説明

難燃性樹脂組成物

【課題】ハロゲンフリー難燃材による難燃性PBT樹脂組成物を提供する
【解決手段】ポリブチレンテレフタレート100質量部、膨張開始温度が285℃以上で1000℃での膨張度が180cc/g以上の熱膨張性黒鉛5質量部以上30質量部以下、アルカリ土類金属化合物をアルカリ土類金属換算で0.14質量部以上1.2質量部以下、およびリン酸エステルをリン換算で0.5質量部以上3.0質量部以下を含有することを特徴とする難燃性ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた難燃性能を有しつつ、燃焼時にハロゲンガスを発生させない難燃性樹脂組成物に関するものであり、詳しくは、本発明は、膨張開始温度が高く、かつ1000℃における膨張度が大きな熱膨張性黒鉛(以下、Thermally Expandable Graphiteの略称として「TEG」ともいう。)およびポリブチレンテレフタレート(以下、Polybuthylene terephthalateの略称として「PBT」ともいう。)を含有する難燃性樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリブチレンテレフタレート(PBT)は、テレフタル酸と1,4―ブタンジオールの直接重縮合あるいはテレフタル酸ジメチルと1,4―ブタンジオールのエステル交換反応による重縮合によって得られる結晶性の熱可塑性樹脂であって、機械的性質、耐熱性、電気的特性、寸法安定性に優れている。PBTは同族のポリエチレンテレフタレートに比べて成型性に非常に優れていることから、成型品が主用途であり、電気、電子部品、車両(自動車、鉄道)用部品、建築材料などに広く使用されている。
【0003】
ここで、上記の用途に使用される樹脂材料には難燃化が義務付けられたものが多い。可燃性の樹脂を主成分とする樹脂組成物に難燃性を付与するためには、通常難燃剤を含有させるところ、PBTは難燃材として現状最も一般的な臭素などのハロゲン系難燃剤とのなじみがよいことから、PBTを主たる樹脂成分とする樹脂組成物(以下、「PBT樹脂組成物」という。)であって現在市販されているものの難燃グレードはこのハロゲン系難燃剤を含有させることにより難燃性が付与されている。なお、PBT樹脂組成物における「PBTを主たる樹脂成分とする」とは、樹脂組成物の調製時および成型時の熱挙動がPBTによって支配される程度にPBTの含有量が多いことをいう。その含有量の範囲は添加される他の成分(特に樹脂)の種類によって影響を受けるため確定的に規定されないが、樹脂組成物の全樹脂分における80質量%以上が一つの目安になろう。
【0004】
このPBT樹脂組成物に難燃性を付与するために現在一般的に使用されるハロゲン系難燃剤は、樹脂組成物が加熱されたときに発生するハロゲンガスが樹脂の揮発物と酸素とによる燃焼反応を抑制することによって難燃性能を発揮するため、使用時において本質的に有毒なハロゲンガスを発生させる。また、ハロゲン系難燃剤を含有するPBTの難燃グレードは、その含有するハロゲン分が廃棄の段階における処理費用の増加要因となったり、リサイクルの段階における適用範囲の制限要因となったりする。つまり、ハロゲン系難燃剤を含有するために難燃グレードのPBT樹脂組成物は環境負荷物質となってしまっている。このため、このハロゲン系難燃剤を含有する難燃グレードのPBT樹脂組成物に対して、環境保護の意識が高い欧州を中心に使用を規制する動きが広がっている。
したがって、PBTを含む樹脂組成物においては、ハロゲン系難燃剤を用いることなく難燃性を付与することが、その利用を推進するに当たり重要な課題となってきている。
【0005】
ところで、このような環境問題を抱える従来のハロゲン系の難燃性材料の代替手段として、重合体と熱膨張性黒鉛とを含む重合体組成物(以下、「TEG−重合体組成物」という。)が提案され(特許文献1、2)、採用されはじめている。このTEG−重合体組成物は、高温に曝されるとその中の熱膨張性黒鉛が膨張して重合体表面を覆い、TEG−重合体組成物の燃焼を防止することができる。また、この膨張は吸熱反応であるから、周囲の熱を奪い、燃焼を沈静化させることができる。しかも、熱膨張により発生した黒鉛結晶間の空隙部に熱によって溶融した重合体成分を引き込むことが可能である。空隙部に引き込まれた重合体成分は酸素不足となって燃焼しにくくなる。
【0006】
このように優れた難燃性付与材である熱膨張性黒鉛の基本特性は、膨張度および膨張開始温度で評価することができる。
