説明

電子顕微鏡用試料作製装置

【課題】水分を含有する試料の形態を損傷せずに試料を乾燥させることができる電子顕微鏡用試料作製装置を提供する。
【解決手段】電子顕微鏡用試料作製装置1は、試料保持部5によって試料を含む液体を、試料が凍結せずかつ液体が過冷却状態となる温度に保持する。冷却台6は、載置された冷却ブロック7を冷却し、冷却ブロック7を過冷却状態となった試料を含む液体に接触させることで、試料及び試料を含む液体を速やかに最大氷結晶温度より低い温度にして凍結させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡で観察する試料を凍結させる電子顕微鏡用試料作製装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡は、観察対象の試料に電子線を当てて拡大観察することから、安定した電子線を発生させるために内部が真空にされる。そのため、試料は真空中に配置される。水分を含む試料は、真空中に配置されると水分が気化し、水分が気化する時に発生する表面張力によって形態が損なわれる。例えば、生物試料は70〜80%の水分を含んでおり、この水分が気化するときにおよそ160kg/cmの表面張力が発生するため、細胞組織が破壊され、その形態が損なわれる。
【0003】
したがって、真空中において試料の形態を維持するためには、事前に試料を乾燥させることが必要である。しかし、試料を空気中で自然乾燥させると乾燥時の表面張力によって形態が損なわれることから、試料を乾燥させる方法として、種々の方法が用いられている。
【0004】
臨界点乾燥法は、試料を液体二酸化炭素又は水などに含ませ、これらの液体を臨界点以上の温度及び圧力にして超臨界流体にすることで、試料を乾燥させる。超臨界流体では表面張力が生じないため、表面張力による試料の破壊は生じない。しかし、臨界圧力は高圧であるため、臨界点乾燥法は安全性に問題があるとともに強度の弱い試料は形態が損なわれる。特に液体が水の場合、臨界温度は高温であるため、生物試料では熱により細胞が破壊されることで試料の形態が損なわれる。
【0005】
また、試料の水分をアセトン等の低表面張力の液体に置換して乾燥する方法や、常温付近に凝固点を持つt−ブチルアルコールを使用した凍結乾燥法などの有機溶媒を用いる方法は、排ガスの処理や作業者の保護など、環境衛生の観点から好ましくない。
【0006】
そのため、試料の乾燥としては、試料の水分を凍結させた後に乾燥させる凍結乾燥法を用いることが望ましい。
例えば、特許文献1には、凍結した試料を真空引きされた試料室に配置し、凍結試料を零度より高い温度まで昇温させる発明が開示されている。この発明では、試料をペルチェ素子により冷却して凍結することが開示されている。
【0007】
【特許文献1】特開平7−280714号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、水分を凍結させる凍結乾燥法では、試料の水分を凍結する際に、最大氷結晶温度で氷の結晶粒が大きくなって細胞などの試料内部が破壊され、試料の形態が損なわれる。水分を含有する試料では、水から出すことで試料の形態が損なわれる場合があることから、試料を水中に保持して凍結する。一方で、水の凝固潜熱は約334J/gと大きく、熱伝導度は約0.6W/m・Kで氷の27%程度と悪いため、試料を含む水を常温から速やかに最大氷結晶温度以下にすることは困難である。そのため、特許文献1に記載の発明のように試料を含む水を常温から冷却して凍結させる場合には、最大氷結晶温度において氷の結晶粒が大きくなり、試料の形態が損傷するという問題があった。
【0009】
そのため、凍結乾燥法では液体窒素により試料を凍結させることも行われているが、液体窒素によっても試料を含む水の全体を常温から速やかに最大氷結晶温度以下にすることは困難であり、上記と同様に試料の凍結時に試料の形態が損傷するという問題があった。
【0010】
