説明

難燃性グリース組成物

【課題】各種機械設備の火災の危険性を下げるため、従来のグリース組成物よりも難燃性及び自己消火性を向上させたグリース組成物を提供。
【解決手段】増ちょう剤、基油、及びホスファゼン化合物、特に、構造式が、(NPR12)n(1)(式中、R1はハロゲン原子又は一価の基を表し、それぞれ同一であっても異なっていてもよく、nは3〜15である。)である、環状ホスファゼン化合物を含む、80℃以上の高温環境下で使用するための難燃性グリース組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難燃性及び自己消火性に優れる潤滑グリース組成物に関してのものである。より詳細には、高温下及び高温の物体が飛散する箇所等の軸受や歯車に使用される、グリースに着火し、火災が懸念される箇所に使用可能な難燃性グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
各種機械設備の軸受や歯車の潤滑にはグリースが多用されている。しかし、高温下で使用される設備では、使用済みのグリースが設備の下に垂れ落ちて堆積し、堆積したグリースが高温に曝されたり、高温の物体が飛散した場合にグリースに着火し、それに起因する火災が問題視されている。このような火災が発生しないよう、通常、垂れ落ちたグリースを人手で除去するが、人が入り難いような狭い場所に垂れ落ちて堆積したグリースの除去は困難である。万一火災が発生したとしても、火災が直ちに発見されれば消火は容易である。しかし、自動化が進んだ設備では人手が少なく、必ずしも火災が直ちに発見されるとは限らない。火災の発見が遅れると、消火が困難となり、あるいは不可能となることも起こり得る。したがって、難燃性及び自己消火性に優れた潤滑グリース組成物が求められている。
【0003】
難燃性に優れたグリース組成物として、特許文献1(特表平6−500579号公報)および特許文献2(特開平4−202497号公報)には難燃性に有効な粉体を添加したグリースが開示されている。しかし、集中給脂方式で使用すると、添加した粉体により配管及び分配弁内でプラッギングが発生する恐れがある。
特許文献3(特開2002−146376号公報)には、グリースに吸水性ポリマーと水を含ませた難燃性グリース組成物が開示されている。しかし、100℃を越す高温環境に長時間放置されると、水が蒸発して難燃性が消失してしまう恐れがある。
特許文献4(特開2004−67843号公報)には軟膏缶燃焼試験で自己消火時間が5分以内の自己消火性グリース組成物が、特許文献5(特開2011−105828号公報)には自己消火性が優れ、かつ難燃性を向上させたグリース組成物が開示されており、製鉄設備等の火災の減少に大きく貢献した。しかし、更なる安全性の確保のため、自己消火性向上の要求は後を絶たない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表平6−500579号公報
【特許文献2】特開平4−202497号公報
【特許文献3】特開2002−146376
【特許文献4】特開2004−67843号公報
【特許文献5】特開2011−105828号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、機械設備等の火災の危険性を下げるため、従来のグリース組成物よりも難燃性及び自己消火性を向上させたグリース組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、増ちょう剤、基油、及びホスファゼン化合物を含む、80℃以上の高温環境下で使用するための難燃性グリース組成物を提供する。
また、本発明は、増ちょう剤、基油、及びホスファゼン化合物を含む難燃性グリース組成物であって、ホスファゼン化合物が一般式(1)で表される環状ホスファゼン化合物である、難燃性グリース組成物を提供する。
(NPR12n (1)
(式中、R1はハロゲン原子又は一価の基を表し、それぞれ同一であっても異なっていてもよく、nは3〜15である。)
また、本発明は、上記難燃性グリース組成物を使用する機械要素を提供する。
また、本発明は、上記難燃性グリース組成物を封入してなる軸受又は歯車を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、従来のグリース組成物よりも難燃性及び自己消火性を向上させたグリース組成物を提供することができる。本発明の難燃性グリース組成物は、集中給脂用として使用するのに好適である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の難燃性グリース組成物は、増ちょう剤、基油、及びホスファゼン化合物を含む。