膨張度とは、熱膨張性黒鉛が十分に膨張しうる温度に(例えば1000℃)加熱した場合の膨張体積を定量的に示したものであり、cc/gが慣用的に使用される。この膨張度はTEG−重合体組成物の難燃性および他の特性に強く影響を及ぼす。例えば、熱膨張性黒鉛の膨張度が低い場合には、所定の難燃性を得るために、熱膨張性黒鉛を重合体に多量に添加する必要がある。この場合には、TEG−重合体組成物の調製段階などで十分な混練を行うことが困難となり、生産性の低下や製品品質の低下(製品における均一性の低下)がもたらされてしまう。
【0007】
膨張開始温度とは、熱膨張性黒鉛を一定条件で加熱させたときに元の体積の1.1倍以上となる温度である。現在、市場に流通している熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度が200℃前後のものが多いため、TEG−重合体組成物として適用可能な重合体の種類が限定されている。
【0008】
TEG−重合体組成物は混練機を用いて加熱状態でその材料調製がなされ、成型機を用いて加熱状態で形状加工が行われる場合が多い。これらの場合における加熱温度は重合体の熱的機械的特性に依存する。このため、膨張開始温度が200℃程度では、重合体の種類(例えば高融点熱可塑性プラスチック材料)によっては、材料調製および/または形状加工における加熱によって熱膨張性黒鉛の膨張が開始してしまう。つまり、重合体との混練時などに一部の黒鉛の層間剥離が発生し、熱膨張性黒鉛はその熱膨張性が低下する。このような劣化した熱膨張性黒鉛が配合された重合体組成物は、当初の難燃性を発揮することができなくなってしまう。
【0009】
また、熱膨張性黒鉛が膨張する際にガスが放出されるため重合体内部で発泡して、混練、成型などの作業を十分に行うことができなくなることが懸念される。
以上のような理由により、従来の熱膨張性黒鉛は、融点が200℃以下のポリエチレン、ポリプロピレン、常温で液状のポリウレタン等に対してしか適用できず、高融点のPBTを含有する樹脂組成物には適用できていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6-73251号公報
【特許文献2】特開平6-25476号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ハロゲンフリー難燃材を備える難燃性PBT樹脂組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決すべく本発明者らが鋭意検討した結果完成された本願発明は次のとおりである。
(1)ポリブチレンテレフタレート100質量部、膨張開始温度が285℃以上で1000℃での膨張度が180cc/g以上の熱膨張性黒鉛11.0質量部以上30質量部以下、アルカリ土類金属化合物をアルカリ土類金属換算で0.14質量部以上1.2質量部以下、およびリン酸エステルをリン換算で0.5質量部以上3質量部以下を含有することを特徴とする難燃性ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。
【0013】
「難燃性ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物」における「難燃性」とは、UL94燃焼試験(1/8”)において少なくともV−2と判定される特性を意味する。また、「ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物」とは前述の「PBT樹脂組成物」と同義である。
【0014】
熱膨張性黒鉛の特性を示す「膨張開始温度」とは、熱膨張性黒鉛を150℃から毎分5℃の速度で昇温し、5℃毎にその体積を読み取り、元の体積の1.1倍以上に膨張したときの温度をいい、「1000℃での膨張度」とは、熱膨張性黒鉛を1000℃で10秒間保持したときの単位g当たりの容積(cc)をいう。
【0015】
(2)アルカリ土類金属化合物はマグネシウムおよび/またはカルシウムを含有する上記(1)記載の組成物。
(3)リン酸エステルの含有量(単位:質量部)の熱膨張性黒鉛の含有量(単位:質量部)に対する比が0.2以上3.0以下である上記(1)記載の組成物。
【発明の効果】
【0016】
