説明

電子顕微鏡

【課題】高倍率観察でも収差補正が容易な電子顕微鏡を提供する。
【解決手段】電子顕微鏡において、球面収差補正装置14と、前記球面収差補正装置14と対物レンズ17との間に設けられる伝達レンズ系15と、前記球面収差補正装置14の前段に、光軸2に対して移動可能に設けられる開口絞り13と、前記伝達レンズ系15の主面又はその近傍に前記光軸2に対して移動可能に設けられ、電子線の開口角を調整する開口角絞り16とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子顕微鏡に関し、特に収差補正装置と開口角絞りを備える電子顕微鏡にする。
【背景技術】
【0002】
従来の走査透過電子顕微鏡は、試料に対する電子線の照射電流や照射角を制御するための開口絞りを備えている。開口絞りは、電子源の直後に設けられた収束レンズ(明るさ調整レンズ)の主面近傍に、移動可能に設けられている。通常は上記制御のために穴径の異なる開口絞りが複数個用意され、これらは移動機構をもつ絞りホルダに装着されている。開口絞りが収束レンズの主面近傍にあるので、一つの開口絞りが使用されている間は収束レンズの強度を変化させても試料への総電流量はあまり変化しない。
【0003】
収差補正技術が導入されていない電子顕微鏡の場合は、収差補正を行わないので電子線の開口角を数mrad刻みで制御する必要性が低い。従って、20、40、70、100、200μmなど、倍程度の刻みの穴径をもつ開口絞りが用意される。
【0004】
一方、収差補正技術が導入された従来の走査透過電子顕微鏡が特許文献1に開示されている。特許文献1の走査透過電子顕微鏡では、上流から下流に向かって電子源、収束レンズ、収束絞り(開口絞り)、球面収差補正装置、偏向器、トランスファーレンズ、対物レンズが設けられている。この場合も穴径の異なる収束絞りが用意されており、これらの何れかに電子線を通過させて開口角を変化させる。なお、何れの開口絞りを選定するかは、所望の倍率における球面収差及び回折収差のバランスに依存する。電子線はその後、収差補正器によって球面収差が抑制され、試料に照射される。
【0005】
また、収差補正技術が導入された走査透過電子顕微鏡の他の例が特許文献2に開示されている。特許文献2の走査透過電子顕微鏡では、球面収差補正装置と対物レンズの間に、倍率Mが1以上となる2枚の伝達レンズ系が配置されている。球面収差補正装置は対物レンズの正の球面収差を相殺する負の球面収差を発生するが、これに併せて発生する三次のスターアベレーションS及び三次の四回非点収差Aが無視できなくなる。そこで特許文献2では、球面収差補正装置のボア半径の調整及び伝達レンズ系の倍率Mを1以上に設定することによって、試料上に現れる球面収差を相殺すると共に、三次のスターアベレーションS及び三次の四回非点収差Aの影響を低減している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−173132号公報
【特許文献2】特開2007−95335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高倍率観察で収差補正を行うには、残存する収差に対して適切な開口値を設定する必要がある。即ち、電子線の開口半角を30mrad付近で2mradづつ変化させるような小刻みな開口角の調整が必要になる。従って、上記のような互いの穴径の差が大きい開口絞りでは微小な開口角の調整を行うことが困難である。さらに、従来の収差補正装置付走査透過電子顕微鏡では、1つの開口絞りを選択した後、選択された開口絞りを変えずに各レンズの強度を調整することで開口角を変化させているのが現状である。従って、レンズの強度調整による開口角の微調整では、収差補正条件も併せて再調整が必要となり、電子光学系全体の調整が煩雑になる。
【0008】
本発明は上記の問題を解決するためになされたものであり、高倍率観察でも収差補正が容易な電子顕微鏡の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は電子顕微鏡であって、球面収差補正装置と、前記球面収差補正装置と対物レンズとの間に設けられる伝達レンズ系と、前記球面収差補正装置の前段に、光軸に対して移動可能に設けられる開口絞りと、前記伝達レンズ系の主面又はその近傍に前記光軸に対して移動可能に設けられ、電子線の開口角を調整する開口角絞りとを備えることを特徴とする。
【0010】
前記伝達レンズ系は軸対称レンズ対であり、前記伝達レンズ系の倍率は1以上であることが好ましい。
【0011】
前記開口角絞りは軸対称レンズ対のうちの後段のレンズの主面から前記対物レンズの前方焦点面の間に設けられることが好ましい。
【0012】
