例】
【0085】
次に、この発明の具体的実施例について説明する。
【0086】
<実施例1>
「ホスコン903N コンクA」(商品名、明成化学工業株式会社製、芳香族縮合リン酸エステル、分子量512、25℃での粘度650mPa・s)を50質量%溶解含有したメタノール溶液を、ミキサー内で撹拌されている熱膨張性黒鉛(平均粒径300μm、エア・ウォーター・ケミカル株式会社製)に上方よりスプレー塗布した後、引き続いてミキサー内で熱膨張性黒鉛を十分に撹拌混合し、次いで平均粒径5μmの炭酸カルシウム粉体を、前記撹拌されている熱膨張性黒鉛に上方より複数回に分けて散布し、次いで「ホスコン903N コンクB」(商品名、明成化学工業株式会社製、アニオン系界面活性剤であるポリオキシエチレンアリルフェニルエーテル硫酸塩)を50質量%溶解含有したメタノール溶液を、前記撹拌されている熱膨張性黒鉛に上方よりスプレー塗布した後、引き続いてミキサー内で熱膨張性黒鉛を十分に撹拌混合した。次いで100〜120℃で乾燥処理を行って難燃剤を得た。この難燃剤は、熱膨張性黒鉛100質量部に対して、炭酸カルシウムが30質量部固着され、リン酸エステルが6.7質量部固着され、界面活性剤が1.4質量部固着されたものであった。
【0087】
次に、水56質量部、アクリル樹脂22質量部、上記難燃剤18質量部、ポリリン酸アンモニウム4質量部からなる水系アクリル樹脂エマルジョンを調製し、このエマルジョンをドクターナイフ法により自動車用表皮材(繊維布帛)の裏面に塗布量(固形分)70g/m2 で塗布した後、150℃で乾燥処理を行って難燃性繊維布帛を得た。
【0088】
<実施例2〜10>
表1、2に示す条件(配合量等)で難燃剤及びエマルジョンを調製した以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0089】
<実施例11>
アニオン系界面活性剤として、「ホスコン903NコンクB」に代えてアルキルナフタレンスルホン酸塩を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0090】
<実施例12>
アニオン系界面活性剤として、「ホスコン903NコンクB」に代えてポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0091】
<実施例13>
アニオン系界面活性剤として、「ホスコン903NコンクB」に代えて第2高級アルコールエトキシサルフェートを用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0092】
<実施例14>
アニオン系界面活性剤として、「ホスコン903NコンクB」に代えてポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸塩を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0093】
<実施例15>
アニオン系界面活性剤として、「ホスコン903NコンクB」に代えてポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0094】
<実施例16>
アニオン系界面活性剤として、「ホスコン903NコンクB」に代えてポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸塩を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0095】
<実施例17>
アニオン系界面活性剤として、「ホスコン903NコンクB」に代えてアルキルベンゼンスルホン酸塩を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0096】
<実施例18>
リン酸エステルとして、「ホスコン903NコンクA」に代えてビスフェノールAビスジフェニルホスフェート(分子量692、25℃での粘度500mPa・s)を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0097】
<実施例19>
リン酸エステルとして、「ホスコン903NコンクA」に代えて芳香族縮合リン酸エステル(分子量748、25℃での粘度35000mPa・s)を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0098】
<実施例20>
リン酸エステルとして、「ホスコン903NコンクA」に代えてポリアリールホスフェート(分子量350、25℃での粘度61mPa・s)を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0099】
<実施例21>
平均粒径5μmの炭酸カルシウム粉体に代えて、平均粒径8μmの炭酸カルシウム粉体を用いた以外は、実施例17と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0100】
<実施例22>
平均粒径5μmの炭酸カルシウム粉体に代えて、平均粒径20μmの炭酸カルシウム粉体を用いた以外は、実施例17と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0101】
<実施例23、24>
平均粒径5μmの炭酸カルシウム粉体に代えて、平均粒径5μmの水酸化マグネシウム粉体を用いた以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0102】
<比較例1>
平均粒径5μmの炭酸カルシウム粉体を熱膨張性黒鉛に散布することを省略するものとした以外は、実施例1と同様にして難燃性繊維布帛を得た。
【0103】
<比較例2>
水56質量部、アクリル樹脂22質量部からなる水系アクリル樹脂エマルジョンに、平均粒径300μmの熱膨張性黒鉛16.5質量部、平均粒径5μmの炭酸カルシウム4.95質量部、ホスコン903NコンクA(リン酸エステル)1.25質量部、ホスコン903NコンクB(アニオン系界面活性剤)0.25質量部、ポリリン酸アンモニウム4質量部を添加したもの(エマルジョン液)を調製し、これをドクターナイフ法により自動車用表皮材の裏面に塗布量(固形分)70g/m2 で塗布した後、150℃で乾燥処理を行って難燃性繊維布帛を得た。
【0104】
上記のようにして得られたエマルジョン、繊維布帛について下記評価法に基づいて各種評価を行った。これらの結果を表1〜4に示す。
(難燃性評価法)
JIS D1201−1977 F−MVSS302に基づいて燃焼性を確認し、燃焼速度(mm/分)を測定した。熱老化後の難燃性布帛の燃焼速度を測定するに際しては、製造した難燃性布帛を100℃のオーブン内に500時間設置して加熱促進試験を行って熱老化せしめたサンプルについて測定を行った。
(エマルジョン中の熱膨張性黒鉛の分散安定性評価法)
エマルジョンを容器内で静置した状態で熱膨張性黒鉛の沈降分離の有無を観察し、24時間以内に沈降分離が認められたものを「×」、24時間〜96時間の間で沈降分離が認められたものを「△」、96時間〜15日間の間で沈降分離が認められたものを「○」、15日間経過しても沈降分離現象が全く認められなかったものを「◎」とした。
(布帛の剛軟度評価法)
JIS L1096の剛軟性45°カンチレバー法に準拠して試験片が移動した長さ(mm)を求めた。
【0105】
【表1】

