説明

電子ビームの制御方法

【課題】 電子ビームのターゲット表面への照射位置の制御を簡易且つ確実に行うとともに、電子ビームによる真空槽内部の損傷を低減することが可能な電子ビームの制御方法を提供する。
【解決手段】 電子ビーム発生器から水平方向に照射される電子ビームを、揺動コイルにより、電子ビームの進行方向に直交する方向に曲げて、真空槽の側面に設けられた導入口から導入し、前記真空槽の内側で偏向素子により下方に偏向して、電子ビームに対する入射角度が調整できるように支持されたターゲットに照射するための電子ビームの制御方法であって、前記揺動コイルを、前記電子ビームの進行方向と直交する2軸方向において磁場を印加するために制御電流Ix及びIyが通電できるように構成し、前記制御電流Ix及びIyとして複数の電流値を通電した際に、前記各電流値に対する前記電子ビーム発生器内部の各磁場及び前記真空槽内の各磁場を演算により求め、前記電子ビーム発生器内部の各磁場及び前記真空槽内の各磁場に基づいて、電子ビームが前記ターゲット表面に到達する各座標(ξ,η)を演算により求めるステップと、前記各電流値及び前記各座標(ξ,η)から、前記座標(ξ,η)を変数として前記制御電流Ix,Iyを回帰した関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)を演算により求めるステップと、前記関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)に基づいて、前記揺動コイルの制御電流を制御するステップとを有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム発生器から水平方向に引き出された電子ビームを真空槽内で偏向してターゲットに照射する際の電子ビームの制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電子ビームの照射装置として、例えば、特許文献1や2に開示がなされており、真空槽内に設けられたターゲットに対して電子ビームを照射する場合には、図1に示すように、電子銃等の電子ビーム発生器1から水平方向に照射される電子ビームは、真空槽2の側壁に設けられた導入口3から導入され、下方に偏向されてターゲット4に到達する。真空槽2の内部における偏向は、ターゲット4の上方に設けられた偏向コイル或いはヨーク及び永久磁石から構成される偏向素子5により行われる。
図示した装置において、ターゲット4への電子ビームの到達位置の制御は、揺動コイル6により行われる。同コイル6は、図2に示すように、鉄芯10に巻かれた対向する2組のコイル8,9にそれぞれ制御電流Ix,Iyを流すことにより、紙面表面から裏面に向かう電子に対しx方向及びy方向に力を与え電子ビームの射出方向を制御するものである。制御電流Ix,Iyを適切に時間変化させればターゲット4に対して任意の入射エネルギー密度分布を与えることが原理的には可能となる。
しかしながら、不均一な偏向磁場内を運動する電子の軌道は複雑であり、一般に制御電流Ix,Iyとターゲット4への電子ビーム到達座標(ξ,η)の対応関係は非線形になる。図3(a)に示すように、所定のピッチでx,y方向の制御電流を規定して、この制御電流を揺動コイル6に通電すると、ターゲット4には、図3(b)に示す到達位置となる。このため、図4(b)に示すように、ターゲット4の矩形状の範囲内の座標(ξ,η)に到達するように、ターゲット4の座標(ξ,η)の逆写像として、図4(a)に示す揺動コイル6の制御電流Ix,Iyを求めることができれば、ターゲット4の全面を走査することが可能となる。
一方、従来の揺動コイル6の制御電流は、例えば「日本電子(株)直進型電子ビーム発生器制御マニュアル」に記載されているように(px(t),py(t))を独立した周期Tx,Tyで振動する周期関数とし、制御電流Ix,Iyを(px(t),py(t))の1次関数としたものが使用されている。
具体的には、
【数1】