そのため、試料の形態を損傷せずに水分を含有する試料を乾燥させることが要望されている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の電子顕微鏡用試料作製装置は、観察対象の水分を含有する試料を含む液体を、所定圧力において前記試料が凍結せず、かつ前記試料を含む液体が過冷却状態となる温度に保持する試料保持部と、冷却された状態で前記試料を含む液体に接触して、当該試料及び当該試料を含む液体を所定圧力において前記液体の凍結時に前記液体の氷の結晶粒が大きくなる温度である最大氷結晶温度より低い温度に冷却して凍結させる冷却部材とを有する。
【0012】
好ましくは、前記液体は、水である。また、好ましくは、前記液体には、前記液体の凝固点を降下させる物質が溶解している。
【0013】
好ましくは、上記電子顕微鏡用試料作製装置は、前記冷却部材を冷却する冷却部を有する。
【0014】
好ましくは、上記電子顕微鏡用試料作製装置は、前記冷却部を冷却する冷凍機と、前記試料保持部への前記冷凍機の振動の伝達を抑制する制振部とを有する。
【0015】
好ましくは、前記冷却部材は、前記試料を含む液体と接触する面を備え、当該面に突起が形成された形状を有する。
【0016】
好ましくは、前記試料保持部は、前記試料を含む液体を収容する密閉された試料室と、前記試料室を真空排気する真空排気孔とを有し、前記試料及び前記試料を含む液体が凍結した後に、前記試料保持部の温度を前記液体の三重点温度以下に保持して、前記試料室を真空排気する。
【0017】
好ましくは、前記試料は生物試料である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の電子顕微鏡用試料作製装置によれば、試料の形態を損傷せずに水分を含有する試料を乾燥させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1(A)、(B)を参照して、本発明の実施の形態である電子顕微鏡用試料作製装置1について述べる。図1(A)は、電子顕微鏡用試料作製装置1の上面図である。図1(B)は、電子顕微鏡用試料作製装置1の正面図である。なお、図1(B)では、説明のために一部を透視して示す。
【0020】
電子顕微鏡用試料作製装置1の構成について、説明する。
電子顕微鏡用試料作製装置1は、ケース2内部に操作部3と制御部4とが設けられる。操作部3は、観察対象の水分を含有する試料(以下単に「試料」ということがある。)を凍結乾燥させる部分であり、試料保持部5、冷却台6及び冷却ブロック7を有する。ここで、冷却台6は本発明における冷却部の一例であり、冷却ブロック7は本発明における冷却部材の一例である。なお、図1(A)、(B)では、後述する冷却台用蓋20を省略して示す。
制御部4は、操作部3の作動を制御する部分であり、冷凍機8、制御回路9、温度制御装置10及び電源回路11を有する。
【0021】
図2を参照して、操作部3について述べる。図2は、図1(A)のII−II断面図である。
試料保持部5は、観察対象の試料を含む水を、試料が凍結せず、かつ試料を含む水が過冷却状態となる温度に保持する部分である。試料保持部5には、熱伝導度の良い材料のブロックが用いられ、上面中央に凹部5aが形成される。試料保持部5の材料としては、例えばアルミニウムである。
【0022】
試料保持部5には、試料台13が取り付けられる。試料台13は、下部が試料保持部5の凹部5aに挿入されて、試料保持部5の上面から上部を突出させる。試料台13は、凹部5aにおいて、底面の全面及び側面の一部で試料保持部5と熱的に接触する。
試料台13は、上面に窪み13aが形成され、水に含まれた試料が窪み13aに保持される。乾燥後の試料は破損しやすく試料台13から移動させることは困難であるため、試料台13には、使用する電子顕微鏡にそのまま装着可能な物を用いる。試料台13は、例えばカーボンのように熱伝導度の良い材料で形成される。
【0023】
試料保持部5の上面には、試料台13を覆って試料台用蓋14が設けられる。試料台用蓋14の内側は、試料保持部5との接触部に例えば図示するOリング15のようなシール材が取り付けられることで密閉された試料室16となっている。試料台13の上方になる試料台用蓋14の面には、凍結乾燥中の試料が観察可能なように、透明な窓部17が設けられる。窓部17には、ガラス又はアクリルなどが用いられる。