本発明の難燃性グリース組成物は、各種機械要素で使用できるが、難燃性及び自己消火性に優れるため、80℃以上の高温環境下で使用するのに適している。このような環境としては、鍛造設備などの塑性加工設備の軸受や歯車などが挙げられる。本発明の難燃性グリース組成物は、100℃以上130℃以下の高温環境下で使用することもできる。
【0009】
本発明の難燃性グリース組成物で使用する増ちょう剤は、特に制限されない。例えば、Li石けん及びLiコンプレックス石けんなどの金属石けん系増ちょう剤、ジウレアなどのウレア系増ちょう剤、有機化クレイ及びシリカなどの無機系増ちょう剤、PTFEなどの有機系増ちょう剤などが使用できる。好ましくは、金属石けん系増ちょう剤及びウレア系増ちょう剤である。これらの増ちょう剤は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
金属石けん系増ちょう剤としては、アルカリ金属石けん(例えば、リチウム石けん、ナトリウム石けん)、アルカリ土類金属石けん(例えば、カルシウム石けん)、複合アルカリ金属石けん(例えば、複合リチウム石けん)、複合アルカリ土類金属石けん(例えば、複合カルシウム石けん)などが挙げられる。
ウレア系増ちょう剤としては、芳香族ウレア化合物、脂肪族ウレア化合物、脂環式ウレア化合物などが挙げられる。
増ちょう剤としては、金属石けん系増ちょう剤が好ましく、特にリチウム石けんが好ましい。
本発明の難燃性グリース組成物中の増ちょう剤の含有量は、所望のちょう度が得られれば良く、例えばグリース組成物の全質量を基準にして、好ましくは1〜30質量%、さらに好ましくは1〜15質量%である。
【0010】
本発明の難燃性グリース組成物で使用する基油は、特に制限されず、鉱油をはじめとしたすべての基油が使用できる。例えば、ジエステル及びポリオールエステルなどのエステル系合成油、ポリαオレフィン及びポリブデンなどの合成炭化水素油、アルキルジフェニルエーテル及びポリプロピレングリコールなどのエーテル系合成油、シリコーン油、フッ素化油などの各種合成油が使用できる。好ましくは、鉱油、エステル系合成油合成炭化水素油、及びエーテル系合成油である。これらの基油は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。基油の40℃の動粘度は、好ましくは100〜1000mm2/sであり、より好ましくは300〜1000mm2/sである。
【0011】
本発明の難燃性グリース組成物で使用するホスファゼン化合物は、特に制限されない。例えば、鎖状ホスファゼン化合物及び環状ホスファゼン化合物が使用できる。ホスファゼン化合物は、好ましくは、環状ホスファゼン化合物である。
ホスファゼン化合物は、好ましくは一般式(1)で表される環状ホスファゼン化合物である。
(NPR12n (1)
(式中、R1はハロゲン原子又は一価の基を表し、それぞれ同一であっても異なっていてもよく、nは3〜15である。)
これらのホスファゼン化合物は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
ハロゲン元素としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子などが挙げられ、好ましくはフッ素原子である。
一価の置換基としては、アルキル基、アルコキシ基、カルボキシ基、アシル基、アリール基、アリールオキシ基などが挙げられる。
アルキル基としては、炭素数1〜10のアルキル基が好ましく、例えばメチル基、エチル基、プロピル基などである。
アルコキシ基としては、炭素数1〜10のアルコキシ基が好ましく、例えばメトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基などである。
アシル基としては、炭素数1〜10のアシル基が好ましく、例えばホルミル基;アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基、バレリル基、ピバロイル基、ヘキサノイル基、ヘプタノイル基、オクタノイル基、デセノイル基などの炭素数1〜10のアルキルカルボニル基;ベンゾイル基などの炭素数7〜10のアリールカルボニル基;ベンジルカルボニル基などの炭素数7〜10のアリールアルキルカルボニル基などである。
アリール基としては、炭素数6〜15のアリール基が好ましく、例えばフェニル基、o−トリル基、m−トリル基、p−トリル基、キシリル基、メシチル基、ナフチル基、アントラセニル基などである。
アリールオキシ基としては、炭素数6〜15のアリールオキシ基が好ましく、例えばフェノキシ基、トリロキシ基、キシリロキシ基、ナフトキシ基などである。
上記一価の置換基中の水素原子は、ハロゲン原子で置換されていてもよい。前記ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子などが挙げられる。