【0106】
【表2】

【0107】
【表3】

【0108】
【表4】

【0109】
表から明らかなように、この発明の実施例1〜24の難燃剤は、エマルジョン中の熱膨張性黒鉛の分散安定性に優れていた。また、この発明の実施例1〜24の難燃剤を付与した難燃性繊維布帛は、十分な初期難燃性を有する上に、熱老化時の難燃性にも優れていた。更に布帛として十分な柔軟性も備えていた。
【0110】
これに対し、炭酸カルシウム等の特定の無機化合物が熱膨張性黒鉛の表面に固着されていない比較例1では、熱老化後の難燃性が不十分であった。また、熱膨張性黒鉛、炭酸カルシウム、リン酸エステル、界面活性剤を単にエマルジョン中に混合せしめた比較例2では、熱膨張性黒鉛の分散安定性が悪かった。
【0111】
実施例1で作製したエマルジョン中の難燃剤の走査電子顕微鏡写真を図2、3に示す。この図2、3から明らかなように、実施例1では熱膨張性黒鉛の表面に多くの炭酸カルシウム(無機化合物)が固着しているのが認められる。また、炭酸カルシウムは、熱膨張性黒鉛の表面の特にエッジ部に密集して固着していた(従って熱膨張性黒鉛のエッジ部から層間は全く外観されなかった)。
【0112】
比較例2で用いたエマルジョン液中の熱膨張性黒鉛の走査電子顕微鏡写真を図4、5に示す。この図4、5から明らかなように、比較例2では熱膨張性黒鉛の表面に炭酸カルシウムは殆ど固着しておらず、また熱膨張性黒鉛の表面のエッジ部にも炭酸カルシウムは固着していなかった(固着していないために熱膨張性黒鉛のエッジ部から層間が外観された)。
【産業上の利用可能性】
【0113】
この発明の難燃剤は、例えばこれを含有した水系合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布、乾燥することによって布帛に難燃性を付与できるので、繊維布帛用の難燃剤として用いられる。また、この発明の難燃剤を合成樹脂中に配合せしめることによって該合成樹脂に十分な難燃性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】熱膨張性黒鉛の模式的斜視図である。
【図2】実施例1で用いた本発明の難燃剤の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図3】図2のSEM写真の一部を拡大したものである。
【図4】比較例2で用いた組成物中の熱膨張性黒鉛(難燃剤)の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図5】図4のSEM写真の一部を拡大したものである。
【符号の説明】
【0115】
1…熱膨張性黒鉛
10…エッジ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱膨張性黒鉛の表面の少なくとも一部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着されていることを特徴とする難燃剤。
【請求項2】
熱膨張性黒鉛の表面の少なくともエッジ部に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物、リン酸エステル及び界面活性剤が固着されていることを特徴とする難燃剤。
【請求項3】
前記熱膨張性黒鉛100質量部に対して、無機化合物の固着量が5〜300質量部、リン酸エステルの固着量が5〜50質量部、界面活性剤の固着量が0.5〜10質量部の範囲である請求項1または2に記載の難燃剤。
【請求項4】
前記無機化合物が炭酸カルシウムである請求項1〜3のいずれか1項に記載の難燃剤。
【請求項5】
前記無機化合物が水酸化マグネシウムである請求項1〜3のいずれか1項に記載の難燃剤。
【請求項6】
リン酸エステルを溶解含有した有機溶媒を熱膨張性黒鉛に塗布する第1塗布工程と、
該第1塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物の粉体を散布する第2塗布工程と、
前記第2塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、界面活性剤を溶解含有した溶媒を塗布する第3塗布工程とを包含することを特徴とする難燃剤の製造方法。
【請求項7】
リン酸エステルを溶解含有した有機溶媒を熱膨張性黒鉛に塗布する第1塗布工程と、
該第1塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、炭酸金属塩及び金属水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機化合物の粉体を液体に分散せしめた分散液を塗布する第2塗布工程と、
前記第2塗布工程を経た後の熱膨張性黒鉛に、界面活性剤を溶解含有した溶媒を塗布する第3塗布工程とを包含することを特徴とする難燃剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の難燃剤を含有した合成樹脂エマルジョンを繊維布帛の裏面に塗布、乾燥して得られた難燃性繊維布帛。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−9054(P2007−9054A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−191448(P2005−191448)
【出願日】平成17年6月30日(2005.6.30)
【出願人】(390014487)住江織物株式会社 (294)
【出願人】(598059491)株式会社明成商会 (3)
【出願人】(398037527)エア・ウォーター・ケミカル株式会社 (15)
【Fターム(参考)】