【0024】
試料保持部5の内部には、試料保持部5と熱的に接触してヒータ18が設けられる。また、試料保持部5には、図示しない温度計が取り付けられている。温度計は、例えば熱電対である。
また、試料保持部5を貫通して真空排気孔19が形成される。真空排気孔19は、一方の開口部が試料室16に形成される。他方の開口部は、試料室16の外側に形成され、図示省略するが真空ホースを介して真空ポンプに接続される。
【0025】
冷却台6は、載置された冷却ブロック7を冷却する部分である。冷却台6には、例えばアルミニウムのような熱伝導度の良い材料のブロックが用いられ、制御部4の冷凍機8と熱的に接触することで、熱伝導によって冷凍機8により冷却される。
冷却台6の上面中央には、凹部6aが形成される。
【0026】
冷却ブロック7は、下面7aが面で形成され、下面7aの中央に突起7bが設けられる。冷却ブロック7本体の形状及び突起7bの形状及び数量は、試料や試料台13の形状に合わせる。図2には、一例として、突起7bが下面7aから離れる向きに尖った1つの円錐形である場合が示されており、大きさは例えば、直径3mm、突出量1mmである。ただし、突起7bはこれに限られず、複数の突起を設けることや、リング状などの他の形状にすることが可能である。これらの突起は、冷却ブロック7の本体と別に製造されてねじなどにより結合されることで、突出量を調整可能にすることができる。
また、冷却ブロック7の上部には、ピンセット、ロボットアームなどにより摘んで移動させることができるように、摘み部7cが設けられる。
【0027】
冷却ブロック7は、熱伝導度の良い材料が用いられ、熱伝導によって冷却台6と同じ温度にされることで冷却される。冷却ブロック7は、下面7aを冷却台6の上面に接触させ、突起7bを冷却台6の凹部6aに配置して、冷却台6に載置される。これにより、冷却ブロック7は、冷却台6と面で接触するため、熱伝導によって速やかに冷却される。
【0028】
冷却ブロック7は、後述するように冷却された状態で過冷却状態にされた試料を含む水に接触して、この試料及び試料を含む水を氷の最大氷結晶温度より低い温度まで速やかに冷却する。そのため、冷却ブロック7は、この冷却に充分な熱容量を持つことが必要である。したがって、冷却ブロック7としては、熱伝導度及び熱容量の観点から金属ブロックが好適であり、好ましくは比熱の大きい鉄、銅などであり、さらに好ましくは金めっきを施した銅である。
冷却ブロック7を覆って、冷却台6の上面には冷却台用蓋20が設けられる。冷却台用蓋20は、金属又は合成樹脂などで製造される。
【0029】
試料保持部5と冷却台6とは、金属線21によって熱的に結合される。ここで、金属線21は、本発明の電子顕微鏡用試料作製装置における熱抵抗部の一例である。試料保持部5は、金属線21を介して冷却台6によって冷却される。そのため、金属線21は、試料保持部5及び冷却台6の設定温度を考慮し、試料保持部5が過度に冷却されない熱抵抗となる断面積にされる。なお、熱抵抗とは、熱の移動を妨げる大きさであり、熱抵抗が大きいほど熱が移動しにくくなる。すなわち、金属線21の熱抵抗によって、試料保持部5と冷却台6との温度差が縮まりにくくなっている。
金属線21としては、例えば銅線であり、複数の銅線を縒り合わせた銅の縒り線や、直径の小さい複数の銅線を網目状に形成した銅編線を用いることができる。
このように、試料保持部5と冷却台6とを金属線21で結合することによって、直接これらを接触させた場合に比べて、冷却台6の振動が試料保持部5に伝達しにくくされている。
【0030】
金属線21の中間部は、防振ゴム22に挟まれて固定されている。ここで、防振ゴム22は、本発明の電子顕微鏡用試料作製装置における制振部の一例である。これにより、金属線21を伝わって、冷却台6の振動が試料保持部5に伝達することが防止されている。
【0031】
図1を参照して、制御部4について述べる。