PBT樹脂組成物は材料調製(具体的には混練作業)および形状加工(具体的には成型加工)において260℃程度の加熱が必要とされるところ、本発明に係るPBT樹脂組成物に使用されるTEGの熱膨張性黒鉛の膨張開始温度が285℃以上であるから、これらの作業時に加えられた熱によってTEGの特性が劣化することは十分に抑制されている。しかも、1000℃での膨張度が180cc/g以上の特に膨張度の高いTEGが配合原料として用いられているため、PBT樹脂組成物におけるTEGの含有量を低下させることができる。TEGは粉体であって混練や成型を行うときのPBT樹脂組成物の流動性を低下させる一因となるため、PBT樹脂組成物におけるTEGの含有量を少なくすることができることは材料調製および形状加工においてPBT樹脂組成物の流動性が高まることを意味し、結果としてこれらの作業が容易になる。また、PBT樹脂組成物の流動性を確保するために必要とされる加熱温度を低下させることができることから、材料調製および形状加工の過程におけるTEGの劣化の可能性をさらに低くすることができる。
【0017】
したがって、本発明によれば、ハロゲンフリー難燃材による難燃性PBT樹脂組成物をTEGを用いて工業的なレベルで提供することが実現される。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係るPBT樹脂組成物を実施するための最良の形態を説明する。
1.ポリブチレンテレフタレート(PBT)
前述のように、PBTの製造方法には、テレフタル酸と1,4―ブタンジオールの直接重縮合とテレフタル酸ジメチルと1,4―ブタンジオールのエステル交換反応による重縮合とがあり、本発明に係るPBTはいずれの方法によるものでもよい。
【0019】
本発明に係るPBT樹脂組成物のPBTの平均分子量は限定されない。また、その比重も特に限定されず、市中で通常入手可能な1.3g/cm程度のものを使用することができる。
【0020】
2.熱膨張性黒鉛(TEG)
本発明に係る熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度が285℃以上、1000℃の膨張度が180cc/g以上(これらの特性および製造方法等について詳細に説明する。)であって、本発明に係るPBT樹脂組成物のこのTEGの含有量はPBT100重量部に対して11.0質量部以上30質量部以下である。TEGの含有量が過小な場合には、TEGが上記の特性を有していても、十分な難燃性を得ることが困難となる。一方、TEGの含有量が過大な場合には成型性等の加工性が低下し、成型品の機械特性や外観を均一に維持することが困難となる。
【0021】
(1)特性
(a)膨張開始温度
本発明に係るTEGの膨張開始温度は285℃以上である。この温度は、PBTの混練作業・成型作業における一般的な加熱温度260℃よりも十分に高い温度であるため、PBT樹脂組成物に難燃性を付与する難燃材として使用するための最低限の条件を満たしている。なお、TEGの膨張開始温度は、黒鉛内に導入され加熱されたときにTEGを膨張させる物質(以下、「膨張性物質」ともいう。)における水分濃度を低下させる(換言すれば、硫酸分など膨張開始温度の高い成分の濃度を高める)ことにより高めることが可能である。
【0022】
(b)膨張度
本発明に係るTEGの膨張度は1000℃の膨張度として180cc/g以上である。かかる膨張度を有することにより、PBT樹脂組成物におけるTEGの含有量をPBT100質量部に対して11.0質量部以上30質量部以下とすることが実現される。1000℃の膨張度が180cc/g未満の場合には、十分な難燃性(すなわちUL94燃焼試験で少なくともV−2レベル)を得るためには、PBT樹脂組成物におけるTEGの含有量をPBT100質量部に対して30質量部超とせざるを得なくなる。このため、PBT樹脂組成物の粘度が高まり、調製時または加工時の作業性が低下したり、粘度を低下させるために加熱温度を高めるとTEGの劣化が無視できなくなったりする。PBT樹脂組成物の調製および加工のし易さを高度に実現する観点から、本発明に係るTEGの1000℃における膨張度は185cc/g以上であることが好ましい。
【0023】
本発明に係るTEGの1000℃における膨張度の上限は特に設定されないが、次の理由により240cc/g以下であることが好ましい。すなわち、膨張度が高いTEGを得るためには、黒鉛内に導入される膨張性物質量を増やす必要がある。ここで、膨張性物質として硫酸またはその関連物質が用いられることが多いため、膨張度が過度に高いTEGは酸性度が高い場合が多い。そのような酸性度が高いTEGをPBT樹脂組成物の難燃材として用いると、このTEGの高い酸性度を低下させるためにより多くのアルカリ土類金属化合物を含有させることが必要となる。その結果、PBT樹脂組成物に含有させうるTEGの含有量が少なくなって、PBT樹脂組成物が所望の難燃性を得られなくなることが懸念される。したがって、本発明に係るPBT樹脂組成物に含有されるTEGの1000℃における膨張度は240cc/g以下であることが好ましい。