として、下記式により、揺動電流を定めるようにしている。
【数2】

式中、a,b,c,d,Ix0,Iy0,fx,fyは定数である。
これを図示すれば図5となり、図4(b)に示す四辺形領域を走査できないことは明らかである。
また、従来は定数a,b,c,d,Ix0,Iy0,fx,fyを初期設定する際に、揺動コイル6の制御電流Ix,Iyとターゲット4の座標(ξ,η)の対応関係が不明の状態で実験を行うため、多大の時間と労力を要するだけでなく、電子ビームがターゲット4を外れて真空槽2や真空槽2の内部に設けられた防着板及びその他の部品を損傷する危険性があった。
更に、実際の真空装置において、ターゲット4の全面に亙る電子ビームの着弾位置を実験的に計測するには、電子ビーム位置の確認(視認)機構・ダミーターゲットの冷却機構・各種インターロック機構などの大掛かりな準備が必要であり、技術的・経済的な制約下では実施困難な場合が多いという問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−256317号公報
【特許文献2】特開2006−315024号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明は、電子ビームのターゲット表面への照射位置の制御を簡易且つ確実に行うとともに、電子ビームによる真空槽内部の損傷を低減することが可能な電子ビームの制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の電子ビームの制御方法は、請求項1に記載の通り、電子ビーム発生器から水平方向に照射される電子ビームを、揺動コイルにより、電子ビームの進行方向に直交する方向に曲げて、真空槽の側面に設けられた導入口から導入し、前記真空槽の内側で偏向素子により下方に偏向して、電子ビームに対する入射角度が調整できるように支持されたターゲットに照射するための電子ビームの制御方法であって、前記揺動コイルを、前記電子ビームの進行方向と直交する2軸方向において磁場を印加するために制御電流Ix及びIyが通電できるように構成し、前記制御電流Ix及びIyとして複数の電流値を通電した際に、前記各電流値に対する前記電子ビーム発生器内部の各磁場及び前記真空槽内の各磁場を演算により求め、前記電子ビーム発生器内部の各磁場及び前記真空槽内の各磁場に基づいて、電子ビームが前記ターゲット表面に到達する各座標(ξ,η)を演算により求めるステップと、前記各電流値及び前記各座標(ξ,η)から、前記座標(ξ,η)を変数として前記制御電流Ix,Iyを回帰した関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)を演算により求めるステップと、前記関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)に基づいて、前記揺動コイルの制御電流を制御するステップとを有することを特徴とする。
また、請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載の電子ビームの制御方法において、前記座標(ξ,η)は、経時的に移動するように規定されることを特徴とする。
また、請求項3に記載の本発明は、請求項1又は2に記載の電子ビームの制御方法において、前記関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)は、多項回帰により求められるものであることを特徴とする。
また、請求項4に記載の本発明は、請求項3に記載の電子ビームの制御方法において、前記多項回帰は最小二乗法によることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、電子ビーム発生器から照射される電子ビームを真空槽内で曲げてターゲットに照射する場合において、電子ビーム発生器内部の磁界と真空槽内の磁界に基づいて、各座標に対応して揺動コイルの制御電流を決定することにより、ターゲットの形状や電子ビームの入射角度に制限されずに、ターゲット全面を隈なく、且つ、均一なエネルギー密度で電子ビーム走査することが可能となる。
また、シミュレーションにより、真空槽内の3次元電子ビーム軌道を予め把握することができるので、ターゲット以外の物に電子ビームが衝突するかどうかを予測して安全な揺動コイルの制御電流値の範囲を決めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】電子ビーム発生器を用いた加熱を行う真空装置の概念図
【図2】揺動コイルの概念図
【図3】揺動コイルの制御電流Ix,Iyとターゲット上の座標(ξ,η)の関係を説明するための説明図
【図4】ターゲット上の座標(ξ,η)から理想的な揺動コイルの制御電流Ix,Iyを求めた場合の説明図
【図5】従来の揺動コイルの制御電流の説明図
【図6】多項式近似の誤差の説明図
【図7】4次多項式での制御電流Ix(t),Iy(t)と、その(Ix,Iy)面内での軌跡の説明図
【発明を実施するための形態】
【0008】
上記の通り、本発明は、電子ビームを偏向させる揺動コイルの制御電流に基づいて電子ビームがターゲットに到達する位置をシミュレートすることにより、電子ビームを偏向させる揺動コイルの制御電流を決定するものである。