冷凍機8は、操作部3の冷却台6を冷却する部分である。冷凍機8には、汎用の冷凍機を用いることができるが、好ましくは小型冷凍機である。これによれば、電子顕微鏡用試料作製装置1を小型化することができる。冷凍機8では、冷凍部8bの温度が低下する。冷凍部8bは、冷却台6と熱的に接触するが、冷却台6をできるだけ速やかにかつ低温にするために接触部の熱抵抗は小さくされる。ここでは、冷凍部8bと冷却台6とを平面で接触させて熱的に接触する面積を大きくすることで、接触部の熱抵抗を小さくしている。
冷凍機8は、冷凍機8の振動がケース2を伝わって試料保持部5に伝達することを防止するために、防振ゴム8cを介してケース2に設けられる。ここで、防振ゴム8cは、本発明の電子顕微鏡用試料作製装置における制振部の一例である。
【0032】
制御回路9は、冷凍機8や試料保持部5の真空排気孔19に接続される真空ポンプ(図示省略)の運転などを制御する。
温度制御装置10は、試料保持部5に設置されたヒータ18(図2参照)や温度計(図示省略)に接続され、電源回路11から電力を受けてヒータ18の加熱量を制御することで、試料保持部5の温度を試料が凍結せず、かつ試料を含む水が過冷却状態となる温度に制御する。試料保持部5の温度変動が大きいと試料を含む水の過冷却状態が損なわれ易いため、温度制御装置10は、試料保持部5を設定温度±0.5度以内に制御する。
電源回路11は、図示省略する外部電源に接続され、制御回路9及び温度制御装置10に電力を供給する。
【0033】
図3を参照して、電子顕微鏡用試料作製装置1の作動について説明する。図3は、電子顕微鏡用試料作製装置1の作動を示すフローチャートである。
【0034】
(ステップS1)
試料を水に含ませる。試料を保存していた海水やホルマリンなどは、よく洗い流す。
【0035】
(ステップS2)
試料台13の窪み13aに試料を含む水を満たすことで、試料を試料台13に配置する。この時、試料が水から出ないようにする。これは、乾燥することにより試料の形態が損なわれることを防止するためであり、また試料によっては水から出してしばらく置くことで形態が損なわれる場合があるためである。
【0036】
(ステップS3)
試料台13を試料保持部5に取り付ける。
【0037】
(ステップS4)
試料を含む水及び冷却ブロック7を冷却する。
最初に、冷却台6の上面に冷却ブロック7を載置し、冷却台6に冷却台用蓋20を被せた状態で、制御回路9を操作して冷凍機8の運転を開始する。冷凍部8bの温度が低下し、熱伝導によって冷却台6は冷却される。これにより、冷却ブロック7は、熱伝導によって冷却台6と同一温度まで冷却される。
この時、冷却ブロック7を、所定圧力において、冷却ブロック7が試料を含む水に接触することで、この試料及び試料を含む水を氷の最大氷結晶温度より低い温度に冷却して凍結する。この温度は、試料を含む水の温度及び量、冷却ブロック7の熱容量、並びに試料を含む水の凍結時に発生する凝固熱などに基づいて決まる。
なお、所定圧力とは、冷却台6のおかれている圧力であり、通常は大気圧である。例えば、所定圧力が1気圧であれば最大氷結晶温度は−1〜−7度であるため、冷却ブロック7を接触させることで試料及び試料を含む水を−7度より低い温度に冷却して凍結させる。最大氷結晶温度は圧力によって異なるため、冷却台6及び冷却ブロック7の温度は所定圧力に応じて設定される。
【0038】
好ましくは、冷却ブロック7を可能な限り低い温度に冷却する。これによれば、試料及び試料を含む水を氷の最大氷結晶温度より低い温度まで、より速やかに冷却することが可能である。したがって、試料の形態が損なわれることをさらに確実に防止することができる。
【0039】
冷却台6が冷却されることで、試料保持部5は、金属線21を介して熱伝導によって冷却される。試料保持部5は、温度制御装置10によって、所定圧力において試料が凍結せず、かつ試料を含む水が過冷却状態となる温度に保持される。ここで、所定圧力とは、試料保持部5のおかれている圧力であり、通常は大気圧である。また、水が過冷却状態となる温度は、水の融点以下であって、水が液体の状態を保つ温度である。そして、試料が凍結する温度は試料及び圧力によって異なり、水が過冷却状態となる温度は圧力によって異なる。そのため、試料及び所定圧力に応じて試料保持部5の温度は設定される。例えば、所定圧力が1気圧であり、試料が生物試料であって−5度で細胞が凍結する場合、水は−5度より低い温度でも過冷却状態となることから、試料保持部5は、細胞が凍結せず、かつ試料を含む水が過冷却状態となる−0.1〜−5度程度にされる。