【0024】
なお、上記の膨張度の範囲を安定的に確保する観点から、本発明に係るTEGは次のような粒度分布を備えることが好ましい。
22メッシュオン:5%以下(単位:TEG全体に対する質量%、以下同じ。) 粗大な粒子はPBT樹脂組成物における異物となるため、PBT樹脂組成物の成型品においてクラック発生の原因となり、成型品の強度低下をもたらす傾向が見られる。
【0025】
60メッシュパス:15%以下 過度に微細な粒子は黒鉛粒子の結晶がゆがんでいるものが含まれる可能性が相対的に高いため、微細な粒子の含有量が多い場合には膨張度が低くなる傾向がある。
【0026】
(2)黒鉛
本発明に係る熱膨張性黒鉛は原料となる黒鉛の種類に限定されない。天然黒鉛、熱分解黒鉛、キッシュ黒鉛など一般的に入手可能ないずれの原料黒鉛を用いてもよい。その形状は特に限定されないが、前述の理由により、過度に粗大な粒子や過度に微小な粒子の含有量は相対的に少ないことが好ましい。
【0027】
3.熱膨張性黒鉛の製造方法
本発明に係るTEGは、上記の特徴(膨張開始温度が285℃以上、かつ膨張度が180cc/g以上)を有していれば、いかなる製造方法によって製造されてもよい。ただし、次の製造方法によって製造すれば、本発明に係るTEGを、効率的に、かつ安定して製造できる。
【0028】
その製造方法は、後述する処理液に黒鉛を接触させる処理を行う酸化工程と、処理後の黒鉛を水洗し乾燥させる乾燥工程と、上記の酸化工程後の黒鉛を中和する中和工程とを備える。以下に詳細に説明する。
【0029】
(1)酸化工程
本発明に係る製造方法における酸化工程で使用される処理液は、硫酸、および過酸化水素を含む酸化剤を含有する。
【0030】
(a)硫酸
硫酸としては、濃硫酸、無水硫酸、発煙硫酸などが使用される。その硫酸濃度は、通常95重量%以上、好ましくは98重量%以上である。処理液中の硫酸の含有率は、90重量%以上、好ましくは95重量%以上、特に好ましくは97重量%の範囲とする。90重量%未満では反応速度の低下が顕著になる可能性がある。また、前述のように、水分は熱膨張性黒鉛の膨張開始温度を低下させる働きをするため、処理液における水分濃度は可能な限り低いほうがよい。
【0031】
硫酸と原料黒鉛との関係は、硫酸/原料黒鉛の重量比で2〜6であることが好ましく、3前後であることが特に好ましい。この重量比が2未満の場合には反応速度が低下して生産性が低下する。一方、6を超えても効果は飽和するため、経済的観点から不都合となる可能性がある。
【0032】
(b)酸化剤
本発明に係る処理液は、過酸化水素を含む酸化剤を備える。
過酸化水素は、一般に入手可能な30〜60重量%の水溶液を用いればよい。濃度が高い方が処理液内の水分が少なくなるため60重量%のものを用いることが好ましい。水分はTEGの膨張開始温度を低下させる働きをするため、処理液における水分濃度は可能な限り低いほうがよい。
【0033】
酸化剤に含まれる過酸化水素の使用量は60重量%過酸化水素換算で、原料黒鉛に対して3〜8重量%であることが好ましく、5〜7重量%であることが特に好ましい。この使用量が3重量%未満の場合には膨張性物質の黒鉛結晶層内への挿入量が少なくなり、十分な膨張度が得られない可能性がある。一方、8重量%を超えても膨張度を高める効果は8重量%のときと比べて向上の程度は少ないため、経済的観点から不利となる可能性がある。
【0034】
処理液の調製は硫酸に酸化剤を添加することで行われ、この添加時の硫酸の温度は20℃以下にすることが好ましい。さらに好ましいのは10℃であり、特に好ましいのは5℃以下である。
【0035】
(c)処理条件
本発明に係る酸化工程では、原料黒鉛と処理液とを接触させることで黒鉛の層間に膨張性物質を導入する。その接触方法に制限はないが、処理液が入った反応槽に原料黒鉛を投入することが最も簡便で、かつ安全である。この場合には、安全性の観点から、反応が制御不能にならないように、処理液を攪拌しながら原料黒鉛を少量ずつ投入することが好ましい。また、適切な冷却手段を用いて、処理液の温度が原料黒鉛の投入前後で過剰に上昇しないようにすることが好ましい。投入前の処理液温度は、処理液の調整段階と同様に20℃以下とすることが好ましく、5℃以下とすることが特に好ましい。また、投入後の処理液温度は80℃を超えないようにすることが好ましく、さらに好ましいのは60℃以下、特に好ましいのは50℃以下である。投入後の反応時間、すなわち接触時間は、60分以下とすることが好ましく、特に好ましいのは、20〜40分の範囲とすることである。