前記開口角絞りは穴径の異なる複数のアパーチャからなることが好ましい。
【0013】
前記開口角絞りの各アパーチャーの穴径は50μm以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
球面収差補正装置による球面収差補正後に、開口絞りの穴径を変更することなく電子線の開口角を微調整し、且つ、試料で現れる残留収差を抑制することができる。従って、高倍率・高分解能観察における調整時間の短縮化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態に係る走査透過電子顕微鏡の構成図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る開口角絞りの配置を示す模式図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る球面収差補正装置の磁界型十二極子の模式図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る開口角絞りの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。以下の記述では、使用される電子顕微鏡の一例として走査透過電子顕微鏡(STEM)を挙げているが、本発明は透過電子顕微鏡(TEM)、走査電子顕微鏡(SEM)にも適用可能である。
【0017】
図1は本発明の一実施形態に係る走査透過電子顕微鏡10を示す模式図である。図2は本発明の一実施形態に係る開口角絞りの配置を示す模式図である。
【0018】
走査透過電子顕微鏡1は主に、顕微鏡本体10と、顕微鏡本体10内に設置された電子光学系等を制御する制御装置20とを備える。顕微鏡本体10の鏡筒内には電子線3を発生する電子銃11が設けられ、電子銃11から下流に向かって、収束レンズ12と、開口絞り13と、球面収差補正装置14と、伝達レンズ系(転送レンズ系)15と、開口角絞り16と、対物レンズ17と、試料18aを装着した試料ホルダ18と、検出器19とが設けられている。伝達レンズ系15は光軸2に沿って前後に配置された第1伝達レンズ15aと第2伝達レンズ15bとから構成される。収束レンズ12は複数設けられる場合がある。走査透過電子顕微鏡1内を通過する電子線3のエネルギーは総じて高いので、上記各レンズは磁界型であることが好ましい。しかしながら、絶縁耐圧が許容されるのであれば静電型であっても良い。
【0019】
電子銃11、収束レンズ12、球面収差補正装置14、伝達レンズ系15、対物レンズ17、検出器19は電源部25及び電源制御部25を介して制御装置20によって制御される。また、検出器19は明視野像検出器19aと、暗視野像検出器19bとで構成され、制御装置20の信号処理部27に検出信号を出力する。
【0020】
制御装置20は、コンピュータを構成するCPU(中央演算処理装置)21と、メモリやハードディスク等の記憶手段22と、ユーザーとのインターフェースであるマウスやキーボード等の入力部23と、顕微像や電子光学系の設定値等を表示する表示部24、収束レンズ12等の電子光学系の印加電圧あるいは励磁電流の制御を行う電源制御部25と、電源制御25からの制御信号に基づいて電子光学系に電圧或いは電流を印加する電源部26と、検出器19からの検出信号を処理する信号処理部27とを備える。CPU21は記憶手段22に記憶されたプログラムを実行し、これに基づいて入力部23、表示部24、電源制御部25、信号処理部27を制御する。
【0021】
次に、走査透過電子顕微鏡1の動作について説明する。
【0022】
電子銃11は電源部26によって高電圧に印加された状態で電子線3を発生する。発生した電子線3は加速され、収束レンズ12によって収束する。
【0023】
開口絞り13は異なる穴径のアパーチャーを複数有し、電子線3のビーム径を規定する。開口絞り13の各穴径は、例えば20μm、40μm、70μm、100μm、200μm等である。これにより、試料ホルダ18上の試料に照射される電子線3の総電流量が制御され、併せて、次段の球面収差補正装置14に入射する電子線の開口角が制限される。開口絞り13は例えばXYステージ(図示せず)上に装着され、光軸2に対して垂直な平面上を移動する。なお、開口絞り13の好適な設置場所は収束レンズ12の主面であるが、これに限定しなくても良い。
【0024】
開口絞り13を通過した電子線3はほぼ平行になった状態で球面収差補正装置14に入射する。
【0025】
球面収差補正装置14は、電子線3の球面収差を補正する。より具体的に言えば、この装置は電子線3に対して負の球面収差を生じ、対物レンズ17によって試料18a上に現れる電子線3の正の球面収差を抑制する。