試料保持部5は、金属線21がその断面積の大きさにより適度な熱抵抗にされていることから、冷却台6によって過剰に冷却されることが防止されている。そのため、温度制御装置10により、試料保持部5の温度低下に応じて試料保持部5に設けられたヒータ18の加熱量を制御することで、試料保持部5を上記の設定温度に保持することができる。
【0040】
試料台13は、熱伝導によって試料保持部5と同一温度となるため、この温度では試料及び試料を含む水は凍結していない。そして、試料を含む水は過冷却状態であるため、外部からの刺激により急速に凍結する状態となっている。
【0041】
(ステップS5)
試料を凍結させる。
冷却台用蓋20を開放して、冷却ブロック7をピンセットなどにより摘み部7cを摘んで移動し、試料保持部5に取り付けられた試料台13の試料を含む水に押し当てる。この時、冷却ブロック7の下面7aが試料を含む水と接触し、突起7bが水中に挿入される。これにより、試料を含む水が急速に氷の最大氷結晶温度より低い温度まで冷却されて凍結し、それに合わせて試料も急速に氷の最大氷結晶温度より低い温度まで冷却されて凍結する。この時、試料を含む水が過冷却状態となっていることで、氷晶が水の内部に樹枝状に瞬時に形成される。氷の熱伝導度は水の3倍以上であるため、この氷晶を伝って水の内部が冷却ブロック7によって冷却されることで、試料を含む水は内部まで速やかに凍結される。
ここで、冷却ブロック7をピンセットなどで摘み部7cを摘んで移動し、試料保持部5に取り付けられた試料台13の試料を含む水に押し当てる際、作業者の手振れなどによって、ピンセットがぶれる場合がある。こういったとき、意図した凍結のタイミング外で試料を含む水の凍結が行われてしまう。
そこで、冷却ブロック7を移動し、試料台13の試料に含む水に押し当てる際は、ピンセット(手動)の代わりに、移動範囲が固定されたロボットアーム(自動)などを使用することが好ましい。すなわち、ロボットアームの移動範囲は固定されているので、冷却ブロック7を移動して試料台13の試料に含む水に押し当てる一連の動作においてぶれが生ずることはなく、衝撃の発生を防ぐことができるためである。
【0042】
なお、通常水は周囲から中心に向かって凍ることから、冷却ブロック7の下面7aに突起7bが設けられていない場合には、試料を含む水の中心の冷却が遅れ、この部分にある試料が速やかに最大氷結晶温度より低い温度まで冷却されずに形態が損なわれるおそれがある。
しかし、冷却ブロック7の下面7aに突起7bを設けることで、冷却ブロック7と水との接触面積が増加し、また、試料を含む水は周囲及び突起7bが挿入される位置から冷却されるため、全体が速やかに氷の最大氷結晶温度より低い温度まで冷却されて凍結する。そのため、試料の形態が損なわれることを、より確実に防止することができる。
【0043】
なお、図1に示すように、試料保持部5及び冷却台6をケース2の同一区画に設けることで、冷却台6の温度は試料保持部5の温度より低いことから、冷却台6のみに霜が付着して、試料保持部5と同一温度となる試料台13の試料を含む水の水面には霜が付着しない。そのため、過冷却状態は安定に維持され、冷却ブロック7を押し当てた時に、試料を含む水の水面と冷却ブロック7とが確実に接触するため、試料を含む水の冷却効率を高めることができる。
【0044】
(ステップS6)
試料を乾燥させる。
試料台13から冷却ブロック7を外し、試料保持部5に試料台用蓋14を被せて試料室16を形成する。そして、制御回路9を操作して図示しない真空ポンプを作動させて、試料室16を真空排気する。これにより、試料台13の氷が水蒸気に昇華して排出され、試料は乾燥される。
この時、温度制御装置10の制御を停止することで、試料保持部5は冷却台6から金属線21を通して吸熱されるため、試料保持部5の温度は水の三重点温度である0.01度以下に保持される。そして、試料台13の氷は、水蒸気に昇華する際の気化熱によって、氷の最大氷結晶温度より低い温度に保持される。