【0036】
(2)洗浄工程、乾燥工程
(a)洗浄工程
上記のように処理液と原料黒鉛とを反応させたら、反応後の黒鉛を処理液から取り出し、洗浄する。黒鉛の取り出し方法としては、例えばろ過を行なえばよい。
【0037】
洗浄に用いる洗浄剤としては、水、有機溶剤などが挙げられる。有機溶剤としては、エステル系、エーテル系、アルコール系、ハロゲン系、ケトン系溶剤などが使用される。エステル系溶剤としては、例えば、酢酸メチル、酢酸エチル等、エーテル系溶剤としては、エチルエーテル、ブチルエーテル等、アルコール系溶剤としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等、ハロゲン系溶剤としては、ジクロロメタン、トリクロロエタン等、ケトン系溶剤としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等が挙げられる。
【0038】
水による洗浄は、反応後の黒鉛を多量の水中に加えてよく攪拌することにより行うことが好ましい。ここで、反応後の黒鉛には相当量の濃硫酸が付着しているため、直接水と接触させると濃硫酸の希釈熱による急激な温度上昇が懸念される。そこで、処理液から取り出した反応後の黒鉛を一旦希硫酸溶液に投入して濃硫酸を希釈した後、あらためてろ過し、その後、水と接触させて洗浄することが好ましい。水による洗浄時間は、通常10〜60分、好ましくは20〜30分であって、水温は通常20℃以下、好ましくは10℃以下である。
なお、有機溶剤による洗浄の場合も、有機溶剤が濃硫酸と反応して、不要な副生成物を生成する恐れがあるため、やはり希硫酸で一旦洗浄することが好ましい。
【0039】
(b)乾燥工程
こうして洗浄が終了したら、ろ過などで液相を分離して固形分を回収する。回収された固形分は、常圧または減圧下で、オーブン乾燥、棚段乾燥、気流乾燥、流動乾燥など公知の乾燥手段によって乾燥する。
【0040】
好ましい乾燥温度の下限は、洗浄剤の沸点、乾燥条件(常圧/減圧)によっても変動するため、適宜設定すればよい。一方の上限は、乾燥中のTEGが膨張しないように設定すればよい。通常は常圧の場合には80〜120℃で行われる。本発明に係るTEGは、膨張開始温度が高いため、常圧の場合には250℃程度まで加熱して乾燥してもよい。このように高温で乾燥を行うことによって、偶発的に膨張開始温度が低いものをスクリーニングすることも可能である。こうして熱的にスクリーニングされたTEGを使用することによって、PBT樹脂組成物の製造段階での問題発生、例えばTEGの膨張によるガス発生がより確実に防止される。
【0041】
(3)中和工程
(a)中和の目的
乾燥後のTEGはまだ表面に硫酸成分が吸着しているため、これをそのままPBT樹脂組成物の原料として用いると、得られたPBT樹脂組成物の調製・加工において、混練機および射出成型機を腐食したり、組成物内のPBTを分解したりするおそれがある。そこで、本発明ではアルカリ土類金属化合物を含む中和剤とTEGとを接触させることで、TEGの表面に残存する酸を中和する。
【0042】
(b)中和剤
中和剤として使用するアルカリ土類金属化合物としては、アルカリ土類金属の酸化物、水酸化物、炭酸塩、有機酸塩などが例示される。アルカリ土類金属の酸化物としては、酸化ベリリウム、酸化マグネシウム、酸化カルシウム等が例示される。アルカリ土類金属の水酸化物としては、水酸化ベリリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等が例示される。アルカリ土類金属の炭酸塩としては、炭酸ベリリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム等が例示される。アルカリ土類金属の有機酸塩としては、オクチル酸ベリリウム、オクチル酸マグネシウム、オクチル酸カルシウム、ナフテン酸ベリリウム、ナフテン酸マグネシウム、ナフテン酸カルシウム、その他のフタル酸、ピロメリット酸、トリメリツト酸などのベリリウム、マグネシウム、カルシウム塩が例示される。
【0043】
(c)中和方法