【0026】
球面収差補正装置14は既知の構成でよい。例えば、特許文献2に開示された磁界型十二極子で構成できる。即ち図3に示すように、光軸2上に2段の磁界型十二極子を配置し、各多極子は光軸2の周りの強度分布が相似で且つ互いに方向が逆となるような2つの3回対称磁場を発生する。図3は磁界型十二極子30の一例であり、M,M・・・M12の12個の磁極を外ヨーク31から光軸2に向けて配置している。各磁極のコア32の光軸2側には極子34が形成されている。各極子34に付された矢印は磁場の向きを示す。図3に示す磁気十二極子30では、磁極M及びM、磁極M及びM、磁極M及びM10の各コア32に、光軸2に向かう磁場が生じるように励磁コイル33が巻かれ、これとは逆方向の磁場が発生する励磁コイル33が磁極M及びM、磁極M及びM、磁極M11及びM12の各コア32に巻かれている。
【0027】
上記の磁場分布によって球面収差補正装置14は負の球面収差を発生する。従って、後段の対物レンズが生じる正の球面収差との合成によって、試料上における球面収差は相殺されることになる。なお、磁界型十二極子の代わりに磁界型六極子を用いてもよい。更にこれらは電界型、あるいは磁界型と電界型の複合十二極子であってもよい。
【0028】
球面収差補正装置14を通過した電子線3は伝達レンズ系15に入射する。伝達レンズ系15は基本的に、球面収差補正装置14の最終段のレンズ(図示せず)の主面と対物レンズ17の前方焦点面FFPが共役となるように電子線3を伝達する光学系である。
【0029】
伝達レンズ系15は1枚乃至2枚の軸対称レンズによって構成される。何れの場合も倍率は任意であるが、後述するように1以上であると残留収差の除去には有利である。このような倍率を持たせたレンズ系としては、例えば、特許文献2に開示された伝達光学系が挙げられる。即ち、第1伝達レンズ15aの像点側焦点と第2伝達レンズ15bの物点側焦点とが一致するように設けられ、第2伝達レンズ15bの物点側焦点距離fは第1伝達レンズ15aの像点側焦点距離f以上となっている。従って、伝達レンズ系15の倍率Mは(f/f)となり、その値は1以上である。倍率Mが1以上なので、当該レンズ系を出射した電子線3のビーム半径は入射時よりも拡大されることになる。
【0030】
倍率Mの効果も特許文献2に記載されている。即ち、対物レンズ17の収差係数に対して球面収差補正装置14で生じるn次収差の寄与Xは、球面収差補正装置14の収差係数をCとすると、
=(1/M)n+1
と表される。つまり、倍率Mを大きくすると、それだけ球面収差補正装置14にて発生する収差の試料上における寄与が小さくなる。従って、特許文献2に記載されているように磁界型十二極子のボア半径を小さく、且つ励磁電流を大きくすることで、対物レンズ17の球面収差を相殺しつつ他の収差の寄与を抑える。
【0031】
ところで、球面収差補正装置14によって収差補正される電子線3は開口絞り13を通過した電子線である。換言すると、球面収差補正装置14は開口絞り13によって規定されたビーム径及び開口角の電子線に対して球面収差補正を行っている。従って、球面収差補正装置14に対する電子線3の開口角αの最適値を模索する場合には、開口絞り13の穴径を変更しなければならない。しかしながら、電子銃10から試料18aまでの各レンズ及び球面収差補正装置14の設定値は、選択された開口絞り13の位置に依存しており、開口絞り13の穴径を変更することは上流の収束レンズ12を含む、既に設定された各レンズの設定値および球面収差補正装置14における収差補正条件の再調整を意味する。このような再調整は非常に煩雑であり、調整時間、率いては観察時間の長期化につながる。
【0032】
そこで本発明では、伝達レンズ系15と対物レンズ17の間に開口角絞り16が設けられる。この開口角絞り16は球面収差補正装置14を通過した電子線3の開口角αを2mrad程度づつ微調整するもので、例えば、穴径50μm、60μm、70μm、80μm、90μm、100μm等の複数のアパーチャー16a〜16eを有する。アパーチャー16a〜16eは同一平面上に配置されホルダ40に装着される。ホルダ40は光軸2に垂直な平面上を移動可能にする移動機構(図示せず)に固定されている。なお、アパーチャーは図4に示すように穴径の異なる既製品を用いても、1枚の金属板に形成しても良い。
【0033】