試料の氷が昇華する様子は、試料台用蓋14に設けられた窓部17を通して、肉眼又は光学顕微鏡によって観察することが可能である。
試料室の真空度は、試料台13に氷が残っている時には10Pa以上であるが、氷がすべて昇華して乾燥が完了した時には10Pa以下となる。そのため、試料室16の真空度の変化を検出したら冷却台6の冷却を停止し、試料室16の温度が常温に戻ったら真空ポンプを停止して、試料室16を大気圧とする。
この場合、例えば真空ポンプをベントすることにより、真空排気孔19から試料室16に大気を導入する。このときの試料室16内の温度は、露点温度よりも十分高いことが望ましい。すなわち、試料室16へ導入される大気中の水蒸気が凝結することによって、上記ステップST6で乾燥された試料に水分が付着するのを防止するためである。なお、試料乾燥終了後、試料室16への大気の導入を早期に行えるようにするため、ヒータ18に電力を供給にして、試料室16内の温度を予め上げるようにしてもよい。
さらに、真空排気孔19から急激に大気が導入されることによって、試料室16内の試料が飛散することを防止するため、大気が流入する真空ホースまたは真空ポンプには大気の流入抵抗を設けられるようにして、試料室16へ大気が徐々に導入されるようにすることが望ましい。
【0045】
(ステップS7)
電子顕微鏡用試料作製装置1から試料台13を取り出し、電子顕微鏡で乾燥した試料を観察する。
【0046】
以上、本発明の実施の形態である電子顕微鏡用試料作製装置1の構成及び作動について述べた。
上記ステップST2において、試料台13の窪み13aには、水だけではなく、他の液体を満たすこともできる。たとえば、凝固点を低下させる物質が溶解している液体を窪み13aに満たしても良い。ここで、窪み13aに満たす液体が水である場合には、その水が過冷却状態となる温度に保持される温度と、水の凝固点の差が大きいので、当該過冷却状態は、わずかな刺激によっても、その安定状態が崩れるおそれがある。そこで、窪み13aに凝固点を低下させる物質が溶解している液体を使用することにより、過冷却状態となる温度に保持される温度と液体の凝固点との差を小さくすることができ、過冷却状態の安定化を図ることができる。
凝固点を低下させる物質が溶解している液体として、例えば、DMSO(Dimethyl Sulfoxide:ジメチルスルホキシド)が3%溶解した水を使用することができる。この水を使用することにより、水の凝固点が−3度程度と、凝固点が3度下がるので、過冷却状態の安定化を図ることができる。
このように、電子顕微鏡用試料作製装置1では、試料及び試料を含む水を氷の最大氷結晶温度より低い温度に速やかに冷却して凍結することができるため、凍結により試料の形態が損なわれることが防止される。
また、従来の液体窒素による試料の冷却では、液体窒素が地域によって入手困難であり、液体窒素が飛散することなどによる安全性の問題があったが、本発明では液体窒素を用いないため安全かつ簡単に試料の凍結が可能である。
【0047】
また、冷却台6によって試料保持部5を冷却することで、冷却台6のみを冷却すればよいため、電子顕微鏡用試料作製装置1を小さく、かつ安価にすることができる。ただし、試料保持部5と冷却台6とに、別々の冷却手段を設けることも可能である。
【0048】
なお、冷却台6の冷却手段は冷凍機8に限られず、ペルチェ素子などの他の冷却手段によって冷却することも可能である。ただし、冷凍機8によれば、冷却効率が良く、かつ冷却能力が高いため、冷却台6の冷却時間を短縮し、電子顕微鏡用試料作製装置1の消費電力を抑制することができる。なお、冷凍機8は作動にあたって振動が発生するが、電子顕微鏡用試料作製装置1に防振ゴム8c、22などの制振部を設けることで、振動が試料保持部5に伝達して過冷却状態の試料を含む水が凍結することを防止することができる。
【0049】
さらに、電子顕微鏡用試料作製装置1では、試料保持部5の温度を水の三重点温度以下に保持して試料室16を真空排気する。