上記の中和剤による中和方法は特に制限されない。洗浄工程の際に、中和剤を含む溶液を洗浄剤として用いてもよい。この場合には中和工程は洗浄工程と一体化されている。洗浄剤による洗浄を終えた黒鉛をこの中和剤を含む洗浄液と接触させたり、乾燥前の黒鉛に中和剤を混合させて乾燥したりしてもよい。この場合には中和工程は洗浄工程と乾燥工程との間にある独立の工程となる。乾燥後の黒鉛に中和剤を直接混合させてもよいし、中和剤を含む溶液に乾燥後の黒鉛を接触させ、その後乾燥させてもよい。この場合には、中和工程は乾燥工程の後に行われる独立の工程となる。生産性を考慮すると、洗浄の際に中和剤を含む溶液を洗浄剤として用いること、すなわち中和工程を洗浄工程と一体化させることが好ましい。ただし、中和熱による悪影響を回避するため、前述のように、希硫酸での洗浄および水洗を行った後、この洗浄剤による洗浄を行い、最後に再度水洗することが好ましい。
【0044】
4.アルカリ土類金属化合物
本発明に係るPBT樹脂組成物はアルカリ土類金属化合物をPBT100質量部に対してアルカリ土類金換算で0.14質量部以上1.2質量部以下含有する。
【0045】
本発明に係るTEGは、通常、上記の方法により製造されることから、洗浄工程を経ているとはいえTEGに付着残留する硫酸分に由来して強酸性物質である。したがって、このTEGとPBTとをそのまま混練すると、TEGの酸性によってPBTが変質または分解してしまう。このため、TEGとPBTとを混練するにあたり、アルカリ性物質であるアルカリ土類金属化合物を共存させて混練物をほぼ中性にすることにより、PBTの変質・分解を抑制する。したがって、本発明に係るTEGは、この混練物のpH調整の目的で配合されたアルカリ土類金属化合物を含有する。その含有量は上記のとおりであり、具体的な含有量はTEGの含有量との関係で適宜決定される。
【0046】
5.リン酸エステル
本発明に係るPBT樹脂組成物はリン酸エステルをPBT100質量部に対してリン換算で0.5質量部以上3.0質量部以下含有する。
【0047】
リン酸エステルは、PBT樹脂組成物が加熱されたときにリンの酸化物からなる無機高分子を形成し、これが膨張したTEGの粒子間に配置されて、TEGによる燃焼防止機能を補助し、PBT樹脂組成物の難燃性を確実なものとする。このように、リン酸エステルは難燃助剤の位置づけであるから、リン酸エステルの含有量が過度に高い場合には相対的に難燃性を付与する主剤であるTEGの含有量が相対的に低下し、PBT樹脂組成物に十分な難燃性を付与することができなくなることが懸念される。一方、リン酸エステルの含有量が過度に低い場合には、上記のTEGとの相互作用が十分に発揮されず、やはりPBT樹脂組成物に十分な難燃性を付与することができなくなることが懸念される。PBT樹脂組成物に特に高い難燃性を付与する観点からは、リン酸エステルの含有量はPBT100質量部に対してリン換算で1.0質量部以上2.0質量部以下とすることが好ましい。
【0048】
ここで、上記のごとくリン酸エステルの作用はTEGの膨張による燃焼抑制機能を補完することにあるため、TEGの含有量とリン酸エステルの含有量との関係は、TEGの質量部に対するリン酸エステルの質量部の比として、0.2以上3.0以下とすることが好ましく、0.5以上2.0以下とすることが特に好ましい。
【0049】
なお、上記のようにリン酸エステルはリンの酸化物による無機高分子の供給源であるから、エステル部を形成する官能基は特に限定されない。また、リン酸エステルであれば、官能基に関わらず赤燐などのようにPBT樹脂組成物の調製時および/または加工時に分解してしまうこともない。ただし、PBT樹脂組成物内における分散性を向上させる観点からは、リン酸エステルにおけるエステル部を形成する官能基は芳香族系であることが好ましい。
【0050】
6.その他の成分
本発明に係るPBT樹脂組成物は難燃性に影響を与えない範囲で任意の成分をさらに含有することができる。典型的にはアクリル変性PTFEからなるドリップ防止剤が例示される。このほか、機械強度を向上させるための無機微粒子(ガラスビーズ、ガラス繊維など)、摺動特性を向上させるための潤滑剤(ワックス、固体潤滑剤など)が例示される。
【0051】
7.PBT樹脂組成物
PBT樹脂組成物の調製方法は特に限定されない。PBT、TEG、アルカリ土類金属化合物、リン酸エステル、およびその他の成分を任意の順番で配合し、混練すればよい。なお、アルカリ土類金属化合物は中和剤に由来するものであるから、PBT樹脂組成物の製造段階では、TEGとの混合物となっていることが好ましい。また、混練時にはPBTの粘度を低下させるために加熱されることが一般的であり、その温度は260℃程度であることは前述のとおりである。