上記一価の置換基の中でも、アルコキシ基及びアリールオキシ基、特にフェノキシ基が好ましい。
nは、好ましくは3〜7である。
上記環状ホスファゼン化合物の全R1のうち少なくとも一つはハロゲン原子であることが好ましい。
上記ホスファゼン化合物は公知の方法により合成することができ、また市販品を用いても良い。市販品としては、HISHICOLIN(日本化学工業(株))などが挙げられる。
本発明の難燃性グリース組成物中のホスファゼン化合物の含有量は、好ましくは組成物の全質量を基準として0.5〜20質量%であり、より好ましくは1〜15質量%である。ホスファゼン化合物の含有量が0.5質量%以下では効果が見られない場合があり、20質量%以上でも効果は頭打ちになる場合がある。
【0012】
本発明の難燃性グリース組成物には、上記成分に加えて、錆止め剤、酸化防止剤、油性剤などの通常グリース組成物に使用される添加剤を必要に応じて含有させることができる。これらの添加剤の含有量の合計は、通常0.5〜10質量%程度であり、好ましくは1〜5質量%である。
錆止め剤としては、例えばカルボン酸及びその誘導体やスルフォン酸塩などを好適に使用することができる。錆止め剤を含むことにより、水がかかる場合でも発錆しないグリース組成物を提供することができる。
酸化防止剤は、グリースの酸化劣化抑制剤として知られている。酸化防止剤としては、フェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤などが挙げられる。フェノール系酸化防止剤としては、2,6−ジ−ターシャリーブチル−p−クレゾール(BHT)、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−ターシャリーブチルフェノール)、4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−ターシャリーブチルフェノール)、2,6−ジ−ターシャリーブチル−フェノール、2,4−ジメチル−6−ターシャリーブチルフェノール、ターシャリーブチルヒドロキシアニソール(BHA)、4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−ターシャリーブチルフェノール)、4,4’−メチレンビス(2,3−ジ−ターシャリーブチルフェノール)、4,4’−チオビス(3−メチル−6−ターシャリーブチルフェノール)などが挙げられる。アミン系酸化防止剤としては、N−n−ブチル−p−アミノフェノール、4,4’−テトラメチル−ジ−アミノジフェニルメタン、α−ナフチルアミン、N−フェニル−α−ナフチルアミン、フェノチアジンなどが挙げられる。
油性剤としては、高級脂肪酸、高級アルコール、油脂、エステルなどが挙げられる。
【0013】
本発明の難燃性グリース組成物のちょう度は、JIS K 2220に従って測定することができ、好ましくは220〜430、より好ましくは265〜430である。このような範囲のちょう度とすることにより、機械設備の集中給脂でのグリースの圧送が容易となる。
本発明の難燃性グリース組成物は、グリース組成物の通常の製造方法に従って製造できる。例えば、増ちょう剤として金属石けんを使用する場合、基油中で油脂又は脂肪酸などとアルカリを反応させ、生成した石けんを基油中に加熱分散させるケン化法、既に合成された金属石けんを基油中に加熱分散させる混合法などを用いて製造することができる。増ちょう剤がウレア化合物の場合、基油中で相当するアミンとイソシアネートを反応させ、その後加熱分散させる方法を用いて製造することができる。
ホスファゼン化合物は、製造工程中に添加することができる。
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。なお、本発明の範囲は、かかる実施例に限定されないことはいうまでもない。
【実施例】
【0014】
(実施例1〜19及び比較例1〜8)
グリース及びホスファゼンを表1及び3〜6に記載のとおり配合して難燃性グリース組成物を調製した。また、グリース及びホスファゼン以外の難燃剤を表2に記載のとおり配合して難燃性グリース組成物を調製した。
(混和ちょう度)
JIS K 2220 7に従って測定した。
(基油の動粘度)
JIS K 2220 23に従って測定した。
(軟膏缶燃焼試験)
グリース組成物20gを内径65mm、深さ13mmの筒型の金属容器(軟膏缶)に入れ、これに950℃に加熱した直径19.05mmの鋼球を入れ、着火後燃焼が終わるまでの時間を計測した。燃焼時間が300秒を越えた場合は自己消火性なし(燃焼継続)と判断して消火し、試験を中止した。
【0015】
【表1】