従来は、特許文献1に記載の発明のように、乾燥時には気化熱によって試料が冷却されて気化が遅くなるため、試料を加熱することで気化を速くしていた。しかし、これによって氷の温度が上昇して最大氷結晶温度となり、氷の結晶粒が大きくなって試料の形態が損なわれていた。また、生物試料では、細胞内は気化した水蒸気によって圧力が上がるため、氷が融解して水に戻り気化することで、表面張力により試料の形態が損なわれていた。
しかし、電子顕微鏡用試料作製装置1では、真空排気の際にも、試料保持部5の温度を水の三重点温度以下に保持することで、試料を含む水を氷の状態のまま氷の最大氷結晶温度より低い温度に保持するため、乾燥時に氷の結晶粒が大きくならず、氷が融解することもないため、試料の形態が損なわれることを防止することができる。
【0050】
なお、本発明の電子顕微鏡用試料作製装置は、電子顕微鏡での観察にあたり、例えば、食品、高分子材料及び吸水剤のような凍結乾燥が必要なあらゆる試料に好適に用いることができる。ただし、多量の水分を含み、凍結や乾燥によって形態が損なわれやすい生物試料に対して、極めて優れた効果を発揮する。このような生物試料としては、例えば、バクテリア、原生生物、植物、動物プランクトン、菌類、並びに大型動物の各種組織及び体液である。
以下、生物試料を用いた実施例について、述べる。
【0051】
(実施例1)
電子顕微鏡で観察するために、上述した本発明の実施の形態である電子顕微鏡用試料作製装置1を用いて、次の条件で試料を凍結させ、その後乾燥させた。
試料:海洋プランクトン
アカルチア ステウエリ(Acarutia steueri)
ノープリウス VI期
試料保持部温度:−5度
冷却ブロック温度(冷却台温度):−100度
冷却ブロックの突起形状:直径3mm、高さ1mmの円錐形
【0052】
実施例1における試料の走査電子顕微鏡での反射電子像を、図4(A)、(B)に示す。図4(A)は、試料の全体像である。図4(B)は、試料の腹部拡大像である。
図4(A)、(B)では、表面を透かして、体内の組織も観察された。
図4(A)では、触角を始めとして非常に軟らかく繊細なパーツまでも極めて自然な形で観察することができた。
図4(B)では、体内の組織がきれいに形状を維持していることが確認できた。
【0053】
(実施例2)
実施例1の試料の表面に、白金(Pt)をイオンスパッタ装置で導電性処理した。
実施例2における試料の電子顕微鏡の二次電子像を、図5(A)、(B)に示す。図5(A)は、試料の全体像である。図5(B)は、試料の腹部拡大像である。
図5(A)、(B)では、試料の表面に白金(Pt)を導電性処理することで、試料の表面のみが観察された。これによれば、表面の形状が明確になり、試料を実際の姿で観察することができるとともに、表面がきれいな形状を維持していることが確認できた。
【0054】
(比較例1)
従来の電子顕微鏡用試料作製装置を用いて、常温から次の条件で試料を凍結させ、その後乾燥させた。
試料冷却方法:液体窒素冷却
試料冷却温度:−196度
【0055】
比較例1における試料の走査電子顕微鏡の反射電子像を、図6(A)、(B)に示す。図6(A)は、試料の全体像である。図6(B)は、試料の腹部拡大像である。
図6(A)、(B)では、試料の表面を透かして、体内の組織も観察された。
図6(A)では、実施例1で得られた観察像と比較すると、試料全体の形態が損なわれており、特に触角の形態が押し潰されたようにして損なわれていることが観察された。
図6(B)では、従来の凍結乾燥法で表れる試料の幾何学的な変形が、試料の表面において凹凸として観察された。
【0056】
(比較例2)
比較例1の試料の表面に、白金(Pt)をイオンスパッタ装置で導電性処理した。
比較例2における試料の走査電子顕微鏡の二次電子像を、図7(A)、(B)に示す。図7(A)は、試料の全体像である。図7(B)は、試料の腹部拡大像である。
図7(A)、(B)では、試料の表面に白金(Pt)を導電性処理することで、試料の表面のみが観察された。
図7(A)では、実施例2で得られた観察像と比較して、同一種類の試料と考えられない程、試料全体の形態が損なわれた状態が観察された。
図7(B)では、実施例2で得られた観察像と比較して、試料の表面の破れ及び凹凸が明確に観察された。