【0052】
得られたPBT樹脂組成物には成型加工が施されることが一般的である。その際の成型温度は混練時と同様に260℃程度であるから、本発明に係るPBT樹脂組成物からなる成型品は、これに含まれるTEGが劣化して難燃性が低下することは十分に抑制されている。
【実施例】
【0053】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
1.TEGの調製
熱膨張性黒鉛は、容量1Lの容器に98重量%硫酸(以下「98%硫酸」と略記する。)を450g仕込み、5℃に冷却した。そこに室温に保たれた60重量%過酸化水素水溶液(以下「60%過酸化水素」と略記する。)9.0gを5分間かけて投入し、温度が18℃の処理液を得た。
【0054】
黒鉛粒度は22メッシュオンが1重量%、22〜30メッシュが10重量%、30〜60メッシュが80重量%、60メッシュパスが9重量%の天然鱗片状黒鉛150gを、上記の処理液を攪拌しながら2分間かけて投入し、投入後、30分間保持して反応させた。この間、液温は最高42℃まで上昇した。なお、98%硫酸/原料黒鉛の重量比は3であった。また、60%過酸化水素/原料黒鉛の重量比は0.05であった。
【0055】
得られた黒鉛−処理液からなる分散液を濾過して硫酸分を除去し、回収部された固形分をさらに水分2%以下まで乾燥することにより酸処理黒鉛を回収した。この回収した酸処理黒鉛50gに水酸化マグネシウム5gを混合させ、この混合物を攪拌することにより中和処理を実施して、熱膨張性黒鉛(TEG)とアルカリ土類金属化合物との混合物(以下、「TEG混合物」という。)を得た。
こうして、膨張開始温度が285℃、膨張度が180cc/gのTEGを得た。
【0056】
2.評価用テストピースの作製
ポリブチレンテレフタレート(PBT、三菱エンジニアリングプラスチック(株)社 ノバデュラン5010R5)、上記の方法により調整されたTEG混合物、下記のリン系化合物のいずれか、および必要に応じドリップ剤(三菱レイヨン(株) メタブレンA−3800)を、表1から3に示される配合比(表中の配合量についての数値はいずれも質量部を意味する。)で二軸押出機((株)神戸製鋼 KTX−30)を用いて混練温度240〜250℃の範囲で混練し、直径2mm、厚さ3mmの円柱状ペレットを得た。
【0057】
なお、上記のペレット作製に用いたリン系化合物は次のいずれかであった。
非ハロゲン縮合リン酸エステル:大八化学工業(株) PX−202、リン含有量9質量%、
赤燐:燐化学工業(株)、赤燐30%MB、燐含有量30重量%とPBT含有量70重量%との混合物、
ポリリン酸アンモニウム:イベリカ社、TERRAJU C−60、燐含有量28重量%、リン含有量が28重量%。
【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
【表3】

【0061】
得られたペレット1000gを射出成型機(日精樹脂工業(株) PS−40、樹脂温度:270℃、金型温度:60℃)を用いて難燃性試験用テストピースを製造した。テストピースの形状は次のとおりであった。
125±5mm×13.0±0.5mm×3.0〜3.2mm(1/8インチ)
【0062】
3.難燃性試験
UNDERWRITERS LABORATORIES INC.社が制定、認可している電気機器に関する安全性の規格(UL規格)の一つであるUL94(装置、器具部品用のプラスチック材燃焼試験(垂直燃焼試験))に準拠し、次の手順で難燃性を評価した。
【0063】
(1)上記の方法により製造されたテストピースを垂直に吊り下げる。
(2)UL94により決められた炎の大きさのバーナーで10秒間接炎し、試験片の燃焼時間を測定するとともに、テストピースの垂直下方305mmに設置されたコットン(外科用木綿、51mm×51mm×厚さ6.4mm)の発火性を確認する。
【0064】
(3)接炎は2回繰り返す。
(4)テストは5本実施する。
(5)下記表4より評価判断する。V−0からV−2である場合に合格と判定する。なお、不適の場合には表4には「×」と表示した。
【0065】
【表4】

【0066】
これらの評価基準を簡単にまとめれば、V−2の場合には燃焼部分がドリップする(燃焼する樹脂組成物が落下する)ことにより試験片の燃焼は停止するが、落下した燃焼部分はコットンを発火させてしまう。これに対し、V−1およびV−0の場合にはドリップの前に燃焼が停止する(V−0では10秒以内、V−1では30秒以内)ため、コットン発火も抑制される。
【0067】