グリースA:リチウム石けんグリースA(基油:鉱油、増ちょう剤:リチウム石けん(増ちょう剤の含有量:4.0質量%))
ホスファゼンA:日本化学工業(株)製HISHICOLIN O(フッ素含有ホスファゼン)
ホスファゼンB:日本化学工業(株)製HISHICOLIN E(フッ素含有ホスファゼン)
【0016】
【表2】

難燃剤A:ノナフルオロスルホン酸カリウム
難燃剤B:水酸化アルミ
難燃剤C:ガラスパウダー
難燃剤D:スルファミン酸グアニジン
【0017】
【表3】

グリースB:ウレアグリース(基油:鉱油、増ちょう剤:脂肪族ウレア(増ちょう剤の含有量:4.7質量%))
【0018】
【表4】

【0019】
【表5】

グリースC:リチウム石けんグリースB(基油:鉱油、増ちょう剤:リチウム石けん(増ちょう剤の含有量:4.1質量%))
【0020】
【表6】

グリースD:複合カルシウム石けんグリース(基油:鉱油、増ちょう剤:複合カルシウム石けん(増ちょう剤の含有量:31.5質量%))
【0021】
上記結果から、ホスファゼンを添加したグリース組成物は、いずれも自己消火までの時間が短縮した。この効果は、ホスファゼン以外の難燃剤を添加した場合には見られなかった。上記ホスファゼン添加の効果は、金属石けん系増ちょう剤及びウレア系増ちょう剤の両方で確認された。したがって、ホスファゼンの添加により、増ちょう剤を選ばず自己消火性を向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
増ちょう剤、基油、及びホスファゼン化合物を含む、80℃以上の高温環境下で使用するための難燃性グリース組成物。
【請求項2】
ホスファゼン化合物が環状ホスファゼン化合物である、請求項1記載の難燃性グリース組成物。
【請求項3】
増ちょう剤、基油、及びホスファゼン化合物を含む難燃性グリース組成物であって、ホスファゼン化合物が一般式(1)で表される環状ホスファゼン化合物である、難燃性グリース組成物。
(NPR12n (1)
(式中、R1はハロゲン原子又は一価の基を表し、それぞれ同一であっても異なっていてもよく、nは3〜15である。)
【請求項4】
前記環状ホスファゼン化合物の全R1のうち少なくとも一つはハロゲン原子である、請求項3記載の難燃性グリース組成物。
【請求項5】
前記環状ホスファゼン化合物を組成物の全質量を基準として0.5〜20質量%含む請求項3又は4記載の難燃性グリース組成物。
【請求項6】
増ちょう剤が金属石けん系増ちょう剤又はウレア系増ちょう剤である、請求項1〜5のいずれか1項記載の難燃性グリース組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の難燃性グリース組成物を使用する機械要素。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項記載の難燃性グリース組成物を封入してなる軸受又は歯車。

【公開番号】特開2013−103966(P2013−103966A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247720(P2011−247720)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】