【0057】
以上の実施例1、2及び比較例1、2によれば、本発明の電子顕微鏡用試料作製装置では、試料の凍結における形態の維持に関して、高い効果を有することが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1(A)は、本発明の実施の形態の電子顕微鏡用試料作製装置の上面図であり、図1(B)は、本発明の実施の形態の電子顕微鏡用試料作製装置の正面図である。
【図2】図1(A)のII−II断面図である。
【図3】本発明の実施の形態の電子顕微鏡用試料作製装置の作動を示すフローチャートである。
【図4】図4(A)、(B)は、本発明の電子顕微鏡用試料作製装置により凍結乾燥した実施例1における試料の走査電子顕微鏡での反射電子像である。
【図5】図5(A)、(B)は、本発明の電子顕微鏡用試料作製装置により凍結乾燥した実施例2における試料の走査電子顕微鏡での二次電子像である。
【図6】図6(A)、(B)は、従来の電子顕微鏡用試料作製装置により凍結乾燥した比較例1における試料の走査電子顕微鏡での反射電子像である。
【図7】図7(A)、(B)は、従来の電子顕微鏡用試料作製装置により凍結乾燥した比較例2における試料の走査電子顕微鏡での二次電子像である。
【符号の説明】
【0059】
1…電子顕微鏡用試料作製装置、5…試料保持部
6…冷却台、7…冷却ブロック、8…冷凍機、8c…防振ゴム
10…温度制御装置、13…試料台、14…試料台用蓋
16…試料室、18…ヒータ、19…真空排気孔
21…金属線、22…防振ゴム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
観察対象の水分を含有する試料を含む液体を、所定圧力において前記試料が凍結せず、かつ前記試料を含む液体が過冷却状態となる温度に保持する試料保持部と、
冷却された状態で前記試料を含む液体に接触して、当該試料及び当該試料を含む液体を所定圧力において前記液体の凍結時に前記液体の氷の結晶粒が大きくなる温度である最大氷結晶温度より低い温度に冷却して凍結させる冷却部材と
を有する電子顕微鏡用試料作製装置。
【請求項2】
前記液体は、水である
請求項1に記載の電子顕微鏡用試料作製装置。
【請求項3】
前記液体には、前記液体の凝固点を降下させる物質が溶解している
請求項1または請求項2に記載の電子顕微鏡用試料作製装置。
【請求項4】
前記冷却部材を冷却する冷却部を有する
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の電子顕微鏡用試料作製装置。
【請求項5】
前記冷却部を冷却する冷凍機と、
前記試料保持部への前記冷凍機の振動の伝達を抑制する制振部と
を有する
請求項4に記載の電子顕微鏡用試料作製装置。
【請求項6】
前記冷却部材は、前記試料を含む液体と接触する面を備え、当該面に突起が形成された形状を有する
請求項1〜5のいずれか一項に記載の電子顕微鏡用試料作製装置。
【請求項7】
前記試料保持部は、
前記試料を含む液体を収容する密閉された試料室と、
前記試料室を真空排気する真空排気孔と
を有し、前記試料及び前記試料を含む液体が凍結した後に、前記試料保持部の温度を前記液体の三重点温度以下に保持して、前記試料室を真空排気する
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電子顕微鏡用試料作製装置。
【請求項8】
前記試料は生物試料である
請求項1〜7のいずれか一項に記載の電子顕微鏡用試料作製装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−31272(P2009−31272A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−166104(P2008−166104)
【出願日】平成20年6月25日(2008.6.25)
【出願人】(598123138)学校法人 創価大学 (49)
【出願人】(800000080)タマティーエルオー株式会社 (255)
【Fターム(参考)】