4.その他の評価
(1)加工性
混練・造粒により得られたペレットおよび成型により得られたテストピースを抜き取って目視で確認し、クラックが入っているなど形状が不適切なペレットまたはテストピースの混入の程度(混在率)に基づいて次の評価基準で加工性(造粒性、成型性)を評価し、「○」、「△」および「▲」を合格とした。
【0068】
(造粒性)
押出機から押し出される糸状の樹脂組成物(ストランド)を3mm長さに切断することによってペレットは製造される。造粒性の評価は、試験的にペレット2kgを製造する(調整のための装置停止がない場合には作業時間はおおむね15分間である。)ことにより行った。評価基準は次のとおりである。
【0069】
○:押出機から押し出されたストランドの自己破断は3回以下であり、ペレットは安定的に製造される、
△:ストランドの自己破断は4〜10回であるが、装置を停止する必要はないため、2kgのペレット製造は支障なく(15分間程度で)行われる、
▲:ストランドの自己破断回数が多く、2kgのペレットは製造できるものの、その間に押出機を停止して装置調整を行う必要があり、15分間では作業が完了しない、
×:押出機から押し出された樹脂組成物はストランドの体をなさず、ペレットを製造することができない。
【0070】
(成型性)
成型性の評価は、成型機を用いてテストピースを製造するにあたり、どの程度成型機や金型の清掃が必要となるかに基づき行った。評価基準は次のとおりである。
【0071】
○:清掃の頻度は成型10回に1回以下である、
△:清掃することなく複数回の成型が可能であるが、清掃の頻度は10回に1回を超える、
▲:テストピースの成型は可能であるが、成型1回ごとに清掃が必要とされる、
×:成型品の外観または形状が劣悪であり、テストピースを成型できない。
なお、現実の生産を考慮すると、生産効率の観点から、混練工程および成型工程の双方について「○」または「△」と判断されるような樹脂組成物であることが好ましい。
【0072】
(2)燃焼時間
接炎開始から、テストピースの燃焼の程度が最大になるまでの時間(max−燃焼時間)および燃焼が停止するまでの時間(total−燃焼時間)により燃焼の程度を定量的に評価することができる。材料自体の難燃性が低い場合には、total−燃焼時間が長く、材料自体の難燃性が高く燃焼しにくい場合には、total−燃焼時間が短く、max−燃焼時間を実質的に定義できない(ND:No Drip)。材料自体の難燃性が中程度の場合には、total−燃焼時間が長く、max−燃焼時間に至るまでの時間も長くなる。
【0073】
(3)酸素指数
酸素指数(Oxygen Index、JIS K7201−2)とは、材料が燃焼を持続するのに必要な最低酸素濃度(容量%)により定義される。具体的には、燃焼時間が180秒以上継続するか、または、接炎後の燃焼長さが50mm以上燃え続けるのに必要な最低の酸素濃度により求められる。空気中の酸素濃度21%よりも大きい材料は、通常の空気中では燃焼を維持することができないと判断される。
【0074】
5.評価結果
上記の評価を行った結果を表1から3に示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリブチレンテレフタレート100質量部、
膨張開始温度が285℃以上で1000℃での膨張度が180cc/g以上の熱膨張性黒鉛5質量部以上30質量部以下、
アルカリ土類金属化合物をアルカリ土類金属換算で0.14質量部以上1.2質量部以下、および
リン酸エステルをリン換算で0.5質量部以上3.0質量部以下
を含有することを特徴とする難燃性ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。
【請求項2】
アルカリ土類金属化合物はマグネシウムおよび/またはカルシウムを含有する請求項1記載の組成物。
【請求項3】
リン酸エステルの含有量(単位:質量部)の熱膨張性黒鉛の含有量(単位:質量部)に対する比が0.2以上3.0以下である請求項1記載の組成物。

【公開番号】特開2012−193233(P2012−193233A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−56433(P2011−56433)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(000126115)エア・ウォーター株式会社 (254)
【出願人】(592060237)株式会社鈴裕化学 (4)
【Fターム(参考)】