以下に、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明の方法を説明するための装置の概略構成を示す側断面図であり、真空槽2内には、電子ビームの入射角度を調整できるように傾動自在に支持されたターゲット4が設けられ、その上方に、棒状の磁石、又はコイルの両端に磁場を均一化させるための棒状ヨークを備えた電子ビームの偏向素子5が配置される。真空槽2の側壁には、電子ビームの導入口3が設けられ、この導入口3に対して、電子銃等の電子ビーム発生器1の出口が接合される。
電子ビーム発生器1には、図2に示すように、リング状の鉄芯10に対向する2組のコイル8,9を90°の角度で設けた揺動コイル6が配置されている。この揺動コイル6に制御電流Ix及びIyを通電することにより、電子ビームは、その進行方向に垂直で、且つ、互いに直交する2軸(x-y)方向から磁場が印加され偏向されることになる。
そして、上記シミュレーションは、以下のステップにより構成される。
【0009】
(1)制御電流Ix及びIyに複数の値を代入し、電子ビームがターゲット4の表面に到達する座標(ξ,η)を演算により求めるステップ。
このステップにおいては、以下の(a)〜(d)の演算が行われる。
a)真空槽2の内部の偏向磁場の算出
真空槽2の内部において磁場の発生源となる、偏向磁石の形状、位置、飽和磁束密度及び保磁力、又は、偏向コイル及びヨークの形状・位置・比透磁率、そして、真空槽2が強磁性体である場合等必要に応じて真空槽壁の形状・位置・比透磁率を、有限要素法、境界要素法や差分法等の演算により求める。尚、本明細書において、演算に関しては、CPU、メモリ等を備えたパソコン等の演算手段により行うものとする。
尚、上記演算結果と、真空槽2内の数点(例えば、ターゲットの中心線上の数点)において磁場を実測したものとを比較し、演算結果の磁場の値が実測値に比べて全体に大きい、或いは、小さい場合には、磁石の飽和磁束密度の値を実測値に合うように調整することが好ましい。偏向素子5として、長尺の永久磁石の両端部に棒状のヨークを接合して構成されたものを使用し、且つ、真空槽2として、その容積が数m程度の大型のものを使用する場合には、永久磁石の磁気特性(飽和磁束密度やB-H特性)や真空槽2を構成する部材の磁気特性が演算により求められたものに対してずれることがあるためである。
b)制御電流Ix及びIyを、所定の範囲において所定のピッチで変更した値を使用して、電子ビーム発生器1内における磁場を計算する。
例えば、Ix=-0.75A〜0.75A(0.075A刻みの21点)とIy=-0.75A〜0.75A(0.075A刻みの21点)の計441点の場合のそれぞれに対して、揺動コイル6の鉄心10及び電子ビーム発生器1の外壁等の磁性体の形状・位置・比透磁率から、有限要素法、境界要素法や差分法等の演算により求める。
c)電子ビーム発生器1から発生する任意の1本の電子ビームの軌道を、上記bで求めた各磁場(各制御電流Ix及びIyの時に生じる磁場)に適用して、各磁場における電子ビーム発生器1の出口(真空槽の導入口3)における電子ビームの通過位置及び該位置における電子ビームの速度を演算により求める。
例えば、任意の1本の電子ビームの軌道を、電子ビーム発生器1のカソード中心を初期位置と所定の加速電圧に対応する初速度(例えば、40keV)を与え、上記(b)で求めた揺動磁場の441点の場合において、電子がローレンツ力を受けるとして電子の運動方程式をRunge-Kuttaや他の常微分方程式の解法により解くことで求める。
尚、実際に電子ビームを照射することが可能な場合には、特定の制御電流Ix,Iyにより照射されることになるターゲット4上の座標(ξ,η)と、現実のターゲット4上の座標(ξ’,η’)との差分を測定して、制御電流Ix,Iyに対応するターゲット4上の座標(ξ,η)を前記差分だけシフトすることが好ましい。具体例としては、制御電流Ix,Iy=0,0における算出結果と実測位置の差分を使用することが好ましい。ターゲット4の全面に亘って電子着弾位置を実測するのに比べ簡便かつ安価であるためである。
d)上記cで得られた各磁場(各制御電流Ix及びIyの時に生じる磁場)における電子ビームの通過位置、速度及び上記(a)で得られた真空槽2の内部の偏向磁場から、各磁場における電子ビームがターゲット4に到達する座標(ξ,η)を、Runge-Kuttaや他の常微分方程式の解法により解くことで求める。
【0010】
(2)前記座標(ξ,η)を変数として、前記制御電流Ix,Iyを回帰した関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)を求めるステップ。
上記(1)のbにおいて、各磁場を生じさせる制御電流Ix及びIyを、上記(1)のステップの(d)で求められた座標(ξ,η)の多項式等で回帰した関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)を求める。
具体的には、fx(ξ,η)及びfy(ξ,η)を4次の多項式とした場合には、
【数3】