アパーチャーは穴径が大きいほど加工精度の良いものが得られやすく(即ち、穴径のバラツキが少なく)、コスト的にも有利である。従って、開口角αの調整を精度良く行うには、各アパーチャー16a〜16eを電子線のビーム径が最大となる場所に配置するのが望ましい。このような好適な設置箇所は第2伝達レンズ15bの主面15dから対物レンズ17の前方焦点面FFPまでの区間内である。ただし、第1伝達レンズ15aの主面15c若しくはその近傍に配置しても開口角の微調整は可能である。この場合には開口角α及び第1伝達レンズ15aの焦点距離fに応じた電子線のビーム径の最大径に合わせて各アパーチャーの穴径を設定する。また、第1及び第2伝達レンズ15a、15bの形状によっては開口角絞り16を主面15c、15dに配置するのが困難である場合があるので、その場合は第1又は第2伝達レンズ15a、15bを形成するポールピース(図示せず)の開口部に配置すればよい。開口部は主面15c又は主面15dに近接しており、電子線3のビーム径は殆ど変化しない。従って、開口角絞り16による残留収差補正に対する悪影響は無いといえる。
【0034】
このように球面収差補正装置14を通過した電子線3に対してその開口角を微調整するので、球面収差補正装置による球面収差補正後に開口絞り13の穴径を変更する必要がない。即ち、球面収差補正装置14に既に設定された設定値を大幅に変更する必要がない。従って、球面収差補正装置14、伝達レンズ系15、対物レンズ17の各設定値により開口角を調整する場合であっても、その変更は微小な範囲に収まり電子線3を見失うこともない。開口絞り13の穴径を変更することなく電子線3の開口角を微調整し、且つ、試料18aで現れる残留収差を抑制することができる。従って、高倍率・高分解能観察における調整時間の短縮化を図ることができる。
【0035】
また、収差補正時の電子線3の開口角は、絞りの穴径に換算すると球面収差補正装置14の手前で30〜50μm程度であり、第2伝達レンズ15bの主面15dではそのM倍程度(例えば、M=2であれば80μm程度)になる。また、球面収差補正装置14を出射した電子線3のビーム径が倍率M(≧1)の伝達レンズ系15によって拡大されるので、2mrad程度の微調整に要求されるアパーチャーの穴径の変化量も大きくなる。従って、アパーチャーに要求される加工精度も緩和される。
【0036】
なお、伝達レンズ系15が1枚の軸対称レンズのみによって構成される場合には、開口各絞り16はこの軸対称レンズの主面あるいは開口部の近傍に位置する。
【0037】
また、既存のアパーチャーの寸法及びその加工精度を考慮すると伝達レンズ系15の倍率は1以上であることが望ましいが、倍率が1未満であっても開口絞り13の穴径を変更することなく開口角絞り16を用いた残留収差の補正は可能である。従って、本発明は伝達レンズ系15の倍率に限定されない。
【符号の説明】
【0038】
1:走査透過電子顕微鏡
2:光軸
3:電子線
10:顕微鏡本体
11:電子銃11
12:収束レンズ
13:開口絞り
14:球面収差補正装置
15:伝達レンズ系(転送レンズ系)15
15a:第1伝達レンズ
15b:第2伝達レンズ
16:開口角絞り
16a〜16e:アパーチャー
17:対物レンズ
18:試料ホルダ
18a:試料
19:検出器
20:制御装置
30:磁界型十二極子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
球面収差補正装置と、
前記球面収差補正装置と対物レンズとの間に設けられる伝達レンズ系と、
前記球面収差補正装置の前段に、光軸に対して移動可能に設けられる開口絞りと、
前記伝達レンズ系の主面又はその近傍に前記光軸に対して移動可能に設けられ、電子線の開口角を調整する開口角絞りと
を備えることを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項2】
前記伝達レンズ系は軸対称レンズ対であり、
前記伝達レンズ系の倍率は1以上であることを特徴とする請求項1に記載の電子顕微鏡。
【請求項3】
前記開口角絞りは軸対称レンズ対のうちの後段のレンズの主面から前記対物レンズの前方焦点面の間に設けられることを特徴とする請求項2に記載の電子顕微鏡。
【請求項4】
前記開口角絞りは穴径の異なる複数のアパーチャからなることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の電子顕微鏡。
【請求項5】
前記開口角絞りの各アパーチャーの穴径は50μm以上であることを特徴とする請求項4に記載の電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−205539(P2010−205539A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−49253(P2009−49253)
【出願日】平成21年3月3日(2009.3.3)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】