【数4】

となる。上式に含まれる30個の未定係数ajk,bjkはfx,fyがIx,Iyに近似するように定める。具体的には、既知の441組の制御電流Ix,,Iyと441組のターゲット4の座標(x,h)を用いて下式で定義される距離Δxyを最小にするように未定係数を定める。
【数5】

即ち、30個の線形連立方程式
【数6】

を解いて未定係数ajk,bjkを求める。
【0011】
(3)関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)に基づいて、前記揺動コイルの制御電流を制御するステップ。
上記制御電流Ix,Iyに基づいて、揺動コイル6への通電制御を行うことにより、電子ビームをターゲット4へ照射する。
尚、ターゲット4上に電子ビームを照射しながら移動させる場合には、所望の走査パターンを時系列データ(ξ(tk),η(tk))(0≦k≦L)として、これを関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)に導入して得られた制御電流Ix=fx(ξ(tk),η(tk))及びIy=fy(ξ(tk),η(tk))を揺動コイル6に通電すればよい。但し、(ξ(tL),η(tL))=(ξ(t0),η(t0))とする。また、tLは走査周期であり、電子ビームの区間[k,k+1]の滞在時間はtk+1−tkである。
【0012】
上記電子ビームの制御方法によれば、任意形状のターゲット全面を隈なく、且つ、均一なエネルギー密度で電子ビーム走査するための揺動電流を容易に決定することが可能となる。
【0013】
また、本発明においては、ターゲット4は電子ビームに対する入射角度を調整できるように傾動自在に支持されるものであるが、ターゲット4の傾斜角θが変化する場合には、角度θ毎に回帰した関数を求める。
【0014】
また、上記(2)のステップにおける近似式の次数Mは、大域的な誤差を表す平均距離Dと、局所的な誤差を表す最大距離Dmax
【数7】

を用いて決定するものとする。
fx,fyをξ,ηに関するM次多項式
【数8】

とおいて、D,Dmaxの値を次数Mに対してプロットしたものを図6に示す。次数とともに誤差は指数関数的に減少する。実施例ではD,Dmaxが共に揺動コイル電源の出力分解能23mAを下回るようにM=4に取ったが、次数を上げてより高精度化することも容易である。M=4とした場合、上記ステップ(2)で説明した揺動コイル6の制御電流のデータは図7に示す通りとなる。
また、実施例では簡単のために多項式の基底としてξ,ηの冪関数を選んだが、完全系を成す他の基底関数(ex,eh)を選んでもよい。
【符号の説明】
【0015】
1 電子ビーム発生器
2 真空槽
3 導入口
4 水平面から角θ傾斜したターゲット
5 偏向素子(偏向磁石又は偏向コイル及び偏向ヨーク)
6 揺動コイル
8 Xコイル
9 Yコイル
10 鉄芯

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビーム発生器から水平方向に照射される電子ビームを、揺動コイルにより、電子ビームの進行方向に直交する方向に曲げて、真空槽の側面に設けられた導入口から導入し、前記真空槽の内側で偏向素子により下方に偏向して、電子ビームに対する入射角度が調整できるように支持されたターゲットに照射するための電子ビームの制御方法であって、
前記揺動コイルを、前記電子ビームの進行方向と直交する2軸方向において磁場を印加するために制御電流Ix及びIyが通電できるように構成し、
前記制御電流Ix及びIyとして複数の電流値を通電した際に、前記各電流値に対する前記電子ビーム発生器内部の各磁場及び前記真空槽内の各磁場を演算により求め、前記電子ビーム発生器内部の各磁場及び前記真空槽内の各磁場に基づいて、電子ビームが前記ターゲット表面に到達する各座標(ξ,η)を演算により求めるステップと、
前記各電流値及び前記各座標(ξ,η)から、前記座標(ξ,η)を変数として前記制御電流Ix,Iyを回帰した関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)を演算により求めるステップと、
前記関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)に基づいて、前記揺動コイルの制御電流を制御するステップとを有することを特徴とする電子ビームの制御方法。
【請求項2】
前記座標(ξ,η)は、経時的に移動するように規定されることを特徴とする請求項1に記載の電子ビームの制御方法。
【請求項3】
前記関数Ix=fx(ξ,η)及びIy=fy(ξ,η)は、多項回帰により求められるものであることを特徴とする1又は2に記載の電子ビームの制御方法。
【請求項4】
前記多項回帰は最小二乗法によることを特徴とする請求項3に記載の電子ビームの制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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